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2001年11月21日発売!
Der Ring des Niebelungen
ニーベルングの指環〜リヒャルト・ワーグナー作品集
"The President's Own"United States MARINE BAND

ワーグナー不朽の大作「ニーベルングの指環」
 解説=富永啓之(吹奏楽評論家)

 リヒャルト・ワーグナー(以下「ワーグナー」:ヴァーグナーと書いてあることも多いがここでは通俗的な表現であるワーグナーの表記に統一させてもらう)の名前は、《エルザの大聖堂への行列》などの作品と共に、吹奏楽ファンの方々もよくご存知のことでしょう。
 19世紀後半における最も偉大な作曲家の一人であり、特に《リエンツィ》《さまよえるオランダ人》《タンホイザー(とヴァルトブルクの歌合戦)》《ローエングリン》《トリスタンとイゾルデ》《ニュルンベルグのマイスタージンガー》《パルジファル》そしてこのCDに収録された《ニーベルングの指環》といったオペラ・楽劇の類は、今もなお人気が高く、世界中のワグネリアン(ワーグナー愛好家の総称)を魅了し続けている。
 ワーグナーは1813年5月22日、現在のドイツ東部にあたるザクセン王国のライプツィヒ市ブリュール街に生まれた。生後まもなく父が病死し、母は宮廷俳優であったルートヴィッヒ・ガイヤーと結婚し、ドレスデンに移住。その父の影響もあり、ワーグナーは芝居に興味を持つようになり、ピアノをいじったりして遊ぶようになった。しかしワーグナーの芸術的才能をもたらした新しい父も、ワーグナーが8歳になった1821年亡くなってしまった。
 翌年ドレスデンで、カール・マリア・フォン・ウェーバーの《魔弾の射手》が上演される。ウェーバーが亡きガイヤーと親しくしていた事もあり、ワーグナーは《魔弾の射手》を一気に好きになり、全曲を丸暗記し、ピアノで弾けるまでなった。これを機に、母は本格的にピアノを習わせようと先生を就けてみたところ、ワーグナーには自己流のピアノ奏法が染み付いていたため、普通のピアノ奏法を受け入れられず、やがてピアノを習うことを断念した。当時、作曲家は優れた演奏家であることが多かった。J.S.バッハはオルガン、ベートーヴェンやリストのピアノ、ヘンデルはチェンバロとオルガンといった様に。しかしワーグナーは生涯を通じてこれといった楽器をやることなく、作曲と指揮によって大成していった。
 1831年ライプツィヒ大学に入学し、学業のかたわらトーマス教会の合唱長クリスチャン・テオドール・バインリッヒに作曲を習った。以降、過去の偉大な作曲家の作品から直接多くを学んでいった。
 以後、《妖精(1834年)》、《恋愛禁制(1836年)》と立て続けに歌劇を書き上げた。しかし20歳の頃のワーグナーは作曲家として指揮者として成功せず、およそ10年に渡り、様々な地方を転々としながら不遇を受ける。1836年、前に指揮をしたベートマン歌劇場の女優ミンナ・プラーナーと結婚。しかし現在でいうところのプレイボーイだったワーグナーは、後にパトロンであったドイツの事業家オットー・ヴェーゼンドンクの妻マティルデや、自身の弟子ハンス・フォン・ビューローの妻コージマなどと関係を持つようになり、派手な女性遍歴を繰り広げていた。後者はフランツ・リストの娘。
 1843年2月、ドレスデン宮廷歌劇場の宮廷楽長に任命され、そこで《リエンツィ》《さまよえるオランダ人》《タンホイザー》を初演していった。しかし1849年5月9日、ドレスデンに革命が起こった。ワーグナーは無政府主義評論者として活動に参加していたため、革命失敗後、肖像画入りの逮捕状が発行される。難を逃れたワーグナーは親友フランツ・リストの援助でスイスのチューリッヒに亡命。以後10年間ドイツへの帰国が許されなかった。このチューリッヒ時代に《ニーベルングの指環》に着想したが、《トリスタンとイゾルデ》の作曲を先に進め、イタリアのヴェネツィア、スイスのルツェルンと歴訪し、1859年に作品を完成させた。
 ドイツへの帰国許可が出たものの、経済的には恵まれず、ドイツ国内は元よりパリ、ウィーン、モスクワにまで指揮旅行をして生活した。しかし1865年、ドイツ南部のバイエルン国王ルートヴィッヒ二世との出会いが、状況を一転させた。この王はワーグナーの音楽、思想的活動からワーグナーを尊敬していた。邸宅を与え、ミュンヘンの宮廷劇場を使って演奏会を催したりと、国の予算をワーグナーのために余りに多く使うため、側近や大臣は快く思わなかった。その後、ワーグナーはいたたまれなくなり、スイスへと去っていった。
 ルートヴィッヒ二世とは以後も親交は続き、北バイエルンのバイロイト祝祭劇場の建築にも援助をした。1876年に完成したこの劇場は、ワーグナー自身の楽劇を、自身の理想の姿で上演するための空間として造られた。ワーグナーはザクセン宮廷歌劇場時代より、既存のホールについて不満を持っていた。舞台上で繰り広げられる劇と聴衆との間に、オーケストラ・ピットによる音楽の壁が立ちはだかっていることで、それぞれが成立してしまっていることにである。バイロイトではオーケストラを舞台の中に潜り込ませ、半円状の舞台の上で音楽がうまく溶け合った状況を作り出し、総合芸術としてのオペラ、舞台祭典劇を理想通りに作り出したのだった。
 1876年8月13日、今もなお続くバイロイト音楽祭の第1回大会が華々しく開催された。そして4夜に渡る《ニーベルングの指環》4部作全篇の初演を持ってバイロイト祝祭劇場はこけら落としされたのだった。この公演には世界中から59名の王侯貴族が集まった。自身の手により曲を作り、劇場まで造ってしまったワーグナーの偉業は、オペラを偉大な芸術作品として価値を上げていった。しかもそれまで主流だったイタリア・オペラが歌手を中心にしていたきらいがあったのを、オペラのドラマ性を強く主張した。オペラ史においては、「ワーグナー以前」と「ワーグナー以後」といった区分けがされている程だ。
 ワーグナーは1882年、静養のためヴェネツィアに赴いたが、翌年2月13日、狭心症を起こし、息絶えた。その5日後、遺体はバイロイトに移され、市中を葬送行進した後、ヴァーンフリート荘の庭に埋葬された。
 ワーグナーの作品では管楽器が重要な役割を担うことが多かったが、吹奏楽の作品は以外に少ない。簡単に紹介しておこう。

