「グル新」カテゴリーアーカイブ

【コラム】富樫鉄火のグル新 第277回 第1回大島渚賞

 わたしが初めて観た大島渚の映画は『ユンボギの日記』(1965)だった。1970年、小学校6年生のときだった。中野公会堂で、山本薩夫監督の記録映画『ベトナム』(1969)と2本立てだった。反戦団体による自主上映会だったと思う。原作本が、学校の図書室にあったので、題名だけは、前から知っていた。親友のオカモトくんと2人で行った。もちろん、自主的に行ったのではなく、担任の先生に薦められたのだ(当時の中野区は革新区政で、日教組全盛時代だった)。先生から無料入場券のようなものをもらったような気がする。

 これは、朝鮮戦争後の韓国における、貧困少年の日常を描く、フォト・ドキュメントである。小松方正のナレーションが強烈で、何度となく「イ・ユンボギ、君は10歳、韓国の少年」と執拗に述べられる。それが脳内にこびりついてしまい、「オカモトヒロト、君は12歳、中野の少年」などとからかいながら帰ったものだ。
 しかし、なにぶん全編がモノクロ写真静止画なので、小学生にはつらく、観ていて「なんだ、動かない映画なのか」と、がっかりした記憶がある

 ところが、大人になって、関連資料を読んで驚いた。あの写真は、

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【コラム】富樫鉄火のグル新 映像に頼らなかった『ナウシカ』

 新型コロナ禍で、のきなみコンサートや芝居が中止になっているが、映画館は、なんとか開館しているところが多い。そこで、METライブビューイングで、ベルクのオペラ《ヴォツェック》を観てきた。
 《ヴォツェック》といえば、1989年のウイーン国立歌劇場の来日公演が、忘れられない(クラウディオ・アバド指揮、アドルフ・ドレーゼン演出)。舞台セットもリアルで、「現代演劇」を思わせる、素晴らしい上演だった。
 今回のMET版は、“ヴィジュアル・アートの巨匠”ウィリアム・ケントリッジの演出。このひとは、METでは、ショスタコーヴィチ《鼻》、ベルク《ルル》につづく3回目の登場である。毎回、抽象的なセットを組み、不思議なドローイング・アニメを舞台全体に投影する。ああいうのを「プロジェクション・マッピング」と呼ぶのだと思う。
 しかし、わたしのような素人にはどれも同じに見え、過去2作と、大きなちがいを感じなかった。常に舞台全体になにかゴチャゴチャしたリアル映像が投影されているので、演技や歌唱にも没入できなかった(主演歌手2人は素晴らしかった)。

 最近の芝居は、舞台上にリアルな映像を投影する演出が多い。

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【コラム】富樫鉄火のグル新 第274回 オペラ《疫病流行時代の祝宴》

 ロシア5人組のひとり、セザール・キュイ(1835~1918)は、軍人が本業で、作曲はあくまで余技だった。だが彼は、5人組のなかではもっとも長寿で(ロシア帝国時代に生まれ、ソ連成立直後に83歳で亡くなった)、膨大な数の作品を残している。
 一般クラシック・ファンに知られる作品は少ないが、そのなかに《疫病流行時代の祝宴》なる恐ろしい題名のオペラがある(《ペストの時代の祝宴》などの邦題もあり)。
 1901年初演、30分ほどの、1幕ミニ・オペラである。

 原作はプーシキンの戯曲だ(邦題『ペスト蔓延下の宴』もあり)。
 元ネタはスコットランドの作家、ジョン・ウィルソン(1785~1854)の戯曲『ペストの都市』全3幕で、このなかの1場を取り上げ、書き換えたという。
(余談だが、プーシキンの原作は、「小さな悲劇」と題された4部作シリーズのなかの第2部。第1部にあたるのが、『アマデウス』の元ネタとなった『モーツァルトとサリエーリ』で、これはリムスキー=コルサコフがオペラ化している。第4部『石の客』もダルゴムイシスキーがオペラ化した)

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【コラム】富樫鉄火のグル新 第273回 課題曲《龍潭譚》余聞

