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■吹奏楽曲でたどる世界【第59回】<補遺2>ヨハネ黙示録(B.C.60~90年頃成立?) ~管楽器と打楽器のための交響曲≪黙示録による幻想≫(デヴィッド・ギリングハム作曲)

Text:富樫鉄火

●作曲:デヴィッド・ギリングハム David R. Gillingham (1947~)アメリカ
●原題:Apocalyptic Dreams,Symphony for Winds and Percussion
●初出:1995年3月、ジョージア大学バンド初演
●出版:Southern Music
●参考音源:CD『Apocalyptic Dreams』(Mark Custom)※上記ジョージア大学バンドの初演ライヴ。
http://item.rakuten.co.jp/bandpower/cd-1323/

●演奏時間:全3楽章、約18~20分
●編成上の特徴:かなりの大型編成。一応、上から挙げると……ピッコロ1・2/フルート1・2/オーボエ1・2(2はイングリッシュ・ホーン持ち替え)/B♭クラリネット1~3/バス・クラリネット/コントラアルト・クラリネット/コントラバス・クラリネット/バスーン1・2/コントラ・バスーン/サクソフォーン標準4声/トランペット1~3/ホルン1~4/トロンボーン1~3/バス・トロンボーン/ユーフォニアム/テューバ/ティンパニ/パーカッション1~5/ハープ(オプション)/ピアノ
●グレード:5

人類誕生以来、これほど多くの人々を悩ませ、議論されてきた書物はない。

それは『ヨハネ黙示録』である。

正確に言うと、『新約聖書』の最後におさめられた本だ(すでに述べてきたように『旧約/新約聖書』とは「全集シリーズ名」であって、正確には「書名」ではない)。

いったい、この本をどう読み、どう理解すればいいのか、いまだに人類はその答えを出せないでいる。

基本的に『新約聖書』は、イエスの事蹟を弟子たちが綴った「記録集」である。だから、ウソか本当かはさておいて、形式は「ノンフィクション集」なのだ。だが、このラストの『ヨハネ黙示録』だけは、「ノンフィクション」でありながら「預言」「予言」でもあるという、なかなかやっかいな本なのである。【注1】

『黙示録』は、英語だと「アポカリプス」という。ギリシャ語で「啓示」を意味する「アポカリュプス」(明らかにする、啓示する)が語源だ。だから『ヨハネ黙示録』は『ヨハネへの啓示』と称されることもある(『ヨハネの啓示』ではない。『(神から)ヨハネへの啓示』である)。【注2】

いったい、何が書かれているのか。ひとことでいえば、今後人類を襲う災厄と、イエスの再臨が預言(予言)されているのである。

ヨハネは、キリストの死後、逮捕され、バトモス島という島に流されて軟禁状態にあった。そこへ神があらわれ、ヨハネに啓示の言葉を与えた。その内容が綴られるのだ。

この著者「ヨハネ」とは、一般にはイエス十二使途の中のヨハネだと思われきたが、別人だとの説もあるらしい。

では、どんな啓示だったのか。あまりにも神秘的で不思議な内容、さらに独特の数字や事物が表象的に使用されており、それが、後年、多くの人々を悩ませることになるのである。書き出せばきりがないが、たとえば燃えている星(隕石?)が落ちてくるとか、終末戦争(ハルマゲドン)が起きるとか。「7」という数字も盛んに登場し、どこかファンタジック・ミステリー小説のようなおもむきもある。そして、キリストが再臨し、この地上に王国をつくって以後千年を統治するとされている。

