フェルレル・フェルラン作品集~交響吹奏楽のための聖書にもとづく音詩「アブラハム」…スペイン・ムード全開の作品集!

 交響曲第2番「キリストの受難」、「ピノキオ」などの大ヒットで知られるスペインの人気作曲家フェルレル・フェルランのスペイン・ムード全開の作品集!

 演奏は、フェルラン自身が指揮をしたバンダ・プリミティヴァ・デ・パイポルタとミケル・ロドリーゴ指揮のアラゴン高等音楽院交響吹奏楽団で、セッション録音ではなく、ライヴ録音で構成されている。

 このため、演奏はひじょうに情熱的な反面、ややバランスを崩すところもある。しかし、サウンドの明るさと大編成を生かした厚みは、さすがにスペイン!合いの手に入るカスタネットや、中音部に潤いを増すチェロが聞こえてくるともう堪らない!すべてにおいて、ラテン系シンフォニック・バンドの魅力にあふれている!

 アルバムは、スペインのバンド・コンサートに欠かせない、闘牛場を盛り立てるマーチ調の音楽“パソドブレ”に始まり、“パソドブレ”に終わる!

 冒頭の『ルイス“エル・ウイソー”』もラストの『マリア・ヒル・エレーロ』も、ともに2010年に初演された作品。“コンサート・パソドブレ”というだけあって、決して快速テンポではなく、まるで舞曲のように揺れ動く優雅なテンポで演奏されるのが印象的だ!

 この種の音楽は日本ではあまり耳にする機会はないが、実はスペインから遠く離れたアメリカのシンフォニック・バンドもこういうレパートリーが大好きだったりする!

 お目当てのコンサート・ピースは、2曲目に交響組曲『ソー・ナタ・ペル・テー(あなたのために生まれた)』、4曲目に『アルマンサ~シンフォニック・エピソード』、6曲目に『アブラハム~交響吹奏楽のための聖書にもとづく音詩』と3曲が入っている。いずれもフェルランの豊かな音楽性と個性煌めく作品となっている。

 交響組曲『ソー・ナタ・ペル・テー』は、スペインのラジオやテレビのさまざまな番組で、プレゼンター、歌手、ライターとして活躍するペペ・ドミンゴ・カスタニョーの活動からインスパイアーされた変化に富む華やかな組曲だ。独立した4楽章構成で、トラッドからクラシックまでの多彩な音楽的なファクターが盛り込まれ、無類の音楽好きとして知られるペペの人柄と音楽性の幅の広さ、そして人気者ぶりを表している。2010年2月27日、バレンシア州パイポルタで行われたバンダ・プリミティヴァ・デ・パイポルタのコンサートで作曲者の指揮で初演された。

 『アルマンサ~シンフォニック・エピソード』は、スペイン中央部カスティーリャ・ラ・マンチャ州アルペセタ県アルマンサの音楽ユニオン協会の委嘱で、同地のバンドの150周年記念作として作曲され、2008年11月29日に同地で初演された。この地は、かつては“アルマンザー”と呼ばれたので、サブ・タイトルには旧地名が含まれている。変化にとんだ単一楽章形式の音楽で、かつてアラブの影響を受け、スペイン継承戦争の激戦地ともなったアルマンサの歴史的バックグラウンドを盛り込みながら、バンドの150周年を祝う華やかなムード漂う推進力のあるエンディングへと向かっていく!

 『アブラハム~交響吹奏楽のための聖書にもとづく音詩』は、収録曲中もっとも劇的な作品。ラテン・アメリカ・ウィンドオーケストラの委嘱で書かれた作品で、2009年5~6月、コロンビア中央部のマニサレスで開催された第15回ヤマハ国際音楽セミナーで初演された。「旧約聖書」の創世記に著される、神の啓示を受け、約束の地カナン(パレスチナ)をめざした“アブラハム”の生涯からインパイアーされた音楽で、曲中、ひとり息子イサクを神に捧げようとし、天使からとめられる有名なエピソードなどがフィーチャーされている。ひじょうに聴きごたえのある作品だ。

 CDには、これら大きな作品の間に、『ラファエル』『イベリアン・トランぺッツ』というトランペットやフリューゲルホーンをフィーチャーするソロ曲が収録されているが、これがなかなかの逸品!スペイン風の情熱的なメロディーラインが聴くものを爽快な気分にさせてくれる!

【収録曲】
1. コンサート・パソドブレ「ルイス“エル・ウイソー”」【4:40】
2. 交響組曲「ソー・ナタ・ペル・テー(あなたのために生まれた)」【24:45】
3. ラファエル~プレリュード・アンド・アンダンテ・イン・スウィング 【10:35】
4. アルマンサ(アルマンザー)~シンフォニック・エピソード 【9:05】
5. イベリアン・トランペッツ~2本のトランペットのためのスパニッシュ・ファンタジア 【9:00】
6. アブラハム~交響吹奏楽のための聖書にもとづく音詩 【13:35】
7. パソドブレ「マリア・ヒル・エレーロ」 【5:35】

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http://item.rakuten.co.jp/bandpower/cd-2984/

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フェルランのシンフォニエッタ第2番『大いなるキリマンジェロ』、ヨーロッパで大ヒット!! 演奏動画も続々とアップロード中!!

 BPショップでも、CDが爆裂ヒット中のフェルランのシンフォニエッタ第2番『大いなるキリマンジェロ』が、作曲者の地元スペインだけでなく、ヨーロッパ中でヒット中!

