■吹奏楽曲でたどる世界史【第5回】モーセによるエジプト脱出~出エジプト記(天野正道)

Text:富樫鉄火

●英語題:From Exodus
●作曲:天野正道 Masamicz Amano(1957~)
●初出:2000年(東京都立永山高校が初演)
●出版:CAFUA(レンタル)
●参考音源:
『交響組曲第2番≪GR≫より』(CAFUA/国内盤)
http://item.rakuten.co.jp/bandpower/cdi-0006/
http://item.rakuten.co.jp/bandpower/cdi-0094/
●演奏時間:約11分
●編成上の特徴:途中、木管四重奏(Ob、Cl、Fl、Bsn)が
クローズアップされる部分がある。フリューゲルホーンあり。
●グレード:4~5

 

『旧約聖書』中の第1巻「創世記」の最後で、イスラエルの民はエジプトに定住した。ところが、次第に数が増え、危険を感じたファラオ(王)によって、奴隷扱いされるようになる。

つづく第2巻「出エジプト記」は、そのエジプトで圧政に苦しむイスラエルの民(一説には200万人とも)が、モーセに率いられて民族大移動を開始する様子が描かれている。

モーセは、ある時、神の声を聞き、“解放指導者”に指名された。そして、ファラオに対し、国外退去の陳情をつづけるが、建築労働者として役に立っていたイスラエルの民を手離したくなくて、ファラオは容易に許可を下さない。

怒った神は、エジプトに様々な天変地異を起こし、ようやくファラオも、イスラエルの民を厄介払いする決意をする。

イスラエルの民は、さっそくエジプトを脱出するが、ファラオはすぐに後悔し、追手の軍隊を差し向ける。紅海に追い詰められるイスラエルの民。しかし、岸辺に差しかかった時、奇跡的に潮が引いて、イスラエルの民は、この大海を渡りきることができる。ところが、エジプト軍が追いついた時には巨大な波が押し寄せ、追手は駆逐される。

これが、スペクタクル映画『十戒』(1958)の特撮シーンで一躍有名なった「葦の海(紅海の奇跡)」の伝説である。

このあと彼らは、神の加護を受けながら、シナイの荒野に到着する。

ここでモーセは、シナイ山に登り、神から、有名な“十戒”を授かるのだ。「偶像を崇拝するな」「殺人はするな」「姦淫するな」「盗みはするな」…この「シナイ契約」こそ、まさに『旧約聖書』最大のエピソードといえよう。

このあと、契約に関する様々な法律解説がつづき、イスラエルの民は、約束の地カナンを目指して、再び旅路に着く…以上が、「出エジプト記」のおおまかな内容である。

このスペクタクルなエピソードを音楽にしたのが、天野正道の≪出エジプト記≫だ。

ただ、原典に即した具体的な場面描写よりは、作曲者自身が述べているように「『出エジプト記』をもとにした架空の映画音楽を作るつもりで」作曲されたようだ。それでも、おおむね、圧政に苦しむイスラエルの民~争い~静寂~神の啓示~脱出~紅海の奇跡…といった流れは十分あり、息をもつかせぬ展開で最後まで引っ張る。途中、ポップスの香りさえ漂わせる余裕ぶりだ。

作曲者は、近年、OVA作品『ジャイアント・ロボ』の自作サントラを吹奏楽版にアレンジした≪GR≫や、阪神淡路大震災をモチーフにした≪おほなゐ≫などで熱狂的な人気を呼んでいる。それだけに、ここでも迫力と躍動感は自家薬籠中の物といってよい。
【おまけ解説】
上記本文中でも触れた「紅海の奇跡」を、(当時としては)驚異の特撮映像で描いた映画『十戒』(1958)の音楽は、エルマー・バーンスタイン(1922~2004)によるものだが、古きよき時代の典型的なハリウッド・スペクタクル音楽なので、機会があれば、お聴きいただきたい(これを吹奏楽版組曲にしても、けっこういけると思うのだが)。

