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■吹奏楽曲でたどる世界【第47回】朝鮮戦争~クロマイト作戦(1950~53) ~仁川<インチョン>(ロバート・W・スミス作曲)

Text:富樫鉄火

●作曲:ロバート・W・スミス Robert W.Smith (1958~)
●原題:INCHON
●初出:2000年(作曲者自身の指揮で、退役軍人の日記念コンサートにて初演)
●出版:Belwin-Mills/Warner
http://item.rakuten.co.jp/bandpower/set-9649/

●参考音源:『INCHON~The Music of Robert W.Smith Vol.2』 (Warner)、『ニューウインドレパートリー2002』(大阪市教育振興公社)
http://item.rakuten.co.jp/bandpower/cd-0200/
http://item.rakuten.co.jp/bandpower/cd-1139/

●演奏時間:約10分
●編成上の特徴:大型編成。標準編成を超える指定・・・尺八もしくはアルトフルート(フルート代用可)、オーボエ1・2(内、1本イングリッシュホーン持ち替え)、コントラバス・クラリネット、ピアノ(もしくはシンセサイザー)、打楽器5パート(ティンパニ含む。舞台裏でオーシャンドラム必要)。
●グレード:5

第2次世界大戦は、1945年に終わった。これでアジアにも平穏な日々が訪れるかと思いきや、そうはいかなかった。

戦後すぐ、朝鮮半島北部に、パルチザン・リーダーの金日成を中心とする共産勢力が集結し始めた(言うまでもないが、この金日成とは、昨今、拉致問題などで注目を浴びている金正日将軍の父親である)。これに対し、南部では、李承晩による反対勢力が臨時政府を樹立。朝鮮半島は、一触即発の状態に陥った。

やがて1948年、李承晩はアメリカの後押しで、南部に「大韓民国」を設立。対抗して金日成は、ソ連のバックアップを得て、北部に「朝鮮民主主義人民共和国」(北朝鮮)を設立。朝鮮半島は、事実上、米ソによって南北に分断された。

北朝鮮を支援していたソ連軍は、アメリカとの直接対決を嫌い、のちに撤退。北朝鮮は孤立する一方、自ら半島を統一しようとする。

そして1950年6月、約10万の北朝鮮軍が38度線を突破し南下を開始。ここに「朝鮮戦争」が始まった。

国連安保理事会は、すぐにアメリカ軍25万人を主力とする「国連軍」を結成、派遣するが、北朝鮮軍の勢いは止められず、あっという間にソウルが陥落する。

さっそく、日本に駐留していたアメリカ軍が追加投入されるが【注1】、それでも北朝鮮軍の優勢は変わらず、戦況は行き詰まる。国連軍は釜山(プサン)近辺で何とか踏み止まっていた。

同年9月、占領軍総司令官マッカーサー元帥は、一発逆転を目指し、決死の「クロマイト作戦」を敢行する。海沿いの町・仁川(インチョン)に国連軍を一挙に上陸させ、北朝鮮軍を、釜山と仁川から挟み撃ちにする作戦だった。これが見事に成功し、北朝鮮軍は敗走。ソウルは国連軍の手で奪回された。

これで朝鮮戦争も一段落しかけたかに見えたが、その後も韓国=国連軍が北朝鮮の首都・平壌(ピョンヤン)を制圧したかと思えば、今度は中国=ソ連軍が圧倒的な戦力で北朝鮮軍を援助。あっという間に平壌は奪回され、それどころか、ソウルまでもが再び陥落。韓国・国連軍は壊滅状態に陥るなど、戦況は一進一退を繰り返し、「シーソー戦争」と称される泥沼状態に陥った。

半島全土は荒廃の一途をたどり、ようやくソ連側の提案で休戦協定が結ばれたのは、1953年7月。この間、両陣営あわせて400万人の死傷者を数え、無数の離散家族を生んだ。しかし結局、朝鮮半島は南北に分断されたまま、いまに至っている。

この戦争が契機のひとつとなって、日本に警察予備隊(現・陸上自衛隊)が誕生し、日米安保条約の改定につながった。また、アメリカ軍兵士のほとんどが日本国内の米軍基地から参戦した関係上、多くの兵器製造・修理・調達を日本の大企業が請け負い、「朝鮮特需」と呼ばれる好景気に見舞われた。当時、日本は米軍の要請に応じて掃海艇を極秘派遣しており(事実上の戦争参加)、犠牲者も出ている。このことは、後日、国会で明らかになり、大問題になった。

