【コラム】富樫鉄火のグル新 第281回 小説の中の「無観客」歌舞伎

前回、国立劇場における歌舞伎公演の、無観客映像について述べた。
 実は「無観客の歌舞伎」を題材にしたユニークな短編ミステリ小説があるので、ご紹介しよう。
 戸板康二による、『尊像紛失事件』である。

 戸板康二(1915~93)は、歌舞伎評論家にして随筆家。「ちょっといい話」シリーズなどは、かつてエッセイのお手本のように読まれたものである。
 その戸板が、江戸川乱歩の薦めで書き出し、本業顔負けのワザを見せたのが、老優探偵・中村雅楽シリーズである。1970~80年代にかけて、十七世中村勘三郎主演でTVドラマ化されたので、それでご記憶のご年輩の方も多いだろう(江川刑事=山城新伍、竹野記者=近藤正臣)。

 高松屋こと中村雅楽は77歳の大ベテラン歌舞伎俳優。リュウマチで身体が少々不自由なので、いまでは時折、老け脇役で出る程度だが、むかしの芝居の型をよく知っているため、若手役者たちからも慕われ、大切にされている。
 だが、この雅楽には、もっとすごい才能があった。

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【コラム】富樫鉄火のグル新 第280回 無観客/平知盛 vs コロナ

 新型コロナ禍で、演奏会や芝居、スポーツなどの「無観客」実施が増えた(その後の「緊急事態宣言」で、それさえもなくなったが)。

 先日、この3月に上演予定ながら中止となった、国立劇場『義経千本桜』通しの、無観客映像がネットで公開され、あっという間に10万回再生を突破したという。
 これは、菊之助が、知盛・権太・狐忠信の3役を完役する、たいへん挑戦的な舞台として話題になっていた(権太のみ初役)。ほかに、道行の静御前を時蔵、義経を鴈治郎など。

 全体を3部に分け(二段目=Aプロ、三段目=Bプロ、四段目=Cプロ)、一か月の間、1日に2プロずつ、日によって入れ替えながら上演する。しかも会場が、通常は文楽などを上演する小劇場(522席)なので、大劇場や歌舞伎座とはちがい、役者の息吹を目の前で感じられるとあって、芝居好きにはたまらない公演となるはずだった。
 もちろんわたしも、3プロ通し券を買って、楽しみにしていた。

 結局、公演は中止となったのだが、その間、ゲネプロのように無観客で完全上演され、国立劇場は、その模様を映像におさめていた。それも「記録」用収録ではなく、最初から配信公開を前提とした、複数カメラによる収録だった。実際、菊之助自身、国立劇場のサイトでこう述べている。

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【コラム】富樫鉄火のグル新 第279回 続・余分なきマスクの余聞

 前回、海外で「マスク」(Mask/Masque)といえば、「仮面」「仮面劇」の意味合いが強かったと書いた。
 吹奏楽の世界でも「マスク」を題材とした曲は多い。

 いちばん知られているのは、おそらく、ウィリアム・フランシス・マクベス(1933~2012)作曲の《マスク》だろう。原題は《Masque》なので、正確に訳せば《仮面劇》となる。
 1967年に、アーカンソー州立大学にアート・センターが落成したのを記念して委嘱・作曲された。ここのシアターで仮面劇が上演されるとの“幻想”を音楽にしたものだ。
 いったい、この曲のどこが「仮面劇」なのか、よくわからないのだが、とにかくカッコいい曲で、1970~80年代にかけて、コンクールで大人気だった。特に、1972年に全国大会初演で金賞を受賞した福岡県立嘉穂高校の名演は、いまでも語り草である。

 マクベスといえば、古参の吹奏楽人間にとっては、なんといっても“マクベスのピラミッド”理論である。彼は、吹奏楽における音量や響きのバランスを正三角形のピラミッドにたとえ、下三分の一が「低音域」、真ん中の三分の一が「中音域」、最上部が「高音域」のイメージが理想的だ、と提唱したのであった。

 1978年は、全日本吹奏楽連盟の創立40周年だった。それを記念して、この年の全日本吹奏楽コンクール課題曲4曲中、2曲が、アメリカの人気作曲家に委嘱された

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【コラム】富樫鉄火のグル新 第278回 余分なきマスクの余聞

