
音楽に熱中するあまり受験勉強について行けず中学で不登校、何とか音楽科の高校に進学するも休学し小さな町工場で電気配線と格闘する1年を経験。「やっぱり音楽がやりたい!」と復学し音大を卒業後、プロオケを目指して20回以上オーディションを受けるも全て撃沈。そんな“落ちこぼれ笛吹き”が30年間のプロ経験で得たものとは? その中に“明日からもっと楽しくフルートが吹けるヒント”がみつかるかも!
◆岡本 謙(フルート奏者)プロフィール◆
10歳よりフルートを始める。香川県高松第一高等学校音楽科を経て、1990年に国立音楽大学を卒業。同年、シエナ・ウインドオーケストラ結成メンバーとして入団。6年間の在籍期間中、ピッコロ及びフルート奏者としてコンサート、CDレコーディングを多数行う。その後、東京吹奏楽団に移籍、ピッコロ奏者を務める。現在はフリーとしてオーケストラ、吹奏楽、室内楽等において演奏活動を行う。また、ミュージカルのオーケストラ・プレーヤーとしても、数多くの演目にて年間を通じて活躍している。フルートアンサンブル“ザ・ステップ”、タッド・ウインドシンフォニーメンバー。
フルートの音色を揃える?
みなさま、大変ご無沙汰してしまい申し訳ありません。『落ちこぼれ笛吹きの“やればできる!”ON LINEセミナー』最終回の執筆にあたり、随分と時間が空いてしまいました。ここまで遅れたことの“言い訳”は後ほど述べさせて頂きますが、今回は部活動におけるフルート指導の難しさに触れてみたいと思います。
吹奏楽指導の現場では、しばしば「フルートの音色(音質)が揃わないのですが・・・」と相談を受けます。確かにフルートは音程が不安定になりがちですし、音色も人によって千差万別です。しかもバンド全体の最高音を受け持つ楽器ですから、せっかく低音からサウンドを積み重ねてもフルートの音が合わないのでは、お話しになりません。ですので、前で指揮をされている先生からすると、「フルートの音色を揃えたい!」と思われるのは当然のことです。
しかしながら、フルートパート全員の“音色”を揃えるなんて不可能ですしナンセンスです。“フルートの音色が揃わない”と感じる原因は、“音質”ではなく“音程”が合っていなかったり、例えチューナー上で音程が合っていたとしても“息のスピード感”が揃っていないことが多いです。まずは個人個人がスピード感のある息を保って、しっかりと楽器を響かせることが大切です。あとは耳をしっかり使って自分の周りの音をよく聴くことです。
この二つを同時に行うことは、サッカー選手が全力疾走でドリブルしながら逆サイドの味方に正確なパスを出すことと同じくらい難しいですが、アンサンブルではとても大切なことです。これらが不十分なまま、ただチューナーのメーター上だけの判断で高いor低いと楽器を抜き差ししたり息のスピードを緩めたりすることはとても危険です。指導者の方は生徒に音程を注意する前に、まずその生徒が正しい奏法でしっかりと楽器を響かせられているかをチェックしてあげて下さい。
上記で述べたことは、ある程度成熟した技術を持つバンドなら、比較的簡単に実践できると思います。そういったバンドは技量の高い先輩にも恵まれており、自分の経験を元に後輩達を指導することができます。けれどもそういう伝統がないバンドでは、それ以前のもっと初歩的な部分で苦労しているのが現実ですね。
フルートは管楽器の中で唯一、息の通り道が“楽器の外”にあります。しかも楽器をあてている部分は下唇の僅かなスペースですので、ちょっとしたことですぐに位置がずれてしまいます。このため、初心者にとってはコツを掴むまでが非常に難しいです。中学1年生くらいですと、人によってはまだ身体も小さくフルートを構えること自体にも負担がある場合があります。ですのでアンブシュア(唇の形)も不安定になりがちで、歌口のベストポジションも決まりにくいです。このような場合、頭部管だけの練習に戻って確認するとよいでしょう。
まずは頭部管だけで効率良くロングトーンすることから始めます。ただ音が出ればよいというのではなく、クリアな発音から始まり一定の音色でロングトーンができること、そして息が無くなってきた際にも音程がぶら下がらないよう支えることを意識しましょう。
