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【コラム】富樫鉄火のグル新 第34回 アカデミー賞(2)『アバター』

 興行収入歴代第1位にもかかわらず、アカデミー賞を3部門しか受賞できなかったことで、『アバター』は「3D効果がすごいだけで、中身がない映画なのだ」と感じた方が大半だと思う。

 だが、ほんとうに、そうなのだろうか。主要部門をすべて逃した事実は、『アバター』の「勝利」を意味していないだろうか。

 すでにご覧になった方も多いはずなので詳述は避けるが、あの映画が、「アメリカ覇権主義」を批判していることは、どなたも感じたと思う。「キリスト教白人中心主義」を批判しているようにもとれる。

 かつてアメリカは、ネイティヴ(インディアン)を駆逐し、土地を奪ってきた。日本を占領し、思いのままになる国に育てた。ベトナムを傘下におさめようとした(これは失敗した)。そしていまでは、イスラム圏に進出している。かようにアメリカの歴史は、異文化侵略の歴史なのである。『アバター』は、その歴史を寓話で描いたのだ。

 はるか遠くの星に進出できるほどの科学力がある時代に、あの映画に登場する地球軍の兵器や軍人の姿は、まるでベトナム戦争当時と大差ないではないか。ジェームズ・キャメロン監督の確信演出である。

 おそらくアメリカの「インテリ」「指導者層」は、『アバター』を観て、過去に自分たちや先祖がやってきたことを思いおこしたはずだ。それは、「世界の警察」を自認する大国としては、とても嫌な気分だったにちがいない。まるで、映画史に残る名作『駅馬車』を否定されたようなものである(『アバター』のクライマックスは、「暴力集団」アパッチ族を白人騎兵隊が駆逐する『駅馬車』の裏返しである)。

 だから、『アバター』がアカデミー賞で無視されたことは、この作品の真の目的が達成されたようなものなのである。前回書いた、「異国の食文化を認めない」映画『ザ・コーヴ』が長編ドキュメンタリ賞を受賞したのと、構造は同じである。

 もう一点。今回の音楽は、キャメロン作品でおなじみ、ジェームズ・ホーナーだった。サントラ・ファンの間では「パクリ魔」「自作使いまわし王」として有名である。今回は、うまくフィットしない3Dメガネにイライラして、音楽にまで気がまわらなかったが(それでも、エンヤかアディエマスが聴こえたのは、気のせいか?)、ラストに流れた≪愛のテーマ≫は、案の定、『タイタニック』主題歌とそっくりフレーズのオン・パレードであった。今後、劇判のほうも、パクリ指摘が出てくるのではないか。『ミクロキッズ』のように、あとになってパクリが発覚し、ニーノ・ロータ遺族に著作権使用料を支払ったような、ああいう事態にならないことを祈る。

【余談】ほかの、有名なホーナー「パクリ」音楽……『ウィロー』←シューマンの交響曲第3番≪ライン≫、『エイリアン2』←ハチャトゥリアン≪ガイーヌ≫~<アダージョ>。確か、バーンスタインをパクって差し替えになった映画もあったと思う。

■『アバター』愛のテーマ

富樫鉄火(吹奏楽大好きの音楽ライター)


※本稿の著作権は富樫鉄火が、出版権はバンドパワーが独占しています。両者の許諾なく、出典元表記のない引用や、引用の範囲を超えた複写、コピー&ペーストを固く禁止します。

【コラム】富樫鉄火のグル新 第33回 アカデミー賞(1)『ザ・コーヴ』

 アカデミー賞の最優秀長編ドキュメンタリー賞を『ザ・コーヴ(入り江)』が受賞したことで、騒動になっている。

 まだ日本では公開されていないので即断は避けたいが、和歌山県太地町のイルカ漁を盗撮し、告発した作品だという。

 この映画の製作者たちと、最優秀賞に選出したアカデミー会員たちに聞きたい。

 盗撮でドキュメンタリをつくったことは、確かに肖像権や著作権侵害の可能性があるが、やむをえない場合もあると思う。北朝鮮の飢餓の惨状だって、10年ほど前に、初めて盗撮映像によって世界に知らされたのだ。だが問題は、そんなことではない。

