| 映画「シェルブールの雨傘」を知っているなんて、もう、オジサン世代かもしれない。
1963年のフランス映画。監督ジャック・ドゥミ。主演は、名女優カトリーヌ・ドヌーヴ(まだ若かった!)。
で、この映画の最大の特徴は、全編が「うた」で構成されていたこと。といっても、いわゆる「ミュージカル映画」とは、ちょっと違う。最初から最後まで切れ目がなく、実に自然に、フランス語のセリフ(うた)と音楽と画面とが、ピッタリ寄り添いながら進行して行くのだ。明らかに、それまでのハリウッド製のミュージカル映画とは一線を画していた。「うた映画」としか呼びようがなかった。
音楽は、ミシェル・ルグラン。たいへん品のある音楽で、どこか、クラシックの香りも漂う、「文芸ポップス」とでも言いたくなる音楽だった。
このミシェル・ルグランという人は、一種の天才で、映画音楽でいえば、「おもいでの夏」(70)や、「水の中の小さな太陽」(71)のようなロマンティックなものから、「北極の基地/潜航大作戦」(68)、「栄光のル・マン」(71)のような男の世界、果ては、「華麗なる賭け」(68)、「仁義」(70)のような、ジャズ・テイストあふれるしゃれた曲まで、何でもござれ。
また、けっこう日本びいきのようで「火の鳥」(78)や「ベルサイユのばら」(79)といった日本映画にも音楽を寄せている。
もちろん、映画音楽ばかりではない。ジャズ・ピアニストにして、シンガーにして、バンド・リーダーにして、作曲もアレンジも、すべてこなす。ジャンルも、ジャズ、ポップス、シャンソン、クラシックと、その幅の広さは驚くばかり。
映画「シェルブールの雨傘」は、そんなミシェル・ルグランの才能が爆発した、奇跡と呼んでもいいような作品だ。映画を観たことのない人でも、あの有名な、せつないテーマ音楽を聴けば、知らない人はいないはずだ。
この「シェルブールの雨傘」のテーマ曲をもとに、とんでもない吹奏楽曲を考えた作・編曲家がいた。おなじみ、真島俊夫氏である。≪三つのジャポニズム≫≪三日月にかかるヤコブのはしご≫、最近では≪ナヴァル・ブルー≫などで知られる大ベテランだ。ある程度吹奏楽をやっていれば、真島氏のオリジナル曲や編曲作品を、演奏したり聴いたりしたことのない人は、いないであろう。
この真島氏、本来がジャズの専門家だったこともあってか、なんと「シェルブールの雨傘」のテーマ曲で、ジャズの歴史をやってしまおうと考えた。つまり、ニューオリンズで発生したディキシー・スタイルから、スウィング、ビ・バップ、クールなど、時代とともにスタイルを変えていったジャズを、「シェルブールの雨傘」で演奏する、変奏曲とでも呼べばいいか・・・。
それにしても、いったい、何がきっかけで、こんな吹奏楽曲≪『シェルブールの雨傘』によるジャズの歴史≫が生れたのだろうか。
今回、生みの親である真島氏ご自身に取材させていただいたところ、たいへん、ていねいな説明をいただいたので、ご紹介しておく。
それによれば、いまから7〜8年前、サックス奏者のマルタ氏から「ジャズの歴史を紹介できるような曲を書いて欲しい」という要望をもらったという。ついては、スタイルの違いを比較するためにも、全編がひとつの同じメロディーで構成されていたほうがいい。そこで、「クラシックにしてもジャズにしても魅力的になると思った、ミシェル・ルグランの『シェルブールの雨傘』を提案したところ、それで行こうとなった」そうだ。
よって、当初は、マルタ氏がソロをつとめる前提だったので、ソロ楽器はアルト・サックスとソプラノ・サックスの持ち替え向けに書かれた。
ところが、様々な事情から、この曲の初演は実現できず、スコアも、そのまま真島氏のもとで、眠ったままになっていた。
その後、かねてから懇意にしていたNEC玉川吹奏楽団の人に、その話をしたところ、たいへん興味をもたれて、同バンドの2002年のコンサートで初演されることになった。ただし、そのコンサートのゲスト・ソロが、トランペットのエリック・ミヤシロ氏だったので、彼のために、ソロ部分をトランペット用に書き直した。
この初演で、エリックは、これまたとんでもない楽器を使った。「メデューサ」という、世界にただ1本しかない、エリックのために作られた楽器である。この楽器、外見はトランペットなのだが、何と、ベル(朝顔)部分が、3つある。そのうちの2つに異なったミュートがついており、左手部分の切り替えストップで、瞬時にして音色がチェンジできるのだ。
そもそも「メデューサ」とは、ギリシャ神話に登場する海神ポセイドンの愛人で、その姿を見た者は石になってしまうと言われる、実におっかない女神である。そして、彼女の髪の毛は、1本1本が毒蛇でできているという、何とも気持ち悪い頭なのだ。この女神メデューサの容姿から、楽器の名前が取られているのだ。
真島氏は、まさか、エリックがそんな楽器を使用して演奏するとは、予想もしなかったらしい。曲調が変わるたびに、ミュートを付けたり外したりせずに、一瞬にして別の音がでる「メデューサ」は、格別の効果を生んだ。その模様は、CAFUAレーベルから発売されているライヴCD「『シェルブールの雨傘』によるジャズの歴史」(CACG-0037)で堪能できる。
実は、この曲が、2005年10月14日(金)、神奈川・横浜の「みなとみらいホール」で開催される、シエナ・ウィンド・オーケストラの特別演奏会で演奏されるのだ。もちろん、ソロはエリック・ミヤシロ。聞くところによれば、当日、やはりこの「メデューサ」が使用されるようである。
エリックといえば、スーパーウルトラ・ハイトーンテクニック奏者として知られるが、この日ばかりは、音もさることながら、「視覚」面でも驚かされそうだ。
女神メデューサの髪の毛ごとく、ベルがあっちこっちに向かって3本飛び出している楽器・・・そんな楽器、この機会を逃したら、そうそう見られるもんじゃない。
ちなみに、この≪『シェルブールの雨傘』によるジャズの歴史≫なる曲は、真島氏によれば、ジャズ・アドリブのできる奏者なら、どんな楽器がソロをやってもOKなように書かれているそうだ。
今のところ、エリックのトランペット・ソロによる演奏しかないようだが、今後は、オリジナル構想どおりのサックスをはじめ、様々な楽器での演奏で聴いてみたいものだ。もちろん、サックス版メデューサなんて、無理だろうけれど。
Text:富樫哲佳 |