この『ヨハネ黙示録』が一躍注目を浴びたのは、1986年、旧ソ連のチェルノブイリ原発で発生した大事故だった。この、史上最悪の原発事故が、すでに『黙示録』に「書かれていた」のだ。『黙示録』の中に、「ニガヨモギの星が落下して多くの人が死ぬ」という意味の部分がある。この「ニガヨモギ」とは植物名だが、食すと神経をマヒさせ、麻薬のような習慣性があるといわれている(リキュール「アブサン」の原料。呑みすぎると幻覚をおこすので、19世紀初頭は、主要国で禁止されていた)。で、この「ニガヨモギ」が、ロシア語で「チェルノブイリ」なのだ(正確にはウクライナ語からきているらしい)。『黙示録』は、「預言」どころか、正確な「予言」だったのだと思い込んだ人々も多くいた。

この不可思議な書物を題材にした曲が、ギリングハム≪黙示録による幻想≫である。正確に言えば、世界史上の「史実」を扱った曲ではないが、聖書中のたいへん重要な書物が題材であり、しかも吹奏楽史に残る名曲につき、とりあげておくことにした。

ギリングハムについては、【第49回】≪戦死・不明の英雄たちよ~ベトナム・メモリアル≫、【第55回】≪闇の中のひとすじの光(ア・ライト・アントゥ・ザ・ダークネス)≫で取り上げているので、そちらも参照いただきたい。ミシガン大学在学中から先鋭的な吹奏楽作品を発表して注目を浴び、ジャーナリスティックな題材も取り込む、現代感覚あふれる作風が人気を呼んでいる。近年、コンクールでは≪ウィズ・ハート・アンド・ヴォイス≫がよく演奏されている。

作曲者自身のコメントによると、『黙示録』を音楽化することには以前から興味を持っていたようで、すでに1984年に、吹奏楽のための交響詩≪Revelation≫【注3】を発表していた。しかし、満足いく内容ではなかったので、あらためて取り組んだのが、この≪黙示録による幻想≫だそうである。

曲は「交響曲」と冠されているだけあって、全3楽章構成(ほぼ切れ目なしで演奏される)。『黙示録』全体から得られる印象が、抽象と具象の中間を行くようなタッチで描かれる。

第1楽章<The Vision>(幻覚)約8分……ギリングハム特有の、神秘的かつメカニックな響きで静謐に幕を開け、「幻覚」が描かれる。後半は、重々しくもゆったりしたマーチ。ホルンの雄たけびのあと、再び静謐に帰す。金管群が、第2楽章で描かれる「災厄」を予告し、次の楽章へ。一説には、ヨハネは、流刑先でニガヨモギをかじっているうちに幻覚状態に陥り、その際に見た幻影を書き留めたのだともいわれている。そんな幻影のイメージも重ね合わされているのかもしれない。

第2楽章<Ferocious>(凶暴な)約3分半……今後人類を襲うであろう数々の「災厄」が描かれる。木管楽器群に細かいフレーズが続出し、超絶技巧を要求される部分だ。

第3楽章<The Messianic Kingdom>(救世主の王国)約6分……キラキラと輝くような打楽器群の調べに乗って木管群がイエスの再臨を告げる。やがてクリスマス・キャロルとしても知られる聖歌≪Break Forth O Beauteous Heavenly Light≫(麗しき天の光よ、出でて)が、おごそかに響き始め、現代的なアレンジが加わって壮大な響きとなる。ギリングハムが前作≪Revelation≫で描ききれなかったのは、こういう部分かもしれない。有名な聖歌が登場するだけあって、この部分はギリングハム作品としてはかなり親しみやすく感じるはずだ。そして、『黙示録』を、単なる「災厄の預言(予言)」として扱わず、未来への希望としてとらえていることがよくわかる。ギリングハムにとっての『黙示録』は、オカルト本ではなく、私たちを光で導いてくれる指標なのだ。ラストは、引っ張りに引っ張って、吹奏楽特有のカタルシスを爆発させながら、見事に終わる。

この曲は、日本では、1998年に発売されたCD『武蔵野音楽大学ウインドアンサンブル Vol.8』に収録された音源で、一般に知られることになった(確か、この前年あたりの同団による、日本初演の録音だったのではないか)。