 楽譜も出版され、ネット上にも、つぎつぎと演奏動画がアップロードされている。

 なかでもBPが注目したのが、Lino Blanchod指揮、Orchestra di Fiati del Conservatorio Corelli 演奏のつぎのコンサートライヴ動画だ。演奏者は、イタリアの音楽院のバンドだが、スペイン式楽器編成を取り入れていて、原曲スコアの編成が一目瞭然!!

 動画は、以下のように、3つに分けてアップロードされている。

《第1楽章 – ジャンボ》

《第2楽章 – 聖なる山》

《第3楽章 – キリマンジェロの神ルーワ》

 また、コロンビアの大学バンド Banda Sinfonica del Instituto Universitario de Caldas が演奏したつぎの動画は、第1楽章のみだが、アフリカン・ムードと打楽器の用法、作品の質感がとてもよくわかるエキサイティングな演奏だ。

 スペインから全世界へ。アフリカ大陸最高峰のキリマンジェロをモチーフに書かれたアフリカン・テイスト満開のこの作品が、現在要注目の作品であることは、もはや疑いようがない。


《シンフォニエッタ第2番「大いなるキリマンジェロ」の自作自演CDをチェックする》

大いなるキリマンジェロ – フェルラン自作自演集
http://item.rakuten.co.jp/bandpower/cd-0960/

《シンフォニエッタ第2番「大いなるキリマンジェロ」の楽譜をチェックする》

■シンフォニエッタ第2番「大いなるキリマンジェロ」
http://item.rakuten.co.jp/bandpower/set-8840/

(2009.09.04)

■シンフォニエッタ第2番「大いなるキリマンジェロ」(作曲:フェルレル・フェルラン)

交響曲第2番『キリストの受難』の大ヒットですっかりおなじみとなった、フェルラン2作目のすばらしいシンフォニエッタ。リズム・セクションが演奏上、絶大な効果を発揮する、ある意味、打楽器奏者が主役になれる作品といえるでしょう。注目作!!

 交響曲第2番『キリストの受難』の大ヒットですっかりおなじみとなった、フェルラン2作目のすばらしいシンフォニエッタです。

 2005年、スペインのヴァレンシアで開かれた国際バンドコンテストで演奏されるための楽曲として、同国モンセラート音楽教育者協会の委嘱で作曲され、2009年に出版されました。

 アフリカ大陸の最高峰“キリマンジェロ(Kimbo)”がテーマとして扱われ、現地語で“こんにちわ”を意味する第1楽章の「ジャンボ」、この山を神の山と崇めるマサイの人々とのつながりを表した第2楽章の「聖なる山」、タンザニア側の住民チャガの人々にとっても神が宿る山であることを表した第3楽章「キリマンジェロの神ルーワ」の、3つの楽章で構成されています。

 これまでのウィンド・オリジナルの殻を破る作品で、音楽全編に“アフリカン・リズム”が溢れ、多くの野生動物たちが行き交うアフリカの雄大な自然の中に身をまかせたい気分にさせてくれます。

 当然、リズム・セクションにはアフリカン・タッチの楽器も使われ、演奏上それらが絶大な効果を発揮しますので、ある意味、打楽器奏者が主役になれる作品、と言えるかも知れません。

 また、スペインの吹奏楽団を対象に書かれた作品ですので、日本の一般的な編成よりかなり多くの種類の楽器が使われていますが、他の楽器と重なり合っている音も多いので、場合によっては、省くことのできる楽器もありそうです。少なくとも、(*)印が付けられた、スコアからは省かれている楽器は、オプションと考えていいかも知れません。

 スぺイン語の原曲名や英語翻訳タイトルを直訳すると“キリマンジェロの咆哮”といった意味になります。しかし、キリマンジェロは今は火を噴かないのでタイトルとして何となくしっくりこない。そこで、作曲者が書いたノートを読むと、雄大な裾野を持つ優美な姿かたちだけでなく、現地の人々に神のように崇められているこの山のスケールや偉大さがテーマになっていることが明らかでしたので、BPでは El Rugir を形容詞的に扱って『大いなるキリマンジェロ』と訳すことにしました。

 人類の故郷ともいわれるアフリカ大陸。吹奏楽のコンサートで、自然体で、こんなにゆったりと音楽の大きさを感じさせてくれる作品に出会うチャンスは、そう多くはありません。コンクールにも、もちろんOK!

 音源は、作曲者自身がスペインのバンドを指揮したすばらしいCD「大いなるキリマンジェロ フェルラン自作自演集 El Rugir del Kimbo」(CD-0960)があります。

 BPおススメ度 ★★★★★ の 『大いなるキリマンジェロ』。

 みなさんのバンドでも、ぜひ取り上げてみてください!!

