「グル新」カテゴリーアーカイブ

【コラム】富樫鉄火のグル新 第22回 冬季オリンピックと吹奏楽(1)山本直純≪白銀の栄光≫

 1971年の夏休み、中学生だった私は、東京・上野の東京文化会館で、新日フィルの「世界5大B演奏会」なる、不思議なコンサートに行った。バッハ、ベートーヴェン、ブラームス(ここまでは「3大B」)、ビートルズ、バート・バカラック……(いや、もっといて「7大B」とか「8大B」だったかもしれない)を演奏する、愉快な音楽会だった。

 このときの指揮が、ヒゲでおなじみの山本直純だった。私は「TVによく出てくるタレント指揮者」程度の認識でいた。

 その山本直純が、プログラム終了後、マイクをもって「さっき、バッハの≪小フーガト短調≫をやりましたが、冒頭のオーボエが、リードが割れかかっていました。お詫びします。もう一度演奏しますから、聴いてください」と言って、同曲をまた演奏した。「そういえば、ものすごいビブラートのかかった音だったなあ」とは思ったが、奏法の一種なのだと思い込んでいた。そんな裏事情を堂々と告白して、もう一度演奏する山本直純が、いっぺんで好きになってしまった。

 終演後、プログラムにサインをしてもらおうと、楽屋口で待ち構えていた。やがて出てくると、嫌な顔ひとつせず、「ハイハイ」と応じてくれる。しかも、こちらの差し出したボールペンを制して、自分のカバンから、24色もあろうかと思われるサインペン・セットを出して「どの色がいい?」と聞く。私のほかにも数人、サインをねだっているひとがいたが、いちいち好みの色でサインをしてあげていた。私はオレンジでサインをしてもらった。面白い指揮者だなあ、とさらにファンになった。

 その翌年の1972年。札幌で冬季オリンピックが開催された。TVで開会式の入場行進を見ていたら、実にカッコいい、モダンなマーチが聴こえる。いままで聴いたことのない曲だった。すでに吹奏楽部に入っていたから、「こういうマーチを演奏したいものだ」と思った。

 やがてそのマーチが、山本直純作曲≪白銀の栄光≫と知った。驚いた。あの、サインペンのヒゲのおじさんが作曲したというのだ。山本直純は、タレントどころか天才作曲家であることを、このとき、初めて知った。

 高校生になって、部室に≪白銀の栄光≫の楽譜があったので、やってみた。とんでもなく難しい曲だった。室内楽曲みたいな、すべてのパートがむき出しになる恐ろしい曲だった。低音リズム部が、よく聴くとちゃんとした「メロディ」になっているところも新鮮だった。

 いま、この曲の楽譜は、容易に入手できるのだろうか。現代のアマチュア吹奏楽は、当時よりずっとレベルがアップしているから、さほど難曲ではないだろうが、もっといろんなところで演奏されていい名曲だと思う。

 バンクーバー大会の開会式、先住民族のオン・パレードも独特のヴィジュアルだったが(どうも近年、夏も冬も、開会式は先住民族が主役のようなイメージがあるが)、≪白銀の栄光≫を凌駕する音楽は、まったく流れなかった……と私は思っている。

富樫鉄火(吹奏楽大好きの音楽ライター)


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【コラム】富樫鉄火のグル新 第21回 十束尚宏とシェーンベルク

 2月6日(土)、東京・立川の「アミュー立川」(立川市市民会館)で、シエナ・ウインド・オーケストラによる、子供向けのコンサートがあった。私も解説などでほんの少しお手伝いさせていただいたのだが、アンコール曲に仰天した。

 シェーンベルク作曲≪「グレの歌」のモチーフによるファンファーレ≫が演奏されたのである。

 あらためて述べるが、この日のコンサートは「こども音楽館in多摩」と題され、聴衆は小学生とその家族、それに中学生が中心。プログラムも≪アルメニアン・ダンス パート1≫や、≪ディズニー・メドレー≫≪はとぽっぽ世界旅行≫など、いわゆる「ファミリーで楽しめる曲」ばかりである。

 ゆえに、アンコールでは≪オーメンズ・オブ・ラブ≫あたりが演奏されるかと思いきや、なんと「シェーンベルク」とは!

