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■上野星矢フルート合宿2017 グランドカルテットー上野星矢フルート合宿講師陣による真夏の夜の夢(7月30日)

上野星矢フルート合宿2017の講師陣による合宿直前のスペシャルコンサートです!
日本、フィンランド、フランス、カナダで活躍するスーパーフルーティスト達による夢の共演です。どうぞこの機会にお越し下さいませ。
『講師たちによる特別個人レッスンも同時に東京7月28日・名古屋7月30日で募集中です!』
ご希望の方はご希望のお時間と講師名をお申し付け下さい。

●出演
上野星矢
アレキシ・ロマン(ユヴァスキュラシンフォニア首席フルート奏者)
ヴィルジール・アルゴ(フランス・マルセイユ歌劇場管弦楽団首席フルート奏者)
キャトリーヌ・シャボ(シカゴシビックオーケストラフルート奏者)

日時 : 2017年7月30日(日) 開場 18:30 、開演 19:00
会場 : ドルチェ・アートホールNagoya (ドルチェ楽器 名古屋店内)
交通手段 : 地下鉄東山線、鶴舞線「伏見駅」4番出口から徒歩1分
料金 : 一般2000円 学生1500円 DMC会員-500円
曲目 :
J・カステレード フルート吹きの休日
W・Fバッハ 二重奏ト長調
P・ゴーベール ギリシャ風の気晴らし
J・イベール 二つの間奏曲
F・ドップラー アンダンテとロンド
F・クーラウ グランドカルテット
上野星矢 カルメン幻想曲

問合せ :

担当者 ドルチェ楽器 名古屋店
TEL 050-5807-3564
E-Mail nagoya@dolce.co.jp

■上野星矢フルート合宿2017 グランドカルテットー上野星矢フルート合宿講師陣による真夏の夜の夢(7月29日)

上野星矢フルート合宿2017の講師陣による合宿直前のスペシャルコンサートです!
日本、フィンランド、フランス、カナダで活躍するスーパーフルーティスト達による夢の共演です。どうぞこの機会にお越し下さいませ。
『講師たちによる特別個人レッスンも同時に東京7月28日・名古屋7月30日で募集中です!』
ご希望の方はご希望のお時間と講師名をお申し付け下さい。

●出演
上野星矢
アレキシ・ロマン(ユヴァスキュラシンフォニア首席フルート奏者)
ヴィルジール・アルゴ(フランス・マルセイユ歌劇場管弦楽団首席フルート奏者)
キャトリーヌ・シャボ(シカゴシビックオーケストラフルート奏者)

●日時・会場
東京
アーティストサロン・ドルチェ
(ドルチェ楽器東京店8階)
7月29日(土)
18時30分開場
19時開演

日時 : 2017年7月29日(土) 開場 18:30 、開演 19:00
会場 : アーティストサロン・ドルチェ (ドルチェ楽器東京店8階)
交通手段 : JR新宿駅中央西口から地上に出ていただき、京王プラザホテル方面へ直進していただくと新宿郵便局が右手に見えてきますので、その向かいのビル(西新宿昭和ビル)の8Fです。
料金 : 一般3000円 学生2500円 DMC会員-500円
曲目 :
J・カステレード フルート吹きの休日
W・Fバッハ 二重奏ト長調
P・ゴーベール ギリシャ風の気晴らし
J・イベール 二つの間奏曲
F・ドップラー アンダンテとロンド
F・クーラウ グランドカルテット
上野星矢 カルメン幻想曲

問合せ :

担当者 ドルチェ楽器 東京店
TEL 03-5909-1771
E-Mail tokyo-flute@dolce.co.jp
HomePage https://www.dolce.co.jp/concert/

■フレンチ・スクールで研鑽を積んだフルーティスト、野勢善樹の会心のオールフランス・アルバム「ビリティスの歌」が発売

フレンチ・スクールで研鑽を積み、以降、現代音楽をも視野に入れる中で積極的な活動を展開してきた野勢善樹、会心のオールフランス・アルバム「ビリティスの歌」がコジマ録音より発売された。

収録されているのは、ドビュッシーの「ビリティスの歌(6つの古代墓碑銘)」やフォーレの「夢のあとに」など全7曲。ハープに長谷川朋子、ヴィオラで大野かおるが参加。詳細などは以下のとおり。

■ビリティスの歌

http://item.rakuten.co.jp/bandpower/cd-4235/

・フルート:野勢善樹(Yoshiki NOSE)
・ハープ:長谷川朋子(Tomoko HASEGAWA)
・ヴィオラ:大野かおる(Kaoru ONO)
・収録:2016年8月31日、9月1日、11月17日 五反田文化センター
・発売元:コジマ録音
・発売年:2017年

【収録曲】

○ビリティスの歌(6つの古代墓碑銘)/クロード・ドビュッシー
Les Chansons de BILITIS (Six Epigraphes antiques)/Claude Debussy

I. 夏の風の神、パンの加護を祈るために 【2:22】
I. Pour invoquer Pan, dieu du vent d’ete

II. 無名の墓のために 【4:04】
II. Pour un tombeau sans nom

III. 夜が幸いであるために 【2:28】
III. Pour que la nuit soit propice

IV. カスタネットを持つ舞姫のために 【3:00】
IV. Pour la danseuse aux crotales

V. エジプト女のために 【3:09】
V. Pour l’Egyptienne

VI. 朝の雨に感謝するために 【2:49】
VI. Pour remercier la pluie au matin

○夢のあとに 作品7-1/ガブリエル・フォーレ 【2:57】
Apres un reve Op.7, No.1/Gabriel Faure

○無言歌 作品17-3/ガブリエル・フォーレ 【2:22】
Romance sans parole, Op.17, No.3/Gabriel Faure

○5つの小二重奏曲/ジャン・フランセ
Cinque piccoli duetti/Jean Francaix

I. 前奏曲 プレスト I. Preludio: Presto 【1:25】
II. 牧歌 モデラート II. Pastorale: Moderato 【2:03】
III. カンツォネッタ ヴィヴァーチェ III. Canzonetta: Vivace 【1:20】
IV. 夢 アンダンティーノ IV. Sogno: Andantino 【2:55】
V. ロンド アレグリッシモ V. Rondo: Allegrissimo 【2:26】

○亡き王女のためのパヴァーヌ/モーリス・ラヴェル 【5:58】
Pavane pour une infante defunte/Maurice Ravel

○月の光(組曲「ベルガマスク」より)/クロード・ドビュッシー 【5:08】
Clair de lune, Extrait de la ≪Suite Bergamasque≫/Claude Debussy

○フルート、ヴィオラ、ハープのためのソナタ/クロード・ドビュッシー
Sonate pour Flute, Alto et Harpe/Claude Debussy

I. 牧歌 レント、ドルチェ・ルバート 【8:02】
I. Pastorale: Lento, Dolce rubato

II. 間奏曲 テンポ・ディ・ミヌエット 【6:52】
II. Interlude: Tempo di Minuetto

III. 終曲 アレグロ・モデラート・マ・リゾルート 【5:21】
III. Final: Allegro moderato ma risoluto

【このCDをBPショップでチェックする】
http://item.rakuten.co.jp/bandpower/cd-4235/

■Trio 87 コンサート(4月22日)

土曜日の午後に文京区の教会で室内楽のコンサートをお送りします。
教会にあった曲やクラシックの名曲などをお送り致します。
フルート 苗代恵理子
クラリネット 西村薫
ピアノ 川島絵里香

日時 : 2017年4月22日(土) 開場 14:00 、開演 14:30
会場 : 同仁キリスト教会礼拝堂
交通手段 : 東京メトロ護国寺駅より徒歩5分(6番出口)
料金 : 一般1500円、学生1000円(当日各500円増し)
曲目 :
グノー:アヴェ・マリア、ラフマニノフ:ヴォカリーズ、モーツァルト:幻想曲K608他、教会にあったクラシック音楽
問合せ :

