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Ben Haemhouts
(Photo:Luk Perdieus)
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アッペルモントの「ノアの箱舟」を出版しているベルギ−の出版社からの連絡は、ベルギ−からではなく、ドイツからFAXで入った。出版社の名前は
Beriato、差出人の名前は Ben Haemhoutsとある。ン?どこかで見た名前だ。
早速、内容に目を通すと、Beriato 社のマネ−ジング・ディレクタ−(つまり社長)であるベン・ハ−ムホウトスは、ドイツのバンベルク交響楽団の首席トロンボ−ン奏者であると同時に、ベルギ−の王立アントワ−プ音楽院の教授でもあった。そうか、そうだったのか。いろんな
"謎" が一度に氷解し、いろんな人の顔が頭の中に浮んでつぎつぎとつながっていく。
そう言えばと、CDの入ったラックをガサゴソ探ると、やっぱりあった。何年か前に、ベルギ−の作曲家ヤン・ヴァンデルロ−スト(Jan
Van der Roost) からもらったCDの中に、"Masterpieces
for Trombone and Piano" というタイトルのピアノ伴奏のトロンボ−ンのソロCD(Beriato、SSR001、1996年制作)
があったのだ。そのとき、ヤンは「とても大切な友人が作ったソロ・アルバムなんでぜひ聴いてほしい」と言っていたことを思い出す。
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| Beriato、SSR001 |
そして、このCDを発売した会社とアッペルモントの「ノアの箱舟」の出版社が同じだった。灯台下暗し。さらに、FAXには、トロンボ−ン協奏曲「カラ−ズ(Colors)」は、ハ−ムホウトスの委嘱作品だと書かれてあった。
そういうことかと思いながら、プレイヤ−でありながら出版社を興したハ−ムホウトスの
"奏者としてのキャリア" に急に関心が出てきたので、そのCDを聴きながらブックレットの記述に目を走らせる。すると、ハ−ムホウトスは、1972年生まれで、最初に受けた音楽レッスンはロベ−ル・レヴ−グル(Robert
Leveugle) から受けたユ−フォニアムのレッスンだったと書かれてある。
"ン?ユ−フォニアム?" つづけて、ブラス・バンドに参加してしばしばソロイストとして腕を研いた、とある。
"ン?ブラス・バンド? アレッ!? ひょっとして!?"
と思って再びガサゴソ。そして、またまた発見。ベルギ−初のブラス・バンドとして日本でもその名を知られている
"ブラス・バンド・ミデン・ブラバント(Brass Band Midden
Brabant)"の2枚のCD、"Excalibur"(DHM、3005.3、1990年制作)と
"Firework" (DHM、3012.3、1992年制作)のジャケット上からこのファイルに出てくるベルギ−の音楽家の名前がゾロゾロと出てきたのだ。
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| ▲DHM、3005.3 |
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| ▲DHM、3012.3 |
両盤とも、指揮者は、ミシェル・ルヴ−グル(Michel Leveugle)
とヤン・ヴァンデルロ−スト。そして、ハ−ムホウトスの名は "Firework"
の4曲目、ヨハン・エヴェネプ−ル(Johan Evenepeol) の「ユ−フォニアムのためのラプソディ(Rhapsody
for Euphonium)」のユ−フォニアム・ソロイストとしてあり、ノ−トを読むとこの作品はハ−ムホウトスの委嘱作だったと書かれている。さらに、
"Excalibur"のブックレットを見ると、ハ−ムホウトスはバンドのメンバ−・リストでは正メンバ−の
"ユ−フォニアム奏者" としてリスト・アップされ、師匠のロベ−ル・レヴ−グルもこのバンドのプレジデント(代表者)だった。また、見開きペ−ジに印刷されている写りの悪いモノクロのバンドの集合写真に目を移すと、ユ−フォニアムを持っている2人の内の左側がどうやら10代後半のハ−ムホウトスのように見える。筆者の頭の中の