さっそく、翌1999年のコンクール全国大会で、武蔵村山市立第四中学(東京)、福島県立磐城高校、埼玉大学の3団体が一挙に取り上げ、決定的な人気を得た。【注4】残念ながら金賞は出なかったが、海外のオリジナル新曲が、ある年に突如3団体によって演奏されるというのも珍しい例だろう(しかも、中学・高校・大学という幅の広さ)。その後、都道府県大会や支部大会では時折演奏されているようだが、全国大会には登場していない。ギリングハム作品としては≪ウィズ・ハート・アンド・ヴォイス≫のほうに人気が移ったせいもあるだろうが、それだけ難曲だということでもあろう。コンクールでは、ほぼ、最終楽章を中心に抜粋演奏される。

最上段データ欄に挙げたジョージア大学バンドのCDは、この曲の初演時のライヴであり、少々荒っぽい部分もあるのだが、初演の熱気をとらえた音源として、ぜひ聴いておきたい。
コンクールにおける上記3団体の演奏も、それぞれの特性が生きたなかなかの名演である(とりあえず曲のムードを把握するには、コンクール版で聴くほうがいいかもしれない)。武蔵野四中の演奏などは、ラストの引っ張りの部分でトランペット奏者が真っ赤になって頑張っている様子が目に浮かぶようで、思わず声援を送りたくなってくる。

なお、吹奏楽曲がエレクトーン版に編曲されて演奏されることが最近は多いが、この曲も中学生がエレクトーン全国大会で演奏したことがある。また、アメリカでは「マーチング・ショー」の曲としても有名で、高校バンドがよくマーチング大会で演奏している(You Tubeで検索すると、たくさん出くる)。
<敬称略>


【注1】「預言」と「予言」は、意味が違う。「預言」とは、「神の言葉を預かる」こと。神と対話できて、その言葉を一般に伝える人のことを「預言者」という。これに対して「これから起きる出来事を予想して言葉にする」ことが「予言」である。

【注2】フランシス・フォード・コッポラ監督による問題作、映画『地獄の黙示録』(1979年)の原題が『Apocalypse Now』、つまり「現代の黙示録」である。

【注3】≪Revelation≫とは、直訳すれば「明らかにする」、つまり「啓示」の意味だが、英語では、そのまま『ヨハネ黙示録』も意味する。なお、『黙示録』を音楽化している人は多く、吹奏楽曲では、ジェイガー≪Apocalypse≫(黙示録)、マクベス≪The Seventh Seal≫(第七の封印)なども有名で、コンクールにも登場している。

【注4】この時、埼玉大学は≪世の終わりの日の幻想≫の邦題で出場している。ちなみにこの1999年は、玉川学園(東京)と上磯吹奏楽団(北海道)が≪戦死・不明の英雄たちよ~ベトナム・メモリアル≫で全国大会に進出しており、ギリングハムの曲が2曲5団体によって演奏された。まるで「ギリングハム・イヤー」だったような記憶がある。

■吹奏楽曲でたどる世界【第55回】オクラホマ連邦ビル爆破事件(1995年) ~闇の中のひとすじの光(ア・ライト・アントゥ・ザ・ダークネス)(デヴィッド・ギリングハム作曲)

Text:富樫鉄火

●作曲:デヴィッド・ギリングハム David R. Gillingham (1947~)アメリカ
●原題:A Light unto The Darkness
●初出:1997年、マウント・プリザント高校の委嘱初演。
●出版:C. ALAN/MCCLAREN PRODUCTIONS
http://item.rakuten.co.jp/bandpower/set-9656/

●参考音源:『ウィズ・ハート・アンド・ヴォイス~デヴィッド・ギリングハム作品集』(Mark Custom)、『子供の庭の夢 厚木西高等学校吹奏楽部』(CAFUA)、『心に宿る永遠の三日月 厚木西高等学校吹奏楽部』(CAFUA)など。
http://item.rakuten.co.jp/bandpower/cd-1098/