紙幅の都合でカットしたが、「出エジプト記」の最後の方に登場する“金の仔牛崇拝事件”のエピソードを、シェーンベルク(1874~1951)が、未完ながら≪モーセとアロン≫と題してオペラ化している。十二音技法による、オラトリオのようなオペラだが、度肝を抜くオーケストレーションが随所にある。

イタリア・オペラの巨匠ロッシーニ(1792~1868)も、≪エジプトのモーセ≫だの、≪モーセとファラオ、紅海への道≫だの、幾度となくオペラ化している。それだけ作曲家にとって、「出エジプト記」は、魅力的な題材だったのであろう。

ちなみに、英語題の「Exodus(エクソダス)」とは、本来が「脱出」「解放」の意味だが(宇多田ヒカルのアルバムタイトルになったこともあった)、海外では、事実上「イスラエル民族のエジプト脱出」の代名詞であり、要するに「エクソダス」といえば「出エジプト記」のこと。

文字通り『Exodus』と題したアメリカ映画もある。邦題は『栄光への脱出』(オットー・プレミンジャー監督/1960)。

この映画は、第2次大戦終戦後の、ユダヤ人国家「イスラエル」建国の物語で、旧約聖書の時代に次ぐ“第2のエクソダス”が描かれる。音楽はアーネスト・ゴールド。ユダヤ旋律を生かした、たいへんエキゾチックな音楽で、アルフレッド・リードの編曲で『Highright from Exodus』なる吹奏楽組曲になっている(Hal Leonard版)。これはかなり昔から演奏されつづけている名編曲で、最近も、CD『CAFUAセレクション2006』(CAFUA)に新録音が収録されているので、お聴きいただきたい。グレード的に「3」程度ながら、なかなか演奏効果が高く、品格のある曲なので、コンサートでも十分通用するはずだ。

余談だが、いまから30年以上前、私の高校生時代、休部状態だった吹奏楽部を復活させ、最初に演奏したのが、このスコアだった。まさしく「休部からの脱出」でした。懐かしいなァ…。
<敬称略>

■吹奏楽曲でたどる世界史【第4回】ヤコブのみた夢~三日月に架かるヤコブのはしご(真島俊夫)

Text:富樫鉄火

●英語題:Jacob’s Ladder to a Cresecent
●作曲:真島俊夫 Toshio Mashima (1949~)
●初出:1993年(関西学院大学吹奏楽部による委嘱初演)
●出版:De Haske(オランダ)
http://item.rakuten.co.jp/bandpower/set-8252/
●参考音源:
http://item.rakuten.co.jp/bandpower/cd-1325/
http://item.rakuten.co.jp/bandpower/cd-0988/
●演奏時間:約 8分
●編成上の特徴:標準編成に加えて、オーボエ1・2、イングリッシュホーン、バスーン1・2、バストロンボーンなどあり。
●グレード 5超

『旧約聖書』第1巻「創世記」の後半は、通称“族長物語”などとも呼ばれ、様々なタイプの初期人類の行状が記録されている。生臭い、リアルな話も多い。その多くは“家長権争い”、いわばリーダーの地位を巡るいざこざである。

その中でも、ある程度のヴォリュームで書かれているのが、のちにイスラエル12部族の始祖となるヤコブにまつわる物語だ。

紙幅の関係で、とてもすべてを解説できないが、このヤコブも一族内の争いに巻き込まれ、家にいられる状態ではなくなっていた。心配した母リベカは、故郷にいる自分の兄、つまりヤコブにとっては伯父にあたるラバンのもとへ一時避難させる。

毎晩、野宿をしながら伯父ラバンのもとへと旅をつづけるヤコブ。

ある晩、砂漠で眠っていると(エルサレムの北、10数キロの地点)、不思議な夢をみた・・・地上から天にかけて、巨大な階段(はしご)が架かっており、そこを、無数の天使たちが、昇ったり降りたりしていた。