 当日の指揮者は、十束尚宏氏である。

 十束氏は、昨年秋から、断続的にシエナWOの定演やコンサートに客演しており、高い評価を得ていた。ヴォーン=ウィリアムズ≪トッカータ・マルツィアーレ≫、グレインジャー≪リンカンシャーの花束≫、ホルストの≪第一組曲≫といった古典的オリジナルなど、近年聴いた中でトップクラスの名演だった。私は不勉強なので、十束氏が、過去にどれほど吹奏楽を指揮してきたのか知らないのだが「もしかしたら、十束氏と吹奏楽の相性はドンピシャなのでは?」と思わされるに十分だった。

 さすがに、佐渡裕氏のような、ポップス・ステージでの楽しいパフォーマンスまではないのだが、≪惑星≫のようなクラシックでも、リードの曲でも、また≪ディズニー・メドレー≫でも、とにかく徹底的に楽譜を読み込んでキチンとした音楽を聴衆に届けようとする姿勢にあふれているのがわかる。

 プレイヤー諸氏に聞いても「ひたすら真摯に楽譜に向き合って、細かいところまで的確な指示を出してくれる指揮者」と、多くが口をそろえていた。

 それにしても……いくらアンコールとはいえ、子供向けコンサートでシェーンベルクとは……だが、十束氏自身がマイクをもって解説してくれた話を聞いて、なるほどと思った。

 この曲は、音楽史に残るウルトラ級の超大作≪グレの歌≫の中のモチーフをいくつか使用し、金管アンサンブルと打楽器群のために、作曲者自身が2分弱にまとめたファンファーレである。ストコフスキー指揮=ハリウッド・ボウル・コンサートの、オープニング用に書かれた(ただし、本番には間に合わなかった)。

 十束氏は、シェーンベルクを、特に≪グレの歌≫をこよなく愛していた。ウィーンの住居も「シェーンベルク・センター」のそばだという。だが、≪グレの歌≫は、編成も演奏時間もあまりに巨大で、そうそう演奏されるものでもない。そこで、エッセンスが詰まった、このファンファーレを、いつか多くの人たちに聴いてもらいたいと願っていた。そのために、自ら楽譜を購入して、演奏の機会を待っていたのだという。

 確かに日本では、1992年に東京佼成ウインドオーケストラが、フレデリック・フェネルの指揮で録音したことがあるくらいで、そうそう頻繁に聴ける曲ではない。

 そこで今回は、子供向けのコンサートではあるが、こういう吹奏楽曲もあるのだということを知ってもらいたくて、とりあげたようだ。子供たちは、ビックリ仰天の表情だったが、少なくとも「なにやらスゴイ音楽があるんだなあ」と感じただろう。それで十分だと思う。当日、会場にいた子供たちの中の、何人かの脳裏に「シェーンベルク」「グレの歌」というキイワードが刻まれる、それが重要だと思う。

 「十束吹奏楽」は、今後、見逃せない何かを生むような気がする。

※≪グレの歌≫原曲は、語り手1人、ソロ歌手5人、男声4部合唱3群、混声8部合唱が必要。オケも、ホルン10、トランペット6、ティンパニ6台(2人)を含む、とてつもない編成。演奏時間は、ほぼ2時間。

【シェーンベルク「グレの歌」収録CD】
■セレブレーション!/東京佼成ウインドオーケストラ

富樫鉄火(吹奏楽大好きの音楽ライター)


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【コラム】富樫鉄火のグル新 第20回 『THIS IS IT』と美空ひばり

 マイケル・ジャクソンの映画『THIS IS IT』をご覧になった方も多いと思う。急逝によって中止となった公演のリハーサル風景を記録したドキュメント映画だ。最近DVD化されたが、たいへんな売れ行きのようで、タワー・レコードなど、なんとクラシック売場にまで並べている。

