「グル新」カテゴリーアーカイブ

【コラム】富樫鉄火のグル新 第217回 書評『ベートーヴェン捏造 名プロデューサーは嘘をつく』

すでにかなりの絶賛書評が出ているうえ、増刷にもなっているようなので、いまさらの感もあるのだが、やはり、小欄でもご紹介しておきたい。

ベートーヴェンの弟子・秘書に、ヴァオリニストでもあったアントン・シンドラー(1795~1864)なる男がいたことは、ご存知の方も多いと思う。世界初の楽聖の伝記を著したことでも有名だ。後年のひとびとが知るベートーヴェン像の多くは、彼の証言によるところが大きい。

だが、いまでは、その多くが信用できず、かなりの問題人物だったということになっている。彼が記した、「運命はこのように扉をたたくのだ」(交響曲第5番の冒頭部について)、「シェイクスピアの『テンペスト』を読みたまえ」(ピアノ・ソナタ第17番について)などの楽聖の発言は創作だったらしい。メイナード・ソロモンの大著『ベートーヴェン』でも、こっぴどく書かれていた記憶がある。

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【コラム】富樫鉄火のグル新 第216回 《秘儀Ⅶ〈不死鳥〉》

2008年に浜松で開催された、第1回「バンド維新」における、西村朗《秘儀Ⅰ》には、ビックリしてしまった。なにしろこっちは、あまり程度の高いオツムではないので、タイトルからして、『エクソシスト』の悪魔払いや、『モスラ』のインファント島の儀式を想像していた。

ところが、これが当たらずとも遠からずで、作曲者本人の解説によれば、終結部は「旋回舞踊の興奮恍惚のきわみに至り、舞踊者 (シャーマン) はトランス状態で失神する」などと書かれていた。アマチュア(特に中高生)が主な対象と思われる新作発表の場で、「失神」音楽が披露されたのだ。小編成の吹奏楽で、これほど重厚かつ深淵な表現が達成できたことにも感動した。

実際、この曲は大好評だった。2014年の第7回「バンド維新」で、《秘儀Ⅱ~7声部の管楽オーケストラと4人の打楽器奏者のための》が発表された。さらに2015年度には、全日本吹奏楽コンクール課題曲として、委嘱作品、《秘儀III ~旋回舞踊のためのヘテロフォニー》が発表された。

そして昨2017年、第10回「バンド維新」で、《秘儀IV〈行進〉》が発表される。この第4弾は、今年度のコンクール自由曲としても大人気で、大編成向けに改訂して演奏する団体もあった。

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【コラム】富樫鉄火のグル新 第215回 御恩屋

いまさらこんなことを書くと「後出しジャンケン」だといわれそうだが、1999年にカルロス・ゴーンが日産に入社したとき、近来稀に見る悪人ヅラだと思って、びっくりした記憶がある。よく、こんな顔をした人間を日産のような大企業が迎えたものだと、逆に感心した。

当時、知人と呑み屋で、「あの顔のまま、時代劇の扮装をしたら、悪徳商人役ができそうだな」と話したのを覚えている。賄賂をおくった大名から「御恩屋、おぬしもワルよのう」とからかわれると「なんの、50億円くらい、いくらでもひねりだせますゆえ。フッフッフッ」とでも言いそうな顔だ。

しかし、大幅な人員削減や工場閉鎖、「Keiretsu」(系列会社)破壊はあったが、日産が抱えていた2兆円の有利子負債は、とにかく数年で消えた(もっとも辛口評論家にいわせると、こういうコストカットは、1990年代初頭からどこの自動車メーカーも取り組んでいたのに、日産は遅すぎたのだという)。

ではその後、御恩屋の顔が善人ヅラになったかというと、それほど変わらなかったような気がする。

むかしから、人間を外見で判断してはいけないと言われてきた。だが、『人は見た目が9割』がベストセラーになったことからも察せられるように、やはり、顔には、内面が出るものだと思う。

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【コラム】富樫鉄火のグル新 第214回 手塚治虫 生誕90周年

1988年9月、ミラノ・スカラ座の来日公演があり、NHKホールで、プッチーニの《トゥーランドット》を観た(ロリン・マゼール指揮、フランコ・ゼッフィレッリ演出)。

第1幕後の幕間に、ロビーを歩いていたら、隅のほうに、手塚治虫先生がポツンと立っていた。驚いた。そのころ、先生は、体調を崩して入院中だと聞いていたからだ(あとで公表されるのだが、胃ガンだった)。

わたしは、先生の生前に、著書や作品の担当をしたことはないが、対談やインタビューで何度かお世話になっていた。しかも、出版編集の仕事に興味を持つようになった、おおもとのきっかけを与えてくださった方である。よく「漫画の神様」と称されるが、私自身にとっても神様のような方だった。

わたしはすぐに走り寄って、あいさつをした。顔色も暗く、やせて、なんとなく呆然としているように見えた。顔もひとまわり小さくなり、ベレー帽がゆるそうだった。これほどの方が、まわりに誰もいなくて、ひとりでポツンと立っているのも不思議だった。

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【コラム】富樫鉄火のグル新 第213回 最後の普門館

わたしが普門館へ初めて入ったのは、大学生だった1977年11月の全日本吹奏楽コンクール(全国大会)、および、カラヤン&ベルリン・フィル公演だった――と、あちこちに書いてきた。