さらに、すぐそばに神ヤハウェが現れ、「この土地をあなたに与える。子孫を増やしなさい。私はあなたを見守っている」とのお告げまであった

目を覚ましたヤコブは恐縮し、枕にしていた石を記念碑にして油を注ぎ、その地を「神の家(ベテル)」と名づけるのである。以後ヤコブは、収入の十分の一を神に奉納する戒律をつくった(これって税金の始まりか?)。

現在、「ヤコブのはしご(ジェイコブズ・ラダー)」といえば、「夢」もしくは「予知夢」の代名詞となっている。同名の映画もあった(1990年、エイドリアン・ライン監督『ジェイコブズ・ラダー』)。ただし、この映画は、ベトナム帰還兵が悪夢に悩まされるサスペンス・スリラーである。

このヤコブのエピソードを自由な発想で音楽にしたのが、≪三日月に架かるヤコブのはしご≫だ。

タイトルの「三日月」とは……実は、この作品は、関西吹奏楽界の名門・関西学院大学吹奏楽部が、創立40周年を記念して委嘱したのだが、同大学はキリスト教系であり、校章に「三日月」があしらわれているのである。その校章たる三日月に、地上から巨大な「ヤコブのはしご」が伸びてかかっている…というわけだ。

ちなみに、阿刀田高『旧約聖書を知っていますか』(新潮文庫)の中に、和田誠による「ヤコブのはしご」の楽しいイラストが載っているので、参考までにご覧になっておくといいかもしれない。

曲は、一瞬、ハリウッドSF大作映画のオープニング・テーマを思わせる、超ド級のスケールである。ここで作曲者がイメージしたのは、伝説時代の旧約聖書の世界というよりは、大宇宙の彼方に燦然と輝く三日月に向かって、悠然と突き進むスペースシップのような、現代的な感覚かもしれない。

作曲者・真島俊夫は、いまや日本の吹奏楽界を代表する作編曲家である。神奈川大学からヤマハ・バンド・ディレクターズ・コースで作編曲やジャズ理論を学んだ。それだけに、この曲の中間部でも、ゆったりした流れの中に、ジャズを思わせる和声が見え隠れする。

しかし、さすがに名門バンドのために書かれただけあって、一筋縄ではいかないスコアである。そう簡単に演奏できる曲ではない。下手をすると、やたら大音響の洪水がうずまくだけで、何が何だか分らない曲になりかねない。トランペットに要求される高音域もまことに過酷である。家を追われたヤコブの苦悩に通じるものがあろう。編成は、せいぜい標準プラスアルファといった程度だが、中間部に登場する、哀愁を帯びたイングリッシュホーンのソロなど、代用では味が出ない。

こんな曲を受け取り、平然と演奏する大学生がいるのかと思うと、それこそ夢をみているのではないかと思いたくなる。
<敬称略>

■吹奏楽曲でたどる世界史【第3回】8代目の人類メトセラ ≪メトセラⅡ~打楽器群と吹奏楽のために≫(田中 賢)

Text:富樫鉄火

●作曲 : 田中賢 Masaru Tanaka(1946~)
●発表 : 1988年(初演/ヤマハ吹奏楽団)
●出版 : サウンド・エム(レンタル)
http://www.sound-m.biz/index.html
●参考音源 : 『深層の祭』(佼成出版社)ほか
http://item.rakuten.co.jp/bandpower/cd-3221/
http://item.rakuten.co.jp/bandpower/cd-1553/
http://item.rakuten.co.jp/bandpower/cd-3266/

●演奏時間 : 約7分
●編成上の特徴 : 打楽器奏者7人(各種打楽器のべ28種類)必要。
●グレード : 5

『旧約聖書』の第1巻「創世記」に、神が、最初の人類たるアダムとイヴを創造された、との記述がある。そこから子孫が代々つながって生まれていくさまがつづられ、アダムから数えて8代目の子孫として「メトセラ」なる族長の名前が登場する(訳によっては、メトシェラ、メトシェラハなどもある)。

