【阪急百貨店吹奏楽団 定期演奏会名演集】朝比奈氏が指揮した「アイーダ」は、今も鮮明に覚えている・・・

 45周年の歴史をほこる職場バンドの雄「阪急百貨店吹奏楽団」何故か、定期演奏会の歴史は浅い。

阪急百貨店ファンの一人として、今まで「おっかけ」をしてきたが、演奏を聴く機会としては「コンクール」「阪急少年音楽隊定期演奏会」「日本産業音楽祭」ぐらいしかなかったので、定期演奏会がスタートするのを大変楽しみにしていた。

なんと言ってもその歴史の中で、第一回定期演奏会に日本音楽会の巨匠である故朝比奈隆氏を客演指揮にお招きしたことが、エポックだろう。

当楽団の指揮者である鈴木竹男氏が「今回から演奏会をやります」と朝比奈氏に報告に行ったところ「私が振ろう」と言われた、との逸話が残っている。

朝比奈氏は京都帝国大学卒業後、阪急電鉄に入社し、かつては電車の運転手をしていた事があることは、ごく一部の人には知られている。「阪急」とは少なからず縁があるのである。

その朝比奈氏が指揮する「アイーダ」には、演奏上多少の傷はあるものの、なんとも言えぬ風格と味わいが感じられる。その一振りで、会場の空気が一瞬にして変った事は鮮明に覚えている。このCDを聴いてぜひ体感していただきたい。

また三人の作曲者に委嘱した「三都市物 語」は阪急百貨店の店舗が立地する、京都・大阪・神戸の街をイメージして作曲されたものである。吹奏楽界で売れっ子の三人が三様の個性を発揮した作品は、新たなレパートリーとして多くの団体にも演奏して欲しいものである。

多くを語るよりも、ぜひ一度「阪急サウンド」を耳にしてほしい。その響きに魅了される事、間違いなしである。

(text:井上 学)


これが阪急サウンドだ!
第1回から昨年の第12回の定期演奏会の中から選りすぐった名演奏の数々!
2枚組CDに凝縮された「阪急百貨店吹奏楽団」の音楽史をお楽しみ下さい。
(収録されていない回もございます)

【阪急百貨店吹奏楽団 定期演奏会名演集】

価格:1組¥4,000(税込・送料別)

【収録曲】

・演奏団体:阪急百貨店吹奏楽団
・指揮者:鈴木竹男 Disc-1(M-1、4~6)
Disc-2(M-2~4、7)
泰 和夫 Disc-1(M-3、7) Disc-2(M-1、5、6)
朝比奈 隆 Disc-1(M-2)

■Disc 1

1. 喜歌劇「美しきガラティア」序曲
/フランツ・フォン・スッペ【7:20】
Die schone Galathee-Ouverture/Franz von Suppe

2. 歌劇「アイーダ」第2幕第2場 凱旋の行進より/ジュゼッペ・ヴェルディ
(arr.木村吉宏)【9:58】
Aida/Giuseppe Verdi(arr.Kimura Yoshihiro)

3. 映画「ザ・ダム・バスターズ」マーチ/エリック・コーツ【4:27】

4. 歌劇「ジョコンダ」より時の踊り/A. ポンキエリ【10:41】
Dance of the Hours from “La Gioconda”/A.Ponchielli

5. ベリーを摘んだらダンスにしよう/間宮芳生【6:34】

6. バレエ音楽「シルヴィア」よりバッカスの行列/レオ・ドリーブ【6:43】
Cortege de Bacchus From the “Ballet Sylvia”/Leo Delibes

7. マンハッタン・シンフォニー/S.ラッセン
Mantattan Symphony/—-
・マンハッタン到着【2:52】
・セントラルパーク【3:38】
・ハーレム【4:55】
・ブロードウェイ~ロックフェラー・ビルディング【8:24】

■Disc-2

1. ゴールデン・ジュビリー/ジョン・フィリップ・スーザ【3:37】
Golden Jubilee/John Philip Sousa

2. 歌劇「シチリア島の夕べの祈り」序曲/ジュゼッペ・ヴェルディ【9:26】
Les Vepres Siciliennes/Giuseppe Verdi

3. 童夢/松尾善雄【5:12】

4. 劇音楽「雪姫」より道化師の踊り/ピョートル・イリイチ・チャイコフスキー【5:22】
Dance of the Jesters from The Snow Maidens/Pyotr Il’yich Tchaikovsky

5. ミニシンフォニー 変ホ長調/原 博【5:52】

6. 悪魔の踊り/ヨーゼフ・ヘルメスベルガーII(arr.亀井光太郎)【5:57】
Danse diabolique/Josef Hellmesberger(arr.Kamei Koutarou)

7. 三都市物語
<京都>平安京幻影/松雄善雄【7:47】
<大阪>船渡御絵巻/杉浦邦弘【7:05】
<神戸>JAZZ UP KOBE/杉本幸一【10:22】

第5回 NECチャリティコンサート(3/12) BP読者をペアで100組(計200名)ご招待!

 NECでは、全世界のグループ会社・社員で実施する社会貢献活動「NEC Make a Difference Day」の一環として、「第5回NECチャリティコンサート」を開催します。
2001年度から毎年1回開催されているNECチャリティコンサートは、稲垣征夫指揮・NEC玉川吹奏楽団の出演で今回が5回目となります。
今回は「♪吹奏楽による世界の音楽」のタイトルで、ゲストのサックス奏者小串俊寿氏(アルト、ソプラノ、ソプラニーノの3種のサックスを使用予定)と、ドラムスの阿野次男氏との共演による「ラテン・フィエスタ」「ナポリ民謡セレクション」などを演奏します。 入場は事前申し込みによる全席無料招待としています。なお演奏会当日は会場ロビーにおいて募金活動が行われ、集められた募金は「NPO法人 かものはしプロジェクト」を通じてカンボジアの子どもたちのためのIT職業訓練事業の推進に役立てられます。
ご協力よろしくお願いいたします。

このコンサートの招待券を、ペアで100組(計200名)様にプレゼントします。
当選者の方には、主催者より直接招待状をお送りします。(招待状一枚で2名様までご入場できます。)当日、会場にて座席指定券と引き換えをお願いいたします。

【チケットお申し込み方法】(当選者招待制)

官製はがきに下記内容を明記してお申込み下さい。
郵便番号・住所・氏名・電話番号を明記のうえ下記までお申し込み下さい。

応募者多数の場合は抽選のうえ、
当選者に招待状(1枚で2名様まで入場可)を 郵送させていただきます。
なお、未就学児の入場はご遠慮願います。

【宛先】〒108-8001 港区芝5-7-1 NEC社会貢献室
「コンサート【BP】」係

【締切】2006年2月16日(木) 必着


■第5回NECチャリティコンサート
吹奏楽による世界の音楽

【日時】2005年3月12日(日)午後1時30分開演 (午後12時50分開場)
【会場】横浜みなとみらいホール(大ホール)
【主催】NEC
【後援】川崎市、川崎市教育委員会
【ゲスト】小串俊寿(サックス)、阿野次男(ドラムス)
【指揮】稲垣征夫(音楽監督/常任指揮者)、NEC玉川吹奏楽団

【曲目】
○アルトサックスのための「ナポリ民謡セレクション」(後藤洋編曲)
○ソプラノ&アルトサックスのための「ラテン・フィエスタ」(鈴木英史編曲)
○ソプラニーノサックスのための「メキシカンハットダンス」
(明光院正人編曲)
○あの日聞いた歌(真島俊夫編曲)
○喜歌劇「美しきエレーヌ」(オッフェンバック/鈴木英史編曲)
○ケルティック・ノッツ(ゴフ・リチャーズ)、他

【入場料】無料(任意による寄付方式)
【寄付先】 NPO法人 かものはしプロジェクト
※事前申込みによる招待状での入場のみ。当日券なし。
(応募者多数の場合には抽選とさせていただきます。
当選の方への招待状の発送をもって発表に代えさせていただきます)

その他  未就学児の入場はご遠慮願います。

【問い合わせ】 NEC社会貢献室 (担当 齊藤)TEL:03-3798-9555

■樋口幸弘の「ウィンド楽書(ラクガキ)ノ-トファイル」File No.04『ベルト・アッペルモント:ノアの箱舟』

ベルト・アッペルモント:ノアの箱舟
NOAH’S ARK (Bert Appermont)

01:作品ファイル

<Version I >ウィンド・バンド版

[作曲年]1998年

[作曲の背景]
ベルギ-のル-ヴェン(Leuven)のレマンス音楽院(Lemmensinstituut) に在学中、作曲家ヤン・ヴァンデルロ-スト (Jan Van der Roost)のクラスに学んでいた作曲者が同クラスの “卒業試験のための課題” として作曲。

[編成]
Piccolo
Flutes (Ⅰ、Ⅱ)
Oboes (Ⅰ、Ⅱ<double.:English Horn>)
E♭ Clarinet
B♭ Clarinets (Ⅰ<div.>、Ⅱ<div.>、Ⅲ<div.>)
E♭ Alto Clarinet
B♭ Bass Clarinet
Bassoons (Ⅰ、Ⅱ)
E♭ Alto Saxophones (Ⅰ、Ⅱ)
B♭ Tenor Saxophone
E♭ Baritone Saxophone
B♭ Trumpets/Cornets (Ⅰ<div.>、Ⅱ<div.>、Ⅲ<div.>)
F Horns (Ⅰ、Ⅱ、Ⅲ、Ⅳ)
Trombones (Ⅰ、Ⅱ、Bass)
Euphoniums <div.>
Tubas
String Bass
Harp
Timpani
Mallet Percussion
(Xylophone、Glockenspiel、Vibraphone、Tubular Bells)
Percussion
(Snare Drum、Tenor Drum、Toms、Bass Drums、Tam-Tam、Clash Cymbals、
Hi-Hat Cymbals、Suspended Cymbal、Bongos、Triangle,Woodblock、
Temple Blocks、Ago-go Bell(or Cowbell)、Tambourine、Claves、Sleighbells、
Cabasa、Whip、Vibraslap、Wind Chimes、Flexatone、Thunderplate(or B.D.) 、
Synthesizer or Wind Machine)

[楽譜]
1999年、ベルギ-のBeriato Music bvbaから出版。図版番号:BMP 9805.1.23。
https://item.rakuten.co.jp/bandpower/set-8001/

[初演]
1998年9月24日、ベルギ-のル-ヴェン(Leuven)にあるレマンス音楽院のコンサ-ト・ホ-ル(Concert Hall of the Lemmensinstituut)において、作曲者自身の指揮によるレマンス音楽院シンフォニック・ウィンド・バンド(Symphonic Wind Band of the Lemmens Conservatory)の演奏で。わが国では、2000年5月4日(祝)、東京都の練馬文化センタ-大ホ-ルにおける巣鴨学園吹奏楽班(東京都)の “第12回バンドスタンド” と題するコンサ-トで、三嶋 淳(みしま じゅん)指揮、巣鴨学園吹奏楽班により日本初演奏が行なわれた。

<Version II >ファンファ-レ・オルケスト版

[改作年]1999年

[改作の背景]
ウィンド・バンド版(Version Ⅰ)の発表後、ファンファ-レ・オルケスト関係者から “ファンファ-レ・オルケスト” 用のバ-ジョンも作って欲しいという要望が多数寄せられたことから楽譜出版を目的として新たにオ-ケストレ-ションされた。

[編成]
B♭ Soprano Saxophone
E♭ Alto Saxophones(I 、II )
B♭ Tenor Saxophone
E♭ Baritone Saxophone
E♭ Flugelhorn
B♭ Flugelhorns(I <div.>、II <div.>、III )
B♭ Cornets/Trumpets (I <div.>、II <div.>、III <div.>)
F Horns(I 、II 、III 、IV )
Trombones (I 、II 、III)
Baritones (I 、II )
Euphonium (I 、II )
E♭ Basses <div.>
B♭ Basses
Timpani
Mallet Percussion
(Xylophone、Glockenspiel、Vibraphone、Tubuler Bells)
Percussion
(Snare Drum、Tenor Drum、Toms、Bass Drums、Tam-Tam、Clash Cymbals、
Hi-Hat Cymbals、Suspended Cymbal、Bongos、Triangle,Woodblock、
Temple Blocks、Ago-go Bell(or Cowbell)、Tambourine、Claves、Sleighbells、
Cabasa、Whip、Vibraslap、Wind Chimes、Flexatone、Thunderplate(or B.D.) )

[楽譜]
1999年にベルギ-の Beriato Music bvba が版権を取得し、出版。図版番号は、BMP9805.2.23 (発売開始は、2000年2月。)

[初演]
出版が優先されたため、楽譜発売後に聴衆を前に行なわれた演奏者を特定できる初演奏の記録は残されていない。確認されている最も早期の演奏は、2000年2月19日、ベルギ-のル-ベン(Leuven)にあるレマンス音楽院(Lemmensinstituut)のホ-ルで行なわれたマ-ヌ・メラ-ルトス(Manu Mellaerts)指揮、アドルフ・サックス・アンサンブル(Adolphe Sax Ensemble)演奏によるCD(Beriato、WSR 007) のためのレコ-ディング・セッション。

【ベルト・アッペルモント/Bert Appermont】

1973年12月27日、ベルギ-のビルゼ(Bilzen)に生まれた。同国ル-ヴェン(Leuven)にあるレマンス音楽院(Lemmensinstituut)で、エドモンド・サ-ヴェニ-ルスとヤン・ヴァンデルロ-ストのクラスに学び、2つの音楽修士号を得て1998年に修了。専攻は音楽教育とウィンド・バンド指揮法。音楽教育の分野では、同国ハセルト(Hasselt) のキンドシ-ルド・イエス音楽学校(中等学校)で和声と音楽理論を教える傍ら、自ら編纂、編曲、録音制作したCD付きの児童用歌集をベルギ-の Bakermat 社から3冊出版し、これらはベルギ-国内のほとんどの小学校で教材として使われている。指揮の分野でも、ベルギ-内外のウィンド・バンド、合唱団、管弦楽団から招かれている。
ウィンド・バンド(吹奏楽)のための作品は、フランク・ヴァンバ-レン(Frank Van Baelen)と共作した「クエスト(The Quest) 」と「アリババの伝説(The Legend of Ali-Baba)」のほか、完全な自作となった「めざめ(The Awakening) 」やコンサ-ト・マ-チ「リオネッス(Leonesse)」、「ノアの箱舟(Noah’s Ark)」、トロンボ-ン協奏曲「カラ-ズ (Colours)」などがあり、全てがベルギ-の Beriato社から出版されている。現在、さらに “映画とテレビのための音楽デザイン” の修士号を取得すべく、イギリスのボ-ンマス・メディア・スク-ル(Bournemouth Media School)に留学している。


02:推薦状

1999年10月、ベルギ-の友人から1つの郵便物が届いた。それには、つぎのような内容の手紙(10/10付)とともに1枚のCDが同封されていた。

 「……同封のCDをご覧ください。それは “王立アントワ-プ音楽院” のウィンド・バンド(Harmonieorkest Conservatorium Antwerpen) によって作られたものです。……私はこれはNHKで放送されるに値するCDだと思います。もしあなたに大切に扱っていただけるならば感謝に耐えません。これは彼らの初めてのCDですが、これを作ったことは彼らを大いに勇気づけることになりました。
 とくに “ノアの箱舟” と “カラ-ズ” を書いたベルト・アッペルモントの作品は、日本でももっと知られる価値があると思います。彼は、若いがとても才能ある作曲家であり、”レマンス音楽院(Lemmensinstituut)” で “ウィンド・バンド指揮法” を学び、さらにイギリスで音楽の勉強をつづけています。……」

長い間、海外の音楽家とつきあっていると、自薦他薦を問わず、この種の “音源つき推薦状” はちょくちょく受け取ることがある。ちょっと “訳あり” なので送り主の名前は明かすわけにはいかないが、この推薦状は、ベルギ-では立派な音楽家、そして教育者としてとてもよく知られている人物からのものだった。先方は、筆者が個人的な事情からほとんどすべての音楽活動から身を引き、NHK-FMの番組「ブラスのひびき」も降板したことも知らずにこのCDを送ってきたわけだ。(海外の友人すべてに事情を話したわけではなかったので……)

相手がとても大切な友人だったこともあるが、推薦状の “書きっぷり” も気になったので、このCDは、余裕をもって聴くことができる時間がとれる日まで聴かないでとっておくことにした。昼間の仕事(ほとんど肉体労働)中の “BGM的流し聴き” やそれを終えた後の “ボケボケの耳” で聴くなんて失礼なことはとてもできないと思ったからだ。

