■吹奏楽曲でたどる世界史【第13回】パクス・ロマーナ時代(紀元前27年~西暦180年頃)~行進曲≪パクス・ロマーナ≫(松尾善雄)

Text:富樫鉄火

●作曲 松尾善雄 Yoshio Matsuo (1946~)
●発表:2004年(2005年度全日本吹奏楽コンクール課題曲、第15回朝日作曲賞受賞)
●出版:(社)全日本吹奏楽連盟
●参考音源:連盟発行の参考CDほか、2005年コンクール・ライヴ盤など各種。
●演奏時間:約4分
●編成上の特徴:打楽器5パート(ティンパニ含む)。テューブラーベルズあり。
●グレード:3~4

前回述べたスパルタクスの反乱もおさまり、鎮圧したクラッススらによる三頭政治が始まって、古代ローマ帝国はようやく落ち着き始めた。

そして「パクス・ロマーナ」時代がやってくる。「Pax Romana」とは「ローマによる平和」の意味。いわば、古代ローマ帝国が、最もよかった時代のことだ。

始まりは、初代皇帝アウグストゥスの治世。「アウグストゥス」というのは称号で、本名は「オクタヴィアヌス」。あのカエサル(ジュリアス・シーザー)の養子である。彼は、養父カエサルが暗殺(紀元前44年)された後、エジプト女王クレオパトラと組んだアントニウスを破り、エジプトを手に入れる(紀元前31~30年)。

そして紀元前27年、元老院から「尊厳者(アウグストゥス)」の称号を贈られ、全権を掌握、帝政を敷いて初代皇帝となった。

彼は、野望に燃えていた養父カエサルを反面教師にした。主要軍隊を、帝国の外周ギリギリの辺境に重点配備し、外敵の侵入に備えるとともに、これ以上の領土拡大政策をストップさせた。前回述べたように、奴隷の反乱事件は、突き詰めればあまりの領土拡大が元凶だった。その反省があったのであろう。

これによって、ローマ帝国は、将棋でいう「穴熊」(=「王将」の周囲をほかの駒で固め、攻めようがない状態)になった。帝国中心部は堅牢な守りに囲まれ、持久戦のような状況になったのだ。

ここからの約200年間、ローマは、史上空前の繁栄と平和の時代がつづいた。商業活動も盛んになり、道路や水道などのインフラも整備された。それが「パクス・ロマーナ」である。

頂点だった時期は、西暦96~180年にかけての「五賢帝」時代。

ネルウァ、トラヤヌス、ハドリアヌス、アントニヌス・ピウス、マルクス・アウレリウスの五人の皇帝がつづけて治めた時代だが、最後のマルクス・アウレリウスのあたりから、財政悪化や周辺民族の侵入が始まり、事実上「パクス・ロマーナ」の時代は終りを告げる。

ちなみに、このマルクス・アウレリウスの実子で、次の皇帝になるコンモドゥスは、映画『グラディエイター』に登場した、あの敵役である。

さて、そんな時代を吹奏楽曲にしたのが、この≪パクス・ロマーナ≫である。2005年度の全日本吹奏楽コンクール課題曲として一般公募され、朝日作曲賞を受賞した作品だ。この年の課題曲要項は「行進曲」だったので、この曲もマーチである。つい最近の曲なので、読者の中にも「演奏した」「聴いた」人がまだたくさんおられることだろう。

特に具体的な描写があるわけではなく、作曲者自身も述べているように、「ローマ帝国軍団のビジュアル・イメージを、映画音楽風行進曲にしたもの」である。おそらく、実際のパクス・ロマーナ時代にも、こんな雰囲気の曲をバックに、ローマ軍が行進していたのだろう。歓声を送る大群衆の光景も自然と浮かんでくる。

そして、聴けばすぐに分るが、このマーチは、ミクロス・ローザ作曲の映画音楽『ベン・ハー』(1959)への明らかなオマージュである。作曲者自身も、そう述べているほどだ。

ミクロス・ローザ(1907~1995)は、映画『ベン・ハー』の音楽を依頼され、約2年間、舞台となったローマの別荘にこもって古代ローマ時代の音楽の研究調査を重ね、あの素晴らしい音楽を書き上げたのだ(アカデミー音楽賞受賞)。

こちらの曲は、コンクール課題曲のマーチだけあって、特殊技巧を要求されるものではないが、現代の我々がイメージするマーチとは、少々イメージが違う。演奏にあたっては、この映画『ベン・ハー』くらいは、観ておいた方がいい。独特な、飛び跳ねるようなリズムと、盛んに登場する三連符の処理がポイントになりそうだ。

作曲者は、吹奏楽の世界ではもうベテランといっていい。作曲集団「風の会」所属。コンクール課題曲には、1987年のマーチ≪ハロー! サンシャイン≫以来、2007年の課題曲≪ナジム・アラビー≫(Ⅴ=大職一のみ)も含めて7回登場している。

さあ、ついに「紀元前」の時代が終わった。いよいよキリストが登場して、本連載は、次回から「紀元後」=「西暦」の時代に入る。
(注)第6回で紹介した、行進曲≪ラメセス二世≫の作曲者・阿部勇一が、同じテーマで≪パックス・ロマーナ≫(1996)なる吹奏楽曲を書いているが、楽譜も音源も一般入手が容易でないので、今回は割愛した。この曲は、BMGファンハウス音楽出版が発売している教材セット『Allegro.1』の中に収録されている。CD15枚と楽譜・テキストがセットになったもので、学校直販のみの販売である。