この人、記述によれば969歳まで生きたらしい。概して『旧約聖書』に登場する人たちは、みんな数百歳まで生きた超長寿ばかりだが、それにしても、このメトセラ氏は群を抜いて長生きである。要するに“永遠の生命”の象徴なのであろう。

では、この曲は、そんな「創世記」の登場人物の1人であるメトセラ氏の生涯でも描いた曲なのか…と思えば、さにあらず。ことは、そう単純ではない。

まず作曲者は「相反する2つの要素」を持つ曲を考えたという。それらがひとつの曲の中で対立する…たとえば「打楽器群」(日本の祭りに代表される和楽器の響き)VS「管楽器群」(西洋の音楽)であり、「前半部」(現代語法による無調音楽)VS「後半部」(グレゴリオ聖歌をもとにした調性音楽)であり、「理知的」VS「激情的」である。

これらの構想から、「光」や「スピード」「宇宙」といったイメージが喚起され、必然的に「メトセラ」があらわれた。

そして、この構想を具現化するために、作曲者は、打楽器群に7人の演奏者(のべ28種類の打楽器)を必要とするスコアを書き上げた。その7人のサムライならぬ打楽器奏者が扱う楽器とは・・・

Ⅰ)サスペンドシンバル、ボンゴ、ティンパニ
Ⅱ)ザイロフォン、ボンゴ、トムトム(3)
Ⅲ)ヴィブラフォン、ウッドブロック、コンガ、カウベル、ゴング
Ⅳ)マリンバ、テンプルブロック(5音)、バスドラム、シンバル
Ⅴ)グロッケンシュピール、木鉦(浄土宗で使われる仏具)、コンガ
Ⅵ)タイ・ゴング(東南アジアに流布する音程のあるヘソ付きドラ)、
ボンゴ、トムトム(2)、マラカス
Ⅶ)テューブラーベルズ、テンプルブロック(4音)、カウベル、コンガ、
バスドラム、トムトム(表面をスーパーボールでこする)

…となっている。

曲は、衝撃的な無調の響きから始まる。ここは「現代」を表現している部分なのであろう。

やがて中間部で打楽器群のみの演奏となり、聴き手は、しばらくタイムトンネルの中を旅することになる。ここから最後まで、打楽器奏者は休みがない。ヘトヘトになる。

音楽は、次第に時間をさかのぼって、「現代」から「過去」へ。

ようやくタイムトンネルを抜けると、今度は、西洋音楽の原点であるグレゴリオ聖歌の旋律が始まる。しかし、バックでは、打楽器群が、まるで日本のお祭り太鼓のような演奏をつづけている。まるで「和」と「洋」が、あるいは「聖」と「俗」が合体したかのようだ。

そして、西洋の聖歌が、いつしか日本民謡のように響き始める。そこに輝いているのは、まさにすべての制約から解き放たれた「永遠の生命」=969歳のメトセラである。

作曲者自身が述べる「理知」と「激情」のぶつかり合いは、吹奏楽でこそ表現できたといっても過言ではない。演奏は決して易しくはないが、打楽器奏者さえ揃えば、挑戦する価値は十二分にある、これぞ吹奏楽史に残る名曲といえよう。

この曲は、当初、ヤマハ吹奏楽団のために書かれた12分前後の曲だったが、コンクール自由曲用に短縮版がつくられた。それが、この≪メトセラⅡ≫である。原典版≪メトセラⅠ≫も出版(レンタル)されているが、正確には初演時の原典版とは、少々違うようだ。いってみれば「Ⅱ」をもとに、原典版に近いイメージで再構成されたのが「Ⅰ」のようである。

作曲者・田中賢は、東京音楽大学作曲科を卒業後、ベルリンで教職をつとめ、日本よりもヨーロッパで先に人気となった、気鋭の作曲家である。他にも≪紅炎の鳥≫≪エオリア≫など、多くの吹奏楽曲を書いている。
<敬称略>

