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吹奏楽ポップスの父 昭和大爆走!


第19回 NSBスタート!

 前回話した2枚の「ポップス吹奏楽」LPが、なかなかうまくいったので、この路線を、中学高校の吹奏楽部に広められないだろうかという話になった。

  そうして1972年に始まったのが、いまに至る「ニュー・サウンズ・イン・ブラス」です。僕の本格的な吹奏楽アレンジ人生は、ここから、また大きな転機を迎えることになります。


■楽譜はヤマハから、LPはCBS-SONYから

 当時僕は、地方の市民バンドなどのクリニックに、ちょくちょく顔を出すようになっていた。その中でもっとも古いお付き合いのひとつが、「静岡市民バンド コンセール・リベルテ」です。現在でも活動している市民バンドの中では、日本最古に近いんじゃないかなあ。なにしろ創設が昭和28年(1943年)ですからねえ。1960年前後には、コンクール全国大会にも進出しています。

 僕は、ここのポップス・アレンジを担当していた。いわば、前回説明したLPや、のちに始まるNSBの原型を、実験的にこのバンドでやっていたんだね。これが、なかなか楽しくてうまくいっていた。

 このバンドを創設したのが、故・石上禮男さんです。東海〜中部〜関西方面で長く吹奏楽に携わっていた人には、もう有名な名前でしょう。静岡県吹奏楽連盟の創設にも尽力された方です。静岡県立島田商業高校の指導から始まり、多くのバンドを指導、のちにヤマハの講師を経て正社員になりました。合歓のバンドクリニックを始めたのもこの人です。いわば、戦後アマチュア吹奏楽振興の、大功労者ですね。

 で、あるとき、この静岡のコンセール・リベルテで、石上さんと話しているうちに、例のポップス吹奏楽を、中高生向きにできないか、という話になったんです。あの2枚のLPにあるような元気のいいブラス・ロック系の曲を中心に、もう少しやさしいアレンジにして、楽譜とLPを同時に出そう、と。

 石上さんがヤマハの人だったから、楽譜はヤマハで出してもらうことにした。

 実はあのころ、ヤマハで「YSBシリーズ」っていう、簡単な吹奏楽のポップス楽譜シリーズが出ていてね。兼田敏なんかもたくさん編曲していたけど、僕もいくつか担当していた。

 ところがこれが売れなくってねえ(笑)。倉庫に山ほど在庫が残っていて、ヤマハのお荷物になっていた。まあ、兼田敏の編曲はけっこう売れてたんだけど、僕のはぜんぜん売れない。いまから思うと、あのシリーズの編曲は、どれも「マーチ風」だったんだね。≪オンリー・ユー≫なんか、てっきりバラード調だと思って演奏してみたらマーチが始まってみんなビックリした、なんて笑うに笑えない話もあった。

 まあ、あのころは、吹奏楽といえばマーチ、と相場が決まっていたから仕方なかったんだけど。
 だから、今度のNSBはそういうことにならないよう、本格的なポップス・アレンジに徹することにしました。

 LPのほうは、僕が東芝専属だったから、東芝で出してもよかったんだけど、たまたま相談した中に秋山紀夫さんがいてね。秋さんは当時、CBS-SONY(現SOMYミュージック)の仕事を多くやっていたから、持ちかけてもらったらすぐにOKが出た。じゃあCBS-SONYで出してもらおう、となった。

 いま考えると、いい加減なもんだねえ(笑)。東芝専属の僕が、堂々と、他社でLPを出すんだから。それだけに、僕の扱いには困ったみたいだよ。確か、この第1集には、指揮者として僕の名前は出ていないんじゃないかなあ。もちろん、実際に指揮したのは僕ですよ。ジャケットの中に収録風景の写真が載っているけれど、よく見ると、指揮台に立っているのは、僕です。フル編成の吹奏楽を指揮したのは、このときが初めてだったから、ちょっと緊張したのを覚えていますね。

 演奏は、「ニュー・サウンド・ウインド・アンサンブル」。これ、いったい何かというと、メンバーの多くは「東京佼成吹奏楽団」(現・東京佼成ウインドオーケストラ)。ここを中心に、フリーを集めてつくった臨時編成バンドです。

 録音は1972年5月、杉並公会堂で行われました。もちろん、いまの杉並公会堂になる前の、古い建物だった時代です。当時、東芝は、よくここで録音していました。ギャルドが来日したときも、ここで録音しています。

【写真】70年代テイスト満点の、初期「ニュー・サウンズ・イン・ブラス」LPジャケット
(『NEW SOUNDS IN BRASS/ Official Book』=東芝EMI発行より)

■『ニュー・サウンズ・イン・ブラス』第1集発売!
 記念すべき、その第1集に収録された曲は、以下のとおり。

【A面】

1) オブラディ・オブラダ(ビートルズ/岩井直溥編曲)
2) イエスタディ(ビートルズ/岩井直溥編曲)
3) ヘイ・ジュード(ビートルズ/岩井直溥編曲)
4) ディス・ガイ(ハーブ・アルパート&ティファナ・ブラス、バート・バカラック作曲/岩井直溥編曲)
5) 恋よさようなら(バート・バカラック作曲/岩井直溥編曲)