<敬称略>

■吹奏楽曲でたどる世界史【第12回】スパルタクスの反乱(紀元前73~71年頃)~交響詩≪スパルタクス≫(ヤン・ヴァンデルロースト)

Text:富樫鉄火

●原題:Spartacus―Symphonic Tone Poem
●作曲:ヤン・ヴァンデルロースト Jan Van der Roost (1956~)
●発表:1988年、ギィデ交響吹奏楽団(ベルギー)によって初演
●出版:de Haske
http://item.rakuten.co.jp/bandpower/set-8282/
●参考音源:
「交響詩スパルタクス」(フォンテック)、
http://item.rakuten.co.jp/bandpower/cd-0306/
「スパルタクス/東京佼成ウインドオーケストラ」(佼成出版社)ほか
http://item.rakuten.co.jp/bandpower/cd-0025/
●演奏時間:約14分
●編成上の特徴:おおむね標準編成だが、オーボエとバスーンは各2必要。2002年に作曲者自身が来日して大阪市音を指揮した際は、コントラバスクラリネット、コントラバスーン、バスサクソフォーン、ピアノ、チェレスタ、ハープが追加された(上記フォンテックCDにライヴ収録あり)
●グレード:6

時代は一気に下る(何しろ、聖書時代を題材にした曲は多いので、あまり細かくやっていると永久に連載が続きそうなので)。

古代ローマ帝国がイタリアをほぼ統一したのが、紀元前3世紀頃といわれている。そうなると次は「領土拡大」だ。南へ行ってアフリカでカルタゴ(現在のチュニジア)と戦争。ギリシャ方面へ行ってマケドニアと戦争。さらに東へ攻め込んでシリアと戦争。とにかく戦争に次ぐ戦争だった。

これだけ戦争ばっかりやっているわけだから、当然ながら「兵士不足」になる。ローマを中心に、平凡な農民が次々と徴兵された。となると、もう畑で農業なんてやってられない。だが農民がいなくなってしまえば食糧が生産されなくなる。そこで残された畑を、いつの間にか金持ちたちが乗っ取ってしまった。しかし、まさか彼らが自分で畑仕事などやるわけない。そこで、征服した周辺地から奴隷を買い入れて、畑仕事や鉱山採掘をやらせるようになった。

彼ら奴隷は、まともな人間の暮らしをさせてもらえなかった。中には、労働ではなく、金持ちどもの見世物として「剣闘士」をやらされる者もいた。しばしば反乱や内乱が発生し、奴隷制度のほころびが見え始めていた。

そんな折、古代ローマ帝国が征服した周辺領土「トラキア」(現在のギリシャ~トルコあたり)から連れて来られた奴隷の中に、「スパルタクス」なる男がいた。

当初は、畑仕事か鉱山採掘などをやらされていたようだが、そのうち剣闘士養成所に入れられる。たぶん、農業よりも、そちらの才能を認められたのであろう。

だが、剣闘士はあくまで見世物だ。いくら訓練して優秀な腕前になったとしても、戦いで勝つか負けるかしかない毎日が待っている。ライオンと闘わされることもあった。仲間が次々と負けて死んで行くのを見て、ついにスパルタクスの怒りは爆発。仲間を率いて養成所を脱走する。すぐに周辺の奴隷たちも合流し、仲間は一大軍団に膨れ上がった。もちろん、すぐにローマの鎮圧部隊が投入されたが、スパルタクス軍は見事に打ち破る。

反乱軍は、イタリア国内を、ある時は鎮圧部隊から逃れながら、ある時は戦いながら、あちこちを駆け巡った。反乱軍の奴隷数は、最盛時で7万人とも10万人とも言われている。

だが、最終的に大富豪クラッススが組織するローマ共和国軍の鎮圧部隊によって追い詰められ、殺される。反乱期間中、のべ20万人の奴隷が戦死したといわれている。最後まで抵抗した6000人の奴隷は、全員処刑となり、アッピア街道沿いに磔となった。

昔から、音楽や映画、演劇、絵画で何度となく描かれてきたこの題材を、ベルギーの人気作曲家ヴァンデルローストが、まことに迫力満点の吹奏楽曲の大作にしている。スコアの冒頭には「un omaggio a Ottrino Respighi(レスピーギへのオマージュ)」とイタリア語で記されている。題材の舞台がイタリアであることに加え、作曲者自身、レスピーギ的な色彩感を追究したものと思われる。

少々考えすぎかもしれないが、吹奏楽でもさかんに演奏される、レスピーギの組曲≪ローマの松≫最終曲<アッピア街道の松>は、古代ローマ軍がアッピア街道を大行進する幻想風景を描いた曲だ。この街道沿いに、えんえんと6000人もの奴隷が磔刑になって、遺体がさらされたのである。ヴァンデルローストの脳裏に、この曲のことがちらついたかもしれない。