■吹奏楽曲でたどる世界史【第2回】ノアの方舟伝説 ≪ノアの方舟≫(アッペルモント)

2Text:富樫鉄火

●原題:Noah’s Ark
●作曲:ベルト・アッペルモント Bert Appermont (1973~)
●初演:1998年、ベルギーのレメンス音楽院にて。作曲者自身の指揮、同音楽院バンドによる。
●出版:Beriato(ベルギー)
http://item.rakuten.co.jp/bandpower/set-8001/
●参考音源:『Colors』(Bertiato/海外盤)、『パリのスケッチ』(佼成出版社)他
●演奏時間:約10分半
●編成上の特徴:オーボエ1・2(内、イングリッシュホーン持ち替え1)。B♭クラリネット1~3とトランペット(またはコルネット)1~3に各div.あり。ユーフォニアムにもdiv.あり。ハープあり。打楽器かなり多数必要(雷板かバスドラム、ウインドマシーンかシンセサイザーなども)。
●グレード:5

前回の黛敏郎に引き続き、今回も同じ「ノアの方舟」である(「箱舟」「箱船」の表記もある)。だが、前回が映画音楽=サウンドトラックの編曲だったのに対し、こちらは純粋な吹奏楽オリジナル曲だ(なのに、黛以上に映画音楽的なところが面白い)。

作曲者アッペルモントは、これからも登場すると思うので、簡単にご紹介しておこう。生まれが1973年なので、まだ33歳の若さだ。

ベルギーに生まれ、レメンス音楽院(発音は「レマンス」に近い)に学び、卒業後、作曲家・指揮者・音楽教師として活躍している。樋口幸弘氏のコラムによれば、彼が制作した幼年向けの音楽テキストはベルギー中の小学校で採用されているそうだ。そういえば、CDのジャケット写真などを見ても、たいへん優しげなイケメンぶりで、子供にも親しまれそうな容貌である。

作曲家として様々なタイプを書いているようだが、吹奏楽作品となると、たいへん分りやすく楽しい、それでいて相応のグレードを要する曲が多い。特に文学作品や史実を題材にした作品に抜群の手腕を発揮する。きっと音楽的なイマジネーションが豊富な人なのであろう。

この≪ノアの方舟≫は、そんなアッペルモントが、26歳頃にレメンス音楽院の卒業制作として作曲したものだ。だから「委嘱作品」ではなく、自らの意思によって題材を選び、書かれたことになる。学生時代にこんな曲を書くなんて、驚くほかない。

ただし、いわゆる「卒業論文」だから、ちゃんと指導教授のアドバイスがあった。その指導教授が、かのヤン・ヴァンデルローストである。そのせいか、曲の中には、チラチラと「ヴァンデルロースト節(ぶし)」とでも呼びたくなるような味わいが登場する。それだけ親しみやすく、明朗な曲だということだ。

前回の黛版≪ノアの方舟≫は、動物たちが行列をつくって方舟に乗り込む様子をコンサート・マーチ風に描いた曲だった。だが、こちらは「旧約聖書」の「創世記」に登場する「ノアの方舟」伝説全体を、抜群の描写力とスケールで描いた作品だ。それゆえ、「黛以上に映画音楽的」と感じるのである。

曲は4部構成で、約10分半、続けて演奏される。

 第1部「お告げ/The Message」……金管楽器の、静かで端正なファンファーレの積み重ねで始まる。ここは、神が人間界を一掃するため大洪水を起こそうと決意し、そのことをノアに事前通告する場面だ。「ノア」とは「正しき人」「神に選ばれし者」の意味もある。神は、ノア一族と、動物をひとつがいずつ乗せられる巨大な方舟(全長約130m)を作るよう告げる。1分ちょっとの短いプロローグで、すぐに第2部へ入る。