【B面】

1) 雨にぬれても(バート・バカラック作曲/東海林修編曲)
2) サンホセへの道(バート・バカラック作曲/服部克久編曲)
3) たぶん明日(世界歌謡祭入賞曲=ポーランド/東海林修編曲)
4) 明日の世界を美しく(世界歌謡祭入賞曲=フランス、ポール・モーリア作曲/服部克久編曲)
5) 誓い(世界歌謡祭入賞曲=ユーゴスラビア/東海林修編曲)

 ビートルズとバート・バカラック以外は、楽譜発売がヤマハのせいもあって、前年(1971年)の世界歌謡祭(ヤマハ主催)の入賞曲ばかり。ちなみに、この世界歌謡祭はこの前年が第2回で、まだ始まったばかりでした。世界中からポップス歌唱曲を募ってグランプリや入賞曲を決定する。日本からは、ヤマハのポプコン(ポピュラーソング・コンテスト)の優勝曲が参加していました。1971年のグランプリは日本の曲で、上条恒彦と六文銭が歌った≪出発(たびだち)の歌≫でした。

 参考までに、世界歌謡祭第1回のグランプリがヘドバとダビデ≪ナオミの夢≫(イスラエル)。その後小坂明子≪あなた≫、中島みゆき≪時代≫、円広志≪夢想花≫など、そうそうたる日本の名曲もグランプリを獲得しています。

 このNSB第1集では、半分を僕がアレンジして、あとは、服部克久さんと東海林修さんにお願いした。これも、あらためて考えれば、贅沢な顔ぶれですよね。東海林さんが人気課題曲≪ディスコ・キッド≫を発表するのは1977年だから、まだもう少し先だけれど、実はこのころから、吹奏楽には関わっていたんですよ。

 曲目は、秋山さんや石上さん、ディレクターの成瀬昭夫さん、それと、いろいろ相談に乗ってもらっていた指揮者の汐澤安彦たちみんなで話し合って決めた。

 もちろん、例のLP『ブラス・ロック』が源泉だから、それらの曲も候補に挙がったんだけれど、中高生には難しすぎるだろうということで、入れませんでした。

 この第1集に、秋山さんが解説を書いていますが、その一部をご紹介しましょう。

「このレコードは、バンドを愛する多くのヤングたちのために企画制作しました。学校で、職場で、また気の合った仲間たちで楽しく聞き、演奏してもらおうと意図したものです。それは従来の堅苦しい数々のバンド曲からたまには抜け出し、思い切り楽しみたいと願うヤングへの贈り物です」

 何度か話していますが、このころの学校吹奏楽部は、マーチとクラシック編曲ばかりやっていた時代です。学校の音楽室でビートルズを演奏するなんて、絶対に許されない話だった。それだけに、こういう、いまになってみれば少々意気込んだ「宣言」になっているわけです。

 この年、1972年に、僕は初めてコンクール課題曲を委嘱されるんですが、それが、シンコペーテッド・マーチ≪明日に向かって≫(中学の部用)。それまでの課題曲よりは、かなりくだけた曲ですが、まだ、完全なポップス曲ではなかった。

 当時のオールド・ファンのために、この年、コンクールにどんな学校が登場していたか、いくつか挙げてみると……今津中学の≪スラヴ行進曲≫、豊島十中の≪シェエラザード≫、嘉穂高校の≪マスク≫、浜松工業の≪吹奏楽のためのパッサカリア≫(兼田敏)……など、数々の名演が生まれています。

 そういう時期に、ポップス吹奏楽の楽譜とLPを出したんだから、やはり英断だったと思うね。これで、日本中の中学高校の吹奏楽部の子たちが、楽しくビートルズやバカラックを演奏してくれるようになる……と思ったのが甘かった。

 このLP、全然売れなかったんです。

【つづく】

(C)岩井直溥・富樫鉄火/バンドパワー
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(2015.04.30)


■岩井直溥エバーグリーンコンサート〜吹奏楽ポップスの父・昭和大爆走〜

【日時】5月10日(日)
13:00開場/14:00開演
【会場】東京芸術劇場コンサートホール
【指揮】渡邊一正
【司会】富樫鉄火
【プログラム】
○黒い炎
○ポップス描写曲「メイン・ストリートで」<大編成版>
○夜空のトランペット
○リード楽器の楽しみ
○サキソフォビア
○チューニングアップ
○青い山脈
○明日があるさ
○シング・シング・シング<1938カーネギーホール・ヴァージョン>
【問い合わせ】
東京佼成ウインドオーケストラ事務局 03-5341-1155
■岩井直溥関連CD
■ニュー・サウンズ・スペシャル
■ベスト・ニュー・サウンズ・イン・ブラス100−ベスト吹奏楽II
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