担当者 trio 87事務局
E-Mail bgata.contact@gmail.com
HomePage https://www.facebook.com/Trio87.hachinana/

■ザ・ステップ フルートコンサートvol.13(3月20日)

野口博司(元東京都交響楽団首席フルート奏者)を中心としたフルーティスト10人によるアンサンブル「ザ・ステップ」が3月20日(祝)、東京Hakuju Hallでコンサートを開催する。

当日は「アークエンジェルズ」で話題沸騰のチェザリーニが書いた「フルート四重奏曲 第1番」をはじめ、ラヴェルの「ダフニスとクロエ」第2組曲(編曲:岡本 謙)など、魅力的なプログラムが用意されている。詳細などは以下のとおり。

■ザ・ステップ フルートコンサートvol.13

【日時】2017年3月20日(月・祝)13:30開場/14:00開演
【会場】Hakuju Hall
https://www.hakujuhall.jp/

【料金】一般4,000円 高校生以下2,500円 (全席自由)

【チケット取扱】
管楽器専門店ダクパウエル・フルート・ジャパンパールフルートギャラリー東京村松楽器・新宿店ムラマツ横浜銀座山野楽器本店5Fフルートサロン、にて発売中でするんるん

また、メール(step@music.so-net.jp)でもご予約を承ります。

 

【プログラム】
メンデルスゾーン:付随音楽『真夏の夜の夢』より 序曲・スケルツォ(編曲:佐藤昌子・岡本 謙)
江原大介:共鳴のトライアド
テレマン:ターフェルムジーク第1集より 四重奏曲 ト長調(編曲:岡本 謙)
チェザリーニ:フルート四重奏曲 第1番
ランナー:ワルツ『シェーンブルンの人々』(編曲:唐沢俊三)
ラヴェル:『ダフニスとクロエ』第2組曲(編曲:岡本 謙)

【詳細・問い合わせ】フルートアンサンブル ザ・ステップ
http://step-flute.seesaa.net/

■落ちこぼれ笛吹きの“やればできる!”ON LINEセミナー 第9回

音楽に熱中するあまり受験勉強について行けず中学で不登校、何とか音楽科の高校に進学するも休学し小さな町工場で電気配線と格闘する1年を経験。「やっぱり音楽がやりたい!」と復学し音大を卒業後、プロオケを目指して20回以上オーディションを受けるも全て撃沈。そんな“落ちこぼれ笛吹き”が30年間のプロ経験で得たものとは? その中に“明日からもっと楽しくフルートが吹けるヒント”がみつかるかも!

◆岡本 謙(フルート奏者)プロフィール◆
10歳よりフルートを始める。香川県高松第一高等学校音楽科を経て、1990年に国立音楽大学を卒業。同年、シエナ・ウインドオーケストラ結成メンバーとして入団。6年間の在籍期間中、ピッコロ及びフルート奏者としてコンサート、CDレコーディングを多数行う。その後、東京吹奏楽団に移籍、ピッコロ奏者を務める。現在はフリーとしてオーケストラ、吹奏楽、室内楽等において演奏活動を行う。また、ミュージカルのオーケストラ・プレーヤーとしても、数多くの演目にて年間を通じて活躍している。フルートアンサンブル“ザ・ステップ”タッド・ウインドシンフォニーメンバー。

音大を目指すということ

今回のセミナーは、私が“心を打たれた”とある吹奏楽部での出来事からお話ししたいと思います。その日は、私が長年ご一緒に演奏しているプレーヤーの方にパートレッスンをお願いしていました。レッスンが終わって私たちが帰ろうとしていると、中学1年生の女の子が「先生、わたし音大に行きたいです!」と瞳をキラキラさせながら言ってきたのです。それはまるでドラマのワンシーンのような光景でした。大学受験を真剣に考える高校生ならときどきあることかもしれませんが、まだ楽器を吹き始めて年月の浅い中学1年生の口から飛び出した「音大に行きたい!」という純粋で熱意のある言葉に、正直圧倒されてしまいました。

みなさんは、身近な人が「音大に行きたい!」と言い出したら、どのように思われるでしょうか? 「それは素晴らしい、頑張って!」と思う反面、「音大を出ても仕事がないから、将来大変だよ」と心配される方もいらっしゃるでしょう。最近では時代の流れか現実的な考えの若者も多く、「音楽は好きだけれど、将来のことを考えると趣味の範囲にしておこう」という人が増えてきているように思います。私が長年指導している一般大学の管弦楽サークルにも、「一度は音大も考えたけれど…」という学生がときどき入団してきます。彼らの演奏は十分に音大受験でも通用するレベルですが、それでも“将来のことを考えて”音大という選択肢を諦めたようです。“音大を目指す”ということは本当に夢のあることの反面、“将来生活していく”という現実を考えたとき、“真っ暗な森の中を歩む”ような不安がつきまといます。それくらい未知数で何の保証もない道なのです。

それでは、私が音大生だった頃はどうだったのでしょうか。正直、将来の夢への目標と期待に胸を膨らませ、あまり不安は感じていなかったと思います。まずは受験をクリアするのに必死でしたし、音大には活躍している先輩方が毎日のように練習しに(遊びに?)いらしていたので、そういう先輩たちを間近で見ながら「自分もあの先輩のようになりたい!」と思ったものです。やがて卒業が迫るにつれて将来のことを真剣に考えるようにはなりますが、それでも“夢に向かって突き進む”学生生活を過ごせました。今から考えると、あまり深くも考えず無鉄砲なことでしたが、“夢を持ち続ける”ことができたのは幸せでした。

本音を言うと、音楽で生活していくだけの努力ができるのなら、それを勉強に向けたほうがよっぽど経済的余裕のある生活ができると思います。けれども、その“余裕のある生活”は本当に幸せなのでしょうか? その答えは私にはわかりません。少なくとも私は夢のある学生生活を過ごせたし、これまで好きな音楽を続けてこれました。正直、将来に不安を感じることは日常茶飯事ですし、生活が苦しいときだってあります。不安とイライラで眠れないことだってあります。しかしこれは普通に勉強して一般大学に進み、サラリーマンになっていたとしても同じことだったかもしれません。仕事のプレッシャー、上司や部下との人間関係、取引先との様々なトラブル等々。そう思うと、“一度しかない人生だから好きなことをとことんやる!”という自分自身の生き方は、間違っていなかったのかな?…多分…。

実は最近までの私は、余程才能がない限りは“音大に行く”ということに否定的な意見の持ち主でした。何故なら中途半端に音大に行っても将来苦労するだけだし、その努力と時間を他のことに向けて、音楽は趣味のほうが一生楽しめるという考えでした。実際に私の周りには音大を出たけれど結局音楽を諦めて別の道に進んだ人もいる一方、音楽を趣味として続けながら充実した人生を過ごされている方と接する機会も多いです。音楽を仕事にするといういうことは“自分のお店を持つ”ことと同じで、お客さんが来なければ閉店するしかありません。けれども趣味としてならば、好きな音楽を“一生続けることができる!”のです。