作曲家ロバート・W・スミスの父親は、この戦争に参加していたそうで、父親への思い出として、仁川上陸作戦=通称「クロマイト作戦」を音楽化したのが、この≪インチョン≫である。

冒頭、オーシャンドラム(波の音)が海岸線を描写し、尺八(もしくはフルート)のアジア風旋律が流れる。そこへ、打楽器群が模写するヘリコプターのプロペラ音が近づいてきて、戦闘が始まる(小型ヘリコプターが活躍した最初の戦争だった)。

やがて音楽は、朝鮮民謡≪アリラン≫のモチーフを織り交ぜながら【注2】、激しい戦争の描写に移る。我々日本人が聴くと、朝鮮と中国が一体になっているように感じられる部分もあるが、演奏時間約10分、とにかく迫真の戦闘描写がつづく。ラストには、何ともいえない虚しさも漂っている。

決して戦争賛美の音楽ではないが、朝鮮戦争は日本のすぐ隣りで発生した悲劇であり、様々な意味でわが国も関与した戦争だったので、それがアメリカで吹奏楽曲化されたのは、少々複雑な思いである。

しかもこの戦争は、はるか彼方の歴史上の出来事ではなく、つい最近、我々の目の前で起きた戦争だ。それゆえ、この曲を若い人たち(特に中高生)が演奏する際は、指導者が、キチンと戦争の実情や意義を伝え、単なる音のパノラマ再現にならないよう、十分配慮をしていただきたい。この曲は、あくまで「アメリカ人スミス」の視点によってつくられており、我々日本人の見方とは、どこか違っている。非アジア人によって創作された音楽であることを、演奏者は忘れてはならないと思う。

作曲者スミスは、いま、世界で最も注目されている一人。たいへんな多作家で、日本では≪海の男たちの歌(船乗りと海の歌)≫や、ダンテの詩篇をもとにした≪神曲≫などで知られている。スケール豊かな大曲から、初級レベルの小曲まで、様々なタイプの音楽を書くオールマイティである。編曲も多い。≪神曲≫は全4楽章の大作だが、日本では、第1楽章<地獄篇>がよく演奏されているようだ。本連載では、第31回≪機関車大追跡≫で登場した作曲家だ。

なお、この≪インチョン≫は、後日、作曲者自身によって、フル・オーケストラ版に編曲されている。
<敬称略>
【注1】
当時、朝鮮半島に投入されたアメリカ軍兵士の多くは、一度日本の米軍基地に降り立ち、そこから飛び立って行った。そのため、この頃の日本国内の米軍基地は「大混雑」だった。

1950年7月11日深夜、九州・小倉(現・北九州市)の米軍基地内に朝鮮行きのため待機させられていた黒人兵数百人が集団脱走し、小倉市内で暴動を起こして多くの日本女性がレイプされる事件が発生した。彼らは武装しており、鎮圧に乗り出した占領軍憲兵隊との間で、市街銃撃戦にまでなった。

この事実は、アメリカ占領軍による報道管制によって伏せられ、当初、まったく報道されなかった。襲撃を受けた小倉市民や、レイプされた女性たちは、泣き寝入りするしかなかったのだ。1958年、作家・松本清張が、この事件を『黒地の絵』と題して小説化したことで、ようやく一般人にも広く知られるようになった。

脱走暴動を起こした兵士たちは、明日にも朝鮮戦争の最前線へ送り込まれる自らの身を案じ、自暴自棄になっていたのである。しかも、全員、黒人兵だった。危険な戦場の最前線には、まず黒人を送り込む……アメリカという国の実像を見せつけられた事件であった。
【注2】
この曲にかすかに流れる朝鮮民謡≪アリラン≫が、やはりアメリカで吹奏楽曲になっており、長年にわたって演奏されつづけている。ジョン・バーンズ・チャンス(1932~72)作曲の≪朝鮮民謡の主題による変奏曲≫だ。

作曲者チャンスは、陸軍バンド時代、朝鮮戦争後の韓国に赴任しており、現地でこのメロディを何度か耳にしたそうで、退役後、吹奏楽曲としてまとめた。特に朝鮮戦争をテーマにした曲ではないが、チャンス自身の内面には、それなりに思うところがあったに違いない。