曲は主に3部に分かれており、重厚な冒頭部では、剣闘士のムードが描かれる。一部に中東の香りが漂う部分もあるが、おそらくスパルタクスの出身地のトラキアのイメージであろう。

安らかな第2部では、一時の休息を思わせる。映画や物語でよく描かれる、女奴隷とスパルタクスの恋を描いているのかもしれない。

ラストは明らかに反乱の場面、鎮圧部隊との戦いを描いている。ただし、激しさのみに終始することなく、輝かしい場面も多い。明らかに作曲者は、スパルタクスを讃えている。単なる悲劇の英雄として描いてはいないのだ。現に、以後、奴隷に対する扱いは向上したそうなので、決して彼の反乱はムダではなかったのだ。クライマックスの盛り上がりはまことに感動的である。

さらにいえば、スパルタクスの反乱を鎮圧させた大富豪クラッススは、その功で執政官に就任し、のちに、カエサルやポンペイウスとともに「三頭政治」を行なって、古代ローマ帝国の安定を導くのである。スパルタクスVSローマ(クラッスス)の戦いは、お互い「敵ながらあっぱれ」状態だったのではなかろうか。

演奏は、技術面はいうまでもないが、体力勝負のような面もある。ドラマ性を十分に表現する必要もあり、奏者のみならず、指揮者にもかなりの力量が要求されよう。

作曲者ヴァンデルローストは、いまさら紹介の要もない、ベルギーの大人気作曲家。数年前、インタビューで会ったことがあるが、たいへん真摯な人柄で、日本の吹奏楽界を愛してやまない様子がひしひしと感じられた。世界中のバンドから委嘱の申し込みが相次いでおり、「作曲の方は、4年先まで埋まっており、いまは、1小節も書くことはできません」と苦笑していた。
(注1)「Spartacus」は、日本語表記では「スパルタクス」「スパルタカス」と2種類あるので、検索などの際には注意されたい。

(注2)作曲者Jan Van der Roostは、正確に日本語で表記すると「ヤン・ヴァン=デル=ロースト」で、姓が「ヴァン=デル=ロースト」、名が「ヤン」である。近年の日本では、姓が長いこともあって「=」を省略し、つなげて「ヴァンデルロースト」と表記されることが多いので、本稿もそれに従った。
【おまけ解説】
「スパルタクスの反乱」は、旧ソ連の作曲家ハチャトリアンがバレエ音楽にしており、そこから編まれた組曲≪スパルタクス≫として、吹奏楽版でよく演奏されている。ドナルド・ハンスバーガー編曲版と、仲田守編曲版があるようだ。

数年前、近年人気の歴史小説家・佐藤賢一が『剣闘士スパルタクス』(中央公論新社)を上梓している。演奏の際には、絶好のイメージつくりの参考書になるだろう。

また、『2001年宇宙の旅』(1968)で知られる異端の映画監督スタンリー・キューブリックが、この史実を『スパルタカス』(1960)と題して映画化している。もし、ヴァンデルローストの曲を演奏するのであれば、特にこの映画は必見である。

そもそもこの映画は、主役カーク・ダグラスが自ら出資・製作・出演したワンマン映画であった。当初はアンソニー・マン監督で撮影に入ったのだが、トラブルが続出し、彼は2週間で監督をクビになる。そこで急きょ呼ばれたピンチヒッターが、キューブリックだったのだ。

変わり者のキューブリックは、ブツブツ言いながらも、何とか完成させ、なかなかの出来になったのだが、自身は終生「あれは自分の映画ではない」と言い続けていた。一部に、前監督の撮影したフィルムが使われていた上、ハリウッド大作嫌いのキューブリックとしては、敵の言いなりになってしまったような屈辱感があったに違いない。

だが映画を見ると、なかなかどうして。さすがは異端監督、独特の味付けである。数千人の奴隷の反乱シーンも迫力満点だ。ここでキューブリックが描いたのは、単なる奴隷の反乱ではなく、「支配者」と「被支配者」の、普遍的な姿であった。そして、「被支配者」は、常に抵抗を続けることでこそ存在意義が際立つ、その哀しさと勇壮ぶりを見事に描いたのである。まさにキューブリックこそは、ハリウッドに抵抗し続けたスパルタカスだったのである <敬称略>

■吹奏楽曲でたどる世界史【第11回】ソロモン王とシバの女王(紀元前950年前後)~バレエ組曲≪シバの女王ベルキス≫ (レスピーギ)

Text:富樫鉄火

●原題:Suite from The Ballet ”Belkis,Regina di Saba”
●作曲:オットリーノ・レスピーギ Ottorino Respighi(1879~1936)
●編曲:[1]木村吉宏、[2]小長谷宗一
●発表:1932年バレエ原曲初演(ミラノ)、[1]1994年(大阪市音楽団が初演)、[2]1989年(福岡工業大学付属高校の委嘱初演)
●出版:[1]De Haske(第1・2楽章、第3・4楽章の分売)、
http://item.rakuten.co.jp/bandpower/set-8133/
http://item.rakuten.co.jp/bandpower/set-8134/
[2]全音楽譜出版(レンタル)
●参考音源:
[1]『Belkis,Regina di Saba』(De Haske/海外盤)
http://item.rakuten.co.jp/bandpower/cd-0016/
『ニュー・ウインド・レパートリー1998』(大阪市教育振興公社)ほか。
[2]『ザ・レスピーギ! シバの女王ベルキス』(東芝EMI)ほか
●演奏時間:計約25~26分(約9分+約3分+約8分+約5分半)
●編成上の特徴:[1]標準編成外のパートとして・・・オーボエ1・2、イングリッシュホーン1、バスーン1・2、コントラバスーン1、B♭ソロクラリネット&B♭クラリネット1・2、コントラバス・クラリネット1、トランペット1~4&バンダ(別働隊)、コルネット1・2、ハープ1・2、チェレスタ、ピアノ [2]も、おおむね[1]と同。
●グレード:5~5超