次に、頭部管の端(右手側)を手のひらで塞ぎ、複数の倍音が自在に操れるように練習しましょう。ここで大切なのは、発音(タンギング)と息のスピードのコントロールです。高い音、低い音が“まぐれ”で出せるのではなく、ちゃんと狙った音を的確に出せることが重要です。これらの唇、発音、息のスピードで自在にコントロールできる感覚をつかむことこそが、上達への近道です。
客観的にみれば、アンブシュアの形や大きさ、息の方向等をアドバイスしてあげられますが、これらは演奏中は自分からは見えません。自らの実践と経験によって感覚的に覚えるしかないのです。「あっ、今気持ちよく音が当たった!」という成功体験を積み重ねていきましょう。
それでも再び楽器全体を組み上げて吹いてみると、なかなか上手くいきません。これは、楽器全体の抵抗感が増えてしまうという要因もありますが、楽器を支えることばかりに意識が集中してしまい、下唇に楽器をあてる圧力が減ってしまうことが原因の場合もあります。
フルートの場合、下唇を少し薄くするようなイメージで楽器をあてると音が出やすいです。楽器のあて方、アンブシュアの位置、息を出す方向は人それぞれにベストポジションがあります。その生徒に合った吹き方を見つけるためには、ひとりひとり丁寧に時間をかけて付き合っていく必要があります。「教則本を見て練習しておいてね」では絶対に上達しません。最初から難しいことを要求するのではなく、焦らずじっくり時間をかけて「今のその音、良かったよ!」と自信を持たせてあげるよう心がけて下さい。
ある程度経験を積んできた上級生について、バランスよく上達する生徒もいますが、多くは次の二つの傾向に分かれます。
(1)とりあえず全音域に渡って音が出せるが、その音色は細くパワーがない。
(2)合奏で音量を要求され続けるうちに、とにかく息を沢山使って演奏する習慣が身につき、楽器本来の音色が損なわれている。
(1)は基本となるロングトーンの音色が確立される前に、音色はともかく高音や低音を出すことを要求された場合に起こりがちです。譜面にある音符は吹けるのですが、個々の音色に響きの芯がないので、結局吹奏楽の中では力になりません。こういった生徒たちには、大ホールでも通用する“本物のフルートの音色”を教えることから始めなければなりません。この方法については、第1回セミナーをご覧下さい。
(2)はいわゆるコンクール強豪校によくみられがちです。とにかく“息のスピード命”で、あたかも金管楽器のように強力な息を吹き込んできます。これはとても素晴らしいことなのですが、その息が全て効率的に使われているか?ときかれると、答えはノーです。楽器は常にオーバーブロー気味の息にさらされ、楽器本来の艶のある倍音がスポイルされていることも少なくありません。近くで聴くと凄く楽器が鳴っているように感じますが、倍音がきちんと響いていないので、その音色は少し焦点がボケてしまい結果的に遠くまで響かないし、他の楽器の音ともブレンドしません。大学のオーケストラや吹奏楽サークルの指導をしていると、こういった傾向の学生をよくみかけます。「きっと、中高の吹奏楽部で頑張っていたんだな。」と思う反面、もっと響きのある音色を出せる技術があるのにもったいないと思ってしまいます。
このような学生には、半分の息の量で今と同じ音量を出すように指導します。普通に考えると、息の量が減るのですから音量も小さくなるのが当然です。けれども“吹き矢”の要領で口元で息を絞り込み、上手く息のスピードを作り出すことができれば、それは可能なのです。ましてや、今までは必要のない息まで浪費していたのですから…。他の管楽器の先生方のレッスンを見学していても、必ず“口元で息を絞り込んでスピードを作り出す”という内容のことをおっしゃっています。具体的な方法は楽器によって違いはあると思いますが、限られた息から最も効率的にスピードを生み出す方法を、管楽器プレイヤーは常に意識して演奏しています。ただやみくもに「いっぱい吸って、いっぱい使う」だけでは豊かな響きは出ませんし、良い音楽はできません。今まで無駄にしていた息を効率よく使うことを意識してみましょう。そして余った息は、もっと音楽を表現することにまわせるといいですね。
▲ある大学オケサークルでの練習風景。オーケストラでは遠くまで響かせるスピードのある息と、弦楽器や他の木管楽器とブレンドする音色が何より大切!