私は長年フリーランスのプレーヤーとして苦労を重ねるうちに、「こんな苦しくて不安だらけの生き方を、自分の子供にさせたくない」と思うようになりました。私のひとり娘は、幼い頃から自然と音楽に親しんできました。リトミック、ピアノ、そして小学3年からはフルートも始め、中学・高校と吹奏楽部に所属しました。しかしながら、ことあるごとに「音楽は大変だから…」と繰り返す私の言葉に、いつしか娘は「自分は音楽をやってはいけないんだ」と思い込むようになったようです。高校2年のとき、興味本位で私と家内の母校である国立音楽大学のオープンキャンパスに行ったときのことです。そこでは、東京フィルハーモニー交響楽団フルート奏者で国立音大でも後進の指導をされている名雪裕伸さんにレッスンを受けることができ、とても充実した時間を体験できたようです。私が大学1年のとき、先輩に「とっても上手な宮本クラス(※第3回セミナーを参照)の先輩が“牧神の午後への前奏曲”を吹くから聴きに行くぞ!」と誘われ、当時名雪さんが所属されていた神奈川フィルハーモニー管弦楽団の定期演奏会を聴きに行きました。初めて聴いた名雪さんの透明感のある美しい音色は、浪々かつ自然に会場の隅々にまで響いてきました。それ以来、私にとって名雪さんは尊敬すべき大好きなフルーティストのお一人です。その名雪さんのレッスンを受けた帰り道、娘が「もう、ここには来れないのかな…」と涙ぐみながら言っていたと家内から聞いたとき、私はとてもショックを受けました。自分のような苦労をさせたくないから…という自己中心的な思いから、私は娘に“好きな音楽”を我慢させていたことに気がつきました。本当に父親失格です。幸いなことに、娘は他に自分の“やりたりこと”を見つけ目標に向かって受験勉強真っ最中ですが、このことは一生悔やんでも悔やみきれません。

音楽家として若者へ伝えること

中学1年の女の子が「音大に行きたい!」と言ったとき、私の口から思わず出た言葉は、「素晴らしいね、できる限り応援するよ!」でした。以前の自分なら、絶対に出てこなかったフレーズです。彼女はまだまだ若いので、これからいろんな経験をしていくうちに将来の夢も変わってくるかもしれません。また周りから「音楽の道は大変だよ」と言われることもあるでしょう。それでも彼女の心の中に強く芽生えた夢を、ゆっくり大切に育ててあげることが、指導者である私たちの使命だと思います。確かに音楽の道は大変ですから、苦手なことも多いし余裕がなく追い詰められることもしばしばです。けれども、音楽をやっていなかったら絶対に経験できない幸せな瞬間は人生の宝物です。また、夢のある若者と一緒に音楽を勉強して作っていくことができる機会が多いもの、音楽家の特権かもしれませんね。そんなひとつひとつの幸せな時間を若者たちと一緒に楽しむことで、自分の生き方を正直に見せていければと思います。“現実に疲れた”音楽家ではなく、“いつまでも夢を追い続ける”音楽家の姿を若者たちに見せていくことが、私たちの責任かもしれません。

音楽は自分ひとりではできません。もちろん、ピアノのようにソロとして単体で成立する音楽もありますが、アンサンブルにはソロにはない魅力が沢山詰まっています。アンサンブルにおいては、「自分ひとりが上手ければいい」とか「自分が気持ちよく演奏できればいい」ということがありません。常に一緒に演奏する仲間たちとのコミュニケーションが大切になります。そしてお互いに影響を受け合いながら、音楽を高めていく喜びがあります。音楽の道を目指す方には、アンサンブルの機会をできるだけ多く持つことをお勧めします。ここでいうアンサンブルとは、二人のデュエットから吹奏楽やオーケストラまでの大編成までを意味します。きっと、そこで多くの素敵な仲間たちとの出会いがあるでしょう。私のような“落ちこぼれ笛吹き”が今まで音楽家としてやってこられたのは、“自分だけの力”ではなく“仲間に恵まれた”からだと思います。そういった意味で、吹奏楽部という環境はとても素晴らしい場所です。そこにはレベルの格差、様々な人間関係等、自分一人では解決できない問題がいろいろありますが、それらをクリアしてみんなで“ひとつの目標”に向かうことができたとき、かけがえのない素敵な経験ができることでしょう。

気持ちよく演奏すること

私が中高生の指導をするとき一番最初に教えてあげたいことで、その反面最も苦労することが“気持ちよく演奏させる”ということです。楽器の練習は、マラソンのような長距離走と似ているように思います。私のような運動音痴には、アスリートたちが何故あそこまで苦しい思いをしながら走るのか理解できませんが、きっとそれに代え難い気持ちよさや達成感があるのだと思います。そして、「また走ろう!」と思うように想像します。管楽器においては、“気持ちよく”音が出せるようになるまでに相当な練習が必要です。何度やってもスカスカの音しか出ないし、その一方で息はなくなり苦しいだけです。これでは、練習する意欲もなくなってしまいますね。フルートにおいては、音が気持ちよく当たるスイートスポットが非常に狭いので、ここに上手く息を命中させる必要があります。希に、最初から先天的な才能を持っていて良い音を出す子はいますが、多くは苦労します。しかし理想的な息がスイートスポットに命中したとき、楽器は非常に気持ちよく反応してくれます。一度これを経験すると、今までの苦労が嘘のように楽器を扱うことが楽になります。多分アスリートが苦しい練習を乗り越えたときも、私たちが知らない美しい風景が見えているのだと思います。

私たちは走り方のフォーム、呼吸法、練習法を教えることはできますが、走ることが気持ちいいと思えるまでトレーニングするのは、自分自身でやらなければなりません。ですので、最初に「この先には素晴らしい風景がある」ということを明確に伝えて、そこに向かって背中を押してあげます。時間はかかってもよいので、「あっ、楽器を吹くのって気持ちいい!」と思うことができれば、「また走ろう(練習しよう)!」という気持ちが芽生えるでしょう。これは教えるほうも根気と時間が必要な作業ですが、辛抱強く付き合っていかなければなりません。逆にいうと、短時間で成果が出ないからといって“自分には指導力がない”とは思わないで下さい。

管楽器を気持ちよく響かせるために必要なことは、安定した息の支えとスピードです。息のスピードは単純に“いっぱい吸って、いっぱい吐けばいい”というものではなく、口元で上手く空気を絞り込んで効果的にスピードを作り出すことが大切です。この口元でどのようにスピードを作り出すかは、楽器ごとに専門分野の勉強が必要です。また楽器によっては、気持ちよく吹くためのハードルが高いものもあります。例えば、同じ金管楽器でもホルンとユーフォニアムではマウスピースの大きさの影響で、一般的にホルンのほうがコントロールが難しいです。ユーフォニアムの子が音階を吹けるようになっても、同時にホルンを始めた子が苦労している場合もあります。もしかしたらホルンの子は、自分の努力が足りないのでは?と落ち込むかもしれません。最近、私が指導した学校のホルンの生徒に、「もしかしたら自分はこの楽器が向いていないのでは?」と思ったことがあるかと尋ねたら、大多数(上手な上級生も!)が手を上げました。私は、余程のことがなければ“その楽器に向いてない”なんてことはないよと教えました。確かにホルンは難しいし、他の楽器より苦労することは多いかもしません。けれどホルンの音色と響きは他にはない魅力があって、音階を吹くだけでも聴き手を感動させられる楽器だよと言いました。彼らが勇気と希望を持って“気持ちよく吹ける”ポイントまで、一日でも早く到達できることを見守りたいと思います。

感動したワンシーン

先日、昨年行われた第64回全日本吹奏楽コンクール全国大会での金賞団体の演奏を収録した『Japan’s Best for 2016』を購入しました。私が中高生の頃はLPレコードしか買えませんでしたが、今は映像で観られるのですから本当に嬉しい限りです。特に中学・高校の全国大会が名古屋に移ってからは、なかなか聴きに行くのが難しくなりましたし…。本当は私の母校(屋島中学校・高松第一高等学校)も含めて、全ての団体の演奏を聴いてみたいのは山々ですが、それらを全て入手するのは大変です。ということでこちらは折りをみてとして、まずは中学・高校の金賞団体の演奏から聴いてみました。

高等学校はとにかくハイレベルな上に、それぞれの学校の個性をアピールする熱演だらけでした。ここまでくると、金賞と銀賞の境界は、非常に微妙だったと想像します。緻密なアンサンブルと音楽性でアピールした団体、厚みのある重厚なサウンドでアピールした団体、個人技と色彩感のあるサウンドでアピールした団体と、単純に点数で評価できないというのが本音かもしれません。ここまでの演奏をするには、日頃から相当の練習を積み重ねてきたに違いありませんし、レギュラーメンバーになるために過酷な競争だってあったでしょう。こういう演奏を聴かされてしまうと、将来的に全国を目指してチャレンジしようという学校は気後れしてしまいそうですが、今や全国金が当たり前の学校でも昔は地区大会止まりからスタートしています。決してコンクールが全てではありませんが、全国レベルの演奏を聴いて、自分たちも頑張ってみよう!という気持ちが沸き上がれば素敵ですね。

