2005年6月3日(金)午後7時から、大阪のザ・シンフォニーホールでは、「大阪市音楽団第90回定期演奏会」が開かれていた。これを聴くため、はるばるイギリスから来場した作曲者のフィリップ・スパークを客席に迎え、山下一史の指揮で『宇宙の音楽』ウィンド・オーケストラ版が世界初演された、今や“伝説”となった、そのライヴだ。
ホールを埋め尽くした超満員の聴衆、そして熱演につぐ熱演で、演奏会は大成功。終演後、フィリップの楽屋には、興奮冷めやらぬ市音のプレイヤーたちがつぎつぎと握手を求めにやってくる。その交歓の輪の中から、プログラム編成に新しく加わったばかりのオーボエ奏者、福田
淳さんが、筆者を見つけて、ソッとひとこと。
『今度のグレイアムのアレ、聴かせてもらいました。なかなか面白いですね。つぎの会議で、なんとかできるように押しときます。』
オーシ!! はじめて曲を聴いたプログラム編成メンバーからの、なんとも心強いファースト・インプレッション。インサイダー情報と言うなかれ。曲をめぐって、福田さんとひとしきり盛り上がりながら、筆者は、これはひょっとして本当にOKになってしまうかも知れない、と淡い期待を抱いた。
しかし、ことはそうそう簡単には運ばない。
しばらく日がたって、プログラム編成のリーダー、田中 弘さんから入った電話は、つぎのような内容だった。
『みんなで聴かせてもらいました。結論として、とても面白い曲なんで、なんとかしてウチでやらしていただければ、という方向で考えています。定期が難しくても、4月の“市音吹奏楽フェスタ”での初演はどうかな、とも考えているんですが、どうでしょうか。ウチとしては定期につぐ大きなステージですし。また、今、上のほうでもいろいろ(予算のことを)考えてもらっています。しかし、中にはなかなか厳しい意見もありまして・・・・。とにかく、もうちょっと待ってください。』
少なくとも、曲は好意的に迎えられたようで、一安心。フェスタの会場のホール・トーンは、必ずしもこの作品に向いているとは思えないが、それは演奏者の選択だし・・・・。しかし、一方で今度の提案を“売り込み”か“商談”のように捉えていらっしゃる方もいるようだ。確かに、フィリップのように、楽曲をポンと無償提供する作曲家もいることだし・・・・。仕方ないか。
また、プロのウィンド・オケ“市音”といえども、大阪市という行政組織の一部で、予算執行には正当な理由が必要。とりあえず、結論は6月末のプログラム編成の方々とのミーティングまで持ち越すことで同意したが、正直これはかなり難しいかも知れないとの思いもよぎった。
そして、予感は悪い方に的中。月末のミーティングに来られた面々の顔を見わたすと、結論はもう聞くまでもない。苦渋の表情で、状況を説明しながら、『なんとかなりませんか?』と田中さん。
もちろん、ピーターの今度の新曲に度肝を抜かれた筆者も、何とかしたい気持ちはヤマヤマ。日本で初演ができるなら、なるべくいい音楽環境で行われるにこしたことはない。そこで、ついに、考えに考え抜いた末のアイディアを披露することに・・・・。
『まず、最初に、今回の件は、作曲者から音楽団を指名しての提案ではなかったことをもう一度確認したいと思います。(一同、頷く)。つぎに、これには2つの選択肢があると思います。まず、今回は縁がなかったということで、申し訳ありませんが、キッパリとあきらめていただく。これがひとつ。(誰も頷かない)。もうひとつは、プログラムのみなさんの同意が必要ですが、ライヴではなく「ニュー・ウィンド・レパートリー2006」のレコーディング候補曲として、私が委嘱して音楽団にプレゼントする、という案です。(一同、エッ?
という表情)。実現すると、これは世界初録音になります。もっとも、ピーターが同意してくれるかどうかはまだわかりません。また、そろそろ外国でトランスの委嘱話が出ていてもおかしくない時期なんで、これ以上、結論を先延ばしするのは得策ではありません。実際、スパやん(スパーク)の『宇宙の音楽』もそうでしたし・・・・。お話を聞いていると、これ以外に打開策はないように思うのですが。いかがでしょうか?』
予想外のこの新提案には、さすがの面々も唖然とした様子で、『お話は、本当にうれしいんですが、そこまでしていただくわけにはいきません。もう一度、内部で話し合ってみます。』と、再び田中さん。
それもよし!! しかし、行政府で一度出た結論を覆すのはよほどのことがないかぎり無理だろう。しかも、ここまで既に2ヶ月近く時間が経過。いつまでもズルズルと結論を先延ばしにするわけにはいかない。非礼さは重々承知だ。議論は白熱、アツい意見の交換の末、この日の結論として、市音では再検討、当方は作曲家への打診、ということでひとまず合意をみた。
しかし、一旦導火線に火がつくと、もう止まらない。アレコレ文面を考えた末、7月5日、ピーターにつぎのようなメールを発信した。
『ディアー、ピーター。前に聞いていた“地底旅行”のトランスの件なんだが、少しばかり質問がある。
1)大阪市音楽団が、来年2月に録音するCD「ニュー・ウィンド・レパートリー2006」に収録したいと考えているんだが、時間的にそれは可能だろうか。
2)現在、彼らはトランスを委嘱するために資金捻出の努力をつづけている。しかし、もし、うまくいかなかった場合、代わってボクが委嘱をして、彼らに贈呈しようと考えている。キミは、それに同意できるだろうか。
3)誰も音出しをしていない新曲なんで、レコーディング・セッションのコラボレーションのため、来日は可能だろうか。正確な日取りは未定だが。
以上、至急返答を待つ。ユキヒロ』
さあ、サイは投げられた。もう、後戻りはできない。
(つづく)
(2007.08.31)
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