「グル新」カテゴリーアーカイブ

【コラム】富樫鉄火のグル新 第184回 ナクソス30周年記念ボックス

約20年前、ある音楽雑誌を起ち上げた際、真っ先に飛んできてくれたレコード会社が2社あった。
どちらも、雑誌の詳しい内容も聞かず、広告の年間出稿を申し出てくれた。
うれしくて涙が出た。
そのうちの1社が、ナクソス・ジャパンである(正確には、当時の日本総代理店「アイヴィ」)。

あるとき、同社のN社長から、1枚のFaxを見せられたことがある。
レコード業界団体から小売店に発信されたらしい文書で、「最近、香港で製作された安価なCDが大量に輸入されているので、扱いに注意してほしい」といった主旨だった。

明らかにナクソスを指していると思われた。

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【コラム】富樫鉄火のグル新 第183回 書評『コンスタンツェ・モーツァルト「悪妻」伝説の虚実』

先日、居酒屋のテレビでニュースを見ていた隣席のオヤジが「また森友学園かよ~。日本人は飽きっぽいねえ。すぐ新しい話題に飛びつく。トランプとか金正男は、どうなっちゃったのよ~」とブツブツ言っていた。

そしてガリ・サワーなぞを呑みつつ「昨日まで天皇陛下万歳だったのに、敗戦になるや否や、民主主義礼賛になった国民だからな~。こんなもんかな~」などと日本人の変わり身の早さに呆れているのであった。

確かにそういう面もあるかもしれないが、これらの話題には共通点がある。
トランプも金正男も森友学園も、すべて「家族」がキイワードなのである。

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【コラム】富樫鉄火のグル新 第182回 「教育勅語のすすめ」

いま話題の森友学園が運営する幼稚園では、「教育勅語」を園児に朗読だか暗誦だかさせるそうである。
「教育勅語」と聞くと、忘れられない思い出がある。

わたしは、1970年代からの約10年間(中学~高校~大学の時期)、テレビ番組「題名のない音楽会」の定期会員となって、公開録画の8~9割がたに通った(隔週金曜日夜、渋谷公会堂にて)。
もちろん、作曲家の黛敏郎(1929~1997)が企画・司会をつとめていた時期である。

1977年、この番組で「教育勅語のすすめ」と題する公開録画があった。

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【コラム】富樫鉄火のグル新 第181回 <古本書評②>『悉皆屋康吉』舟橋聖一

まず、内容よりも、本書の成り立ちからご紹介したい。

これは8章構成の連作小説である。
舟橋聖一(1904~1976)は、昭和16(1941)年から、ほぼ1年に1章ずつ、複数の文芸誌を舞台に本シリーズを書き継いできた。
だが昭和16年といえば太平洋戦争が始まった年である。
次第に「文芸」どころではなくなり、昭和19年1月、前半部(「巻の四」まで)を発表したところで一時中断、残りは「書下ろし」で単行本化の際に加えることにした。
(このあたり、『細雪』の成立過程に似ている)

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【コラム】富樫鉄火のグル新 第180回 <古本書評>『神話をつくる人たち』共同通信社

書評といえば普通は新刊が対象で、古書の書評なんて、あまり聞いたことがない。
だが、初めて読むのであれば、絶版古書だって、読み手にとっては新刊である。
近年、「アマゾン・マーケットプレイス」や「日本の古本屋」の充実で、目的の古書を入手しやすくなった。
だったら、古書の書評があってもいいのではないか。

1970年代から90年代にかけて、FM情報誌は4誌が競っていた。
ポップスに強かった「週刊FM」(音楽之友社)。
オーディオ情報と音楽家伝記マンガが売りだった「FMレコパル」(小学館)。
鈴木英人のイラストによるカセット・ラベルが付いていた「FM STATION」(ダイヤモンド社)。

そしてわたしが好きだったのは、クラシック情報が多い「FM fan」(共同通信社)だった。
同誌は「読み物」が充実しており、特に志鳥栄八郎の「わたしのレコード・ライブラリー」は、毎号、舌なめずりしながら読んだものである。

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