吹奏楽マガジン バンドパワー 吹奏楽マガジン バンドパワー
記事関連CD
ニュース >> ニュースインデックス

樋口幸弘の「マイ・フェイヴァリッツ!!」

オラフ王を称えて -
グスターヴ・ホルスト: ミリタリー・バンドのための全作品集

The Praise of King Olaf - Holst's Complete Music for Military Band

指揮:レイフ・アルネ・タンゲン・ペデルセン
Leif Arne Tangen Pedersen
演奏:ノルウェー王国海軍バンド
Royal Norwegian Navy Band

vol.5



名作『組曲第1番』と誰も知らない初演者

 ホルストがミリタリー・バンド(ウィンド・バンド)のために作曲したオリジナル作品の中で、今日も地球上のどこかで演奏されているかも知れないというほどポピュラーなのに、作曲や初演の経緯がまったく忘れ去られてしまっている作品のひとつに、1909年作曲の『ミリタリー・バンドのための組曲第1番 変ホ長調 作品28-1』がある。

 この作品についても、演奏についてのサジェスチョン以外、作曲者は何も書きのこしていない。だが、少しずつ部分的に発表された主な情報を整理すると、およそ次のような事実や背景が浮かび上がってくる。

 『組曲第1番』の世界初の商業レコードは、1955年5月10日、米ニューヨーク州ロチェスターのイーストマン劇場において録音され、同年末にリリースされたフレデリック・フェネル指揮、イーストマン・ウィンド・アンサンブル演奏のLP「ブリティッシュ・バンド・クラシクス(British Band Classics)」(初版: 米Mercury, MG40015, モノラル / 二版: 同, MG50088, モノラル)だった。同時に『組曲第2番』も初収録されたこのアルバムは、のちにパーシー・グレインジャーの『ヒル・ソング第2番』を加えて電気的に擬似ステレオ化され、タイトルを「フォークソング・スウィーツ・アンド・アザー・ブリティッシュ・バンド・クラシクス(Folksong Suites & other British Band Classics)」に改めて再発売(米Mercury, SR90388)され、21世紀となった今もアメリカと日本で擬似ステ・バージョンがCDとして発売されているので、聴かれた人も多いだろう。オリジナル盤のプログラム・ノートは、デーヴィッド・ホール(無著名)がフェネルの言質を引用しながら書いているが、作曲の経緯や初演など、事実関係には一切触れられていない。

 この組曲の初演についてはじめて触れたのは、1957年にイギリスで発売されたフレデリック・J・ハリス少佐(当時)指揮、グレナディア・ガーズ・バンド演奏のLP「アン・アルバム・オブ・ミリタリー・バンド・ミュージック(An Album of Military Band Music)」(Decca, LK4184, モノラル)のプログラム・ノートだった。著者は、イギリスのバージル・サンダーズで、それには、つぎのように書かれている。

 『ミリタリー・バンドのための組曲第1番は、1923年に王立陸軍音楽学校(Royal Military School of Music)で初演された。』

 『組曲第1番』の2枚目のレコードとなったこのアルバムは、ロンドンのキングズウェイ・ホールでステレオで録音されたが、当時はステレオ・レコードのカッティング技術が実用化前だったので、前記モノラル盤が先行発売。ステレオ盤は、1958年にアメリカ盤(米London, PS103, 英Deccaプレス)、1959年にイギリス盤(英Decca, SKL4041)が発売され、本場モノのステレオ録音ということもあり、レコードは大ヒット。サンダーズの明快なノートもあり、大いに話題を呼んだ。

 この次に初演に関する記述が著されたのは、音楽学者であり指揮者でもあるホルストの実娘イモージェンが、ロイヤル・エア・フォース・セントラル・バンドを指揮して父親の作品を録音した1966年制作・発売のLP「イモージェン・ホルスト・コンダクツ・グスターヴ・ホルスト(Imogen Holst conducts Gustav Holst)」(英His Master's Voice, CSD3507, ステレオ / 同, CLP3507, モノラル)」のために彼女が書きおろしたプログラム・ノートだった。それには、つぎのように書かれている。 