 1935(昭和10)年の映画『乙女ごころ三人娘』(PCL映画製作所)は、名匠・成瀬巳喜男監督による初トーキー作品。浅草を舞台にした、流し芸人三姉妹の物語である。原作は川端康成の『浅草の姉妹』。音楽監督は、のちに占領軍専用ホール「アーニーパイル劇場」の楽団長をつとめる紙 恭輔(1902~1981)である(この楽団から、岩井直溥や河辺公一が巣立ち、戦後の吹奏楽全盛時代を築くのだ)。
 この映画に、しばしば、芝居小屋や、音楽小屋(いまでいうライブハウス)の場面が登場するが、なかに「マスク」を着用している観客がチラホラといる。
 そういえば、ほぼ同時期の、おなじ浅草を舞台にした映画『浅草の灯』(島津保次郎監督、松竹、1937年)にも、マスク姿の観客が映っていたような記憶がある(浅草オペレッタのバックステージもので、映画デビューの杉村春子がカルメンを歌い踊っている)。

 日本で、マスクは、炭鉱や建築現場労働者の防塵具として、明治初期から使用され始めたという。それが風邪の予防具として注目を浴びたのは、1918~20(大正7~9)年のスペイン風邪だった。世界中で5000万人、日本でも約40万人の命を奪った(諸説ある)、インフルエンザのパンデミックだ。日本銀行や東京駅丸の内駅舎で知られる建築家・辰野金吾や、劇作家・島村抱月などが、この風邪で亡くなっている。その後、1923(大正12)年に発売された「壽マスク」が商標登録品第1号となって、さらに一般市民にも知られるようになった。

 そんなマスクが、日本人の生活に完全に定着したのが、1934(昭和9)年のインフルエンザ大流行だった。

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【コラム】富樫鉄火のグル新 第277回 第1回大島渚賞

 わたしが初めて観た大島渚の映画は『ユンボギの日記』(1965)だった。1970年、小学校6年生のときだった。中野公会堂で、山本薩夫監督の記録映画『ベトナム』(1969)と2本立てだった。反戦団体による自主上映会だったと思う。原作本が、学校の図書室にあったので、題名だけは、前から知っていた。親友のオカモトくんと2人で行った。もちろん、自主的に行ったのではなく、担任の先生に薦められたのだ(当時の中野区は革新区政で、日教組全盛時代だった)。先生から無料入場券のようなものをもらったような気がする。

 これは、朝鮮戦争後の韓国における、貧困少年の日常を描く、フォト・ドキュメントである。小松方正のナレーションが強烈で、何度となく「イ・ユンボギ、君は10歳、韓国の少年」と執拗に述べられる。それが脳内にこびりついてしまい、「オカモトヒロト、君は12歳、中野の少年」などとからかいながら帰ったものだ。
 しかし、なにぶん全編がモノクロ写真静止画なので、小学生にはつらく、観ていて「なんだ、動かない映画なのか」と、がっかりした記憶がある

 ところが、大人になって、関連資料を読んで驚いた。あの写真は、

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【コラム】富樫鉄火のグル新 映像に頼らなかった『ナウシカ』

 新型コロナ禍で、のきなみコンサートや芝居が中止になっているが、映画館は、なんとか開館しているところが多い。そこで、METライブビューイングで、ベルクのオペラ《ヴォツェック》を観てきた。
 《ヴォツェック》といえば、1989年のウイーン国立歌劇場の来日公演が、忘れられない(クラウディオ・アバド指揮、アドルフ・ドレーゼン演出)。舞台セットもリアルで、「現代演劇」を思わせる、素晴らしい上演だった。
 今回のMET版は、“ヴィジュアル・アートの巨匠”ウィリアム・ケントリッジの演出。このひとは、METでは、ショスタコーヴィチ《鼻》、ベルク《ルル》につづく3回目の登場である。毎回、抽象的なセットを組み、不思議なドローイング・アニメを舞台全体に投影する。ああいうのを「プロジェクション・マッピング」と呼ぶのだと思う。
 しかし、わたしのような素人にはどれも同じに見え、過去2作と、大きなちがいを感じなかった。常に舞台全体になにかゴチャゴチャしたリアル映像が投影されているので、演技や歌唱にも没入できなかった(主演歌手2人は素晴らしかった)。

 最近の芝居は、舞台上にリアルな映像を投影する演出が多い。

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【コラム】富樫鉄火のグル新 第274回 オペラ《疫病流行時代の祝宴》

 ロシア5人組のひとり、セザール・キュイ(1835~1918)は、軍人が本業で、作曲はあくまで余技だった。だが彼は、5人組のなかではもっとも長寿で(ロシア帝国時代に生まれ、ソ連成立直後に83歳で亡くなった)、膨大な数の作品を残している。
 一般クラシック・ファンに知られる作品は少ないが、そのなかに《疫病流行時代の祝宴》なる恐ろしい題名のオペラがある(《ペストの時代の祝宴》などの邦題もあり)。
 1901年初演、30分ほどの、1幕ミニ・オペラである。