前回まででお分りのように、イスラエルの民は紀元前1000年前後、約束の地カナンに「古代イスラエル王国」を築いた。そして、ソロモン王の時代に最大の繁栄期を迎えることになる。

この「ソロモン王」とは、前回の≪春になって、王たちが戦いに出るにおよんで≫(ホルシンガー)で描かれた、イスラエル統一の英雄「ダビデ王」の「息子」である。今回は、ソロモン王の曲を紹介するのだが、要するに二代にわたって吹奏楽曲になっている、なかなか珍しい親子なのだ。

ソロモン王は、軍事から政治、文学まで、すべてにおいて完璧だった。“叡智の王”とまで称され、『旧約聖書』の中にも、ソロモン王の格言や詩篇が収録されている。

その叡智がどれほどのものか試そうと、シバ王国の女王が、多くの貢物を抱えてソロモン王を表敬訪問することになった(シバは、「サバ」や「シェバ」の表記もあり)。この女王の名前は不明だが、コーランでは「ベルキス」(「ビルキス」の表記もあり)と呼ばれている。驚くほどの美人だった(と思うことにしよう。そのほうが、演奏効果が高そうなので)。

シバ王国は、アラビア半島(現在のイエメンあたり)にあったといわれる国で、ヨーロッパとアジアを結ぶ「海のシルクロード」上にあり、交易で栄える豊かな国だった。紀元前にダムまで建築していたそうだ。

余談だが、ベルキスの美貌を耳にしたソロモン王の方が、彼女をイスラエルに招いたとの説もあるし、あるいは、交易基地をイスラエルに確保するため、女王自ら交渉に出向いたのだ、との説もある。

いずれにせよ、噂はほんとうだった。ソロモン王は、ベルキスのあらゆる質問に、見事に答えた。その態度も実に立派だった。そのほか、息を呑むばかりの美しい宮殿、数々の返礼品に、ベルキスは言葉を失った。

ここから先はお伽話(だと思う)だが……ソロモン王も、ベルキスの素晴らしい脚線美に、目を奪われた。2人は恋に落ち、両国は連合を結ぶ。

2人の間に生れたメネリク王子は、のちにアフリカ大陸に渡り、エチオピア王国を建国する。ベルキスは現在のエチオピア一帯(海を挟んでシバ王国=現在のイエメンの目の前)を治めたとの伝説もあるので、息子に領地を与えたようなものかもしれない。

その際、メネリク王子は、父ソロモン王から「アーク」=十戒の石片を納めた柩を授かり、エチオピアへ持ち込んだ……あの、映画『レイダース/失われたアーク《聖櫃》』(1981)に登場した柩である。確かに、エチオピアには、いまでも「アークを保存する聖堂」があって、観光名所にもなっているそうである(ただしアークは非公開!)……。

少々脱線したが、この「ソロモン王とシバの女王」のエピソードを、イタリア近代音楽の巨匠レスピーギが、バレエ音楽化したのが≪シバの女王ベルキス≫である。ラストでは、舞台上に数百人ものダンサーが登場するとんでもないスペクタクル・バレエだったようだ。

レスピーギといえば、芳醇華麗なオーケストレーションが売り物だ。その彼が晩年に全力で挑んだだけあって、究極の響きを伴う巨大なスコアとなった。

のちにレスピーギは、この80分に及ぶバレエ音楽全曲の中から要所をダイジェストした組曲を編む。これが吹奏楽版になっているわけだが、いまでは、原曲よりも、吹奏楽版で演奏される機会の方がはるかに多く、まるで吹奏楽オリジナル曲であるかのような錯覚さえ生れている状況である(原曲はあまりに巨大すぎて、バレエともども、いまではめったに演奏・上演されない)。

そもそも原曲に管打楽器の活躍する部分が多く、また、バレエ音楽ゆえ、リズム感が強調された曲なので、あまり違和感なく吹奏楽版に移行できた。

そして、各楽章の演奏時間がコンクール自由曲にピッタリなばかりか、抜粋による再構成もしやすかったせいもあって、驚くほど多くのバンドが取り上げた。ゆえに、大ヒット吹奏楽曲となったのだ。

構成は、全4楽章。バレエ原曲のストーリーに従うと、第2楽章と第3楽章は逆なのだが、音楽としては、この方がおさまりがよいので、この順で演奏されるようになった。

第1楽章<ソロモンの夢>は、ソロモン王のハーレムを描写する、極めて妖しい音楽から始まる。次第に盛り上がって、ファンファーレがつづき、後半は2人の出会い、そして、女王ベルキスがソロモン王に魅入られるまでが、ソロモン王の「夢」として描かれる。こんな曲を中高生が演奏してもいいのかと思いたくなるほどエロチックな、あまりに個性的な音楽である。演奏時間8~9分。