有名な≪アリラン≫のメロディが、5種類の変奏で表現されている。オストワルド賞やABA(アメリカ吹奏楽指導者協会)作曲賞も受賞しており、発表以来、いまでも演奏されている、スタンダード・ロングセラーである。それだけ、音楽的にもたいへんまとまった、優れた曲なのだ。

特に、すべての楽器に、基本的な奏法のほとんどがうまく駆使されているので、特にアマチュア・バンドにとってはテキストの一種としても通用するだろう。標準編成を超える指定はコントラバス・クラリネットくらいだが、これはいくらでも対応できる。ただ、打楽器の活躍する部分が多く(チャンスは打楽器奏者だった)、スコアには6パートが指定されている。

ちなみに、作曲者チャンスは、このほかにも≪呪文と踊り≫など、音楽的に充実した素晴らしい吹奏楽曲をたくさん書いた。長く活躍することが期待されていたが、1972年、自宅の裏庭で電流フェンスに触れて感電死するという、ショッキングな最期を迎えている。若干40歳であった。

■吹奏楽曲でたどる世界史【第31回】アメリカ南北戦争(1861~65)その2 ~機関車大追跡(ロバート・W・スミス)

Text:富樫鉄火

●作曲:ロバート・W・スミス Robert W.Smith(1958~)
●原題:The Great Locomotive Chase
●初出:1999年(ジョージア州タップ中学の委嘱初演)
●出版:Belwin‐Mills/Warner
http://item.rakuten.co.jp/bandpower/set-0619/
●参考音源:『INCHON The Music of Robert W.Smith Vol.2』 (Warner Bros. Publications)
http://item.rakuten.co.jp/bandpower/cd-1139/
●演奏時間:約5分
●●編成上の特徴:小編成向け…クラリネット群はB♭クラ1・2とバス・クラのみ。トランペットは1・2のみ。ホルンは1(div.)のみ。トロンボーンも1のみ。打楽器4(ティンパニ、鍵盤含む。アンヴィルやトレイン・ホイッスルなどあり)。
●グレード:2~3

今回は、中学校で初心者中心の小編成バンドでも演奏できる楽しい曲を紹介しよう。

南北戦争の始まりや原因については、前回【第30回】を、あらためてお読みいただきたい。

この南北戦争が始まってすぐの1862年、リンカーン大統領は、アメリカ大陸横断鉄道の建設を開始させた。広大な大陸のド真ん中を列車で突っ切って、東西を結ぶことは、全国民の悲願でもあった。しかし、巨大なロッキー山脈やシェラネバダ山脈を越えて2800キロもの距離を1本のレールでつなぐことは、想像を絶する大事業でもあった(開通は1869年)。

そんな鉄道建設初期の1862年、北軍のスパイ、ジェイムズ・アンドリューズは、約20名の覆面部隊を組織し、南軍の列車を強奪した上、鉄道施設を破壊せよと密命を受けた。

彼らは、南軍志願の農民を装い、アトランタ近郊のマリエッタ駅から、1855年製最新機関車「ジェネラル号」が牽引する客車に乗り込んだ。そして、大胆にも途中の駅で客車との連結器を外し、貨車付きジェネラル号のみを乗っ取って、平然と北へ向かって発車した。

当初、駅周辺にいた人々は、何が起きたのかよく理解できなかったが、たまたまホームに降りていて取り残されたジェネラル号の車掌ウィリアム・フラーたちは、すぐに異常事態を察し、線路工夫用のトロッコに乗り込んで、決死の追跡を始めた。

先行するジェネラル号のアンドリューズたちは、途中の施設を破壊しながら、巧みに逃げて行く。トロッコで追うフラーは、当然追いつくはずもなかったが、途中の駅で空いた機関車を見つけ、乗り換えて追跡を再開。

だが、その機関車は旧式でスピードが出ない。相変わらず追いつけないフラー。先の駅で、もう少しましな機関車に乗り換えるが、それでも追いつけない。極まったフラーは、とうとう、対抗車線から来た速力十分な「テキサス号」を止め、またまた乗り換えて、何と後ろ向きのまま追跡を再開する。

ようやく前方を行くジェネラル号に追いついた、後ろ向きのテキサス号! 逃げる北軍アンドリューズ、追う南軍フラー! この結末は……?

