ピーター・グレイアムの日本人弟子第1号、内田佐智(うちだ さち)さんと国際電話で話したのは、グラマーシー・ミージック初のカタログ「MUSIC FOR CONCERT BAND 2002 - 2003 / 吹奏楽カタログ 2002 - 2003」が出て、かなりたってからだった。
この国際電話は、ピーターの依頼で、こちらから掛けたものだった。用向きは、ピーターが日本のアドレスを買い取って自身の日本語ホームページを立ち上げるので、その準備のために話し合って欲しい、ということのだったのだが・・・。
内田さんとは、彼女が京都の中学校の先生をされているころからの知リ合いだったが、直接声で話すのはほんと数年ぶり。当然ながら、最初は、ピーターの依頼などどこ吹く風という感じで、昔話ばかりに大いに花が咲く。何しろ、彼女から何度もかかってきた電話相談を受けて、ブラス・バンドの世界の重鎮であるロイ・ニューサム氏(元ブラック・ダイク・ミルズ・バンド指揮者、元BBC放送「リッスン・トゥー・ザ・バンド」プレゼンテーター)を紹介したのは筆者で、そのニューサム氏が彼女の先生にふさわしいと紹介状を書いた相手がピーターだったという間柄だからだ。まあ、そんなわけだから、最初の脱線もある程度仕方がなかった。
しかし、雑談も10分も過ぎれば、ただ国際電話会社を儲けさせているだけだ。ふと我に返った筆者が、『ところで、日本語ホームページとなれば、当然、彼の名前の日本語表記をはっきりさせないといけないと思うんだけど。あのカタログ、何で名前を“グラハム”と印刷したの?』と話題を軌道修正する。
すると、内田さんからは、『実は、ニューサム先生のところで、最初に直されたのが、彼の姓は“グラハム”じゃなくて、“H”がサイレントになって“グレイアム”と発音する、ということでした。』と、イギリスで最初に学んだことがこれだったという、ビックリする回答が返ってきた。
『そしたら、カタログは何で?』と、もう一度訊ねる。
『日本では“グラハム”が一般的に使われていたのと、正しい人名をいきなり出してもピーンとこないと思ったんです。それと、ご本人が人からどう呼ばれようと結構気にとめない人だったからなんです。自分の曲がどんどん演奏されれば、それでハッピーという人なんです。』との回答。
そこで、『OK、わかった。しかし、自身のホームページにカタカナ名を載せるとなると、それがいつしか標準になるんで、何でもいいとは言えなくなるわけだし・・・。で、カタカナ表記をFAXしたんだけど、見てくれた?』と訊くと、
『樋口さんの送ってくれた“ピーター・グレイアム”に、今後すべて合わせようと思います。そのとおりだし。』と、この件はあっという間に一件落着。
しかし、インターネットを通じて、イギリスのBBC放送の「リッスン・トゥー・ザ・バンド」を聞いている人にとっては、とても日常的になっているこの“ピーター・グレイアム”という発音も、視覚的に捉えたアルファベットをローマ字のように読んでしまうクセがついてしまった日本人にとっては、難発音のひとつかも知れない。
視覚的にこれを捉えたい人には、BBC放送(英国国営放送)が編纂したイギリス国内の人名や地名の発音を示した辞典、「BBC英国名発音辞典 (BBC Pronouncing Dictionary of British Names)」(英Oxford刊)の“Graham” の項を見れば、

という、国際音声記号によるネイティブの発音記号を見ることができるので、まずはこの辞典を紹介しておきたい。
そして、これをさらにわかりやすくローマ字に分解すると、
[G] = グ
[R] = ラ行の子音(後につく母音により、ラ、リ、ル、レ、ロのいずれか)
[A] = エイ
[H] = (無音)
[A] = ア
[M] = ム
となる。(これと、まったく同じ国際音声記号(国際音声字母/万国音標文字)による表記は、『DUDEN ヨーロッパ固有名詞発音辞典(Der Grosse Duden - Ausspracheworterbuch)』(独Dudenverlag刊)においても、見ることができる。)
なお、これには、ちょっとした後日談がある。実は、このヤリトリの間に“カタカナ”という未知の表音文字に関心をもってしまったピーターが、あれこれ考えた末、『自身の Graham 姓の最初の“a” は“エイ”と発音し、“イ”も含まれているのだが、ひょっとすると、日本人の中でもヒヤリングの弱い人には、この“イ”が聴き取れない人もいるかも知れない。その場合は、“グレィアム”というように“イ”を小文字の“ィ”にするのもOKだ。』と申しいれてきたことがあったのだ。また、おもしろいことを考えるものだ。しかし、これに対して、日本のNHKのアナウンサーは、カタカナに含まれる小文字も、大文字のようにはっきり発声するように訓練されるから、放送などのアナウンスでは区別がつきにくく、また、印刷間違いで小文字が大文字になってしまうことも頻繁にあり、かえって混乱を助長すると説明すると、『それなら、元のままの“グレイアム”の方がいい』と、あっけなく元の鞘へ。この件などは、まさに、文化交流はいつも未知との遭遇、という典型的な顛末と言えた。
まあ、以上のような経緯で、筆者も、それまでの表記を改め、本人の言うとおり、“ピーター・グレイアム”という表記を一般的に使うようになった。
しかし、一方で、ピーターがかなり入れ込んで発案し、構想もどんどん膨らんでいった肝心のホームページ計画は、主に“本人が時間がとれない”という理由などから、いつのまにか自然消滅...。その後、突然、「マイスペース」という、ブログにとって代わられた。(ここには、内田佐智さんも登場することがある。)
http://jp.myspace.com/petergrahammusic
まあ、音楽も聴ける(カウンターもついている)し、これはこれでいいのだが・・・。しかし、およそ8500円自腹をきった国際電話代は、いったいどうしてくれるんだよ〜!? まあ、いいか(泣)。
(つづく)
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