○親愛なる王フリードリヒ・アウグスト陛下への忠誠なる臣下の挨拶
 1844年8月12日、ドレスデン近郊のピルニッツで初演。吹奏楽に男性4部合唱を加えた編成で、ザクセン王フリードリヒ・アウグスト二世がイギリスからの帰国を祝うために作曲。《タンホイザー》の「大行進曲」と「歌の殿堂のアリア」がメロディーに使われている。

○ウェーバーの《オイリアンテ》の動機による葬送音楽
1844年12月14日、ロンドンで亡くなったカール・マリア・フォン・ウェーバーの遺体をドレスデンへ移送する時に行なわれた、たいまつ行列のために作った作品。ウェーバーの歌劇《オイリアンテ》から以下の3つの主題に基づき作曲されている。ベルリオーズの《葬送と勝利の大交響曲》を模範とした75人編成+打楽器の曲。
・ 序曲
・ オイリアンテのカヴァティーナ「ここ、泉のそばで」
・ アドラールのレチタティーヴォ「エマも今に天に祝福されているだろう」

○忠誠行進曲 変ホ長調
 文中に出てきたルートヴィッヒ二世の19歳の誕生日(1864年8月25日)を祝うために作曲されたが、初演は延期され10月5日に初演。翌年ワーグナー自身によりオーケストラへの編曲を始めるが、全体の3分の1程までは進んだが断念。ヨーアヒム・ラムにより全曲を完成させ、1871年11月12日にウィーンで初演される。

○皇帝行進曲 変ロ長調
 1871年初頭に作曲。他国との戦争が多くなってきた時代の中、軍隊の帰還を讃えるための式典用音楽として、軍楽隊の編成を用いて書かれた。しかし実用はされなかったため、オーケストラに自身で編曲し、演奏会用行進曲として発表された。

 管楽器が活躍することの多かったワーグナーの作品は、古くから世界各国の軍楽隊において寵愛され、重要なレパートリーとして今もなお演奏され続けている。アメリカ海兵隊バンドも例にもれず、定期的にワーグナーの作品を取り上げ、このCDの原盤が録音された1981年には、ワーグナーの名前を冠した演奏会を開いている。
このCDは1981年12月8〜11日にワシントンD.C.のジョージ・ワシントン大学大講堂で録音された。このCDでは、現在の日本における吹奏楽事情ではなかなか聴くことができない、大編成ならではの充実した音色を世界最高峰の演奏で存分に楽しんでもらいたい。聴く人は、アメリカ海兵隊バンドの高い実力が繰り広げられるシンフォニックで重厚で且つ華麗なワーグナーの響きに耳を奪われることになるだろう。

■収録曲
「試聴」の印のある曲は、 RealPlayer 8 Basic にて試聴ができます。
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・RealPlayer 8 Basic - は無料でダウンロードできます。
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演奏:アメリカ海兵隊バンド
ディレクター:ジョン R.ブージョワー大佐
   Colonel John R.Bourgeois, Director
試聴の音色は、原音に圧縮処理をおこなったもので、非常にレンジの狭いものとなっております。あらかじめご了承ください。

