| 昭和39年10月10日、国立競技場がバンドの響きに包まれました。そう、秋晴れのこの日、アジアで初めてのオリンピックが華やかに始まったのです。第18回オリンピック東京大会・開会式のテレビの瞬間最高視聴率はなんと89.9%を記録しました。
東京オリンピックというとあの有名な「ファンファーレ」(今井光也 作曲)や選手入場で使用された「オリンピック・マーチ」(古関祐而 作曲)などが記憶に(生まれてないって?ごめんなさい!!)残っているでしょうが、冒頭に紹介した「序曲」の後に演奏された「電子音楽」を記憶されている人は少ないのではないでしょうか。
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| ▲東京五輪・巨大スピーカー |
中央の音楽隊席をはさんで左右に巨大なスピーカーを配置して流された電子音楽の作曲者が今回の主役、黛敏郎氏なのです。NHK音楽スタジオで制作されたこの音楽は、日本の伝統の響きを伝える「梵鐘(ぼんしょう)」と最も新しい音の素材である「電子音」とを組み合わせて作曲されたものです。鐘は、奈良東大寺、高野山金剛峯寺、京都知恩院、日光輪王寺、妙芯寺、方広寺、金戒光明寺の鐘です。
戦後、世界から最初に注目された舞台オリンピックにおいて、当時まだ前衛音楽の「電子音楽」で、「国際化に向かって羽ばたく日本」を精一杯に表現したのは常に新しいものに敏感な黛氏だからできたことでしょう。
「トーンプレロマス55」をはじめ、多くの吹奏楽作品を残した黛敏郎
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| ▲三人の会
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さて、いよいよ本題の吹奏楽作品についてですが、若い人の中には「黛さんって誰?」という方もいらっしゃると思います。日本を代表する作曲家であることは言うまでもありませんが、日曜の朝のテレビ番組「題名のない音楽会」(朝日テレビ系列)のメイン司会を長年(第1回は昭和39年8月1日)にわたり務めていた白髪の紳士が黛氏です。(ほら、思い出したでしょう?)
再び本題ですが、黛氏のオリジナル吹奏楽曲は、「トーンプレロマス55」、「彫刻の音楽」、「テクスチュア」、「花火」、「リチュアル・オーヴァーチュア(礼拝序曲)」、「打楽器とウィンド・オーケストラのための協奏曲」、行進曲「祖国」、行進曲「黎明」と大作曲家にしては多くの作品を残していてくれてうれしい限りです。編曲作品では20世紀フォックス映画「天地創造」から「メイン・テーマ」と「ノアの方舟」が良くコンサートのプログラムを飾っていますね。
1998年に発表された東京佼成ウィンド・オーケストラのCD邦人作品集の第7集「トーンプレロマス55」の黛敏郎作品集は旧知の親友、岩城宏之さんの指揮ということもあり大変話題になり、99年度の文化庁芸術祭で優秀賞を受賞しています。このアルバムのおかげで吹奏楽の世界では馴染みのなかった作品群が一気にメジャーの仲間入りをしました。
以下、このCDでとりあげられた曲は簡単に紹介(年代順)するにとどめます。
■作品紹介〔オリジナル作品〕⇒商品情報はこちら!
