Text:富樫鉄火
●原題:Juana de Arco~Tone poem for Concert Band
●作曲:フェルレル・フェルラン Ferrer Ferran(1967~) スペイン
●発表:詳細不明だが、2005年にスペインの市民バンドで初演されたようである。
●出版:IBER MUSICA(スペイン)
http://item.rakuten.co.jp/bandpower/set-8517/
●参考音源:『エコ・ドゥ・ラ・モンターニュ~フェルレル・フェルラン作品集』(IBER MUSICA)
http://item.rakuten.co.jp/bandpower/cd-1076/
●演奏時間:約14分
●編成上の特徴:ほぼ標準編成にプラスアルファ。ピッコロ/フルート1・2/オーボエ1・2/バスーン1・2/クラリネット群…E♭、B♭1~3、バス(アルト、コントラバスなし)/サクソフォーン群…標準4声/ホルン1~3(4なし)/フリューゲル・ホーン1・2/トランペット1~3/トロンボーン1~3/ユーフォニアム1・2/テューバ1・2/弦バス/ティンパニ/マレット/パーカッション1~3
※ピアノ、ハープ不要。金管の代行を中心にキュー符が多めに書かれているので、上記編成を満たせなくても演奏可能。B♭クラリネット1とトロンボーン1にかなり長めで重要なソロがある。
●グレード:4~5
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ジャンヌ・ダルクと英仏百年戦争に関しては、この連載の【第18回】坂井貴祐≪吹奏楽のための叙事詩≪ジャンヌ・ダルク≫で、詳しく述べたので、そちらを参照していただきたい。同じジャンヌ・ダルクを題材にした曲としては、【第19回】でも、ジェリー・グラステイル≪ジャンヌ・ダルク≫(打楽器8重奏)を紹介している。
上記の回を執筆している2007年初頭、ちょうど、フェルレル・フェルランの新曲≪ジャンヌ・ダルク≫が日本に入ってきたので、できればつづけて紹介したかったのだが、時間的に間に合わず、連載中は見送った。
その後、じっくり聴いたり、スコアを見る機会ができたので、今回、補遺として取り上げておきたい。
作曲者フェルランについては、【第14回】交響曲第2番≪キリストの受難≫、【第21回】交響詩≪マゼラン≫で紹介している。スペインの作曲家だ。スキンヘッドなので一見、年齢不詳だが、まだ42歳ほどである。
≪キリストの受難≫や≪マゼラン≫が各々かなりの大作で、しかも高めのグレードなので(前者などは約40分の大曲だ)、やっかいな大曲ばかり書いているのかと思いがちだが、意外や、この≪ジャンヌ・ダルク≫は、(決して簡単ではないが)日本のアマチュア・バンドにとってはグレード「4~5」くらいの曲である。演奏時間は約14分。
曲の全体は急~緩~急の3部構成。マーチ風の前半部は、当時の時代を感じさせる古風な響きを基調に、次第に戦いを連想させる盛り上がりにつながって行く。具体的なジャンヌの生涯を追うというよりは、彼女が参加した百年戦争末期を、総体的に音楽化しているように思える。
穏やかな中間部では、ソロ・トロンボーンが美しい旋律を奏でる。おそらくジャンヌを描写しているのであろう。女性のイメージをトロンボーンが表現するというのも珍しいケースだろう。しかも、かなり長い。なかなかの見せ場でもある。トロンボーンの腕達者がいるバンドは、ぜひ挑戦していただきたい。
後半は再び戦いを思わせる場面。暗く激しい響きがつづき、ジャンヌが捕われたらしき描写となり、ラストは感動的な「讃歌」となる。天に召されたジャンヌを讃える壮大な部分だ。フェルランならではの盛り上がりで聴かせる。
コンクールにおけるフェルラン作品としては、2004年に北海道遠軽高校と流通経済大学(茨城)が同時に全国大会初演した≪キリストの受難≫が有名だ。その後、2007年にも北海道札幌白石高校が取り上げている。
ところで今回は、ジャンヌ・ダルクや英仏百年戦争に関してすでに【第18回】 【第19回】 で詳しく述べてしまっているので、少々観点を変え、この≪ジャンヌ・ダルク≫を題材にして「小中編成バンドのレパートリー」について考えてみたい。
コンクール(A組)の中学・高校の部では、出場人数制限が上限50人である(2007年現在)。時折、30~40人くらいで挑戦している団体も見かけるが、全国大会ともなれば、ほぼ上限人数の編成が多い。