1. 使徒の愛餐
10:48 試聴

   舞台祭典劇「ニーベルングの指環」

2. 序夜 楽劇「ラインの黄金」より前奏曲とヴァルハラ城への神々の入場 12:02

3. 第一夜 楽劇「ワルキューレ」幻想曲 17:09 試聴

4.第二夜 楽劇「ジークフリート」幻想曲 21:12 試聴

5. 第三夜 楽劇「神々の黄昏」よりジークフリートの葬送行進曲と終曲 10:31

■曲解説
1..使徒の愛餐
   −男声合唱と大オーケストラのための「聖書の情景」−

  Das Liebesmahl der Apostel(arr.M. Pohle)

 19世紀前半のドイツでは、ベルリンのジングアカデミーに倣って、中産階級主体のアマチュア合唱団が続々と設立された。ワーグナーは1843年2月2日、ドレスデン宮廷劇場の宮廷楽長になる前の月に、「ドレスデン・リーダーターフェル」という男声合唱団の委員兼指揮者に就任していた。この合唱団の指導者レーヴェ教授の呼びかけで、ザクセン国中の男声合唱団が集まる大きな音楽祭を開くことになり、そのガラ・コンサートで全員が参加できるための曲をワーグナーに頼むことになった。それが《使徒の愛餐》であった。
 1843年4月から6月にかけて作曲され、第2回ドレスデン男声合唱祭の初日7月6日、聖母マリア教会で自身の指揮により初演された。本来の演奏時間はおよそ30分〜35分ほどの大曲である。
 ワーグナーは100名の大編成オーケストラに1200人の合唱団で演奏するよう作曲した。曲全体の3分の2は男性合唱のみのアカペラになるため、ワーグナーは単調になるのを恐れ、1200人の合唱団を以下の様に配分し、変化をつけようとした。
  使徒たち:バス12名(3〜4声部)
  天上からの声:テノール16名、バスT12名、バスU12名(各1〜2声部)
  第1〜第3合唱(それぞれ男声4部)
こうして集まった1200人の合唱団は教会を埋め尽くし、「天上の声」担当の40名は教会のドーム上方に配置された。しかしワーグナーの予想を下回る効果しかあげられず、ワーグナーは失望してしまった。
 キリスト教における「使徒」とは、「送り出すこと」を意味するギリシャ語に由来し、本来の語義は「使者」。キリスト教初期に、イエス・キリストが自らの救いの業の拡張としてガリラヤ(キリストの伝道活動の中心地)に派遣した12人の弟子を指していた。イエス復活後は、教会の最高職位として宣教の責任を持つ者をも意味するようになった。「愛餐(あいさん)」は原始教会における信者たちの晩餐のこと。イエスが多くの人にパンを分け与えた奇蹟や最後の晩餐に倣って、パンを手で分け合い、食事をともにする。
 この曲は、ワーグナー自身が詩を書き、聖霊が使徒に降臨する聖霊降臨節の第1日の出来事を扱っている。大意としては、「使徒たちがイエスの名の下に奇蹟を起こし、信者の信仰が厚くなるにつれ、敵の憎悪も強くなる。この脅威に弟子たちは不安に駆られるが、聖霊に勇気づけられ、世界に喜びを伝えていこう」と信者の奮起を促す内容になっている。
「ニーベルングの指環」−序夜を伴う3夜の舞台祝祭劇−
 ワーグナーを語る上では外せない、むしろ一番重要でワーグナーを時代を代表する人物にした作品が、この超大作《ニーベルングの指環(以下、指環)》であると言える。
 4つの楽劇からなるこの曲は、前述の通り演奏に4夜を費やし、演奏時間の総計はおよそ15時間半に及び、CDに換算すると13〜14枚に渡るものである。1つの物語として、これ程の長さを持つ曲は他に例はない(楽譜上では終わることなくひたすら繰り返しのあるヨハン・シュトラウス二世の《常動曲(無窮動)》、1つのフレーズを極力ゆっくり840回繰り返す指定のあるエリック・サティ《ヴェクサシオン》などはあるが)。
 《指環》は中世ドイツの英雄叙事詩である「ニーベルンゲンの歌」を中心に、北欧やアイスランドの伝説や物語・叙事詩を基礎として、ワーグナー自身がストーリーを創り上げた。最初に着想を始めてから、最後の《神々の黄昏》が完成するまでおよそ26年を費やした。
 《指環》には、神々、巨人、小人、妖精、大蛇などが登場するも、ファンタジー的冒険物語ではなく、19世紀当時の社会状況などへのワーグナーの批判めいた思想に基いたものである。さらには神話で語られている、封建的社会体制・男女関係などにも批判を向け、自己認識と相互認識の中で揺れる人間の哲学的なアプローチに立って書かれている。
 1848年秋、《指環》物語の後半を劇化した《ジークフリートの死》の台本を完成した。しかし、そこに至るまでの過程を説明するには、あまりに複雑で多くの事を伝えなければならないため、直前の《若きジークフリート》、《ワルキューレ》、《ラインの黄金》と台本を完成していった。
 ワーグナーは《指環》の4部作を完成した後に初演しようとしていた。そして《ラインの黄金》、《ワルキューレ》と書き終えていったが、他の曲の作曲、指揮者としての演奏旅行など様々な要因によって、作曲を中断せざるを得ない状況になり、筆はなかなか進まなかった。そのため、財政的援助をしてたバイエルン国王ルートヴィッヒ二世から《指環》の完成を促されるが、《ニュルンベルグのマイスタージンガー》の作曲中であったため、そちらを優先することになった。ルートヴィッヒ二世はしびれをきらし、出来上がっている2作を先に上演するようワーグナーに通達した。ワーグナーは4作全てが出来上がってからの演奏を望み猛反対をしたが受け入れられず、1作づつの単独公演が行なわれることとなった。後にバイロイト祝祭劇場の完成をもって、4部作の完全版《指環》としての初演が行なわれたのは前述の通りである。
2.序夜
  楽劇「ラインの黄金」より前奏曲とヴァルハラ城への神々の入場