新たな挑戦
さて冒頭で触れた“言い訳”について、ここからお話しさせて頂きます。実は昨年末、仲間のプレイヤーを通して私の元にある依頼がきたことにより、私のスケジュールがとても多忙になってしまいました。その依頼とは、とある中高一貫校の吹奏楽部の全体指導を任せたいというものでした。
引き受けるかどうか、正直迷いました。大勢の生徒たちの大切な青春の時間を預かるという大役が自分に務まるのか? またフルート奏者という仕事との両立が果たして可能なのか? それを考えると、気安く引き受けるわけにはいきません。といいますか、正直ビビってしまったというのが本音です。
しかしながら、学校に赴き顧問の先生方からお話しを聞くうちに、段々と私の決心も固まってきました。この吹奏楽部には音楽指導ができる顧問が不在で、しばらく生徒たちだけで活動してきたとのことです。そしてコンクール第一主義ではなく、生徒たちの自主性を重んじて部活動を楽しんでもらいたいという先生方の想いが伝わってきて、「私で役に立てるなら…」と指導を引き受けることにしました。
こうして、中高生併せて約70名ものバンドを突如率いることになったのですが、生徒たちとの初顔合わせの日が近づくにつれ、私の中で緊張感が増してきました。果たして自分は生徒たちに受け入れてもらえるのだろうか? そしていよいよ顔合わせの当日、初めて会う大勢の生徒たちの表情からは不安、期待、好奇心…様々な感情が読み取れました。
彼らから見れば、きっと私も同じだったと思います。最初の自己紹介で、私はバンドトレーナーではなく“笛吹き”として今まで歩んできたことをお話ししました。そして、みんなの前で1曲演奏しました。曲はナイジェル・ヘスが作曲した映画音楽『ラヴェンダーの咲く庭で』。シンプルながら、とても美しく親しみやすい曲です。さらにもう1曲、ジュナンの『ヴェニスの謝肉祭』を吹きました。この曲は、私が不登校真っ最中(第8回セミナーを参照)だった中学3年のときに初めて吹いた曲です。高校(音楽科)もこの曲で受験したので、『ヴェニスの謝肉祭』のおかげで今の音楽人生があるのかもしれません。2曲共に暗譜で演奏しました。
私のフルートの音色が生徒たちにどのように届いたかはわかりませんが、それが私にできる精一杯の自己紹介でした。少なくとも、「とりあえず、この先生について行ってみよう。」と思ってくれたのなら嬉しいですね。この日、私は生徒たちとひとつ約束をしました。それは、「この吹奏楽部をどのように運営していくかについて、部員(生徒)の意見を最大限尊重します」ということでした。指導者があれこれ決めるのではく、生徒たち自身で自分たちの進む道を決めてほしいと思ったからです。この吹奏楽部は今までも生徒の力で自主的に頑張ってきたので、これからもきっと上手くやれるに違いない!という期待もありました。
