「グル新」カテゴリーアーカイブ

【コラム】富樫鉄火のグル新 第255回 そこにいるだけで

八千草薫さんが亡くなった。昭和6年生まれ、享年86。
 この年代は、日本映画史を彩る大女優が多い。同年生まれに、山本富士子、香川京子、千原しのぶらがいる(1年下の昭和7年生れには、有馬稲子、岸恵子、久我美子、渡辺美佐子、久保菜穂子など)。
 男優もそうそうたる顔ぶれで、特に、いまは亡き高倉健、市川雷蔵も昭和6年生まれだ。

 その市川雷蔵と(おそらく)唯一の共演作が『濡れ髪剣法』(昭和33年、大映/加戸敏監督)で、わたしは「八千草薫」の4文字を見るたびに、この映画を思い出す。
 大映の「濡れ髪」シリーズは、雷蔵がバカ殿や坊ちゃん侍を演じるコメディ時代劇だが、チャンバラやドンデン返しなど、締めるところは締める立派なエンタメ時代劇である。たしか4~5本つくられたはずで、一般には、京マチ子と共演した『濡れ髪牡丹』(昭和36年、大映、田中徳三監督)が傑作と称されている。
 だがわたしは、シリーズ第1作『濡れ髪剣法』で鶴姫を演じた八千草薫の、心臓が止まるかと思うほどの可憐さが忘れられない。こればかりは映画を観ていただくしかないが、たいした芝居をしているわけではないのに、そこにいるだけで、スゴイのである。

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【コラム】富樫鉄火のグル新 第254回 芸能山城組の『AKIRA』

 大友克洋の漫画『AKIRA』は、1982年に連載がはじまった(一時中断を挟んで1990年に完結)。ものがたりの舞台は2019年、第3次世界大戦後の東京。翌2020年には東京オリンピックが開催される設定になっていた。当時は、ずいぶん先の話だなあと思っていたが、ついに現実が追いつき、漫画同様にオリンピックが開催されることになった。
 つまり、今年はまさに『AKIRA』の年なわけで、そのせいか、再上映のほか、実写映画やアニメ版リメイクの製作発表など(過去にもその種の発表は何度かあったが)、いくつかの話題がつづいた。

 漫画『AKIRA』が、原作者自らの監督で、大作アニメ映画となって公開されたのは1988年だった。当時、まだ原作は完結していなかったので、いささかダイジェスト的な構成になっていた。それでも、「最後の手描き大作アニメ」と呼ばれただけあり、クライマックス、鉄雄の“変貌”や、AKIRAの覚醒シーンは、CG以前の、独自の魅力にあふれていた。
 だがそれ以上に驚いたのは、音楽を「芸能山城組」が担当したことだった。

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【コラム】富樫鉄火のグル新 第253回 「させていただく」

 学生時代、山田稔『スカトロジア 糞尿譚』(講談社文庫、1977/原著は未来社刊、1966)を読んで仰天した。オシッコ、ウンコ、垂れ流し、オナラ、トイレ……について、西洋文学でどう扱われているかを集めて考察した、すさまじい文芸エッセイだった(本書で、わたしは、スウィフトの『ガリヴァー旅行記』が世界最高の“スカトロ文学”であることを知った)。
 知性と品のある文章も忘れられない。著者・山田稔(1930~)は、仏文学者である。バルザック、ゾラ、フローベールなどの翻訳者として知られる。岩波文庫の名著『フランス短篇傑作選』は、このひとの訳編である(実に面白いセレクションなので、一読をお薦めする)。
 だがもうひとつ、山田稔は短篇小説作家、そして名エッセイストでもある。『コーマルタン界隈』(河出書房新社、1981/現・編集工房ノア)で芸術選奨文部大臣賞を、『ああ、そうかね』(京都新聞出版センター、1996)で日本エッセイスト・クラブ賞を受賞している。

 そんな山田の自選集の刊行が始まった(『山田稔自選集1』編集工房ノア)。
 さすがに何重ものフィルターを通過してきたような名エッセイばかりで、わたしが講師をしているエッセイ教室でもさっそくテキストにしたほどだ。

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【コラム】富樫鉄火のグル新 第252回 信長貴富編曲〈ヨイトマケの唄〉

 以前より興味があった合唱曲を、(一部だが)ようやく実演で聴くことができた。
 信長貴富編曲の、《若者たち~昭和歌謡に見る4つの群像》である。〈戦争を知らない子供たち〉(1971年)、〈拝啓大統領殿〉(1968年)、〈ヨイトマケの唄〉(1965年)、〈若者たち〉(1966年)の4曲を合唱に編曲した組曲だ。原曲は混声合唱なのだが、YouTubeに男性合唱版がアップされており、わたしは、それでしか知らなかった。

