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樋口幸弘の「マイ・フェイヴァリッツ!!」

オラフ王を称えて -
グスターヴ・ホルスト: ミリタリー・バンドのための全作品集

The Praise of King Olaf - Holst's Complete Music for Military Band

指揮:レイフ・アルネ・タンゲン・ペデルセン
Leif Arne Tangen Pedersen
演奏:ノルウェー王国海軍バンド
Royal Norwegian Navy Band

vol.3



『ハマースミス』をめぐる大きな謎

 ホルストは、自作品についてあまり多くを書き残していない。このため、実娘イモージェンをはじめ、後世の多くの音楽学者が公式記録の再チェックだけでなく、手稿への書き込みから友人や家族にあてた手紙まで、およそ考え得るソースをくまなく調べて、今も歴史的検証を試みている。だが、依然として解明されない謎は多い。今日ではウィンド・バンドのマスターピースのひとつに数えられる『ハマースミス - プレリュードとスケルツォ 作品52』に絡む謎もたいへん興味深いものがある。

 『ハマースミス』は、第2次大戦前の1927年から戦時中の1943年まで活発な演奏活動を展開したBBC放送吹奏楽団の委嘱によって作曲された。当初、その指揮者は、創設者でもあり、作曲家でもあったB・ウォルトン・オードンヌル。プレイヤーは、ロンドン市中のトップ・プロからなっていた。ホルストへの委嘱は、楽団が活動を開始した1927年の年末のことで、委嘱は、単一楽章で演奏時間12分から15分のミリタリー・バンド(ウィンド・バンド)編成の作品というのが条件となっていた。

 ホルストは、この新しい時代の息吹の感じられる“放送吹奏楽団”のための新作を、じっくりと時間をかけて作曲することを望んだ。そこで、1928年、期限を延ばしてもらう意味も込めて、来るべき新作へのプレリュードとして、まずJ.S.バッハの"フーガ ト長調"(BWV 577)を編曲してBBC放送吹に提供した。アルバム1枚目の『ジーグ風フーガ』がそれだ。その後、ホルストが全身全霊を傾けて作曲することになった『ハマースミス』は、満を持したように1930年に完成する。依頼どおりの単一楽章、演奏時間14分の作品として。

 娘イモージェンの著作には、『ハマースミス』は、早速、BBCへ送られ、おそらくは1931年4月23日、BBC放送第10スタジオでオードンヌルの指揮によるインフォーマルの試奏が行われた、とある。当時、知人に宛てた手紙の文面から、ホルストは近く開催が予定されていたある“国際フェスティヴァル”での演奏を望んでいたことが知られている。しかし、この作品は、その後、なんらかの事情によって、放送を含む公開の場でこの楽団によって演奏されることはなかった。そして、BBC放送吹の試奏と同じ1931年、『ハマースミス』は、オリジナルの姿で初演される前に突如として作曲者によって管弦楽曲にトランスされ、同年11月25日、ロンドンのクィーンズ・ホールにおいて、エードリアン・ボールト指揮、BBC交響楽団によって初演されてしまう。興味深いことに、このオケ版初演時のプログラム・ノートは、作曲者自身が書いているが、残念ながら、そこには、これがBBC放送吹の委嘱曲だったこと以外、この間の事情については何も語られていない。こうして、ミステリーは、いよいよ深まっていく。

 その後、『ハマースミス』のオリジナル・バージョンであるウィンド・バンド版の初演は、イギリスではなく、なんと海を渡ったアメリカで企画された。多くの音楽学者たちをあざ笑うように、その間の事情もまた不明だが、初演は、1932年4月17日、ワシントンD.C.のコンスティテューション・ホールで開催された第3回アメリカ・バンドマスターズ・アソシエーション(A.B.A.)・コンベンションのコンサートで、アメリカ海兵隊バンドの演奏で行われた。この演奏の指揮は、当初、作曲者ホルスト自身があたることになっていたが、あいにくの病気のために客演はキャンセルされ、代わって海兵隊バンドの隊長テイラー・ブランソン大尉が指揮を行った。イモージェンの著作には、この件に関して“キャンセル”の事実だけが書かれている。また、このとき使われたパート譜が、BBCのものではなく、ホルスト自身のスコアから楽員たちが手書きで写し取ったものであり、それらは今も海兵隊バンドのライブラリーに大切に保管されている、という事実も興味を引く。