私に科せられた最初の大仕事は、年度末にある定期演奏会を指揮することでした。本番まで既に3ヵ月を切っていましたが、演奏曲は1曲も決まっていませんし、当然ながら曲の練習すら始まっていません。そこで私は生徒たちに、「とにかく自分たちがやりたいこと(曲、企画等)をどんどん提案して!」と伝えました。そこから生徒たちは「この曲、やってみたいです」とか、盛り沢山の企画案を出してきて、それについて話し合いを繰り返しながら決めていきました。
3月末で部活を引退する高校2年生にとって、定期演奏会は5年間の部活生活の最後を飾る晴れ舞台です。曲決め、台本作り、手作りの衣装&小道具製作等、ひとつひとつが進むにつれて、最初は漠然としていたコンサートのイメージが現実味を帯びてきます。あとは練習を積み重ねて曲を仕上げていくだけ…ですが、ここからが大変でした。
まず、この学校は部活に使える時間が非常に少なかったのです。平日は放課後の90分だけ、日祝は学校がお休みという状況です。土曜日はかろうじて午後の時間が使えるので、私もできる限りスケジュールを調整して土曜日を空けるようにしました。ところが2&3月は入試、期末試験、修学旅行等の学校行事が重なり、部活ができる日は実質半分程度とのこと。私もプレイヤーとしての仕事があるので、行ける日は限定されてしまいます。
果たして本番までに間に合うのだろうか? いざ合奏をしようと思っても、大勢いるはずのメンバーはその半分も揃いません。この部活には定休日という制度があり、部員は週2日のお休みを取ることができます。この定休日は生徒が学業や習い事のために時間を使えるようにと考えられた制度です。ですので合奏で部員全員が揃うなんてことは奇跡に近いです。常に誰かがいない歯抜けの状態でしか練習ができません。ということで、私が思い描いたようには曲が仕上がらず、不安と焦りが募る日々でした。
しかしながら指導者がイライラしていたのでは、生徒に悪い影響を与えるだけです。ここはドッシリと落ち着いて構え、生徒たちには「この曲はこんな音楽なんだよ!」というイメージが持てるように、地道に指導を続けました。合奏の録音は毎回ネット(部員専用のサイト)にアップロードし、合奏に参加できなかった部員も聴いて勉強できるようにしました。不思議なことに合奏中は「全然ダメ」と思った演奏も、改めて録音を聴くと生徒たちの良い部分も見えてきて、彼らなりに少ない練習時間を上手く使って頑張っているんだなと思えるようになってきました。
定期演奏会の2週間前。期末試験も終わり、高校2年も修学旅行から戻り、ようやく部活に専念できます。けれども学校行事等で、演奏会までに練習ができるのは1週間弱しかありません。高2が中心となって毎日の課題と練習メニューを考え、空き時間を活用して演技等の練習等、本番に向けて準備が進んでいきます。本番1週間前、受験を終えた高校3年生たちも合流し、総勢90人による大編成バンドでの練習が始まります。受験勉強で1年間のブランクがあるとはいえ、サウンド的にもさすがに高3は頼りになりました。

生徒が主役!