CDを聴いたのは、それから20日以上たった11月のことだった。CDの1曲目は、わが国でもおなじみのヤン・ヴァンデルロ-スト(Jan Van der Roost) の「クレデンティアム(Credentium)」だった。その演奏を聴いてまず思ったのが、指揮者ディルク・デカルヴェ(Dirk De Caluwe)のバンド・コントロ-ルのすばらしさと、ブレンドされたサウンドがとても耳ざわりのいいことだった。演奏者の個々のレベルもひじょうに高い。

一般的に、そのア-ティストにとって最初のCDは、すべてがいい方向に流れる傾向にある。それは、世界的に有名なクラリネット界の大御所ヴァルタ-・ブイケンス(Walter Boeyken /大のビ-ル党で、彼が日本などへ演奏旅行を行なうときなどは、地元ビ-ル・メ-カ-がスポンサーになるほどだ!? つまり、それほどよく飲む!? 彼の国で夕食に招かれた際も、強いことで有名な地元ベルギ-のビールをあたかも “水” のように飲んでいた!?)がわざわざこの “若者たち” の企画に参加していることでもわかる。


▲ヴァルタ-・ブイケンス

CDのクレジットを見ると、その他にヴァンデルロ-ストを含む3人の作曲家と1人のオ-ケストラ奏者が監修者として加わっていて、このCDの支援者たちの “熱意” も半端じゃないことがよくわかる。演奏者も “ガンバル” わけだ。バンドと適度な距離感がある録音もひじょうに音楽的な印象だ。

そして、”推薦状” に特記されていたアッペルモントの2曲から、まずは4曲目に入っている「ノアの箱舟」を聴く。聖書に出てくる有名なスト-リ-に従って、”お告げ(The Message)”~ “動物たちのパレ-ド(Parade of the Animals)”~ “嵐(The Storm)”~ “希望の歌(Song of Hope)” とタイトルがつけられた連続して演奏される4つの部分からなる10分ちょっとの作品だ。

その第一印象は、とにかく “わかり易い” ことだった。そして、誰もが知っている「ノアの箱舟」のスト-リ-がそのものズバリの音楽として描かれている!! この種のタイトルがつけられる音楽にありがちな “もってまわったような説教調” や “古めかしい宗教色” もなく、モティーフを見事に処理し、構成上も見事な起承転結を見せている。ウィンド・マシ-ンを含め打楽器が多用され、現代的でかつドラマチック。ビジュアルさえつければ、即 “映画音楽” として使えそうな音楽だ。とは言っても、黛 敏郎の「天地創造」のような世界ではなく、もっとメルヘンの世界だ。加えて、アッペルモントという作曲家がすばらしいメロディ-・メ-カ-であることがとても印象的だった。作曲家としては、少なくともヤン・ヴァンデルロ-スト、ヨハン・デメイ、それにジョン・ウィリアムズの影響があるように感じられた。とにかく、これだけ音楽を “簡単” に聴かせてしまう作曲家との出会いは久しぶりで、正直興奮を覚えたというのが偽らざる感想だった。

ついで、最終トラックに入っているトロンボーン協奏曲「カラ-ズ」。ドイツのバンベルク交響楽団の首席トロンボ-ン奏者ベン・ハ-ムホウトス(Ben Haemhouts) とのコラボレ-ションを経て完成されたこの作品は、さらにグレードの高い作品であり、アッペルモントの作曲家としてのさらなる “飛躍” を示している。また、「ノアの箱舟」で感じた稀代のメロディ-・メーカーの印象はさらに深まった。 “イエロ-(Yellow)””レッド(Red)””ブル-(Blue)””グリ-ン(Green)”という4つのカラ-(色)がタイトルとしてつけられている4つの楽章からなるこのすばらしい協奏曲については、またファイルをあらためる機会があるだろう。ハームホウトスのソロ・ワークも “ブラボーもの” のライヴ感があり、さらなる興奮を覚えたことを書き留めておきたい。

さて、推薦状の言わんとすることは分かった。しかし、音楽活動の第一線からリタイアした筆者にできることは何があるんだろうか? けど、なんとかしたいナァー。アレコレ考えていたちょうどそんな折りも折り、大阪市音楽団(市音)プログラム編成委員、田中弘(たなか ひろむ)さんと延原弘明(のぶはら ひろあき)さんのふたりから市音自主企画CD “ニュー・ウィンド・レパートリー2000″(大阪市教育振興公社、OMSB-2806)の選曲について相談をもちかけられた。そこで、筆者は、取り急ぎCDを持参してミ-ティングにのぞみ、他の何曲かと一緒に音源を渡してまずは委員全員で聴いていただくことにした(File No.02-02 参照)。

その結果は、種々の収録上の条件から、CDレパ-トリ-としては惜しくも選に洩れたものの、後日、田中さんから「 “ヘェー、こんな曲あるんや!? さすが、エエ(いい)曲知ってはる(らっしゃる)” って言って、みんな結構気に入ってましたよ。」と聞いて、まずは一安心した。

しかし、今後どこかに「こんな曲あるんだよ。」と話をするにせよ、あまりにも情報不足だ。最終的に本人に直接コンタクトを試みるために、まずは出版社サイドの対応を知らねばならない。そこで、年末12月に件の “推薦状” を送ってきたベルギ-の友人にCDの印象とアッペルモントの作品についての感想を書き送った際、「出版社の責任者にいろいろ聞きたいことがあるので、コンタクトしてほしい。」と頼むと、喜んだ友人からもすぐに「了解した。」という打ち返しがあり、先方からの連絡を待つことになった。
そして、その返事は、ベルギ-からでなく、意外な国から来た!?!?!?

03:ラクガキ

アッペルモントの「ノアの箱舟」を出版しているベルギ-の出版社からの連絡は、ベルギ-からではなく、ドイツからFAXで入った。出版社の名前は Beriato、差出人の名前は Ben Haemhoutsとある。 ン?どこかで見た名前だ。

早速、内容に目を通すと、Beriato 社のマネ-ジング・ディレクター(つまり社長)であるベン・ハームホウトスは、ドイツのバンベルク交響楽団の首席トロンボーン奏者であると同時に、ベルギーの王立アントワ-プ音楽院の教授でもあった。そうか、そうだったのか。いろんな “謎” が一度に氷解し、いろんな人の顔が頭の中に浮んでつぎつぎとつながっていく。


▲Ben Haemhouts(Photo:Luk Perdieus)

そう言えばと、CDの入ったラックをガサゴソ探ると、やっぱりあった。何年か前に、ベルギ-の作曲家ヤン・ヴァンデルロ-スト(Jan Van der Roost) からもらったCDの中に、”Masterpieces for Trombone and Piano” というタイトルのピアノ伴奏のトロンボ-ンのソロCD(Beriato、SSR001、1996年制作) があったのだ。そのとき、ヤンは「とても大切な友人が作ったソロ・アルバムなんでぜひ聴いてほしい」と言っていたことを思い出す。

▲Beriato、SSR001

そして、このCDを発売した会社とアッペルモントの「ノアの箱舟」の出版社が同じだった。灯台下暗し。さらに、FAXには、トロンボ-ン協奏曲「カラ-ズ(Colors)」は、ハームホウトスの委嘱作品だと書かれてあった。

そういうことかと思いながら、プレイヤーでありながら出版社を興したハームホウトスの “奏者としてのキャリア” に急に関心が出てきたので、そのCDを聴きながらブックレットの記述に目を走らせる。すると、ハームホウトスは、1972年生まれで、最初に受けた音楽レッスンはロベール・レヴーグル(Robert Leveugle) から受けたユ-フォニアムのレッスンだったと書かれてある。 “ン? ユ-フォニアム?”  つづけて、ブラス・バンドに参加してしばしばソロイストとして腕を研いた、とある。 “ン? ブラス・バンド? アレッ!?  ひょっとして!?”  と思って再びガサゴソ。そして、またまた発見。ベルギ-初のブラス・バンドとして日本でもその名を知られている “ブラス・バンド・ミデン・ブラバント(Brass Band Midden Brabant)”の2枚のCD、”Excalibur”(DHM、3005.3、1990年制作)と “Firework” (DHM、3012.3、1992年制作)のジャケット上からこのファイルに出てくるベルギ-の音楽家の名前がゾロゾロと出てきたのだ。

▲DHM、3005.3

▲DHM、3012.3

両盤とも、指揮者は、ミシェル・ルヴーグル(Michel Leveugle) とヤン・ヴァンデルロースト。そして、ハームホウトスの名は “Firework” の4曲目、ヨハン・エヴェネプール(Johan Evenepeol) の「ユーフォニアムのためのラプソディ(Rhapsody for Euphonium)」のユーフォニアム・ソロイストとしてあり、ノートを読むとこの作品はハームホウトスの委嘱作だったと書かれている。さらに、 “Excalibur”のブックレットを見ると、ハームホウトスはバンドのメンバー・リストでは正メンバ-の “ユーフォニアム奏者” としてリスト・アップされ、師匠のロベール・レヴーグルもこのバンドのプレジデント(代表者)だった。また、見開きページに印刷されている写りの悪いモノクロのバンドの集合写真に目を移すと、ユ-フォニアムを持っている2人の内の左側がどうやら10代後半のハームホウトスのように見える。筆者の頭の中の “ひとりインターネット” で、いろんな人の名前と顔がどんどんリンクしていく。

さて、ハームホウトスがトロンボーンを始めたのは17才のときだった。その後、ルーヴェンのレマンス音楽院に進んで、トロンボーンをミシェル・ティルキン(Michel Tilkin/彼もCD “Excalibur”に、ドン・ラッシャ-(Don Lusher)の「コンサ-ト・ヴァリエーション(Concert Variations)」のソロイストとして参加している)に師事。卒業後、1993~96年の間、オランダのロッテルダム・フィルハ-モニック管弦楽団のセカンド・トロンボ-ン奏者をつとめ、その後、ドイツのバンベルク交響楽団の首席トロンボーン奏者となった。ドイツのA級のオ-ケストラにおける初めてのベルギー生まれのトロンボ-ン首席奏者であり、1996年に制作された前記のCD “Masterpieces for Trombone and Piano”は、ベルギ-初のトロンボーン・ソロ・アルバムという栄誉を担うことになった。とんとん拍子のキャリア・アップだ。FAXによると、2000年10月にシュツットガルト放送交響楽団のエキストラ・プレイヤーとして日本に行くとある。時間があれば会えるのだが、公演場所を見る限り、会うことは物理的に不可能かも知れない。そんなことを考えながら、早速、相手に返答を打ち返す。

“….(自己紹介)….。今度、<BAND POWER>というまったく新しいウェブ・サイトで <WIND RAKUGAKI NOTE FILE>というコーナー” を立ち上げることになり、このペ-ジを通じて新しいウィンド・ミュージックや才能ある若き作曲家、すばらしい音楽家、そして、それらのバック・グラウンドを紹介したいと考えています。 “RAKUGAKI” というのは日本語で、私は “自由気ままに書く” というような意味で使っています。

さて、最近、ベルト・アッペルモントという若き才能ある作曲家の名を知りました。そして、私の新しいファイルのために、詳細な情報(プロフィールや作品リスト)や最新の写真などを求めています。….(後略)….」

筆者のこの問いかけに対し、ハームホウトスはすぐさま返答を寄こして、それには彼の出版社の最新カタログと何曲かのスタディ-・スコアを送ることと、勉強のためにロンドンに行っているアッペルモントに連絡をとって新しい写真を直送させる手筈を整えたことが書かれていた。そして、筆者の書いた “RAKUGAKI(ラクガキ)” という日本語がとても気に入ったようで、 “今書いているブラス・バンドのための新作のタイトルにピッタリだと思うので使っていいか?” と尋ねてきた。

エッ? 彼が作曲(しかもブラス・バンド曲)もすることが分かったのはいいが、誤解があってはいけないので、筆者は慌てて「あなたの新作がどんな曲か知らないが、日本語の “ラクガキ” には、いろいろな意味があるので….。」と、いろんな語彙を説明して、それでも良かったら、と返信を打った。

その結果、後日送られてきたカタログ類やスコアが入ったパーセルの中を見ると、そこには、まさしく「RAKUGAKI」と印刷された “新作” のスケッチ(といってもほぼ完成寸前のフル・スコアの状態のもの)が入っていた。まだまだ、スケッチの段階なので発表はできないが、このスコアは興味を覚えたブリーズ・ブラス・バンドの常任指揮者、上村和義さんが持って帰った。

このちょっとした “事件” はさておき、ハームホウトスという人物は、ときに “真鍮製抜き差し曲がりがね” と呼ばれることもあるらしい “トロンボ-ン” という楽器を演奏するプレイヤー特有の “愉快な” キャラクターをもっているようだ。なんとなく、長い付き合いになりそうな予感がする。

それと同時に、送られてきたスコアやカタログをチェックしていくと、ベルト・アッペルモントという作曲家が、20代半ばにして、すでに相当数の作品を手懸けていることと、いかに将来を嘱望されているかがはっきりしてきた。ロンドンにいるという、アッペルモントから連絡がくる日がとても愉しみになってきた。

04:開花

「ノアの箱舟」の作曲者ベルト・アッペルモントから、写真と詳しいプロフィールが入った手紙(1999年12月8日付)が届いた。写真に写っている人物は、とっても若々しい。

手紙の書き出しは、<Dear Higuchi-san(ディア-・ヒグチさん)>。 “~さん” という書き出しから、彼の周辺にちょっとした “日本通” がいることが想像できる。ひょっとすると、師のヴァンちゃん(Jan Van der Roost) あたりから教わったのかな?などと思いながら、さっそく内容に目を通す。

手紙の1枚目の便箋には、作曲家として自分の作品に興味を示しくれた筆者への感謝の言葉に始まり、自分のやってきたことと将来への方向性をよく理解してもらうために遠慮なく何でも質問してほしい、というお決まりの挨拶文が書かれていた。2枚目には詳しいプロフィールがプリントされてあったが、筆者の目は、それよりもまず、便箋の上部にレター・ヘッドのように印刷されている筆者不詳のつぎの引用文をとらえていた。

“a combination of different aspects of van der Roost’s and De Meij’s superb wind band music,with strong emotion depth and colourful orchestration”
(ヴァンデルローストとデメイの一流ウィンド・バンド・ミュ-ジックがもつ違った一面を結合させたものであり、説得力をもった情緒的な奥行きの深さと色彩豊かなオ-ケストレ-ションを有している。)

ここに引用された一文がアッペルモントのどの作品に対して書かれた寸評なのかはわからなかったが、「ノアの箱舟」やトロンボ-ン協奏曲「カラ-ズ」を何度も聴いたあとだったので、この批評者が言わんとしていることは手にとるようにわかった。そして、この文章はアッペルモントのお気に入りなんだろう。そうでなきゃ、自身のプロフィールの前にわざわざこんな引用を載せるはずがない。いや、それどころか、この引用は、アッペルモントがまだ20才台半ばというのにすでにヴァンちゃんやデメイというヨ-ロッパのビッグネームと比較されるほどの評価を与えられているという作曲家としての “ステータス” の証しであり、 “自信” の表明ともとれるのだ。コリャ、本当に凄い!?

