大阪市音楽団(市音)の『ハリスンの夢』日本初演プロジェクトが正式に動き出してからしばらくたった2002年5月1日、筆者は1通のメールを作曲者に送っている。
『ディアー・ピーター、先週のメールありがとう。その後、市音のCDをエンジョイしてくれたかい? さて、2日前、その市音のコンサートに行ってきたんだが、その際、彼らから、もし可能ならば、出版前に「ハリスンの夢」ウィンド・バンド版のフル・スコアだけでも見ることはできないだろうか、と訊ねられた。つまり、できれば正確なスコア・リーディングをしたいというわけなんだ。無理を言って申し訳ないが、それは可能だろうか。返答を待つ。ユキヒロ』
返信は2日後に届いた。
『ディアー・ユキヒロ、私は市音のCDをとてもエンジョイしているよ。バンドはエクセレントだし、演奏にはいくつものとても音楽的なタッチが存在する。私は、本当に彼らが演奏する「ハリスンの夢」を聴く日を楽しみにしているんだ。今日、ご要望のプルーフ・コピーのスコアを1部あなたに送った。また、現在、私は印刷用の最終バージョンを作っている最中で、そのスコアは我々のサイズでいうところのB4という、プルーフ版よりさらに大きなものになる。しかしながら、私が送ったその1冊は、(サイズこそ小さいが)求められている情報の多くをあなたがたに提供すると思う。
今度の日曜、ベルギーで開かれるヨーロピン・ブラス・バンド選手権に行くんで、フィリップ・スパークとヤン・ヴァンデルローストに会ったら、あなたから“よろしく、と言われた”と伝えておくよ。そこでは、ブラック・ダイクのために書いた新曲が初演されることになっている。それは「コサックの叫び(Call of the Cossacks)」というタイトル、つまり、「ケルトの叫び」のロシア版というわけだ!! そして、これをすぐウィンド・バンドのために編曲できればと思っている。ピーター』
これでよーし。しかし、ヨーロッパは盛り上がっているな。(註:このときの「コサックの叫び」の初演ライヴから、“ドイルの哀歌(Doyle's Lament)”と“結婚の踊り(Wedding Dance)”の2曲がCD化された --- 収録盤:「Highlights of the European Brass Band Championships 2002」DOYEN, DOYCD136)
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Highlights of the European Brass Band Championships 2002 |
さて、待望のスコアは、5月8日に届いた。委嘱者のアメリカ空軍ワシントンD.C.バンド以外が始めて見る「ハリスンの夢」のウィンド・バンド版のスコアだ!! 早速ページを開くと、思わず『アッ!!』と声が出た。それもそのはず、すべてのページに「Proof copy for Yukihiro Higuchi (ユキヒロ・ヒグチのためのプルーフ・コピー)」と丁寧に印字されていたのだ。メールにあったように、わざわざ1冊作ってくれたわけだ。本当にありがたい。楽譜には著作権(Copyright = 複製権)があるので公開やコピーはできないが、出版時には必ず印刷されるコピーライト・ラインがまだ入っていないこのスコアは、正真正銘、世界に1冊しか存在しないスコアということになる。『こいつは、一生の宝物だな!!』とつぶやきながら、ページをめくってゆく。確かに難しい。しかし、スリリングだ!!
ひとしきりスコアを読み終わってから、すぐ市音の延原さんに電話を入れる。
『この前、ご照会のありました「ハリスンの夢」のスコアですが、今日届きました。ちょっと擦れて印刷が薄くなっているところもありますが、コンピュータ浄書のひじょうにきれいなスコアで、曲の音楽的な仕掛けもよくわかります。正直面白い曲ですねー。ただ、あのエア・フォースがグチャグチャになったぐらいですから、かなり手ごわいですよ。逆に言うと、やり応え十分です。まだ出版前なのでコピー厳禁ですが、それで良かったら出版譜が来るまでの間お貸しします。今、こちらはまったく身動きできないんですが、どうされます?』と、一気に話す。
電話の向こうの延原さんからは、『そうですか。ありがとうございます。大事なものなんで、すぐに誰かを取りにやらせます。』との返答。
その後、日本のバンド界を席捲し、一大ブームとなる「ハリスンの夢」の全貌は、こうして大阪市音楽団の知るところとなった。プロジェクトは、気味悪いぐらいのいいペースで着実に進行中だ!!
バンドパワーによるラジオ放送、市音による日本初演、そのCD化などなど、秋以降のいろいろなプランも頭の中でどんどん組みあがっていく。よーし!!
(つづく)
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