●演奏時間:約12分
●編成上の特徴:ほぼ標準編成。ただし、オーボエ1・2あり。イングリッシュ・ホーンあり。バスーン1・2あり。E♭クラリネットとアルト・クラリネットなし。コントラバス・クラリネット=オプション。トランペット1にフリューゲル・ホーン(またはミュート・トランペット)持ち替えあり。弦バス=オプション。ピアノあり。パーカッションはティンパニ以外に4人(ドラム・セットあり)。
●グレード:5

1991年に、東側(社会・共産主義)諸国を束ねていたワルシャワ条約機構が解散し、その中心的存在だった大国・ソヴィエト社会主義共和国連邦(ソ連=現ロシア)が崩壊すると、政治思想が対立する「東西冷戦」の時代は、完全に終わりを告げた。

これで世界は安定と平和の時代になる……かと思いきや、そうはいかなかった。どうやら人間は、常に「対立」「闘争」の中にいないとダメな生き物らしい。今度は、「宗教」「民族」対立などが理由となって、世界中が「テロ」の恐怖に脅える時代に突入したのである。

1995年4月19日、アメリカ・オクラホマ州の州都「オクラホマ・シティ」にある、9階建ての連邦政府ビルが爆破され、託児所の幼児19人を含む168人が死亡、数百人が負傷する大惨事が発生した。

この年は、日本でも1月に阪神・淡路大震災が発生、2~3月には、地下鉄サリン事件を含むオウム真理教関連の事件が立て続けに発生していた。その直後だけに、この事件は、私たち日本人が抱いていた不安感をさらに倍増させるニュースだった。

当初、捜査当局(FBI)は、イスラム系過激派の仕業とにらみ、周辺各地で、不審な中東系の男たちを次々に拘束した。捜査当局の中に、「犯人はイスラム系過激派であってほしい」との、先入観と差別に満ちた意識が潜んでいたとしか思えない。

だが、最終的に逮捕された犯人は、驚くべき人物だった。当時27歳、アメリカ陸軍兵として湾岸戦争で勲章まで授与した優秀な兵士、ティモシー・マクベイだったのだ。模範的な元アメリカ軍人がこのようなテロを引き起こしていた事実に、国中が愕然となった。同時に、イスラム系の人々は、先入観で犯人扱いされたことに、猛烈な怒り・抗議を示した。

しかし、なぜ、アメリカ市民であるマクベイは、このようなテロを引き起こしたのか。あまりに複雑怪奇なその内情を詳述する紙幅はないが、まず、陸軍を除隊後、次第に、高い税金や退役軍人に対する政府の措置に不満を持ち始めていたことが根底にある。

もうひとつ、指摘されているのが、犯行日(1995年4月19日)が、ブランチダヴィディアン事件(1993年4月19日)の2周年にあたっていた点だ。これは、カルト教団「ブランチダヴィディアン」を率いる教祖デヴィッド・コレシュが、テキサス州の教団施設に80名余の信者と立てこもり、FBIとの銃撃戦の果てに集団自殺した異様な事件である【注1】(教団には、児童虐待と銃火器不法所持の疑いがかけられていた)。

ところが、この事件後、「政府はやりすぎではないか」との世論が巻き起こった。というのも、一応、信者たちは「集団自殺」したことになっているのだが、実は、FBIの無理な突入攻撃が引き金になったのではないか、との説があるからだ。「宗教の自由に、政府は介入しすぎだ」との声も上がった。特にイスラム系の住民は、そう感じたことだろう。

この世論に、オクラホマ事件の犯人マクベイも、どうやら共感を覚えていたようである。現に、のちの公判で、マクベイは、動機のひとつに「ブランチダヴィディアンに対する政府の不当な弾圧への復讐だ」と述べているのである。

だが、今度ばかりは、さすがに世論は味方につかなかった。何しろ、現場ビルの1階には託児所があり、爆弾を積んだトラックは、そのまん前に停まっていた。それゆえ、その託児所が最も強烈な被害を受け(瞬時に吹き飛んだ)、預けられていた19人の幼児も即死したのである。