 この1月、全日本吹奏楽連盟の事務職員2名による使い込み(10年弱の間に1億5000万円!)が発覚した。まったくひどい話で、大半が未成年相手である吹奏楽振興の一翼を、このような組織が担っていたのかと思うと、暗澹となる。その後、全日本アンサンブルコンテスト(全国大会)が新型コロナ対策で中止となった。そのほか多くのコンサートやイベントも中止になった。どこもたいへんだが、吹奏楽界も踏んだり蹴ったりである。初夏にはコンクール予選がはじまる地方があるが、果たして問題なく運ぶのか、少々心もとない。

 今年は、課題曲5曲のなかに、《龍潭譚》[りゅうたんだん](佐藤信人作曲)なる曲がある。文学ファンならおなじみ、泉鏡花の同名短編小説をもとにした曲だ。

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【コラム】富樫鉄火のグル新 第272回 イヤホンガイド、大好き

 わたしは、文楽に行くと、必ずイヤホンガイドをつかう(歌舞伎では、あまりつかわない)。
 そのことを知己に話すと、意外な顔で「いまさら筋なんか、わかってるでしょう」と言われる。
 だが、筋を知りたくてつかうのではない。イヤホンガイドは、筋書にも出ていない、実に面白い解説をしてくれるのだ。

 たとえば、今月(2月)の国立小劇場〈野崎村〉、お染登場のシーンで、こんな解説があった(記憶で書くので、細部は正確ではない)。
「振り袖姿のお染が、背中の襟のあたりに、なにか付けております。これは通称〈襟袈裟〉などと申しまして、髪の油が垂れて、着物が汚れるのを防ぐものでございます。これを着用しているのは、良家の子女の証しでございます」
 
 また〈勧進帳〉では、
「ここで三味線の鶴澤藤蔵にご注目ください。たいへん珍しい弾き方です。これは、三味線で琵琶の響きを模倣しております」
 
 さらに今月は、六代目竹本錣太夫(もと津駒太夫)の襲名披露があったので、幕間に、ご本人のインタビューが流れた。大学時代にテレビで文楽を観て感動し、津太夫に入門したのだという。「テレビ」がきっかけで文楽の世界に入ったなんて、知らなかった。

 株式会社イヤホンガイド(旧名・朝日解説事業株式会社)は、1975年、朝日新聞の記者だった久門郁夫によってはじまった(創設当初の興味深いエピソードがHPで紹介されている)。このとき協力したのが、古典芸能評論家の小山観翁さん(1929~2015)である。
 わたしは、生前の小山さんに、そのころのお話をうかがったことがある。

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【コラム】富樫鉄火のグル新 第271回 ザンデルリンク「しごき」二代

 東京佼成ウインドオーケストラ(TKWO)の第147回定期演奏会が終わった(2月15日、東京芸術劇場にて)。

 今回は、名匠トーマス・ザンデルリンク(同団の特別客演指揮者)によるショスタコーヴィチ特集で、《祝典序曲》(大橋晃一編/新編曲初演)、《ジャズ組曲》第2番(ヨハン・デメイ編)、交響曲第5番(伊藤康英編)の3曲が演奏された。
 当日のプログラム解説にも書いたのだが、ザンデルリンクは、ショスタコーヴィチと直接交流をもっていたひとである。そういうひとが、当のショスタコーヴィチ作品を、日本で、「吹奏楽」で指揮するとあって、なかなか貴重な演奏会だった。特に第5番はたいへんな力の入りようで、歯ぎしりをしながら聴き入った。

 終演後、短時間ながらインタビューする機会があったのだが、TKWO以前には「吹奏楽を指揮したことはなかった」のだという。初共演は2011年2月で(東日本大震災の1か月前だ)、これが吹奏楽初体験だった。

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【コラム】富樫鉄火のグル新 第270回 映画『パラサイト』について

 韓国映画『パラサイト 半地下の家族』が、米アカデミー作品賞ほかを受賞し、話題になっている。
 昨年、カンヌ映画祭でパルムドール(最高賞)を受賞していたとあって、わたしは、封切早々に観た。そして、後味の悪い、なんとも嫌な気分になり、「こういう映画がカンヌで最高賞を取る時代になったのか」と、妙な思いにとらわれた。
 その後、米アカデミー賞の主要部門にノミネートされ、「脚本賞や国際長編映画賞(旧・外国語映画賞)の可能性はあるかもしれないが、作品賞は無理だろう」と思っていた。ところが、それらすべてを受賞し、監督賞まで受賞した。
 どうやら、わたしの見方は誤っており、作品をちゃんと評価していなかったのだと反省した。
 しかし、どうも納得できなかったので、鑑賞済みの知人(韓国映画のファン)に、わたしの感想を話してみた。すると意外なことに、「実は、わたしもそう思っていた。あまりに評判がいいので、口にしにくかった」とのことだった。
 そこで、嘲笑されるのを覚悟で、書きとめておく。