● 「トーンプレロマス55」[1955] Tonepleromas 55
この作品が書かれた1955年。当時26歳の黛は「三人の会」を発足したばかりの頃で、6月に日比谷公会堂で開かれた同会の第2回演奏会で自身の指揮により初演しています。タイトルはエドガー・ヴァレーズの造語で“トーンクラスター”と呼ばれている音を群で扱っていく手法のことです。こうした新しい管楽器やジャズの書法、そしてミュージカル・ソウという目新しい楽器を取り入れて耳目を集めました。
● 「彫刻の音楽」[1961] Music with Sculpture
この作品はアメリカ、ピッツバークにあるアメリカン・ウィンド・シンフォニーの委嘱により生まれましたが、これを機会に毎年1作、全部で5曲がこのバンドのために書かれました。大変な功績ですが、これがなんで日本のバンドではないか、とても残念です。曲は4分足らずの短いものですが、清清しい曲想は記憶に残るものです。
● 「テクスチュア」[1962] Texture,for wind orchestra
「彫刻の音楽」の翌年にピッツバークで初演された作品で、タイトルは織物とか組織を指す言葉で、音の質感や性格を示しています。直前に書かれた“BUGAKU”の影響(雅楽)を受けている作品。
● 「花火」[1963] Fireworks
実際に花火の音を取り入れた作品で、ハープ、チェレスタ、ピアノを含む6管編成の管楽アンサンブル編成です。激しい不協和音を使用した豪快な作品。
● 「打楽器とウィンド・オーケストラのための協奏曲」[1965]
Concerto for Percussion and wind orchestra
ティンパニー2人とパーカッション4人が活躍するこの作品はアメリカン・ウィンド・オーケストラの最後の委嘱作となりましたが、ウィンド・オーケストラの響きを生かした対比は素晴らしく、神秘的なサウンドを聴かせながら簡潔な構成(単一楽章)が魅力です。
次はこのCD以外の作品紹介です。
● 「リチュアル・オーヴァチュア(礼拝序曲)」[1964] The Ritual
Overture
アメリカン・ウィンド・オーケストラの委嘱作品のひとつですが、原曲はあの「トーンプレロマス55」なのです。しかし、編成は異なり6人の女声(ハミング)を加えたものとなっています。
編成:6pic-fl,4ob,e-hrn,cl(Eb),4 cl,b.cl,4bn,
d-bn,5 tp, ,6 hr,3trbn,bass,timp,5perc,pf,f-chor.
● 行進曲「黎明」[1981] March "REIMEI"
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| ▲行進曲「黎明」・表紙 |
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| ▲行進曲「祖国」・表紙
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この年にバンドのためのマーチが2曲誕生しています。ひとつは防衛大学校のための作品で、この「黎明」というタイトルの作品です。
編成:pic,fl,ob,cl(Eb),3 cl,b.cl,bn,
a sax,tsax,bar sax,2 tp, 2 corn,4 hr,euph,3
trbn,bass,timp,glock,3perc.
● 行進曲「祖国」[1981] March"SOKOKU"
陸上自衛隊中央音楽隊の創隊30周年を記念して委嘱された行進曲。ホルンによって奏されるカノン風のモチーフが特徴で、流れるような美しい中間部との対比が見事です。
編成:pic,fl,ob,cl(Eb),3 cl,b.cl,bn,
a sax,tsax,bar sax,2 tp, 2 corn,4 hr,euph,3
trbn,bass,timp,glock,3perc.
■ 作品紹介〔アレンジ作品〕
● 「天地創造」より“メイン・テーマ”[1966] Thema from
"THE BIBLE"
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| ▲「天地創造」のスコア表紙
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1965年に、ジョン・ヒューストン監督から映画「天地創造」(20世紀フォックス)の音楽を委嘱されました。黛に会ったヒューストン監督は「これまで会った中で、間違いなく最も美しい人間の1人だ。並外れたデリカシー、輝かしい知性、とりわけ男性としては珍しい特質をあわせもっている。動作、語り口、単語の選び方など、どれをとっても完璧なまでの品格が漂う」と彼の印象を語っています。ドラの一撃(このアレンジではチャイム)で始まるこのメイン・テーマは、うっとりとしたロマンティックな旋律と金管主体の第2の部分とが重なり合いポリフォニックな展開を繰り広げる小品です。
編成:pic,2fl,2ob,cl(Eb),3 cl,a.cl,b.cl,2bn,2
a sax,tsax,bar sax,3 corn,4 hr,euph,3 trbn,bass,st.bass,timp,glock-xylo,4perc.
