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■ハリスンの夢
収録CD
(ブラスバンド)
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樋口幸弘の「ウィンド楽書(ラクガキ)ノ−トファイル」
ファイル・ナンバ−12
ピ−タ−・グレイアム:ハリスンの夢
HARRISON’S DREAM
(Peter Graham)
File No.12-03 :はじめてのカタログ

 2002年の始め、主にピーター・グレイアムの楽曲を出版しているイギリスのグラマーシー・ミュージック(Gramercy Music)が作ったカタログは、同社初というだけでなく、いろいろな工夫がこらされたとてもユニークなプロモーション・カタログだった。

 「MUSIC FOR CONCERT BAND 2002 - 2003 / 吹奏楽カタログ 2002 - 2003」と、英日両方のタイトルがつけられたこのカタログは、『ハリスンの夢』に対するABAオストウォルド作曲賞授賞式が行われた、同年3月のアメリカン・バンドマスターズ・アソシエーション(ABA)の総会に合わせて制作されたもので、掲載されている楽曲数は、ピーターの作品10曲とロビン・デューハースト(Robin Dewhurst)の作品2曲のわずかに12曲。内4曲が当時未出版で、肝心の『ハリスンの夢』も、“2002年2月出版”と印刷されているにもかかわらず、まったく間に合ってなかった。

 しかし、カタログ附属CDロムの充実ぶりは随分と光っていた。掲載曲の抜粋がCDプレイヤーで聴けるのはもちろん、表紙の日本語ガイドにしたがってコンピュータを操作すると、掲載曲すべてのサンプル・スコアが画面上に表示される仕掛けになっていた。『ハリスンの夢』も、曲冒頭から4ページを見ることができたわけだ。力の入れようが垣間見える。

 日本語部分は、ピーターの初の日本人弟子で、彼が教授をつとめるソルフォード大学で博士号をとった内田佐智(うちだ さち)さんの手になるもので、よくある自動翻訳によるおかしな日本語ではないので、操作上の不安もまったくなかった。

 内田さんは、大阪音楽大学で作曲を学び、京都の中学校で音楽の先生をしていたが、ブリーズ・ブラス・バンドの演奏を聴いてから音楽感が変わり、その衝撃から本場のブラス・バンドについて学ぶために職を辞し、単身ソルフォード大学に留学したという、とてもユニークな経歴の持ち主だ。彼女のブラス・バンド作品にはイギリスで作曲賞を受賞したものもあり、これからの活躍が嘱望されているひとりだ。

 話を元に戻そう。授賞式のあったABAの総会でも配布されたこのカタログだが、無論のこと、収録されている演奏にも注目が集った。『ハリスンの夢』は、受賞作だけに、その注目度はとくに高かった。

 デモ演奏の3トラック目に入っている『ハリスンの夢』の収録時間は、3分10秒。前半部(約1分)、中間部(約1分15秒)、後半部(約55秒)という構成だ。
スコアでいうと、最初に“イントロから[C]の前まで“が、つづいて“[P]から[R]まで”、最後に“[Y]の3小節前あたりから[BB]の直前まで”が収録されていることになる。演奏には、かなりのアラが見られるが、その物凄いライヴネスは一聴の価値がある。

 File No.03-02 に書いたとおり、このカタログに使われた元の音源は、ロウル・E・グレイアム大佐(Colonel Lowel E. Graham)が指揮したアメリカ空軍ワシントンD.C.バンドのライヴ録音だ。2001年、このバンドは、何度もこの作品を演奏していたので、ピーターにも確認を入れたところ、同じ年のかなり早い時期に受け取った録音だというから、初演か、あるいはそれに近い日のライヴであることは間違いなかった。(作品を委嘱した作曲家に贈るくらいだから、おそらくは初演ライヴだろう。)

 演奏を聴くと、後日発売されたこの曲のどのCDの演奏よりも速い、ものすごいテンポのライヴで、実はあまりのテンポのために前半部が崩壊寸前でスタートして、中間のゆったりした部分のあと、アンサンブルを取り戻したバンドが後半部分でやっとのことで実力を発揮、大拍手という、絵に描いたようなドラマチックさ。まるでフルトヴェングラーの指揮したベルリン・フィルのライヴを聴くのと同じような興奮とスリルを覚える。

 残念ながら、このオリジナル音源のコピーや公開は禁じられているので、ラジオ放送などではお聴かせすることができない。しかし、演奏者名こそ印刷されてないが、グラマーシーのこのカタログに使われたことで、この作品の最も初期のライヴ演奏を後世に伝えることになった。

 そして、ABAオストウォルド受賞作品『ハリスンの夢』にまつわる様々なドラマも、この1つのカタログからスタートしたのだった。 

(つづく) 


(c)2007,Yukihiro Higuchi/樋口幸弘
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