 私は、この「グル新」第1回で、マイケル・ジャクソンに触れたが、別にマイケルが嫌いなのではなく、さんざん「奇人変人」扱いしていながら、亡くなったら「聖人」扱いする、メディアの変節ぶりがイヤなのだ

(朝青龍引退報道も同様。あれほど引退を期待していながら、いざホントウに辞めたら、惜しい力士がいなくなるだの、親方にも責任があるだの、報じ方が変わった。確かに大ちゃん=高砂親方も情けないが、朝青龍はもうすぐ30歳の大人だよ?)。

 『THIS IS IT』で驚くのは、マイケルが、実に緻密に、熱心に、自ら参加して公演準備を進めていることだ。しかも、常にファンのことを気にしていて、「ファンが楽しめるものを」「誰も見たことのないものを見せる」「2時間だけ、ファンを別世界に連れて行く」と、見事なプロフェッショナルぶりである。≪スリラー≫≪今夜はビート・イット≫≪ブラック・オア・ホワイト≫などの往年のヒット曲では、ちゃんと、当時のままの振りつけや歌い方を再現する。

 これを観ていて思い出したのが、1988年4月の「不死鳥 美空ひばり in TOKYO DOME」公演である。ひばりの、退院後初の復活公演にして、最後の大型コンサートだった。

 私は、この公演を、一観客として東京ドームで観たあと、舞台裏の取材にかかわったことがある。そこで知った、本番にかけるひばりの姿勢は、まさに『THIS IS IT』のマイケルとそっくりだが、ひとつだけちがっていたことがある。ひばりのほうは、すでに体調が絶不調だったのだ。大腿骨骨頭壊死で「普通なら一歩も歩けない」状態だった。

 にもかかわらず、ひばりはラストで、≪人生一路≫にのって、強烈な腰の痛みに堪えながらアリーナ全長にわたる花道を見事に歩きとおした。このとき私は、「いま、たいへんな光景を見ているのだ」と興奮を抑えきれなかった(ひばりは、当初「私、こんなに長い距離、歩けない」とビビッていたのである)。だがこのとき、ひばりの脳裏にあったのは、ただひとつ「ファンを楽しませる」ことのみだった。

 さらに驚いたのは、昔の曲を歌うとき、振りだけでなく、声質までもが昔(のスタイル)にもどることだった。私が子供のころ、祖母が「ひばりは、昔の曲を昔のまんま歌ってくれるのがいい」とよくいっていたが、このことだったのかと納得したものだ。これまた、マイケルにそっくりである。

 マイケルが亡くなったのは、『THIS IS IT』本番直前だった。ひばりが亡くなったのは、東京ドーム公演から約1年後。そんな2人の(ほぼ)最期の姿が、ともに大がかりなコンサートがらみの映像で残っていることに、不思議な因縁を感じる。

※『不死鳥 美空ひばり in TOKYO DOME』も、コロムビアからDVD化されています。これが大病を抱えた病人かと思う、驚異の映像です。

富樫鉄火(吹奏楽大好きの音楽ライター)


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【コラム】富樫鉄火のグル新 第19回 『上海バンスキング』再演

 斎藤憐作の舞台『上海バンスキング』は、1979年、オンシアター自由劇場によって初演された。以後、何回となくロングラン公演がつづく大ヒットとなり、1994年の9演が最終公演となった。まさに、日本演劇史に残る舞台だった。

 それが、なんと、今月、東京・渋谷のBunkamuraシアターコクーンで再演される(2月23日初日)。キャストも、吉田日出子、串田和美、笹野高史、小日向文世、大森博、真名古敬二といった当時のメンバーが再結集するという。

 この芝居は、戦前~戦後にかけての上海を舞台にしたジャズマンたちの物語である(まさに、岩井直溥氏の少年時代!)。役者が舞台上で、ナマでジャズを演奏したり歌ったりする、リアリティあふれる舞台だった(もちろん、要所にはプロ・ミュージシャンが加わっている)。