……いま、こうやってオクラホマ連邦ビル爆破事件の背景説明を綴っていると、何とも気分が悪くなってくる。このコラムは、吹奏楽曲の解説・紹介が目的のはずだ。なのに、何で、こんな不愉快で不気味な話を書かなければならないのだろう。

しかし、とにかくこの事件の犠牲者に捧げられた曲があり、それが吹奏楽の名曲である以上、書かないわけにはいかない。デヴィッド・ギリングハム作曲≪闇の中のひとすじの光≫である。スコアには「1995年4月19日オクラホマ惨劇の犠牲者168人へのオマージュ」と書かれている。

高校バンドのために書かれたせいもあって、ギリングハムの曲としては、決して最高難度の内容ではない。だが、これを音楽として高い純度で完成させることは、容易ではない。

全体は3部構成。最初にオクラホマの日常が描かれる。ジャズや田園風景を思わせるフレーズなども登場する。のどかな雰囲気に感じられるが、時折、これから襲う悲劇をかすかに予想させるような響きが交じる。このあたり、ギリングハムのテクニックがうかがえる部分だ。

つづいて、悲劇の描写。打楽器群の即物的な響きがビルの爆破、崩壊を描写する。サイレンや、災害救助に行き交う人々を思わせる部分がつづく。この部分は、私たち日本人には理解しにくいかもしれない。やはり、1995年4月19日にアメリカにいて、このニュースに直接に接したアメリカ市民でないと、本物の衝撃としては、とらえられないだろう。もしかしたら、アメリカ人には、演奏すること自体、つらいのではなかろうか。【注2】

最終部分は、タイトルにもある「暗闇の中への光」が描かれる。哀しい旋律の中から、次第に光明が差し始める。悲劇で命を落とした168人への鎮魂歌である。たいへん美しい、感動的な音楽だ。ギリングハムは、決して犯人への怒りを描いてはいない。悲劇を乗り越えることの重要さ、尊さを描いているようだ。

この最終部分について、ギリングハム自身は、こうコメントしてる――「私たち全員が、“暗闇への光”でなければならない。悪魔の中に“善”を見出すのだ。美しい168人の魂は、我々に、注意をうながしている。彼らこそ“暗闇への光”なのだ」。

曲は、極めて静謐で神聖なムードのまま、そっと終わる。

ギリングハムは、この連載では【第49回】≪戦死・不明の英雄たちよ~ベトナム・メモリアル≫で、すでに紹介している。よくジャーナリスティックな題材を選んで吹奏楽にしている人気作曲家だ。たとえば≪心に宿る永遠の三日月≫は、1997年に亡くなった3人の人物――ダイアナ元妃、マザー・テレサ、指揮者ゲオルグ・ショルティをモチーフにした吹奏楽曲である。作風は、たいへん知的で、単なる描写音楽の枠を超えた作品が多い。近年の日本では≪ウィズ・ハート・アンド・ヴォイス≫が大人気だ。

この曲は、ほかのギリングハム作品同様、神奈川県立厚木西高校(中山鉄也・指揮)によって、1999年に日本初演された。最新海外作品を積極的に取り入れ、日本に紹介する団体として知られている。最上部で挙げたCAFUAの2つのCDも、彼らの演奏である。

ところで……犯人マクベイは、死刑判決を下され、2001年6月11日、薬物による死刑が執行された。被害者の遺族が死刑執行に立ち会えることになったが、その数は800名を越えていた。そこで、抽選で一部の遺族のみが立ち会えることになり、執行の模様はテレビを通じてナマ中継された(ただし正式な遺族しか見られないよう、スクランブルがかけられた)。