 あなたたちは、アメリカ文学の最高傑作『白鯨』(メルヴィル)を読んだことがあるか。日本では、1999年に岩波文庫創刊70年を期して行なわれた、文化人による海外文学人気投票で「満票第1位」に選出されているほどの名作だ。

 この中の、捕鯨業を賛美する章の中に、こんな一節がある。

「鎖国中の日本が開国するとすれば、その功績は捕鯨船に与えられるべきだ。事実、日本の開国は目前に迫っている」

 ペリーの黒船が来たのは1853年。『白鯨』初出は1851年。ペリーの目的の一つは、日本にアメリカ捕鯨船の基地を確保することだった。つまり、アメリカ捕鯨業が、日本を開国させたともいえるのである。捕鯨が、一国の命運を変えたのだ。この事実を、あなたたちは認識しているか。

 そして、この『白鯨』が、≪マスク≫≪聖歌と祭り≫で知られるフランシス・マクベスによって、≪水夫と鯨≫と題する吹奏楽組曲になっているのを知っているか。1997年に、ツヅキボウ交響吹奏楽団(岐阜)によって、コンクール全国大会でも演奏されている。

 『ザ・コーヴ』の目的が、日本のイルカ漁をやめさせることにあるのなら、同じ海の哺乳類を捕獲する『白鯨』も禁書にし、≪水夫と鯨≫も演奏禁止にするべきじゃないか。

 そしてもうひとつ。あなたたちに、日本のドキュメンタリー映像『にくのひと』を観てもらいたい。兵庫・加古川食肉センターで働くひとたちを追った作品だ。2007年に、当時、大阪芸術大学の映像学科学生だった満若勇咲が製作発表し、轟然たる話題を巻き起こした。もちろん仕事内容は、牛を解体し、食肉に加工することである。生きている牛が、どうやって食肉になるのかが、すべてとらえられている。あなたたちアメリカ人が毎日食べているビーフは、こうやって加工され、食卓に届いているのである。まさか「鯨・イルカと牛とでは、命の重みがちがう」などとはいわせない。

 もう一度いう。『白鯨』を禁書にしろ。≪水夫と鯨≫を演奏禁止にしろ。そして『にくのひと』を観ろ。その上で『ザ・コーヴ』を日本人に観せてこそ、他国の食文化を批判攻撃できるというものだ。

富樫鉄火(吹奏楽大好きの音楽ライター)


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【コラム】富樫鉄火のグル新 第32回 板吹のドリル

 実にひさしぶりに、板橋区吹奏楽団のポピュラー・コンサートに行ってきた(3月7日、東京・板橋、板橋区立文化会館)。

 一般市民バンドで、ステージ・ドリルをやるところは、そう多くない。板吹は、本格的なステージ・マーチング・ショーをこなす珍しい一般バンドである。

 今回のドリルは、プロ・マジシャン(ドルフィン・マジック・カンパニー)をゲストに迎えていたが、正直、驚いた。マジック・イリュージョンとステージ・ドリルが共演したのである。

 マジックは、箱に入った人間が消えたり入れ替わったりする大がかりなもので、その後ろで、ドリル隊がナマ演奏するのである。当然、音楽の山場とマジックの見せ場は、一致していなければならない。これが実に見事で、板吹ドリルは、新たなマーチング・ショーの可能性を開いたように思う。一般バンドでここまでやるところは、そうはあるまい。

 もうひとつ、私が板吹ドリルを好きな理由は、昔ながらの基本的なドリルに徹していることである。私が学生時代にやっていたようなドリルを、いまでもキチンと踏襲しているのだ。

 近年、マー協の大会やジャパン・カップ、DCJなどを観るにつけ、マーチング・ショーは、カラーガードと小道具・大道具が派手で大がかりになるばかりで、疲れることが多いと感じている。どこを観て、何を聴けばいいのか、よくわからないうちに終わることがほとんどだ。

 だが、ドリルとは、「音楽」なのである。

 本来、座奏でいいはずが、そのうち、身体が自然と動いてくる。マーチを演奏しているうちに、歩かずにはいられなくなり、それが「パレード」になる。さらに、やむにやまれぬ思いがわいてきて、それがいつしか、フォーメーションになり、ステップになる。それがドリルの基本姿勢だと思う。