  DAS RHEINGOLD
    Prelude
    Entrance of the Gods into Valhalla(trans.John Bourgeois)
    序夜−楽劇《ラインの黄金》
作曲: 1853年〜54年
台本: 作曲者本人、独語
初演: 1869年9月22日、ミュンヘン宮廷劇場、指揮フランツ・ブュルナー(単独公演)
1876年8月13日、バイロイト祝祭劇場、指揮ハンス・リヒター(《指環》全曲公演)

 《指環》全曲の冒頭を飾る曲。重要なのは全体を通しておびただしい数の登場人物が登場する《指環》を、残りの3曲のために、説明・整理するための要素が高いこと。《指環》では全曲を通じ、音楽で登場人物、事象、感情などを表わす「示導動機(ライトモティーフ)」を使用し、舞台上の様子を音楽的にも表現した。《指環》全曲には、詳細に検討すると200以上にも及ぶ「動機」があるという。それらが単独であるいは複雑に絡み合ったりして音楽が進んでいく。《ラインの黄金》では、30以上の動機が使われていている。
 《ラインの黄金》では、ニーベルング族の醜い小人アルベリヒを中心に、神々、大男が、世界を支配できる力を持つ黄金の指輪を奪い合う、今も変わらぬ権力・財産の独占欲、謀略、嫉妬などを描いている。
《前奏曲》
 「静かに晴朗な動きで」と書かれ、この曲の舞台となるライン河の底から、低音部による「自然の動機」が段々と重なり、「波の動機」も加わり、壮大なライン河の流れを表現していく。
《ヴァルハラ城への神々の入場》
 指輪を奪い合い、兄を殺した巨人の兄弟の様子を見ていた神々は、驚きと不安にかられ、辺りは深い霧に覆われ、鬱陶しい雰囲気に包まれる。雷神ドンナーは槌を振りかざし、雷雲を呼び集め、雷鳴と雨でこの重苦しい雰囲気を清める。嵐が去り雲が晴れると、幸福の神フローが谷を越える虹の橋をヴァルハラ城に架け、「城へと橋は架かりました」と神々を促し、神々は輝くヴァルハラ城へと向かう。その神々の行列の様子を表わした曲。《ラインの黄金》のクライマックス部分に当たる場面で、《ラインの黄金》の中でも有名な聴き所の1つである。
3.第一夜 楽劇「ワルキューレ」幻想曲
  DIE WALKURE
  "Die Walkure"Fantasie(arr.Arthur Seidel)

  第一夜 楽劇《ワルキューレ》
作曲: 1854年〜1856年
台本: 作曲者本人、独語
初演: 1870年6月26日、ミュンヘン宮廷劇場、指揮フランツ・ブュルナー(単独公演)
1876年8月14日、バイロイト祝祭劇場、指揮ハンス・リヒター(《指環》全曲公演)

 《ワルキューレ》は前作にも登場した大神ヴォータンが、神々の時代の終焉を感じ、人間界に英雄を創り出し、その英雄を天上へと導くために、智の神エルダに生ませた9人の娘のこと。空を飛ぶ馬に跨り戦場を駆け巡る姿が、「ワルキューレの動機」によってたびたび登場する。
 ヴォータンは、新たに生み出す英雄は自分の血を受けた人間でなければならないと考え、ヴェルゼと名乗り地上の人間界に降り、人間の女性と関係を持ちジークムントとジークリンデという双生の兄妹を産ませた。この兄妹は離れ離れに育ち、妹ジークリンデは野人フンディングの妻となった。その家にジークムンドが傷つき転がりこんでくることから物語は始まる。
 この《ワルキューレ》で語られているのは、ブリュンヒルデ(9人のワルキューレの1人、ヴォータンに一番可愛がられていたが、ワルキューレとしての職務を忘れジークムンドとジークリンデの愛を認める。最後の場面でヴォータンによって炎に囲まれ眠らされる。ジークフリートの名付け親)の登場、ジークフリートの誕生に至る過程で、そこに繋がっていく兄妹の禁忌の愛、ブリュンヒルデの葛藤など、次作《ジークフリート》の紹介の要素が大きい。しかし人間的な愛と苦悩をテーマにしているため、《指環》の中でも、最も豊かな叙情性と官能性を有していて、今も人気が高く、単独での公演が繰り返しされている。
 引き続き「示導動機」の手法を用い、《ラインの黄金》で登場した「ヴァルハラ城の動機」なども多用されている。有名な《ワルキューレの騎行》は第3幕の前奏曲に位置し、「ワルキューレの動機」のみを繰り返し使用して作られている。
 このCDに収録されている《幻想曲》は、《ワルキューレ》に出てくる有名な場面、動機を集め、演奏会組曲としてアーサー・ザイデルにより繋ぎあわされた、一種のメドレー曲。
4.第二夜 楽劇「ジークフリート」幻想曲
  SIEGFRIED