【フェルレル・フェルラン】
1966年、スペインのヴァレンシアに生まれる。15才までにピアノと打楽器を修め、室内楽および伴奏者としてのディプロマを得る。その後、ロンドンの王立音楽アカデミー(RAM)で、作曲と指揮法を学ぶ。管弦楽、室内楽、吹奏楽などの各ジャンルで、作曲家、指揮者、ピアニストとして活躍する一方、ヴァレンシア高等音楽院で教鞭をとっている。交響曲第2番『キリストの受難』が紹介された後、日本でも、その名は広く知られるところとなった。作品は、スペイン、フランス、オランダで出版され、2002年、自身の出版社 Iber Musica を設立した。

この楽譜をBPショップでチェックする
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■シンフォニエッタ第2番「大いなるキリマンジェロ」
作曲: フェルレル・フェルラン

El Rugir del Kimbo、Sinfonietta No. 2
Ferrer Ferran

・グレード: 表示なし
・作曲: フェルレル・フェルラン(Ferrer Ferran)
・TIME: 23分36秒(CD-0960 参照)

I) ジャンボ Jambo 【11:05】
II)聖なる山 La Montana Sagrada 【6:10】
III)キリマンジェロの神ルーワ Ruwa, el Dios del Kilimanjaro 【6:21】

・出版:Iber Musica
・分類:販売譜(フルスコア&パート譜 セット)

【楽器編成】

Piccolo <div.>
Flutes (I、II)
Oboes (I、II)
English Horn
Bassoons (I、II)
Double Bassoon (*)
E♭ Clarinet
B♭ Clarinets (I <div.>、II <div.>、III <div.>)
E♭ Alto Clarinet
B♭ Bass Clarinet
B♭ Contrabass Clarinets <div.> (*)
B♭ Soprano Saxophone (*)
E♭ Alto Saxophones (I、II)
B♭ Tenor Saxophones (I、II)
E♭ Baritone Saxophone
B♭ Bass Saxophone

B♭ Flugel Horns (I、II)
E♭ Trumpet (I : subst. for B♭Trumpet I)(*)
B♭ Trumpets (I、II、III、IV)
Horns (I、II、III、IV)
Trombones (I、II、III、IV)
Euphoniums (I、II)
Tubas (I、II)

Violoncello (*)
String Bass

Piano

Timpani

Mallet Percussion (Xylophone、Glockenspiel、Marimba、Tubular Bells)

Percussion (Snare Drum、Bass Drum、5 Tom-Toms、Tam-Tam、Clash Cymbals、Suspended Cymbal、Sizzle Cymbal、Tambourine、Bongos、Drbuka (def. Bongo agudo)、Congas、Shequere (def. Cabasa)、Wood Block、Temple Blocks、Wood Tree、Mark Tree、Cascabeles、Jingles、Whip、Wind Machine、Rain Wood、D’Jembe、Carraca、Canas、Qujada)

(*)=スコア上に印刷されていないパート

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■吹奏楽曲でたどる世界【第62回】<補遺5> 百年戦争(1337~1453)とジャンヌ・ダルク その3 ~コンサート・バンドのための音詩≪ジャンヌ・ダルク≫(フェルレル・フェルラン作曲)

Text:富樫鉄火

●原題:Juana de Arco~Tone poem for Concert Band
●作曲:フェルレル・フェルラン Ferrer Ferran(1967~) スペイン
●発表:詳細不明だが、2005年にスペインの市民バンドで初演されたようである。
●出版:IBER MUSICA(スペイン)
http://item.rakuten.co.jp/bandpower/set-8517/

●参考音源:『エコ・ドゥ・ラ・モンターニュ~フェルレル・フェルラン作品集』(IBER MUSICA)
http://item.rakuten.co.jp/bandpower/cd-1076/

●演奏時間:約14分
●編成上の特徴:ほぼ標準編成にプラスアルファ。ピッコロ/フルート1・2/オーボエ1・2/バスーン1・2/クラリネット群…E♭、B♭1~3、バス(アルト、コントラバスなし)/サクソフォーン群…標準4声/ホルン1~3(4なし)/フリューゲル・ホーン1・2/トランペット1~3/トロンボーン1~3/ユーフォニアム1・2/テューバ1・2/弦バス/ティンパニ/マレット/パーカッション1~3
※ピアノ、ハープ不要。金管の代行を中心にキュー符が多めに書かれているので、上記編成を満たせなくても演奏可能。B♭クラリネット1とトロンボーン1にかなり長めで重要なソロがある。
●グレード:4~5

ジャンヌ・ダルクと英仏百年戦争に関しては、この連載の【第18回】坂井貴祐≪吹奏楽のための叙事詩≪ジャンヌ・ダルク≫で、詳しく述べたので、そちらを参照していただきたい。同じジャンヌ・ダルクを題材にした曲としては、【第19回】でも、ジェリー・グラステイル≪ジャンヌ・ダルク≫(打楽器8重奏)を紹介している。

上記の回を執筆している2007年初頭、ちょうど、フェルレル・フェルランの新曲≪ジャンヌ・ダルク≫が日本に入ってきたので、できればつづけて紹介したかったのだが、時間的に間に合わず、連載中は見送った。

その後、じっくり聴いたり、スコアを見る機会ができたので、今回、補遺として取り上げておきたい。

作曲者フェルランについては、【第14回】交響曲第2番≪キリストの受難≫、【第21回】交響詩≪マゼラン≫で紹介している。スペインの作曲家だ。スキンヘッドなので一見、年齢不詳だが、まだ42歳ほどである。

≪キリストの受難≫や≪マゼラン≫が各々かなりの大作で、しかも高めのグレードなので(前者などは約40分の大曲だ)、やっかいな大曲ばかり書いているのかと思いがちだが、意外や、この≪ジャンヌ・ダルク≫は、(決して簡単ではないが)日本のアマチュア・バンドにとってはグレード「4~5」くらいの曲である。演奏時間は約14分。