 原作はプーシキンの戯曲だ(邦題『ペスト蔓延下の宴』もあり)。
 元ネタはスコットランドの作家、ジョン・ウィルソン(1785~1854)の戯曲『ペストの都市』全3幕で、このなかの1場を取り上げ、書き換えたという。
(余談だが、プーシキンの原作は、「小さな悲劇」と題された4部作シリーズのなかの第2部。第1部にあたるのが、『アマデウス』の元ネタとなった『モーツァルトとサリエーリ』で、これはリムスキー=コルサコフがオペラ化している。第4部『石の客』もダルゴムイシスキーがオペラ化した)

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【コラム】富樫鉄火のグル新 第273回 課題曲《龍潭譚》余聞

 この1月、全日本吹奏楽連盟の事務職員2名による使い込み(10年弱の間に1億5000万円!)が発覚した。まったくひどい話で、大半が未成年相手である吹奏楽振興の一翼を、このような組織が担っていたのかと思うと、暗澹となる。その後、全日本アンサンブルコンテスト(全国大会)が新型コロナ対策で中止となった。そのほか多くのコンサートやイベントも中止になった。どこもたいへんだが、吹奏楽界も踏んだり蹴ったりである。初夏にはコンクール予選がはじまる地方があるが、果たして問題なく運ぶのか、少々心もとない。

 今年は、課題曲5曲のなかに、《龍潭譚》[りゅうたんだん](佐藤信人作曲)なる曲がある。文学ファンならおなじみ、泉鏡花の同名短編小説をもとにした曲だ。

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【コラム】富樫鉄火のグル新 第272回 イヤホンガイド、大好き

 わたしは、文楽に行くと、必ずイヤホンガイドをつかう(歌舞伎では、あまりつかわない)。
 そのことを知己に話すと、意外な顔で「いまさら筋なんか、わかってるでしょう」と言われる。
 だが、筋を知りたくてつかうのではない。イヤホンガイドは、筋書にも出ていない、実に面白い解説をしてくれるのだ。

 たとえば、今月(2月)の国立小劇場〈野崎村〉、お染登場のシーンで、こんな解説があった(記憶で書くので、細部は正確ではない)。
「振り袖姿のお染が、背中の襟のあたりに、なにか付けております。これは通称〈襟袈裟〉などと申しまして、髪の油が垂れて、着物が汚れるのを防ぐものでございます。これを着用しているのは、良家の子女の証しでございます」
 
 また〈勧進帳〉では、
「ここで三味線の鶴澤藤蔵にご注目ください。たいへん珍しい弾き方です。これは、三味線で琵琶の響きを模倣しております」
 
 さらに今月は、六代目竹本錣太夫(もと津駒太夫)の襲名披露があったので、幕間に、ご本人のインタビューが流れた。大学時代にテレビで文楽を観て感動し、津太夫に入門したのだという。「テレビ」がきっかけで文楽の世界に入ったなんて、知らなかった。

 株式会社イヤホンガイド(旧名・朝日解説事業株式会社)は、1975年、朝日新聞の記者だった久門郁夫によってはじまった(創設当初の興味深いエピソードがHPで紹介されている)。このとき協力したのが、古典芸能評論家の小山観翁さん(1929~2015)である。
 わたしは、生前の小山さんに、そのころのお話をうかがったことがある。

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【コラム】富樫鉄火のグル新 第271回 ザンデルリンク「しごき」二代

 東京佼成ウインドオーケストラ(TKWO)の第147回定期演奏会が終わった(2月15日、東京芸術劇場にて)。

 今回は、名匠トーマス・ザンデルリンク(同団の特別客演指揮者)によるショスタコーヴィチ特集で、《祝典序曲》(大橋晃一編/新編曲初演)、《ジャズ組曲》第2番(ヨハン・デメイ編)、交響曲第5番(伊藤康英編)の3曲が演奏された。
 当日のプログラム解説にも書いたのだが、ザンデルリンクは、ショスタコーヴィチと直接交流をもっていたひとである。そういうひとが、当のショスタコーヴィチ作品を、日本で、「吹奏楽」で指揮するとあって、なかなか貴重な演奏会だった。特に第5番はたいへんな力の入りようで、歯ぎしりをしながら聴き入った。

 終演後、短時間ながらインタビューする機会があったのだが、TKWO以前には「吹奏楽を指揮したことはなかった」のだという。初共演は2011年2月で(東日本大震災の1か月前だ)、これが吹奏楽初体験だった。

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