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2000年6月2日、のちに "パリのスケッチ" というタイトルで発売になる佼成出版社の
"ヨ−ロピアン・ウィンド・サ−クル第5集" (演奏:東京佼成ウィンドオ−ケストラ、CD番号:KOCD-3905、同年12月発売)
のレコ−ディング曲の最終合意を受けて、久しぶりにフィリップに連絡をとった。彼の作品から選んでいた数曲の録音候補曲の中から、「ディヴァ−ジョンズ〜スイスのフォ−クソングによる変奏曲(Diversions−Variations
on a Swiss Folk Song )」のレコ−ディングが決まったからだ。
「ディア−・フィリップ。今日は、グッド・ニュ−スがある。昨日、佼成出版社と東京佼成ウィンドオ−ケストラの今度の常任指揮者に決まったダグラス・ボストック(Douglas
Bostock)は、きたるべきレコ−ディング・セッションのためにボクが提案を準備した
"収録曲目" で最終的な合意をみた。....(曲目などの詳細)....。セッションは2000年9月に行なわれ、CDは12月に発売されるだろう。とてもアツアツのホットなニュ−スだ!!」
打ち返しは、ものの5分もたたない内にきた。
「ディア−・ユキヒロ。ニュ−スをありがとう!レコ−ディング曲は、ほんとうにいい音楽の組み合わせになっていると思う。もしキミがまだ連絡をとっていないなら、マ−ティン(同じく
"パリのスケッチ(Paris Sketches)" のレコ−ディングが決まったエレビ−/Martin
Ellerby)へはボクが連絡してもいいけど。」
このとき、フィリップはちょうど来日準備中で超多忙だったのだろう。ものすごい短いメッセ−ジだった。こちらもすぐに打ち返す。同時に、前回のやりとり以来ずっと頭の片隅を離れなかったひとつのアイディアを投げ掛けてみた。
「ディア−・フィリップ。エコ−のようなとてもクイックな返答ありがとう。マ−ティンへはすでに同じ内容のFAXを送っている。しかし、もしキミが彼に電話してくれるなら、彼はとても喜んでくれると思う。....(中略)....。.
ところで、キミが<バンドのためのシンフォニ−>と名付けるという大作のことなんだけど、出版する時には<交響曲
"第1番" >と印刷するというのはどうだろうか。」
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▲「ピッツバーグ交響曲」スコア
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かなり以前(おそらく1992年の秋頃)にフィリップと話したとき、10代半ばで管弦楽のための
"シンフォニ−" を書いたことがあるときいたことがある。もっとも、作品としては限りなく
"習作" に近いものだったのだろう。 "どんな曲だったの?"
と話題をふってみたら、突然大笑いをして「幸いにも、どこかへいってしまって "行方不明"
になっている!!」というように言ったのがとても印象に残っている。
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シンフォニエッタ第1番
スコア表紙
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シンフォニエッタ第2番
スコア表紙
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この他、フィリップがこれまでに "シンフォニ−" とネ−ミングした作品には、アメリカのリバ−・シティ・ブラス・バンド(The
River City Brass Band )の委嘱による "ピッツバ−グ交響曲(A
Pittsburgh Symphony )"(1987〜1991)があり、
"シンフォニエッタ(小交響曲)" とした作品には、オランダ海軍バンド(De
marinierskapel der Koninklijke marine)のために作曲されて同バンドが初演し、その後、大阪市音楽団の定期演奏会のために改訂、それが決定稿となった
"シンフォニエッタ第1番(Sinfonietta No.1)"
(作曲:1990、改訂:1997-98)とイギリス青少年ウィンド・オ−ケストラ(The
National Youth Wind Orchestra of Great
Britain)の委嘱で作曲されて同ウィンド・オ−ケストラが初演し、同じく大阪市音楽団の定期演奏会のために改訂、それが決定稿となった