曲の全体は急~緩~急の3部構成。マーチ風の前半部は、当時の時代を感じさせる古風な響きを基調に、次第に戦いを連想させる盛り上がりにつながって行く。具体的なジャンヌの生涯を追うというよりは、彼女が参加した百年戦争末期を、総体的に音楽化しているように思える。

穏やかな中間部では、ソロ・トロンボーンが美しい旋律を奏でる。おそらくジャンヌを描写しているのであろう。女性のイメージをトロンボーンが表現するというのも珍しいケースだろう。しかも、かなり長い。なかなかの見せ場でもある。トロンボーンの腕達者がいるバンドは、ぜひ挑戦していただきたい。

後半は再び戦いを思わせる場面。暗く激しい響きがつづき、ジャンヌが捕われたらしき描写となり、ラストは感動的な「讃歌」となる。天に召されたジャンヌを讃える壮大な部分だ。フェルランならではの盛り上がりで聴かせる。

コンクールにおけるフェルラン作品としては、2004年に北海道遠軽高校と流通経済大学(茨城)が同時に全国大会初演した≪キリストの受難≫が有名だ。その後、2007年にも北海道札幌白石高校が取り上げている。

ところで今回は、ジャンヌ・ダルクや英仏百年戦争に関してすでに【第18回】【第19回】で詳しく述べてしまっているので、少々観点を変え、この≪ジャンヌ・ダルク≫を題材にして「小中編成バンドのレパートリー」について考えてみたい。

コンクール(A組)の中学・高校の部では、出場人数制限が上限50人である(2007年現在)。時折、30~40人くらいで挑戦している団体も見かけるが、全国大会ともなれば、ほぼ上限人数の編成が多い。

その中には、「部員が100人以上いて、選抜メンバーでコンクールに挑戦している」団体もあるようだ。だが、世の中のバンドは、すべてがそんな大人数を抱えているわけではない。特に昨今、少子化社会になってからは、十分な人数で編成を組めるバンドが少なくなっているのも事実である。

そんな中学高校の「小中編成バンド」がコンクールに挑むには、道は2つしかない。「小中編成のまま挑戦する」か、あるいは、A組を諦めて(つまり「普門館への道」を捨てて)、小中編成向け(上限35人)に開催される「B組に回る」か、だ。あるいは「10~35名部門」がある、日本管楽合奏コンテスト(日本管打・吹奏楽学会主催)に挑戦する道もある。中学校だったら、「TBSラジオこども音楽コンクール」を狙っている学校もあるだろう。【注1】

ただ、どこへ挑むにしても、問題となるのは「楽曲」である。

吹奏楽曲で、それなりの音楽性や高度な技術を披瀝できる楽曲となると、どうしても大編成を前提として書かれたものが多い。

で、またもここで道は2つに分かれるのである。

つまり「大編成向けの曲を、無理やり小中編成で演奏する」か、「小中編成向けの曲を探して演奏する」か、である。

ところが「小中編成向けの曲」となると、どうしてもグレード的に中レベルの曲が多い。よく、B組コンクールで「中学で吹奏楽部に入部して初めてやらされるような曲」を、高校生が演奏しているのを見かける。あの種の曲である。だが、相応の実力があって、音楽的にも技術的にも高度なものを追及したい小中編成バンドには、手応えがない――のが本音だろう。

そこで、いきおい「大編成向けの高度な曲を、無理やり小中編成で演奏する」バンドが出てくる。特にB組にはその傾向が強い。あえて曲名や団体名は挙げないが、本来、どう見ても40~50人でやる曲を、30人そこそこで演奏しているのである。

すると、どうなるか――オーボエやバスーンがそれぞれ2声で書かれているのに、1本ずつにするか、もしくはカットする。クラリネットは、B♭のほかにE♭、アルト、バス、コントラバスなどが書かれているのにカットする。ホルン4声を2~3本ですませる。バリトン・サクソフォーンをカットする。ピアノやハープなんて当然カット……そうやって大編成曲に挑んでいる小中編成バンドをよく見る。

もちろん中には、人数の問題以前に、それらの楽器がないという、物理的な事情もあるだろう。おそらく「楽器があれば、当然入れる。だけど“ない”以上、どうしようもない。しかし、それでもこの曲を演奏したい」という気持ちであろう。

その思いは、よくわかる。A組の大編成バンドが演奏していた「あの曲」をやりたい。CDで聴いた「この曲」をやりたい。だが、その結果、生まれてくる音楽はどうだろう。やはり、何かが足りない。いくら超絶技巧パッセージがこなせたとしても、それは本来、作曲家が書いた「音」ではない。

このような問題を抱えながら活動しているバンドは、けっこう多いのではないだろうか。そして、日々、悩んでいるのではないだろうか。「35人編成で、それなりの音楽性と技術を要し、スケール豊かな曲はないのか」と。

実はその願いに応えてくれる楽曲は、けっこう、あるのだ。たとえば今回の≪ジャンヌ・ダルク≫がそうだ。

この曲は、B♭クラリネット1~3を各3人とし、ほかをすべてワン・パート1人とすれば「43人」で演奏できる。もしB♭クラ1~3を各2人とすれば「40人」で演奏可能だ。

ところが、スコアをよく見ると、そこかしこに「キュー」(cue=小玉で書かれた代行符)が書かれている(フェルランは「def」と表記している。def=defavorable:デファヴォラブル=代理。cueと同じ意味)。