  "Siegfried"Fantasie(arr.Arthur Seidel)
  第二夜 楽劇《ジークフリート》
作曲: 1856〜71年(途中中断時期あり)
台本: 作曲家本人、独語
初演: 1876年8月16日、バイロイト祝祭劇場、指揮ハンス・リヒター(《指環》全曲公演)

 《ジークフリート》は、前作《ワルキューレ》で双生の兄妹による禁忌の愛で宿され、人間界に産まれた英雄で、大神ヴォータンの孫にあたる。ジークフリートの名は、前作後半でワルキューレの1人ブリュンヒルデが名付け、勝利を享受し保護する者といった意味。恐怖を知らない怪力で豪勇のジークフリートの名を、ワーグナーは自身の愛児につけた。
 物語は、ニーベルング族の鍛冶ミーメ(《ラインの黄金》の物語の元凶アルベリヒの弟)に育てられたジークフリートが成長したところから始まる。
 ジークフリートはミーメが鍛えた刀を、次々に折っていく。それに不満を持ったミーメは愚痴り、感謝を知らぬジークフリートを嘆くが、ジークフリートも満足いく刀を作らないミーメを叱責し、さらには母親のいないことを問い詰める。ミーメは彼の母ジークリンデが、森で倒れていたのを介抱したが、ジークフリートを産んで死んだこと、母の名、父は殺されたことを告げ死んでいったことを教える。ジークフリートは形見の剣を繋ぐよう命じ、森の中へと走って行った。
 旅人に扮したヴォータンがミーメの元に現われる。宿泊させてくれたら、どんな質問にも答え、答えられなければ頭を進呈すると言い、ミーメは3つの質問を問う。地面の下、地上、天上とそれぞれどんな種族がいるのかとの問いに、ヴォータンはニーベルング族、巨人族、神々がいるとそれぞれ答えた。驚くミーメに今度はヴォータンが3つの質問をした。ヴォータンが一番愛する種族はと聞かれミーメは、ヴェルズング族で、ジークムンドとジークリンデの双生の兄妹が英雄ジークフリートを産んだと答える。次に、一人の賢いニーベルングが、ジークフリートに巨人族ファーフナーを倒させ指環を手に入れようとしているがジークフリートはどんな剣が必要かと聞かれ、ヴォータンがトネリコの幹に刺したノートゥングの剣で、ジークムンドが(《ワルキューレ》中に)引き抜いたが、ヴォータンの槍によって折られ、今は鍛冶屋が隠し持っていることを答える。最後にこの剣は誰が鍛え直せるのかを聞かれ、ミーメは答えられない。答えられないミーメにヴォータンは、恐怖を知らない英雄だけがこの剣を鍛え直せると告げる。賭けた頭を今は預け、恐怖を知らない男に渡そうと言い、ヴォータンは森の中へ消えていった。
 呆然とするミーメの所にジークフリートが帰ってきた。剣はできたかと聞くジークフリートに、ミーメは恐怖を説き、もう剣を鍛えられないと伝えるが、ミーメが怠けている様にしか聞こえない。大蛇になった巨人ファーフナーの話をしても、ジークフリートは一向に聞く耳を持たない。呆れたジークフリートは自分で剣を繋ぐと言い、歌いながら剣にヤスリをかける。やがて剣は出来上がり、ミーメは驚愕し、ジークフリートは歓喜の声をあげる。
 大蛇になったファーフナーの洞窟の前で、チャンスをうかがうアルベリヒの前に、旅人に扮したヴォータンが現われる。アルベリヒはヴォータンである事を見抜き、指輪や財宝を奪われたことを呪った。次いで指輪を取り戻したらヴァルハラの城を攻略し、世界の支配者になると言った。ヴォータンはジークフリートが来て、ファーフナーに危険が迫っている事を教える。アルベリヒも指輪をくれれば、そいつと戦ってやると言うが、ファーフナーは聞く耳を持たない。ヴォータンはミーメが連れて来る勇者と戦えと言い放ち、その場を後にする。
 ジークフリートが現われ、ファーフナーに恐怖というものを教えてくれと請うが、ファーフナーは無鉄砲な申し出に呆れ果て呆然とした時、ジークフリートはファーフナーの胸を突き殺す。倒したファーフナーの傍らで、ジークフリ−トは小鳥のさえずりを聞く。「洞窟にある財宝はお前の物。隠れ頭巾は役にたち、指輪は世界を支配できる」。
 ミーメが洞窟の様子をうかがうと、アルベリヒが現われ、互いに指輪の所有を巡り言い争う。そこに指輪を持ったジークフリートが現われた。ミーメは労をねぎらい毒入りの杯を渡したが、その企みに気づいたジークフリートは剣を一閃して切り殺し、死体を洞窟に投げ込み、大蛇の体で穴を塞ぐ。疲れはて、菩提樹の木陰に横たわったジークフリートは、孤独を嘆き、妻が欲しいと小鳥に言うと、小鳥は山の上で火に囲まれ眠っているブリュンヒルデのことを話し、ジークフリートは小鳥の案内で出発する。
 岩山のふもとの荒野に嵐が吹き荒れる。ヴォータンは智の神エルダを呼び起こす。ヴォータンはエルダに神々の運命について知恵を貸して欲しいと言う。エルダはヴォータンが自分との娘ブリュンヒルデを眠らせたと言い、ヴォータンを強情で野蛮だと罵る。ジークフリートがブリュンヒルデを起こし、この世界を救うと、ヴォータンは予言し、エルダを永遠の眠りに就かせる。
 小鳥とジークフリートが旅人に扮したヴォータンの下へやってきて、道を尋ねた。ヴォータンは逆に、なぜ小鳥の声が解るのか、なぜ大蛇と戦うことになったのかと矢継ぎ早に質問をする。先を急ぐジークフリートは、邪魔をするヴォータンの槍を打ち砕いた。ヴォータンは複雑な心境で道を譲り、その場を去る。
 燃え盛る炎に近づいたジークフリートは、炎の中に眠っているブリュンヒルデを見つけ、囲んでいる盾を取り除き、剣で彼女の兜と鎧を割る。はじめ男性かと思っていたが、美しい女性であることに魅せられ、近づいて彼女を起こした。目を覚ましたブリュンヒルデは、ジークフリートに感謝し祝福をした。そして過去を語り、産まれる前からジークフリートを愛していたと告白する。ジークフリートは喜び求婚するが、ブリュンヒルデは神の知恵がなくなる事に不安を感じたが、ジークフリートの激情にほだされ永遠の愛を誓う。そしてヴァルハラの城に別れを告げる。
 《ジークフリート》には、父代わりのミーメを嫌悪するも、本当の父母に思慕を持ち、いつしか女性を慕い、ブリュンヒルデとの愛に変わっていく姿が現われている。実に人間的な描写に優れ、《ワルキューレ》にも劣らぬ人気を博している。
 収録の《幻想曲》は、《ワルキューレ》同様、演奏会用組曲として書かれたもの。
5.第三夜
  楽劇「神々の黄昏」よりジークフリートの葬送行進曲と終曲

