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【話題のCD】

輝きと拡がりの松村作品/平易でも質の高い邦人作品の数々
スリーシェルズの新CD「奏楽堂の響き2」

text:阿部 亮太郎(作曲家)



▲ステージ全景(撮影:森下氏)

 2008年4月27日に、上野の旧東京音楽学校奏楽堂で行われた「吹奏楽による奏楽堂の響き2」(演奏:福田滋指揮・リベラ・ウィンド・シンフォニー)の演奏がCD化され、スリーシェルズから発売になった。埋もれていた作品の発掘という点で大きな意義があったのは言うまでもないが、音楽的に、聴く甲斐があるCDであることも、このCDの意義である。

 私は、この演奏会には、松村禎三作曲の交響曲第一番第3楽章に特に関心があって出かけた(松村先生は私の師である。中学時代から私淑していたのに、その存在の大きさ故に近づけず、師事したのは大学3年になってからであった)。今回は、この、輝きと拡がりの音楽の感想に紙面の多くを費やしながらも、収録曲にある、平易ながら作品の質が高い音楽について、さらに、決して「日本的」とひとことでは括れない「日本的な」作品のことについても述べたい。

▲松村禎三(作曲家)

 松村作品の演奏に期待したのは、作曲者自身の有名なコメントにあるような「小さい生命をもった無数のイナゴの大群が"群"として一つの大きい生命力をもち大地を席捲していくような圧倒的な在り方」が、吹奏楽でどう実現されているか、聴いてみたかったからである。

  一方、初期の松村作品について、三善晃が「松村さんの内相の全姿が、一打の音響にある」と言い、八村義夫[注1]が「精神が音響化されている」と言ったように、この作品は、響きそのもの(オーケストラでこそ実現できるような)にも特色がある。そのような性格の作品を、違う編成で伝えることは易しいことではないはずだ。たとえば、弦が細分化された繊細な響きの部分などは、どうなっているだろう、などと正直心配していたのである。

  しかし録音を聴いてみると、中ほどの、強奏が突然断ち切られppの弦の密集和音が蠢きながら最後のクライマックスに向けて昇り始めるところは、この編曲でも、密林のはるか向こうから暴風によるさざめきが近づいてくるが如き予兆に満ちた空間を実現して、なかなかのクオリティである。

  あえて編曲された吹奏楽版の演奏の可能性としては、さらに吹奏楽ならではのバランスを試みる余地があると思われる。原曲の場合、弦とのバランスを心配するためか、打楽器をかなり押さえた演奏になることがあるが、吹奏楽ならば、さらに打楽器を前面に出すことができるように思う。奏楽堂で聴いた演奏では「もっと打楽器を出してもいいのではないか」と思ったが(かなり後方の座席にいたせいもあるかもしれない)、録音では、より一打一打の動きや衝撃が伝わり、全体の迫力につながる仕上がりになっている。

  この曲は「クレッシェンドの先に、期待通りか、期待をはるかに超えた頂点がやってくる」という意味では、むしろ安定して"わかりやすい"音楽だと言えるのだが、演奏者にとっても"わかりやすい"かというと、そうは言い切れない面もある。ブロックの変わり目以外は、案外、特定のパートだけしかその変化の契機になっていなかったりする。たとえば、全体的な表情は徐々に変化していったり、あるいははっきり変化したりしているのに、少なくないパートが同じ状態の動きを続けたりしているのである。

  実は、それが、大河の流れのような持続感をつくりだして、変化するパートと相乗して聴き手を圧倒するのだが、演奏者にとっては、その自分の役割がなかなか理解しにくい面もあると思われる。このあたりの理解が、この作品の演奏にさらに磨きをかける条件であるかと思われる。
  この作品は、決して単なる轟音の連続ではなく、「巨大な波のような楽句が何度も襲ってくるタイミングの微妙な変化」「打楽器の強奏の乱打が決して一様な音響の連続でなく、細かい肌理があること」等、表現そのものは繊細さが求められる音楽だ。このCDの演奏は「音楽は轟々としているが常に美しい。豊麗さの点では、日本人の管弦楽作品としてはほとんど類例がない。どんな瞬間においても音楽が痩せるということがない。」(八村義夫)という特質を十分に伝える演奏と言える。

 私が次に関心を持って聴いたのが、他の昭和一桁世代の作曲家や、芥川也寸志の作品であった。いずれも、いわゆる「本格的な作品」や「代表作」といった作品ではないのだが、そこでも高いクオリティを持った音楽になっていることに、あらためて感心した。もしかしたら、それぞれの作曲家は、短い時間で気楽に書いたかもしれないが、決して出来あいの型に楽想を流し込んでこしらえたのではなく、曲の始めから最後まで、豊かな発想と、その結果がどういう体験、意味をもたらすものなのかという吟味の姿勢を絶やさずに作曲され、しかもそれらが、決してバラバラなものの総和としてではなく、一挙全体的に存在する流れとして提出されている。黛のスポーツ行進曲など、あまりに多く「テーマ曲」として聞かされたため、我々の中では、ほとんど「番組開始の合図」になってしまっていそうだが、たとえ無理でもそのことを忘れたふりをして、純粋に音楽として聴いてみてはどうだろうか。先ほど述べたような意味で、黛の才能が窺われる音楽だ。芥川のマーチでは、さらにそのことを強く感じさせる。