その中には、「部員が100人以上いて、選抜メンバーでコンクールに挑戦している」団体もあるようだ。だが、世の中のバンドは、すべてがそんな大人数を抱えているわけではない。特に昨今、少子化社会になってからは、十分な人数で編成を組めるバンドが少なくなっているのも事実である。
そんな中学高校の「小中編成バンド」がコンクールに挑むには、道は2つしかない。「小中編成のまま挑戦する」か、あるいは、A組を諦めて(つまり「普門館への道」を捨てて)、小中編成向け(上限35人)に開催される「B組に回る」か、だ。あるいは「10~35名部門」がある、日本管楽合奏コンテスト(日本管打・吹奏楽学会主催)に挑戦する道もある。中学校だったら、「TBSラジオこども音楽コンクール」を狙っている学校もあるだろう。【注1】
ただ、どこへ挑むにしても、問題となるのは「楽曲」である。
吹奏楽曲で、それなりの音楽性や高度な技術を披瀝できる楽曲となると、どうしても大編成を前提として書かれたものが多い。
で、またもここで道は2つに分かれるのである。
つまり「大編成向けの曲を、無理やり小中編成で演奏する」か、「小中編成向けの曲を探して演奏する」か、である。
ところが「小中編成向けの曲」となると、どうしてもグレード的に中レベルの曲が多い。よく、B組コンクールで「中学で吹奏楽部に入部して初めてやらされるような曲」を、高校生が演奏しているのを見かける。あの種の曲である。だが、相応の実力があって、音楽的にも技術的にも高度なものを追及したい小中編成バンドには、手応えがない――のが本音だろう。
そこで、いきおい「大編成向けの高度な曲を、無理やり小中編成で演奏する」バンドが出てくる。特にB組にはその傾向が強い。あえて曲名や団体名は挙げないが、本来、どう見ても40~50人でやる曲を、30人そこそこで演奏しているのである。
すると、どうなるか――オーボエやバスーンがそれぞれ2声で書かれているのに、1本ずつにするか、もしくはカットする。クラリネットは、B♭のほかにE♭、アルト、バス、コントラバスなどが書かれているのにカットする。ホルン4声を2~3本ですませる。バリトン・サクソフォーンをカットする。ピアノやハープなんて当然カット……そうやって大編成曲に挑んでいる小中編成バンドをよく見る。
もちろん中には、人数の問題以前に、それらの楽器がないという、物理的な事情もあるだろう。おそらく「楽器があれば、当然入れる。だけど“ない”以上、どうしようもない。しかし、それでもこの曲を演奏したい」という気持ちであろう。
その思いは、よくわかる。A組の大編成バンドが演奏していた「あの曲」をやりたい。CDで聴いた「この曲」をやりたい。だが、その結果、生まれてくる音楽はどうだろう。やはり、何かが足りない。いくら超絶技巧パッセージがこなせたとしても、それは本来、作曲家が書いた「音」ではない。
このような問題を抱えながら活動しているバンドは、けっこう多いのではないだろうか。そして、日々、悩んでいるのではないだろうか。「35人編成で、それなりの音楽性と技術を要し、スケール豊かな曲はないのか」と。
実はその願いに応えてくれる楽曲は、けっこう、あるのだ。たとえば今回の≪ジャンヌ・ダルク≫がそうだ。
この曲は、B♭クラリネット1~3を各3人とし、ほかをすべてワン・パート1人とすれば「43人」で演奏できる。もしB♭クラ1~3を各2人とすれば「40人」で演奏可能だ。
ところが、スコアをよく見ると、そこかしこに「キュー」(cue=小玉で書かれた代行符)が書かれている(フェルランは「def」と表記している。def=defavorable:デファヴォラブル=代理。cueと同じ意味)。
たとえば、ホルンのキューがアルト&テナー・サクソフォーンや、トロンボーンに。オーボエのキューがB♭クラリネットに。逆にトロンボーンのキューがサクソフォーンにあったりもする。
もちろん作曲者フェルランは、「楽器がない場合の代行」のつもりだけでキューを書いたのではないかもしれない。キューを加えることによって、さらに重厚な音になることを狙った部分もあるかもしれない。だが、少なくとも、キューを演奏すれば、元の楽器がなくても、その音は出る。
また、日本の通常編成にはあまりないフリューゲルホーン1・2も、突出して演奏する部分は1箇所もない。すべて、ほかの金管群や、サクソフォーン群に同調して書かれている。ヨーロッパは金管バンドが盛んで、フリューゲルホーン奏者が多い。おそらく、そんなことを配慮して書かれたパートにも思える(フリューゲルホーンが加わることによって、金管の響きが柔らかくなる効果もある)。だから、フリューゲルホーンと同じ音をほかの楽器がちゃんと出せるのであれば、ナシでも十分演奏可能なのだ。