こうして迎えた本番当日。夜の本番までにやるべきことは山ほどあります。音楽的な確認はもちろんのこと、今回はかなり凝った演出を企画したので照明、音響、衣装替え、立ち位置や移動の確認には時間と手間がかかりました。ここではミュージカルでの経験が非常に役に立ちました。
ミュージカルの舞台稽古では演出、照明、音響その他の問題をひとつずつ解決しながら進めていくため、「今何が問題で、どの部署が時間を必要としているのか?」という気配りが大切です。この日のリハーサルでも、練習が長時間に渡るにつれて生徒たちが疲れてくる様が見てとれましたが、「今は照明の修正に時間が必要だよ」とか、「ここは少し時間がかかりそうだから、ステージから降りて少し休んでいいよ」等と状況を伝えながら進めていきました。最後の最後は、「今、一番疲れてきてキツイところだけど、みんなのために一生懸命仕事をしてくれている人がいるから頑張って!」と声をかけながら乗り切りました。結局リハーサルが終わったのは本番1時間前。ここから記念写真を撮影したりしているうちに、あっという間に開演時間です。
本番での生徒たちのパフォーマンスは、演奏面・演出面共に長いリハーサルでの疲れを感じさせない素晴らしいものでした。もちろん音楽的に多くの課題はありますが、お客様に心から楽しんで頂ける演奏会だったと思います。指揮をした私としては交通整理に追われた部分もありますが、練習でなかなか上手くできなかった生徒たちがひとつひとつ課題をクリアしていく様子に小さな喜びを感じつつ、充実した時間を過ごすことができました。
コンサート終盤の引退セレモニーでは内輪ウケに終わらず、一般のお客様にも共感して頂いたのを感じました。諸事情で一時はホールのキャンセルも考えたそうですが、こうして無事に定期演奏会を終えられて本当に良かったと思います。また、学校関係の方に「何よりも生徒が主役の素晴らしい演奏会でした!」と言って頂いたことは、心から嬉しかったです。ステージ上で“生徒が主役”になれるために、今日まで頑張ってきたのですから!
銅賞からの出発
4月から新体制での部活がスタートしました。吹奏楽部にとって最初の大切な仕事は、新入部員の勧誘です。この学校は高校からの入学者がいないので、中学1年の新入部員をいかに多く確保し、大切に育てていくかが重要です。部員たちは高2を中心に本当によく頑張り、新歓コンサート、楽器体験コーナーのイベントを繰り返し開催し、数年ぶりに20人を超える部員が入部してくれました。
こうなると1日でも早く楽器を決めて練習を始めさせたいところですが、この学校は大型楽器を除き備品の楽器がほぼゼロで、正式入部も5月に入ってからという状況です。ですのでパート決め→楽器購入という手順を経て、生徒の手元に楽器が届くのは6月中旬以降になってしまいます。これでは夏のコンクールに中1を出してもほとんど吹けないのは仕方ありませんが、それでも生徒全員でチャレンジすることになりました。
中学生がエントリーしたのは大編成のA組です。中3が7人、中2が17人に対して中1が約半数の22人という状況です。とはいえ中3&中2のモチベーションは高く、とても頑張って新入部員を指導してくれました。あるパートでは中2の生徒がほとんどひとりで新入生3人の面倒をみていました。そんな上級生たちの頑張りを見守っている側からすると少しでも良い賞を取らせてあげたかったのですが、結果は“銅賞”でした。
確かに、今の中学生全体のサウンドでは仕方のない結果です。マーチのオブリガートを吹いているのはテナー・サックスの1人だけ、クラリネットもちゃんと音が出ているのはたった2人、トロンボーンもほとんど1人で吹いているという状況では正直厳しいです。それでも、曲として成立させ聴かせてくれた生徒たちの努力は評価してあげたいと思います。審査講評でも、丁寧かつ繊細な音楽作りと評価して下さるコメントが多かったです。もちろん、全体サウンドの脆弱さや音程の乱れについては厳しいコメントを頂きましたが、これらについては私も承知の上でステージに立ちました。
嬉しかったことに、ある審査員は自由曲での各楽器のソロを高く評価して高得点を付けて下さいました。このような審査員からの応援の気持ちは、とても励みになりますね。私も審査をするときは常に心がけていることですが、実際に審査される立場になってみると、そのありがたさが身に浸みました。けれども、審査発表後の生徒たちの落胆ぶりは見ていられないほどで、座席から立ち上がれない子もいました。全員野球の精神でチャレンジしたA組でしたが、ここまで生徒たちに辛い思いをさせてしまったことは、指導者として本当に申し訳なく、思わず「みんな、私の指導力が足りなくてゴメンね」と言葉が出てしまいました。来年こそは、みんなが笑顔になれるコンクールにしたいと心の底から思います!
上には上がいる!