 第2部「動物たちのパレード/Parade of the Animals」……ここは、前回の黛版と同じ場面。パレードというよりは、動物たちがあちこちから集まってくるような賑やかな雰囲気で、なかなか楽しい。ここも1分半ほどで、曲は、中心部分へ移る。

第3部「嵐/The Storm」……いよいよ大洪水が発生。すべての大地は呑み込まれ、一面が水におおわれる。方舟は、嵐の中をさまよう。曲中、最も激しい部分だ。ウィンドマシーン(シンセサイザー代用可)で、吹きすさぶ大暴風雨が表現される。アッペルモントの表現は、あくまで具体的な描写に徹しており、抽象感はない。まさに映画音楽的な部分だ。ジョン・ウィリアムズを彷彿とさせる響きも登場し、聴いても演奏しても、たいへん親しみやすく接することができるはずだ。

第4部「希望の歌/Song of Hope」……やがて嵐もおさまる。ノアは、試しに、一匹の鳩を放ってみた。鳩は、オリーブの葉をくわえて戻ってきた。洪水がおさまり始め、大地があらわれてきた証拠だ。方舟は、アララト山の山頂に漂着する。曲は、残り約5分間、新たな人類の再建、旅立ちへの喜びを奏でる。クラリネットで「希望の歌」が奏でられ、次第に全体に広がり、壮大な盛り上がりを見せる。神はノアを祝福して「もう二度と洪水は起こさない」と約束し、その証拠に、空に大きな虹をかける(つまり「虹」は、神の証文なのだ)。彼方にかかる虹を彷彿とさせながら、静かに全曲は閉じられる。

構成も曲調も明確に4部に分かれているので、それぞれの部分でいかに違いを表現するかがカギになる。各部の情景を思い浮かべながら演奏することが極めて重要だ。演奏時間は10分強なので、課題曲が短い年だったら、コンクール自由曲に採用することも可能だろう。

ちなみに、方舟が漂着したアララト山(標高5165m)の山頂はトルコにあるが、山裾は周囲のアルメニアやイランにかけて広がっている。「方舟伝説」は、あくまで「旧約聖書」に記述された「物語」だが、昔からアララト山では「方舟の残骸」を思わせる遺跡が発見されている。近年の衛星写真でも、「巨大な舟」らしき「何か」が埋まっていることも判明している。どうやら「方舟伝説」は、ある程度事実だったようなのだ。

(追記)アララト山は、今後、リード≪アルメニアン・ダンス≫の回にも登場する予定。<敬称略>

■吹奏楽曲でたどる世界史【第1回】天地創造~ノアの方舟/映画『天地創造』より(黛 敏郎)

Text:富樫鉄火

●原題:From The Film “The Bible”
●作曲:黛 敏郎 Toshiro Mayuzumi (1929~1997)
●編曲:ケン・フォイトコム Ken Whitcomb
●初出:1966年(映画公開)
●出版:Robbin’s/Hal Leonard (米)
●楽譜セット ※現在絶版
●参考音源:『トーンプレロマス55/黛敏郎・管楽作品集』(佼成出版社)
●演奏時間:計約7分半(約3分半+約4分)
●編成上の特徴:イングリッシュホーンあり。スコア上はトランペットではなくコルネットを指定。
●グレード:3~4

1966年のアメリカ・イタリア合作映画『天地創造』(原題:The Bible…In The Beginning)は、大物プロデューサー、ディノ・デ・ラウレンティスと、巨匠ジョン・ヒューストン監督が組んで『旧約聖書』の第1巻「創世記」を完全映像化するという、前代未聞のプロジェクトであった。

この超大作に音楽担当として招かれたのが、当時36歳、日本の黛敏郎だった。

若い頃から天才作曲家として注目を浴びていた黛は、この数年前から、アメリカで新作を次々に発表し、一躍、世界的作曲家として名を馳せるようになっており、満を持しての起用であった。