 板吹のドリルは、この基本を忠実に守っている。初めに「動き」があるのではなく、すべては「音楽」から始まっているのである。だから、観ていて疲れないし、無理がない。今回のようにマジックと共演する際は、あくまでバックに徹している(もう少し、マジック中は、動きを少なくしてもいいと思ったが)。

 やたらと視覚効果だけで観客を驚かすタイプのドリルをやっている高校や大学のバンド諸君は、板吹のドリルを観て参考にするべきだと思った。

 なお、板吹のポピュラー・コンサートは、毎回凝ったテーマ構成で楽しませてくれる。今回の「不思議な百貨店」なるテーマも、少々もたれる感じはあったが、ドリルともども、社会人中心の一般バンドで、よくあそこまでやっていると思う。

 蛇足だが、プログラムは絵本仕立てになっており、後ろに小さく曲目が書いてあるだけで、作曲者名も編曲者名も、曲の由来解説もなかった。小長谷宗一作曲≪エド・ページェント≫のような板吹ならではのオリジナルもあったのに、ちょっと残念だった。

富樫鉄火(吹奏楽大好きの音楽ライター)


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【コラム】富樫鉄火のグル新 第31回 上海バンスキング

 第19回で紹介した『上海バンスキング』に行ってきた(2月27日、東京・渋谷のBunkamuraシアター・コクーン)。1979年の初演から31年、最終公演から16年ぶりである。まるで同窓会にでも出るような気持ちで客席に入った。

 客席は、8割がたが50代以上の中高年。昨年の東京ドームにおける「サイモン&ガーファンクル」公演の雰囲気に近かった。

 あまりにいいたいことがたくさんあるので、ほんのいくつかだけ。

 出演者の大半は還暦過ぎ。しかも、楽器ができるといっても、プロ・ミュージシャンではない。あくまで「役者」である。

 なのに、なぜ、こんなに素晴らしいのだろう。

 串田和美のクラリネットは、相変わらずの「チンドン屋奏法」である。アンブシュアもなにもあったものではなく、とにかく「息の量」だけで無理やり鳴らしている。なのに、なぜ、あんなに哀しげで、味のある音楽を奏でられるのだろう。

 笹野高史のトランペットは、高音がキツキツで、音もかすれている。小日向文世のテナー・サクソフォンは、大幅にピッチが狂っている。吉田日出子は昔ながらのヨレヨレ台詞まわしで(それが味なのだが)、案の定、噛み噛みである。

 なのに、なぜ、プロの演奏よりも、はるかに感動させられるのだろう。

 バクマツ(笹野高史)が、後ろ向きで≪赤とんぼ≫を吹きながら、ポケットから「赤紙」(召集令状)を出すと、リリーが「コレ、ナニカイテアリマスカ」と聞くシーン(ここは、観るたびに泣かされる)。マドンナ(吉田日出子)が、アカペラで、ダミアの≪暗い日曜日≫を歌うシーン。ラスト、亡霊たちがあらわれて≪ウェルカム上海≫を寂しげにセッションするシーン。

 世界一のジャズ・ミュージシャンが揃っても、こんな感動的な音楽シーンは再現できまい。

 芝居の力、言葉の力が加わったとき、音楽は、テクニックなど関係ない、なにか、別のものに昇華するのかもしれない。

 ほかに……

 カーテン・コールで≪シング、シング、シング≫が演奏されたが、明らかに、ベニー・グッドマンの1938年カーネギー・ホール・リサイタルの演奏をもとにしたアレンジだった。よくやったと思う。

 四郎(串田和美)が、マドンナの父親の前で、ジャズをやめると誓い、「ノコギリで斬ったクラリネット」は、昔は「セルマー」だったはずだが、いまでは「クランポン」になっていた。

 クラリネットを花瓶の中に隠す際、バクマツが小声で「16年前もここに隠したっけな」と囁いたのがケッサクだった。

 最後に、もう一度同じことを。

 どこかの出版社さん、吹奏楽版で≪「上海バンスキング」メドレー≫、出してくれませんか。

富樫鉄火(吹奏楽大好きの音楽ライター)


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【コラム】富樫鉄火のグル新 第30回 勘十郎と黛の≪BUNRAKU≫

 2月23日(火)、東京・大手町の日経ホールで「桐竹勘十郎 人形の世界」なる文楽公演があったが、演目のひとつ『関寺小町』の伴奏音楽が、黛敏郎作曲、独奏チェロのための≪BUNRAKU≫だった(堤剛演奏のテープ使用)。