さて、中学生たちの“銅賞”という結果は、高校生たちにとっても相当ショックだったようです。「A組で出場させることを決めた私たちが悪かったのだろうか?」と悩んだ生徒もいました。けれど、私は決してそんなことはないと信じています。課題曲と自由曲の2曲を演奏するA組に出場することは決して簡単なことではありませんし、自分たちも経験してきたA組のステージを中学生に経験させたいという高校生たちの親心は、痛いほど理解できました。中学生全員で演奏した12分間は、きっと今後の成長の糧となったに違いありません!
数日後に迫った高校のコンクールに向けて、ここからの高校生たちの頑張りは目を見張るものがありました。「中学生の分も、私たちが頑張りますから!」と言った部長の言葉には、落ち込んでいた私も救われました。その言葉通り、高校生たちは頑張ってB組で“金賞&代表”を頂くことができました。しかしながら、ここまでの道のりは決して簡単ではありませんでした。
高校生は2学年あわせて27人と少なく、しかもクラリネットはたった3人という状況で、果たしてコンクールで演奏できる曲があるのだろうか?と悩みました。
曲選びで私が最も大切にしたことは、単純に点数狙いではなく音楽的に生徒たちが共感でき、自分たちのバンドの個性や個人のキャラクターが生きることです。何曲も候補を出しながら生徒たちと相談し、最終的に少人数で演奏するにはかなりハードルの高い曲を選びました。最初は譜読みが間に合わず、合奏をしても全く曲にならず「コンクールまでに間に合うだろうか?」、「自分は生徒たちの力を過大評価していたのだろうか?」と不安になることもありました。
この状況は、夏休みに入ってすぐの合宿で一変しました。5日間の合宿での生徒たちの上達は素晴らしく、合宿最終日の通し合奏では「もしかしたら、これはいいところまで行けるかも?」と思えるレベルまで達しました。ただ、この時点ではフルート2人を含む5人のメンバーが海外留学中で、まだ曲の全体像が見えていませんでした。
▲5日間練習した合宿場。この部屋で、朝から晩まで中学・高校それぞれの合奏を交互に行いました。この合宿で生徒たちは本当に成長しました!
コンクール4日前、ようやく高校生メンバー全員が揃いました。海外留学組はまる3週間楽器を吹いていないので、リハビリしながらの復帰です。中学生の悔しい結果を受けて、私の仲間のプレイヤーたちも忙しい中指導に駆けつけてくれました。実はこの学校の指導を引き受けるとき、私一人の力では限界があるので“最高のチーム”を組んで指導にあたりたいとお願いしました。生徒たちにも“本物のプロの音”に触れさせたいと考え、私が信頼するプレイヤーたちのレッスンを受ける中で、生徒たちの“音”に対する意識は確実に変わりつつあります。そんな素晴らしい仲間たちの協力も得て、何とか良い結果でコンクールを終えることができました。
コンクールでは生徒同士のチームワークも大切ですが、それをサポートする側の指導者、顧問の先生、保護者のみなさんのチームワークも欠かせません。そういった意味では、この吹奏楽部の生徒たちは恵まれた環境にあると思います。
後日行われた東日本大会への代表が決まるコンクールでは、残念ながら代表になることはできませんでした。ここまでくると“上には上”がいますし、私たちの演奏には克服しなければならない課題がまだまだあります。限られた練習時間の中で、生徒たちはここまで本当によく頑張りましたが、その何倍も頑張ってきた高校生たちがいっぱいいるということも、改めて知ることができたと思います。けれども「もっと努力すれば上を目指せたかも?」という手応えと悔しさは、それぞれの生徒が身をもって体験したようです。
みんなが笑顔になれる部活を!