こうやって詳細にスコアを眺めると、この≪ジャンヌ・ダルク≫は、十分「35人」で演奏できる。
しかもこの曲は「ソロ」がたいへん多い。トランペット1、B♭クラリネット1、トロンボーン1、アルト・サクソフォーン1、ホルン1(キュー:トロンボーン1)、フルート1などに、ソロとしての出番が与えられている。つまりアンサンブル色が強い曲であり、大編成とはちょっと違った考え方で書かれているのである。以上のソロ楽器さえちゃんと用意できれば、中編成の35人でやれるのだ。もちろん、ピアノ、ハープなどは最初から書かれていない。
実は、前回ご紹介した≪ガリア戦記≫も、似たような書かれ方をしている。≪ガリア戦記≫は、B♭クラリネット1~3を各2人とすれば「34人」で演奏可能だ。しかもバスーンのcueがバリトン・サクソフォーンに、オーボエのcueがトランペット1(ミュート)やB♭クラリネット1に書かれている。ということは、オーボエとバスーンなしの「32人」で演奏できるのだ(この曲も、ピアノ、ハープ不要)。
また、【第59回】で紹介した≪大いなる約束の大地~チンギス・ハーン≫も同様だ。この曲は、B♭クラリネット1~3を各3人とすれば46人、2人ずつなら43人で演奏できる。だが、たとえばフリューゲルホーン1・2は≪ジャンヌ・ダルク≫と同じ扱いだし、ハープが指定されているが、ピアノとほぼ同じラインを弾くので、ピアノさえあればナシでも可能だ(作曲者自身もそう語っていた)。オーボエやバスーンも他パートにそったラインで、突出する部分もない。中間部のフーガ風マーチの部分で、ソロ的な演奏をするパートさえちゃんと確保できれば、おそらく35人でも演奏できるのではないだろうか。
このように、そう無理をせずとも、小中編成で演奏でき、しかもある程度のレベルの音楽性・技術を披瀝できる吹奏楽曲は、けっこう、あるのだ。
もちろん、少ない人数になれば、それなりに音圧・音量は減る。吹奏楽ならではの分厚い和音の響きも薄くなるし、ボロも目立ちやすくなる。打楽器と管楽器の音量バランスの調整も、難しくなるだろう。だから、30人台で演奏することが必ずしもいいとはいえない。しかし、40~50人のために書かれた曲を、無理やり30数人で演奏するより、ずっといいと思う。
ここで思い出されるのが、イーストマン・ウインド・アンサンブルである。アメリカのイーストマン音楽院の学生を中心に、1952年、指揮者の故フレデリック・フェネルが提唱し、結成したバンドだが、ここの編成は、B♭クラリネット1~3と、テューバが各2名ずつで、あとはすべてワン・パート1人だった。これによって、精緻な管打楽器アンサンブルの響きを追求したのである。その結果、編成は最大でも40人ちょっとだった。これによって、吹奏楽界に「ウインド・アンサンブル」なる考え方が定着した。これでいいのである。
こういう考えを、また、小中編成向けでそれなりの曲があることを、作曲家や出版社は、もっとアピールするべきだと思う。同時に、吹奏楽に携わっている方々――特に中学高校の小中編成バンドで指導している先生は、もっと貪欲になるべきだと思う。生徒が、A組会場やCDで知った「大編成のカッコいい曲」、あるいは「中学校時代にやった、思い出のグレード2の曲」をやりたいと言ってくることがあるだろう。その時に「生徒の希望を叶えてあげたい」と考えるのはけっこうだが、その結果、無理な演奏、腰砕けの演奏になるくらいだったら「うちの編成で演奏できる、こういう曲もあるんだよ」と教えてあげていただきたい。
そのためには、少しばかり苦労をしなければならない。ネット上であちこちから情報を得たり、海外出版社の新譜デモCDを入手したりする必要がある。だが、プログラム開拓も立派な指導の一環だと思う。ぜひとも全国の小中編成バンドは、諦めず、逃げず、挑戦をつづけていただきたいと願うばかりだ。
<敬称略>
【注1】 「TBSラジオこども音楽コンクール」は、小学校・中学校を対象にした、すでに50年つづいている伝統的な音楽コンクールである。全国から2300校、6万人が参加している。合唱や管楽合奏など、いくつかの部門があり、吹奏楽での参加も多い。「こども」だからといってバカにしてはいけない。何しろ、小学生が、グレイアム≪レッド・マシーン≫や、樽屋雅徳≪マゼランの未知なる大陸への挑戦≫を演奏してしまうのだから! その模様は、毎週(日)朝6時~、TBSラジオで放送されている。休日の早朝できついだろうが、一度、お聴きいただきたい。ぶっとびますよ。