 私は文楽好きなのだが、大夫(浄瑠璃)と三味線以外の伴奏音楽による文楽は、あまり記憶にない(昨年、国立劇場が、シェイクスピアの≪テンペスト≫を文楽化したが、これだって旧来の床本・浄瑠璃アレンジで、音楽は大夫と三味線だった)。

 ≪BUNRAKU≫は、1960年、倉敷の大原美術館開館30周年記念に委嘱され、同館で松下修也が初演した。チェロ1本で、大夫と三味線を表現し、人形の動きまでをイメージさせる異色作だ。この時期の黛はまさに絶頂期で、≪涅槃交響曲≫≪曼荼羅交響曲≫といった代表作を発表し、アメリカで吹奏楽(管楽アンサンブル)曲や≪舞楽≫などを続々生み出している。そのころの名曲のいくつかは、名盤『トーンプレロマス55』(岩城宏之指揮、東京佼成ウインドオーケストラ)で聴くことができる。

 『関寺小町』は、本来が能の演目である。近江の関寺近くに庵をいとなむ100歳の老女が、若き日を回想する。実はこの老女は、かつて絶世の美女だった小野小町である。恋に燃えたころの思い出に小町の心は浮き立つが、明け方になると、老いを自覚し、やがて庵に帰っていく……。

 文楽では、人形舞踏四部作『花競四季寿』(はなくらべしきのことぶき)の一編となっており、この『関寺小町』は、秋の部にあたる(冬の部が有名な『鷺娘』)。先日まで、国立劇場でも四部通し上演されていた。

 黛が『関寺小町』を意識して≪BUNRAKU≫を作曲したのかどうか知らないが、今回の上演は、実にピッタリだった。この選択が勘十郎によるものだとすれば、さすがだと思う(私が知らなかっただけで、『関寺小町』を≪BUNRAKU≫でやった前例があるのかもしれないが)。

 冒頭は夕闇迫るススキの荒野。三味線の爪弾きがピッツィカートで、大夫の唸りが擦弦で表現されると、石の上に呆然と座っていた老女が、ジワリジワリと動き出す。

 なるほど、黛は≪BUNRAKU≫で、こういう世界を表現したかったのかもしれない。国立劇場では絶対にできないことで、ぜひ、この種の試みを増やしてほしいものだ。

 『関寺小町』の勘十郎は陰遣いだったが、舞台全体が薄暗い美術だったので、出遣いでもよかったのではないか(つづく『鷺娘』は出遣いだった)。幕間、トーク相手の中丸三千繪(オペラ歌手)が、「オペラと人形の共演もできそうですね」といっていたが、それはやめてほしい。

富樫鉄火(吹奏楽大好きの音楽ライター)


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【コラム】富樫鉄火のグル新 第29回 ポール・メイエ

 もう、いまから20年近く前のことだと思う。あるクラシック愛好家の自宅におけるサロン・コンサートに招かれたことがある。フランスから来た、若き天才クラリネット奏者が演奏するとの触れ込みだった。

 行ってみると、スラリと背の高い、たいへんなイケメン美青年があらわれた。

 曲は、プーランクやドビュッシーだった。個人宅の部屋だったので、10人ちょっとの聴衆が、すぐ目の前に迫っている。そのせいか、ちょっとやりにくそうで、照れているような感じが若々しかった。演奏はなかなかの名演で、確かに天才クラリネット奏者の出現だと思った。

 彼の名をポール・メイエといった。

 あの美青年が、東京佼成ウインドオーケストラ(TKWO)の首席指揮者に就任するとは、夢にも思わなかった。すでにTKWOの作曲コンクール本選会(2006年)や、昨年のコンクール課題曲参考演奏、特別コンサートなどで指揮しているが、20年前から、吹奏楽や指揮に興味があったのだろうか。

 2月19日(金)、TKWO第104回定期演奏会(東京芸術劇場)は、彼の首席指揮者就任記念コンサートであった。曲はモーツァルト≪13管楽器≫、ヒンデミット≪交響曲変ロ調≫、リヒャルト・シュトラウス≪ティル~≫(ハインズレー編曲)の3曲。自身の選曲らしい。