  GOTTERDAMMERUNG
   Siegfried's Funeral March(trans.Howard Bowlin)
   Finale(trans.John Bourgeois)
第三夜 楽劇《神々の黄昏》
作曲: 1869〜74年
台本: 作曲家本人、独語
初演: 1876年8月17日、バイロイト祝祭劇場、指揮ハンス・リヒター(《指環》全曲公演)

 《神々の黄昏》は、今まで語られてきた壮大なドラマの最後を飾る作品。数多くの登場人物、織り成してきた欲得、謀略、嫉妬に、強烈な悲劇が幕を下ろす様は、実に破壊的物語への傾倒を感じるが、《指環》全篇を通じて感じ取れる「女性の愛情」による、男性をひいては世界を救済するということに帰結しているようだ。
 ワーグナーは1848年秋、当初《ジークフリートの死》として着想されたが、作曲過程で《神々の黄昏》にタイトルが変えられている。これはジークフリートの死を持って終わらせるはずであった《指環》の物語が、4部作にまで膨れ上がり、物語の中心人物が大神ヴォータンに移り変わっているからで、結末も神々の居城ヴァルハラ城の炎上と変わっていたからだ。
 《神々の黄昏》とはワーグナーが付けた題名ではなく、《指環》の素材として使ったアイスランドの「エッダ」の中にすでに現われている。
 《ジークフリート》の幕切れとなったワルキューレの岩山で、3人の女神ノルンが運命の綱を編んでいる。アルベリヒの呪いによって、綱は切れてしまい、永遠の叡知の終わりを告げ、眠る母エルデの下へ向かう。
 夜が明けて、ジークフリートとブリュンヒルデが現われ、二人は愛の歌を歌う。旅立とうとするジークフリートにブリュンヒルデは、愛する人に神の知恵を伝えため、すでに普通の女性となったことで心細く感じていた。ジークフリートは指輪、ブリュンヒルデは愛馬グラーネを交換し、離れていても一緒だと言う。そしてグラーネに乗ったジークフリートは旅立って行く。
 ライン河畔のギービヒ家の館で、当主グンターが異父弟であるハーゲンと話をしている。凡庸なグンターに比べハーゲンは奸智に長ける豪勇であった。ハーゲンは当主の妻にふさわしい女性としてブリュンヒルデを、グンターの妹グートルーネの夫にふさわしい男としてジークフリートをそれぞれ薦める。ハーゲンはジークフリートに忘れ薬を飲ませ、ブリュンヒルデを連れて来させ、ついでにニーベルングの財宝も奪おうと計画し、グンターの承諾を得る。ライン河から角笛が聞こえ、そこを見ると小舟でライン河を下るジークフリートの姿があった。
 グンターとハーゲンは、ジークフリートを館へ招き歓待した。気を良くしたジークフリートは、財宝は洞窟に置いたままで指輪と隠れ頭巾のみ持ち出し、指輪は妻が、隠れ頭巾は自分が持っていることまで話してしまう。その宴席にグートルーネが忘れ薬入りの杯を持って現れ、杯を差し出す。その酒を飲むと、過去の女性を忘れ、眼を燃やして、目の前のグートルーネに求婚した。ジークフリートはブリュンヒルデを連れて来るから代わりに妹を嫁に欲しいと、グンターに訴え、二人は兄弟の誓いを交わす。実はハーゲンはアルベリヒの息子であり、正室の人間ではないと誓いに加わらず、家の番をして館に残ると言う。二人はお互いに嫁を迎え入れたい一心で、小舟に乗り込みブリュンヒルデの下へと急ぐ。その様子を見てハーゲンは一人嘲る。
 その頃ブリュンヒルデは指輪を見ながら物思いに耽っていた。そこにワルキューレの妹ワルトラウテが現われ、天上の様子を伝える。父ヴォータンがさすらい人として世界を渡り歩き、槍を折られてからは、トネリコの大樹を倒し薪にして城の周りに積み上げさせ、不機嫌な日々を過ごしている。やっと呟いた言葉は、ブリュンヒルデの持つ指輪をライン河の乙女に返せば、神も世界も平和になるとのこと。このことをブリュンヒルデに伝えに来たというワルトラウテにブリュンヒルデは、夫との愛の証である指輪を捨てられないと告げ、妹を追い返した。
 角笛の音が聞こえ、ジークフリートが帰ってきたと思うブリュンヒルデの前には、隠れ頭巾を使ってグンターの姿になったジークフリートだった。その様子に恐怖を感じたブリュンヒルデは指輪の力で身を守ろうとするが、力ずくで指輪を奪われ、力尽きて倒れる。