 このYouTube映像はなかなか衝撃的で、東京のアマチュア男声合唱団「お江戸コラリアーず」の定期演奏会(男声版の委嘱初演)らしいのだが、信長アレンジの面白さ、男性合唱の迫力などが十二分に伝わってきて、何度観ても飽きない。
 ちなみに、「お江コラ」とは、全日本合唱コンクール(全国大会)で、何度となく金賞を獲得している超強豪団体である。吹奏楽でいうと、東京隆生吹奏楽団とか、ブリヂストン吹奏楽団久留米などに匹敵する実力派だ。

 で、――9月1日(日)、文京シビックホールにおける、恒例の東京都合唱コンクール=中学高校の部(全国大会予選)に行ったら、彼らがゲスト出演していたのである。

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【コラム】富樫鉄火のグル新 第251回 《ブリュッセル・レクイエム》

 今年も、東京都高等学校吹奏楽コンクール(いわゆる“都大会の予選”)のA組に4日間通って、全67団体の演奏をすべて聴いた(コンクール全体では、のべ286団体が出場)。
 今年のA組は、ベルト・アッペルモント作曲《ブリュッセル・レクイエム》が大人気だった。4団体が演奏し、そのうち3団体が代表金賞を獲得して、都大会(全国大会予選)に進んだ(東海大学菅生高校、駒澤大学高校、都立墨田川高校/念のため、都大会の高校の部には計12団体が出場する)。

 《ブリュッセル・レクイエム》は、ベルギーの人気作曲家、ベルト・アッペルモント(1973~)が、オーストリアのBrass Band Oberosterreichの委嘱で作曲した「ブラスバンド」曲が原曲である。2017年4月に全欧ブラスバンド選手権で初演された。その後、吹奏楽版やファンファーレ・バンド版も出版された。約16~17分の曲だ(日本のコンクールでは演奏時間規定がもっと短いので、7分前後で抜粋演奏される)。
 ブラスバンド曲の吹奏楽版は、難曲が多い。ピーター・グレイアムの《ハリソンの夢》《メトロポリス1927》、フィリップ・スパーク《ドラゴンの年》《オリエント急行》《陽はまた昇る》……すべてブラスバンド原曲である。全英/全欧ブラスバンド選手権などの最上級部門の課題曲や自由曲として作曲されたものも多い。

 曲のモチーフは、2016年3月22日に発生した、ブリュッセル連続テロ事件である。

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【コラム】富樫鉄火のグル新 第250回 佐伯茂樹さんと牛友カレー

 古楽器演奏家で、音楽評論・楽器研究家の佐伯茂樹さんが亡くなった(享年58)。
 
 佐伯さんとわたしは、ほぼ同年だった。雑司ヶ谷の居酒屋Nで、よく呑んだ。
 もう10年くらい前。呑んでいると、「ベートーヴェン《運命》冒頭のジャジャジャジャーンが、鳥の鳴き声だって、ご存知でしたか」という。さらに「《田園》は、死がモチーフの縁起悪い曲なんですよ」など、次々に独自の“解釈”を披露してくれる。
 あまりに面白かったので「その種の話を集めて新書にしよう」と盛り上がった。さっそく、ほかのネタもいくつか聞き出して、《名曲に秘められた暗号~《運命》は鳥の鳴き声だった!》と題して、仕事先の企画会議に提案し、GOサインが出た。
 ところが、やがて佐伯さんから原稿がとどきはじめると、少々、困ってしまった。確かに、酒場で聞いたような、面白い話もあった。ラヴェル《ボレロ》におけるトロンボーンやサクソフォンのソロの裏話など、目からウロコが落ちた。

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【コラム】富樫鉄火のグル新 第249回 映画『天気の子』

 明治生まれのわたしの祖母は、人気絶頂のピンクレディーやキャンディーズをTVで観ては、「みんな同じに見えて、どれがどの子だか、わからないよ」と、よく苦笑していた。
 当時、中高生だったわたしは、さすがに顔と名前の区別がついたが、先日、話題のアニメ映画『天気の子』(新海誠監督)を観て、祖母の戸惑いがわかるような気がした。わたしは、あのアニメの登場人物たちを見ていて、時折、区別がつかなくなった。みんなひょろ長い手足で、目が大きく、ジャコメッティの人物彫刻が薄皮をまとって動いているような、画一化されたキャラクターばかりである。
 わたしは、この監督の作品は、前作『君の名は。』を含めて2~3本しか観ていないのだが、すべて観てきた知人にいわせると、もともと新海誠作品にはキャラクター設定がゆるいというか、あまり入れ込まない傾向があり、今回は、それがさらに顕著なのだそうだ。

 ところが、それに反して、周囲の風景や設定は驚くほど具体的なのだ。
 たとえば、ヒロインの少女が住んでいるアパートは、田端駅南口から不動坂に至る先にある。この周辺は、

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【コラム】富樫鉄火のグル新 第248回 昭和の神三神[かみがみ](1)三崎神社通り