 『私はかつてネラーホール(Kneller Hall)における初演に参加したロイヤル・マリーンズのバスーン奏者に会ったことがありますが、彼はこの作品が奏者たちに与えた革新的な印象について語ってくれました。』(初演年月日については言及なし)

 娘イモージェンが書いたこの一文は、当時決定的なものと思われた。文中の“ネラーホール”は、正式名を“王立ネラーホール陸軍音楽学校(Royal Military School of Music, Kneller Hall)”といい、サンダーズのノートにも“王立陸軍音楽学校”と書かれている音楽学校のことだ。文字どおり、イギリスのミリタリー・バンドの中枢であり、プレイヤーやバンドマスターは、ここで音楽の多くを学ぶ。かくて、ホルストの『組曲第1番』は、ふたりのノートを組み合わせて“(1923年に)王立ネラーホール陸軍音楽学校において初演”とするのが一方の定説となった。

 しかし、『ハマースミス』の“1954年初演説”と同じく、1909年に作曲された作品の初演が14年も後というのはどうしても合点がいかない。そして、それを覆すことになったのは、なんと他ならぬイモージェン自身だった。

 1966年のアルバムの後もリサーチをつづけた彼女は、まずネラーホールでの演奏がサンダーズが書いた1923年ではなく、実際には1920年6月20日だったことをつきとめていた。さらに、それよりかなり前の年の日付があるホルストの手紙の中に、すでにこの作品がミリタリー・バンドのレパートリーとして広く演奏されており、他にもフルスコアを欲しがっている人がいることが書かれているのを発見した。また、家族として、“多忙な”ホルストが、一般に流布されているように“単なる音楽的関心から、それまでに書いたこともないミリタリー・バンド(ウィンド・バンド)編成で自発的に新作を書く”など、実際あり得なかったことだと知っていたイモージェンは、当時の他の作品同様、この作品は何らかのリクエストがあって書かれたと考えるのが自然だとし、さまざまな記録や物証をつき合わせた結果、1974年の自著「グスターヴ・ホルストの音楽の主題目録(A Thematic Catalogue of Gustav Holst's Music)」(英Faber)で、委嘱者、初演者、日付不明ながら、こう結論づけた。

 『私はその初演の日付を見い出せないでいる。・・・(中略)・・・。この作品は、おそらく何か特別な催しのために書かれ、そして、それは、たぶん、1909年5月、ロンドンのマイル・エンドにあるピープルズ・パレスにおけるフェスティヴァルで行われている。』

 『組曲第1番』のオリジナル・インストゥルメンテーションは、以下のとおり。(イモージェンの著作には一部略記があり、些細ながら下記とは差異がある)(各数字はパート数)

ピッコロ
フルート
オーボエ (2)
Ebクラリネット (2)
Bbクラリネット (4)
バスーン (2)
アルト・サクソフォーン
テナー・サクソフォーン
バリトン・サクソフォーン
コルネット (2)
トランペット(2)
ホルン (4)
トロンボーン (3)
ユーフォニアム
バス (2)
ティンパ二
バス・ドラム
サイド・ドラム
シンバル
トライアングル
タンバリン

 ピッコロがDbであったり、Ebクラリネットが2パートあったり、ホルンの記譜がEbだったりする点などを除けば、編成は至ってシンプルで、現代のものとあまり変わらない。スコアは自筆のフルスコアとピアノ・コンデンスの2種類が揃っており、そこから写譜された手書きのパート譜も実在する。スコアには、上記以外に弦バスや高音部記号のBbバリトン(サクソルン属金管)などのアドリブ・パートもあった。