 ギービヒ家の館の前の岸辺で、ハーゲンが眠り夢見ている。夢に父アルベリヒが現われ、指輪を取り返し、指輪を奪ったヴォータンとその血を引く者達を滅ぼせと告げる。ハーゲンはライン河を見つめていると、だんだんと夜が明けていった。
 ジークフリートが戻ってきて、ハーゲンとグートルーネに手柄話を話した。ハーゲンは家来を呼び集め、結婚式の準備をさせる。そこにグンターが憔悴しきったブリュンヒルデと共に帰ってきた。
 結婚を祝う歓声をグンターは制し、自分達と、妹とジークフリート2組の婚礼の儀を行なう事を告げる。ブリュンヒルデは驚いて顔を上げると、そこにはジークフリートがいて、自分ではない他の女性と結婚するということに茫然とする。そしてジークフリートの手に指輪があるのを見つけ、グンターが私から奪ったものをなぜ、と詰め寄る。ジークフリートは否定し、グンターも知らないと言ったため、ブリュンヒルデはジークフリートが化けて自分を捕らえたと悟る。激昂するブリュンヒルデは、ジークフリートの裏切りをゆるした神々に非難の言葉を浴びせ、ジークフリートこそが真の夫と主張した。周りの人間が真偽を問うと、ジークフリートはハーゲンの差し出す槍に、兄弟の誓いを破っていないことを宣誓する。返すブリュンヒルデも槍に、自分の言葉に偽りのないことを誓う。怒りに震えるブリュンヒルデを尻目に、婚礼の宴を始めようと呼びかけ、グートルーネと館の中に消えて行った。
 残されたブリュンヒルデにハーゲンは、慰め、変わって復讐しようと持ちかける。そしてブリュンヒルデは、ジークフリートの背中に唯一弱点があることを教え、グンターを交えた3人はジークフリートに死を、と誓う。その頃、館は婚礼の行列で賑わっていた。
 ライン河では、3人の乙女が奪われた《ラインの黄金》嘆いている。そこに狩りで現われたジークフリートに、乙女は指輪と獲物を交換するよう願う。一旦は指輪を渡そうとしたが、指輪に呪いがかかっていて、持っていると災いが襲うという乙女の言葉に、怖いもの知らずのジークフリートは逆に意固地になる。乙女達は、ある誇り高い女性が今日にでもその指輪を受け、返しにくるだろうと予言し姿を消す。
 ジークフリートの下へ、ハーゲンとグンターが家臣を引き連れ現われ、酒宴を始める。ジークフリートは獲物の代わりに、今あったラインの乙女のこと、幼い頃からの思い出をグンターに話す。そのうちにハーゲンが記憶を取り戻す薬の入った酒を飲ませ、ジークフリートはどんどんと記憶を取り戻していく。そしてブリュンヒルデを目覚めさせたことまで思い出した所で、2羽のカラスが飛び立った。ハーゲンは「この鳥の声も聞き分けられるか?」と問い、立ち上がりカラスを見つめ、背を向けたジークフリートに槍を突いた。ジークフリートは力尽き、盾の上に倒れこんだ。
 館に帰ると、グートルーネが夫の亡骸に驚き、兄のグンターになぜ死んだか詰め寄る。そしてハーゲンは偽りの宣誓をしたから殺したと言い放ち、その代償に指輪を渡すよう言う。グンターはグートルーネが相続するのが筋だとし、口論になり、やがて2人は剣を抜き戦うが、ハーゲンは一撃でグンターを倒す。ハーゲンは指輪を取ろうとジークフリートの亡骸に近寄ると、死んだはずのジークフリートの手が動き、それを拒んだ。
 そこにブリュンヒルデが現われ、ライン河の岸辺に薪を高く積んで、その薪の山の上にジークフリートの亡骸を運ばせる様に指示をした。その作業の間、ブリュンヒルデはジークフリートの豪勇、信義、愛情を讃えた。さらに天を仰ぎ、神々に自分達の犯した罪を悟るよう訴え、父ヴォータンに向けて、あなたの欲望から全てが起こったのだと語った。ブリュンヒルデは、亡骸から指輪を抜き取り、自分の指にはめ、呪わしい指輪は燃える炎で浄化すると宣言し、火を放つ。炎の神ローゲに、燃える炎がヴァルハラに届き、神々が終焉を迎えるだろうと告げる。
 ブリュンヒルデは愛馬グラーネに乗り、共に炎の中に身を投じた。高く燃え上がった火は、突然消えて煙だけが残っていた。館が焼け落ち、ライン河が氾濫をした。その流れの上に3人のラインの乙女が現われ泳いできた。それを見たハーゲンは狂った様に流れに飛び込み、指輪を奪い返そうとするが、2人の乙女によって水の中に引き込まれる。残りの1人の手に指輪が戻り、3人は喜んで歓喜の声を上げる。
 高く燃え上がっていた炎は、天上のヴァルハラ城に届き、神々や勇士と共に城を包みこんでいく。