 中橋愛生氏が、松村先生がお亡くなりになった時、ついに作品を委嘱しなかった吹奏楽界の情けなさや、痛恨の思いを書いていたが、私も、この世代の作曲家全般にわたってあらためてその思いを抱いた。「現代作品が苦手」「演奏至難」という感想が分からぬわけではないが、それなら、ほんとうにすぐれた「平易な作品」を求めただろうか。これらの作曲家の場合、最初、演奏至難な作品だけだった作曲家でも、アマチュア合唱団も委嘱や演奏を繰り返すうち「平易なすぐれた作品」を作曲しだしたりしているし、子どものためのピアノ曲もある。そこでも音楽の質は高い。いわゆる現代音楽の作曲家の中には、「平易な作品」でいささか雑な仕事をする人もいないではないが、先ほど述べたように、本気で、よい平易な作品を書く作曲家がいる(いた)のである。これらの作曲家に吹奏楽界が強く関わらなかったことに関しては、後悔しすぎということはない。取り返しのつかない失敗だったと永遠に悔やむべきである。

 しかし、この言い草は、たちどころにブーメランとなって、それらの作曲家に匹敵する仕事をしているのか、という批判が、今の現役の作曲家の側に帰ってくることになろう。我々も奮起しなければなるまい。

 その我々を棚上げする訳ではないが、編成の魅力を作曲家に伝えるだけでなく、吹奏楽に関わる人がどのような営みをしているかということが、「今まで吹奏楽から遠かった作曲家が、本気で吹奏楽の曲を書く気になる」重要な条件になると思う。

  もちろん、十把一からげに語ることが誤りだとは容易に言えるだろうが、しかし、吹奏楽の世界が、「コンクールでの賞取り」や、「単にそつなく縦合わせ、音程合わせをして、あとは少しばかり表現的要素を加える」というような世界であって、その中で演奏や作曲が行われている、と考えることがもし誤解であるならば、徹底的にその誤解を解いておく必要があると思われる。また、そうであるなら、「学校文化の延長」や「コンクール」の外部で、もっと吹奏楽の活動が広まっていないといけないはずだ(私は、コンクールで生き生きしたすぐれた演奏があることも、また私の職業柄、いかに良心的に、真摯に活動している学校の先生がいるかも知っているが、その上でなお、そう考えるのである)。そう思われているうちは、単に「決めた編成以外で演奏されてしまう」「カットして演奏されてしまう」問題以上に、「今まで吹奏楽から遠かったすぐれた作曲家」を、さらに遠ざけてしまうのではないか。

 ウッドブロックの多用によって、広大な森の中で木々の呼び交わしを聴くかのような北爪道夫のファンファーレなど、他の作品にも、同じくらいの紙数を費やして、どなたかに紹介していただきたいと思うほど興味深かった。とりわけ私には、無調的でない松平頼則、須賀田礒太郎の作品が、自然な流れの中で「日本」を感じさせて興味深かった。

  そのように、この収録曲には「日本」を感じさせる曲が多いと思うのだが、そう口にするや否や、これが間違っていたと言えるほど、その「日本」が多様なのである。「日本的」というだけで、好き嫌いに関わらず、人は一つのイメージに押し込めてしまいそうだが、それは違うということを、ぜひ聴いて確かめていただきたいと思う。

▲満席の聴衆(上野-旧奏楽堂)

 私が思ったことの一つは、作曲家達が、五線紙におたまじゃくしを書くことと、音楽の上で感じられる「日本」との折り合いに苦労している様(さま)である。
  もちろん「日本」と「西洋」と2つ(以上)の文化の並べて、それぞれの文化に優劣をつけるようなことは誤りなのだが、しかし、そもそもそのように「日本」と「西洋」とを同列に思うことを可能にしているのは、近代になって以降の社会、政治、経済的な状況のためだけではなくて、西洋近代芸術じたいの働きでもあるのではないか。
  単に「切実な表現」というだけでも、理屈の上では日本の文化と同義なはずなのに(仮に「西洋的」であっても)、それでは納得できない人が少なからずおり、かと言って、国民楽派のように、西洋音楽の語法を学んだあと自分の属する文化の音のありようを発見しても、(悪く言うと)自国文化を植民地のように眺めるような、奇妙な感覚に陥ったりしていなかっただろうか。