第2楽章<戦いの踊り>は、ベルキス歓迎の祝宴とおぼしき場面。強烈なリズムと金管の咆哮が交錯する。短い断章だが、たいへんなテクニックを要求される難所でもある。演奏時間3分前後。

第3楽章<夜明けのベルキスの舞い>は、構成上逆転しているが、ベルキス初登場の場面。早朝、目覚めたベルキスが、おそらく半裸に近いスタイルで、太陽を愛でている・・・そう思わせるほどねっとりした音楽がつづく。しかもけっこう長いので、相応の実力がないと、いったい何を演奏しているのか分らなくなる、モヤモヤ音楽である。演奏時間8分前後。

第4楽章<饗宴(バッカス)の踊り>は、クライマックス。2人が結ばれたことを祝って、「狂宴」と呼びたくなるような激しい饗宴が繰り広げられる。中間部でいったん静まるが、すぐにまた盛り上がり、細かい音符の嵐で構成された、究極のスコアが展開する。ラストは、同じレスピーギの≪アッピア街道の松≫なみの息の長さを要求される。抜粋演奏の場合、この楽章をカットすることは、ほぼありえない。演奏時間5~6分。

現在、主として木村版と小長谷版の2種類がよく演奏されている。特に大阪市音楽団の団長(指揮)を長くつとめた木村吉宏による版は、海外出版のせいもあって、世界各地で演奏されている。

どちらも究極の表現力を要求されるスコアで、全曲演奏はアマチュアには楽ではないが、楽章ごとの個性がはっきりしているので、一部のみの演奏でも十分効果はある。おおむね、第1楽章と第4楽章がよく演奏されているようだ。

ともに編成は巨大である。通常のアマチュア・バンドで、この編成を実現させることは楽ではなかろう。中身も並大抵のスコアではない。やりたくなる気持ちは分るが、くれぐれも、自分たちの実力をよく客観視してからトライしていただきたい。

前回の≪春になって~≫と、この曲をつづけて演奏したら、親子二代にわたる「古代イスラエル王国」史になるけど……そんなコンサートやったら、ぶっ倒れちゃうかな?

【おまけ解説】

いまの若い方々にはピンと来ないかもしれないが、音楽で≪シバ(サバ)の女王≫といえば、グラシェラ・スサーナによるラテン・シャンソンが、1970年代、一世を風靡したものだ。

グラシェラ・スサーナは、アルゼンチンのタンゴ歌手だったが、現地を訪れた日本のタンゴ歌手・菅原洋一に見出され71年に来日。たどたどしい日本語なのに、どこか郷愁を感じさせる独特の歌声で、様々なムード音楽を歌った。中でもミシェル・ローラン作曲、なかにし礼訳詞の≪サバの女王≫は、ソロモン王に魅入られたシバの女王の立場で恋を歌ったシャンソンで、事実上、彼女のテーマ音楽とでもいうべき人気を呼んだ。「ワ~タシハ、アナタノ~ォ、ア~イノ~ォ、ドレイ~」という、あのサビを覚えている方は、いまでも多いはずだ。彼女はその後も歌いつづけ、アルバムも多く出したが、後年の新録音に、初期の魅力はない。もし聴かれるならば、絶対に1970年代の録音で聴くべきである。

この曲はポール・モーリア楽団も演奏しており、これもまた、ムード音楽の代名詞のように広く愛聴されている。

……と、以上を読んで、「そんな話、吹奏楽に何の関係があるんだ」と思われるかもしれないが、実は、このムード音楽≪サバの女王≫も、立派な吹奏楽版となって、さかんに演奏された時代があるのだ。ヤマハの「ニュー・サウンズ・イン・ブラス」シリーズの1977年版の1曲に、小野崎孝輔編曲でちゃんと収録されていた(現在は絶版だが、ヤマハのオンデマンド出版で入手可能)。音源も、最近出た「ベスト ニュー・サウンズ・イン・ブラス100」(東芝EMI)に再録されている。

また、ミュージック・エイト社の楽譜「吹奏楽ヒット曲」シリーズにも、いまでもちゃんと残っている。山下国俊編曲≪シバの女王≫! 解説によれば「哀切きわまりないメロディー……まさしく不滅のスタンダードナンバー。まず冒頭のフレーズがいきなり聴衆の心をとらえ……魅惑的なムードミュージックの世界が展開されます」とある。

70年代を経験している方には、レスピーギ以上に愛着を感じる曲のはずである。
※本稿中の「木村吉宏」の「吉」は、正確には上部が「土」です。
<敬称略>

■吹奏楽曲でたどる世界史【第10回】イスラエルを統一した英雄王ダヴィデ(紀元前998年頃)~春になって、王たちが戦いに出るにおよんで(ホルシンガー)