結局、アンドリューズたちは先の駅で騎兵隊に包囲され、逮捕。死刑判決を受けるが、刑務所から脱走し、逃げ延びた半数は北軍から勲章を授与されるのだった……。

以上、実話である。これを音楽にしたのが、近年、人気絶頂のロバート・W・スミスだ。近年注目されている作曲家である。なかなか多作家で、日本では≪海の男たちの歌(船乗りと海の歌)≫≪伝説のアイルランド≫や、ダンテの詩篇をもとにした≪神曲≫などで知られている。≪神曲≫は全4楽章の大作だが、日本では、第1楽章<地獄篇>がよく演奏されているようだ。スケール豊かな大曲から、初級レベルの小曲まで、様々なタイプの音楽を書くオールマイティである。編曲も多い。そんなスミスだが、ハイレベルな大曲をつくる一方で、こんな愉快で楽しい音楽も書いているのだ。

曲は、ジェネラル号が乗っ取られる場面から始まる。駅で発車を告げる鐘が鳴り、演奏者たちが、口で「ハ~」と蒸気の音を模したりして、いよいよ出発だ。以後は、解説どおり、追いつ追われつの追跡劇が展開する。

小編成の中学バンドのために書かれただけあって、演奏そのものはたいへん易しい。譜面もシンプルだ。しかし、面白く演奏するのは、意外とむずかしい。現に、筆者は、さる中堅の高校バンドがこれを演奏しているのを聴いたことがあるが、まったく面白くなかった。それはスコアのせいではなく、「単に楽譜どおりに、真面目に演奏している」からなのだ。なにしろ題材は、機関車の追っかけっこである。スピーディーに、かつユーモラスに、思い切り大袈裟に演奏しなければ、聴いている方だって楽しめない。昔の西部劇映画を見慣れていない世代には、イメージが湧きにくいかもしれないが……。

この実話は、1956年に、ディズニーによって実写映画化されている(原題も邦題も、この曲と同じ)。それだけアメリカでは知られた題材なのだろう。残念ながら、日本ではビデオやDVDにはなっていないようだが、海外サイトで見ると、なかなか面白そうな映画だ。言うまでもないが、この曲は、その映画の音楽を吹奏楽版にしたものではなく、完全にロバート・W・スミスのオリジナルである。

なお、この楽譜は、日本では≪列車大競争≫の邦題で紹介されているが、同じ原題の映画の邦題に合わせて、ここでは≪機関車大追跡≫とした(原題のLocomotiveは「機関車」の意味)。
<敬称略>

【ちなみに蛇足のおまけの余談】

南北戦争にまつわる音楽は、たいへんな数がある。

日本では昔から「ゴンベさんの赤ちゃんが風邪引いた……」の替え歌でおなじみ≪リパブリック賛歌≫は北軍の軍歌。日本で≪アルプス一万尺≫になっている≪ヤンキー・ドゥードル≫も南北戦争時に歌われていた。昔の西部劇映画によく流れていた≪ディキシー≫は南軍の曲で、事実上、ディキシーランド・ジャズの代名詞のような曲。賛美歌≪もみの木≫は、もともとは≪メリーランド≫なる題で、南北戦争時代の同地を偲ぶ曲。そのほか、枚挙に暇がない。戦争なんて、もちろんないほうがいいに決まっているが、世界中いつの時代でも、戦争が起きるたびに優れた音楽が生まれているのも事実なのだ。

昔、フレデリック・フェネル指揮=イーストマン・ウインド・アンサンブルによる『The Civil War~Its Music and Its Sounds』(南北戦争時代の音楽)なるレコードがマーキュリーから出ていて、そこに、上記のようなマーチや進軍ラッパなどが山ほど収録されていた(確か、南軍の音楽は、全曲が金管バンドだったような記憶がある)。子供の頃に見た西部劇映画に流れていたような曲が次々出てくるので、楽しかった。CDは、国内盤は少なくともいまはカタログ上にはないが、輸入盤ならあるはずだ。

「機関車」を描いた音楽では、オネゲルの管弦楽曲≪パシフィック231≫が有名だが、これが吹奏楽版になっているという話はあまり聞いたことがない(もし存在したら、教えて下さい)。1948年、フランスの映画研究家ジャン・ミトリが、蒸気機関車「パシフィック231」号の疾走シーンを撮影した約9分間の実験映画があり、これにオネゲルが音楽を付けた。のちにこれを本格的な管弦楽曲にまとめたのが、交響的断章第1番≪パシフィック231≫である(ちなみに第2番が≪ラグビー≫)。そういえばドボルザークも、「狂」がつくほどの機関車マニアだった。