"シンフォニエッタ第2番(Sinfonietta No.2)"(作曲:1992、改訂:1994)があった。すなわち、10代に書いたという習作に加えて、ブラス・バンドのための
"交響曲" が1曲とウィンド・バンドのための "小交響曲"
が2曲がすでに存在していたわけだ。
しかし、ウィンド・バンドのための "シンフォニ−" は、今度の作品が初めてとなる。筆者の発案は、将来の自作品の体系化や次回作への備え、さらには作品のタイトルから受けるインパクトなどのさまざまな理由から、初演後に新たにサブ・タイトルをつけるのなら、ナンバリングも同時に行なうべきではないかと考えたからだった。もちろん、押し付けるような類いのものではない。
このアイディアについての打ち返しはしばらく来なかった。6月中旬には来日が予定されていたし、彼も考える時間が少し必要だったのかも知れない。
8月に入って別件で連絡をとると、先の発案に対する返答も同時にきた。連絡が途絶えていた間に2人の間には案件がたまっていて、今度は2ペ−ジにわたる長文だった。
「ディア−・ユキヒロ。ボクは、フィンランドで行なわれた "第2回国際バンド・フェスティヴァル"
(File
No.04-05 のヤン・ヴァンデルロ−ストのコメント参照)からちょうど戻ってきたところだ。現地ではほんとうにいい時を過ごした。この催しは、ペトリ・サロ(Petri
Salo)が運営し、今後さらに発展していくだろう。運営、進行はすばらしいものだった。彼は、ひょっとすると次回には日本のバンドが参加するかも知れないと話していた。バンド名は教えてくれなかったけどね。
日本でも本当にいい時を過ごした。ただし、仕事はとてもキツかった(なにしろ、10日間に8つものバンドの面倒をみることになってしまったんだ!!)。2つの自衛隊音楽隊と東京正人吹奏楽団、彼らとの出会いはとくに愉しかった。
そう。ブリ−ズ・ブラス・バンドの委嘱作は近く書きあがるよ。来週か再来週にスコアをキミに送れればいいと思っている。それは
"フライング・ザ・ブリ−ズ(Flying the Breeze)"
と名付けた6分ぐらいの曲だ。ボクはみんなの好きな曲になっていればいいと思っている(曲冒頭の3つの音は"バンド名の頭文字"を生かしてB−B−Bとなっているんだ!!!!!!)。
さて、ビッグ・ワ−クの件だが、ボクはこれを「EARTH、WATER、SUN、WIND−
Symphony for Band」と名付ける。ボクは "交響曲第2番"
が存在しても差しつかえないと認められてもいない内に、この作品を "交響曲第1番"
と呼ぶことを望まなかったんだ。同時に、ボクは "交響曲"
となることがその作品について最も重要な事柄であるという印象を与えてしまうことを望まなかったんだ。....(後略)....。」(8/1
付)
ご説ごもっとも。「指輪物語(The Lord of the Rings
)」を書いたオランダのヨハン・デメイ(Johan de Meij )」は、将来を見越して最初からそれを
"交響曲第1番" とした。アメリカのロバ−ト・E・ジェイガ−(Robert
E. Jager) は、最初のシンフォニ−を "バンドのための交響曲"
とネ−ミングし、東京佼成ウィンドオ−ケストラから委嘱による "第2番"
を書いたのちに、前作を "ファ−スト・シンフォニ−(交響曲第1番)"
と呼ぶようになった。人それぞれ、これは作曲者の特権だ。
フィリップの意志を確認した筆者は、早速、大阪市音楽団(市音)のプログラム編成委員の延原弘明(のぶはら ひろあき)さんに電話を入れ、作曲者がこの作品を
"シンフォニ−・フォ−・バンド" とサブ・タイトルをつけることを決めたことを伝えた。演奏会の
プレス・リリ−スやポスタ−の準備などのデッドラインが刻一刻と迫っていたからだ。
電話口の延原さんは、「オッ!! "シンフォニ−" ですか。なかなかインパクトありますな−。早速みんなに伝えます。近いうちに邦題もちゃんと決めなあきませんし−。そんときは、また相談にのってください。」と言った。(大阪ロ−カル・ワ−ド)
日本初演(「第81回大阪音楽団定期演奏会」、2000年11月9日(木)、大阪、フェスティバルホ−ル、指揮:渡邊一正)は、「吹奏楽のための交響曲
"大地、水、太陽、風" 」という "邦題"
で行なわれた。作曲者の意志を受け、この大作にさらに "交響曲"
というステ−タスを加えた世界初のコンサ−トだった。
......つづく
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