Text:富樫鉄火

●原題:In The Spring At The Time When Kings Go Off To War
●作曲:デヴィッド・R・ホルシンガー(アメリカ) David R. Holsinger(1945~)
●初出:全米学生友愛会などの委嘱により1986年初演。同年、オストワルド賞を受賞。
●出版:Southern Music
http://item.rakuten.co.jp/bandpower/set-9693/
●参考音源:「The Symphonic Wind Music of David R. Holsinger Volume2」(Mark Custom/TRN Music 海外盤)。「神話 MYTHOLOGY 1977-2002/出雲高等学校吹奏楽部」(ブレーン)ほか、コンクール・ライヴ盤が各種あるが、ほとんどが抜粋演奏。
ほか
http://item.rakuten.co.jp/bandpower/cd-0426/
http://item.rakuten.co.jp/bandpower/cd-1006/
http://item.rakuten.co.jp/bandpower/dvd-9011/
●演奏時間:約12分(スコアには「演奏時間10分」と書かれているので、作曲者は相当早い演奏をイメージしていたのかもしれない)
●編成上の特徴:コルネット1~3+トランペット1・2、ピアノ、ティンパニのほかにパーカッション1~7パートまであり。奏者たちの「声」がかなり重要。
●グレード:6超

「聖書」に、『旧約聖書』と『新約聖書』があることはご存知だと思う。

昔、「聖書を読むなら『新訳』に限る」なんて冗談があったが、いうまでもなく「旧訳/新訳」ではない。分りやすくいえば、神とイスラエル人との「旧(ふる)い契約」に基づく記録が『旧約聖書』。その神が救世主としてイエスを遣わして結ばれた「新しい契約」が『新約聖書』である。『旧約聖書』は、ユダヤ教、キリスト教、イスラム教の聖典とされているが、『新約聖書』を聖典にしているのはキリスト教だけだ。

で、これら『旧約/新約聖書』を、それぞれ「1冊の本」と思っている方がいるが、実際には「全集名」。つまり、複数の書物をひとまとめにして、『旧約/新約聖書』と呼んでいるのである。『旧約聖書』の場合、一般には、39の正典とそのほかの外典書による全集ということになっている。

どこの誰が書いたのかは分かっていないが、これだけたくさんの書物で同じイスラエルの歴史について記録しているわけだから、当然、ダブって書かれた部分もたくさんある。
たとえば「サムエル記」「列王紀」「歴代志」などに、共通してほぼ同じエピソードが描かれている人物がいる。それが今回の主役「ダヴィデ王」だ。主として「サムエル記」で描かれる、イスラエル王国を実質統一した英雄である。よく美術の教科書に出ている、ミケランジェロの彫刻「ダヴィデ像」(全裸の若者姿)、あの人だ。トランプの「スペードのキング」のモデルだとの説もある。

前回説明した「士師」たちの時代が過ぎて、ようやくイスラエルの民たちも「国家」らしき形態を作り始めた。初代王は「サウル」。だがサウル王は自信過剰で、神の命令にも背くようになった。神は、サウルに代わる王にダヴィデを指名する。だがダヴィデはすぐに王位に就かず、しばらくサウル王の下で仕えた。なかなか控えめな青年だったのだ。

ダヴィデは、巨人ゴリアテを倒し、一躍スターになる(その戦いに挑む直前の姿を描いたのが、前述ミケランジェロの像)。この功績でダヴィデはサウル王の娘と結婚するのだが、義父サウルは、次第にダヴィデに嫉妬するようになり、自分の王位を狙っていると思い込む。そして、ダヴィデ暗殺指令を発するのだが……。

ここから、まことに波乱万丈、泣かせる記録がつづくのだが、本稿は「聖書物語」ではないので、一気に省略させていただく。

……とにかくいろいろあって、戦死したサウル王に代わって、ようやくダヴィデが王になった。彼は南北に分裂していたイスラエルを統一し、周辺のペリシテ人を圧し、エルサレムを首都に定め、一大王国を作り上げた。

この過程で、ダヴィデは様々な戦闘に出ている。たとえば、『旧約聖書』の「歴代志」上巻第20章の、冒頭3詞章に、こういう記述があった(分りやすいように筆者が補足したので、聖書そのままの文言ではない)。

【1】年があらたまり、春になって、王たちが戦いに出るにおよんで、軍司令官ヨアブは、アンモン人の地を攻め、包囲した。しかしダヴィデ自身はエルサレムにとどまっていた。ヨアブは町を攻略し、破壊した。

【2】ダヴィデは、その地の王の冠を奪い取った。それは1キカルの金で作られ、宝石で飾られていた。これはダヴィデの頭を飾ることになった。ダヴィデがこの町から奪った戦利品はものすごい量になった。

【3】ダヴィデはその町の人々を殺さず、のこぎり・つるはし・斧などを持たせて働かせた。ほかの町々もすべてこのようにした。それからダヴィデと兵士たちはエルサレムに凱旋した。

この、たった3詞章を10数分で描いた吹奏楽曲が、今回ご紹介する≪春になって、王たちが戦いに出るにおよんで≫である。曲名は、上記の通り、「歴代志」第20章第1詞章の冒頭から取られた。別の邦訳もあるが、多分、日本では、この訳がいちばん浸透しているであろう。