 その内容については、すでに福田滋氏の的確なレポートが掲載されているので、詳細はそちらをご覧いただきたい。

 メイエの演奏は、いま風のいい方だと「ライト感覚」とでもいうのか、全体にたいへん軽快でスピード感あふれるものだった。≪13管楽器≫など、ヨッフムやベームで聴いてきた私のような世代には、そうとう速い演奏に感じられた。だが、おそらくこういう演奏が、現代では(あるいはフランスでは)主流なのだろう。確かに、新しいTKWOサウンドとしては、実に新鮮であった。

 もちろん速いからといって乱れることなどあるわけはなく、TKWOのアンサンブル能力の高さが十二分に発揮された演奏だった。特にモーツァルトにおけるオーボエ・宮村和宏氏(副コンマス)の技術と、全体を牽引する力は特筆に価するものだった。いま、≪13管楽器≫を、あれほどのレベルで演奏できる吹奏楽団は、TKWOしかないはずだ。

 これから、メイエがどんな曲目で、どんなサウンドを引き出してくれるのか、実に楽しみである。

富樫鉄火(吹奏楽大好きの音楽ライター)


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【コラム】富樫鉄火のグル新 第28回 浅田真央とキム・ヨナ

 アメリカの吹奏楽指導者で作編曲家のポール・ヨーダー(1908~90)が、1979年に来日した際、吹奏楽コンクール全国大会・中学の部を聴いて、こんな感想を述べている(全日本吹奏楽連盟会報「すいそうがく」34号=1980年1月発行より)。

「中学時代にこんなむずかしい曲をやってしまったら、彼らの将来にはどんな作品が残されているのでしょう」

「木管楽器のセクションでは身体を動かしている中学生を見ましたが、たしかに大人のすぐれた奏者にはそういう動作の人もいますが、それは音楽的な表現に必要な内面から出てくるものでなければならないのです。中学生のそれは、単にまねであって、一人一人の内面的な要求や必要からおこったものではないように思えました」

(ちなみに、この年ヨーダーが聴いたのは、チャイコフスキーの交響曲第4番第4楽章、ラヴェル《ダフニスとクロエ》、ドビュッシー《海》などだった)

 バンクーバー五輪、フィギュア女子を見ていて、この言葉を思い出した。

 同じ19歳で、あのちがいは、何なのだ。色香満点のキム・ヨナと、少女の面影を十二分に残す浅田真央。

 結果は、色香のキム・ヨナが、前人未到の点数でぶっちぎりの金メダル。完全なトリプル・アクセルに、色香が勝ったのだ。もちろん素人目に見てもキム・ヨナのほうが優れていたし、浅田真央はフリーで小さなミスもした。だから、あの順位は、当然だと思う。

 それにしても、あのキム・ヨナの点数は、何なのだ。そして、あの色香、ほんものに見えるか。どこか、生意気な19歳が背伸びしているような、つくりものの雰囲気がなかったか。

 フィギュア・スケートって、技術で点数を競う「スポーツ競技」じゃなかったのか。トリプル・アクセルを決めても、ニセ色香ではるかに上の点数を取れるのなら、アイス・ダンスやアイス・ショーと、どうちがうのか。

 現にキム・ヨナは、早くも引退→プロ転向の噂がある。ポール・ヨーダーの言葉をキム・ヨナに聞かせたい。

 そして、それでも文句一つ言わず堂々としていた浅田真央を、朝青龍や腰パンにいちゃんは、少しは見習ってほしい。

富樫鉄火(吹奏楽大好きの音楽ライター)


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【コラム】富樫鉄火のグル新 第27回 冬季オリンピックと吹奏楽(6)フィギュア・スケートの音楽

 フィギュア・スケートで使用される音楽の中には、すでに吹奏楽界でレパートリーになっている曲が多い。

 2006年のトリノ大会で荒川静香が使用して人気となった≪トゥーランドット≫の<誰も寝てはならぬ……>(プッチーニ)など、その典型で、すでにコンクール全国大会で、1995年に北海道札幌白石高校が初演している(ただし招待演奏)。

 浅田真央ちゃんの≪仮面舞踏会≫(ハチャトゥリアン)は、1991年に関西学院大学が初演しているし、鈴木明子の≪リヴァーダンス≫(ウィーラン)も、2001年に福光町立吉江中学(富山)が初演している。ともに、その後、人気曲として定着していることは、いうまでもない。

