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樋口幸弘の「ウィンド楽書(ラクガキ)ノ−トファイル」

 新作『地底旅行』について、作曲者ピーター・グレイアムとホットなメールのやりとりをした翌日、早速、大阪市音楽団(市音)のプログラム編成のリーダー、トランペットの田中 弘(たなか ひろむ)さんに電話を入れる。発売されたばかりのCD「ニュー・ウィンド・レパートリー2005」に収録された『ザ・レッド・マシーン』が好評なだけに、氏もゴキゲンだ。

 早速、『これは、作曲者から市音へ向けての“要請”とか“打診”といった類いの話ではありません。また、ダメだったらダメとハッキリ断って下さい。』と断った上、ここまでの経緯や現地の評判など、ピーターの新曲『地底旅行』について分かっているかぎりの情報を説明する。氏も興味津々の様子。しかし、両者とも曲の全貌を知らないので、電話ではそれ以上の話には発展しない。

 その場はひとまず、音源や楽譜など、曲の資料が届いたら、すぐにチェックしてもらえるよう、手配を約束。市音の方でも、近く予定されているプログラム編成のミーティングで、“検討課題”のひとつとして取り上げていただけることになった。

 この電話を入れた2005年5月当時、市音は、やはり作曲家からのアプローチにより、フィリップ・スパークの『宇宙の音楽(Music of the Spheres)』ウィンドオーケストラ版の世界初演を、今まさに実現しようとしていた。その勢いをかって、もし今度のピーターの作品も取り上げていただけるならば、彼と彼の作品にとって、これほど絶好のタイミングはないように思えた。

 しかし、その後、田中さんと話した雑談内容は、『宇宙の音楽』のケースとは違い、今度の『地底旅行』には、いくつか超えなければならないハードルがあることを予想させた。『宇宙の音楽』では、最初から初演者に市音が指名され、楽譜一式が無償で提供されていたことも心配のタネだった。

 それから数日後、会議を終えた田中さんから電話があった。そして、案の定、市音サイドとしては、つぎのようなことが課題になりそうだと知らされた。

 1)ウィンドオケ版の完成時期がいつになるのか
 2)トランスクライブの費用をどう捻出するのか

 1つ目の最大のポイントは、2005年秋の定期演奏会の指揮者には、すでに井上道義(いのうえ みちよし)氏が決まっており、レパートリーは自分で決めるタイプの氏が難色を示す可能性が考えられたことだった。つまり、指揮者には、現状唯一存在するブラス・バンド原曲ではなく、完成したウィンドオケ版のスコアを見せる必要があり、スコアもない今の状況では話すらできない。すると、このような話題性の高い作品にふさわしい次のステージは、2006年春の定期となる。しかし、そのワクはすでに、ベルギーからヤン・ヴァンデルローストを招き、自作自演コンサートを打つことが決まっていた。さらにさらに、その次の機会となると、それは2006年の秋の定期となってしまうが、一体全体、今度の話を一年半後まで引っ張るのは果たして可能なんだろうか、という気の遠くなるような話。

 また、2つ目は、今度の新作にはもちろん高い関心があるが、本年度の編曲予算の使い方がすでに決まっていて、今年度中に新たに別予算を組むのはとうてい不可能ということだった。

 誤解のないように書いておきたいが、この時点で、筆者はピーターに話をする対象をどこにするとは伝えていない。ピーターとしても演奏団体を特定しての話ではなく、市音に最初に話をしたのは、あくまで筆者の判断だった。理由は、市音には、ともに出版前に楽譜を提供した『ハリスンの夢』と『ザ・レッド・マシーン』を定期演奏会やレコーディングで取り上げていただいており、スパークの『宇宙の音楽』の世界初演が行われる定期でも、出版されたばかりの交響曲『モンタージュ』が演奏されることになっていた。つまり、ピーターの音楽に関して日本でもっとも理解のあるウィンド・オーケストラだったからだ。

 ピーターからは、その後のメールで、日本からの依頼があるなら、2005年の夏にトランスのスケジュールを入れることが可能だ、と聞かされていた。しかし、田中さんの話を聞くかぎり、今度の話の市音での実現には、作曲者のスケジュールを相当前倒しにしてもらうか、演奏までかなりの待ち時間を設けるか、のいずれか一方を選ばねばならなかった。どちらの選択肢にも無理があり、市音のスケジューリングや予算にも相当な調整をお願いしなければならなかった。無理強いは禁物だ。また、作品にとって旬を逃してもいけない。いろいろと考えをめぐらした結果、たいへん残念ながら、氏にはこう返答せざるを得なかった。

 『音楽団の状況は、よくわかりました。しかし、曲を書くことを生業とする作曲家に、ずっと待っていろ、などとは、私の口からは到底言えません。お約束しました資料は、届きましたら、真っ先にお見せしますが、申し訳ありませんが、この話を他のバンドにもさせていただいてもいいでしょうか。作曲者はアメリカやヨーロッパの関係者に声をかける前に、今度の話をしてくれました。一旦引き受けた以上、私にも可能性を見い出す責任があります。ご了解いただけますか?』

 実は、この当時、偶然にも、昔からの音楽仲間で、大阪音楽大学の非常勤講師のほか、社会人吹奏楽団の指揮者としても活躍がつづく伊勢敏之(いせ としゆき)さんなどからも、いくつか「ヨーロッパの作曲家に作品委嘱が可能かどうか」という熱心な打診があった。また、作曲や執筆など、創作活動には本人のモチベーションの高まりこそ重要で、今書きたいと考えている作曲家に、音楽以外の事情からブレーキをかけることなど、あってはならない行為に思えた。

 市音への筆者の返答は、そういう背景や理由が見え隠れする無礼きわまりないものだった。当然、この話はすぐ白紙になるはずだった。

 しかし、この話は、その後、まったく予想外の展開をみせることになる。ウィンド・ミュージックの発展にかける、市音プログラム編成のリーダーとしての氏の“情熱とプライド”が、筆者に思わぬ“待った”をかけたからだ。

『それだけは思い留まって下さい!!』

 短いが、決意の込められたこの一言が、すべての話を一度振り出しに戻すことになった。

(つづく)

(2007.08.10)


(c)2007, Yukihiro Higuchi/樋口幸弘
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