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■ハリスンの夢
収録CD
(ブラスバンド)
スペシャル >>インデックス
樋口幸弘の「ウィンド楽書(ラクガキ)ノ−トファイル」
ファイル・ナンバ−12
ピ−タ−・グレイアム:ハリスンの夢
HARRISON’S DREAM
(Peter Graham)
File No.12-14:演奏グレード表示、“Grade 7”の謎

 ピーター・グレイアムの『ハリスンの夢』は、そのクレバーかつ幾何学的な音楽内容もさることながら、最初に送られてきたインフォメーションに、演奏グレードが“Grade 7”と表示されていたことも、大きな話題となった。アメリカなどの音楽出版社が、教育的指標として出版楽譜に印刷している演奏グレードは、一般として“Grade 6”が最高グレードとなっているからだ。

 たまたま、この作品の日本初演の翌年(2003年)に、創立80周年という、アニヴァーサリー・イヤーを迎えることになっていた大阪市音楽団(市音)では、早くから情報収集が始まっていた“80周年記念誌”出版のための準備作業で、世界中の代表的なオリジナル作品をひとまとめにして紹介するための準備が進められていた。そして、この目的でリストアップした曲の楽器編成や演奏グレードなどのデータを整理していく中、突如として出現したこの“Grade 7”表示。当然、これを一体どう取り扱うべきなのかについて議論百出。担当者間の大きな課題となった。というのも、実際に演奏してから市音独自で定めるグレード表示も、それまで“Grade 6”を最高グレードとしてきた経緯があったからだ。

 こういう問題は、当然、張本人(= この作品を市音に持ち込んだ人間)への質問となって返ってくる。最初にこの作品の情報を提供したときから、いつかは来るだろう、と半分観念していたが、市音プログラム編成(当時)の延原弘明さんからの質問は、楽譜がいつ届くのかさえ、まだはっきりしない2002年の春先にあった。

 『“Grade 7”というのは、ミス・プリントではないのでしょうか。念のために、実際のところを確認したいのですが・・・。』という質問となって。

 もちろん、筆者は、この件についてすでに作曲者に確認済みだった。そして、作曲者のピーター・グレイアムは、もちろんアメリカの音楽出版社の演奏グレード表示を知っているが、この“Grade 7”は、これが“Grade 6以上”の作品であることを作曲者が示したくてつけたものである旨、回答した。無論、延原さんには、この内容は即座に理解していただけたが、市音の基準上、これをどう表記するかが課題になるという話だった。

 こういう話題がクローズアップされるとき、いつも思うことがある。有名な評論家がよく口にする『海外の常識は、日本の非常識。日本の常識は、海外の非常識。』とは、確かに的を得ているなと。そして、我々は海外の新しい動きにすぐ反応できないなとも。

 西洋音楽の歴史を見るとき、それはつねに常識を覆すことから新しい何かを生み出してきた。ピーターの“Grade 7”表示も、自由に曲を書いていく内に、自作がいつの間にかアメリカ人がいうところの“Grade 6”のワクを超えていることを強く意識した、そういうことだったのではないのだろうか。アメリカより長い歴史をもつイギリスの音楽出版社には、もともと“演奏グレード”という概念自体存在しなかったし、“ハリスン”も確かにそんな既成のワクに収まりきらない“凄さ”を備えた作品だった。他方、何でもかんでも“アメリカン・スタンダード”をあてはめなければならないという理由もないし。

 話を元にもどそう。市音プログラム編成からの質問は、“演奏グレード表示”だけではなく、“作曲者名カナ表記”や“日本語曲名”についてもあった。この内、“作曲者名カナ表記”についての回答は、この稿のファイルNo.12-04 に書いたとおりだ。

 “日本語曲名”についても、当時以下のように回答している。

 筆者が熟考して回答した曲名は、この稿のタイトルと同じく『ハリスンの夢』。その理由は、曲名に含まれる Harrison が、イングランドに実在した時計職人 John Harrison のファミリーネーム(つまり人名)であり、彼の名はネイティヴでは“ジョン・ハリスン”と発音されることだった。イギリス英語の標準発音であるイングランド中西部発音では、“〜son”は“〜スン”と発音する。もっとも判りやすい類例としては、元ビートルズのメンバー、ジョージ・ハリスン(George Harrison)の名を頭に浮かべていただければいいだろう。日本でもおなじみの作曲家エドワード・グレッグスン(Edward Gregson)の “son” も、これとまったく同じ発音だ。
  
  しかし、その一方、これまで“Graham”が“グラハム”と書かれてきたように、日本ではローマ字読みされて“ハリソン”と書かれる可能性も高いことも同時に申し添えた。また、アメリカのある地域や、スコットランドなどでは若干音が違ってくることも。

 余談ながら、ピーター・グレイアムは、スコットランド人であることを誇りとし、スコットランドの地方語(日本人にはほとんど聞き取り不可能)のネイティヴ・スピーカーとしても知られる。また、自作が演奏されることを大きな喜びとしているので、日本人が彼の名や曲名をどう読んだり書いたりしても、けっして怒ったりはしない。普段はとてももの静かな紳士である。(ただし、フットボール<サッカー>の応援に興じているときを除いて。彼は、マンチェスター・ユナイテッドの熱狂的なファンでもある。中途半端な知識でのサッカーの話は、絶対に振り向けない方がいい。)

 さて、結果として、筆者の表記等に関する回答内容は、1年以上の長い年月をかけて市音内で十分に吟味され、「大阪市音楽団創立80年記念誌」(2003年11月21日発行)に使用する表記として、以下のように採用された。

 ピーター・グレイアム / ハリスンの夢 / G6 (同誌: P.29 / P.38 / P.71 / P.74)

 演奏グレードだけは、結局“Grade 6”となった。しかし、一方でそれは、市音としては最高のグレード表示であることも、また間違いなかった。

▲「大阪市音楽団創立80年記念誌」(2003年11月21日発行)

(つづく)


(c)2008,Yukihiro Higuchi/樋口幸弘
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