 往年の名曲ジャズの数々も素晴らしかったが、なんといっても、オリジナル主題歌≪ウェルカム上海≫がよかった。私も昔、何度か観て、「どこか、吹奏楽版で≪上海バンスキング・メドレー≫なんて楽譜、出版してくれないかな」と思ったものだ。

 しかし、まさか2010年のいまになって、当時のメンバーで再演されるとは、夢にも思わなかった。だって、メイン・キャストは、ほぼ全員、還暦過ぎてるんだよ。プロ・ミュージシャンでもない還暦過ぎの役者たちが、連日、芝居しながら歌ったり、楽器を吹いたり叩いたり、いまでも大丈夫なんだろうか? 吉田日出子は「歌手」役だけど、串田和美などは「クラリネット奏者」役なんですよ。いまでもちゃんと、音出るのか?

 というわけで、この芝居、究極の「アマチュア音楽会」でもある。芝居やジャズがお好きな方は、ぜひご覧いただきたい(といっても、チケット入手は困難極まるんじゃないかなあ)。

※この芝居、1994年の最終公演後、大道具や小道具がオークション販売されました。今回、それらを再使用するべく、所有者に呼びかけが行なわれています。お持ちの方、ぜひ貸してあげてください。

富樫鉄火(吹奏楽大好きの音楽ライター)


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【コラム】富樫鉄火のグル新 第18回 朝青龍引退

 朝青龍の引退を「悪役がいなくなる大相撲はつまらない」と感じているひとがいるようだが、まことにとんでもない話である。なにか、勘違いをしているのではないか。大相撲は国技であり神事の延長である。プロレスではないのだ。なぜ悪役が必要なのか。

 かつて北の湖が、あまりに強く、しかも表情がふてぶてしい上に、負けた相手に手を貸さないせいもあって、「憎まれ役」つまり一種の「悪役」だったことがある。だけど少なくとも北の湖は、サボってサッカーをしたり、相手の髷をつかんで反則負けしたり、土俵上でガッツポーズをしたり、「頑張って下さい」と声をかけた相手を殴ったり、そんなことはしなかった。

 いまはそうでもなくなったが、昔、力士は、一般庶民の、特に子供たちの憧れの対象であった。「気は優しくて力持ち」のお相撲さんは、存在自体が「縁起もの」であった。節分で豆まきをしてもらうと、ほんとうに邪気がはらわれると信じられていたし、家の新築の建前で四股を踏んでもらうと、地盤がしっかりして、頑丈な家が建つと信じられていた。産まれて間もない赤ちゃんをお相撲さんに抱っこしてもらうと、丈夫な子に育つともいわれていた。初代貴ノ花が小さい身体で頑張る姿を見て、一般庶民は本気で「明日も頑張ろう」と勇気がわいたのである。

 だから、少々大げさにいえば、お相撲さんは、常に人々に見られている、模範的な存在でなければならないのだ。プロ吹奏楽団のコンサートに中高生が詰めかけて課題曲の模範演奏を聴いたり、超絶テクニックに感動して「いつか自分もあんな演奏ができるようになりたい」と感じるのとまったく同じである(なのに、時折、反社会的行為を犯すひとがいる。朝青龍と同じである)。

 いったい、いつから相撲は、土俵上で不用意ににらみ合ったり、すでに俵を割っている相手をとことん突き出すような下世話な格闘技になってしまったのだろう。その一端を、朝青龍が担ってこなかったと、いえるだろうか。

 かつて、若貴ブームのころ、相撲好きの私は、あらゆる手を使って国技館に潜り込んでいたことがある。当時、小錦、曙、武蔵丸といったハワイ勢が伸びていた時期でもあったが、彼らも「土俵上の態度が悪い」とか「相撲が日本の国技であることがわかっていない」とか、さんざんいわれた。私も当時、そう思っていた。

 だが、朝青龍が登場して、すっかり考えが変わってしまった。いまとなっては、ハワイ勢は、まことに真摯なお相撲さんたちだったと思わざるをえない。

 朝青龍の引退を大歓迎する。

富樫鉄火(吹奏楽大好きの音楽ライター)