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【コラム】富樫鉄火のグル新 第269回 『カサンドラ・クロス』と『ペスト』

 まったくの雑談であります。
 昨今の新型肺炎の騒ぎで、ある世代より上に、映画『カサンドラ・クロス』(ジョルジ・パン・コスマトス監督、1976年)を思い出したひとも多いと思う。1970年代に大流行したパニック映画のひとつで、欧米の大スターが大挙出演、世界中で大ヒットした。
 ジェリー・ゴールドスミス(1929~2004)の音楽も素晴らしく、彼の代表作のひとつといっても過言ではないと思う。

 ジュネーヴのWHO本部に、3人のテロリストが侵入し、ガードマンと銃撃戦になる。2人は射殺されるが、残る1人が、実験用にアメリカが保存していた強力な細菌兵器の容器を破壊してしまい、感染したまま逃走する。その男が、ストックホルム行きの大陸横断鉄道へ乗り込んだことから、事態は深刻化する。

 列車には1,000人もの乗客がいた。やがて犯人に症状があらわれ、あっという間に死亡する。おそろしい感染力と威力だった。乗客にも、次々と症状があらわれる。
 焦ったアメリカ政府は、列車を密閉封鎖し、ポーランドの廃線に追い込む。その先にはすでに朽ちかけた「カサンドラ・クロッシング橋梁」がある。事故に見せかけて、列車もろとも渓谷に落下させて闇に葬ろうというのだ。
 それを察知した乗客たちは、結束して、なんとか「カサンドラ・クロッシング」を回避しようと奮闘するのだが……。

 途中、ニュルンベルク駅で、深夜に止められた列車が、完全防護の兵士たちによってすべての窓やドアを密閉、完全封鎖されるシーンがある。CGのない時代、手づくりの実写で撮影された画面は、まさに最近、ニュース映像で見る中国や、足止めクルーズ船の風景にそっくりで、映画の予言性に驚かされた。

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【コラム】富樫鉄火のグル新 268回 映画『キャッツ』は、そんなにひどいのか【後編】

【前回よりつづく】
 要するに、この映画は、脳内補完を拒否する、「人類が初めて観るヴィジュアル」をつくりだしてしまったのだ。よって原作舞台を知らないひとにとっては、ますます拒否感が強くなり、受け入れにくかったにちがいない。
 だが原作舞台に慣れたひとは、いままでずっと脳内補完しながら観てきたので、この映画も、なんとか「新たなキャストと演出による、最新プロダクションのひとつなのだ」と思って観る余裕が、残っている。
 CG合成の猫人間が気持ち悪いというが、原作舞台で、目の前で観る猫役者のメイクも、そうとう無茶なもので、初演時、ずいぶん嘲笑されていたものだ。わたしも初演時、?然となった覚えがある。しかし、いまでは誰もが脳内補完で乗り切るワザを身に着けているので、笑うものなどいない。
 だから、映画肯定派は、原作舞台を知るひとに多いはずだ。

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【コラム】富樫鉄火のグル新 第267回 映画『キャッツ』は、そんなにひどいのか【前編】

 映画『キャッツ』の評判が、よくない。
 特に海外での評価の低さは尋常ではなく、IMDbでは2.8点(10点満点)、Rotten Tomatoesの満足度も20%の低さだ(1月28日現在)。「2019年最悪映画の1本」の評価もあるらしい。
 興行的にも大失敗で、製作費の回収も、とうてい覚束ないようである。
 わたしも長年のファンのひとりとして、さっそく観たのだが(字幕版、吹替版ともに)、これは極端なまでに「観客を選ぶ映画」である。原作舞台にどれだけ理解があるかで、受け止め方が変わる、やっかいな映画だと感じた。
 今回はすこし長くなるが、2回に分けて、書きとめておきたい。

 この映画は日本でも、多くの観客が戸惑ったようだ。SNS上にあふれる疑問・不満をざっとまとめると、こうなる。

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