"ひとりインタ−ネット" で、いろんな人の名前と顔がどんどんリンクしていく。
さて、ハ−ムホウトスがトロンボ−ンを始めたのは17才のときだった。その後、ル−ヴェンのレマンス音楽院に進んで、トロンボ−ンをミシェル・ティルキン(Michel
Tilkin/彼もCD "Excalibur"に、ドン・ラッシャ−(Don
Lusher)の「コンサ−ト・ヴァリエ−ション(Concert Variations)」のソロイストとして参加している)に師事。卒業後、1993〜96年の間、オランダのロッテルダム・フィルハ−モニック管弦楽団のセカンド・トロンボ−ン奏者をつとめ、その後、ドイツのバンベルク交響楽団の首席トロンボ−ン奏者となった。ドイツのA級のオ−ケストラにおける初めてのベルギ−生まれのトロンボ−ン首席奏者であり、1996年に制作された前記のCD
"Masterpieces for Trombone and Piano"は、ベルギ−初のトロンボ−ン・ソロ・アルバムという栄誉を担うことになった。とんとん拍子のキャリア・アップだ。FAXによると、2000年10月にシュツットガルト放送交響楽団のエキストラ・プレイヤーとして日本に行くとある。時間があれば会えるのだが、公演場所を見る限り、会うことは物理的に不可能かも知れない。そんなことを考えながら、早速、相手に返答を打ち返す。
"....(自己紹介)....。今度、<BAND POWER>というまったく新しいウェブ・サイトで
<WIND RAKUGAKI NOTE FILE>というコ−ナ−"
を立ち上げることになり、このペ−ジを通じて新しいウィンド・ミュ−ジックや才能ある若き作曲家、すばらしい音楽家、そして、それらのバック・グラウンドを紹介したいと考えています。
"RAKUGAKI" というのは日本語で、私は "自由気ままに書く"
というような意味で使っています。
さて、最近、ベルト・アッペルモントという若き才能ある作曲家の名を知りました。そして、私の新しいファイルのために、詳細な情報(プロフィ−ルや作品リスト)や最新の写真などを求めています。....(後略)....」
筆者のこの問いかけに対し、ハ−ムホウトスはすぐさま返答を寄こして、それには彼の出版社の最新カタログと何曲かのスタディ−・スコアを送ることと、勉強のためにロンドンに行っているアッペルモントに連絡をとって新しい写真を直送させる手筈を整えたことが書かれていた。そして、筆者の書いた
"RAKUGAKI(ラクガキ)" という日本語がとても気に入ったようで、
"今書いているブラス・バンドのための新作のタイトルにピッタリだと思うので使っていいか?"
と尋ねてきた。エッ? 彼が作曲(しかもブラス・バンド曲)もすることが分かったのはいいが、誤解があってはいけないので、筆者は慌てて「あなたの新作がどんな曲か知らないが、日本語の
"ラクガキ" には、いろいろな意味があるので....。」と、いろんな語彙を説明して、それでも良かったら、と返信を打った。
その結果、後日送られてきたカタログ類やスコアが入ったパ−セルの中を見ると、そこには、まさしく「RAKUGAKI」と印刷された
"新作" のスケッチ(といってもほぼ完成寸前のフル・スコアの状態のもの)が入っていた。まだまだ、スケッチの段階なので発表はできないが、このスコアは興味を覚えたブリ−ズ・ブラス・バンドの常任指揮者、上村和義さんが持って帰った。
このちょっとした "事件" はさておき、ハ−ムホウトスという人物は、ときに
"真鍮製抜き差し曲がりがね" と呼ばれることもあるらしい
"トロンボ−ン" という楽器を演奏するプレイヤ−特有の
"愉快な" キャラクタ−をもっているようだ。なんとなく、長い付き合いになりそうな予感がする。
それと同時に、送られてきたスコアやカタログをチェックしていくと、ベルト・アッペルモントという作曲家が、20代半ばにして、すでに相当数の作品を手懸けていることと、いかに将来を嘱望されているかがはっきりしてきた。ロンドンにいるという、アッペルモントから連絡がくる日がとても愉しみになってきた。
......つづく
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