| 先日、ちょっと面白いDVDを観た。『レナード・バーンスタイン/答えのない質問:1973年ハーバード大学での講座と実演』と題する6枚組のセットだ。これは、タイトルどおり、バーンスタインが、母校ハーバード大学の学生を前に、音楽の歴史や構造について講義した、その映像記録である。
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| ■レナード・バーンスタイン/
答えのない質問:1973年ハーバード大学での講座と実演 |
で、このDVDが、なんと、わがバンドパワー・ショップで販売されているではないか。ならば、ぜひBPファンにも、これを観ていただきたく、以下、簡単にご紹介しておきたい。
いうまでもなく、レナード・バーンスタイン(1918〜1990)は、指揮者であり、作曲家であり、ピアニストだった。だが、それだけの枠でおさまる人物ではなかった。啓蒙家であり、教育者であり、TVタレントでもあった。
そんなバーンスタインが、1973年に、ハーバード大学で、ピアノを前に、全6回にわたって特別講義を行った。その記録なのだが、正確にいうと、教室内での映像ではなく、スタジオとおぼしき場所に学生たちを招き入れ、あくまでTV番組用に収録されたようだ。
講義の内容は、はっきりいって、かなり高度である。要するに、音楽の成り立ちや構造を、言語学を駆使して解き明かそうというのだ。毎回、ピアノを弾きながら解説し、講義の最後には、題材となった曲を自らボストン交響楽団で指揮する映像が流れる(曲目詳細などは、BPショップhttp://item.rakuten.co.jp/bandpower/dvd-9091/を参照)。
バーンスタインといえば、TVで、一般人のための音楽解説ライヴ番組をずいぶんつくっている。古くは『オムニバス』、最も有名なのは、ニューヨーク・フィルと組んだ『ヤング・ピープルズ・コンサート』だ。これらを参考にして、かつて日本でも、山本直純が『オーケストラがやってきた』(TBS)を、黛敏郎が『題名のない音楽会』(TV朝日)を、生み出した(後者は、現在でも『題名のない音楽会21』と称して、かなりくだけた内容となって続いている)。
だが、今回の講義は、これらTV番組とはかなり趣きが違う。音楽を知らない人に、たとえばモーツァルトやベートーヴェンの素晴らしさを分かりやすく解説する……といった、“楽しい解説”ではない。チョムスキーの言語学を参考にしながら、音楽なるものがどうやって人類の体内に形成されて行き、発展して行ったのかを説き明かす、かなりアカデミックな内容だ。
では、観ていてつまらないかというと……これが、掛け値なしで面白いのだ。言語学なんてチンプンカンプンな筆者も、食い入るように観てしまった。
その理由のひとつは、バーンスタイン先生の、身振り手振りを交えての、ヴィジュアル要素満点の講義ぶりである。椅子に座っているのは最初だけ。すぐに立ち上がり、ウロウロしながら、ある時は原始人の真似をして唸り声を上げ、ある時はピアノの弦を引っ張って倍音の解説をする。まことに、一流シェイクスピア俳優のひとり舞台を観ているようで、まったく飽きさせない。
いったい、この講義は、どうやって収録されたのだろう。私には、正確な台本があって、それを隅から隅までバーンスタインが暗誦し、演技をしているようにさえ見えた。だが、いくら何でも、そこまではしなかったであろう。おおよその構成を決めて、あとは、バーンスタインの頭の中の台本に従って、アドリブで語ったのはないか。だとすれば、こんなことができる音楽家って、いったい……?
(ちなみに、こんな難しい話を、分かりやすい字幕に翻訳したスタッフには敬意を表したい。クレジットには、統括:佐久間公美子&アイ・エス・エス映像翻訳班、とある)
次に、確かに言語学がどうしたとか、かなり難しい話をしているのだが、ほとんどをピアノを弾きながら、実際の音で解説してくれるので、観ているこっちは「耳」で、つまり「身体」で理解することができる。最後には、なるほど、音楽とは、そういうものであったのか……と、素人なりに体得できる構造になっている。
毎回、ラストに収録されるボストン交響楽団との演奏も、70年代、壮年のバーンスタインの指揮振りが観られて、実に楽しい。
さて、そういうDVD6枚組セットだが、決して安価とはいえない商品を、どんな人が購入し、観るべきか。
まず、言うまでもなくバーンスタイン・ファン。声と身体をフル駆動させて講義するその姿は、ファンにはたまらないプレゼントになるはずだ。
次に、音楽理論や研究の専門家。もしくは、音大で楽理などを学んでいる研究者。ここで語られる内容は、もしかしたら、専門家にとっては新鮮味のない、当たり前のことなのかもしれないが、だとしても、これほど面白く、分かりやすく、熱意を持って、淀みなく講義することは、そうそう簡単ではないはずだ。こういう専門家がもっと育てば、ユニークな才能がさらに生れてくるような気さえする。
そして最後に、いまBPを見ているであろう、吹奏楽関係者。特に、アマチュア・バンドの指導者に。
なぜか。世のアマチュア・バンド、特に中学や高校の吹奏楽指導者は、つい、楽譜のみに向きあって指導してはいないだろうか。特に、コンクールに本気で取り組んでいるバンドは、1年の半分近くは、ほとんど課題曲と自由曲の2つの「楽譜のみ」に取り組んではいないだろうか。
もちろん、楽譜あっての音楽だから、いけないことはないのだが、このバーンスタインの講義のように、ちょっと違った視点から音楽を見つめ、生徒たちに教えてあげることも必要なのではないだろうか。それが言語学とは言わない。たとえば、昨年の課題曲『パクス・ロマーナ』だったら、タイトルの意味や、ローマ帝国のこと、あるいは映画『ベン・ハー』なども、背景知識として生徒に与える……そんな広がりが、音楽を豊かにするのではないか。
また、バーンスタインが、ピアノを使って倍音の構造を解説する部分などは、音楽室でもすぐに真似してやって見せることが可能だ。原始人の声が音楽になって行く過程などは、声だけでできる。
そんな、音楽をいっそう豊かに、さらに深くて楽しいものにする術(すべ)が、このDVDの中にはたくさん詰まっている。ぜひ、多くの方々に観ていただいて、バーンスタインの凄さを感じ、かつ、楽しんで参考にしていただきたい。
Text:富樫哲佳
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