 しかし、もっと興味深いのは、その後、この本当の初演の事実をほとんどすべてのアメリカ人が忘れてしまい、それから20年以上たった1954年、ペンシルヴェ二ア州ピッツバーグのカーネギー・ミュージック・ホールにおいて、ロバート・カントリック指揮、カーネギー工科院キルティー・シンフォニック・バンドの演奏で大々的に“初演”されてしまったことだ。そして、カントリックの初演実現までの努力に協力を惜しまなかったイモージェンの著作にも“おそらくは初演”として記録されたことから、その後、この作品に関するさまざまな楽曲解説者のプログラム・ノートは歴史的迷走を始める。

 幾重にも偶然が重なり、この“1954年初演”説がひとり歩きを始めてしまった後、それが誤りであったことを発見したのは、その20数年後にこの作品のアナリーゼを雑誌に連載した指揮者フレデリック・フェネルだった。フェネルは、アメリカ海兵隊バンドのライブラリーに保管されてあった古いファイルから、当時の日付スタンプの押された公式の日誌を見つけ出し、1932年に同バンドが初演を行った事実をつきとめた。1998年制作のアメリカ海兵隊バンドの200年記念CD「The Bicentennial Collection」(10枚組、非売品)のブックレットには、フェネルによって明らかにされたこの事実が誇らしげに記述されている。(つづく)

(2007.07.27に改定)

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オラフ王を称えて -
グスターヴ・ホルスト: ミリタリー・バンドのための全作品集
The Praise of King Olaf - Holst's Complete Music for Military Band

指揮:レイフ・アルネ・タンゲン・ペデルセン Leif Arne Tangen Pedersen
演奏:ノルウェー王国海軍バンド Royal Norwegian Navy Band

【曲目】

3つの民謡
Three Folk Tunes

ミリタリー・バンドのための組曲第1番 変ホ長調 作品28-1
First Suite in E flat for Military Band, Op.28 No.1

「ハマースミス」 - プレリュードとスケルツォ 作品52
Hammersmith - Prelude & Scherzo Op.52

ミリタリー・バンドのための組曲第2番 へ長調 作品28-2
Second Suite in F for Military Band, Op.28 No.2

ジーグ風フーガ(ヨハン・セバスティアン・バッハ/ホルスト編)
Fugue A La Gigue (Johan Sebastian Bach, arr. Holst)

ムーアサイド組曲(作曲者自身によるミリタリー・バンド用バージョン - 未完)
A Moorside Suite - Unfinished transcription for Military Band

オラフ王を称えて
The Praise of King Olaf - For Choir and Military Band

マーチング・ソング(「2つの無言歌」から)
Marching Song

ムーアサイド組曲(ゴードン・ジェイコブ編)
A Moorside Suite (arr. Gordon Jacob)

祖国よ、我は汝に誓う(レイフ・ヴォーン=ウィリアムズ編)
I Vow To Thee My Country (arr. Ralph Vaughan Williams)

組曲『惑星』より"火星" (G・スミス編)
Mars from ‘The Planets’(arr. G. Smith)

組曲『惑星』より"木星" (G・スミス編)
Jupiter from ‘The Planets’(arr. G. Smith)

録音:2006年2月13日-17日
会場:テンスベルィ審判教会(ノルウェー)
プロデューサー:マイク・プアートン
エンジニア:マーティン・アトキンスン
CD番号:英Specialist, SRC110

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(C)2007、Yukihiro Higuchi/樋口幸弘
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