このように“落ちこぼれ笛吹き”の吹奏楽の熱い夏は終わりました。私もここまで吹奏楽コンクールに専念したのは中学・高校の夏以来かもしれません。後日行われた部の反省会では、何人かの中学生はまだ立ち直れていない様子でした。高校生たちもやり切ったと感じる反面、悔しさも見え隠れしていましたが、しっかりと前向きなコメントを話していました。
この先、学園祭、アンサンブルコンテスト、そして定期演奏会と生徒たちが活躍できる機会は多数あります。気がつけば、以前はあんなに出席率が悪かったのに、最近では合奏となると大多数の部員が揃うようになってきました。少しずつ、生徒たちの意識も変わってきているのかもしれません。
部活動においては生徒同士の競争もあるので悔しい思いもするし、人間関係で悩むこともあるでしょう。けれど、それを自分たちで解決していくことも社会勉強です。その解決法のひとつは、とにかく楽器を一生懸命練習することです。何かに夢中になって打ち込めるものがあると、細かい小さな不満が気にならなくなります。全てにおいて中途半端な生活をしていると、余計なことばかり気になって人の悪口や不満を言ったりしがちです。ですので部活に来ている時間は、とことん音楽に没頭できるような環境作りを大切にしたい思います。もちろん、仲間同士遊んだりふざけたりして楽しむことも大事です。とにかく、ここに来れば“みんなが笑顔になれる”吹奏楽部を目指したいですね!
感謝のことば
これまで当セミナーにお付き合い下さいまして、誠にありがとうございます。ときには全く音楽と関係ない話題に脱線することもしばしばでしたが、読者のみなさまにとっても何か得るものがあれば嬉しく思います。特に最近よく話題になる“不登校問題”については、時代は違えど私の経験が何かしらの励みになればと思います。一度将来が真っ暗になった少年が、50歳になっても音楽と共に心豊かな生活をおくれているという現実が、ほんの僅かでも誰かの力になれば幸いです。
最後に、当セミナーの開講を勧めて下さったバンドパワーの鎌田小太郎氏には、心より感謝申し上げます。この機会に、当セミナー開講の経緯を少しお話しさせて頂きます。きっかけは私が所属するタッド・ウインドシンフォニーのニューイヤー・コンサート2016でした。この日のメインはスパークの交響曲第3番『カラー・シンフォニー』でしたが、この前座として演奏したのがナイジェル・ヘスの『ラヴェンダーの咲く庭で』でした。この曲のオリジナルはヴァイオリンがソロですが、ヘス自身による吹奏楽版ではフルートがソロを担当します。この日、私のフルートの音色が鎌田氏の心の琴線に触れたご様子で、終演後の打ち上げで話しが盛り上がりました。そこで、一緒に何か面白い企画ができないか?という話しになり、今回のセミナーの開催となりました。
とはいえ、最初から具体的なプランがあるわけではなく、一緒にお酒を飲みながらコンクールやシエナ発足時の思い出話しをしているうちに、「面白い、それやりましょう!」というふうに企画が先行してしまいました。ということで、吹奏楽好きの思い出話を発端とするセミナーに多くの方がお付き合い下さり、心より感謝いたします。約1年半の長きに渡り、本当にありがとうございました。
【おすすめCD】

今回のセミナーでご紹介したタッド・ウインドシンフォニー ニューイヤー・コンサート2016のライブ演奏を収録したCD。スパークの「カラー・シンフォニー」(日本初演)も大注目ですが、フルートをフューチャーした『ラヴェンダーの咲く庭で』もお聴き頂ければ嬉しいです。また「ウチには上手なフルートがいるよ!」というバンドには、是非おすすめしたい1曲です!

フルート奏者でもある人気作曲家チェザリーニ氏の話題作『アークエンジェルズ』を世界初収録したCD。ちなみにこの演奏で私はピッコロを吹いています。今年(2017)は八王子学園八王子高等学校がこの曲で全国大会出場を決める等、益々人気が出そうな注目作です!
▲『アークエンジェルズ』日本初演のために来日したチェザリーニ氏と、タッド・ウインドシンフォニーのフルートメンバー。このCDではこちらのメンバーで演奏しています。