 この編成は、1921年にアメリカのBoosey & Co. が著作権を手得して出版されたBoosey & Hawkes版とは、かなり印象が違う。しかし、おそらく、これが上記フェスティヴァルに出演を依頼されたミリタリー・バンドからのリクエストに従ったもの、あるいは出演時の実際の編成に近いものであろうことは容易に想像がつく。他方、1921年というアメリカでの出版年から、サンダーズが書いた“1923年初演”が、歴史的な誤記もしくは大誤植だったことも、もはや明らかとなった。

 残されている手書きのパート譜の上に書かれている作曲者名は、ホルストが1910年代半ばまで使い、その後、使用を完全にやめた“Gustav von Holst”だった。このパート譜を使って、一体どこの誰がこの名作を初めて演奏したのだろうか。もし、初演者の演奏が不首尾に終わっていたとしたら、この作品は世に残らなかった可能性もあった。『組曲第2番』や『ハマースミス』も生まれなかったかも知れない。しかし、現実には我々は今もこれら作品を愉しんでいる。知られざる初演者に乾杯だ!! ホルストのオーケストレーションの妙が愉しめるノルウェー海軍バンドのすばらしいCDを聴きながら、ふと遠い20世紀初頭のイギリスと誰も知らない初演者に想いをめぐらす自分がいた。(つづく)

<<< 前を読む  

オラフ王を称えて -
グスターヴ・ホルスト: ミリタリー・バンドのための全作品集
The Praise of King Olaf - Holst's Complete Music for Military Band

指揮:レイフ・アルネ・タンゲン・ペデルセン Leif Arne Tangen Pedersen
演奏:ノルウェー王国海軍バンド Royal Norwegian Navy Band

【曲目】

3つの民謡
Three Folk Tunes

ミリタリー・バンドのための組曲第1番 変ホ長調 作品28-1
First Suite in E flat for Military Band, Op.28 No.1

「ハマースミス」 - プレリュードとスケルツォ 作品52
Hammersmith - Prelude & Scherzo Op.52

ミリタリー・バンドのための組曲第2番 へ長調 作品28-2
Second Suite in F for Military Band, Op.28 No.2

ジーグ風フーガ(ヨハン・セバスティアン・バッハ/ホルスト編)
Fugue A La Gigue (Johan Sebastian Bach, arr. Holst)

ムーアサイド組曲(作曲者自身によるミリタリー・バンド用バージョン - 未完)
A Moorside Suite - Unfinished transcription for Military Band

オラフ王を称えて
The Praise of King Olaf - For Choir and Military Band

マーチング・ソング(「2つの無言歌」から)
Marching Song

ムーアサイド組曲(ゴードン・ジェイコブ編)
A Moorside Suite (arr. Gordon Jacob)

祖国よ、我は汝に誓う(レイフ・ヴォーン=ウィリアムズ編)
I Vow To Thee My Country (arr. Ralph Vaughan Williams)

組曲『惑星』より"火星" (G・スミス編)
Mars from ‘The Planets’(arr. G. Smith)

組曲『惑星』より"木星" (G・スミス編)
Jupiter from ‘The Planets’(arr. G. Smith)

録音:2006年2月13日-17日
会場:テンスベルィ審判教会(ノルウェー)
プロデューサー:マイク・プアートン
エンジニア:マーティン・アトキンスン
CD番号:英Specialist, SRC110

BPショップで、このCDを購入する>>>>


【関連記事】
【話題】海外レーベルを聴く愉しみ ジョンブルの誇り〜スペシャリスト・レコーディング
http://www.bandpower.net/news/2007/04/06_specialist/01.htm

(C)2007、Yukihiro Higuchi/樋口幸弘
>> ニュースインデックスページに戻る
サイトマップ | 問い合せ
広告について >>詳細
吹奏楽マガジン バンドパワー
吹奏楽マガジン バンドパワー
吹奏楽マガジン バンドパワー
関連CD

 

 
jasrac番号 吹奏楽マガジン バンドパワー