中学校は、高校以上に各学校の個性が光っていたように思います。“どこかの演奏を真似した”のではなく、“自分たちの音楽”を作り上げてきた様子が伺え、会場で聴いていた人はとても楽しめたことでしょう。個人的に嬉しく思ったのは、単に技術的に高度な演奏をした学校だけが金賞だったのではく、多少中学生らしいアマチュアさがあっても音楽的に素晴らしい演奏した学校も金賞に選ばれたことです。それでも、とても中学生とは思えないくらい完璧で音楽的なソロの連続でしたし、プロでも大変な作品を見事に仕上げてきた演奏は圧巻でした。ある意味、高校の部以上に楽しめた演奏が多かったです。こうなりますと、特に中学については金賞以外の熱演も是非とも聴いてみたいという欲求が沸いてきますね。

最後に、映像ならではということで、私が感動したワンシーンをご紹介したいと思います。それは、長崎市立山里中学校の自由曲でした。曲は『イースト・コーストの風景』(ナイジェル・ヘス)で、タッド・ウインドシンフォニーで私も演奏したことがありますが、曲調の異なる3つの楽曲から成る色彩感豊かな素敵な作品です。山里中学校の演奏は、3曲のキャラクターを見事に表現していました。そして2楽章の“キャッツキルズ”では、浪々とした音色で素晴らしいコルネット・ソロを披露してくれました。このソロを吹くのにどれほど緊張感が必要かは、本番を経験した私もよくわかります。そのソロが終わったとき、コルネットを吹いていた女の子が満面の笑みを見せたのです! これを見た瞬間、私は思わず涙が出てしまいました。彼女が抱えていたプレッシャー、これまでの並々ならぬ努力、そしてそれを乗り越えた瞬間が、あの最高の笑顔だったのだと思います。「きっと相当練習したんだろうな」、「もの凄く緊張しただろうな」と、いろんな想いが私の頭の中を一瞬のうちに駆け巡り、不覚にも涙が出てしまったのでしょう。彼女にとって、指揮をされた先生や山里中学校吹奏楽部の全員にとって、そしてご父兄のみなさんにとって、この全国大会のステージは、かけがえのない宝物になったと思います。仮に、銀賞や銅賞であったとしても! 中学・高校を通して、12分の熱演が終わった瞬間の生徒たちの晴れやかな表情には、観ている私のほうが勇気をもらいました。きっと、日本各地で開催されたコンクール会場で、同じような素敵なシーンがあったと思います。そんな瞬間に出会えるチャンスを与えてくれるのが、コンクールの本当の素晴らしさかもしれません。

■落ちこぼれ笛吹きの“やればできる!”ON LINEセミナー 第8回

音楽に熱中するあまり受験勉強について行けず中学で不登校、何とか音楽科の高校に進学するも休学し小さな町工場で電気配線と格闘する1年を経験。「やっぱり音楽がやりたい!」と復学し音大を卒業後、プロオケを目指して20回以上オーディションを受けるも全て撃沈。そんな“落ちこぼれ笛吹き”が30年間のプロ経験で得たものとは? その中に“明日からもっと楽しくフルートが吹けるヒント”がみつかるかも!

◆岡本 謙(フルート奏者)プロフィール◆
10歳よりフルートを始める。香川県高松第一高等学校音楽科を経て、1990年に国立音楽大学を卒業。同年、シエナ・ウインドオーケストラ結成メンバーとして入団。6年間の在籍期間中、ピッコロ及びフルート奏者としてコンサート、CDレコーディングを多数行う。その後、東京吹奏楽団に移籍、ピッコロ奏者を務める。現在はフリーとしてオーケストラ、吹奏楽、室内楽等において演奏活動を行う。また、ミュージカルのオーケストラ・プレーヤーとしても、数多くの演目にて年間を通じて活躍している。フルートアンサンブル“ザ・ステップ”タッド・ウインドシンフォニーメンバー。

フルートを吹かなかった1年!

みなさま、明けましておめでとうございます。当セミナーを毎回楽しみにして頂いている方には、大変お待たせして申し訳ありませんでした。今回は実践的な内容に触れる前に、私が全くフルートを吹かなかった1年間についてお話ししたいと思います。

当セミナーの冒頭でも少し触れている通り、私は中学3年から高校1年にかけて“不登校”を経験しました。今でこそ“不登校”という言葉が使われますが、当時は“登校拒否”という表現をされていました。

不登校になった原因は幾つかあります。第1回セミナーでご紹介した通り、中学生だった私は徐々に音楽の魅力に取り憑かれ、毎日の部活(吹奏楽)を楽しみに登校していました。しかしながら、私のいた香川県は非常に教育熱心な土地柄でしたので、中学3年になると朝夕に補習授業が入り部活に行ける時間は大幅に少なくなり、学校に行く楽しみが半減しました。

さらに当時は校内暴力が激しくなったピークの時期でしたので、授業中に廊下を自転車で走る人がいたり、消火器をまき散らしたり爆竹を鳴らしたり、さらにはある日学校に行くと多くの窓ガラスが割られているという酷い状況でした。

そんな荒れた状況の中、自分の好きな音楽をできる時間が制限され、次第に勉強に身が入らなくなり成績も下がるにつれて、私の心のバランスが崩れていきました。朝起きても身体が怠い、学校に行こうとするとお腹が痛くなってくるという症状が続き、やがて学校に行けない日が増えてきました。いわゆる“うつ”という症状です。

ともすると“不登校”は「さぼっているだけ」とか「現実から逃げている」とか思われがちですが、当の本人は周りの友だちと同じよう普通に登校したいと、心の底から思っているのです。しかしながら、いざ学校に行こうとすると自律神経のバランスが崩れ、お腹が痛い等という症状となって表れます。こうなってしまうと、学校に行くということが“恐怖”以外の何ものでもありません。そして“朝起きられない→夜寝られない→食生活と生活リズムの乱れ”という負の連鎖が日常化してしまいます。当時は深夜に起きていても、テレビを観るとかラジオを聴くといった程度の娯楽しかありませんでしたが、今ではゲームやインターネットという存在が、生活リズムの乱れや引きこもりに輪をかけてしまうことも多いかもしれません。たった一人で家にいてもそこそこ楽しめますし、逆に煩わしい人間関係を気にする必要もないので、それはそれで楽な場合もあるでしょう。昔と違ってゲームやインターネットの普及は、“不登校”の長期化に影響を与えているのかもしれません。

このような状況でしたので、正直なところ私の中学3年次の出席日数は全体の半分にも満たなかったと思います。当然ながら、卒業式にも出席しませんでした。

そんな燦々たる中学3年でしたが、何とかフルートだけは続けていました。小学4年からお世話になっていた師匠の佐柄晴代先生は、お忙しい中しばしば自宅まで来てレッスンして下さいました。そのおかげで、学力だけでは絶対入学が無理だった高松第一高等学校の音楽科に、無事入学することができました。

とはいえ受験当日はかなり大変でした。何しろずっと家に引きこもっていた人間が、まるまる2日間も初めての場所に行って入試を受けるのです。試験1日目は学科5教科のテスト。母が作ってくれたお弁当はほとんど食べることはできませんでしたが、何とか無事に全科目受験することができました。2日目は実技(フルート)のテスト。控え室で待っているとき、案の定お腹が痛くなってきて、誘導係の方に無理を言ってお手洗いに行かせてもらった記憶があります。こうしてようやく始まった新たな高校生活ですが、1年目に登校できたのはたった2日だけでした。環境が変わったからといって、急に“不登校”が治るわけではないのです。