そんなことを考えながら、先にBeriato 社のベン・ハームホウトス(Ben Haemhouts) が送ってくれたスタディー・スコアやCDをプロフィールとつき合わせることにした。

プロフィールにあるアッペルモントのウィンド・バンド作品は、まず、友人のフランク・ヴァンバーレン(Frank Van Baelen)と共作のかたちをとった「クエスト(The Quest) 」と「アリババの伝説(The Legend of Ali-Baba)」の2作。「クエスト(冒険)」は、6分近い序曲で、日本のバンド・ファンの耳になじみやすいアメリカン・スタイルの構成とヴァンちゃんゆずりのフレーズがマッチした傑曲だ。「アリババの伝説」は、 “開けゴマ”の呪文でおなじみの “アリババと40人の盗賊” のスト-リ-に題材を求めた演奏時間13分半ほどの組曲で、第1曲 “秘密の財宝(The Secret Treasure)”に始まり、第2曲 “砂漠のものがたり(Tales from the Desert)”、第3曲 “40人の盗賊(The Forty Thieves)” とつづく3曲からなっている。いずれも、ディルク・デカルヴェ指揮、ベルギー王国ゼーレ聖セシーリア吹奏楽団演奏の“Ceciliade”(Beriato、WSR 002、1998年制作)というCDに入っているが、共作ながら「ノアの箱舟」や「カラーズ」で聴かれるアッペルモントのカラーはすでに随所に表れていて、とくに「アリババの伝説」におけるドラマチックな展開は、その後エポック・メーキングな作品となる「ノアの箱舟」に至る過程を検証できるようでとてもおもしろかった。


▲「セシリアード」ベルギー王国ゼーレ聖セシーリア吹奏楽団

つづく、「めざめ(The Awakening) 」とコンサ-ト・マ-チ「リオネッス(Leonesse)」の2曲は共作ではなくアッペルモントが独自の作品を書くようになってからの作品。

前者の「めざめ」は、スネアが刻むキビキビとしたミリタリー調のリズムの中に提示されるひとつのテ-マを幾度となく繰り返していく中で発展させていく5分程度の作品。ウィンド・バンドによる完全な音源がない(後日、ファンファ-レ・オルケスト “アドルフ・サックス・アンサンブル” 演奏の “A Tribute to Adolph Sax”というタイトルのすばらしいCDが発売された。Beriato、WSR 007、2000年制作)が、ラヴェルの有名な「ボレロ」と同じ着想(といっても物真似ではない)からインスピレーションを得て書かれたすばらしいコンサート・アイテムで、音楽はワーグナ-のあの「エルザの大聖堂への行列」のように放物線のように盛り上がっていき、演奏効果バツグン。独立して曲を書くようになって、アッペルモントの才能も一気に開花した印象だ。


▲「めざめ」収録CD「A Tribute To Adolphe Sax」

“ア-サ-王伝説” をテーマにしたコンサ-ト・マーチ「リオネッス」も完成品。何といっても「スター・ウォーズ」や「スーパーマン」の音楽を書いたジョン・ウィリアムズばりのカッコ良さがとってもいい。こちらは、スティーヴン・ヴェルハールト指揮、ベルギー王国ヴォメルヘン “デ・エンドラハト” 吹奏楽団演奏の “Forza”というタイトルのCD(Beriato、WSR 004、1999年制作)があるが、これがちょっとC調。多分に指揮者の責任で、演奏を聴いていて「エーイ!! もうちょっと、なんとかセー!!」と言いたくなる箇所があるのだが、すぐにでも映画のサウンド・トラックに使えそうな曲の “カッコ良さ” ゆえについつい何度も繰り返して聴くハメとなってしまった。(その後、このCDは、一日16時間労働というハ-ドな毎日を過ごしている筆者にとって、貯まりに貯まったストレスを思いッきり発散させるために欠かせない “座右の1枚” となってしまった。そして、今日もまた、CDに向かってわめいている。「なんとかセー!!」)


▲「リオネッス」収録CD「Forza」

アッペルモントのプロフィールの最後を飾っていたのは、「ノアの方舟」とトロンボーン協奏曲「カラーズ」の2曲。多くの評者が認めた話題の2曲だ。楽譜はすべてBeriato 社から出版されている。もっともっと彼のことを知りたくなった。

05:卒業試験

2000年の1~4月は、大阪市音楽団(市音)の自主企画CD「ニュ-・ウィンド・レパ-トリ-2000」(大阪市教育振興公社、OMSB-2806)のブックレットの解説ノ-トの執筆をやむなく引き受けたために、関係者に約束した<バンドパワ->の “楽書ノ-ト・ファイル” でのアッペルモントや「ノアの箱舟」の紹介はまったくの手付かず状態となっていた。

ラクガキと違い、ノート執筆はものすごいエネルギーを消耗する。しかも一日の時間の使い方がムチャクチャだったので、顕著な時差ボケが残り、体力の回復にもその後何週間も要した。そして、この間、荒木玉緒(あらき たまお)さんが主宰するブラス・バンド “ヴィヴィッド・ブラス・トーキョウ” のコンサ-トと新録CDのノ-トをやっとのことでお断りしたり、File No.02-06 で触れた市音の「2008年のオリンピック招致活動のためのCD」の話が4月半ばに突如復活して再びドタバタが始まったり、5月4日に「ノアの箱舟」の日本における初演奏を実現された東京の巣鴨学園吹奏楽班のコンサ-ト(File No.04-01 参照)のノート執筆を体力的な理由からお断わりしたりという、精神的にとても疲れる事件がつぎつぎと勃発。トドメに、ことあるごとにノートの執筆をお断わり(ドタキャン1を含む)していた佼成出版社の水野博文さんからも「市音さんのノートは書いて、どうしてウチのノートは書いてもらえないんですか。」とネジ込まれるし……。トホホホホ。

実は、何年間も続編の企画を出さずにいた佼成出版社の「ヨ-ロピアン・ウィンド・サ-クル」も、この年は、ダグラス・ボストック(Douglas Bostock) が新しく常任指揮者に就任するということから絶対に企画を立ち上げないといけない状況に置かれていた。その担当が水野さんというわけだ。エレビ-など、ヨ-ロッパものをいくつも含む市音の新しいCDのノ-トを書いたと聞いて少々お怒りになっていた水野さんの剣幕に負けて、筆者は「ヨ-ロピアン」の企画を5月の終わり頃までに立ち上げることを約束していた。

「しかし、時間がたったおかげでとてもいいレパ-トリ-が集まってますよ。ベルト・アッペルモントの “ノアの箱舟” とか、マ-ティン・エレビ-の “パリのスケッチ” とか、ロルフ・ルディンの “ドルイド” とか….。」といいながら……。

具体的な曲名を聞いて、水野さんは「アッ!! 曲名がいいですね。」と、少し安心された様子だった。そして、「それって “音” あります?」とリクエストがくる。ア~ア。また “地獄の日々” がやってくる……..。

さて、ようやく世間が鳴り静まった7月、やっと「ノアの箱舟」のラクガキをすべく気力が戻ってきた。最初にとりかかったのが Beriato社のベン・ハ-ムホウトス氏への詫び状の発信と、作曲者への質問だった。質問事項は、作曲の経緯や初演デ-タなど。両者とも筆者の置かれていた状況を即座に飲み込んでくれて、すぐに打ち返しがあった。

とくにおもしろかったのが、「ノアの箱舟」が誰かに委嘱されて書いた作品でなく、アッペルモントが曲を書いた1998年当時に学んでいたベルギ-のルーベンにあるレマンス音楽院(Lemmensinstituut)の卒業試験のための課題として書いたという点だった。

レマンス音楽院といえば、そう、この人に尋ねるのがいちばん。早速、アッペルモントの師でもある親友ヤン・ヴァンデルロ-スト(Jan Van der Roost) に連絡をとることにした。彼に連絡をとるのはいつ以来だったかな? 以前は毎週のように連絡を取り合っていたのにと思いながら….。

ヤン、久しぶり。今度、キミのクラスに学んだベルト・アッペルモントの「ノアの箱舟」についてのアーティクルを書こうと思うんだけれど、聞けば、この作品はレマンス音楽院の卒業試験の作品というじゃない。それで、キミにそのあたりのことを教えてもらおうと思って……。(以下、質問事項)

すると、8月に入って打ち返しがきた。

ディア-・ユキヒロ。キミから連絡を受けてどれだけウレシイんだろう。先週、ボクはヨハン・デメイ、フィリップ・スパークのふたりと一緒にフィンランドで開かれた国際バンド・コンテストの審査員をつとめてきたんだ。その間、キミのことが何度も話題に上がった。もちろん、とんでもない忙しさの中でお母さんの介護をしているキミの状況はよくわかっているよ。

さて、質問事項への回答だ。

レマンス音楽院では、バンド指揮者をめざす者は、3年間の在学期間の間にバンドのインストゥルメンテーションとオーケストレーションを学ばねばならない。卒業試験のために、多くの学生は、もとは管弦楽やピアノやオルガンのために作曲されたクラシックの作品1曲を(バンド用に)オーケストレーションするために選ぶ。しかしながら、学生が作曲家である場合は、もちろん、その試験期間に自作品の1つを発表することが許される。ベルト・アッペルモントに起こったように。彼は、ボクの指導下にあったスタディーの中で「ノアの箱舟」を書いた。つまり、作品はすべて彼自身が書いたものだが、ボクはいくつかのヒントやアドバイスを与えたということを意味している。発表に先立つリハーサルの期間中、レマンス音楽院シンフォニック・バンドの学生たちは、彼の作品に熱狂していたし、演奏することをエンジョイしていた。また、ベルギーのベテラン作曲家ヤン・セヘルス(Jan Segers)を含む審査員たちもポジティブな評を下して、彼にバンドのために曲を書き続けることを薦めることになった。(8月6日付)

「ノアの箱舟」は、こういう状況で発表されたのか。それにしても、ベルギーにはこんな音楽院があるんだな。うらやましい限りだ。

Thank you so much 。いつもながらのヤンの丁寧な返答に感謝しながら、再び、「ノアの箱舟」のスコアを開いていた。

06:箱舟伝説

ベルト・アッペルモントの「ノアの箱舟」は、そのタイトルのとおり、聖書に出てくる有名な “ノアの箱舟” のストーリーを題材にした作品で、連続して演奏される4つの音楽からなっている。曲全体の導入部を構成する第1曲 “お告げ” は、ノアが “箱舟” を作るようにとの神託を授かる場面の音楽で、マエストーソ、テューバのロングトーンに乗ってトランペット(もしくはコルネット)がまるで “神が何かを告げている” かのようにテーマを歌いだし、それにユーフォニアムが呼応して始まる。作曲者の師ヴァンデルローストゆずりの節まわしが顕著に聴かれるこの部分は、わずか18小節で終わり、それに続いてまったく気分が違う第2曲 “動物たちのパレード” が始まる。ピウ・モッソ~メノ・モッソ~アンダンテと展開するこの音楽は、ノアの呼び掛けに応えて、動物たちが三々五々集まってくる場面の音楽で、動物たちの歩みが楽しげであり、ユ-モラスでもある。(それにしても、今も昔も “人間たち” はどうして……..。)

つづく、プレスト・フリオーソの第3曲 “嵐” はこの曲のハイライトだ。 “お告げ” にあった嵐と大洪水の場面を表現した一種の描写音楽で、シンセサイザーもしくはウィンド・マシーンなどを使っての “暴風” が吹き荒れ、音楽も荒れ狂う。しかし、その表現手法はコンテンポラリー・ミュージックのそれではなく、まるでハリウッドの冒険映画のスクリーン・ミュージックであるかのようなオーケストレーションとなっている。かのジョン・ウィリアムズの「E.T.」や「インディ・ジョーンズ」の音楽のように。

音楽をしめくくる第4曲 “希望の歌” は、嵐を乗り越えたノアや動物たちが水の引いた大地に戻って新しい生活をはじめる場面の音楽。アダージョでクラリネットが “希望” のテーマを歌いだし、再建への槌音はバンド全体へと広がっていく。やがて、第1曲のテ-マが戻ってきて、まるで “昔むかし、こんなことがありましたとさ” と語りべが語っているように、音楽は忘却のかなたへと消えていく。このあたり、師のヴァンデルローストの大の親友であるオランダの作曲家ヨハン・デメイ(Johan de Meij) の交響曲第1番「指輪物語(The Lord of the Rings) 」の第5楽章 “ホビットたち(The Hobbits)” に共通するアイディアが使われている。

聖書によると、ノアや動物たちを乗せた “箱舟” は、何日も続いた嵐が過ぎ去った後、アララト(Ararat)という場所に漂着したという。


▲アララト山

そして、現実の世界でも、トルコのアララト山(現在はトルコとイランの紛争地帯となっているために立入り禁止)の山中で、トルコ軍の調査隊が “舟” のかたちをした巨大な木造構造物を発見したというニュ-スが世界を駆けめぐり、写真も公表され、さらにアメリカでも “大きな舟の形状をしたもの” の存在を航空写真で確認したと報じられて大騒ぎとなったことがある。いつも外国の地名をチェックするときに使っている世界的に著名な地名辞典 “ニュー・ウェブスタ-地名辞典(Webster’s New Geographical Dictionary)” を見ても 、”Ararat” の項目に “ノアの箱舟の伝説上の漂着場所(legendary landing place of Noah’s Ark)”という記述があって本当にビックリさせられる。この作品のテ-マは、キリスト教世界に生きる人々にとってそれほど身近な存在なのだ。そして、その伝説的スト-リ-をさらに身近にし、理屈なく楽しませてくれる作品、それがアッペルモントの「ノアの箱舟」というわけだ。


▲ライフマガジン 1960/9/5号より

はじめてこの曲を耳にしたときから思っていたが、この音楽は、映画やテレビ・ドラマなどのビジュアル用のバック・グラウンド・ミュージックとしても使えるかも知れない。聴けば自然と “映像” が浮かんでくるからだ。そして、聴く回数を重ねるごとにイメージはどんどん脹らんでいく。また、各シーンのメロディーが耳に残るのもポイントだ。

作曲者のアッペルモントは、現在 “映画とテレビのための音楽デザイン” の修士号をとるべくロンドンに留学中だ。さもあらん。ウィンド・ミュージックのジャンルで初めて名前を知ったこの作曲家は、ひょっとすると、近い将来、映画音楽のシ-ンでも名前を知られるようになるかも知れない。そんな予感がする。

2000年は、佼成出版社の「ヨ-ロピアン・ウィンド・サークル」第5集(KOCD-3905)のレパ-トリ-としてこの作品のレコ-ディングを提案し、ダグラス・ボストックの指揮による東京佼成ウィンドオ-ケストラの演奏で、国内初レコ-ディングも実現できた。聞くところによると、今、多くのバンドがこの作品の演奏準備に入っているという。そして、今度手にした新作「ガリバー旅行記(Gulliver’s Travels)」も、2001年2月に大阪市音楽団によるレコ-ディング(CD:大阪市教育振興公社、OMSB-2807 /2001年4月発売予定)が決定した。ベルト・アッペルモント。若く煌めく才能に乾杯!


▲パリのスケッチ/Paris Sketches/東京佼成WO

07:出版楽譜の注意点

アッペルモントの「ノアの箱舟」は、1998年に作曲されたオリジナルのウィンド・バンド版(Version I )につづいて、演奏者のリクエストに応えて1999年にファンファーレ・オルケスト版(Version II )も作られた。両者は基本編成が違う(File No.04-01 参照)ので、両版のオーケストレーションも自ずから違う。使われている楽器名がたとえ同じであっても基本的にパ-ト譜は別物と考えた方がいい。また、それ以上に、各国で使われている楽器編成が違っているという世界的なバンド事情に対応するために出版された楽譜には様々な種類のパート譜がセットされている。両版の違いも含めて、興味深いいくつかのポイントを列挙してみた。

・トランペット-コルネット

<Version I >ウィンド・バンド版
いずれの楽器を使うかについて、作曲者の明確な指示はない。国によって多少事情は異なるが、ヨーロッパでは、トランペット奏者と同じ数のコルネット奏者を揃えているバンドが主流なので、できれば、キャラクターの異なる両方の楽器を揃えてダブル・キャストで演奏したい。使用楽器について指揮者は明確な指示を出す必要がある。
<Version II >ファンファーレ・オルケスト版
ウィンド・バンド版と事情はほぼ同じ。

・ホルン

<Version I >ウィンド・バンド版
“F French Horn” と “E♭ Horn”の2種類のパ-ト譜がセットされているが、これは国によって使われている楽器が違うことに対応するためで、たいていのバンドにフレンチ・ホルンが揃っている日本の場合、それ以外にE♭ホルンを準備する必要はない。
<Version II >ファンファーレ・オルケスト版
“F Horn”と “E♭ Horn”の2種類のパ-ト譜が用意されている。事情はウィンド・バンド版と同じ。

・トロンボ-ン

<Version I >ウィンド・バンド版
低音部記号(ヘ音記号)の “C Trombone I 、II ” 、および “C Bass Trombone” の他に、高音部記号(ト音記号)の “B♭ Trombone I 、II 、III ” のパート譜がセットされているが、これもホルンと同じ事情なので、調の異なる楽器を2種類用意する必要はない。
<Version II >ファンファーレ・オルケスト版
低音部記号の “C Trombone I 、II 、III ” の3パ-トだけがセットされている。