 わたしは中野の生まれ育ちだが、すでに、神保町・三崎町・神楽坂で過ごした期間のほうが、長くなってしまった。そこでの思い出を話すと、時折、たいへん興味をもってくれるひとがいる。果たして、面白いのかどうか、わたしには何ともいえないが、昭和が“ふたむかし前”になったいま、こういう雑話も、たまには、いいかもしれない。
 この三か所を、頭文字をとって、わたしは勝手に「神三神」(かみがみ)と呼んでいる。

 現在、水道橋駅東口からすぐ、「三崎神社通り」にある、その名も「三崎稲荷神社」の並びに、現代的な東京歯科大学の水道橋校舎新館が建っている(先日、この病院で、最後のオヤシラズを抜いてもらった)。
 その向かいに、わたしの母校である日本大学法学部のコート(フットサル場?)がある。ビル街のど真ん中に、なんとぜいたくな空間かと一瞬驚くが、ここは数年前まで日本大学法学部の3号館だった。おそらくオリンピックが終わったら、新しい校舎を建てるのかもしれない。いま建てたら、工事ラッシュで高くつく。日本大学だったら、それくらいのことは考えるだろう。
 ここは、戦前まで、芝居小屋「三崎座」だった。明治からあった老舗劇場で、東京で初めての女優専用、いわゆる“女芝居”小屋として知られていた。神楽坂あたりから流れてくる客が多かったが、戦時中の空襲で焼失した。
 近くには、川上音二郎が出る「川上座」や、歌舞伎小屋「東京座」もあり、あわせて「三崎三座」と呼ばれていた。このあたりは、明治時代、陸軍用地の払い下げを受けた三菱財閥が、“東洋のパリ”を目指して、再開発をおこなった(外濠や内堀が近かったので、水の都のつもりだったのか)。その結果、三崎町は、芝居の街になったのだ。いまでも、よく歴史探訪街歩きツアーが、このあたりでレクチャーをやっている。

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【コラム】富樫鉄火のグル新 第247回 エレニ・カラインドルーを聴く

 わたしが好きな現代作曲家のひとりに、エレニ・カラインドルー(1939~、ギリシャ)がいる。
 彼女は、長年、テオ・アンゲロプロス監督の映画に音楽を寄せていた。ギリシャや中東の響きをベースに、人生の酸いも甘いもすべて呑み込んで慰撫するような、独特な曲想は、あの長回しの画面にピッタリだった。
 だが、2012年1月、アンゲロプロスは交通事故で不慮の死を遂げる。以来、このコンビの新たな「映像+音楽」を観られなくなったのが、残念でならない。

 エレニは、劇音楽も多く書いている。もちろん、ギリシャやヨーロッパの舞台なので、わたしは、観たことがない。しかし、そのいくつかがCD化されている(舞台カンタータ《ダヴィデ王》などもある)。それらを聴きながら、どんな舞台だったのだろうと、想像するのは楽しい。
 たとえばギリシャ悲劇『メデア』や『トロイアの女たち』(これは傑作! ぜひ交響詩にまとめてほしい)、『セールスマンの死』、『ヴァージニア・ウルフなんかこわくない』……そして、テネシー・ウィリアムズ『ガラスの動物園』。

 エレニが『ガラスの動物園』のために書いた曲のうち、〈トムのテーマ〉と〈ローラのワルツ〉の2曲がCD化(コンサート・ライヴ)されている。演奏には、ノルウェー出身の著名なサクソフォン奏者、ヤン・ガルバレクと、ヴィオラ奏者のキム・カシュカシヤンが参加している。

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【コラム】富樫鉄火のグル新 第246回 ”音楽映画”『COLD WAR あの歌、2つの心』

 2013年、渋谷イメージ・フォーラムでの「ポーランド映画祭」で『イーダ』(パヴェウ・パヴリコフスキ監督、2013年)を観た。あまりに素晴らしかったので、映画祭中、2回観た。翌2014年に日本で一般公開され、また2回観た。2015年には米アカデミー賞で最優秀外国語映画賞を受賞した。

 これはポーランドの戦後史というか精神史のようなものを、ひとりの少女(見習い修道女)を軸に描く映画なのだが、その素材のひとつに、ジャズが使われていた。戦後、ソ連の支配下にあったポーランドでは、ジャズは禁止されていた。そんな“敵性音楽”に出会うことで少女におきる変化を、モノクロの静謐な映像で美しく描いていた。
 ラストで、バッハの《われ汝に呼ばわる、主イエス・キリストよ》BWV 639(ピアノ版。たぶんブゾーニ編曲)が流れるのも見事な音楽演出だった。これほどバッハが効果的に流れる映画は、『木靴の樹』(エルマンノ・オルミ監督、1978年)以来ではないかと思われた。

 この監督の新作『COLD WAR あの歌、2つの心』が公開されている。再びポーランド戦後史が題材なのだが、『イーダ』以上に、音楽要素が強くなっており、事実上の“音楽映画”となっていた。

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