〈ROBBINS MUSIC CORPORATION〉
● 「天地創造」より“ノアの方舟” [1966] Noah's
Ark -Prpcession of the Animals-
「動物たちの行進」という副題がついている「ノアの方舟」は、勇ましい歩みの行進曲ですが、まるでアラブの民族音楽のような旋律がソプラノ・サクソフォーンで奏され、きらびやかなオーケストレーションがこの超大作の映画音楽にふさわしいものとなっています。エンディングはやはりドラの一撃で終わります。バンドへの編曲は、どちらもケン・フォイットコムによるもので、アメリカのロビンズ・ミュージックからの出版です。
編成:pic,2fl,2ob,cl(Eb),3 cl,a.cl,b.cl,2bn,2
a sax,tsax,bar sax,3 corn,4 hr,euph,3 trbn,bass,st.bass,timp,glock-xylo,4perc.
〈ROBBINS MUSIC CORPORATION〉
● スポーツ行進曲〈NTVスポーツ番組テーマ音楽〉[1953] Sports
March
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| ▲スポーツ行進曲・表紙
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この行進曲は、1955年に日本テレビのスポーツ放送のテーマ音楽として委嘱されたもので編成はもとはオーケストラのために作曲されました。その後、ミュージック・エイトにより大編成・行進曲シリーズ(YM-37/山下国俊
編曲)として出版され広く演奏されるようになりました。黛は、このほかに朝日ニュース・トップ・タイトルのための音楽[1953]、NHKスイート・タイムのための音楽[1953]、日本テレビ「NNNニュース」テーマ音楽[1973]、変わったところで新幹線の社内アナウンスの音楽[1968]などを作曲しています。
編成:pic,fl,ob,cl(Eb),3 cl,b.cl,bn,2
a sax,tsax,bar sax,3 tp,4 hr, 3 trbn, euph,bass,snare
drum,b drum,perc.〈ミュージック・エイト〉
● その他の映画音楽
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| ▲映画「カルメン故郷に帰る」
(松竹・昭和26)
日本初の総天然色映画 |
以上がバンドで演奏できる作品の紹介ですが、「天地創造」を含む180本を越える映画音楽は無視するわけにはいきません。なんといっても日本の映画音楽の3大作曲家といえば、武満徹、芥川也寸志、そして黛敏郎なのですから。年代順に見ても「カルメン故郷に帰る」[1950/木下恵介]、「カルメン純情す」[1952/木下恵介]、「赤線地帯」[1956/溝口健二]、「炎上」[1958/市川崑]、「キューポラのある街」[1962/浦山桐郎]、「にっぽん昆虫記」[1963/今村昌平]、「東京オリンピック」[1964/市川崑]、「黒部の太陽」[1968/熊井哲]、「序の舞」[1984/中島貞夫]など名作そろいです。そして、ルックスの良い黛さんは銀幕に出演もしました。「プーサン」[1953]と「春の夜の出来事」[1955]の2本で、特に「春の夜の出来事」では「黛敏郎と称する男」本人として出演しています。
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| ▲映画「東京オリンピック」
(東宝・昭和40)当時の東京が
フィルムに記録された |
「200CD映画音楽スコア・サントラを聴く」(立風書房)の3章「これだけは聴いておきたい作曲家」では斎藤一郎から始まり芥川、武満、林光、渡部俊幸、大島ミチルの各氏などとともに大きくとり上げられています。この中から、いずれ吹奏楽でも演奏する作品があるかもしれませんね。
まだある、とっておきのお話
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| ▲栄誉礼・楽譜