たとえば、ホルンのキューがアルト&テナー・サクソフォーンや、トロンボーンに。オーボエのキューがB♭クラリネットに。逆にトロンボーンのキューがサクソフォーンにあったりもする。

もちろん作曲者フェルランは、「楽器がない場合の代行」のつもりだけでキューを書いたのではないかもしれない。キューを加えることによって、さらに重厚な音になることを狙った部分もあるかもしれない。だが、少なくとも、キューを演奏すれば、元の楽器がなくても、その音は出る。

また、日本の通常編成にはあまりないフリューゲルホーン1・2も、突出して演奏する部分は1箇所もない。すべて、ほかの金管群や、サクソフォーン群に同調して書かれている。ヨーロッパは金管バンドが盛んで、フリューゲルホーン奏者が多い。おそらく、そんなことを配慮して書かれたパートにも思える(フリューゲルホーンが加わることによって、金管の響きが柔らかくなる効果もある)。だから、フリューゲルホーンと同じ音をほかの楽器がちゃんと出せるのであれば、ナシでも十分演奏可能なのだ。

こうやって詳細にスコアを眺めると、この≪ジャンヌ・ダルク≫は、十分「35人」で演奏できる。

しかもこの曲は「ソロ」がたいへん多い。トランペット1、B♭クラリネット1、トロンボーン1、アルト・サクソフォーン1、ホルン1(キュー:トロンボーン1)、フルート1などに、ソロとしての出番が与えられている。つまりアンサンブル色が強い曲であり、大編成とはちょっと違った考え方で書かれているのである。以上のソロ楽器さえちゃんと用意できれば、中編成の35人でやれるのだ。もちろん、ピアノ、ハープなどは最初から書かれていない。

実は、前回ご紹介した≪ガリア戦記≫も、似たような書かれ方をしている。≪ガリア戦記≫は、B♭クラリネット1~3を各2人とすれば「34人」で演奏可能だ。しかもバスーンのcueがバリトン・サクソフォーンに、オーボエのcueがトランペット1(ミュート)やB♭クラリネット1に書かれている。ということは、オーボエとバスーンなしの「32人」で演奏できるのだ(この曲も、ピアノ、ハープ不要)。

また、【第59回】で紹介した≪大いなる約束の大地~チンギス・ハーン≫も同様だ。この曲は、B♭クラリネット1~3を各3人とすれば46人、2人ずつなら43人で演奏できる。だが、たとえばフリューゲルホーン1・2は≪ジャンヌ・ダルク≫と同じ扱いだし、ハープが指定されているが、ピアノとほぼ同じラインを弾くので、ピアノさえあればナシでも可能だ(作曲者自身もそう語っていた)。オーボエやバスーンも他パートにそったラインで、突出する部分もない。中間部のフーガ風マーチの部分で、ソロ的な演奏をするパートさえちゃんと確保できれば、おそらく35人でも演奏できるのではないだろうか。

このように、そう無理をせずとも、小中編成で演奏でき、しかもある程度のレベルの音楽性・技術を披瀝できる吹奏楽曲は、けっこう、あるのだ。

もちろん、少ない人数になれば、それなりに音圧・音量は減る。吹奏楽ならではの分厚い和音の響きも薄くなるし、ボロも目立ちやすくなる。打楽器と管楽器の音量バランスの調整も、難しくなるだろう。だから、30人台で演奏することが必ずしもいいとはいえない。しかし、40~50人のために書かれた曲を、無理やり30数人で演奏するより、ずっといいと思う。

ここで思い出されるのが、イーストマン・ウインド・アンサンブルである。アメリカのイーストマン音楽院の学生を中心に、1952年、指揮者の故フレデリック・フェネルが提唱し、結成したバンドだが、ここの編成は、B♭クラリネット1~3と、テューバが各2名ずつで、あとはすべてワン・パート1人だった。これによって、精緻な管打楽器アンサンブルの響きを追求したのである。その結果、編成は最大でも40人ちょっとだった。これによって、吹奏楽界に「ウインド・アンサンブル」なる考え方が定着した。これでいいのである。

こういう考えを、また、小中編成向けでそれなりの曲があることを、作曲家や出版社は、もっとアピールするべきだと思う。同時に、吹奏楽に携わっている方々――特に中学高校の小中編成バンドで指導している先生は、もっと貪欲になるべきだと思う。生徒が、A組会場やCDで知った「大編成のカッコいい曲」、あるいは「中学校時代にやった、思い出のグレード2の曲」をやりたいと言ってくることがあるだろう。その時に「生徒の希望を叶えてあげたい」と考えるのはけっこうだが、その結果、無理な演奏、腰砕けの演奏になるくらいだったら「うちの編成で演奏できる、こういう曲もあるんだよ」と教えてあげていただきたい。

そのためには、少しばかり苦労をしなければならない。ネット上であちこちから情報を得たり、海外出版社の新譜デモCDを入手したりする必要がある。だが、プログラム開拓も立派な指導の一環だと思う。ぜひとも全国の小中編成バンドは、諦めず、逃げず、挑戦をつづけていただきたいと願うばかりだ。
<敬称略>

