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樋口幸弘の「マイ・フェイヴァリッツ!!」

オラフ王を称えて -
グスターヴ・ホルスト: ミリタリー・バンドのための全作品集

The Praise of King Olaf - Holst's Complete Music for Military Band

指揮:レイフ・アルネ・タンゲン・ペデルセン
Leif Arne Tangen Pedersen
演奏:ノルウェー王国海軍バンド
Royal Norwegian Navy Band

vol.4



『ムーアサイド組曲』と3つのウィンド・バンド・バージョン

 ホルストの全バンド作品の中で、『ハマースミス』以上に好奇心と想像力をかきたてさせる作品に『ムーアサイド組曲』がある。

 『ムーアサイド組曲』のオリジナルは、1928年、委嘱により、全英ブラス・バンド選手権ファイナル(最終決勝)のためのテストピース(課題)として作曲された。ホルストが唯一ブラス・バンド編成のために作曲したオリジナル作品であり、楽器編成は、以下のとおり。

Ebソプラノ・コルネット
Bbコルネット(Solo, Repiano, II, III)
Bbフリューゲルホーン
Ebテナーホーン(Solo, II, III)
Bbバリトン(I, II)
トロンボーン(I, II, III)
Bbユーフォニアム(I, II)
Ebバス
Bbバス
パーカッション
(楽譜出版: R・スミス)

 初演は、1928年9月29日、ロンドンのクリスタル・パレスを会場として開催された同選手権決勝の出場バンドによって行われた。初演バンド名をここで特記しないのは、出場バンドの演奏順が選手権のレギュレーションにしたがって当日のくじで決められた(つまり、ノミネート全バンドに“一番くじ”さえ引けば、“初めて演奏する”栄誉に浴するチャンスがあった)からだ。

 それはさておき、このホルストの『ムーアサイド組曲』が課題となった1928年の“全英”では、ウィリアム・ハリウェル指揮、ブラック・ダイク・ミルズ・バンド(当時の名称)が全英チャンピオンに輝いた。ブラック・ダイクにとって、1902年以来、実に26年ぶり2度目の全英優勝で、運良くSPレコードに残されていたこのときの優勝ライヴは、その後、1993年に「クリスタル・パレス・チャンピンズ(The Crystal Palace Champions)」(Beulah, 1PD2)というアルバムでCD化されたから、聴かれた人も多いだろう。以下、選手権第2位にはハートン・コリアーズ・バンド、第3位にはカーリスル・セント・スティーヴンズ・バンドが入賞した。

 選手権の行われた翌週、ホルストは“ブリティッシュ・バンズマン(The British Bandsman)”紙に感想を寄せている。そこには、“音楽家の指揮による音楽家の演奏”だったことを称える一方で、音楽が穏やかでスムーズなカンタービレを要求しているときに、一部のコルネットとユーフォニアムのソロ奏者があまりにも前時代的なビブラートに浸りきっていた姿に失望したことも書かれ、とても興味深い。しかし、作品それ自体は、この日の選手権を通じて大成功を収め、優勝者ブラック・ダイクも、アーサー・O・ピアースの指揮であらためてセッション・レコーディング(SPレコード)を行った。バンドの150周年を記念して発売されたCD「ジュエルズ・イン・ザ・クラウン - ヒストリー・サウンド・オブ・ザ・ブラック・ダイク・バンド(Jewels In The Crown 〜 A History in Sound of the Black Dyke Band )」(Doyen, DOYCD 150)に収められている演奏がそれだ。

 さて、本題の『ムーアサイド組曲』のミリタリー・バンド(ウィンド・バンド)用トランスクリプションは、すべて前記ブラス・バンド用オリジナルの成功の後に作られ、作曲者本人のものも含め、つぎの3つのバージョンが存在する。

【1】作曲者ホルスト自身のもの(未完)
【2】ゴードン・ジェイコブ(1895 - 1984)によるもの(出版)
【3】デニス・ライト(1895 - 1967)によるもの(1980年近くに発見/出版)

 この内、もっとも興味深いものは、いうまでもなく作曲者ホルスト本人のトランスクリプションだ。これは、第1楽章「スケルツォ」全体と第2楽章「ノクターン」の38小節目までが書きあがり、そこで突然筆が折られている。ホルストが亡くなったのは1934年。となると、このトランスに手をつけていた時期は、1928 - 1934年の間に限定される。CD「オラフ王を称えて」の解説者ルイス・フォアマンは、ホルストがこれに着手した理由は、この作品に気づいたBBC放送吹奏楽団からトランスのリクエストがあったときに即応するためだったのではないか、と推定している。なるほど、前項に書いたとおり、1927年にこの楽団から新作の委嘱を受けていたホルストは、この新しい息吹きを感じさせる楽団に大いなる関心を寄せており、『ムーアサイド組曲』と同じ1928年にJ・S・バッハの“フーガ ト長調”(BWV 577)をトランスした『ジーグ風フーガ』を楽団に提供し、2年後の1930年には委嘱作『ハマースミス』を完成させている。この流れから考えると、ホルストが成功を収めた『ムーアサイド組曲』のトランスを自発的に始めていたとしても何ら不思議ではない。