《ジークフリートの葬送行進曲》
 ジークフリートがハーゲンに殺され、盾に乗せられて館まで帰って行く場面で使われる音楽。第3幕の第二場と第三場の間の間奏曲になっている。
 ジークフリートは《ジークフリート》の中で、大蛇ファーフナーを倒した時浴びた返り血で、鋼の様な皮膚を持つようになった。しかしその時、背中の1箇所に木の葉が貼り付いていたため、その部分だけは普通の人間と変わらない皮膚になってしまった。ブリュンヒルデの言う弱点とはここの事。
 また、ジークフリートが槍で突かれる直前に現われた2羽のカラスは、ヴォータンによって遣わされたもので、すでに世界支配を諦め、人間界に創り出した英雄が必要ないと考えての結果である。
《終曲》
 あらすじの部分である通り、ヴァルハラ城の燃え盛る様子が描かれている。ここにも、ずっと使われてきた「ラインの乙女の動機」や「ヴァルハラ城の動機」、「ジークフリートの動機」、「神々の黄昏の動機」が使われ、物語の完結を知らせている。
 《ジークフリートの葬送行進曲》は〜軍所属のハワード・ボーリン、《終曲》はこのCDの指揮もしているジョン・R・ブージェワー大佐による編曲。
 
◆余談の「よ」
 このCDに関しては、ワーグナーの雰囲気を知るためにも、何度か原曲を聴いて頂くことをお勧めする。演奏の素晴らしさとは別に、醸し出す雰囲気にバイロイト祝祭劇場まで造ったワーグナーの世界を感じて欲しい。

◆余談の「だ」
 もう1つ。考えると頭がグルグルし、胃が痛む事柄なのだが、このCDの原題によるクレジットを見て頂きたい。編曲者の項が"arranged by" と"transcribed by"の2つが書かれている部分です。
 共に「編曲したのは・・・」と訳されてしまいますが、厳密な意味ではこの2つには少々誤差がありまして・・・。
“arrange”という言葉は、「アレンジする=編曲する」という意味において非常に市民権を得ていますが、音楽的には「原曲を改曲する、脚色する」という意味の方が強いんですね。
一方の“transcribe”という言葉は聞き慣れないでしょうが、元々「書き写す、転写・複写」の意味を持っています。音楽的には「(他の楽器へ)編曲する」といった感じです。単語の中にある"trans-"という言葉には「越えて」とか「別の状態へ」とかいう意味があり、"-scibe"という言葉には「書記」とか「代書」という意味がありますから、現地では「アレンジ」と使い分けている訳ですね。
ま、キリがない話なのでこの辺で。
セレクション
歌劇「ばらの騎士」組曲
ライブ!
キャンディード序曲
マーチ・マスターピース
ニーベルングの指輪
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