・ユ-フォニアム

<Version I >ウィンド・バンド版
低音部記号の “C Baritones” 、低音部記号の “B♭ Baritone/Euphonium”、高音部記号の “B♭ Baritone/Euphonium”の3種類のパート譜がセットされているが、これもホルンやトロンボーンと同じ事情による。たいていの日本のバンドの場合、低音部記号の “C Baritones” のパート譜だけでこと足りる。楽器名の表記がいかにも紛らわしいが、この楽曲の低音部記号の “C Baritones”のパート譜の場合は “伝統的” にアメリカの出版社の多くが “Euphonium”パートを “Baritone” と表記してきた慣例に従っている。
<Version II >ファンファーレ・オルケスト版
ウィンド・バンド版と異なり、楽譜に表記されている “Baritone” は “Euphonium”のことではなく、ヨ-ロッパ・スタンダ-ドでは別々の楽器であるバリトンとユーフォニアムはそれぞれ独立した別のパートとなっている。この版のために新たに作られた高音部記号の “Baritone I -II ” 、低音部記号の “Euphonium I -II ” 、高音部記号の “Euphonium I -II ” の3種類のパ-ト譜がセットされており、バリトンはそのまま、ユーフォニアムは国によって高音部・低音部のいずれかのパ-ト譜を使うことになる。 “Tenor Tuba” の使用も考慮されている。

・テュ-バ(バス)

 

<Version I >ウィンド・バンド版
低音部記号の “C Basses”、低音部記号の “E♭ Basses”、高音部記号の “E♭Basses” 、低音部記号の “B♭ Basses”、高音部記号の “B♭ Basses”の5種類のパ-ト譜がセットされているが、これも事情は同じ。たいていの日本のバンドでは、低音部記号の “C Basses”だけでこと足りるが、2種類のバスが使われている “ブラス・バンド” の楽器編成の利点が理解されるようになってきた昨今、奏者が3人以上いる場合、主にオ-ケストラで使われるロ-タリ-・システムのテュ-バだけでなく、B♭やE♭のピストン・システムのバスを加えて(たとえ同じ音を吹いている場合でも)低音部のサウンドをさらに豊かにする試みが各地で行なわれるようになっているので、その場合これらはすぐにパ-ト譜として活用できる。
<Version II >ファンファ-レ・オルケスト版
ウィンド・バンド版と異なり、E♭とB♭が独立したパ-トとなっている。ファンファ-レ・オルケスト版のために新しく書かれた低音部記号の “E♭ Basses”、高音部記号の “E♭ Basses”、低音部記号の “B♭ Basses”、高音部記号の “B♭ Basses”の4種類のパ-ト譜(このうち2種類を使用)のほかに、ウィンド・バンド版の “CBasses” のパ-ト譜も編成の違う国での演奏に備えてセットされている。

・ハ-プ

<Version I >ウィンド・バンド版
出版されているセットには、パ-ト譜がセットされているが、スコアには、パート名 すら印刷されていない。
<Version II >ファンファーレ・オルケスト版
この版からは完全に省かれている。これは、ベルギーやオランダで村のバンドとして発展し、ウィンド・バンド以上にポピュラーになっているファンファーレ・オルケス トの多くがハープを備えていないことによる。

・シンセサイザー or ウィンド・マシーン

<Version I >ウィンド・バンド版
第3曲「嵐」の最初の部分(72小節)から 172小節まで効果音として使われるが、オプション扱い。このいずれも使用できない場合は、クラリネットと金管楽器に、 “全員で手でカップを作って(ベルにかざして)息や口笛を楽器に吹き込むようにして、風の音を真似るように” との指示がある。しかしながら、手空きの箇所をのぞき、実際に音符が出てくると指示どおりにすることは不可能なので、指揮者はどの部分までこの “暴風の効果音” を使うかはっきりと指示を出す必要がある。
<Version II >ファンファーレ・オルケスト版
この版からは完全に省かれている。その代わり、 “すべての金管楽器奏者は、手でカップを作って(ベルにかざし)息や口笛を楽器に吹き込むようにして、風の音を真似るように” との指示がある。指揮者の留意点はウィンド・バンド版と同じ。

■樋口幸弘の「ウィンド楽書(ラクガキ)ノ-トファイル」File No.03 『ロバート・W・スミス:イーグルの翼にのって』

ロバ-ト・W・スミス:イ-グルの翼にのって
~アワー・シチズン・エアメン~
ON EAGLE’S WINGS(Our Citizen Airmen) (Robert W.Smith)

01:作品ファイル

[作曲年]1998年

[作曲の背景]
アメリカ・ジョ-ジア州のワーナー・ロビンズ空軍基地を本拠とするアメリカ空軍エア・フォ-ス・リザ-ヴ・バンド(The Band of the U.S.Air Force Reserve) と同隊長のN・アラン・クラ-ク大尉(Captain N.Alan Clark) の委嘱により、アメリカ合衆国予備空軍(エア・フォ-ス・リザ-ヴ)の50周年を祝うと同時に同記念CDのオ-プニング・セレクションを飾る作品として作曲。1998年1月に完成。

[編成]
Piccolo
Flutes (I、II)
Oboes (I、II)
B♭ Clarinets (I<div.>、II、III)
B♭ Bass Clarinet
E♭ Contrabass Clarinet
Bassoon <div.>
E♭ Alto Saxopones (I、II)
B♭ Tenor Saxophone
E♭ Baritone Saxophone
B♭ Trumpets (I<div.>、I、III)
F Horns (I、II、III、IV)
Trombones (I<div.>、II、Bass)
Euphonium
Tuba <div.>
String Bass
Timpani
Mallet Percussion (Tubular Bells、Xylophone )
Percussion (Snare Drum、Bass Drum、Suspended Cymbal、Clash Cymbals)

[楽譜]
1999年、アメリカのBelwin-Millsが版権を取得し、Warner Bros.から発売。図版番号は、BD9920C。
https://item.rakuten.co.jp/bandpower/set-9763/

[初演]
1998年2月11日、アメリカ・ジョ-ジア州メ-コンのメ-コン・シティ・オ-ディトリアムで行なわれたアメリカ空軍エア・フォ-ス・リザ-ヴ・バンド(前記 “作曲の背景” を参照)の演奏による “アメリカ合衆国予備空軍50周年” を記念するCD「Our Citizen Airmen」(BAFR50CD/非売品)のレコ-ディング・セッションにおいて。指揮は、隊長のN・アラン・クラ-ク大尉。日本では、2000年2月4日、兵庫県尼崎市の尼崎市総合文化センタ-(アルカイックホ-ル)で行なわれた堤 俊作指揮、大阪市音楽団演奏による大阪市音楽団自主企画CD「ニュ-・ウィンド・レパ-トリ-2000」(大阪市教育振興公社、OMSB-2806 /2000年4月25日発売)のレコ-ディング・セッションが初演奏となる。

【ロバ-ト・W・スミス/Robert W.Smith】


1958年10月24日、米アラバマ州南東部のフォ-ト・ルッカ-に生まれた。1979年、アラバマ州トロイのトロイ・ステ-ト大学で音楽学士号を取得し、1990年、フロリダ州マイアミのマイアミ大学で音楽修士号を取得した。トロイ・ステ-ト大学時代には故ポ-ル・ヨ-ダ-に、マイアミ大学ではアルフレッド・リ-ド、ジム・プログリスに師事した。すでに 300曲以上の作品があるが、ウィンド・バンドのジャンルだけでなく、ヘンリ-・マンシ-ニやデ-ヴ・ブル-ベックらの音楽のオ-ケストレ-ションを手がけるなど、コマ-シャル・ミュ-ジックの分野でも幅広く活躍。スミスがオ-ケストレ-ションを施した映画音楽の中には「ロッキ-」「スタ-・トレック」「ボディ-・ガ-ド」などの話題作が含まれている。現在は、ヴァ-ジニア州ハリスンバ-グにキャンパスがあるジェ-ムズ・マディソン大学で教鞭をとり、1996年のアトランタ・オリンピックのためのオリジナル音楽を手がけるなど、多岐にわたる方面で活躍がつづいている。

02:ヒント

2000年1月、大阪市音楽団から自主企画CD “ニュ-・ウィンド・レパ-トリ-2000” (大阪市教育振興公社、OMSB-2806)の収録曲のスコアが届いた。昼間の仕事を終えてから、早速、スコアのチェックに入る。このときまでにすでに買って持っていた酒井 格の「大仏と鹿」とマ-ティン・エレビ-の「新世界の踊り」の2曲を除いた残りの作品のスコアは、この日はじめて見るものばかりだ。

スコアを手にして最初にチェックすることは、まず “作曲者や作品についてどんなことが書かれているか” ということ。作品のバック・グラウンドを知ることは、ノ-トを書く立場の人間にとって最も重要なことだからだ。しかし、こちらが必要とする情報がスコアの上にすべて印刷されているとは限らない。ノ-トがまったくない場合もけっこう多い。従って、たいていの場合、この作業は “これから何を調べないといけないか” のチェックということになる。(その後、スコア・リ-ディング~アナリ-ゼ~執筆となる。)

ロバ-ト・W・スミスの「ON EAGLE’S WINGS」のスコアの表紙には、つぎのような献辞があった。

Commissioned by
Captain N.Alan Clark and the Band of the U.S.Air Force
Reserve in Celebration of the
50th Anniversary of the U.S.Air Force Reserve

なるほど、 “The U.S.Air Force Reserve の50周年を祝っての委嘱作品というわけか”
と、まずは、作曲に至った理由を押さえる。つづいて、作曲者スミスの署名がある短かいプログラム・ノ-トを読むと、こうあった。

「ON EAGLE’S WINGS (Our Citizen Airmen) は、その50周年を祝ってThe U.S.Air Force Reserve への感謝の印として作曲された。N・アラン・クラ-ク大尉とThe Band of the U.S.Air Force Reserve(ワ-ナ-・ロビンズ空軍基地、ジョ-ジア州)により委嘱され、作品はコンサ-トのオ-プナ-として、また、Our Citizen Airmenとタイトルが付けられた彼らの記念コンパクト・ディスクのためのオ-プニング・セレクションとして書かれた」

以上、プログラム・ノ-トには一見かなりの情報が入っているように思える。しかし、よく読んでみると、日本語ノ-トに必要な部分が不足していることがわかる。疑問部分を挙げてみると、

(1)The U.S.Air Force Reserve とは何?
(2)その50周年とは “いつ” ?
(3) “いつ” 作曲されたのか?
(4 初演されたのは “いつ?””どこで?””どんな機会に?”
(5)初演時の演奏バンドは?、指揮者は?
(ふつうは委嘱した者が初演の栄誉を担うが、ときたま違うケ-スもある)
(6)”Our Citizen Airmen”というCDは、どんなCDなのか?その “オ-プニング・セレクションとは?”

少なくとも以上を確認できないと、ノ-トなど書けやしない。作曲者のスミスは、ウィンド・ミュ-ジックのフィ-ルドだけの作曲家ではない(というより、それ以外のジャンルでの活動が中心)ので、多忙のときはまったく音信不通になってしまう。時間内に返答がこない可能性はあったが、早速スミスにコンタクトを試みる。と同時に、プログラム・ノ-トに書かれてある情報を手がかりに独自の調査もはじめることにした。

まずは作曲のきっかけを作った(1)についてだが、日本人にとってまったく馴染みがない組織だけに、それが一体どういうものなのかを大掴みできないうちは、どんどんと前に進んでいくわけにはいかない。しかし、この曲は “アメリカ” で出版された “アメリカの作品” だけに、作曲者の書いたプログラム・ノ-トでも、 “アメリカ人にとって一般常識的な事柄” についての説明は見事なぐらい省略されている。(1)に関しても、所在地以外はまったくノ-・インフォメ-ションだった。

アメリカ空軍には、”The U.S.Air Force Band,Washington,D.C..”(日本でもおなじみの”アメリカ空軍ワシントンDCバンド” )のほかにもいくつかバンドがあり、自主制作のCDやカセット(いずれも非売品)は、いずれも各バンドで独自に作られている。早速、”何かヒントがあるのではないか” と思って、手持ちのCDやカセットをガサゴソやってみた。すると、 “A Time of War… A Time of Peace” というタイトルの、かなり前にシカゴのミッド・ウェスト・バンド・クリニックでゲットした1枚のCDが目にとまった。演奏しているバンドは “The Command Band of the Air Force Reserve”。スミスのプログラム・ノ-トに書かれているバンド名とよく似ているが、全く同じというわけではない。しかし、”Air Force Reserve” という文字は同じだ。そこで、CDジャケットの写真を目を凝らして見ると、モスクワのクレムリン宮殿をバックにロシア陸軍中央軍楽隊と “The Command Band of the Air Force Reserve”(このCDの演奏者)が並行して整列し、アメリカ側の少なくとも前3列はスコットランド伝統のキルトの制服を身にまとったアメリカ空軍のバグパイプ鼓隊、という構図の写真だ。

▲”A Time of War…A Time of Peace”

写真は、冷戦終結後の1992年5月にモスクワの “赤の広場” で行なわれた “平和の勝利のパレ-ド” の際の撮影。ブックレットの説明によると、このバグパイプ鼓隊 “The Air Force Reserve Pipe Band”は、アメリカのミリタリ-・バンド組織の中で、唯一、常時演奏任務を与えられている正規のバグパイプ鼓隊だそうで、このCDでも2曲、物真似でない見事な “スコットランド風” の演奏を聞かせてくれる。

“アメリカにもこういうグル-プがあるんだ” と思いながらも、そのとき、筆者にとって重要なことは “このCDの演奏者とスミスに作品委嘱をしたバンドに関連が有るのか無いのか” ということだった。そこで、何げなく写真に写っているバグパイプ鼓隊のバス・ドラムに描かれているマ-クを見ると、一部が楽器に隠れて見えないが、それでも “….ATES AIR FORCE RESERVE” “…IPE BAND” という文字とともに “…OBINS AIR FORCE BASE” “GEROGIA”という文字がハッキリと確認できた。ここまで読めたらもう問題ない。このバグパイプ鼓隊は “ユナイテッド・ステ-ツ・エア・フォ-ス・リザ-ヴ・パイプ・バンド、ロビンズ・エア・フォ-ス・ベ-ス(空軍基地)、ジョ-ジア(州)” と書かれたバス・ドラムを使っているバンドだった

バンド名に使われている文字に多少の違いはあるが、もう間違いない。アメリカ空軍のバンド組織は90年代に大きな組織改編が行なわれたので、恐らくはそのときに同時に改名が行なわれたのだろう。このCDの演奏者とスミスに作品委嘱をしたバンドは、同一のバンドか、少なくとも同じ系譜にあるバンドだった。プロフィ-ルによると、43名編成で、プレイヤ-は全員 “正規の空軍のミュ-ジシャン” とのこと。 “エア・フォ-ス・リザ-ヴ” を名乗りながら、実質、アメリカ空軍のバンドということになる。このCDができあがった1992年当時で “50年” の歴史をもつという記述から、バンド誕生は第2次大戦中の1942年頃ということになる。

ここまできて、つぎに軍事関連やアメリカの資料を漁っていくと”Air Force Reserve/エア・フォ-ス・リザ-ヴ” は、その文字通り “予備空軍” であることがわかってきた。つまり “戦争などの緊急事態に際して、国内基地所属の航空隊に海外出動命令が下ったときなどに、普段は市民生活をおくっている空軍OBのパイロットなど、予備役を召集し、アメリカ本土防衛上の軍事的空白を生じさせないために本来の所属部隊が留守中の基地や人員を必要とする部署へ短時間のうちに展開させる” ことを目的のひとつに掲げる空軍組織で、本拠とする訓練基地(コマンド部隊を併設)をもち、航空機などの機材や装備を常備して有事に備えている(後発部隊として現場へ投入されることもある)。第1次大戦の国防意識の高まりの中に誕生し、古くは単に “パイロットを養成したり、趣味のために飛ぶ” ことが目的の民間の “飛行クラブ” のような形態をとっていたこともあるが、プロペラ機の時代ならいざ知らず、ジェット機が主流となる時代にそんな “のどかなこと” はやってはいられない。第2次大戦が終了したつぎの年の1946年7月1日には、テネシ-州メンフィスで戦後初の訓練飛行が実施され、1948年4月14日、正式に “アメリカ合衆国予備空軍/The United States Air Force Reserve”となった。この組織は、直後に起こった “朝鮮戦争(Korean War)”でさっそく機能し、最近では “湾岸戦争”(英語だと “The Persian Gulf War/ペルシャ湾戦争” という)のときにも、国防上大きな貢献をしたとされている。

組織全体の “正式発足” よりバンドの方が6年ほど前(1942年頃)にスタ-トしているが、当時は戦時下。すべてのことが各現場のおかれている状況や要望で臨機応変に動く。その結果、1992年当時のバンド名に “United States/アメリカ合衆国の” が入っていないのも、 “Air Force Reserve”当時にバンドが配置された “名残り” で、近年の組織改編のときに “正規のもの” に落ち着いたと考えると納得がいく。やっと全体像が見えてきた。