 しかし、結局のところ、ホルストはトランスを完成させなかった。そして、BBC放送吹が『ハマースミス』を公開で演奏しなかったという事実以外、この間、何があったのかを物語ってくれる物証はどこにも存在しない。

 一方、作曲者以外のジェイコブとライトが書いた2つのトランスクリプションの存在は、何を物語っているのだろうか。もちろん、これらは、作曲者が筆を折ったこと(この事実は早くから知られていた)から、バンドからのリクエスト、あるいは出版目的など、何らかの必要にせまられて作られたことは間違いない。

 ゴードン・ジェイコブは、『ムーアサイド組曲』だけでなく、ホルストの多くの作品をオリジナルとは違った編成(ウィンド・バンドやオーケストラ)のために精力的にトランスした。教え子の中にホルストの娘イモージェンも含まれ、もっともホルストをよく知るひとりとして知られる。その『ムーアサイド組曲』のウィンド・バンド用トランスは、まず、1960年に第3楽章の「マーチ」がブージー&ホークスから先行出版、1970年に第1楽章「スケルツォ」と第2楽章「ノクターン」をセットにしたかたちで、同じくブージー&ホークスから出版された。長年待ち望まれていたウィンド・バンド用の楽譜だけに、これらは世界中のホルスト・ファンから大歓迎された。

 他方、名編曲家として知られるデニス・ライトのトランスは、イモージェンの著作の中にも記載がなく、長い間、存在それ自体が知られていなかった。これは、1980年近くにBBC放送のライブラリーの中から偶然発見され、1983年にアメリカのジェンソン(イギリス版は、オリジナル版権をもつ R・スミス)から出版された。近年、ライトの人生と作品リストをまとめたロイ・ニューサムの著作「ドクター・デニス(Doctor Denis)」(1995)によると、このトランスが書かれたのは作曲者の没後3年目の1937年。編曲年とBBC放送のライブラリーから出てきたことから、このトランスはほぼ間違いなくBBC放送吹奏楽団用のものだったといわれている。

 歴史に「たら」「れば」というテーマはつきもの。ジェイコブ、ライトの両バージョンとも、作曲者が自身のトランスを完成させていたら、世に出ることも無かっただろう。ホルストとBBC放送吹奏楽団の間に当時いったい何があったのか。このCDで、初めて演奏・録音された作曲者本人のトランスが第2楽章の途中で無念にも中断されているのを聴くたび、この音楽史上の謎に思いを馳せることになるのは、ひとり筆者だけではないだろう。(つづく)

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オラフ王を称えて -
グスターヴ・ホルスト: ミリタリー・バンドのための全作品集
The Praise of King Olaf - Holst's Complete Music for Military Band

指揮:レイフ・アルネ・タンゲン・ペデルセン Leif Arne Tangen Pedersen
演奏:ノルウェー王国海軍バンド Royal Norwegian Navy Band

【曲目】

3つの民謡
Three Folk Tunes

ミリタリー・バンドのための組曲第1番 変ホ長調 作品28-1
First Suite in E flat for Military Band, Op.28 No.1

「ハマースミス」 - プレリュードとスケルツォ 作品52
Hammersmith - Prelude & Scherzo Op.52

ミリタリー・バンドのための組曲第2番 へ長調 作品28-2
Second Suite in F for Military Band, Op.28 No.2

ジーグ風フーガ(ヨハン・セバスティアン・バッハ/ホルスト編)
Fugue A La Gigue (Johan Sebastian Bach, arr. Holst)

ムーアサイド組曲(作曲者自身によるミリタリー・バンド用バージョン - 未完)
A Moorside Suite - Unfinished transcription for Military Band

オラフ王を称えて
The Praise of King Olaf - For Choir and Military Band

マーチング・ソング(「2つの無言歌」から)
Marching Song

ムーアサイド組曲(ゴードン・ジェイコブ編)
A Moorside Suite (arr. Gordon Jacob)

祖国よ、我は汝に誓う(レイフ・ヴォーン=ウィリアムズ編)
I Vow To Thee My Country (arr. Ralph Vaughan Williams)

組曲『惑星』より"火星" (G・スミス編)
Mars from ‘The Planets’(arr. G. Smith)

組曲『惑星』より"木星" (G・スミス編)
Jupiter from ‘The Planets’(arr. G. Smith)

録音:2006年2月13日-17日
会場:テンスベルィ審判教会(ノルウェー)
プロデューサー:マイク・プアートン
エンジニア:マーティン・アトキンスン
CD番号:英Specialist, SRC110

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(C)2007、Yukihiro Higuchi/樋口幸弘
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