「グル新」カテゴリーアーカイブ

【コラム】富樫鉄火のグル新 第190回 富岡八幡宮のガムラン

ずいぶん前のことだが、深川の八幡さま(富岡八幡宮)へ行ったら、境内でガムランを演奏(練習)しているひとたちがいて、びっくりしたことがある。あの独特の金属音が、敷石の地面や周囲の建物、木々に反響して、すばらしい響きだった。

あとで聞いてみたら、「深川バロン?楽部」なる、アマチュアのガムラン演奏団体で、毎年、富岡八幡宮の夏の例大祭では、奉納演奏をしているのだという。確か、楽器類の倉庫も境内にあり、八幡宮が全面的にバックアップしてくれているというような話だった。

後日、その奉納演奏に行ってみたら、想像をはるかに上回るレベルと迫力で、またまたびっくりしてしまった。

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【コラム】富樫鉄火のグル新 第189回 キルギスの民族音楽

キルギス共和国の民族音楽を初めて実演で聴いた。

同国のアンサンブル「オルド・サフナ」の、東京音楽大学付属民族音楽研究所における公開講座である(11月22日、同大学にて)。同研究所のキルギス人講師、ウメトバエワ・カリマンさんの解説で進行した。

中央アジアに位置するキルギスのひとびとは、元来が遊牧民族で、自然の中で暮らしていた。そんな彼らが奏でる音楽だから、大音量の、野性的な音楽を予想したが、そうではなかったので、意外だった。同研究所はガムランの紹介や指導でも有名だし(これぞ大音響民族音楽の極み)、ショスタコーヴィチの《ロシアとキルギスの民謡の主題による変奏曲》などで得ていた先入観のせいもあった。

ところが、音量はたいへん控えめで、音楽内容も極めて上品だったのだ。

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【コラム】富樫鉄火のグル新 第188回 文学座アトリエ公演『冒した者』

創立80周年を迎えた文学座が、意欲的な記念公演をつづけている。今月は、三好十郎作『冒した者』が上演された(演出=上村聡史/文学座アトリエにて、9月19日観劇)。

昭和27年7月に劇団民藝が初演した芝居である(演出=岡倉史郎・三好十郎)。当時の出演は、滝沢修、宇野重吉、清水將夫、細川ちか子、奈良岡朋子――とある。民藝は、この年だけでも5~6本の映画製作に参加しており、上記役者たちのほとんどがそれらに出演している。そのかたわら、これほど重量級の芝居を初演していたことに驚かされる。

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【コラム】富樫鉄火のグル新 第187回 なかった昔にもどる

「現代思想」7月臨時増刊号は、人類学者・中沢新一の責任編集で「総特集・築地市場」を組んでいる。最近、もっとも面白く読んだ雑誌だった。

この中で、世界的なチェリストで指揮者のムスティスラフ・ロストロポーヴィチ(1927~2007)のエピソードが紹介されている。彼はたいへんな築地市場ファンで、来日のたびに訪れ、セリに聴き入って「これが日本のオペラだ」と感動していた。これは親日家スラヴァ(彼の愛称)を象徴するエピソードとしてよく知られた話なのだが、そもそもなぜ、思想誌「現代思想」が、築地市場を特集したのだろうか。

先日、なじみの料理屋のご主人が築地市場へ仕入れに行くのに、同行させてもらった。そこで感じたことは、築地市場の、動線設計の見事さだった。

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【コラム】富樫鉄火のグル新 第186回 作曲家ヒューゴ・アルヴェーン

先日、東京国立近代美術館フィルムセンターで開催された「EUフィルムデーズ2017」で、デンマーク・スウェーデン合作映画『マリー・クロヤー 愛と芸術に生きて』を観た(ビレ・アウグスト監督、2012年)。
2月の「トーキョーノーザンライツフェスティバル2017」(北欧映画祭)でも上映されたばかりだ。

19世紀末のデンマークの画家、ペーダー・セヴェリン・クロヤー(1851~1909)の妻、マリー・クロヤー(1867~1940)の物語である。
彼女自身も画家であり、かつ夫クロヤーの重要なモデルであった。
だがこの夫は精神に異常を来たし、さんざん家族を苦しめる。
映画は、そんな夫に翻弄される妻マリーの苦悩を描く。

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