そこで、音楽に立ち戻ってスコアのコピ-ライト・ラインをチェックすると、1999年にベルウィン=ミルズ(Belwin-Mills Publishing Corp.) 社が著作権を設定している。スミスが書いている “アメリ合衆国予備空軍50周年” は、おそらく、この組織が正式に発足した1948年から50年を数えて “1998年” だろう。すると、スミスの多忙ぶりから推し量って”作曲は1998年か、それより少し前” だろう。

ここまでの下調べを終えて、あとはスミスからの返信を待つだけとなった。

03:イ-グル

2000年2月4日(金)の大阪市音楽団(市音)によるレコ-ディングも無事終了し、やがて月半ばを過ぎようとしていたが、作曲者スミスへ出した質問状の回答はまだだった。

市音プログラム編成委員の方々の “ねばり”(File No.02参照)に遇って、その解説ノ-トを書かねばならなくなった筆者としては、正直いうと心中穏やかではなかったが、この曲以外の調査~執筆も平行して行なわねばならなかったので、 “回答が来る頃には他の曲の部分は出来上がっているだろうし、それからこの曲に集中すればいい” ぐらいに考えていた。

実際、当時は、夜9時ごろに仕事の後始末を終え、ス-パ-に買い出しに行って食事をとってソファ-で仮眠。そうすると午前2時から2時半ぐらいに目が開くので、午前6時ぐらいまで(どういうわけかこの時間は頭がクリア-に冴えているので)ノ-トの調査・執筆や海外との連絡をこなし、6時半には始業準備に入って、その後、実家の客商売と母親の看病、という毎日を過ごしていたので、ノ-ト執筆に使える “時間” には物理的リミットがあった。そんなわけなので、一度に情報が集まったところですぐに処理できるわけでもなく、 “返答がこない” ことについては気にはなってはいたが、その時点における最優先事項というわけでもなかった。

また、このとき、収録曲の曲名を日本語にする作業において、実は簡単に解決できそうにない大きな難問にぶつかっていた。CDやブックレットを実際に制作する現場からは、「 “ノ-ト” はあとで結構ですので、まずは “曲名” だけ先にください。」という要望が市音を通じて来ていたが、筆者は「そんな約束はしていない。曲の中身がたいへんデリケ-トな民族的問題を含んでいる可能性があり、あらゆる手はつくしているがアルファベットの曲名も “何語” なのか確認できず、したがって発音も不明なのでカタカナにすらできないものがある。中身や言語がはっきりと確認できるまで待ってほしい。適当に訳した日本語曲名など、渡すわけにはいかない。」と応酬していた。

問題になっていたのは、後に「シリム~クレズマ-・ラプソディ」と訳すことができたピ-ト・スウェルツの “SHIRIM~A Krezmer Rhapsody” 。おもしろいことに、このタイトルに関しては、作曲者や出版社も語学上の問題を完全に把握・処理しているわけではなかった。この曲名を日本語にするために必要な資料は大きな図書館にも系統だって揃ってなく、結局、語学書、宗教書、旅行書など、結構高い本を新たに6冊も買うハメになった。エラい出費だ。外国盤だと、曲名は楽譜どおりのアルファベットだけで処理できるのに….。(File No.02)

一方、スミスのこの作品の日本語曲名を決める作業は、他の曲に比べてそんなにやっかいなことではなかった。市音のプログラム編成委員が訳した仮題(File No.02-参照)は「鷲の翼に」。初めてこの仮題を見たとき、 “鷲の(EAGLE’S)”も “翼(WINGS)” も和訳としては問題ないが、”ON”を “に” と訳していることには “何か曖昧な感じがして、オリジナル・タイトルとニュアンスが違うのでは” と感じた。また、全体としては、ジェット機時代の音楽のタイトルとしては “スピ-ド感” がなく、結構カッコいい曲なのに日本の戦時歌謡の曲名のようなイメ-ジがつきまとってしまうと思った。


▲“星条旗”と“白頭鷲”がデザインされたCD「I AM AN AMERICAN」

それでは、どうしよう。最初にこの曲のタイトルに使われている “EAGLE”だが、アメリカ合衆国で “EAGLE”と言えば、まずは国の紋章に使われている “はくとうわし” をさす。つまりこの曲名にある “EAGLE’S”は、意訳につとめると “アメリカ合衆国の” という意味を含む。そのあとに出てくる “WINGS”は文字通り航空機の “翼(つばさ)” もしくは “空軍の飛行大隊””パイロット記章” などなど、ときには派生して “空軍” それ自体を示す意味合いで使われることもある。従って、 “EAGLE’S WINGS”は “アメリカ合衆国空軍” を実際の言葉のウラに含んだネ-ミングであることがわかる。しかし、”EAGLE’S” を “アメリカの” もしくは “アメリカ合衆国の” と意訳してしまうと、音訳の “オン・イ-グルズ・ウィングズ” から遠く離れてしまう。できるだけ原題のイメ-ジを残すために “EAGLE’S”は “アメリカ合衆国” をシンボライズする象徴そのものを扱っているのだからそのまま直訳して “イ-グルの” とし、”WINGS” はより一般的な “翼” を使うことにした。すなわち”イ-グルの翼” 。漢字をひとつ減らすだけで随分とイメ-ジが変わった。残る “ON” は英和辞典やら英英辞典などから “~にのる” という用法を引っ張りだしてきた。

最終的にCDに使われた「イ-グルの翼にのって」という日本語曲名は、こうして完成した。 “翼” は “よく” ではなく “つばさ” と読んでほしい。大空にはばたく航空機のイメ-ジやスピ-ド感を多少なりとも残すことができていれば幸いだ。後日、市音プログラム編成委員の延原さん(File No.02参照)から「あのタイトル、結構気に入ってますよ。」と聞いて、まずは責任を果たせのではないかと安堵している。

余談ながら、アメリカには “イ-グル”(ボ-イング・マクドネル・ダグラス F-15/航空自衛隊も導入)という名前の戦闘機が実際に存在するが、スミスがそれを特定してネ-ミングをしたわけではないことは、作曲の “経緯” を綴ったプログラム・ノ-ト(FileNo.03 参照) の中で何も触れていないことから考えても明らかだ。かすかに引っ掛けてある可能性は否定できないが….。

また、アメリカをシンボライズして “EAGLE”を曲名に使った例は他にもいろいろある。筆者の大好きなマ-チ、ジョン・フィリップ・ス-ザ(John Philip Sousa) の「無敵の鷲(The Invincible Eagle)」もそのひとつ。この曲もLP時代に「無敵の荒鷲」という、今では信じられないような日本語曲名でレコ-ドが発売されていたことがあった。現在のそれと違う点は、わずかに “荒” という字が有るか無いかだが、これが一文字入るだけで曲名の日本語から受けるイメ-ジがガラッと変ってしまうからたいへんだ!! “荒鷲(あらわし)” は、今日ではほとんど死語に近いが、太平洋戦争当時には、日本軍の航空部隊もしくはその搭乗員を示す “代名詞” としてマスコミ紙上でさかんに使われていた。 “ブンブン荒鷲、ブンと飛ぶぞ~” という歌詞でさかんに歌われた戦時歌謡もあったぐらいだ。たぶん「無敵の荒鷲」という曲名が印刷されたLPを発売した関係者の中に戦中派スタッフがいらっしゃったのだろう。筆者も、学生時代、まったく疑うことなく「無敵の荒鷲」という曲名を鵜呑みにしていたが、あるとき、この曲の作曲の経緯と曲名に使われている “EAGLE”の本当の意味を知ったときに、「いったい何だ!! コリャ!?」とビックリ仰天してしまったことがある。それ以来、「無敵の鷲」を使うように努めたが、周囲には「無敵の荒鷲」を使う人がウジャウジャ。かくいう筆者も若い時代に頭の中にこびり付いてしまっていた「無敵の荒鷲」を消去するのにものすごいエネルギ-を必要とした。市音プログラム編成委員の仮題「鷲の翼に」を最初に見たときに、まるで “戦時歌謡の曲名” のようだと感じた理由も、以上の説明でご想像いただけよう。

この国では、単なるカタカナ化の作業も含めて、 “外国産” のものはすべて日本語に置き換えないと一般化できない。その結果、 “何年も学校で習ったはずなのに英語が話せない” “アルファベットをそのまま取り込めない” などなど、インタ-ネット時代にひとり日本だけが “取り残されがち” な理由の一端も実はここにある。音楽の曲名とて例外でない。それだけに、日本語曲名を作らねばならない場合には、よほど慎重な作業と、アルファベットで示されているオリジナルに含まれているさまざまなファクタ-を尊重する “真摯な態度” が必要だろう。 “思い込み” や “知ったかぶり” は絶対にいけない。近年、われわれの世界でも、あたかも映画の邦題のような “ウケ” を狙ったとしか思えない(それからオリジナル・タイトルが想像できなかったり、実際にもとに戻すことが不可能な)日本語曲名を見かけるようになった。一度ひとり歩きを始めた “曲名” は、それが明らかに誤ったイメ-ジを伝えていると判明してからもなかなか修正できない。要注意!!

▲「イーグルの翼にのって」が紹介されているWarner Bros./Belwinカタログ表紙

さて、そんな作業を繰り返しているうちに、2月も終わりに差し掛ってきた。しかし、スミスは何も打ち返してこない。もういけない。最初から “最後はそうしよう” と考えてはいたが、ここはアメリカ空軍の機動力を頼りにすることにしよう。そう思った筆者は、スミスに宛てた質問とほぼ同じ内容のメッセ-ジをワシントンDCのボ-リング空軍基地内、アメリカ空軍ワシントンDCバンドの広報官(Director of Public Affairs)のダナ・L・スタインハウザ-(Chief Master Sergeant Dana L.Steinhauser)宛てに発信した。”作曲者が多忙のようで返信がデッドラインに間に合いそうもない” と添え書きして。

相手先の事務所には、それこそ世界中から毎日膨大な数のメッセ-ジや照会、出演依頼などが届く。できれば、そんな先に煩わしい質問など送って相手の仕事を増やしたくなかったが、「何でも連絡してくれ。」と言われていた言葉だけを頼りに今回は無理をお願いすることにした。ジョ-ジア州にあるという “The Band of the U.S.Air Force Reserve”のアドレスなどを調べている時間的余裕ももう無かったし……。

04:新たな疑問

アメリカ空軍の “機動力” は想像以上にスゴかった。2月29日早朝(日本時間)に、ワシントンDCのボ-リング空軍基地内 “アメリカ空軍ワシントンDCバンド” の広報官に送られた筆者の “質問状” は直ちにジョ-ジア州ロビンズ空軍基地の “The Band of the U.S. Air Force Reserve” に転送され、3月1日付けで、 “アメリカ予備空軍” の名をもちながら “アメリカ空軍” に所属する人員で構成される同バンドの広報担当者ビル・グランジャ-(SSgt Bill Granger) からつぎのような回答がFAXで届いた。

「質問にある作品 “On Eagle’s Wings – Our Citizen Airmen”は、1998年のアメリカ合衆国予備空軍50周年を祝賀する栄誉を担う the Band of the United States Air Force Reserve によって委嘱された。それは、1998年1月にロバ-ト・W・スミスによって作曲され、1998年2月11日、ジョ-ジア州メ-コンのメ-コン市オ-ディトリアムでバンドのコマンダ-でありコンダクタ-の Captain N.Alan Clark の指揮のもと、The Band of the United States Air Force Reserve により初めての演奏が行なわれた。..(後略)」

“ほぼOKだ” 。この回答で上記した疑問点(2)~(5)のすべてのポイントがクリア-になった。残るは “Our Citizen Airmen” というタイトルの非売品のCDに関する(6)だけだったが、これは他のポイントに比べて少々掘り下げすぎかも知れないので場合によっては省略も可能だ。とはいうものの、できればクリア-にしておきたい。前記の回答につづいて “CD送付のための住所の確認” と “市音のCDが出来上がったらバンドへ送ってほしいという要望” が書かれていたので、早速 “お礼状” を打ち返し、それには “お互いのCDを交換できる喜び” を記しておいた。うまくいけば(6)もCDノ-トの “校了” 時点までには判明するかも知れない……。

そして、筆者は直ちに “さくら銀行吹奏楽団” の超有名吹奏楽人、井上 学(いのうえ まなぶ)さんに電話を入れた。実は、アメリカ空軍に “S.O.S.” を送る以前に、同吹奏楽団が第6回定期演奏会(3月25日<土>、東京・お茶ノ水スクエア “カザルスホ-ル” )に “アメリカ空軍バンド・オブ・ザ・パシフィック=アジア(The United States Air Force Band of the Pacific-Asia / “さくら銀行吹奏楽団” のプログラムでは<太平洋音楽隊>と表記されていた)”のコマンダ-&コンダクタ-、ディ-ン・L・ザムビンスキ-大尉(Captain Dean L.Zarmbinski)を客演指揮者に招いているという情報をキャッチしていたので、ひょっとするとこの人物ならば、空軍同士なので”Air Force Reserve の50周年” を知っていたり、”Our Citizen Airmen” というCDを持っているのではないか(持っていたら、”インレ-・カ-ド” や “ブックレット” に何が印刷されているか教えてもらおう)と思って、井上さんに “一度、尋ねてもらえませんか?” と頼んでいたからだ。ノ-トを引き受けた以上、考え得る手はすべて打たねばならない。スミスの返答を待つ間も、ただただ手をこまねいていたのではなかったわけだ。

さて、電話に出た井上さんにこちらからも “S.O.S.” を送って “打ち返し” があったことを伝えると、「あっそう。よかったですね-。こっちの方も頼まれたことやっとき(やっておき)ましたよー。ただ、本人がしばらく不在ということなんで、副官に質問事項を伝えておきました-。必ず伝えてくれるというんで、なんか返答があるでしょう。今は待っている状態です。スンマセンネー、何も進んでなくてー」と、いつもの軽妙な関西風味の受け答え(巷では、ほんまに “銀行員” かいな-?という “噂” もチラホラ出るらしい)。後は、いつもの “長時間雑談” になだれ込んだ。(後日、このザムビンスキ-・ル-トは、ご本人が “Air Force Reserve”の件のCDを持っていらっしゃらなかったので、結局 “よくわからない” ということで決着がついた)※

こうして、大阪市音楽団(市音)の自主企画CD “ニュ-・ウィンド・レパ-トリ-2000” の「イ-グルの翼にのって」のノ-ト執筆の準備は完了した。しかし、この時点までに費やしてしまった月日は、ほぼ1ヵ月半。市音やCDブックレットの制作担当者もきっとジリジリとしてノ-ト完成を待っていることだろう。

このCDには合計8曲入る予定だが内7曲がまったくの新曲だったので、この時点に至ってもまだ解決しないといけないポイントが若干残ってはいたが、それらもほぼ解決のめどがついたので、前記のアメリカからの返信を受け取った時点で残っていたノ-トの仕上げに一気に突入した。そして、ほぼ10日後の3月13日深夜、ついにノ-トは完成。昼間の16時間労働をこなした後に仮眠をとり、深夜に2~3時間しか執筆に使えない筆者にとってはこれが “最短” の着地点だった。(なにしろ、普通の睡眠をまるでとっていなかったものだから、昼間ウツロな目をしてボーッとしながらもアクセク動きまわっている筆者を見て周囲のものが “ほんとうに大丈夫?” と気遣ってくれるぐらいの “生きるか死ぬか” のフラフラ執筆だった。実際、このための資料として購入した本を母の病院に向かう途中の地下鉄の車内に置き忘れてしまい、何冊も同じものをもう一度買うハメになった。しかし、毎日の介護があるから倒れるワケにはいかない。気合いだけは充実していた)

完成したノ-トは、翌14日に市音とブックレットのデザイン担当者に届けられた。しかし、後で聞いた話だが、この間、市音と制作サイドの間では<発売日延期>が真剣に議論されており、もう1日ノ-ト完成が遅れていたら、本当に<延期>の決断をせまられるところまでいっていたという。

一方、このノ-トを書いている間、実はまたひとつ “新たな疑問点” が浮上していた。それは、バンドからの回答にあった “1998年2月11日” に行なわれたという初めての演奏に関してだった。つまり “これは実際に聴衆を前にした演奏だったのか?” という疑問。よくよく考えてみると、この種の “50周年記念用” のようなCDは、当然行なわれる筈の祝賀式典やパ-ティ-の事前に録音され、当日に関係者に配布されるのが普通だろう。すると、これは “録音日” だったのではなかったのか。ハタと困ってしまったが、2月11日が “初めて” 演奏が行なわれた日ということだけは “事実” だった。また、一方で、バンド側がすぐ動いてくれさえすれば、例のCDが時間内に届くかも知れないという期待もあった。アメリカ空軍の “機動力” はすでに実証済みだ。そして、CDさえ届けば(6)も解決するに違いない。そこで、筆者は「イ-グルの翼にのって」のノ-トを、この日を返答どおりに “初演奏” と書いて、場合によっては後で “部分的な差し替え” をすることで変更可能なスタイルで仕上げることにした。