『旧約聖書』には、ダヴィデ王を描いた本が多い。だが一般的には、ダヴィデ王に関する記述は「サムエル記」から引用されることがほとんどだ。なのにホルシンガーは、「サムエル記」ではなく、「歴代志」を参照した。なぜなら「歴代志」が『旧約聖書』に収録されたのが最後だったからで、そのため、細かい部分の記述が「サムエル記」よりも詳しかったからだ。どうも「歴代志」の筆者は、最初に書かれた「サムエル記」などの書物に不満があったらしい。そこで、不足分を補いながら、あらためてイスラエルの歴史を綴ったのが「歴代志」なのだ。いわば「増補改訂版」である。

だから、同じ文章がいくつか出てくる。たとえば<春になって王たちが戦いに出るにおよんで……>という文章も、すでに「サムエル記」下巻の第11章冒頭に出ている。だが、そのあとの戦いにまつわる記述が、「歴代志」の方が詳しかった。そこでホルシンガーは、「歴代志」のほうをもとに音楽化したようである。

全体は、バーバリズムとでもいうか、確かに初期文明の、まだ野性が人間性を支配していた時代の闘いを思わせる曲調である。奏者たちの「叫び声」もふんだんに使用される。その「声の出し方」も楽譜上にかなり具体的に指示されている。「女声」「男声」の別、音程が記された箇所もある。管打楽器も通常の奏法を逸脱し、効果音的に演奏する部分が多く、「図形楽譜」も出てくる。アドリブ奏法もある。とうていブレス不可能な長音を伸ばす部分には「staggaer breath」(適宜息継ぎせよ)とある。テンポ変更、リズム変更も、ものすごい頻度でつづく。

こういった様々な技法を駆使して、ダヴィデ軍が闘いに出て凱旋してくるまでが描かれる。戦闘場面は実に圧巻であり、概してダヴィデの英雄果敢ぶりを描写しているようであるが、要するにこれは、吹奏楽表現の限界に挑戦しているような、大変な曲なのである(一応、本稿ではグレードを「6超」としたが、そもそもグレードがどうのこうのというレベルの曲ではない)。ホルシンガー流とでもいうべきか、曲の最後は、クライマックスがいつまでもつづく。86年に初演され、オストワルド賞を受賞した名曲で、いまのところ、ホルシンガーの最高傑作と称して間違いないと思う。「ダヴィデ」の英語は「デヴィッド」である。まさに、ホルシンガーの名前だ。自らと同じ名前を持つ伝説の英雄を音楽化するにあたっては、格別の思い入れがあったのではなかろうか。

とにかくダヴィデ王の登場でイスラエルはついに統一国家となり、ここからまた、新たな歴史が始まるのである。

作曲者ホルシンガーは、現在、クリーヴランドにあるリー大学ウインドアンサンブルの音楽監督。宗教を題材にした曲からポップス手法を取り入れた曲まで、様々なタイプを書いている。近年では、≪スクーティン・オン・ハードロック!~3つの即興的ジャズ風舞曲~≫≪アメリカン・フェイス≫≪大空への挑戦≫などがよく演奏されている。

なお、作曲者名の発音は、日本では「ホルシンガー」「ホルジンガー」が混在しているので、検索などの際には、両方を試されたい(アメリカ人が発音しているのを聞いたことがあるが、「ホーズィンガー」みたいな感じで、「シ」のような「ジ(ズィ)」のような、微妙な感じだった)。
<敬称略>

■吹奏楽曲でたどる世界史【第9回】豪腕の士師サムソン~歌劇≪サムソンとデリラ≫より~バッカナーレ(サン=サーンス)

Text:富樫鉄火

●作曲:シャルル・カミーユ・サン=サーンス(フランス)
Charles Camille Saint-Saens(1835~1921)
●初出:オペラ原曲初演1877年(吹奏楽版初演は不明)
●編曲:たいへん多いので略す。編成や実力に合わせて選んでいただきたい。近年はLeigh Steiger編曲(Neil A Kjos Music版/グレード5)がよく演奏されているようだ。
●参考音源:「レジェンダリーV/阪急百貨店吹奏楽団」(BRAIN)、
「関西の吹奏楽2005 VOL.1」(日本ワールドレコード)など(どちらもSteiger編曲。後者は大阪市立墨江丘中学校の演奏)。「シンフォニック・ウインド・ハイライツ」(World Wind Music/海外盤)には、オランダ・トルン吹奏楽団の演奏で、オペラ内の様々なシーンをハイライト構成した20数分に及ぶオリジナル編曲が収録されている。
http://item.rakuten.co.jp/bandpower/cd-0166/
http://item.rakuten.co.jp/bandpower/cd-0995/
http://item.rakuten.co.jp/bandpower/cd-3386/
http://item.rakuten.co.jp/bandpower/cd-3961/
●演奏時間:約4~8分(編曲やリピートの有無によってかなり変わる)
●編成上の特徴:どの版も、ほぼ標準的な編成と思われる。
●グレード:3~5など、編曲によって様々。

『旧約聖書』は、巻を進めるに従って、史実に即した記述が多くなってくる。特に、「士師記」あたりからは、ほぼ、考古学的にも正確な出来事が中心になっていると言われている。

