
BP読者にぜひお薦めの映画が公開されるので、ご紹介しよう。その名も『迷子の警察音楽隊』である。
エジプト警察のアレキサンドリア音楽隊が、イスラエルに演奏旅行にやってきた。まず、この設定からして「オッ」となる。
なぜなら、エジプト(正式名称「エジプト・アラブ共和国」)=アラブ民族、イスラエル=ユダヤ民族であり、有史以来、争いの絶えない民族同士だからだ。中東戦争(特に1950年代の「スエズ危機」)でも争った。1979年に和平条約が交わされたが、その後は何とも微妙な“冷戦関係”がつづいている。
そんなエジプトの警察音楽隊が、イスラエルで「迷子」になってしまう。アラブ人が、歓迎されざるユダヤの地をさ迷うのだ。
そもそもなぜ、エジプト(アラブ)の警察音楽隊が、イスラエルに来たのか。イスラエルに「アラブ文化センター」が設立された、その記念式典に呼ばれたのである。
メンバーは8人。警察音楽隊といっても、アラブの音楽隊だから、クラリネットやトランペットもあるものの、民族楽器もあって、基本的にアラブ音楽を演奏するバンドである。
映画は、彼らがイスラエルの空港に降り立ったところから始まる。ところが、迎えが来ていない。おかしい。隊長のトゥフィークは、25年間、音楽隊に勤めてきて、プライドも高い。彼は、迎えを待つことなく、自力で会場へ行こうとする。
そのため、いちばん若い隊員のカーレド(ヴァイオリンとトランペット担当)に、どのバスに乗ればいいのか、調べさせる。カーレドは、音楽隊の中では“新人類”だ。アラブ音楽などより、チェット・ベイカーなどのジャズを愛好している。昔気質の隊長とは、ことごとく対立し、一触即発である。
カーレドの言に従ってバスに乗り、“目的地”の停留所で降りた。だがどうも様子が変だ。たいへんなド田舎で、周辺に何もない。
目の前に食堂があった。そこに、気のいい中年の女主人ディナがいた。もちろんユダヤ人だ。隊長は、恐る恐る窮状を訴え、相談する。
そこで驚くべき事実が判明する。彼らが行くべき地名は「ペタハ・ティクバ」なのだが、いまいる場所は「ベイト・ティクバ」だった。地名こそ似ていたが、まったく見当違いの場所である。“新人類”カーレドが地名を間違えていたのだ。怒った隊長は「帰国したら、お前を懲罰委員会にかけてやる」と叱る。
しかし……この地を通るバスは1日1本しかない。少なくとも、明日までは身動きできない。近辺にはホテルすらないという。
途方に暮れる音楽隊を、食堂の女主人ディナは、自宅や食堂、知人の家などに分散して宿泊させることにする。その一晩の模様が、淡々と描かれるのだ。
見知らぬアラブ人とユダヤ人が、一晩とはいえ一緒に暮らすのだから、何かドラマティックな出来事でも起こるのかと思うが、実際には、それほどのことは起きない。極端な言い方をすれば「何も起きない」といっていい。
そんな「何も起きない」一夜の物語が面白いのかというと、これが、不思議に面白いのだ。
ユダヤ人にとって彼らは“招かれざる客”である。しかし、すでに和平条約も結ばれた国の国民同士だ。だからケンカなどにはならないが、それでも諸手を挙げて歓迎はできない。そのギリギリ微妙な雰囲気が、絶妙なコミカル・タッチで描かれる。
女主人ディナは、隊長と2人で夜の町に出る。「町」といっても、食堂が1軒ある程度だ。ディナは、若い頃、テレビでエジプトの映画を楽しみに見ていた。だから音楽隊の連中に親しみを感じていた。隊長は妻子を亡くしていた。ディナは、子供が欲しかったのだが、すでに産める年齢ではない。過去にいろいろあった中年男女が、民族と宗教を超えて、いっときの心の交流を経験する。深夜のベンチで、隊長が指揮をしてみせ、ディナがそれを真似るシーンは名場面である。