 数年前、ある女子フィギュアのジュニア選手の母親から、知人を通じて「音楽を制作してほしい」と頼まれたことがある。さる有名プロ・スポーツ選手のお嬢さんだった。

「曲を≪パイレーツ・オブ・カリビアン≫にしたいんですが、CDをもとに、規定時間内にピッタリ合うよう、編集してほしいんです。みんな、自宅のCDラジカセでそれらしいものをつくっているんですが、どうしても安っぽくなってしまうんです。曲のつなぎ目もきれいにできないし。ぜひ、ちゃんとした音楽スタジオで編集制作していただけませんか」とのことだった。

 いくつか、編集面や見せ場の希望をうかがって、素人作業ながら、知り合いのスタジオを借りて、エンジニアと一緒に、なんとかそれらしい音楽をつくりあげた。スフォルツァンドにあたる部分はダイナミックレンジを上げたり、いろいろな加工も施した。

 このとき「なるほど、フィギュアってのは、本格的にやると、手間とカネがかかるスポーツなんだなあ」と思ったものだ。

 幸い、この編集制作を気に入ってもらえて、引き続き「今度は富樫さんの好きな曲でつくってください」と注文が来た。

 そこで私は、≪GR≫(天野正道)からいくつか抜粋して、フィギュア用の音楽を編集制作した。もちろんクライマックスは<国際警察機構のテーマ>である。あの朗々としたメロディに乗って、可憐な少女が氷上を滑走、ラストをスピンで決めるなんて、カッコイイじゃないですか。

 そのお嬢さんは、あの2曲のCD-Rを持って海外へフィギュア留学したと聞いたが、いま、どうしているだろう。どこかで≪GR≫に乗って舞ってくれていることを祈るばかりだ。

富樫鉄火(吹奏楽大好きの音楽ライター)


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【コラム】富樫鉄火のグル新 第26回 第26回 冬季オリンピックと吹奏楽(5)ジョン・ウィリアムズ≪コール・オブ・チャンピオンズ≫

 「オリンピック音楽」といえば、いまの若い方々には、なんといっても、ジョン・ウィリアムズだろう。

 彼は、いままでに、オリンピックがらみの音楽を4回書いている。

(1)1984年 ロサンゼルス大会 ≪オリンピック・ファンファーレ&テーマ≫
(2)1988年 ソウル大会 ≪オリンピック・スピリット≫(NBCテレビ中継テーマ曲)
(3)1996年 アトランタ大会 ≪サモン・ザ・ヒーロー≫
(4)2002年 ソルトレイクシティ冬季大会 ≪コール・オブ・チャンピオンズ≫

 この4曲とも、アメリカで各種吹奏楽版が出版されている。(1)と(3)は、いまでも多くのバンドに演奏されているスタンダード人気曲だし、(2)は「TBSオールスター感謝祭」の中の「赤坂5丁目マラソン」のBGMとして知られている。

 吹奏楽版メドレー≪The Olympics: A Centennial Celebration≫(John Moss編曲/Hal Leonard版)は、グレード3のわりに演奏効果が高いので、中高吹奏楽部に人気がある楽譜だが、上記(1)(2)(3)がぶっつづけで登場する、事実上「ジョン・ウィリアムズ・メドレー」である。アメリカ人にとって「オリンピック音楽」といえば、いまやジョン・ウィリアムズなのだろう。

 ところが4曲中唯一の冬季曲(4)は、吹奏楽版も何種類か出ているし、なかなかいい曲なのだが、あまり演奏されている気配がない。やはり、冬季大会は、夏に比べると注目度が低いのだろうか。また、もともとが合唱を主体としたシンフォニック曲なので、吹奏楽だと原曲の味からかけ離れてしまうからかもしれない。

 だが、曲のせいばかりでもないような気がする。2002年のソルトレイクシティ冬季大会自体が、あまり後味のいい大会ではなかったせいもあるのではないか。

 この大会は、開催国アメリカの自己主張がたいへん強かった。開会式では、前年の9・11テロの際、貿易センタービルの残骸の中から発見された星条旗が掲げられた。ブッシュ大統領は、開会宣言で「誇り高きこの国を代表して」と、オリンピック憲章に定められた文言を無視した。ショートトラックでは、1位の韓国選手が進路妨害と認定され、アメリカ選手に金メダルが送られた。全体的にアメリカびいきの判定が多かった。

