『国境を越えたウクライナ人』(オリガ・ホメンコ著/群像社刊)は、本年2月に刊行された。
さっそく読みはじめたら、すぐにロシアによるウクライナ侵攻がはじまった。まるで、この日を予期していたかのような刊行タイミングに、驚いてしまった。
なぜ、わたしが本書に興味をもったのかというと、ウクライナの作曲家、セルゲイ・ボルキエーヴィチ(1877~1952)について書かれていたからなのだが、その前に、本書のご紹介を。
著者、オリガ・ホメンコ氏は、日本近現代史および経済史の研究者、ジャーナリストだ。キエフに生まれ、キエフ国立大学文学部を卒業。東京大学大学院地域文化研究科で博士号を取得した。キエフ経済大学などで教壇に立ち、現在はキエフ・モヒラ・ビジネススクール助教授でもある。
2014年刊『ウクライナから愛をこめて』(群像社刊)が、「ウクライナ人が日本語で書いた」エッセイとして、話題になったので、ご記憶のかたもいるだろう(とてもいい本なので、強力推薦!)。
本書は、母国を飛び出し、国際的に活躍したウクライナ人9人+1人(なにものかは、読んでのお楽しみ)を紹介したミニ評伝集である。1人あたり10頁前後でコンパクトにまとめられているので、たいへん読みやすい(訳者名がないので、これも日本語で書かれたようだ)。
乳酸菌の効用を発見し、長寿研究の先駆けとなったイリヤ・メーチニコフ(1845~1916)。
1964年に、現役女性画家として初めてルーヴル美術館で個展を開催した、ソニア・ドローネー(1885~1979)。
ヘリコプターの生みの親、イーゴル・シコールスキイ(1889~1972)。
終生、日本に憧れ、パリ日本館に暮らしながら著述に明け暮れた、ステパン・レヴィンスキイ(1897~1946)等々……。
記述はとてもていねいで、エピソードもうまくまとめられている。
たとえば、前掲、シコールスキイがひたすら空を飛ぶ夢を追いつづける姿など、微笑ましくさえ感じる。ところが、アメリカにわたり、航空機開発会社を設立するが、資金繰りがうまくいかない。落ち込む気分を、趣味のチャイコフスキーなどの故国の音楽を聴いて慰めていた。
あるとき、母国の大作曲家・ピアニスト、ラフマニノフの訪米公演があると知り、大枚をはたいて出かけた。終演後、楽屋に挨拶に行き、資金難の状況をぼやくと、なんとラフマニノフは、その場で、当日の収入全額「5,000ドル」を貸してくれたという。後刻、会社が黒字になったとき、利子をつけて返済したそうだが、これなど、日本の落語か講談に出てきそうな話だ。
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