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皆さんは、国賓・公賓(日本への正式のお客様)が来日した時に迎賓館などで行なわれる歓迎の式典をテレビなどで見たことはありませんか? 両国国歌の吹奏に引き続き演奏されるVIPを讃える楽曲が「栄誉礼」です。昭和61年に35年ぶりに楽曲が変更されました(以前に使用されていたのは、中央音楽隊初代隊長の須摩洋朔が作曲した「栄光」という楽曲)。
新曲作成にあたって「優雅さ、荘重さ及び品格を有し、かつ力強さを兼ね備え、日本的なものを訴えるもの」という難しい依頼に応じたのは、1960年に内閣制度百周年記念式典用に「BUNRAKU(文楽)」を作曲した民族派の黛氏でした。彼は「光輝」、「名誉」、「忠誠」、「祖国」の4曲を作曲、「西洋にない音階を使い、シンプルで日本的、華やかさのある“祖国”」が選ばれました。これまでの「栄光」が前奏、冠譜(栄誉礼を受ける人の格、階級などによって1回から4回繰り返すリフレーンの部分)、栄光の三部からなっていたのに比べ、「祖国」は前奏がなく、いきなり冠譜のファンファーレと祖国で構成されています。この「栄誉礼冠譜」及び「祖国」は、昭和61年5月に行なわれた東京サミットから使用されていますが、迎賓館での歓迎演奏を担当しているのは私の所属している陸上自衛隊中央音楽隊だけです。今度、迎賓館からの中継を見る機会があれば、この黛さんの作品に耳をかたむけてみてはいかがでしょうか。
栄誉礼の詳細は下記のURLまで
http://jda-clearing.jda.go.jp/kunrei/f_fd/fz1986304.html
黛さんとのこと
筆者は前回(第1回)の芥川さんとはお会いしたことがなかったのですが、黛敏郎さんとは仕事の関係もあり、4回ほどお会いしています。最初の機会は、前にご紹介した通り昭和56年の6月6日に陸上自衛隊中央音楽隊創隊30年記念委嘱作品、行進曲「祖国」の初演の時でした。
日比谷公会堂で開催される中央音楽隊第30回定期演奏会のリハーサルの時に会場へお見えになりました。黛さんは、それまでに管楽アンサンブルの作品は書いていましたが、純粋な吹奏楽、それも行進曲を作曲するのは初めて(オーケストラの「スポーツ行進曲」は作曲していたが)のことでしたから、私たちはサンプルとして有名行進曲のフル・スコア数曲を渋谷公会堂の「題名のない音楽会」の収録現場に届けたのを思い出します。
残念なことに「祖国」の仕上がりは少し遅れ、当日のプログラムには曲名の掲載が間に合いませんでした。2回目は、60年4月8日、「題名のない音楽会」でオルマン・トルコ軍楽隊と共演した時に再会を果たしました(収録は五反田の「ゆうぽうと」)。3回目はその翌年、前述した「栄誉礼」の選考会(港区芝浦)の時、そして最後は「題名のない音楽会」の「オリンピック特集」を渋谷公会堂に聴きに行き、番組ディレクターの牛尾さんに当日のファンファーレ譜を頂きに楽屋へ伺った時のことでした。牛尾さんの「オケの撮り直しはいつものことですが、黛さんの撮り直しはほとんど記憶にありませんね」というコメントに黛さんは上品な微笑みを浮かべ控え室へと消えていきました。さすがに晩年は名詞大のカンニング・ペーパーをお読みになっていたそうですが、「あの小さな文字が見えるのだからやはり凄い!」というお話を後になって聞きました。
昨年、指揮者の岩城宏之さんとお話をする機会があり、長年の親友である黛さんの話題の時に佼成ウィンドのCD「トーンプレロマス55」の録音秘話を伺いました。岩城さんが一番驚いたのは佼成ウィンドの実力で「なんでこんなに凄いバンドがあるのに、私の耳に入ってこないんだ!」「吹奏楽って宣伝の仕方が悪いんじゃないの?」と本気でおっしゃっていました。その日は私たちのバンドを振っていただいた後だったので、「ウチの実力はどうでした?」と伺うと「先にCDを聴いたら、こんなうまいバンドを私が指導する必要がない!と思っていたけど、今日実際に聴いてみるとそれほどでもなかったねぇー」と軽く言われてしまいました。
その時に委嘱作品の行進曲「祖国」の話をすると、岩城さんは「それは知らなかった、ぜひこのスコアは欲しい!」と鋭い目でスコアを覗いていました。後でスコアを岩城さんのもとへ送ったことは言うまでもありません。「ぜひ、ステージでご一緒しましょう!」という岩城さんの指揮で、この「祖国」が演奏される日は近いのではないでしょうか? |