高校になっても学校に行けない日々が1箇月続いた頃、私の家庭に変化が訪れます。ある事情で、父の仕事が大阪になることが決まりました。家族会議の結果、このままずるずると引きこもっていてもらちがあかないので、家族全員で大阪に行くことになりした。中学生の妹は普通に転校できましたが、高校生の私は簡単ではありません。しかも不登校とあっては、例え行ける高校があっても難しい状況です。そこで高校は一旦休学し、淀川沿いの十三(じゅうそう)という町にある小さな電機工場で働くことになりました。

この工場は父の親友が専務を務めていて、私の事情を知った上で受け入れてくれることになりました。ここでは主に、生コンクリートのプラントの制御盤を製作していました。仕事内容は回路図に従ってリレーやタイマー等の部品を組み付け、何十本何百本という配線を繋いでいくというものでした。元々電気好きだった私は、先輩方に教えて頂きながら仕事を覚えていきました。毎日が圧着ペンチ、ニッパ、ドライバーを握りしめる日々でした。学校には行けなかった私ですが、朝夕の満員電車に乗って通勤することは、そこまで苦にはなりませんでした。時給は100円でしたが、何かをして毎月お給料を頂けることは楽しかったです(このとき貯めたお給料は、大学に入ってからバイクを買う資金になりました)。

大阪に行ってしばらくは、フルートのレッスンに通っていました。しかし一日中働いて帰ってくると疲れてしまって、練習する気力がわかない日々が続き、しばらくすると全く吹かなくなってしまいました。今から思うと、仲間たちと一緒に音楽をすることが楽しかっただけに、いざ一人で目的もなく練習することに退屈さを覚えていたのかもしれません。ただ、音楽を聴くことは好きで続けていました。

若さは無限の可能性!

毎日阪急電車に乗って工場へ通うとき一番辛かったのが、同年代の高校生たちの姿を目にするときでした。彼らがお揃いの制服を着て仲間たちと楽しそうにしている様子を見る度、本当に羨ましく思ったものです。高校生という存在がとてつもなく華やかで輝いて見えた反面、自分とは縁のない遠い世界のものに思えました。「いったい自分はここで何をしているのだろう?」、「このまま一生終わるのかな?」と寂しい気持ちになりました。

工場の先輩たちはとても親切にして下さいましたが、彼らの生き方からもいろいろと感じることがありました。もちろんプライドと信念を持って働いている方たちでしたが、楽しみといえばプロ野球と子供の成長のことだけ。正直、私は「このままで一生を終わりたくない!」と痛烈に感じました。そして「高校に戻れば、いろんな可能性が開けるのではないだろうか?」と考えるようになります。大好きな音楽だってできるし、必死で勉強すれば全く別の道だって開けるかもしれないと心底思いました。やがて、真剣に高校への復学を考えるようになっていきます。まさに、若ければ何だってできるという“無限の可能性”を肌身で感じたときでした。


▲工場での最後の仕事(生コン制御盤)、一人で全て組み上げました。

さて、高校に復学するためには幾つかのハードルがありました。まず高校のある香川にはもう家がないので、下宿先を探さなければなりません。幸い島が多い地方でしたので、そうした離島から通う高校生のための寮があり、私もそこに入ることになりました。“松平寮”という由緒ある名前の寮でしたが、決して環境のよいところではありませんでした。風呂は週に3日だけ、冷暖房もなく停電や断水も当たり前、悲惨で笑えるエピソードは山ほどあります(ここではご紹介しきれません!)。ただ、そこで苦楽を共にした友人たちは東大や早稲田に進学したりと頑張っていたので、友だちには恵まれました。

1年ぶりにフルートを吹いてみると…

復学すると決心した私ですが、相変わらずフルートをケースから出すことはありませんでした。実際にフルートを吹いてみたのは、高校に戻る数日前でした。寮では音出しができないので、誰もいない公園に行って恐る恐る吹いてみます。よかった、とりあえず音は鳴った! けれど唇が他人のようで、以前のように締まった音色にはほど遠いです。しかも唇の周りの筋肉がすぐにバテてしまいます。

私がいた高松第一高等学校の音楽科では、新1年生は最初の音楽の授業で一人ずつ演奏する慣習がありました。何でもいいから人前で吹かなければならないのですが、1年前の高校入試で演奏した『ヴェニスの謝肉祭』(ジュナン)はとても吹けません。その場で2時間くらいは練習したでしょうか。ようやく続けて吹けるくらいにコンディションが戻ってきました。とはいえ大した曲は吹けないので、何か簡単な小品を選んだように記憶しています。

私にとって最大の心配事は、本当に毎日学校に通うことができるのか?ということでした。またお腹が痛くなったりしないのか…等、不安が次々と頭をよぎります。フルートが吹けるかどうかは、とるに足らないことでした。始業日の前日は、ものすごく緊張していたと思います。しかも学校では1年年下と同級生になり、かつての同学年は先輩になります。大学まで行ってしまえば当たり前の話しですが、高校生の私にとっては複雑な思いでした。しかしながら、今から十三の町工場に戻って一生を終わるなんてことは、考えたくもありません。それを思うと、目の前の壁(ただ学校に行くだけ)をクリアする勇気が沸いてきました。1日目、行けた。2日目、また行けた。3日目…と学校に行って帰るだけの“あたり前”の日常が、緊張感はありつつもとっても嬉しい毎日でした。

再び学校に通い始めた最初の週末だったかと思いますが、1年ぶりにお会いした佐柄先生がホテルのレストランでステーキをご馳走して下さいました。あの時の美味しさは、今まで食べたステーキの中で一番だったかもしれません。こうして私は、再び音楽の道を志す高校生に戻ることができたのでした。

苦手なスケール(音階)を克服せよ!

音楽科の高校に戻った私は、まず音色についての猛特訓を野口博司先生から受けることになります(第1回セミナーを参照)。しかし音色については比較的スムーズに価値観を変えることができたので、そこまで苦労はありませんでした。私が最も苦労したのはテクニックです。元々そこまで指が速く動くほうではなかった上に、1年間基礎的なトレーニングを怠っていたので、細かい音符でとにかく指がすべり(転び)まくりました。楽器を演奏する上で、ロングトーンとスケール(音階)は最も大切です。その肝心のスケールで一音一音が均一に並ばず、それはそれは残念な状態でした。

いくら音色がよくてもスケールひとつまともに吹けないのでは、とても音楽になりません。この惨状を見かねた野口先生が課題として与えて下さったエチュード(練習曲)が、ドゥルーエの『フルートのための25の練習曲』でした。このエチュードは曲の大部分がスケールとアルペジオ(分散和音)から構成されていて、当時(今でも?)の私には、苦手中の苦手分野でした。レッスンで面白いくらい指がすべりまくった様子は野口先生の記憶にも強く焼き付いたようで、あれから30年以上経った今でも「あのときはホント酷かったね!」と、お酒を飲みながらよくおっしゃいます。

それでは、この悲惨な“指のすべり”をどのようにして克服していったのかをご紹介しましょう。

上記の譜例はヘ長調(F-Dur)ですので、フルートにとってはそこまで運指は難しくありません。しかしながらシンプルな故に指が“すべり”やすいです。このように16分音符が4つ並んだ場合、何故か2つずつの音符がくっつきがちです。


この場合、下記のようにリズムのパターンを変えて練習するのが効果的です。

これらのリズム練習は、1拍の中に16分音符を均等に整列させる効果があります。また、多くの場合裏拍が転びやすいので、裏拍にアクセントをつけてアフタービートを感じながらの練習も非常に有効です。

格好つけて速いパッセージを勢いよくパラパラ吹くより、これらの練習を根気強く続けることで、確実で正確なテクニックが身につきますよ。

『ドゥルーエのフルートのための25の練習曲』には3連符のエチュードも多数入っています。

この場合、3つの音符が団子になってくっつき気味になります。ですので同様にリズムを変えたり、拍子を変えた練習が効果的です。

このようにひとつひとつリズムに変化をつけながら繰り返し練習することは、とても根気が必要な作業です。ですので最初は上手くいかなくても、焦らずにゆっくりと楽しみながらやって下さい。今まで「このフレーズ、絶対に無理!」と思っていた部分が、きっと吹けるようになるはずです。そして「次はここをやってみよう!」とチャレンジする勇気が沸いてくることでしょう!