そして、前記どおり、このノ-トは3月14日に担当者に渡ったが、それから8日後の3月22日、アメリカから待っていたCD “Our Citizen Airmen” が届いた。

早速、デ-タをチェックすると、このCDの録音日は “1998年2月9~13日” で、睨んだとおり “2月11日” は録音日だった。また、スミスのプログラム・ノ-トにある “オ-プニング・セレクション” の意味も判明した。CDを聴くと、お決まりの「アメリカ国歌」に続いて、ナレ-タ-がグリ-ティングとアメリカ合衆国予備空軍について説明をし、そのナレ-ションの最後で “50周年” 記念委嘱作であるスミスの「イ-グルの翼にのって」のタイトルが告げられるとオ-トマチックに音楽が始まるという一連の流れに添ったワン・セットの “オ-プニング・セレクション” が入っていたのだ。

さて、この時点で “ニュ-・ウィンド・レパ-トリ-2000” のブックレットの工程は、ほとんど “校了寸前” の状況にあった筈だ。それでも、すべての疑問点がクリア-になった筆者は、正しいデ-タをどうしても入れてもらうために急いで “部分的な改訂ノ-ト” を書いて制作担当者にFAXで送った後、電話で直接事情を説明して “差し替え” を依頼した。一瞬なんとも言えない “いやな空気” が漂うが、なんとかそれをOKしてもらう。しかし、発売予定日がどんどんと迫ってくる中で、その後にその部分の “著者校正(執筆者が校正)” を新たに行なうことなど、どう考えても時間的にすでに無理となっていたので、あとは先方にすべてを任せてしまう “責任校正(執筆者にゲラを廻さず担当者の責任で校正)” となることに同意した。もう、そんなに “切羽つまった” 状況になっていたのだ。そこへ降って沸いたような “差し替え” の依頼。なんという制作者泣かせの執筆者なんだろう。(少なくとも、先方はきっとそう思っていたに違いない)

しかし、どうにか、正しいデ-タをブックレットに盛り込むことができた。デッドラインぎりぎりセ-フ。そう思った瞬間、どっと “睡魔” が襲ってきた。

05:2つのプロジェクト

ロバ-ト・W・スミスの「イ-グルの翼にのって」は、威厳に満ちたファンファ-レに始まる祝賀ム-ド溢れる導入部につづいて、リズミカルなテンポにのった主部が展開し、ゆったりとした導入部の音楽が再現される短い中間部のあと、主部を再現し、コ-ダに至るという簡潔なスタイルで書かれた演奏時間が3分50秒から4分30秒くらいのサイズの作品。委嘱されたときの意図どおり、セレモニ-やコンサ-トのオ-プニングにピッタリの華やかな作品だ。スコアには指揮者への留意点をまとめた作曲者のノ-トがあるが、テンポに関しては厳密な指定はなく、ある程度指揮者任せなので、短い曲にもかかわらず演奏時間の幅を大きくとれる。したがって、演奏される機会の用途に応じ変化のある対応が可能で、 “どんなテンポや音楽的演出を使うか” が指揮者のちょっとした腕の見せどころとなってくる。また、他の多くのスミスの作品と同じく、フィ-ルドいっぱいに展開するマ-チング・バンドにとってもさまざまな演奏効果が期待できる作品といえるだろう。

スコアを見ながらそんなことを考えていたとき、バンドパワ-編集部のコタロー氏から電話が入った。「スミスの “イ-グル” って、今度出た “土気シビック” のCD(CAFUA、CACG-0010 )にも入ってるね。これって聴いた?」

“ア-、加養さんところの土気シビックウインドオ-ケストラもCD出したのか” と思いながら、「ヘェ-、そうなの。コタロ-さんも知ってのとおり、最近何ヵ月もCDショップへ行ってないし、というより実家を中心に半径 500メ-トルより遠いところへは物理的に移動不可能なんで、正直、今どんなCDが出ているかも知らないし、そのCDのことも全然知らなかった。」と答える。音楽から完全に足を洗って休憩なしの16時間労働と母親の介護だけの毎日を送り、ごくたまに思いだしたようにバンドパワーに “ラクガキ” を書き込む程度の筆者にとって、新しく聴くCDは内外の友人が送ってくれるものだけとなっていて、コタロー氏から知らされたこの情報はとても新鮮に耳に響いた。

しかし、同時にちょっと気になったこともあったので、こちらからも “質問” をくりだした。「ところで、そのCDの日本語タイトルはどうなっている?」

すると、コタロ-氏が「エ-ッと、ちょっと待ってね。今、見るから・・・・エ-と、”鷲の翼に” になってます。」との回答。

このタイトルは、市音のプログラム編成委員がCDの企画時に考えていたのとまったく同じだ。「結局、2種類の日本語タイトルのCDが市場に出まわることになってしまったね。まったく違ったところでほとんど同時に2つのレコ-ディング企画が進んでいたわけで、これはしょうがないか。」と、筆者はコタロ-氏に答えていた。


▲土気シビックウインドオーケストラVol.4

市音のCDに、今では市音の “お気に入り” となっている「イ-グルの翼にのって」という日本語タイトルを提供した張本人としては、ちょっと困惑する立場に立たされることになったが、 “土気シビック” の皆さんが自主的にお作りになったCDの内容に別段異義を唱えるつもりなどない。そして、この作品の日本語タイトルに関する筆者の考え方は、この原稿を読んでいただればそれで十分と思う。

しかし、一度印刷されて世に出たものは後々まで大きな影響力を行使する。出てしまった以上、多少の混乱は避けられないが、これもまた将来にまで語りつがれる “話題” のひとつになるんだろうな。

(余談ながら、市音の「ニュ-・ウィンド・レパ-トリ-1996」(大阪市教育振興公社、OMSB-2802)に提供した同じスミスの「ブラック・ホ-クが舞うところ(Where The Black Hawk Soars)」という日本語タイトルを訳出したときも、<BLACK><HAWK>という2つの英語の単語がともに日常的に使われる簡単な日本語に “訳せてしまう” ことから、<黒鷹>あるいは<黒い鷹>と訳してしまうか、原題にある<ブラック・ホ-ク>という “音(オン)” をそのまま残すかを秤りにかけた思い出がある。このときは、委嘱者である米ヴァ-ジニア州のハイ・スク-ルの新しい校舎に描かれた<ブラック・ホ-ク>の図柄のもとになった “同じ鳥” が日本の自然界に生息していないという生物学的な事実から、それをシンボライズして固有名詞として扱うことですべてが解決した。)

しかしながら、スミスのこの作品は、それぞれが直線距離 500キロをこえる地域で活動し、接点などまったくない関西のプロフェッショナルと関東の市民バンドが、結果的に、ほぼ同時にCD用レコ-ディング・アイテムとして選曲していたということであり、その事実ひとつをとっても、この作品がいかに “魅力ある作品” であるかの証明となっているように思えた。

06:スコアの留意点

・指揮者へのノ-ト

スコアには、作曲者から指揮者へあてた英語のノ-トがある。この楽曲の意図をつかむため、指揮者には、演奏前にこのノ-トを読まれることをお奨めしたい。(スミスが使う英語の勉強にもなる。)

・大阪市音楽団のレコ-ディング・セッションでの変更点

「3rd Trumpet 」・・・・・・・ 37、38、49、111、112、113の各小節の2拍目の<H>の音を<B♭>に変更して演奏。

その他、木管の各パ-ト(ピッコロ、フル-ト、オ-ボエ、クラリネット)にあるトリルを、全音トリルを使わず半音トリルを使って演奏した箇所があるが、これは作曲者の指定ではない。

Thanks to Mr.Hiroaki Nobuhara,the OMSB.

■樋口幸弘の「ウィンド楽書(ラクガキ)ノ-トファイル」File No.01『酒井 格:大仏と鹿』

酒井 格:大仏と鹿

01:作品ファイル

[作曲年]1998年

[作曲の背景]
奈良県吹奏楽連盟結成40周年記念作として、同連盟の委嘱により作曲。1998年8月に完成。オリジナル・スコアには、 “August 1998 in Hirakata” と記されている。

[編 成]
Piccolo
Flute (Ⅰ、Ⅱ)
Oboe
Bassoon
E♭ Clarinet
B♭ Clarinet (Ⅰ、Ⅱ、Ⅲ)
E♭ Alto Clarinet
B♭ Bass Clarinet
E♭ Alto Saxophone (Ⅰ、Ⅱ)
B♭ Tenor Saxophone
E♭ Baritone Saxophone
B♭ Trumpet(Ⅰ、Ⅱ、Ⅲ)
F Horn(Ⅰ、Ⅱ、Ⅲ、Ⅳ)
Trombone(Ⅰ、Ⅱ、Ⅲ)
Euphonium
Tuba
String Bass
Timpani
Percussion
(Xylophone、Glockenspiel、Bass Drum、Snare Drum、Cymbals、 Suspended Cymbal、Triangle、Wood Block、Tambourine、Whip)

[楽 譜]
1999年、奈良県吹奏楽連盟加盟団体配布用に限定数印刷。
同年、オランダの出版社de haskeが版権を取得し出版。
オランダ版タイトルは、”DAIBUTSU TO SHIKA”。図版番号は、0991580。

[初 演]
1999年2月7日(日)、奈良県橿原市の奈良県橿原文化会館大ホ-ルで開催された「奈良県吹奏楽連盟結成40周年記念/第26回奈良県トップバンドフェスティバル」において、木村吉宏指揮、大阪市音楽団の演奏で。

【酒井 格/さかい いたる】

1970年3月24日、大阪府枚方市に生まれる。大阪音楽大学に学び、1996年に同大学院作曲専攻修了。作曲を千原英喜と田中邦彦、ピアノを前田則子と青井 彰、フルートを中務晴之の各氏に師事。現在は、大阪音楽大学附属音楽学院や京田辺市のそよかぜ幼稚園に勤務し、各種イベントの作・編曲を担当したり、ピアニストとしても演奏活動を行っている。現在、「たなばた」「おおみそか」「大仏と鹿」「若草山のファンファーレ」などのウィンド・バンド(吹奏楽)作品が、オランダのデ・ハスケ(de haske)社から出版されている。

02:電話

今年2月4日、久しぶりにわが家に帰ると、酒井 格さんからお手紙(1月16日付)が届いていた。それは、随分と前から構想とそのユニ-クな曲名を聞かされていた奈良県吹奏楽連盟創立40周年記念委嘱作「大仏と鹿」が完成し、その世界初演が大阪市音楽団をゲストに招いた同吹奏楽連盟主催のコンサ-トで行なわれるという知らせだった。早速、電話を入れる。

樋口(以下、H): お久しぶり。お手紙受け取りました。新曲できましたね。

酒井(以下、S): ハイ。ちょうど明日(2月5日)、市音で練習を聴かせてもらうことになっていましてね。それと、コンサ-トのチラシには載ってないんですけど、当日はそのコンサ-トのオ-プニング用に書いた “若草山のファンファ-レ” も中学生の合同バンドで演奏されるんです。

H: フ-ン。ところで、曲名は結局「大仏と鹿」になったんだね。

S: “奈良” といえば、これしかない。(筆者には “しか” の部分がシャレに聞こえた)。しかし、このタイトルは、実は生駒市立鹿ノ台中学校の坂東佳子先生のアイデアだったんです。

H: しかし、出版になるんなら英語のタイトルをどうするかでまた大変なことになるんじゃない?「たなばた」(作曲時の原題:Seventh Night of July)や「おおみそか」(同:New Year’s Eve)のときは、知らないうちにボクがタイトルを勝手に変えた犯人になっていたことがあったし。(あるとき、オランダの出版社de haskeのMr.Garmt van der Veen と食事をしたときに “日本ではこの日のことをどういうんだい?” と尋ねられて何げなく返答したら、答えた本人もオリジナルの曲名を決めた作曲者も知らない間にそれがタイトルとして使われるようになっていた。)今度は、日本語タイトルから英語タイトルを決める逆のパタ-ンになるけど。

S: ご心配なく。今では曲を書いたボク自身がいつの間にか「たなばた」や「おおみそか」と平気で呼んでいるくらいですから。それに、今度は英語タイトルは「グレ-ト・ブッダ・アンド・ディア-(Great Buddha and Deer) 」って決めていて、de haskeにも「これしかない。」って言ってありますから。(やっぱりシャレに聞こえる。しかし、作曲者の言から初演前からこの作品の出版の話が進んでいたことが判る!!)

H: それって、もろに直訳じゃないの(笑い)。ところで録音とかされるの?

S: 吹奏楽連盟の方でCDにして加盟団体に配るという話になっています。

H: 連盟も気合い入ってるね。市音を雇ってライヴCDまで作ってしまうとは。けどね、CDになるんだったらちょうどいい。今NHK-FMの<ブラスのひびき>で紹介できればいいなって思ったとこなんだけど、その録音、事前に借用できると有り難いんだけれどね。それに、もうすぐ4月分の番組内容の提案を出すタイミングなんだけど、この新曲はいつも4週目に放送している<バンド・ミュ-ジック・ナウ>のテ-マにピッタリだと思うんだ。ニュ-ス性も高いしね。でも、提案までに演奏時間も秒単位で正確に計っておいたり、演奏者やCDを作る会社など、著作権に絡む確認が必要になってきたり、いろいろと情報を整理する必要があるんでね。

S: 番組はいつも聴いていますよ。Gで始まるあのテ-マ曲がいいですよね。あれが流れてくると、目が醒めてゆくというか。

H: あれは、イギリスのエリック・コ-ツという人が書いた「ロンドン・アゲイン組曲」の中の「オックスフォ-ド・ストリ-ト」という題名の曲なんだけど、あのテ-マ、実は市音の演奏って知っていた?

S: 知りませんでした。

H: 話をすると少し長くなるんだけど、だいぶ前に市音の練習場で東芝EMIの<マスタ-ピ-ス・シリ-ズ>の録音のための試奏があったとき、その場で録音予定曲を急に変更する必要が起こってね。指揮をされていた木村吉宏団長(当時)がボクに「なんかエエ曲ないか?」と尋ねるんで、たまたま持ち合わせていた何曲かの中から「これなんかどうでしょうか。」って渡したのがあの曲だったんだ。そうしたら、その場ですぐに楽譜がプレイヤ-に配られて “音出し(初見演奏)”が始まって、それを聴いた東芝EMIのプロデュ-サ-(佐藤方紀さん。現在は独立。)にも「なかなかいい曲じゃないですか。明るいのがいい。これは喜ばれますよ。」とOKをいただいて録音即決定。あとはオ-ケストラの原調に戻したり、1930年代の手書きのオ-ケストラ・スコア(作曲年月日も書き込まれていた)をイギリスから取り寄せたりのドタバタが続いたけれど、今では、関係者の間ではまるで<ブラスのひびき>のオ-プニングのために録音された曲であるかのような言い方をされるようになって。NHKがテ-マ曲を決めたときも、チ-フ・プロデュ-サ-や番組担当のディレクタ-たちに曲名や演奏者名をまったく知らせないで候補曲をいくつか聴いてもらったら、なんと全員一致であの曲に決まったということなんだ。それほど番組のイメ-ジにピッタリだったらしい。

S: おもしろい話があるんですね。「大仏と鹿」の録音の件は、早速、連盟にお話ししてみます。

いつものことながら、とても礼儀正しく答える酒井さん。今度の新作の初演成功を心より祈りながら受話器を置いた。

03:世界初演

酒井 格の「大仏と鹿」の世界初演が盛り込まれた「奈良県吹奏楽連盟結成40周年記念/第26回奈良県トップバンドフェスティバル」は、1999年2月7日(日)、奈良県橿原文化会館大ホ-ルで午後1時30分に開演された。そして、この記念委嘱作品は、3部構成のコンサ-トの第2部、招待演奏のステ-ジで、大阪市音楽団名誉指揮者、木村吉宏が指揮する大阪市音楽団の演奏で多くのウィンド・ミュ-ジック・ファンに披露された。