 そのほか、フィギュアでは審判買収疑惑、アルペンやクロスカントリーのドーピング大量失格など、ロクでもない騒動で終始した。

 世界中から訪れたマスコミ陣も、ストレスがたまって爆発寸前だった。9・11テロの影響で、警備や検査が異常なまでに厳しく、スムーズに会場を移動できなかった。ソルトレイクシティ自体が、モルモン教の聖地とあってアルコールを提供する店が少なかったことも拍車をかけた(コナン・ドイルが書いたシャーロック・ホームズ物第1作『緋色の研究』に、同地が建設される挿話が出てきて有名になった町だ。ただしその記述は誤解と偏見だらけである)。

 バンクーバー大会も、開会前に練習で急死する選手がいたかと思えば、「腰パン」騒ぎを起こす兄ちゃんがいたりと、周辺話題が豊富だが、後味の悪い終わり方だけはしてほしくないものだ。同時に、もう少し≪コール・オブ・チャンピオンズ≫も演奏されてほしい。

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【コラム】富樫鉄火のグル新 第25回 冬季オリンピックと吹奏楽(4)映画『白い恋人たち』

 1964年の東京オリンピックを記録した映画『東京オリンピック』(1965、市川崑監督)は、空前の大ヒットとなった。初公開時の観客動員数は1800万人。これは、2001年に『千と千尋の神隠し』が登場するまで、破られなかった。

 この映画は、独特の映像美の連続である。勝敗の結果などは、ほとんど説明されない。選手名や競技名さえ出てこないシーンがほとんどだ。マラソンでは、途中脱落する選手の姿をえんえんと追う。よって国会で「芸術か、記録か」の議論となった。

 このとき、市川崑の脳裏にあったのは、1936年のベルリン・オリンピックを記録した映画『民族の祭典』『美の祭典』(1938、レニ・リーフェンシュタール監督)だった。戦後、ナチスのプロパガンダ映画として半ば封印されていたが、これもまた独特の映像美で知られるドキュメント映画である。この手法を、市川崑は、さらに推し進めたのだ。

 以後、オリンピック記録映画のあり方は、ガラリと変わってしまった。その影響を最初に受けたのが、映画『白い恋人たち』(1968、クロード・ルルーシュ監督)である。これは、1968年にフランスのグルノーブルで開催された冬季オリンピックの記録映画だ。

 ここでは、もはやナレーションさえ登場しない(『東京オリンピック』では、三國一郎のナレーションが入っていた)。雪と氷の上で戦う人間たちや、男女の姿を、ひたすら美しく追った「映像詩」である。いったい、どうやれば、こんなに美しいスポーツ映像が撮れるのかといいたくなるほどだった。

 だが、「美しい」と感じるのは、映像の力だけではない。なんといっても、フランシス・レイの音楽が、特筆ものの素晴らしさだった。あの音楽が付かなかったら、これほど名を残す映画にはならなかったかもしれない。中には、画面中の選手の動きと音楽が、見事にシンクロしているような部分さえある。実は、クロード・ルルーシュ監督は、フランシス・レイに、先に音楽を書いてもらい、それにあわせてフィルムを編集したのである。いわば、プロモーション・ビデオの先駆けであった。この手法は、2年前の名作映画『男と女』(1966)ですでに実験すみであった。

 名曲≪白い恋人たち≫は、70年代、よく演奏している吹奏楽部があったが(スキー場やスケート場でも、必ず流れていた)、いまは、おそらくミュージック・エイト版くらいしか編曲譜はないのではないか。原曲は電子オルガン(たぶん「ハモンド・オルガン」)が主旋律を奏でる。それがあまりにドンピシャなので、吹奏楽で、あのムードを再現するのは容易ではない。

 しかし、冬季オリンピックを「ロマンチックな冬の祭典」に昇華させたのは、明らかに、映画『白い恋人たち』と、フランシス・レイのテーマ曲である。

※映画『白い恋人たち』の原題は『フランスの13日間』という、そっけないもの。この邦題、傑作だと思う。北海道のお菓子「白い恋人」の元ネタでもある。

富樫鉄火(吹奏楽大好きの音楽ライター)


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