最後に、正確なテクニックを身につけるには正しい姿勢と持ち方が重要です。特に持ち方については、中高生に変な癖が多く見受けられます。主に右手のポジションに無理があるため、速いパッセージで楽器が不安定になります。そんな生徒には、ソレクサというメーカーの“サムポート”を私は薦めています。


▲サムポート(ソレクサ)

これは元々初心者用の補助器具ですが、使うことで楽器の安定感が増します。以前にタッド・ウインドシンフォニーで共演したクリスティーナ・ハッドリーさんが使われていて、「それ何ですか?」とお尋ねしたところ、「娘のために買ったのだけど、とっても良かったから私も使っているの!」と教えて下さいました。


▲クリスティーナさんとタッド・ウインドシンフォニーのフルートメンバー

クリスティーナさんはアメリカのオーケストラで活躍されている素晴らしいフルーティストですが、そんな高いテクニックを持つ方でも効果があるとのことで、私も早速使ってみました。実際に使ってみると最初は少し違和感があるもの、特に高音域での速いパッセージで楽器がブレにくく息の流れも安定するので、今まで音が潰れてしまいがちだった音符にもスムーズに息が入っていきます。高音域の速いパッセージで上手く音符が並ばない場合、指の動きに連動して微妙に楽器が内側(手前)に回り込むために、頭部管が塞がって音が鳴らないケースがよくあります。この“サムポート”はそれを補正してくれる役割があるので、初心者のみならずプロのフルーティストにもお奨めできると思います。高価なものではないので、興味のある方は是非試してみて下さい。

以上、最初は脱線気味で始まった今回のセミナーですが、いかがでしたでしょうか? “落ちこぼれ笛吹き”がお届けするこのON LINEセミナーも、残すところあと2回となりました。もし「こんなこと、きいてみたい」等というリクエストがございましたが、是非Band Powerさんまでご意見をお寄せ下さい。それでは、みなさまにとって新年も良い年になりますように!

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■全フルート奏者必携の日課課題「タファネル&ゴーベール 17のメカニズム日課大練習」が発売

全フルート奏者必携の日課課題「タファネル&ゴーベール 17のメカニズム日課大練習」が音楽之友社より発売された。

酒井秀明による譜例付きの解説は、基礎の大切さを見つめ、そこから広がる柔軟性を課題から引き出すための指針となるもので、全体的な指針の他、各課題における提案も具体的に例示している。

収録内容などは以下のとおり。

■タファネル&ゴーベール 17のメカニズム日課大練習

【収録内容】

練習のための注意書き
実りある練習を目指して(酒井秀明)
E.J.1&2に取り組む際に(酒井秀明)

E.J.1
E.J.2
E.J.3 音階
E.J.4
E.J.5 半音階
E.J.6 音程
E.J.7
E.J.8 分散和音
E.J.9 分散和音
E.J.10 分散和音
E.J.11 分散和音の変形
E.J.12 分散和音
E.J.13 分散和音の変形
E.J.14
E.J.15
E.J.16
E.J.17 トリル

【この教則本をBPショップでチェックする】
http://item.rakuten.co.jp/bandpower/bk-4201/

■マイゼン本人や門下生の間でのみ使われていたフルート練習曲が世界初出版。「タファネル&マイゼン フルート・テクニック」が発売

定番課題『タファネル=ゴーベール 17のメカニズム日課大練習』の第4課(音階練習)を素材としてマイゼンが独自に応用発展させた練習曲が音楽之友社から発売された。

「自分の音を聴く」姿勢を要求するタファネル=ゴーベールの音階練習に3度音程や3連符を織り交ぜた練習は、マイゼン曰く「最も重要な指の動きの練習が圧縮された形」になっているという。

■タファネル&マイゼン フルート・テクニック

【収録内容」

ハ長調/イ短調
ヘ長調/ニ短調
変ロ長調/ト短調
変ホ長調/ハ短調
変イ長調/ヘ短調
変ニ長調/変ロ短調
変ト長調/変ホ短調
ロ長調/嬰ト短調
ホ長調/嬰ハ短調
イ長調/嬰ヘ短調
ニ長調/ロ短調
ト長調/ホ短調

【この教則本をBPショップでチェックする】
http://item.rakuten.co.jp/bandpower/bk-4202/

 

■落ちこぼれ笛吹きの“やればできる!”ON LINEセミナー 第7回

音楽に熱中するあまり受験勉強について行けず中学で不登校、何とか音楽科の高校に進学するも休学し小さな町工場で電気配線と格闘する1年を経験。「やっぱり音楽がやりたい!」と復学し音大を卒業後、プロオケを目指して20回以上オーディションを受けるも全て撃沈。そんな“落ちこぼれ笛吹き”が30年間のプロ経験で得たものとは? その中に“明日からもっと楽しくフルートが吹けるヒント”がみつかるかも!

◆岡本 謙(フルート奏者)プロフィール◆
10歳よりフルートを始める。香川県高松第一高等学校音楽科を経て、1990年に国立音楽大学を卒業。同年、シエナ・ウインドオーケストラ結成メンバーとして入団。6年間の在籍期間中、ピッコロ及びフルート奏者としてコンサート、CDレコーディングを多数行う。その後、東京吹奏楽団に移籍、ピッコロ奏者を務める。現在はフリーとしてオーケストラ、吹奏楽、室内楽等において演奏活動を行う。また、ミュージカルのオーケストラ・プレーヤーとしても、数多くの演目にて年間を通じて活躍している。フルートアンサンブル“ザ・ステップ”タッド・ウインドシンフォニーメンバー。

オケピから見たミュージカルの世界

最近では吹奏楽でも演奏される機会が多い“ミュージカル”。みなさんはミュージカルについて、どのようなイメージをお持ちでしょうか? エンターテイメント、ダンス、華やか、豪華な舞台装置…。そもそもミュージカルは音楽・芝居・ダンスが融合された総合芸術で、その歴史はオペラ(歌劇)→オペレッタ(喜歌劇)→ミュージカルと受け継がれており、当然ながら音楽はその中心的な役割を果たす大切な要素となっています。

吹奏楽の世界では、昔からオペラやオペレッタの作品は多数レパートリーとして演奏されていますし、その流れから『サウンド・オブ・ミュージック』や『ウエスト・サイド・ストーリー』というミュージカル作品が吹奏楽でも演奏されるのは自然なことだと思います。そして最近では『ミス・サイゴン』等の比較的新しい作品も吹奏楽編曲版として演奏されています。

ミュージカルの音楽は登場人物の心情や舞台上の情景と綿密に関わり合っているので、吹奏楽で演奏する際でもそのストーリーを理解して演奏することが大切ですね。きっとみなさんもDVDで視聴したり、本物の舞台を観に行く方もいらっしゃるかもしれません。そうしているうちにミュージカルそのものに興味を持たれる方も多いと思います。中には観ているだけでは気がすまず「私もオケピットで演奏してみたい!」という人もいらっしゃるでしょう。

実際にミュージカルを観劇に来られた中高生や音大生の方から、「私もフルートを吹いていますが、どうしたらミュージカルのオーケストラに入れるのですか?」と質問されることもあります。今回のセミナーではそんなみなさまのために、オーケストラピットから見たミュージカルの世界を、ちょっとだけ詳しくご紹介いたしましょう。