死刑執行直前、マクベイは「アメリカは、近々、再び大災害に襲われるであろう」と不気味な言葉を残していた。その言葉からちょうど3ヵ月後の2001年9月11日、アメリカに何が起きたかは、もう説明の要はないだろう。
<敬称略>

【注1】アメリカのTVドラマ『Xファイル』第4シーズンの一編「追憶」は、この事件をモデルにした物語。

【注2】このあたりは、天野正道≪おほなゐ~1995.1.17.阪神淡路大震災へのオマージュ≫に近い感覚かもしれない。この曲を被災地の人たちが演奏するには、それなりの覚悟が必要なはずだ。

■吹奏楽曲でたどる世界【第49回】ベトナム戦争(1960~75)その1 ~戦死・不明の英雄たちよ~ベトナム・メモリアル(ギリングハム)

Text:富樫鉄火

●作曲: ディヴィッド・ギリングハム David R. Gillingham(1947~)
●原題:Heroes, Lost and Fallen(A Vietnam Memorial)
●初出:1989年、ミシガン州アン・アーバー・シンフォニックバンド初演)/1990年国際バーロー作曲コンテスト優勝作品
●出版:Composer’s Editions/Hal Leonard
●参考音源:『Legendary 関東第一高等学校吹奏楽部』(廃盤)…「ベトナムの回顧」というタイトルで収録
http://item.rakuten.co.jp/bandpower/cd-2020/

●演奏時間:約12分
●編成上の特徴:オーボエ1・2、コントラ・バスーン、ピアノあり。クラリネット群は、クラ(B♭)1~3とバス・クラのみ。打楽器の数が多く、特殊奏法多用。
●グレード:5超~6

第2次世界大戦後、アジア・アフリカ・中南米の小国が、次々と独立を求め始めた。そうなると、必ずといっていいほど、かつての支配国との間に争いが発生した。

アジアの一角に古くから王朝を築いてきたベトナムは、19世紀にフランスの侵略を受け、植民地「仏領インドシナ」となっていた。その後、第2次世界大戦で日本軍が北部に進駐したりしたが、1945年の終戦と同時に共産革命が勃発し、「ベトナム民主共和国」(のちの北ベトナム)が誕生する。

しかし、これを快く思わないフランスが抑えにかかり、「第1次インドシナ戦争」が発生。その結果、1954年にジュネーブ協定が交わされ、ベトナムは南北2国に分断された。

だが、共産主義の北ベトナムに対し、南に新しく生れた「ベトナム国」は、事実上、フランスによる傀儡国家であった。アメリカもフランスを支持し、翌年には、この南の国は、アメリカが陰から支配する「ベトナム共和国」(南ベトナム)となった。

のち、この南ベトナムでは、アメリカの援助で権力を支配する大統領一族の横暴がつづき、国内は大混乱に陥る。それを見た北ベトナムは、この機に国家統一を実現させようと、ゲリラ組織「南ベトナム民族解放戦線」(ベトコン)を結成。南に侵入し始めた。

こうして、15年にも及ぶ「第2次インドシナ戦争」、別名「ベトナム戦争」が始まるのである。

当然ながらアメリカは「南」を応援し、ソ連と中国は「北」を応援した。かくしてこの戦争は、アジアの小国を舞台にした、大国による代理戦争となったのだ。第47回で解説した朝鮮戦争もそうだったが、第2次世界大戦後に世界各地で勃発した戦争の多くは、アメリカとソ連の代理戦争だったのだ。

この戦争は、今までの戦争とはまったく違っていた。

いわゆる「最前線」となる戦場が存在しなかった。南ベトナム領内に忍び込んだ北のベトコンたちが、いつ、どこから現れるか、一寸先も読めない状況下でのゲリラ戦だった。
年代的にマスメディアも発達していたため、戦況は、多くのジャーナリストによって逐一、世界中に、文章・写真・映像で同時に伝えられた。いわば、人類史上初の「メディアによって世界中が同時ウォッチングした戦争」でもあった。