作曲者は、コンサ-トのプログラムにつぎのようなメッセ-ジを寄せている。

「このたびは、奈良県吹奏楽連盟結成40周年に寄せて、新しい作品を書かせていただいたことを大変光栄に、そして嬉しく思っています。1300年の歴史を持つこの古都には、貴重な文化財が数多くありますが、なかでも東大寺の盧舎那仏座像(大仏)と、奈良公園の鹿たちはこの街の象徴と言えるでしょう。重厚な歴史と伝統、未来への生命の躍動、そして恵まれたこの地の風景、この街で暮らす人のエネルギ-。私はこれらをヒントに4つの主題を導き出し作品を構成しました。
もっとも作曲を進める上では、若い演奏者たちにも楽しんで演奏ができるよう、そしてコンク-ルに向けてある程度の時間をかけてこの曲に取り組むときに、常に新しい発見があるようにと、心がけました。この作品が、奈良を発信地として、世界中で愛奏されるようになることを夢見ています。
最後になりましたが、作曲の機会を与えて下さった奈良県吹奏楽連盟。初演をして下さる大阪市音楽団の皆さんと木村吉宏先生に、心より感謝いたします。    酒井 格」
(「第26回奈良県トップバンドフェスティバル」プログラムから。)

同じプログラムには、作品委嘱時に提示された条件(抜粋)も掲載されている。これがこの作品の演奏技術上の中身を決めていてなかなかおもしろい。

「中高生が楽しんで演奏でき、また、夏のコンク-ルでも使用できるものであること。難易度は、5段階で、3~4とする。全日本吹奏楽連盟が公募する「全日本吹奏楽コンク-ル課題曲」に準じた編成とする。ただし、25~30人程度のいわゆる小編成バンドでも演奏可能な楽曲であること。そのため、Oboe、Bassoon、String Bass等の楽器が単独の動きを行う場合は、必ず他の楽器にCueを入れておくこと。また、打楽器の場合は、5~6人程度であるが、4人でも演奏可能なように配慮する。もしくは、人数を減らす場合の方法を明記すること。」(同プログラムから。)

曲は、アレグロ・ヴィヴァ-チェの提示部に始まり、途中アンダンティ-ノにテンポを変え、ブリッジ的な導入からリステッソ・テンポへと展開してユ-フォニアムやクラリネット、オ-ボエ、フル-ト、アルト・サクソフォンの各ソロがフィ-チャ-されている穏やかな中間部を挟んだ後、元のテンポを取り戻して再現部となり、クロ-ジングをプレストでしめる比較的シンプルな構造をもっている。作曲者に尋ねると、4つの主題は曲中つぎのように現われる。まず、イントロのようにも聴こえる曲の冒頭のテ-マ、これが「奈良に暮らす人々のエネルギ-」を表現し、曲中もっとも多く現われる。つづいて、曲は少しのびやかに歌われる部分が移るが、この部分で「奈良の情景のイメ-ジ」を表している。その後、ティンパニのトレモロにつづきトランペットのユニゾンで現われるのが「大仏」のテ-マ(市音の初演では、トランペット6本で演奏された!!)で、つづいて「鹿」が跳躍を伴って現われる。このパッセ-ジは “子鹿が戯れる様子” を表現したもので “曲の終わりに向かって楽しい気分を盛り上げる大切な役割を果たしている” という。

「大仏と鹿」という漢字が入った曲名から、いかにも純和風の作品をイメ-ジする向きも多いかも知れないが、そうではなく、委嘱者の40周年を意識した祝賀調の華やかなム-ドをもつと同時に、その一方でまるでディズニ-・アニメのメルヘンの世界をのぞいているようなファンタスティックな気分にさせられる作品だ。

仕事上の都合から、ご招待いただいたにも拘らずコンサ-トに顔を出すことは適わなかったが、コンサ-ト終了後、酒井さんから初演成功の知らせとともにお願いしていた件に関する返答を電話でいただいた。それによると、CDの制作は残念ながら取り止めになったけれど、放送で紹介されることは連盟としても大歓迎で楽団サイドも快く了解してくれたという。録音テ-プは、後日、連盟の副理事長をつとめられている奈良県立志貴高等学校の山瀬真美先生から送っていただく手筈となった。

2月18日、「大仏と鹿」のDATテ-プが届いた。インデックス・カ-ドに書き込まれている演奏タイムは[6分55秒]。早速、テ-プを再生する。木村吉宏指揮、大阪市音楽団ならではの沸き立つようなライヴがヘッドホンを通じて伝わってくる。聴いていて元気が出てくるとても切れ味のいい演奏だ。他方、世界初演を聴く会場内の空気の微動もよく録れていたが、逆に会場ノイズ、とくに曲の中間にある緩やかな部分でのノイズがかなり気になった。しかし、少し手を加えればFM放送では問題にならない程度のノイズに小さくできるという結論に達した。

テ-プを聴いた印象が薄れないうちに、早速ワ-プロに向かう。通常、NHKへの提案は、最初に中核になる曲を1曲決めて文章で提案の趣旨を説明し、それが了承された後、秒単位のタイムの入った具体的な曲目一覧を提出する。これはその最初の趣旨説明だ。

「以前番組で取り上げて大好評を博した “たなばた””おおみそか” の作曲者、酒井格の待望の新曲 “大仏と鹿” が2月に世界初演された。番組では、そのライヴ演奏を中核に据えて・・・・・・」とワ-プロがカタカタと提案を打ち出していく。

まとめ上げた提案は、早速FAXで担当ディレクタ-氏に送られた後、提案会議を経て了承され、あとはスクリプトを完成させ、東京・渋谷のNHK放送センタ-での収録を待つばかりとなった。
ところが、ここに大ドンデン返しが待ち受けていた。

04:ハプニング


▲奈良県吹奏楽連盟発行の「大仏と鹿」スコア表紙

3月(1999年)に入り、NHK音楽番組部のチ-フ・プロデュ-サ-のAさんから「大至急、お会いしたい。」という急を要する電話が入った。

喫茶店で待ち合わせて話をうかがうと、その大筋は「来年度の予算の枠組みが決まりまして、FMは番組の多くを外部に制作を委託することになりました。」という衝撃的な内容だった。そして、多くの番組はすでに昨年末に民間委託が決まっていたが、<ブラスのひびき>はなかなか結論が出ず、3月に入ってやっと同じく外部制作が決まったという。さらに「NHKとしては、今後とも番組を続けていただくつもりで先方に申し入れたのですが、新しく<ブラスのひびき>を制作することになった民間の制作会社は、どうしても “東京の人” で番組を制作したいという強い姿勢を崩さないのです。ご了解いただけますでしょうか?」という。何のことはない。今世間で吹き荒れているリストラと同じ性格の話である。当時、こちらも母の病状の一進一退がつづき、東京・渋谷のスタジオとの間を8時間以上もかけて往復することに肉体的にも精神的にも疲労感を覚えていて、いつかは番組に迷惑をかけることになるのではないかと心配していたところだったので、一瞬考えた後にNHKの申し出に同意することにした。もちろん、番組のいくつかのテ-マを完結させることができず、リスナ-への重大な裏切り行為になるという思いが何度も頭をよぎったが、当時としては “もっと番組に集中できる人が作る方がいい” 、これが精一杯の結論だった。そして、3年間お世話になった同番組の卒業はこうして突然決まった。

Aさんはドタキャン(その時点で、担当ディレクタ-氏にはすでに5月放送予定分の提案まで伝えていた)をしきりに詫びながら、つづいて「どなたか “東京在住” で適任の方がいれば推薦していただけませんでしょうか。」と尋ねてくる。さらに、「もう3月もかなり日がたっているのに、4月3日にオンエアされる番組のコメンテ-タ-が決まっていないわけでして、正直焦っています。」ともいう。そして、「今のところ、N響のOBで行こうというセンが出ていまして・・・・・・・・・・。」と具体的な名前(思わずアッと驚いてしまった人物名だった)を口にする。

即座に「たいへん失礼ながら、そのような意見は現在のこの世界のことをほとんど何もご存知ない方のご意見と思われます。クラシックのようにレパ-トリ-がある程度固まったジャンルではなく、今グロ-バルなレベルで新しい動きがつぎつぎと起こっているこのジャンルを取り扱っている国内唯一の公共放送番組である<ブラスのひびき>は、常に世界中の最新情報に接していると同時に蓄積された知識の絶対量がポイントになります。ということから考えると、以前、番組をなさっていたBさん以外に適任者は考えられないのではないでしょうか。」とお答えした。

<ブラスのひびき>は、その後、4月最初の2週に筆者の提案にそって収録されたイギリスのブラス・バンド「グライムソ-プ・コリアリ-・バンド」の東京・オ-チャ-ドホ-ルでのライヴを取り上げたのを皮切りに新体制に移行した。OBとしては、番組のますますの発展を願うのみだ。
しかし、一方で「大仏と鹿」のオン・エアは無くなってしまった。

05:オ-プニング・テ-マ

1999年4月、NHK-FM<ブラスのひびき>の新体制移行に伴い、筆者の提案にあった「大仏と鹿」の初演ライヴのオン・エアも自動的にオクラ入りとなった。

その結果、すぐに酒井さんに経緯を説明する必要が生じたが、その前に “待てよ-” と、送っていただいたテ-プをもう一度聴き直してみることにした。するとどうだろう。ヘッドホンに演奏が流れだした瞬間、得体の知れないパルスがアタマの中をものすごいスピ-ドで駆け抜けるのを感じたのだ。 “アッ!!” 右手も反射的にストップウォッチを握っていた。

もう一度聴いてみる。 “コメント入りまでのタイムもOK!!””これは、番組のテ-マ音楽としても使える!!” 直感がそう教えてくれた。

この時ちょうど、収録が迫っていたNHK-FM<ブラスの祭典/第46回全日本吹奏楽コンク-ル>の番組テ-マを早急に決める時期がきていたのだ。

早速、番組ディレクタ-のCさんに電話を入れる。ひとしきり、今度のドタバタ劇についてのやりとりがあった後、「今度の “ブラスの祭典” のオ-プニングとエンディングのテ-マ音楽なんですが・・・・・・・・・・。」と用件を切りだした。すると、Cさんはテ-マ音楽の選曲について、そのすべてを一任してくれた。

3月14日、番組で使えるように微調整を終えた「大仏と鹿」のDATテ-プを携え、NHK放送センタ-のスタジオの中でもデジタル対応の最新設備が整った502スタジオに入る。早速、ディレクタ-氏の最終OKをもらうために音声さんにテ-プを委ねる。すると、一瞬の静寂の後スタジオのモニタ-スピ-カ-から市音のすばらしいサウンドがのびやかに聞こえてくる。 “OKだ!!” 心の中の自分の声が叫んでいた。Cさんももちろん大満足。そして、間を置かず番組本編の収録へと一気に進んでいく。(余談ながら、Cさんは “テイク1” を大切にされるディレクタ-で、筆者のコメントが少し淀んでも、ほとんど “気になりません” と言って録り直しを認めてくれない。マイクの微調整や使用音源の録音レベルのチェック以外、リハ-サルもない。この番組も<ブラスのひびき>も、ほとんど “ナマ放送” 同然だった。お聴き苦しかった箇所は、すべて筆者の責任です。)

収録の最後の頃に、日曜日にもかかわらず、チ-フ・プロデュ-サ-のAさんも顔を出されて3年間の労苦にねぎらいの言葉をいただいた。この後、2月13日に収録を終えていた<ブラスのひびき>3月27~28日放送予定分のエンディングを “お別れのメッセ-ジ” に差し替えるための収録を終え、3年間つづいたスタジオ通いは終わった。

帰宅後、酒井さんに電話を入れる。そして、ことの経緯を説明すると同時に、お世話になった奈良県吹奏楽連盟の方へも知らせていただくように頼んだ。このとき作曲者は、<ブラスのひびき>での紹介が無くなったことに少々ガッカリされたようだったが、代わって全国放送のテ-マ曲として使われることになったことをとても喜ばれていた。

番組は振り替え休日の月曜日、3月22日、朝9時からオン・エアされ、「大仏と鹿」のひとり歩きも同時に始まった。


▲「ブラスの祭典」の番組台本

06:金賞

古くからの友人のひとりに、現在、東京の武蔵境で歯科医院を開かれている山崎武久さんがいる。氏はLP時代からの筋金入りのウィンド・ミュ-ジックのファンであると同時に、レコ-ドやCDの蒐集家である。また、中高一貫教育で知られる東京の巣鴨学園吹奏楽班のOB会会長もつとめられている好人物で、現役時代はストリング・バスを弾いておられたのだそうだ。仕事で東京に出たときには、練馬のお宅にもちょくちょくお邪魔させていただき、音楽談義にあれこれ花を咲かせた間柄だ。あるときなどは、お邪魔したその場に指揮者のアントニン・キュ-ネル氏が居合わせていて少々面食らったこともあった。診療中にも、マルセル・ミュ-ルやロイヤル・エア・フォ-ス・バンドのCDが何気なくBGMで流れていることがあったりするから、やはりただものではない。

さて、NHKのコンク-ル番組の収録から何日かたったとき、氏と電話で話す機会があった。そして、「何かおもしろいことありませんか?」と尋ねる氏の問いに対し、「関東ではまだ誰も聴いたことがない音楽が今度FMでオン・エアされますよ。」といつものように軽く答えた。すると、電話越しに氏の声のト-ンが上がったのがはっきり分かった。そして、「それって、一体何ですか?」と切りこんでくる。

「例の “たなばた” や “おおみそか” に続く、同じ作曲家の新作 “大仏と鹿” ですよ。もっとも番組テ-マとして使わせていただくことになっていますので、本当は7分くらいの曲なんですが、放送されるのは頭から1分少々くらいになりますけどね。」と答えて、放送日、時間などを伝えると、「ぜひ、聴きます。」との興奮気味の返答。受話器の向こうで目を輝かせておられる氏の姿が容易に想像できた。

放送の翌日、早速、電話がくる。そして、「イヤ-、テ-プに録音してみんなで盛り上がりましたよ。ぜひとも演奏したいと思うのですが、どうすれば楽譜が入手できるでしょうか。」と質問がくる。やっぱりきたか。
最初に話したときの氏のボルテ-ジから、そんなこともあろうかと、このときまでに筆者はつぎの2つの手を打っていた。まず、出版する予定というオランダの出版社de haskeへその時期を問いあわせると “1999年の秋” という回答がきた。つづいて、作曲者を通じて奈良県吹奏楽連盟へ “出版までの間、楽譜を貸し出したり、販売したりすることは可能かどうか” を打診してもらった。連盟加盟団体に配布された楽譜セットを作ったときの余剰分が必ず残されているはずだと思ったからだった。そして、睨んだとおり、楽譜の残部は、作品委嘱をした県の連盟に保管されていた。

数週間後、連盟での協議をへて、このとき連盟が作って持っていた楽譜は、オランダで出版譜が発売されるまでの期間限定という条件つきで希望者に有料で貸し出されることになった。願っていたとおりの回答だ。しかも、有料といってもわずか¥5,000 という配慮の行き届いた料金!!どこかのレンタル譜とはエライ違いだ。

知らせを受けた巣鴨学園の行動は本当に素早かった。早速、楽譜を発注して、それを受け取ると、この曲を吹奏楽コンク-ルの自由曲に使うことを決定!! しかし、後で聞いた話だが、指揮者でもある顧問の三嶋 淳先生は、その後、「いい曲が見つかった」といって喜んでいる周囲の盛り上がりをヨソに、ひとりスコアを睨みつけながら悩まれていたんだそうだ。というのも曲がいきなりの<8分の3拍子>で書かれていたからだ。「どのように譜割りをして指揮をすればいいんだろうか?」三嶋先生は、武蔵野音楽大学の出身で、サクソフォンのソロイストとしても何度もステ-ジを踏まれている経験豊かな音楽家だ。その先生も演奏を聴いたときには予想できなかった拍子で曲が書かれていたのだ 。

後に、この話を伝え聞いた作曲者は、「そうらしいですね-。でも、仕掛けさえ解れば簡単なんですけどね-。」と涼しい顔。このあたり、作曲者と演奏者の楽譜を通したバトルを見るようで、なんともおもしろかった。
巣鴨学園吹奏楽班は、平成11年(1999年)8月17日、東京都府中市の “府中の森芸術劇場/どり-むホ-ル” で行なわれた第39回東京都高等学校吹奏楽コンク-ルA組1日目にこの新しい作品をひっさげて登場。見事金賞を得た。

この年、地元奈良県でこの曲がコンク-ルに使われることはなかったが、奈良県吹奏楽連盟の記録によると、オランダで印刷された正式の出版譜が発売されるまでの貸し出し期間中に、巣鴨学園の他にもう1校、岡山県御津郡御津町の御津中学校吹奏楽部が楽譜を借り出ている(第40回岡山県吹奏楽コンクール、中学校B部門最優秀賞)。曲はこうして広まっていくわけだ。そして、出版譜が日本に入ってきた同じ年の秋以降、全国各地での演奏がいよいよ始まった。

つぎに演奏されるのは、あなたのバンドかも知れない。

07:真犯人?