ミュージカルとの出会い

私とミュージカルとの出会いは大学3年の夏に訪れました。国立音楽大学で2年先輩のフルーティストの広川伸さんから、「岡本、ちょっと仕事を手伝ってほしいのだけど…」と頼まれたのです。それがミュージカル『ピーターパン』のお仕事でした。

当時、毎年夏にファミリー向けミュージカルとして上演されていた『ピーターパン』の木管セクションのリーダーは、国立音大の先輩フルーティストの中谷望さんでした。中谷さんは私と同じ宮本明恭クラスの卒業生で、スタジオプレーヤーとして活躍されていました。『ピーターパン』はフルートが2管編成で書かれていたので、中谷さんは国立音大出身で活躍している笛吹きを2nd奏者として呼んで下さっていました。その年は、今まで2ndを吹かれていた先輩のお一人が諸事情でフルートを辞めることになり、急に人が足りなくなったとのことです。

通常、学生にこのような仕事がまわってくることはめったにありませんが、中谷さんから「誰かピッコロを吹ける人を呼んできて!」と頼まれた広川さんが、幸運にも私に声をかけて下さいました。ここでも、ピッコロが私の将来の可能性を開いてくれたのですね(第5回セミナーを参照)。

時期は7月後半。ちょうど前期の授業も終わり、仕事といってもたまにある中高の吹奏楽の指導くらいでしたので、スケジュール的には暇にしていたときでした。既にリハーサルが始まっているとのことで、広川さんに連れられて早速稽古場へと向かいました。ミュージカルという未知の世界にワクワクすると同時に緊張しながら稽古場へ入ると、そこにはいかにも業界というオーラを醸し出す金管セクションのお兄様方、そして弦楽器のお姉様方の独特な雰囲気に、まだ学生だった私は「これがミュージカルオケの世界か!」と圧倒されました。木管セクションはプロオケの方も多く、とてもフレンドリーに接して下さり、少しずつその場の雰囲気に馴染んでいくことができました。

いよいよリハーサルが始まり、何よりも衝撃的だったのは中谷さんの圧倒的な響きの音色でした。スタジオプレーヤーということで、きっとマイク乗りのよい繊細で綺麗な音を出すのかな?と想像していましたが、中谷さんの音色は全く予想外でした。ドイツの名器ヘルムート・ハンミッヒに息を吹き入れた瞬間、倍音豊かな響きが天から降ってきて包み込まれるような錯覚を覚えたほどです。まさに、「こんなフルート、聴いたことがない!」と思いました。

中谷さんの音がどれほど凄かったか、ひとつエピソードをご紹介しましょう。それは私が大学を卒業しシエナ・ウインドオーケストラへの入団が決まったときのことです。

ある日、事前に選定したヤマハのフルートを受け取りにヤマハ銀座店へと向かいました。そこで担当の方から、「ジュリアス・ベーカーさんがいらしているので、会っていかれませんか?」と言われました。私が選んだフルートがまさにジュリアス・ベーカーモデルでしたので、是非にとお願いしました。ベーカーさんは、私の楽器をパラパラっと吹き、「うん、良い楽器だ!」とおっしゃって下さいました。それから一緒にランチに出かけようと店内を移動中、試奏室の前で突然ベーカーさんが「んんっ?、凄い笛吹きがいる!」と立ち止まりました。試奏室で吹いていたのは、何と中谷さんだったのです。しかもベーカーさんが「君はどのモデルを吹いているのか?」と興味津々尋ねると、それは中谷さんが知人から選定をお願いされた一番安いエントリーモデルだったのです! これにはベーカーさんもあっけにとられていました。それくらい、ベーカーさんにとっても中谷さんは印象的な笛吹きだったようです。

ミュージカルのリハーサルは、オーケストラだけの“オケ練習”、キャストと一緒の“歌合わせ”、本番通りの内容を稽古場で通す“通し稽古”を1週間以上かけて行います(キャストは、この1ヶ月位前から稽古を行っています)。そうしてようやく劇場に入ります。ここでは本番の衣装、照明、舞台装置、音響設備を使って“舞台稽古”を行います。

『ピーターパン』が上演された新宿コマ劇場のオーケストラピットは比較的浅い構造でしたので、舞台上の様子がよくわかりました。ですので、稽古が進むにつれてストーリーへの理解を深めることができました。ここでも中谷さんの音色と表現力の幅広さは圧巻で、隣で吹いていても客席で聴いていても学べることが山ほどありました。

『ピーターパン』はクラシカルな作品ですので、そのフレーズは美しくもシンプルなものも多くあります。中谷さんはクラシックだけでなくジャズ、ポピュラー、さらにはハワイアンや演歌等幅広い引き出しを持つ笛吹きでしたので、「たったこれだけのフレーズで、こんな表現ができるんだ!」、「中谷さんのように吹けるようになりたい!」と思ったものです。

本番が始まってから自分の乗り番でないときも、劇場に出かけて客席の通路脇で何度も何度も中谷さんの笛を聴いていました。そしてそれと同時に、いつしかミュージカルの魅力に引き込まれていったような気がします。

ミュージカルデビューはエキストラから

私が初めて『ピーターパン』で仕事をさせて頂いたのが1988年の夏でした。このときのフルートパートは中谷望さん、菅原潤さん、広川伸さん、そして私の4人でローテーションを組んでいました。まだ学生の私にとっては右も左もわかならい状況でしたが、必死に先輩方について行った記憶があります。とはいえ、今から思えばまだまだ“使えないやつ”だったと思います。けれども、周りの木管セクションの方々の温かな目があったからこそ、何とか仕事をさせて頂いたのでしょう。この時から、毎年夏のミュージカルは本当に楽しみな時間となりました。

次の年には私の1年後輩の中村めぐみさん(現在広島交響楽団フルート奏者)も仲間に加わり、共に仕事をしながら中谷さんから学べる“中谷塾”といった感じでした。残念ながら中谷さんはご病気で他界されたので、今あの音色を生で聴くことはできませんが、映画のサントラやCM、様々なアルバムを通して、知らず知らずのうちに中谷さんのフルートを耳にした方は多いかもしれません。

▲左から筆者、中谷さん、広川さん(新宿コマ劇場にて)

大学を卒業した後、中谷さんは『ピーターパン』以外の演目でもエキストラとして私を呼んで下さいました。『ピーターパン』では2ndフルートとしてでしたが、その他の演目ではフルートは1本ですので、中谷さんの代役を務めなければなりません。これは非常なプレッシャーでしたが、この経験がとても勉強になりました。

通常ミュージカルの現場では、最初からレギュラーとして頼まれることは少ないです。まずはエキストラとして、レギュラーの代役からスタートします。エキストラはオケ練からずっとレギュラーの隣に貼り付いて勉強し、時々はリハーサルで交代させてもらえるもの、ほぼいきなり本番で吹かなければなりません。これは大変な緊張感を要しますが、その反面予習をする時間はたっぷりあります。

まずはリハーサルでしっかり勉強し、初日が開けるとピット内で見学しながらその場の雰囲気を感じ、自分が本番で吹くイメージを固めていきます。もちろん最初から全てが上手くいくはずはありませんが、公演全体に支障がない範囲で演奏できれば及第点です。そこを出発点に、回を重ねる毎にクオリティを上げていけばよいのです。このルーティーンは、今でもエキストラとして仕事をするときは変わりません。例え何十回・何百回吹いたことがある演目でも、最終的にピットで見学して演奏者と同じ空気を感じることは大切にしています。

ミュージカルの公演は少なくとも1ヶ月、演目によっては何ヶ月も続きます。ですので、その時間の中で学べることが多くあります。私が大学を卒業して2年目のことだと思います。中谷さんから『赤毛のアン』というカナダから来日したミュージカルのエキストラを頼まれました。この時の周りのプレーヤーの方は一流の方ばかりでした。正直なところ、私はかなり周りに迷惑をかけていたようで、実際木管セクションでは少し問題になり、『ピーターパン』で一緒だった方が「まあ彼もまだ若いから、もう少し見守ってやってくれないか…」とフォローしてくれたこともありました。おかげで周りの方も少しずつアドバイスを下さったり、飲み会に誘って下さるようになり、私の中でも何かが変わったようでした。