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【コラム】富樫鉄火のグル新 第17回 CD『木陰の散歩道』

 吹奏楽の魅力の原典がマーチにあることはいうまでもなく、私など、とにかくマーチさえ聴いていれば気分がいいタチである。デジタル携帯プレーヤーの中もマーチだらけで、朝の山手線の中でこんなのを聴いて興奮しているのは私くらいじゃなかろうか。

 しかし、それにしたって、CDでもコンサートでも、いつもスーザばかりでは、さすがに飽きてくる。スーザ中心のライナー・ノーツの依頼がくるたびに「ああ、またか」と、ため息が出る。

 だから、このたびリリースされたCD『木陰の散歩道~ベスト・オブ・マーチ』(武田晃指揮、陸上自衛隊中央音楽隊/フォンテック)は、ほんとうにうれしかった。

 このCD、選曲が、基本に沿っていながら、ほんの少しマニアックになっているところがミソだ。≪木陰の散歩道≫≪ブロックM≫≪ナイルの護り≫などは、ひさびさの新録音ではないだろうか。≪旧友≫や≪オリンピックマーチ≫(古関裕爾)は、新校訂譜が使用されている(後者の楽譜は、全音からレンタル発売された。長いこと一般入手しにくかったので、この機会に、多くのバンドに演奏されてほしい)。

 そして白眉は、中国の≪運動員行進曲≫(中国人民解放軍軍楽団集体創作)と、旧ソ連の≪戦車兵たちの行進曲≫(チェルネツキー)が収録されていることだ。これらは、しばしば陸上自衛隊中央音楽隊がコンサートなどのアンコールで演奏していた「秘曲」である。≪戦車兵~≫などは、ナマで聴いていたのよりもかなり速い演奏だが、暗さと勇壮さが見事に同居した傑作だ。ユーフォニアムの対旋律が泣かせる。≪運動員~≫は、灰田勝彦が歌った昭和26年のヒット曲≪野球小僧≫を思わせる軽快さ(コード進行も、かなり似ているのでは?)。

 それにしても陸上自衛隊中央音楽隊のマーチは最高! 1曲目≪木陰の散歩道≫が始まったときのウキウキ感は、このバンドでなければ絶対に出せない。≪剣士の入場≫など、踊りだしたくなる。≪オリンピックマーチ≫コーダ部の≪君が代≫は、史上最強のキメの名演だ。ぜひとも多くの方に聴いていただきたい。

■On the Mall-木陰の散歩道-ベスト オブ マーチ
陸上自衛隊中央音楽隊


http://item.rakuten.co.jp/bandpower/cd-2014/

富樫鉄火(吹奏楽大好きの音楽ライター)


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【コラム】富樫鉄火のグル新 第16回 小長谷宗一≪幻影≫

 1月31日(日)、アンコン東京支部大会があった。ここで、小長谷宗一≪幻影≫(金8)を演奏した団体が3つあった(ただし、抜粋個所は別)。

 「大学の部」で創価大学と東海大学(この2団体は、抜粋個所も同様で、しかも出番が連続だった)。そして、「職場一般の部」から、創価グロリア。

 結果は、3団体ともすべて「金賞」。しかも、東海大学と創価グロリアは代表金賞(全国大会行き)も射止めた。これには、私も少々驚いた。道楽者の私が、あまり偉そうなことはいえないが、なるほど、こういう曲と演奏が、今の時代には評価されるのかと、あらためて勉強になった。世田谷学園中学のクラ8≪悲愴≫(ベートーヴェン)=ダメ金/世田谷学園高校の管打5≪花~in the style of Mozart≫(滝廉太郎・小林滉三編曲)=銀賞/中央大学のクラ8≪ピアノ四重奏曲第1番~第4楽章≫(ブラームス・奥田英之編曲)=銅賞……などに感動していたのだが、審査結果を聴いて、それどころではないような気にさせられた。