“新人類”カーレドは、若者に連れられ、ローラー・ディスコへ行く。といっても、体育館のようなうら寂しい店だ。そこでカーレドは、ウブなユダヤの若者のナンパの手助けをする。こういうことには一日の長があるカーレドであった。ちなみに、この場面に流れる、イスラエルの(と思われる)ポップス曲は、なかなかの名曲である。
ディナの知人の家に泊まった副隊長たちを、その家の家族は、半ば迷惑そうな表情で迎える。昔音楽をやっていた親父が≪サマータイム≫を口ずさむと、音楽隊も唱和する。副隊長がクラリネット奏者で自作の“協奏曲”の一部を演奏して聴かせるが、家族たちの表情は固まったままだ。だが、その後、副隊長はあることで、その曲のエンディング構想を得ることになる。
こうして淡々と一夜が過ぎて行く。いま文章で綴っていて、BP読者諸氏が、これらのエピソードを「面白い」と感じるか「何ということもない話だ」と感じるかは分からない。だが、この映画で「映像」で見ると、独特の間合いやテンポ、カットのおかげでたいへんな現実感で迫ってくる。どこか北野武の映画を思わせるムードもある。
結局、この映画に登場するすべての人々は、性別や人種や国境や宗教を超え、「音楽」でつながることになる。ただしハリウッド映画のようにお涙頂戴でド派手ではない。それだけに、かえって説得力がある。ドラマや映画で見るような感動は、そう現実に起きるわけではない。だがこの映画だけは別だ。これこそが「現実」なのだ。ウマが合わなかった隊長とカーレドが、あることをきっかけに、一瞬、心を通い合わせるシーンなども静かな感動を誘う。
そして夜が明けて……音楽隊が果たして目的地で演奏できるのかどうかは、見てのお楽しみだ。
隊長を演じるサッソン・ガーベイ、ディナを演じるロニ・エルカベッツは、それぞれ「演技」とは思えない自然な動きで、忘れがたい、いくつかの名シーンを見せてくれる(エルカベッツは、小雪が年をとったような味がある)。劇中では、英語・アラビア語・ヘブライ語が飛び交い、日本人がイメージする「国際社会」がアメリカとヨーロッパだけでないことを強烈に感じさせてくれる。
監督のエラン・コリリンは1973年生まれの若きイスラエル人で、これが長編第一作だという。若いながら、なかなかの才人といえよう。
BP読者の多くは、吹奏楽に携わっていることと思う。「音楽」こそが、真の平和を連れてくる最大の手段であることを、この映画は教えてくれる。その「音楽」に関わっていることの素晴らしさを、ぜひ、この映画で再確認してほしい。
2007年のカンヌ映画祭で「ある視点部門“一目惚れ”賞」などを、また、イスラエル・アカデミー賞では作品賞以下計8部門を、そのほかヨーロッパ各国の映画祭で賞を独占している話題作である。
見終わって、あまりの淡々とした作風にちょっとばかり戸惑うが、時間がたてばたつほどジワジワと味がにじみ出てきて、もう一度見たくなる、そんな映画である。
(原題:Bikur Hatizomoret/英題:The Band's visit)
■『迷子の警察音楽隊』公式ウェブサイト
http://www.maigo-band.jp/
【主な上映劇場】
[東京] シネカノン有楽町2丁目/12月22日〜
[神奈川] 川崎チネチッタ/12月22日〜
[大阪] シネ・リーブル梅田/1月26日〜
[京都] 京都シネマ/2008年春〜
[神戸] シネ・リーブル神戸/1月26日〜
[名古屋] 名演小劇場/3月1日〜
[福岡] シネ・リーブル博多駅/2008年春〜
[札幌] スガイシネプレックス札幌劇場/2008年春〜
※ほか全国順次ロードショー
(2007.12.14)
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