【注1】「TBSラジオこども音楽コンクール」は、小学校・中学校を対象にした、すでに50年つづいている伝統的な音楽コンクールである。全国から2300校、6万人が参加している。合唱や管楽合奏など、いくつかの部門があり、吹奏楽での参加も多い。「こども」だからといってバカにしてはいけない。何しろ、小学生が、グレイアム≪レッド・マシーン≫や、樽屋雅徳≪マゼランの未知なる大陸への挑戦≫を演奏してしまうのだから! その模様は、毎週(日)朝6時~、TBSラジオで放送されている。休日の早朝できついだろうが、一度、お聴きいただきたい。ぶっとびますよ。

■吹奏楽曲でたどる世界史【第21回】大航海時代(15~16世紀):マゼラン その1 ~交響詩≪マゼラン≫(フェルレル・フェルラン)

Text:富樫鉄火

●原題:Magallanes ~Poema Sinfonico(スペイン語)
●作曲:フェルレル・フェルラン Ferrer Ferran
●発表:
●出版:IBER MUSICA(スペイン)
http://item.rakuten.co.jp/bandpower/set-8397/
●参考音源:
『マゼラン~フェルレル・フェルラン作品集』(IBER MUSICA)
http://item.rakuten.co.jp/bandpower/cd-0866/
●演奏時間:約14分
●編成上の特徴: オーボエ・バスーン・ユーフォニアム各1・2あり。トランペット1~4あり。フリューゲルホーン1・2あり。ホルンは1~3まで。打楽器多数。管楽器奏者による声・歌唱のほか、自然音の模写(鳥笛や森のざわめきなど)あり。
●グレード:5

世界史年表を見ていると、1400年代末以降、やたらと「発見」「到達」の文字が目立つようになる。いわゆる「大航海時代」である。

もともと大昔のヨーロッパ人は、地中海沿岸が「世界のすべて」だと思っていた。それが、アレクサンダー大王の東方遠征(4世紀頃)あたりから、どうも、東の果てにもそれなりの文明があるらしいと分ってきた。

さらに11世紀末から十字軍が始まり【第17回参照】、多くのヨーロッパ人(キリスト教徒)が、アラブ世界に足を踏み入れることになった。十字軍は、キリスト教徒の無謀な軍事行動ではあったが、それなりの「産物」もあった。ヨーロッパとアラブの交易路が開拓され、両世界の商人が、交流を始めたのだ。ヨーロッパ→アラブへは、鉄鉱石などが売り込まれ、アラブ→ヨーロッパへは絹織物や香辛料が入り込んできた。

特に香辛料(コショウやクローブ、ナツメグなど)は、食物の味つけのみならず、保存・殺菌に絶大な効果があることが分り、ヨーロッパ中でこぞって求められた。だが、これらはアジア方面(亜熱帯・熱帯地域)の特産物であり、ヨーロッパで入手することは、簡単ではなかった。

ところが、1453年、オスマントルコ帝国によって東ローマ(ビザンティン)帝国が滅亡すると、アジアとヨーロッパをつなぐ貿易中継基地がなくなり、ヨーロッパ各国は、直接、高額な関税を払って物資を輸入しなければならなくなった。特に、香辛料や絹織物、陶器は、アジア近辺から直接求めるしかなくなり、新たな「交易ルート」の確保に迫られていた。

そこで、1400年代から1500年代にかけて、ポルトガルとスペインを中心に、未知の航路を開拓する「大航海時代」に突入する。それは、王侯貴族が探検家を雇い、一獲千金を求める「夢と冒険の時代」でもあった。

まず、ポルトガルが、エンリケ王子やヴァスコ・ダ・ガマによって、アフリカ周りインド航路を発見する。日本の種子島に鉄砲を伝えたのも、このルートである。

一方、スペインも、遅れをとるなとばかり、コロンブスを雇って大西洋横断航路を発見。バハマ諸島まで達する(コロンブスは、そこをインドと思っていたが、北米大陸の端であったことを、後年、アメリゴ・ヴェスプッチが証明する)。

これらの冒険で、彼らがテキストにしたのが、前回ご紹介した、マルコ・ポーロ(語り)&ルスティケロ(筆記)による『イル・ミリオーネ』(東方見聞録)であった。【第20回参照】 当初「ホラ吹き話」と嘲笑されていたこの本は、実は100年以上にわたって、多くの冒険家の夢とロマンをかき立てつづけていたのである。

こうなると、残されたのは「地球は丸い」ことを証明する、世界一周航路の発見である。

スペインに雇われたポルトガルの船乗りフェルディナンド・マゼラン(1480頃~1521)が、5隻からなる艦隊と200人以上の船員を引き連れ、西回り世界一周航路発見の旅に出たのは、1519年のことだった。

彼らは、まず大西洋を南下し、南米大陸の最南端に“通り道”があることを発見した(マゼラン海峡)。そこを抜け、南太平洋の大海原へ。ここから飢餓と病に苦しみながら、グアム島を経由し、フィリピンに達するが、マクタン島の酋長ラプ・ラプと戦闘状態になり、マゼランは殺害されてしまう(ラブラブは、英雄としてフィリピンで偉人となっている)。

残された一行は、マゼランの遺志を継ぎ、インドネシアで、コショウやナツメグなど、多くの香辛料を仕入れ、インドの南~アフリカ大陸の南から西側を通って母国スペインに向かう。