撮影は、ローマのチネチッタ撮影所を中心に進められたが、音楽製作にあたって黛自身もローマに招かれ、広大なマンションの一室で作曲活動に没頭できる環境を与えられた。映画音楽家に対して貧しい環境と短時間しか用意されない日本の映画音楽界とのあまりの違いを、後年、黛は何度なく述懐していたものだ。

映画は3時間に及ぶスペクタクル巨編で、文字通り天地創造から始まり、アダムとイヴ、ノアの方舟、バベルの塔、ソドムとゴモラ…と、有名エピソードが圧倒的な迫力で描かれる。

が、いかんせん、全体が名場面の羅列に終わっており、いま観ても大味な印象はまぬがれえない。

だが、その一方で黛が書いたフルオーケストラの音楽はまことに壮大・美麗で、素晴らしいのひとことに尽きる。

このサウンドトラックから、ケン・フォイトコムにより、≪メイン・テーマ≫と≪ノアの方舟~動物たちの行進≫の2曲が吹奏楽版に編曲されている。楽譜は現在絶版中で入手困難のようだが、少し歴史のあるバンドだったら、楽譜棚の奥にレパートリーとして眠っているのではないだろうか。

 ≪メイン・テーマ≫は、文字通り、映画のオープニング・タイトルに流れる雄大な音楽。ドラの一撃で始まり、金管中音部のファンファーレ風のイントロ、それにつづく木管群の美しい旋律…と、聖書の世界がスケール豊かに描かれる。いかにもロマンティックなスペクタクル映画音楽という感じだ。

≪ノアの方舟~動物たちの行進≫は、「創世記」の有名な場面。驕り高ぶった人間界を一掃するため、神は巨大な洪水を起こすことを決意する。それを事前に知らされたノア(この時600歳!)は、神の啓示に従って、巨大な方舟をつくり、地上のすべての動物たちを、ひとつがいずつ乗り込ませる、その乗船の様子を描いたマーチ風の曲だ。

これぞ、黛の才能が爆発した、あまりにもユニークなマーチ。方舟に乗り込む動物たちを表現したとおぼしきユーモラスな旋律が重なり、次第に緊迫感を増して行く手腕は、見事としか言いようがない。ラストは、≪メイン・テーマ≫冒頭と同様、ドラの一撃で終わる。

2曲続けても8分ほどの小曲なので、コンサートのオープニングなどには合うかもしれないが、≪メイン・テーマ≫の雄大な旋律は、クラリネットを中心とする木管群で演奏されるため、原曲(オケ)のように弦楽器群で演奏された際の力強さが、どうしても出ない。よって、それなりの補強を加えるか、多人数のバンドで演奏される方が、効果が高いように思われる。

余談だが、この2年後に黛は、日本映画の超大作『黒部の太陽』(1968)の音楽を書いているが、どこか『天地創造』に作風が似た、これもまた雄大な音楽である。実は、『黒部の太陽』監督の熊井啓が、ローマで『天地創造』作曲中の黛に会い、「今度、一緒に仕事をしよう」と意気投合した、その結果生まれたのが『黒部の太陽』の音楽だったのだ。だから、どこか共通点があるのかもしれない。

黛はあらゆるジャンルの音楽を手がけ、映画音楽も生涯に200本近く書いているばかりか、管・打楽器のためのオリジナル曲をはじめ、マーチ≪黎明≫≪祖国≫、自衛隊の≪栄誉礼≫、日本テレビのスポーツ番組テーマ曲など、吹奏楽曲もけっこうある。テレビ番組「題名のない音楽会」の企画・司会は30数年に及んだ。参考音源に挙げたディスクにも、モダンな実験精神に溢れた傑作が、たくさん収録されており、芸術祭の優秀賞を受賞している(岩城宏之指揮、東京佼成ウインドオーケストラ)。

これからも多くの人たちに長く聴き継がれてほしい、日本が世界に誇る作曲家だ。<敬称略>