「グル新」カテゴリーアーカイブ

【コラム】富樫鉄火のグル新 第244回 タッド、佼成、シエナ

 6月14日(金)夜、タッド・ウインドシンフォニーの第26回定期演奏会(鈴木孝佳指揮/杉並公会堂)。前半のトリが、ヴァン=デル=ロースト《高山の印象》、後半はチェザリーニの交響曲第2番《江戸の情景》全5楽章(公式日本初演)。
 前者は岐阜の高山祭がモチーフ。後者は広重の浮世絵「名所江戸百景」がモチーフ。つまり、どちらもヨーロッパの作曲家が日本古来の題材にアプローチした曲で、うまい構成だった。前者は「和」風のピッコロで始まる(いかにも日本の祭りの笛)。祝典序曲のような曲だった。後者は、さすがチェザリーニといいたくなる熟練の響きで、なるほど、浮世絵はこんなイメージなのかと思いながら楽しんだ。第2楽章〈市中繁栄七夕祭〉など、《八木節》のようで、微笑ましかった。
 そういえば、ジュリー・ジルーの交響曲 第4番《ブックマークス・フロム・ジャパン》も、北斎や広重が題材だった。古くはドビュッシーの交響詩《海》も、また、真島俊夫《Mont Fuji》も、北斎の「神奈川沖浪裏」がヒントだったわけで、いまや浮世絵は、作曲の恰好のネタみたいだ。
 なお、チェザリーニの《江戸の情景》については、樋口幸弘氏が「BandPower」で密着レポートを発表しておられるので、お読みいただきたい。

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【コラム】富樫鉄火のグル新 岩波ホールの50年(下)

(前回よりつづく)
 岩波ホールは、いまでは、文芸作品の封切り劇場として定着しているが、1968年の開設当初は、多目的ホールだった(だからスクリーンが「舞台」の奥にある)。
 映画専用劇場になったのは1974年で、その第一弾は、『大地のうた』(サタジット・レイ監督/1959/インド)だった。
 この「映画館」は、ちょっとした話題になった。日本で初めての「完全入れ替え制」「定員制」だったからである。立ち見もダメ。いまでは当たり前となったこの興行形態は、岩波ホールによって定着したのだ(当時、どこかの雑誌で「遠方から行って満席で入れなかったら、どうしてくれるのか」といった主旨のコラムを読んだ記憶がある)。

 わたしが初めて岩波ホールに入ったのは、1977年。大学生だった。番組は『惑星ソラリス』(アンドレイ・タルコフスキー監督/1972/ソ連)。
 大学が近くだったせいもあり、かっこよさそうなSFだと思って気軽に出かけたのだが、あまりのわけのわからなさに、かえってビックリした。なぜか日本の高速道路なども出てくる。どうやら、惑星ソラリスの「海」自体が生命体で、こいつのせいで、幻覚を見たりするらしい……それくらいしか、理解できなかった。
 たしか平日の昼間だったが、8割がた埋まっており、こんな映画を昼間から、満席寸前になるほどのひとたちが観に来ていることにも、驚いてしまった。

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【コラム】富樫鉄火のグル新 第242回 岩波ホールの50年(上)

 今年、創立50周年を迎えた岩波ホールで『ニューヨーク公共図書館 エクス・リブリス』が上映されている。ドキュメンタリ映画の巨匠、フレデリック・ワイズマン(今年、89歳)が、ニューヨーク公共図書館(NYPL)の活動を記録したものだ。

 ただし、一筋縄でいく映画ではない。
 宣伝文に「世界で最も有名な図書館のひとつ、その舞台裏へ」とあるが、物理的な「図書館の裏側」は、ほんの少ししか出てこない。それどころか「本」そのものが、ほとんど登場しないのだ。
 全3時間半(休憩10分)中、大半を占めるのが、NYPLの「啓蒙活動」の様子である。

 とにかく、その多彩さに、驚かされる。
 講演、著者トーク、読書会、コンサート、就職支援、障害者のための住宅支援、デジタル機器の貸し出し、中国系市民のためのパソコン教室、黒人文化研究、手話指導、子ども読み聞かせ、ダンス教室、点字・録音本作成……本館のほか、88もある分館と4つの専門図書館すべてで、この種のイベントが連日開催されており、まるで巨大カルチャーセンター状態である。

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【コラム】富樫鉄火のグル新 第241回 ちあきなおみ『微吟』