そして、1522年、生き残ったわずか18名の船員が、出港地に帰還したのである。持ち帰った香辛料は、現地価格の2000倍以上の値段で売れた。だが、あまりに長い航海と、リーダーが殺害されてしまうほど危険な航路であるとの理由で(ほかにも、数え切れないほどのトラブルがあった)、彼の開拓した航路がすぐに評価されることはなかった。それでも「地球が丸い」ことは見事に証明され、「香辛料の確保先」も判明したのである。

この航海を見事な吹奏楽曲による交響詩≪マゼラン≫に仕立て上げたのが、スペインのフェルレル・フェルランだ。この連載では、すでに【第14回】の≪キリストの受難≫で登場している。スケール豊かな曲想と、「超」が付く抜群の描写力を誇る作曲家だ。

しかも今回は、フェルラン自身の母国スペインの英雄が題材である。力の入りようも格別のものがあったに相違ない。とんでもなく難しい曲に仕上がったが、それでも全編、息をもつかせぬ展開である。

曲は、出港を思わせるファンファーレ風の出だしで、以後、波を蹴立てて艦隊が進む様子、さらには、嵐や、おそらくフィリピンでの戦闘場面と思われる、激しい描写に至る。そこでは、奏者が「叫び声」をあげる指示がある。そして、鳥笛や効果音を加えて、深い森の場面を経て、小声で「マゼラン…マゼラン…、マゼラン…」と、囁くように歌う。森の中で、島民に囲まれたのだろうか。

それでも最後は、本人が死んだとはいえ、世界一周航路を見つけて帰還した残りのメンバー、そしてマゼランの功績を讃えた終結部を迎える。

なかなかの大曲で、演奏時間も14分と、吹奏楽曲としては大曲だが、ぜひ挑戦していただきたい曲だ。

<敬称略>

■吹奏楽曲でたどる世界史【第14回】イエス・キリスト(その1…生涯) ~交響曲第2番≪キリストの受難≫(フェルレル・フェルラン)

Text:富樫鉄火

●原題:La Passio de Crist~2a Sinfonia para Banda
●作曲:フェルレル・フェルラン Ferrer Ferran
●発表:2001年、FSMCVシンフォニック・バンド(スペイン・バレンシア)、作曲者自身の指揮で。
●出版:IBER MUSICA(スペイン)
http://item.rakuten.co.jp/bandpower/set-8143/
http://item.rakuten.co.jp/bandpower/msc-6017/
●参考音源:「La Passio de Crist」(WWM)、他
http://item.rakuten.co.jp/bandpower/cd-0361/
http://item.rakuten.co.jp/bandpower/cd-2245/
●演奏時間:約40分(約8分+約12分+約20分)
●編成上の特徴:たいへん巨大。標準編成を上回る部分……オーボエとバスーン各1・2、イングリッシュ・ホーンあり、テナー・サクソフォーン1・2、フリューゲル・ホーン1・2、トランペットとトロンボーン各1~4、ユーフォニアムとテューバ各1・2、ピアノ。ティンパニ以外に、鍵盤1・2、パーカッション1~3あり(小物が大量に必要。木板や鉄床も)。
●グレード:6超

「紀元前」のことを「B.C.」と表記するが、これが英語表記「Before Christ」(キリスト以前)の略であることは、ご存知だと思う。これに対し、「紀元」=「西暦」を「A.D.」と表記するのは、ラテン語「Anno Domini」=「主の年に」の略である。だから、言うまでもないが、今年を「西暦2006年=2006 A.D.」と称するのは、「キリストが生まれてから2006年目」の意味なのである。

キリスト誕生を境に年代表記を分ける考え方は、おおよそ17世紀頃に確立したそうだ(その後の研究によると、実際にキリストが生まれたのは、紀元前7~4年頃が正確らしい)。

そんな、年代表記の指標にまでなった男イエス・キリスト。彼の登場で、その後の人類の歴史は大きく変わってしまうのだが、とてもそんな話、筆者の手には負えない。

また、キリストを題材にした音楽はほぼ無限にあり、吹奏楽曲だけでもかなりの数にのぼる。これもまた、まともに解説し始めたのでは、連載終了以前に、私の方が天国に行ってしまう。そこで、主だった曲に絞って、3回ほどに分けて紹介したいと思う。

まず今回は、近年これほど話題になった吹奏楽曲はなかったのでは……とさえ思えるフェルランの、交響曲第2番≪キリストの受難≫である。

原題をご覧いただきたい。≪La Passio de Crist(ラ・パッショ・デ・クリスト)≫。作曲者フェルランも楽譜出版社もスペインなので、スペイン語表記になっているのだが、英語だと≪The Passion of Christ(ザ・パッション・オブ・クライスト≫。

この「Passion」とは、通常「情熱」などと訳されるが、語源はラテン語で「殉教」「受難」を意味した。全人類の罪を一人で被った、キリストの災難(磔刑)のことだ。有名なバッハの≪マタイ受難曲≫も、英語読みだと≪マタウス・パッション≫となる(念のため言っておくが、この曲は「マタイが受難した曲」ではない。「マタイが書いたキリスト受難物語の音楽」である。つまり「パッション=受難」といえば、キリストのことなのである)。

そういえば、メル・ギブソンが監督してキリスト最後の12時間を描いて話題となった2004年の映画があったが、その題名『パッション』(原題『The Passion of The Christ』)も、意味は「(キリストの)情熱」ではなく、「(キリストの)受難」である。