 ≪幻影≫は、2001~02年にかけて、創価グロリアの委嘱で書かれた3楽章の金8曲(Trp3+Hrn+Trb2+Euph+Tuba)で、9・11テロに触発された作品だ。すでに当時のアンコンにも登場していた。

 小長谷氏といえば≪グランド・マーチ≫≪空の精霊たち≫、あるいは数多いフランス・バレエを中心とした編曲作品などに代表される「わかりやすい」作品が知られがちだ。だがこの≪幻影≫は、一筋縄ではいかない。いわゆる「ゼンエイオンガク」である(詳述しないが、その「ゼンエイ」ぶりは、いまのアンコンにおいては、かなりの過激度を見せる)。

 それが、9・11テロから約10年を経たいま、こうして、再び演奏され、評価されている。なぜだろう。誰か「仕掛け人」がいるのだろうか。それとも、「時代」がなせるワザなのか。小長谷氏は、10年前に、音楽で2010年を予言していたのか。

 すべてフォローしていないが、ほかの地区の予選・支部大会にも登場しているのではなかろうか。

 ≪幻影≫が、アンコン勝ち抜けに有利らしいなどと安易な考えの方はおられないと思うが、発表から10年のいま、あらためて演奏・評価されている事実を、考え直すべきと思われた。9・11テロによって顕在化した問題は、10年たっても、何も解決していないことの証左なのかもしれない。いまこそ、もっと多くのひとに聴かれて、何かを考えるきっかけにしてほしい作品だ。

 今回、≪幻影≫に挑んで東京支部大会に進んだ3団体に、お礼をいいたい気持ちでいっぱいだ。そして東海大学と創価グロリアには、全国大会での名演を期待したい!

※東海大学は≪幻影≫のⅠ<切り裂かれた都市>を、創価グロリアはⅡ<すれ違う心>とⅢ<歪んだ時間(とき)>を演奏しました。この曲は全3楽章なので、全国大会では全曲が演奏されることになります。

【小長谷宗一≪幻影≫が収録されたCD】 
■第32回全日本アンサンブルコンテスト全国大会
<大学・職場・一般編>(全32団体)【CD2枚組】
http://item.rakuten.co.jp/bandpower/cdi-0103/

【コラム】富樫鉄火のグル新 第16回 小長谷宗一≪幻影≫
富樫鉄火(吹奏楽大好きの音楽ライター)


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【コラム】富樫鉄火のグル新 第15回 4分33秒

 関西在住の友人から聞いたのだが、先日のアンコン兵庫県大会で、ジョン・ケージの≪4分33秒≫にバリテュー四重奏で挑もうとした一般団体があったらしい(結局、本番ではほかの曲を演奏したようだが)。

 単なる噂だったのか、あるいは、ほんとうに、その曲目で参加申し込みをしていたのをあとになって変更したのかはわからないが、なんともケッサクな話だと思った。

 私は、この≪4分33秒≫を、ナマで「聴いた」ことがある。1980年代初頭だったと思うが、TV番組「題名のない音楽会」の公開録画で、渋谷公会堂で「聴いた」のだ(私は、黛敏郎が司会をしていた時代の「題名のない音楽会」マニアで、中学以来10数年間、公開録画のほとんどに行っていた)。

 そのときは、ジョン・ケージ特集だった。楽譜を手にピアニストが登場し、ピアノの前に座るのだが、何もしない(途中で何度か、楽譜をめくっていた記憶がある。それが「楽章」の切れ目だったらしい)。

 そのうち、客席がざわつき始める。聴衆の咳、かすかな笑い声なども聴こえてくる。やがて、4分33秒後に、ピアニストは立って一礼し(演奏終了)、下がっていった。

 「演奏」後の黛敏郎の解説によれば、これは現代音楽の巨匠ジョン・ケージ(1912~92)が「作曲」した「偶然性の音楽」の代表作で、4分33秒の間、演奏者は何もしない。「その間、みなさんは会場に響き渡るざわめきや雑音などを聴いたはずです。それこそが、この曲が奏でる音楽なのです」。楽譜もちゃんとあって、3楽章構成だが、単に「Tacet」(休み)と書かれていだけるらしい。

 こんな「曲」を「演奏」し、堂々と全国放送で流すとは、とてつもない番組だと、恐れ入った。

 そして、ウソかホントか知らないが、それを、BT4で、日本のアンコンでやろうとしていた団体があったというのだ(この曲は、どんな楽器編成で「演奏」してもいいことになっている)。う~ん、実現しなくて残念! 審査員や主催者が、どんな顔をするか、みたかった!

