「グル新」カテゴリーアーカイブ

【コラム】富樫鉄火のグル新 第181回 <古本書評②>『悉皆屋康吉』舟橋聖一

まず、内容よりも、本書の成り立ちからご紹介したい。

これは8章構成の連作小説である。
舟橋聖一(1904~1976)は、昭和16(1941)年から、ほぼ1年に1章ずつ、複数の文芸誌を舞台に本シリーズを書き継いできた。
だが昭和16年といえば太平洋戦争が始まった年である。
次第に「文芸」どころではなくなり、昭和19年1月、前半部(「巻の四」まで)を発表したところで一時中断、残りは「書下ろし」で単行本化の際に加えることにした。
(このあたり、『細雪』の成立過程に似ている)

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【コラム】富樫鉄火のグル新 第180回 <古本書評>『神話をつくる人たち』共同通信社

書評といえば普通は新刊が対象で、古書の書評なんて、あまり聞いたことがない。
だが、初めて読むのであれば、絶版古書だって、読み手にとっては新刊である。
近年、「アマゾン・マーケットプレイス」や「日本の古本屋」の充実で、目的の古書を入手しやすくなった。
だったら、古書の書評があってもいいのではないか。

1970年代から90年代にかけて、FM情報誌は4誌が競っていた。
ポップスに強かった「週刊FM」(音楽之友社)。
オーディオ情報と音楽家伝記マンガが売りだった「FMレコパル」(小学館)。
鈴木英人のイラストによるカセット・ラベルが付いていた「FM STATION」(ダイヤモンド社)。

そしてわたしが好きだったのは、クラシック情報が多い「FM fan」(共同通信社)だった。
同誌は「読み物」が充実しており、特に志鳥栄八郎の「わたしのレコード・ライブラリー」は、毎号、舌なめずりしながら読んだものである。

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【コラム】富樫鉄火のグル新 第179回テレビをほとんど観ないので

例の「出家騒動」で、わたしは、清水富美加なるタレントを初めて知った。
そのことを周囲に話すと、2~3人、「わたしも知らなかった」と言うひとがいた(すべてわたしと同年配の中高年だが)。

わたしと彼らに共通しているのは「テレビをほとんど観ない」点である。
だから清水富美加なんて、知りようがないのである。
では、「テレビを観ない」で、何を観て(聴いて)いるのか。

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【コラム】富樫鉄火のグル新 第178回 行進曲《大日本》

2月13日、東京佼成ウインドオーケストラによる「課題曲コンサート」(指揮・大井剛史)が開催された。

マエストロの的確な解説も助けとなり、課題曲だけでも立派なコンサートが成立することを証明した、素晴らしい一夜だった。

その冒頭で演奏されたのが、第1回全日本吹奏楽コンクール課題曲、行進曲《大日本》である。

たまたまわたしは、この日のプログラム解説を書いたのだが、紙幅の都合で概要しか綴れなかった。
そこで以下、行進曲《大日本》に関する完全版解説を掲載しておく。

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【コラム】富樫鉄火のグル新 第177回 映画『東京ウィンドオーケストラ』

最近は吹奏楽を題材にした映画や漫画、小説が目白押しで、いささか辟易としているのだが、この『東京ウィンドオーケストラ』(坂下雄一郎監督・脚本)は、少々変わった味わいの映画なので、ご紹介しておきたい。

鹿児島・屋久島の役場につとめる樋口詩織(中西美帆)は、地味な島の生活しにしらけきっている。
そんな彼女が、東京から、一流の吹奏楽団「東京ウインドオーケストラ」を招聘するコンサートを担当させられる。
だが彼女が呼んだのは、下町のカルチャーセンターで結成されたばかりの、10人の初級バンド「東京ウィンドオーケストラ」だった(「イ」が拗音)。
10人は半ば観光気分で島に着くが、やがて自分たちが一流バンドと間違えられていることに気づく。
もちろん詩織も気づくのだが、なんとか、このまま本物だとだまして公演を乗り切ろうとし……。
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