 また、出た。
 ちあきなおみのベストCDである。
 昨年も、一昨年も、その前も……とにかく、ちあきなおみのベストCDは、毎年のように出つづけている。
 彼女は、日本コロムビア、ビクターエンタテインメント、テイチクエンタテインメントと、3社のレコード会社を渡り歩いた。そして、どの社でも、多くの名曲・名アルバムを生んだので、組み合わせ次第で、さまざまな編集盤をつくれるのである。

 で、今回は、最後に所属したテイチク発で、『微吟』と題されている。
 テイチク時代、ちあきは、驚くべき幅の広さを見せた。船村徹演歌に挑み(名曲《紅とんぼ》)、石原裕次郎の名曲もカバーした。水原弘の名曲《黄昏のビギン》を発掘し、話題となった。日本コロムビア時代に《酒場川》のB面に収録し、まったくヒットしなかった《矢切の渡し》が再ブレイクし、セルフ・カバーした。一人芝居「LADY DAY」でビリー・ホリディを演じて絶賛されたのも、この時期だ。

 こういった新しい挑戦を実質プロデュースしてきたのが、俳優だった、夫の郷鍈治である。ちあきの実家に婿入りし、彼女の個人事務所を設立して支えつづけた。

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【コラム】富樫鉄火のグル新 第240回 《4分33秒》

 わたしは、ジョン・ケージ(1912~92)の名曲《4分33秒》(1952年初演)の実演を、2回、聴いたことがある。
 どちらも、黛敏郎時代の「題名のない音楽会」だった(何度か書いているが、わたしは、中学以来、20歳代までの十数年間、渋谷公会堂での公開録画のほとんどに、通っていた)。
 1回目は、ピアノ独奏版、2回目はオーケストラ版だった。
 ピアノ版のときは、たしか、ジョン・ケージの特集で、ピアニストが何の前触れもなく登場し、演奏を開始した。
 やがて渋谷公会堂の客席は、次第にざわつきはじめ、低い笑い声が聴こえはじめた。
 演奏終了後、まばらな拍手がおき、ピアニストが下がると、司会の黛敏郎が登場し、「ただいまの4分33秒の間、みなさんは、様々な笑い声やざわめき、雑音を聴いたことでしょう。それこそが、ケージが聴かせたかった、偶然の音楽なのです」といったような主旨の解説をした(2回目のオーケストラ版のときは、もうかなり有名になっていて、客席はお笑い状態だった)。

 4月20日に、神奈川フィルハーモニー管弦楽団が、定期演奏会で、この曲を取り上げた(指揮・太田弦)【公式ライヴ映像あり】。よほど行こうかと思ったのだが、仕事の都合で時間が空かず、てっきり忘れていた。

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【コラム】富樫鉄火のグル新 第239回「令和」が説くこと

 新元号「令和」時代がはじまった。
 どのメディアも、「令和」が、「万葉集」から取られたことを報じている。「万葉集」巻五に、「梅花の歌三十二首」なる歌群がある(815~846)。
 天平2(西暦730)年正月13日に、九州大宰府にある大伴旅人の邸宅で、梅を愛でる宴会が催された。そこで詠まれた32首をまとめ、(旅人が書いたと思われる)漢詩の序文が添えられた。そのなかに「初春の令月にして、気淑(よ)く風和(やわら)ぐ」とある。ここから「令」「和」を抜き出した。「令月」は、「よき月」を意味するという。
 まさに、大むかしの、のんびりした歌会の光景が目に浮かぶ。きれいな月が出ている夜、庭で、満開の梅を眺めながら、やんごとなきひとたちが、歌を詠んでいる……。

 だが、よく考えると――当時の1月13日は、現在の2月上旬だ。九州は暖かいとはいえ、梅が咲いているだろうか。

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【コラム】富樫鉄火のグル新 238回 平成の終わりの、干刈あがた

 わたしより上の世代にとって、「干刈あがた」(1943~1992)は、忘れがたい作家である。
 1980年代初頭に、女性たちが突き当りはじめたシングル・マザーや、離婚、自立などの問題を、さりげない形で小説にして「応援」をおくってくれた。男のわたしでも、新鮮に感じた。
 たとえば、芥川賞候補になった代表作『ウホッホ探検隊』(1983年)は、離婚し、小学生の男子2人を抱え、シングル・マザーとして生きる女性の物語だが、全編、長男への「呼びかけ」で書かれている。
 たとえば冒頭は、
「太郎、君は白いスニーカーの紐をキリリと結ぶと、私の方を振り返って言った。『それじゃ行ってくるよ』」
 通常、「太郎は白いスニーカーの紐をキリリと結ぶと」と書かれそうなものだが、本作は母親の一人称で書かれており、しかも息子に「君」と呼びかける。それは、父親がいなくなった家庭で、小学生の息子と対等な関係を築き、これから新たに生きていこうとする、決意表明のようにも読めた。
 いまから40年近くも前に、こういう小説を書いていたのが、干刈あがただった。