※実は「題名のない音楽会」では、この曲の「管弦楽版」も「演奏」されたような記憶があります。もしかしたら、私が「聴いた」ピアノ版は、別のところで接したのを混同しているのかもしれません。なにぶん昔の話なので、記憶があいまいですいません。また、この曲は、現在、YouTubeなどで様々なヴァージョンで聴く(観る)ことができます。

■John Cage: 4’33” for piano (1952)/YouTube

富樫鉄火(吹奏楽大好きの音楽ライター)


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【コラム】富樫鉄火のグル新 第14回 カーテン・アップ

 いまやアンコンたけなわで、ほとんどの地区が支部大会に突入していると思う。私も、関東近県の予選や支部大会には可能な限り行っているのだが、いつも気になるのが、朝、演奏開始まで、舞台上の「幕」が下りている会場があることだ。

 下りていた幕を、開会式や審査員紹介が終わってから上げると、舞台上から冷たい空気がサーッと客席に流れ込んでくる。それほど舞台上は冷え切っているのだ。特に1階前方に座っていると、ハッキリわかる。先日、ある会場では、ブルブルッと寒気を感じるほどの冷気が流れ込んできた。

 舞台のすぐ裏が搬入口になっているような会場(多くが、そうだと思う)だと、それは、明らかに「外気」であることもわかる。客席の「暖気」と舞台上の「外気」が混ざり合って一体となるのに、しばらく時間がかかる。

 つまり、朝早い出番の団体は、会場によっては「外気」の中で演奏するようなものなのだ。アンコンは冬のイベントだから、地方によっては、「外気」の冷たさは尋常ではない。

 そうなると、管楽器のピッチや膜質打楽器の調整に、朝早い団体ほど、不利を被ることになりはしないか。

 これはコンクールでも同様で、すべての会場で、朝の開始前から幕を上げきって、少しでも客席と舞台上の空気が混ざり合っているようにしてあげたほうがいいのではないか。アンコンはエンタテインメントではなく「審査」なのだから、「カーテン・アップ!」(開幕!)の演出は必要ないと思う。

富樫鉄火(吹奏楽大好きの音楽ライター)


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【コラム】富樫鉄火のグル新 第13回 小沢一郎

 たとえば、仮に、こんな吹奏楽部があったとする。

 ホルンの雄叫びが決めどころになっている課題曲があった。しかし、そのバンドは、どうにもホルンが弱く、力強い音が出ない。

 困った指導者は、トロンボーンやユーフォニアムあたりに、その部分だけ、こっそり、ホルンの譜面を一緒に吹かせることにした。部員は「課題曲を改変しては、まずいんじゃないですか」と一応いうのだが、指導者は「俺のいうとおりにしていればいい。師匠の田中角B先生だって、同じことをやっていたんだ」と退ける。

 あるいは、OBを呼んできて、本番当日、その学校の制服を着せてこっそり一緒に演奏させる。部員は「生徒以外を入れては、まずいんじゃないですか」と一応いうのだが、指導者は「俺のいうとおりにしていればいい。師匠の田中角B先生だって、同じことをやっていたんだ」と退ける。

 後日、それらが発覚し、その団体は失格となる。周囲からは非難が集中するが、指導者は「部員が勝手にやったことで、私は知らない」、さらには「コンクール真っ盛りの中で、このような指摘があったことに、意図的なものを感じる。私は徹底的に闘う」と開き直る。

 いまの小沢一郎って、これに似ていないか。

富樫鉄火(吹奏楽大好きの音楽ライター)


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