2000年1月、オランダの音楽出版社de haske(デ・ハスケ)から、かねてより発注していた「大仏と鹿」の出版スコアが入ったパ-セルが届いた。

早速、封を切って中身を確認する。「ア、ア-ッ!? !? !?」手にした新しいスコアの表紙を見て、筆者は、思わずズルッとイスから滑り落ちそうになるくらい、オ-バ-なアクションでズッコケてしまった。吉本新喜劇でおなじみの定番ギャグのように。

そして、事件は美しく印刷されたスコアの表紙、まさにその上で起こっていた。なんと曲名が、こともあろうにロ-マ字(!?)で印刷されていたのだ!!<DAIBUTSU TO SHIKA>と・・・・。すなわち、「たなばた」「おおみそか」の前2作につづいて、今度もまたまた、出版タイトルは作曲者の意向とは別物になってしまったのだ。

それにしても、作曲者があれほど「これしかない。」と言い、当然出版社にも伝わっていたはずの「GREAT BUDDHA AND DEER」は、一体どこへ行ってしまったのだろうか。慌ててスコアのペ-ジをめくる。

まず、開いて最初に目に入る中表紙には<Commissioned by the Nara Prefecture Band Association for their 40th Anniversary >と<奈良県吹奏楽連盟結成40周年記念委嘱作品>の英語と日本語の説明句。それにつづいて、ロ-マ字と漢字による曲名、作曲者名が印刷されている。さらにペ-ジをめくると、ついに発見”Great Buddha and Deer”という文字は、作曲者のプロフィ-ルを紹介したペ-ジの作品リストの中にあった。面白いことに、同じリストの「たなばた」が “Tanabata(The Seventh Night of July)”、「おおみそか」が “Omisoka(New Year’s Eve)”となっているのに、その流れだったら当然そうなっているべきはずの “DAIBUTSU TO SHIKA”の文字は見当らなかった。また、つづく作品ノ-トのペ-ジには両タイトルが混在。印刷著作物としての統一はなく、ちょっとした混乱が見てとれた。そして、これらの事実から、このスコアは、最初、作曲者の意向どおりに “Great Buddha and Deer”という曲名で印刷作業が進みながら、途中<何らかの理由>でロ-マ字タイトルに変更することになったが、最終的に細部まで目が行き届かなかった、ということが容易に想像できた。出版を急ぐ印刷物ではままあることだ(もちろん、未然に防ぐ努力は払われたのだろうが・・・・・・)。

しかし、<何らかの理由>とは、・・・・・・。ムムム・・・・・・。筆者は、思わず頭を抱え込んでしまった。この一件の真犯人(?)は、またしても筆者なのかも知れない。つまり、思い当たるフシがあるのだ。
それは、昨年(1999年)2月、スイスにいるde haskeのMr.Garmt van der Veen にこの曲のなるべく早い時期の出版とレコ-ディングを勧めたときのやりとりにまで遡る。

そのとき、ある程度予想されたことだったが、ハルムトはこちらの案件に対する返答だけでなく、「イタル・サカイの今度の新曲は、日本語ではどう読むのか?タイトルは本当にこれでいいのか?また、”Great Buddha”とは何なのか?」と尋ねてきていたのだ。西洋人にとって “大仏” と “鹿” を組合せているタイトルがよく理解できなかったのだろう。戸惑っている様子がアリアリだった。これに対し、筆者は「漢字(ハルムトはこれを “サイン” と表現する)を使ったオリジナル・タイトルは、日本語では “DAIBUTSU TO SHIKA”と読む。しかし、あなたも知ってのとおり、アルファベット・タイトルは作曲者がすでに “Great Buddha and Deer”と決めている。奈良県の吹奏楽連盟の40周年記念委嘱作品でもあるし、タイトルの変更は馴染まない。」と、まず予防線を張った。なぜなら、この出版社は曲のイメ-ジから出版時に曲のタイトルをガラリと変えることが過去に何度もあったからだ。今度は犯人になるわけにはいかない。筆者は、幾重にもクギをさしたその上で、「 “Great Buddha” も “Deer” も、かつて日本の都だった奈良を象徴するシンボルだ。もし、どうしてもイメ-ジできないのなら、ベルギ-のヤン(Mr.Jan Van der Roost)に尋ねたらいい。彼は奈良に行って実際に “現物” を見ているし、外国人向けの観光案内も持っているから。」とアドバイスした。

このやりとりを受けて、ハルムトはすぐにヤンに連絡をとったようだ。同じその日の内に「今、ハルムトから電話があった。」という内容のFAXがヤンから届いた。日本→スイス→日本→スイス→ベルギ-→日本。レコ-ディングの方も、4月に予定されていたリトアニアでのセッションに急遽組み入れられた。地球は狭い!!

しかし、しかしである。実際に出版された「大仏と鹿」のアルファベット・タイトルは<日本語タイトル>をストレ-トに読んだ<ロ-マ字タイトル>がメインとなってしまった。作曲者が決めた “Great Buddha and Deer”は、最終的に実際に音符が印刷されている最初のペ-ジには残されたものの、でかでかと印刷された “DAIBUTSU TO SHIKA”のすぐ下に、あたかもその説明句であるかのような小さな活字で・・・・・・・・。

今度、酒井さんに会ったとき、この一件をどう切りだせばいいのだろうか・・・・・・・・。

08:大団円

▲「大仏と鹿」録音中 指揮:堤 俊作

2月4日(2000年)、大阪市音楽団(市音)のトランペット奏者、田中 弘さんから、しばらくおいてクラリネット奏者の延原弘明さんから電話が入った。両氏は、ともに市音プログラム編成委員。電話は、兵庫県尼崎市のアルカイックホ-ルで前日から行なわれている市音自主企画CD「ニュ-・ウィンド・レパ-トリ-2000」のレコ-ディング・セッション終了後の “打ち上げ” へのお誘いだった。

仕事の関係で途中参加(普通、この “宴” は会場を変えながら翌日の未明まで続くのでかなり遅くから加わっても問題ないが、油断すると、つぎの日は多くの人が “安息日” を迎えることになる。巷には “反省は○○でもできる” という説があるらしいが・・・・・・)となったが、会場に入ると、龍城弘人団長をはじめ、レコ-ディングでディレクタ-をつとめられた佐藤方紀さん(File No.01-02 参照/現在、東京の(株)ハ-モニ-のプロデュ-サ-)、CD制作を技術面でサポ-トする広島のブレ-ン(株)の加藤雄一さんなど、一足早く盛り上がっている面々(久しぶりに顔を合わせる人ばかり!!)の少々手荒い歓迎が待ち受けていた。そして、「大仏と鹿」の作曲者、酒井さんもその場にいた。彼も、この “宴” に誘われていたのだ。

宴席を一巡したあと、作曲者の隣りに腰を落ち着ける。そして、今度のレコ-ディングについてふたりでひとしきり盛り上がった後、肝腎のテ-マを切りだしてみた。

▲モニタールームでの作曲者

樋口(以下、H):
ところで、デ・ハスケ版のスコア見た?

酒井(以下、S):
見た瞬間、もう「エッ?」ていう感じですよ。(と、彼も吉本新喜劇ばりにズルッと前方にすべる!?関西人はこれが自然体でできる。)

H: ボクもまったく同じ。なにしろ、タイトルがロ-マ字なんだもんね。

S: そうなんですよ。誰があんなこと(デ・ハスケに)教えたんでしょうか。

H: それ、ひょっとすると、またボクかも知れないんだ。今度もハルムト(Mr.Garmt van der Veen) に、タイトルの意味や読み方をしつこく尋ねられたことがあったからね。ただし、あなたが “Great Buddha and Deer”しかない” と先方に申し入れてあるって話されていたし、ボクも “作曲者がタイトルを決めていて、吹奏楽連盟の委嘱作でもあるし、変更は馴染まない” とクギをさしておいたんだけど・・・・・。まさか、ロ-マ字タイトルになっているとは・・・・・。(つ、ついに言ってしまった!!)

S: (再び、ズルッと大げさにすべりながら)本当に、こんな感じだったんですよ。

H: ただね。ロ-マ字タイトルになったことで、結果的にひとつだけいいこともあると思うよ。つまり、世界中の人があの作品を「ダイブツ・ト・シカ」って呼ぶようになった、ということなんだ。

S: アッ!! そう考えればいいんですよね。(と、急に笑顔に変わる)

H: 英語圏では「ダイブツ・トゥ-・シカ」ってなるかも知れないけど。(両者大笑い)

S: ところで、ボク、9才のときに “市音” を指揮したことがあるんですよ。まだ、天王寺に “市音” があった頃の話なんですが。

H: エッ!?そりゃ初耳!?パンダの家に変わる前の音楽堂で?(中国からジャイアント・パンダが贈られることが決まったとき、市音の旧練習場と天王寺音楽堂がとり壊されて跡地にパンダ専用の住まいが作られた。パンダの人気の前では “市音” も形無し。)それって “たそがれコンサ-ト” で?

S: そうなんです。母親が素人指揮者コ-ナ-に応募して当たってしまったんですよ。けれど、渡されたスコアの調が原曲とは違っていたので、ナマイキにも「なんで?」って思ってましたけど。

H: ( “9才でそんなこと考えていたなんて” と思いながら)記憶が定かではないけど、その “たそがれコンサ-ト” 聴いてたかも知れない。当時からよく “市音” におじゃましてたしね。しかし、今度「大仏と鹿」がレコ-ディングされたわけだし、その頃から “市音” とあなたの間には不思議な縁があったということになる。

S: そうなんです。

H: あの木の床が “ギシギシ” と音をたてる2階の合奏場でリハ-サルしたわけだ。

S: やりました。合奏の方は、もちろん、当時指揮をされていた永野慶作さんが下準備をしておいて下さったんですけど。

H: 当時のもの、ちゃんととってある?写真とか、録音とか。

S: 確か、市音からもらった指揮棒と、永野さんとボクの書き込みのあるスコアは残っていると思います(後日、現存を確認)。「教育大阪」って雑誌に写真入りで紹介されたし、NHKのラジオでも放送されたんですよ。母親が録音してくれたカセットはちゃんとは録れてなかったんですけれど・・・・・・・・。

H: 世紀の大スク-プ。それね、あなたのホ-ムペ-ジで、ぜひ紹介すべきです。みんな「エ-ッ!?」ってビックリするよ。プロフィ-ルにも「9才のときに、大阪市音楽団を指揮し、好評を博す」って書いたりしてね。(両者、大笑い)

この前日、大阪市音楽団首席指揮者、堤 俊作のタクトでレコ-ディングされた「大仏と鹿」は、作曲者も驚いたというほどのとても個性的な演奏だったんだそうだ。筆者の人生の大きな転機に出会ったとても素敵な作品「大仏と鹿」。その前途に幸多くあれ。

▲左から酒井 格さん、龍城弘人大阪市音楽団長、一人おいて佐藤方紀ディレクター

▲「大仏と鹿」録音中 於:アルカイックホール

09:作曲者からのメッセージ

◎ 「大仏と鹿」を演奏して下さる皆様へ

みなさん、こんにちは。この度、奈良県吹奏楽連盟からの委嘱により、皆様に私の新しい作品が届けられることを心よりうれしく思っています。今、みなさんはこの譜面を手にしてどんな気持ちでいらっしゃるのでしょう?すでに演奏に際してのイメージ作りをされている方に、作曲者のイメージを押しつけてしまうことになってしまうかもしれませんが、私の言葉を載せさせていただけるということなので、この曲が生まれる時のお話を少しばかりさせていただきます。

まず、「大仏と鹿」というタイトルですが、これは生駒市立鹿ノ台中学校で音楽科の教員をされている「ばんばん」こと坂東佳子先生のアイデアです。この作品を書くにあたって、もっとも最初に浮かび上がったメロディーは、練習番号[E]と[O]の部分です。奈良と言ったら真っ先に浮かぶのが、やっぱり奈良公園の鹿たちな訳で、この部分は、可愛らしい小鹿たちが戯れる様子を思い浮かべています。2番目に思いついたメロディーは、練習番号[B]そして”Tempo primo”からの部分です。流れるようなこのメロディーが表しているのは、奈良の美しくのどかな田園風景。または、そこを吹きぬける風のようなものでしょうか?

さて、ここまで来た時点で私はちょっと行き詰まってしまいました。この時点で私が考えていたタイトルも「鹿」という、キーワードは入れておきたいなぁと、漠然と考えていたに過ぎません。そこで、「ばんばん」から飛び出してきたアイディアが「大仏と鹿」というタイトルです。そうだ、大仏さんを忘れちゃいけないよね、というわけで生まれたのが練習番号[D]からのメロディーです。Timpaniのトレモロを伴ってTrumpet奏者全員によって奏することのメロディーはそれぞれの場面をつなぐ時には必ずといっていいほど現れますが、これは何を表しているのでしょう?

メロディーを思いついた時にはそれほど深く考えたこともないのですが、これは実際に奈良で生活する人々のエネルギーみたいなものじゃないかと感じるようになりました。大仏や奈良公園の鹿たちは、確かに奈良になくてはならないキャラクターですが、奈良が世界でも、最も魅力のある街の一つであるのは、その街で働き、暮らす人たちがいるからだと思います。

と言うわけで、一番最後に出来たメロディーが結局この曲の主役になってしまいました。以上、4つのメロディーがいろいろと変容されてこの曲を構成しています。どんなストーリーになっているかは、是非みなさんでイメージを膨らませていただきたいと思います。演奏する人の数だけ、この曲のストーリーが生まれることを心より望んでいます。

◎演奏のヒント

Allegro vivaceの8分の3拍子は♪=144または152くらいが適当だと思います。4分の4拍子になっても8分音符の長さは変わりません。中間部はややテンポを落としてゆったりと演奏して下さい。

157小節以降のTubaパートを演奏するのは、まだ楽器を始めたばかりの若いプレーヤーには困難かもしれません。やむを得ない場合は下の譜面を演奏して下さい。二つの音符が書いている箇所は、奏者が二人以上いるときは両方の音符を、一人の時は下の音符を演奏することをお薦めします。ただ、オリジナルの跳躍が多く含まれるパッセージは「子鹿が戯れる様子」をイメージしており、曲の終わりに向かって楽しい気分を盛り上げるのに大切な役割を果たしているので、最初から諦めずに是非挑戦してみて下さい!

打楽器パートはTimpaniを含めて5人の奏者で演奏するように書いてあります。打楽器奏者が4人しかいない場合は、基本的にはPercussion 4のパートを省略することになります。ただ、練習番号[ I ] [L] [M]にあるBass Drum,[E] [J]のTriangle,[M] [N]のWood BlockはPercussion 1または2の奏者が演奏するようにして下さい。

Timpaniパート、[D] 5小節目でのチューニングは楽器によって間に合わない場合があるかもしれません。その場合は[D]10小節目のLow Fを1オクターブ高いFで代用する方法があります。ただし、この方法は1st Trumpetとの間に発生する連続5度が強調されるので安易に変更することは勧められません。

10:出版楽譜の主な相違点

[ 奈良県吹奏楽連盟版(N)→de haske版(DH)]
(音符等の印刷ミスをのぞく)

31段スコア(N)→25段スコア(DH)
Flutes (1、2)、B♭Clarinets (II、III)、Alto Saxophones (I、II)、Trumpets(II、III)、Trombones(I、II)が各1段にまとめられ、4段で書かれていたPercussionが、Mallet Percussion と2段の Percussion パ-トに書き分けられた(計3段)。

(N)では、[A]~[R]の練習番号が付けられているが、(DH)ではそれを廃し、各小節に小節番号が付けられている。ただし、(DH)の小節番号中、□で囲まれているものは、(N)の練習番号に該当。
楽器名の変更:String Bass (N)→ Double Bass(DH)
(DH)では、編成の異なるヨ-ロッパのウィンド・バンドのためにE♭Horns やE♭ Bass の各パ-ト譜が新たに用意されたほか、Trombone、Euphonium、E♭Bass、B♭ Bass の各パ-ト譜は、高音部記号のものと低音部記号のものが用意されている。

■大仏と鹿
Daibutsu To Shika
作曲:酒井 格
https://item.rakuten.co.jp/bandpower/set-8093/

■ニュー・ウインド・レパートリー2000
大阪市音楽団
https://item.rakuten.co.jp/bandpower/cd-0085/

 

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