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【コラム】富樫鉄火のグル新 237回 よみがえるサリエリ(下)

(前回よりつづく)
 1979年にロンドンで初演された舞台『アマデウス』に、もっとも早い時期に注目した日本人は、おそらく、文学座のベテラン俳優、江守徹さんだった。
 もともとシェファーが好きだったうえ、クラシック音楽ファンでもあった江守さんは、噂を聞いて、すぐにロンドンから台本を取り寄せ、読んだ。
「あまりの面白さに、一気に読んでしまいました。だいたい、読んで面白い戯曲なんて、あまりないもんですが、これは違いましたね」

 そこで、さっそく文学座での上演を企画する。だが、文学座は劇団組織である。会議にかけなければならない。それには、荒っぽくてもいいから翻訳し、みんなに読んでもらう必要がある。たまたま、大きな舞台が入っていない時期だったので、江守さんは自分で翻訳を開始した(この江守訳は、のちに劇書房から刊行された。上演は別翻訳)。
 だが、その間に、松竹が上演権を獲得してしまう。主演(サリエリ役)は九世松本幸四郎(現・二世松本白鷗 )。そしてなんと、江守さんにモーツァルト役のオファーが来た。
「正直言って悩みました。この作品に惚れ込んだ以上、やはりサリエリ役をやりたいと思っていましたから」
 しかし、考えた末、江守さんはモーツァルトを演じる決意をする。コンスタンツェ役は藤真利子。
 1982年6月、サンシャイン劇場での初演だった。

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【コラム】富樫鉄火のグル新 第236回 よみがえるサリエリ(中)

(前回よりつづく)
 わたしに、「作曲家」サリエリの魅力を教えてくれたのは、脚本家・作家の山崎巌さん(1929~1997)だった。
 巌(がん)さんは、日活のベテラン脚本家だった。小林旭主演の「渡り鳥」シリーズを筆頭に、『赤いハンカチ』などの裕次郎もの、さらには『こんにちは赤ちゃん』『大巨獣ガッパ』『ハレンチ学園』など、100本以上を書いた。後年はTVに舞台を移し、『プレイガール』『遠山の金さん捕物帳』『大江戸捜査網』など、とにかく娯楽シナリオを書かせたら右に出るものなき職人だった。
 そんな巌さんが、後年、小説を書くようになり、わたしが担当編集者になった。

 1990年代初頭、オーディオ音声ドラマ(カセット)で、ピーター・シェファーの『アマデウス』を制作することになったが、音声ドラマ台本のいい書き手が見つからず、困っていた。音声ドラマとは、耳で聴くものなので、映像台本とはちがった技法を要するのだ。
 あるとき、巌さんと食事しながら、その話をしたら、「それ、ボクに書かせてくれませんか」という。びっくりした。
 たちまち、夜霧にむせぶ横浜港が思い浮かんだ……。

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【コラム】富樫鉄火のグル新 第235回 よみがえるサリエリ(上)

 昨年、ナショナル・シアター・ライブ(英国立劇場の舞台映像)で『アマデウス』(ピーター・シェファー作、マイケル・ロングハースト演出)を観た。わたしは、それまで、この芝居を、日本版の舞台と、映画版(1984年/ミロス・フォアマン監督)でしか、観たことがなかった。どちらも何回も観ているが、ロンドンのオリジナル版舞台は、初めてだった。

 そのロンドン版で驚いたのは、全編、観客が大笑いしながら観ていることだった。日本版では、笑いが出る個所もあるが、おおむね息を詰めて観ている。全体に深刻な物語だとの印象が強い。特に、ラストで、サリエリが「わたしは、これから、あらゆる凡庸な人々の守り神になる」と宣言する場面では、ジワリと涙を流す観客もいる。

 ところがロンドン版では、ここでドッと最大の笑いが起きるのだ。
 その笑い方には「サリエリって、バカじゃないの」と、あきれ返ったような空気すら感じた。
 むかし、ドリフターズのコントで、クライマックスになると上から巨大なタライが落ちて来て、頭に喰らった加藤茶が目を回してひっくり返るパターンがあり、そのたびに我々は「また出た! バカバカしいなあ」と思いながら笑っていたものだが、あれに近いものを感じた。

 要するにオリジナル版『アマデウス』は、ドタバタお笑いコメディなのだ。

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