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富樫哲佳の「音楽コラム【ぐるしん】吹奏楽版」

 ブレーンから、フレデリック・フェネルの、在りし日のコンサート映像DVD『Wins マエストロ フレデリック・フェネル〜Frederick Fennell Remembered〜』が発売された。
実は、酔っ払っていたせいもあるのだが、これを観ながら、涙が止まらなかった。

 いまの若い方々は、名前は知っていても、詳しいことは知らない・・・という人が多いかも知れない。オジサンの昔話と思っていただいてかまわないので、このDVD紹介を兼ねて、フェネルのことを、少しばかり語っておきたい。

 いま、皆さんは、普通に、吹奏楽バンドで、様々な音楽を演奏していると思う。クラシック編曲、オリジナル、マーチ、ポップス・・・。

 そして、多くの方々が、(いろいろ悩みはあるだろうが、まあまあ)楽しんで、あるいは、コンクール上位を目指して必死に、演奏していることと思う。

 周囲には、時折、理解のない人がいて「吹奏楽って、ブラバンだろう? あの、ブンチャカドンチャカ、マーチとかを吹くやつだろう?」などと言う者もいるかもしれないが(私の中学校時代は、まだ、そんなムードだった)、それでも、以前に比べれば、吹奏楽の地位は、ずっと上がったものだ。クラシック世界の中の一角を占めるような作品、演奏、プレイヤーも、たくさん生れている。

 そのようになった一因が、この、フェネルの存在なのである。

 1952年、アメリカのイーストマン音楽院を母体に、「イーストマン・ウインド・アンサンブル」(EWE)なるバンドが生れた。管打楽器だけで、クラシック・オーケストラに匹敵する演奏形態を確立させようとの意気込みだった。

 このEWEを提唱し、設立したのが、フレデリック・フェネルだったのだ。

 フェネルとEWEは、当時の米マーキュリー・レーベルに、画期的な録音を残した。ホルストの2つの組曲や≪ハンマースミス≫、ヴォーン=ウィリアムズの≪イギリス民謡組曲≫、≪トッカータ・マルツィアーレ≫・・・。どれも、近代クラシックの作曲家が吹奏楽のために書いた名曲である。

 当時は、もちろん、モノラル録音の時代。しかも、マーキュリーはワン・マイク録音。つまり、1本のマイクですべての響きをとらえるテクニックが売り物だった。

 このワン・マイクで記録された数々の吹奏楽名曲に、多くの人々がとりこになった。「吹奏楽って、軍楽隊のブラスバンドだと思ってたのに、こんな素晴らしい曲があったのか・・・」「オーケストラと同じ感動が得られるじゃないか」・・・等々。

 フェネルとEWEは、次々と吹奏楽作品を発掘し、かつ、新作を委嘱し、取り上げた。前述の名曲群は、のちに、名門クリーヴランド管弦楽団の管打楽器メンバーまでもが演奏し、録音している(もちろん、フェネルが指揮した)。

 私などは、明らかに、これらのレコードを聴いて吹奏楽に憧れた世代なのだ。「このフェネルって指揮者は、きっと、スゴイ人なんだろうなあ・・・」と、憧れたものだ。

 やがて大人になり、様々なメディア、あるいは来日公演などで、フェネル本人を目にするようになった。そこにいたのは、何とも小柄で可愛らしいおじいさんだった。1985年に、佼成出版社から、フェネル本人による前述名曲群の解説書が邦訳で出た。そこに収録されたフェネルの写真は、どれも、おどけたポーズをとっている、明るくて楽しそうな表情ばかりだった。数年前に佼成出版社からリリースされたボックス・セット『Viva! Maestro Fennell!』の中にも、いろんな衣装を着た愉快な姿の肖像が収録されていた。・・・ああそうかだやはり吹奏楽の人だ、陽気で楽しいおじいさんなんだ・・・と、妙に安心したりしたものだ。

 要するに、吹奏楽が現在の地位を獲得した功労者の1人が、フェネルなのだ。この人がいなかったら、おそらく、いま、これほど吹奏楽が当たり前に聴かれたり、演奏されたりすることはなかったのだ。

 今回、ブレーンからリリースされたDVDは、2000年4月、東京佼成WOの創立40周年記念演奏会(東京文化会館)の模様をおさめたライヴで、現存する最後のフェネルの指揮姿の映像だという(曲目などの詳細は⇒ http://www.rakuten.co.jp/bandpower/457700/598103/)。

 またも私事で恐縮だが、1曲目に収録された、≪コラールとアレルヤ≫(ハンソン)は、私も大学時代(いまから25年以上前)に演奏した曲だ。この映像の収録時、フェネルは84〜85歳くらいだったはずだが、見事に暗譜で、的確な最低限の指示を送って指揮している。観ながら(聴きながら)、私は、「そうです、フェネルさん、私は、あなたのレコードを聴いて、吹奏楽が好きになったんです。そして、この曲を演奏したんです」と、呟いていた。

 最後は、戴冠式行進曲≪クラウン・インペリアル≫(ウォルトン)だ。演奏も指揮も、なかなかハードな曲である。カメラは、フェネルの表情をずっと追っている。かなり苦しそうな様子が、如実に分る。85歳の老人が、必死になって全身全霊を傾けて、あの大型行進曲を指揮している・・・。「もういい、フェネルさん、そんなに無理しないでいい、もうよく分っている。あなたの指示は、メンバーは十分、理解している。だから、そんなに無理に指示を出さなくても、大丈夫ですよ」と、私は、画面に向かって呟く。不覚にも、涙が止まらない。しかし、フェネルは、バトンを大きく振って、必死になって、メンバーに指示を出している・・・。

 演奏終了後、もちろん、鳴り止まない拍手に、何度もステージに現れるフェネル。以前に見たより、はるかに小さくなっている。足も、少々よろついている。でも、あの陽気な表情は、昔のままだ。ほんとうに楽しそうで、うれしそうだ。

 こんな小さなおじいさんが、50年以上もかけて、世界中に吹奏楽を広めたとは・・・!!

 フェネルを知っている人も知らない人も、吹奏楽に少しでも関係しているのであれば、ぜひ、観ておくべき映像である。そして、40歳代以上の人は、泣いて下さい。そういう映像です。


Wins マエストロ フレデリック・フェネル
〜Frederick Fennell Remembered〜【DVD】>>>>

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Text:富樫哲佳



(c)2004,Tetuka Togashi
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