だから、さらに余談になるが「パッション・フルーツ」なる果物、あれも「情熱の果実」の意味ではない。「受難の果実」なのだ。この果物の原産地は南米である。大昔、スペインから布教のため、南米にやってきた宣教師たちが、この果物の「花」を見て、かつて聖フランチェスコが夢に見たと言われている「十字架上の花」と信じた。そこで、この花を「受難の花」と呼ぶようになり、その果実が「受難(パッション)の果実(フルーツ)」となったのである。

しかし考えてみれば、「キリストの受難」に、いつしか「情熱」の意味が加わったわけで、このあたりはやはりキリスト教文化の中にいないと、なかなか理解できない感覚のようである。

話がそれまくったが、問題は、フェルランの吹奏楽曲≪キリストの受難≫だ。巨大編成、全3楽章でキリストの誕生から磔刑までを描く、約40分のとんでもない超大作である。

各楽章に副題が書かれている。

【第1楽章】誕生~幼児虐殺~洗礼
【第2楽章】三つの誘惑
【第3楽章】聖堂到着~最後の晩餐~逮捕~判決~磔刑~希望

さらに、要所に、『新約聖書』の中の文言が書かれており、タイトルは≪キリストの受難≫ながら、ほぼ≪キリストの生涯≫と呼んでもいい内容になっている。同時に、全体が、具体的な場面描写によって出来上がっていることがわかる。つまり、決して抽象的な音楽ではなく、まるで映画音楽のように、分りやすい作りになっているのである。キリストの誕生から、十字架に架けられ死刑となり、やがて彼の死から新たな希望が生まれるまでを、まことに壮大に描いている。舞台となった中東の香りが漂う部分もあって、描写力抜群だ。以前に、アッペルモントの音楽描写のうまさを述べたことがあるが、さすがにアッペ君も、この曲の前ではひれ伏さざるを得ない。

しかし、そもそもイエスは、何をして、なぜ、死刑になったのだろうか。いや、それより、イエスなんて人、ほんとうにいたのだろうか。

実際、イエスの実在を科学的に証明する史料類は、「ない」そうだ。『新約聖書』は、イエスの様々な言動や伝記(福音書)を何種類もまとめた「全集」であるが、それらに書かれたイエス像も、ことごとく、違っている。考古学的にも、福音書のほとんどは、西暦1世紀頃にまとめられたと言われている。イエスの死後だ。だから、『新約聖書』の中に「イエスに直接会った人の証言」は、ないのである。

かように納得できない部分は多々あるものの、『新約聖書』によれば、イエスはおおむね、以下のような生涯を送っている。そして、曲も、ほぼ、この流れにそって進む。

母マリアは、婚約者ヨセフと知り合う前に、聖霊により懐胎する(処女懐胎)。それから2人は結婚して、男の子が生まれ、イエスと名づけられた。イエスはナザレで育つ。

ある時イエスは、ヨハネの洗礼を受け、荒野で40日間断食し、悪魔の誘惑を受けるが、それらも見事に退ける。

その後イエスは、ユダヤ教の改革を目指して宣教をはじめた。ユダヤ教では「法を守る」ことが重要だったが、イエスは、法を守れなかった者にも、救いの道はあると説いた。やがて弟子が集まり、特にその中の12人は側近となり、「十二使徒」となった。ともに各地を回って、いよいよ、当時の大都市エルサレムに行く。

だが、「神の子」を自称した罪で逮捕され、裁判のあと、ローマ帝国に引き渡され、十字架に架けられて死刑となった。遺体は埋葬されたが、3日後に復活する。40日地上にいたイエスは、ようやく昇天する。後年、弟子たちによってイエスの教えを広める活動が始まり、その宗教が「キリスト教」となった。

もし、≪キリストの受難≫を演奏したり、聴いたりするのであれば、最低限、これくらいの流れは基礎知識として持っておきたい。

ただ、何度も言うが、まことに超大作である。難易度も「超」レベルだし、楽器編成を完備させるだけでもラクではない(そもそも、楽譜セット代も、BPショップ価で78000円と、なかなか高価である。長い曲だから、それだけ分量も多く分厚いので、これほどの価格になってしまうのだ)。

演奏も大変なら指揮も大仕事。これだけの音楽詩をきちんとまとめ上げることは、なかなか大変であろう。そもそも、全3楽章を通して、一人の人物の一生を描くのである。だから、コンクール自由曲にするのでなければ、抜粋演奏は、意味があるとも思えない。最後は、単なるキリスト精神の表現を超えて、全人類の未来を描いているかのようである。挑戦する以上は、それこそ「殉教(パッション)」するつもりで、「情熱(パッション)」を維持させる必要があろう。

作曲者フェルランは、1966年、スペインのバレンシアに生まれた。15歳で、ピアニスト、打楽器奏者として独立したほどの早熟ぶりだったようだ。ヨーロッパ各地の音楽大学やバンドで指導・指揮しており、すでに以前から吹奏楽曲は書いていたが、何と言っても、この≪キリストの受難≫の爆発的人気で、世界的名声を得た。今後も注目しておきたい作曲家である。

※作曲者「Ferran」の発音表記は、正確に書けば「フェッラン」といった感じで、実際「フェラン」と表記されることもある。今回は、バンドパワーで「フェルラン」と表記しているのでそれに従ったが、検索などの際には、何種類か試していただいたほうがいいと思う。

<敬称略>