大阪市音楽団(市音)プログラム編成のリーダー、田中
弘さんとの押し問答から、しぱらくたった2005年5月半ば、ピーター・グレイアムからの郵便小包がエアメールで届いた。中身は、待ちかねていた『地底旅行』のブラス・バンド原曲のスコアと演奏が収められたCD-Rで、それには、つぎのようなメッセージが添えられていた。
『ディアー、ユキヒロ。リクエストのあったスコアと録音だ。エンジョイしてくれ。ただし、スコアは出版前だし、録音も近くCDとして発売されるものなので、その取り扱いにはくれぐれも注意してほしい。ピーター』
実は、このとき、ピーターは『ケルトの叫び』のアイディアを他国の出版社に盗用されて係争中。作曲者と委嘱者ブラック・ダイク・バンド以外は見たことのないスコアはもとより、音源も「European
Brass Band Championships 2005」というタイトルで、同じ年の夏にDOYENレーベルからCDとして発売予定の優勝ライヴ、つまりCD用音源そのものだった。コピー厳禁は無論のこと、当然、見せたり聴かせたりすることのできる相手も限られてくる。
そんな大切なものをポンと送ってくれたピーターに感謝しつつも、曲を知らないものにとっては、全体像を掴むのがなによりも先決。そこで、まず、スコアを見ないで録音だけを聴いてみることにした。
『スゴイ・・・・』
ここ一番、というときのブラック・ダイクの本番演奏の鮮やかさもさることながら、今、目の前のスピーカーから流れてくる音楽がもつエネルギーのスゴさを、一体全体どう表現したらいいのだろうか。いい方に予想を裏切られる時というのは、こんな時のことを言うのだろう。とにかく、今聴いたばかりの『地底旅行』は、これまで聴いてきたピーターのどの音楽とも、テイストがまったく違っていた。もちろん、他のどの作曲家の作品とも。まったく新しい感覚のバンド曲の誕生だ。あらためて、こんな音楽を創り出すことのできる作曲家という人種に畏敬の念を抱く。
そして、この最初の“衝撃”を確実に自分のものにするべく、直ちにプレイバックを繰り返す。
『やっぱり、スゴイ・・・・』
一回目にも増して、二回目に聴いた印象は、色鮮やかだった。ミステリアスな導入部の響き、いきなり立ち上がるスリリングな主部、音楽に映し出されるさまざまな情景と場面転換の早さ、地底から湧き上がるマグマのような強大なエネルギー、大向うを唸らせるインパクトのあるエンディング。一瞬たりともスキを見せない。それは、聴くものだけでなく、プレイヤーにとっても夢中になれる音楽だった。
押さえがたい衝動にかられ、今度はスコアを開く。パラパラとページをめくると、スコア上部に、音楽のガイドよろしく、旅日記のように綴られた原作の各シーンが、日付つきで記載されているのを見つける。曲冒頭に最初の日付が1863年6月29日で、最後が9月9日。この間、日付のないものも含めて、原作にある9つの冒険シーンが音楽で表現されている。
『これが、この音楽の仕掛けのひとつなのか。』
と思いながら、日付のある小題を追っていく。すると、同時に、昔読んだジュール・ベルヌの原作やテレビで何度も見たヘンリー・レビン(Henry
Levin)監督の同題映画(20世紀フォックス)の印象がフラッシュバックのようによみがえってくる。
そして、さらにもう一度、今度は実際にスコアを目で追いながら聴いてみる。すると、曲に盛り込まれた情景だけでなく、音楽的な仕掛けや輪郭もどんどんクリアになってくる。これは、仮にピーターから提案がなかったとしても、絶対に紹介しなくてはならない作品のひとつだ。
そう確信した筆者は、聴き終えるやいなや、市音の田中さんに電話を入れていた。
『今、スコアと音源が届きました。すぐに聴いてみたんですが、これは、ひょっとすると、とんでもない作品と出逢ったのかも知れませんよ。技術的には“ハリスン”の方が少しばかり難易度が高いかも知れませんが、音楽的な面白さは今度の作品の方がはるかに上です。印象派の音楽を聴いているようなところもあるし、コンテンポラリーな箇所もある。とにかく、面白いエエ作品です。まあ、聴いてみてください。』
こうして、『地底旅行』の原作スコアと音源は、当初の約束どおり、市音に持ち込まれ、直ちにプログラム編成でチェックされることとなった。
(つづく)
(2007.08.24)
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