((*) 佐藤さんの異名に<トランペット殺し>というのがある。氏はレコ−ディングで簡単に
"OK" を出さない厳しいディレクタ−。それだけに金管奏者は恨めしく思えることも多々ある。東芝EMI時代の1975年2月に、佐藤さんが連続してディレクタ−をつとめた東京佼成ウィンドオ−ケストラ(吹奏楽ニュ−・コンサ−ト・シリ−ズ
"吹奏楽オリジナル名曲集Vol.2"、TA-60012、LP)
と大阪市音楽団(同 "吹奏楽オリジナル名曲集Vol.3"、TA-60013、LP)
のセッションに参加したトランペット奏者が、何れも一人づつ、その後しばらくして亡くなるという不幸が偶然重なったこともあって、いつしかそう呼ばれるようになった。佐藤さんの名誉のために書いておかねばならないが、もちろんレコ−ディング・セッションが原因ではない)
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しかし、この "ト−ク・バック" には別に伏線もあったという。
実は、 "ニュ−・ウィンド・レパ−トリ−2000" 発売の1ヵ月前の3月に発売になるビクタ−の
"バンド・レパ−トリ−・ネットワ−ク" (File No.02-07
参照)に同じ曲が選ばれて入ることになったという情報をレコ−ディングの直前にキャッチした
"市音プログラム編成委員" には "ぶつけられた!!"
という衝撃が走ったという。"選曲" はCDの生命線を握っている。
"売れなければ次がない" 自主企画盤だけに "選曲"
の責任をすべて担うセクションとしては "同業他社" の企画には神経質にならざるを得ない。
ビクタ−盤のプロデュ−サ−でもある佐藤さんは、合奏場での "練習"
に立ち合った日に、委員の面々に詰め寄られ、「あれよりエエもん録らな(いい録音を録らないと)、あきまへんで−」と、かなりソフトな言いまわしながら録音を委ねた側の意志がハッキリと伝わる大阪ロ−カル・ワ−ドでヤンワリと
"ハッパ" をかけられたのだという。東芝EMI時代に落語家の
"桂 米朝" や "桂 枝雀" などのCDやビデオを手がけられ、ひんぱんに大阪を訪れている佐藤さんには、そのロ−カル・ワ−ドの言わんとしているニュアンスはハッキリと伝わったはずだ。
その日の打ち上げの席(File No.01-08参照) で、プログラム編成委員の面々から、「ちょっと
"ハッパ" かけといたら(セッションに入る直前に)突然マイクでしゃべりだしはりましてね…(大阪ロ−カル・ワ−ド)」と
"逆に気合いを入れられた" という話を聞いた。プレッシャ−が掛かっていたのは、実は佐藤さんの方だったのかもしれない。しかし、レコ−ディング・セッションのディレクションが何であるかを知り尽くしているベテランならではの
"絶妙のタイミングを見透かした" かのようなひと言。見事な演奏を引き出した、これぞ
"ザ・プロフェッショナル!!" と呼びたくなるような、実に味のあるエピソ−ドだった。ご本人に伺ったわけではないが、録音が終了したあとのビ−ルはさぞかし旨かったに違いない。
同じ日、筆者は、エレビ−からエア・メ−ルを受け取っている。
「ディア−・ユキヒロ。ブリ−ズ・ブラス・バンドが演奏した "新世界の踊り"
の録音を送ってくれて本当にありがとう。演奏を聴いてとってもエンジョイしている。彼らの輝かしい演奏に対するボクの
"感謝の気持ち" と "祝辞" をバンドの方に伝えてほしい。
この前の週末、マンチェスタ−のロイヤル・ノ−ザン音楽カレッジの "ユ−フォニアム/テュ−バ・フェスティヴァル"
に行ってきたんだけど、そこで聴いた若き日本人ユ−フォニアム奏者、ショ−イチロウ・ホカゾノ(航空中央音楽隊の外囿祥一郎さん)によるボクの
"ユ−フォニアム協奏曲" の演奏、それは信じられないほどのすばらしさだった。日本のプレイヤ−やバンドは相当にいい演奏をしてくれているように思う」
エレビ−は、日本のプロフェッショナルたちの演奏に関して "常々スコア・リ−ディングと演奏解釈に感銘を受けている"
と書いてきたことがある。この日も、返信で "市音" のレコ−ディング・セッションが無事終了したことを伝えると、
"CDができたら、ぜひ聴かせてほしい" と、興味津々の様子だった。
......つづく
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