実はこの仕事が始まる数ヶ月前、九州交響楽団のオーディションを受けました。伴奏者を伴って福岡まで行かなければならないので、相当な出費が必要になります。試験会場に行ってみるとフルートでの受験者はたった4人! 今では考えられないですね。一次審査ではまずまず上手く吹けたと思いましたが、たった4人の中でも二次審査に進むことはできませんでした。「何がいけなかったのだろう?」と自問自答するも、答えは見つかりませんでした。落ち込んでいたときに、中谷さんから『赤毛のアン』の仕事を頂きました。そしてこの仕事のすぐ後、再び九州交響楽団のオーディションが東京で行われました。今度は60名を超える応募があったと記憶しております。一次試験の結果、何と私ともう一人の二人が二次審査に残りました。前回のオーディションから3ヶ月しか経っていないのに、この違いは何なのでしょう。明確な答えはみつかりませんが、『赤毛のアン』の現場で経験したことが、私の笛の何かを変えたことは間違いないようです。残念ながら最終的に私は不採用となりましたが、“仕事をしながら学べることの大きさ”を実感した経験でした。

▲ミュージカル『赤毛のアン』の木管セクション

初めてのレギュラー

私が大学を卒業した頃は、まだ今のようにミュージカルの上演数は多くありませんでした。東京で年間を通じて公演を行っているのは劇団四季と東京宝塚劇場、そして1992年からロングランが始まった『ミス・サイゴン』くらいでした。私は中谷さんのエキストラとして年に2~3ヶ月の公演を手伝わせて頂く程度でしたが、それでもミュージカルの仕事に関われたことは幸運でした。

そんなある日、1本の電話がかかってきました。それは劇団四季からでした。内容は「今年の11月からのミュージカルをお願いしたいのですが…」とのこと。劇団四季で長年に渡って指揮をされている上垣聡さんが私を紹介して下さったそうです。上垣さんとは、それまでオーケストラや吹奏楽でご一緒する機会があり、私が時々ミュージカルの仕事をしていることもお話ししたことがありました。そんなご縁もあり、声をかけて下さったようです。

さて、こんな素敵な話しを断る訳がありません。「もちろん引き受けさせて頂きます!」と快諾し、電話の切り際に「あのう、一応1年はやると思いますので…」と言われ、さらにビックリ! この時引き受けた『美女と野獣』は、結局2年4ヶ月のロングランとなるのです。私にとっては初めてとなるレギュラーの仕事。公演パンフレットのオケメンバーの欄に自分の名前が載ったときは嬉しかったですね。しかも作曲のメンケンさんの音楽は素晴らしく、フルートもピッコロも本当に魅力的なフレーズが満載でした。演奏していて幸せになれる演目でしたよ。

ミュージカルをやると下手になる?

「ミュージカルって、毎日同じことをやるのでしょう。」とか「マンネリにならないの?」とか思われる方も少なくないでしょう。私にとって『美女と野獣』の2年4ヶ月というロングランは仕事という点では大成功でしたが、反省も大きい年月となりました。

この期間、ミュージカル以外の仕事も増え、午前中に音楽鑑賞教室で吹いてからミュージカルの2ステージをこなす等、気がつけば1ヶ月休みがないことも当たり前のように、仕事という点では充実していました。しかしながら肝心のミュージカルの本番では、神経を使い耳を使っての演奏が段々とおろそかになっていました。その結果、私のフルートのクオリティは下がっていったと思います。それにつれて周りのプレーヤーからの信頼も徐々に失われていくことになり、ピット内の人間関係も何となくギクシャクとしてきました。

もちろん、実際にイジメやケンカがあるわけではないのですが、「この人には信頼されてないな~ぁ」とわかる瞬間はありました。けれどもその原因は私自身にあったのだと、今ではよく理解できます。自分の音楽的なアピールばかりを意識して、もっと耳を使って周りの音を聴くというアンサンブルの基本姿勢が私には欠落していました。これに気づき、自分なりに勉強して修正するのには、その後かなりの年月を必要としました。

『美女と野獣』の公演が終わった数年後、久しぶりに一緒に仕事をしたプレーヤーの方に、「岡本の笛、良くなったね。一緒にアンサンブルしやすくなった!」と声をかけられたときは嬉しいやら恥ずかしいやら…。「あの頃はいっぱいご迷惑をおかけし、本当に申し訳ありません」と赤面するしかありませんでした。

この『美女と野獣』での苦い経験は、私を成長させてくれました。毎日同じことをやるからこそクオリティを維持することの難しさ、自分勝手な演奏がいかに周りに迷惑をかけるか、そして常に仲間とのアンサンブルを大切にすることを学ぶことができました。

その後、さすがに1年を超えるようなロングランは経験がありませんが、数ヶ月に渡るような長期公演は時々あります。もう二度と『美女と野獣』のときのような失敗は繰り返さないと、毎回気持ちを引き締めて公演に臨んでいます。

毎日当たり前のように本番を重ねていると、何となく楽器を吹いている気になってしまいます。しかしながら、本番は練習時間と別物だと私は思います。自分だけの“自分と向き合う”練習時間を毎日継続的に維持することはとても大切です。もしかしたら、吹奏楽コンクールに向けて何ヶ月も同じ曲を練習していると、これと同じようなことがあるかもしれませんね。毎日100%完璧な人間はいないので、小さなことからでも日々クオリティを上げていく姿勢は大切だと思います。

ミュージカルは音楽の多国籍軍

クラシック音楽とミュージカル音楽の違いは、幾つかあります。オーケストラ編成では作品にもよりますが、ほとんどのミュージカルはドラムとベースが入ります。ベースは古い作品ではウッドベース(コントラバス)が用いられ、新しい作品ですとエレキベース(ウッドベースへの持ち替えもあり)が多く使われます。最近の作品ではギター(アコースティック&エレキ)やシンセサイザーが使われることがほとんどです。ですのでアンサンブルにおいてはドラムとシンクロしたリズム(ビート)&テンポ感、そしてベースから積み上げていく和声感がとても重要になってきます。

そこで大切なことは“反応のよいクリアな発音”と“周りを聴く耳”です。これはクラシックでも同じことですが、残響の少ないオーケストラピットで、しかもマイクを使う現場ではこれらがとてもシビアになります。また取り入れられる音楽のジャンルが幅広いのもミュージカルの特徴です。特にジャズの要素は頻繁に登場し、クラシック畑の私たちには戸惑うことも多いです。スウィング一つとってもダサい跳ね方になり、「岡本のはチンドン屋のチャンチキだよ。」とよく言われます。これを克服するにはいろんなジャンルの音楽をいっぱい聴いて勉強するしかありません。ミュージカルの現場では、本物のジャズを専門とするプレーヤーもいっぱいいらっしゃいます。彼らのプレイに耳を傾け、ときには直接アドバイスを請うことが上達への近道です。実はそういう彼らも、私たちクラシックのプレーヤーの音色や奏法を少しでも盗もうと必死で勉強しているのです。

ミュージカルは音楽の多国籍軍です。クラシック、ジャズ等の様々な国籍を持つプレーヤーが一緒になって演奏します。専門外のジャンルに戸惑うこともありますが、こんなに刺激的で楽しく勉強になる現場はありません。

そういった意味では、吹奏楽でも同じことがいえるかもしれません。吹奏楽で演奏されるジャンルは幅広く無限大で、最近はプロ楽団でも様々なジャンルを超えたコラボにも意欲的です。みなさんが関わっている吹奏楽団で、もしクラシック以外のジャンルが登場したら、それは勉強のチャンスです。是非少しでも深く掘り下げてみて下さい。そうすることが、もしかしたら将来訪れるかもしれないミュージカルでの演奏の糧となるかもしれません。