 しかし、客観的に観察すれば、事実は違わないはずなのに、私には少しもそうは聞こえないのが伊福部昭だ。ふつう、西洋を学んだところから振り返って「日本」を発見しているような感触があるのに、なぜか伊福部には感じない(これも言い方が悪いが、先ほどの比較で言えば、「収奪する側の音楽」ではなくて、「される側の音楽」というような想像をしてしまう)。今回の伊福部作品も、他のほとんどの収録曲と同じく「代表作」格ではないのだが、そのような作品にあっても、同じ感想を持ったのである。

▲上野晃先生と司会の西耕一氏のプレトーク

 しかし、これらの曲を、一夜に演奏してしまった福田滋指揮:リベラ・ウィンド・シンフォニーの、練習から本番までの負担の過酷さを思うと、頭が下がる。編曲初演も多く、福田氏みずから編曲したものも2作ある。そもそもそれ以前に、よくもこれだけの曲を発掘してきたものである。その熱意、労力と成果を思うと、福田氏及び、企画の西耕一氏には敬意を表するばかりである。しかし、企画から演奏そのものまで、はっきりした方向性、ヴィジョンを持った上で、本気で演奏を打ちだしてくる姿勢は気持ちよい。
  解説は、現代作品に関することが主な活動の舞台だが、吹奏楽や、地方での演奏会についての執筆も多く、多くの人に秀作への関心を促すことに大きな貢献をしてきた上野晃氏が担当している。


■このCDをバンドパワー・ショップでチェックする
http://item.rakuten.co.jp/bandpower/cd-1955/

【演奏】
福田滋(指揮)
リベラ・ウインド・シンフォニー

【録音】
2008年4月27日 奏楽堂(ライヴ)
*…世界初CD化

【収録曲】
1. 團伊玖磨:オープニング・ファンファーレ?神奈川芸術フェスティバル*
2. 芥川也寸志:祝典組曲 No.3 行進曲(Marcia in Do)*
3. 松平頼則:日本舞曲第2*
4. 須賀田磯太郎:諧謔曲「南風」*
5. 早坂文雄:映画音楽「海軍爆撃隊」より*
6. 伊福部昭:マルシュ・トゥリヨンファル*
7. 黛敏郎:シロフォン小協奏曲
8. 松村禎三:交響曲より第3楽章
9. 北爪道夫:森のファンファーレ*
10. 湯浅譲二:火星年代記よりMarch*
11. 白石茂浩:フルートと吹奏楽のための「夕鶴幻想」?つうの回想*
12. 伊福部昭:SF交響ファンタジー第2番
13. 木山光:Black Symphony*
14. 黛敏郎:スポーツ行進曲


[注1]1938年東京生まれのクラシック作曲家。東京都立駒場高等学校芸術科(現在の東京都立芸術高校)を経て、1961年東京藝術大学卒業。島岡譲、入野義朗に師事した。在学中に、「オーケストラのためのレントとアレグロ」で音楽コンクールに入賞。八楽器のための「一息ごとに一時間」でローマ国際作曲コンクール入賞。1976年福山賞を受賞。作曲活動と並行して、桐朋学園大学助教授、東京藝術大学講師を務め、後進の指導にも当たった。主な作品には、ヴァイオリンとピアノのためのインプロヴィゼーション、オーケストラとピアノのための「錯乱の論理」、四楽器のための「星辰譜」などがある。1985年没。

【執筆者プロフィール】
1962年、東京生まれ。1989年に東京藝術大学大学院音楽研究科作曲専攻を修了し、現在は上越教育大学学校教育学部准教授を務める。藝大在学中の86年には既に日本交響楽振興財団作曲賞に入選、また、第18回民音現代作曲音楽祭のオーケストラ作品の委嘱を受ける。管弦楽、吹奏楽、室内楽、合唱、独奏等のための作品がある。
吹奏楽作品に、吹奏楽のためのバラード(1980)、なみどけい(1981-2)嵌め込み故郷(1987)、尺玉釣瓶打(1990)、弔いとしての状況(1994)、五つの巻き貝 〜ふるさとの演奏会のために〜(2001)、吹奏楽の為の「四尺玉打揚之図」(2007)、弔鐘とコラール(2007)など、10作品以上ある。


【その他のスリーシェルズCD】

■奏楽堂の響き
〜吹奏楽による「奏楽堂ゆかりの作曲家たち」
http://item.rakuten.co.jp/bandpower/cd-1028/

■別宮貞雄 管楽作品コレクション
http://item.rakuten.co.jp/bandpower/cd-1447/

■團伊玖磨吹奏楽作品集 Vol.1
http://item.rakuten.co.jp/bandpower/cd-0777/

■團 伊玖磨吹奏楽作品集 Vol.2
http://item.rakuten.co.jp/bandpower/cd-1805/

■沖縄の響き 金井喜久子管楽作品集
http://item.rakuten.co.jp/bandpower/cd-0974/

(200910.07)

 
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