イスラエルの民が約束の地カナンに落ち着き、何となく「国家」の原形のようなものが出来上がり始めた。そうなると「リーダー」が必要になってくる。それが「士師(しし)」だ。「士師」とは、「裁き司」などとも呼ばれるが、いわば「地域リーダー」のことである。実際には、腕っ節の強い地域の豪腕者が、トラブルの仲介役を果たしていたようだ。日本の大昔にあった「豪族の族長」みたいなものかもしれない。

「士師記」は、そんなイスラエル初期の「地域リーダー」たちの行状に関する記録集である。けっこう生々しい話も多い。その中で最も有名なエピソードが、この「サムソンとデリラ」伝説だ。

イスラエルの民がカナンに落ち着くと、「海の民」ペリシテ人が近隣に現れ、いざこざが多く発生する(この「ペリシテ」が、「パレスチナ」の語源といわれている)。

そのうち、イスラエルの民の行いが神の怒りを買い、ある時期から、イスラエル人は、このペリシテ人の支配下に置かれることになる。そしてイスラエル人の中から、「士師」サムソンが登場する。

このサムソン、たいへんな大男で、怪力の持ち主だった。「士師」としては頼りがいもあったが、日常から、よくいえば豪放磊落、悪くいえば傍若無人な性格で、ペリシテ人とトラブルばかり起こし、とうとう追われる身になる。

ある時、サムソンは、ソレクの谷に住むデリラなる遊女と親しくなり、入りびたりになる。それを好機と見たペリシテ人は、デリラを買収し、サムソンの弱点を探り出すよう、持ちかける。だが、サムソンは、なかなか怪力の秘密を明かさない。

デリラは、「あなたは三度も私の願いを断った。もう私を愛してはいないのね。口ばかりじゃないの」と迫る(要するに、徹底的な色仕掛け)。メロメロになったサムソンは、ついに秘密を明かす。それは、彼の「長髪」にあった。髪を切られると、怪力を失うのだ。

秘密を知ったペリシテ人は、さっそくサムソンが眠っている間に髪を切り、捕らえ、拷問して目をえぐる。

無力の盲人になったサムソンだが、やがて髪が伸び、怪力を取り戻すと、神殿の柱を揺すって、数千人のペリシテ人を道連れに神殿を崩壊させ、最期を迎えるのだった……。

昔からたいへん有名なエピソードで、筆者などは、ある地方で、<サムソンとデリラ>なる名前の美容室まで見たことがあるが、要するに、いくら強い男でも女性の色仕掛けには勝てないという、戒めみたいな話なのであろう。

これをオペラ化したのが、フランスのサン=サーンス。近年、吹奏楽でもよく演奏されている≪動物の謝肉祭≫の作曲家だ。当初はオラトリオのつもりで作曲を始めたが、出来上がってみたらオペラになっていた。現在でも、ビゼー≪カルメン≫に次ぐ、フランス・オペラの人気作品である。

ヒロインのデリラ役がメゾ・ソプラノだったり、本来がオラトリオの予定だったので、地味な作品に思われがちだが、デリラの名アリア<あなたの声に私の心は開く>などは、ムード音楽一歩手前のメロディで魅了する。フランス語の響きが、何ともエロチックである。演出によっては、ラストの神殿崩壊で、派手なスペクタクルを見せてくれることもある。

このオペラの第3幕、サムソンを捕らえたペリシテ人たちの祝宴で繰り広げられるバレエ・シーンが、この<バッカナーレ>である。

なかなかスピード感にあふれたエキゾチックな音楽であるが、本来が淫猥な男女乱交の踊りであり、実際、オペラの演出によっては“十八禁”的なヴィジュアルが展開する。いまは知らないが、一時期、メトロポリタン歌劇場で上演されていた演出では、全身黒塗り、半裸のバレエダンサーが男女入り乱れて登場し、なかなか「う…」なシーンであった(DVDになっているはず)。

1949年には、アメリカで超大作映画にもなった。ラストの神殿崩壊もちゃんと見せてくれた。サムソンを筋肉マンのヴィクター・マチュアが演じていたが、デリラを演じたのがへディ・ラマールなる女優で、その妖艶な顔つきとボディに、これもまた「う…」となったものだ。

それが吹奏楽版になっており、けっこう古くから演奏されているわけだが、≪シバの女王ベルキス≫同様、中高生がこれを演奏しているのを聴くと、「この子たち、本当に分って演奏してるのかねえ」と言いたくなってしまう。指導者は、そのへん、うまく説明してあげてください。

吹奏楽版は、昔から内外で様々なものが出ており、コンクールでもさかんに取り上げられている。編曲には、冒頭、オリジナルどおりにオーボエのレチタティーヴォ風ソロがある版と、最初からいきなりダンス・シーンに入る版など、何種類かある。上欄ではグレード5のSteiger編曲を挙げたが、そのほか、中編成向けにグレード3~4程度にまとめられた編曲も多くあるので、いろいろリサーチしていただきたい。

基本的にバレエ音楽なので、飛び跳ねるようなリズム感の表現にすべてがかかっている。もちろん、エキゾチックにしてエロチックな表現も求められる。そういう意味で、そう簡単なスコアではない。

【注】この曲を検索する際は、「サムソン/サムスン」「デリラ/ダリラ」「バッカナーレ/バッカナール」など、微妙な発音の違いで数種類の邦訳があるので、注意されたい。
<敬称略>

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