そこで伝えられた光景は、世界を牛耳る大国アメリカが、アジアの片隅の貧しい農民たちを虐殺する姿だった。アメリカ国内はもとより、世界中で反米の嵐が沸き起こった。

その間、アメリカでは、ケネディ~ジョンソン~ニクソンと3代の大統領が関与したが、いっこうに出口は見えなかった。アメリカは、年間50万人以上の米兵を送り込み、次第に天文学的な額の出費に悩まされ始める。今まで経験したこともない、熱帯森林での長期ゲリラ戦に、兵士の士気も低下する一方だった。

そして1973年、疲れきったアメリカは北ベトナムに対する攻撃停止を表明。和平交渉が開始され、翌74年にニクソン大統領はウォーターゲート事件でボロボロになって辞任。フォード大統領があとを引継ぐと、75年4月、南ベトナムの首都サイゴン(現ホーチミン市)が陥落して、15年に及ぶベトナム戦争は、ようやく終了したのだった。アメリカにとって、建国以来、初めて経験した「完敗」だった。

この間、南北ベトナムにおける犠牲者は200万人、アメリカ軍の戦死者だけでも6万人近くに上っていた。アメリカが空中散布した枯葉剤(ダイオキシン)による後遺症は、のちのちまで多くの悲劇を生む。

この戦争を題材に吹奏楽曲≪戦死・不明の英雄たちよ~ベトナム・メモリアル≫【注】を書いたのが、アメリカの作曲家ギリングハムである。

そもそも彼は、ジャーナリスティクな題材をよく選ぶようだ。のちに紹介する予定の≪闇の中のひとすじの光≫は、1995年のオクラホマ州連邦ビル爆破事件をモチーフにしたものだし、≪目覚める天使たち≫は、エイズによる死者に捧げられた曲だ。

今回も、作曲にあたって彼自身による詩のような言葉が書かれ、それに基づいて音楽化されている。その要旨は、

<あの恐ろしい戦争、そのすべてを忘れたい/苦痛や死が二度と訪れないよう、この矛盾を解いてくれ/そして永遠の平和が、戦死・不明の英雄たちに訪れんことを>

……といったような内容である。

曲は、恐ろしいほど真摯で厳しく、緊張感に富んでいる。タイトルからすると、戦死兵を讃える曲のように思えるかもしれないが、それほど単純な内容ではない。勝者・敗者を超えて、戦争で命を失ったすべての人たちに対するレクイエムに思える。全体を、何とも言えぬ虚しさが支配しており、時折、勇敢さを表現しているようなモチーフも散見されるが、すぐに打ち消される。後半は、戦死者たちの魂が天上へ誘われて行く光景を描いているようだ。

演奏は、並大抵の難度ではない。無調の現代音楽的な響きが全体を支配しているようで、打楽器に至っては、鍵盤を弦楽器の弓でこするなど、特殊奏法の連発である。通常の吹奏楽曲を連想すると、面食らうであろう。奏者のテクニック面もさることながら、このような曲をまとめ上げるには、指揮者にも尋常ならざる力量を求められる。楽譜どおりに演奏する以上の、目に見えない何かをつかむような力がないと、曲の真意を表現することも絶対にできない。

この曲を日本初演したのが神奈川県立厚木西高校であることは有名な話だが、本項で紹介している参考音源も関東第一高校の演奏なので、一瞬、高校生でも演奏できるような先入観を持つかも知れないが、それはたいへんな勇み足である。この2校は、いわゆる“超高校級”であって、これもまた、尋常ならざる力量を持っているのだ。演奏にあたっては、よくよく考え、かつベトナム戦争の何たるかを十二分に把握した上でチャレンジしていただきたい。
<敬称略>
【注】この曲の邦題は、演奏団体やレーベルによって様々で、確定的な邦題は、まだないようだ。本項の邦題も、あくまで筆者による訳である。よって、楽譜やCDを探す際には、必ず、原題で確認するようにしていただきたい。