ところが、先日、古い資料をひっくり返していたら、1973年の東京都大会のプログラムが出てきて、会場が「普門館」となっていて、驚いた。この年、わたしは中学3年だったが、まちがいなく、この大会を聴きに行っている。中学の部の課題曲、兼田敏《吹奏楽のための寓話》を演奏する豊島十中や赤塚三中をはっきり覚えているし、だいたい、実際に行ったからこそ、プログラムを購入できたはずである。

しかし、会場が普門館だったことは、まったく忘れていた。てっきり、杉並公会堂あたりだと勝手に思い込んでいた。記憶なんて、いい加減なものである。

そんな普門館が、ついに閉鎖・解体されるにあたっての、舞台の“一般開放”(11月5~11日)に行ってきた。

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【コラム】富樫鉄火のグル新 第212回 朝コンのライブビューイング

作家の池澤夏樹氏が、新刊『メトロポリタン歌劇場』(C・アフロン他著、みすず書房)の書評で、こんなことを書いていた。

「実を言うと、METに行ったことがない(だいたいニューヨークに行ったことがないのだ)。しかし、昨シーズンのMETの演目はぜんぶ見ている」(毎日新聞、10月28日付「今週の本棚」)

いうまでもなく池澤氏は、「METライブビューイング」で観ているのだ。わたしもよく行く。ニューヨーク現地のMETにも何度か行ったが、あまりに巨大で、いつも「遠くで何かやっていたなあ……」で帰ってくる。だが、ライブビューイング(LV)だと、隅々まで楽しめて字幕もあり、幕間の裏方事情も覗ける。その後、英ロイヤル・オペラ、パリ・オペラ座、英ナショナル・シアターなども続々とLVに進出している。

その波が、ついに日本にも伝播したか。

全日本合唱コンクール全国大会(全日本合唱連盟と朝日新聞社の共催。通称「朝コン」)が、中学・高校の部のみだが、昨年から、LVによる同時中継を開始した。

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【コラム】富樫鉄火のグル新 第211回 吹奏楽部の練習時間

10月14日付の産経新聞社会面に、こんな記事が載った。

《吹奏楽 練習5時間も/中高部活/文化庁、軽減目指す》

文化庁が、文化部活動の盛んな中高を対象にアンケートを実施、68校、359部から回答を得た。その結果、「吹奏楽部の約5割が土曜日に5時間以上活動するなど、一部で練習が長時間に及んでいることが分かった。コンクール出場に向けた準備などが理由とみられる」「学校が休みの土曜日に活動している部は、全体の約半数。吹奏楽部は27部のうち48.1%が、土曜の平均活動時間が5時間以上だった」。

ほかに(土曜5時間以上は)演劇部15.3%、美術・工芸部9.7%、合唱部5.9%なので、確かに吹奏楽部の練習時間は突出して長い。

だが問題は、この記事が「産経新聞」で、本文に「コンクール出場に向けた準備などが理由とみられる」とある点だ。どことなく、主催者の一社である朝日新聞がコンクールを盛り上げるあまり、練習時間が長くなった、と言いたげである。

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【コラム】富樫鉄火のグル新 第210回 ハンガリーの国民詩人

今年は、ハンガリーが、ハプスブルク家の支配(オーストリア=ハンガリー二重帝国)から独立してから100年目にあたる。

ハンガリーの作曲家といえば、古くはリスト、レハール、ドップラー、そしてコダーイ、バルトーク、さらには本コラムでも最近とりあげたリゲティなど、個性的なひとびとがそろっている。吹奏楽の世界では、レハール《メリー・ウィドウ》、バルトーク《中国の不思議な役人》、コダーイ《ハンガリー民謡「くじゃくは舞い下りた」による変奏曲》の3曲が特に有名だ。

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【コラム】富樫鉄火のグル新 第209回 他人に見せちゃいけない顔

文楽へ行くたびに、人形づかいは、よくあれだけの肉体労働をしていながら、無表情でいられるものだと感心する。
作詞家の阿久悠さん(1937~2007)は、かつてウェブサイトで「ニュース詩」を発表していた。その中に『金の年』と題する詩がある。こんな冒頭部だ。

「あるとき 父親に云われた/人間には/他人に見せちゃいけない顔が/五つある
飯をかっ喰う顔/便所で力みかえる顔/嫉妬で鬼になった顔/性に我を忘れる顔
そして もう一つ/金の亡者になった顔」
(『ただ時の過ぎゆかぬように 僕のニュース詩』より/岩波書店、2003年)

これは、2000年暮れ、「今年を表す漢字一字」として《金》が選出されたとのニュースを題材に書かれた詩である。

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【コラム】富樫鉄火のグル新 第208回 キューブリックとリゲティ

(承前/第206回より)
スタンリー・キューブリック(1928~99)は、ハンガリーの現代音楽作曲家、リゲティ・ジェルジュ(1923~2006)が大好きだった。

『2001年宇宙の旅』(1968)では《アトモスフェール》《レクイエム》《ルクス・エテルナ》《アヴァンチュール》(テープ加工)の4曲を使用している。『シャイニング』(1980)では《ロンターノ》を、遺作『アイズ・ワイド・シャット』(1999)では《ムジカ・リセルカータⅡ》を使用した。

数年前に、東フィルが定期でオール・リゲティのプログラムを組んだところ、あっという間に完売したことがある。これなど、明らかにキューブリックの影響だった(曲の大半が、映画『2001年』の使用曲。《ルクス・エテルナ》に至っては「無伴奏合唱曲」で、本来、オーケストラの定期公演の曲ではない)。BISレーベルが『1948-2001:A Ligeti Odyssey』なる、便乗入門CDをリリースしたのも、人気が衰えていない証拠だろう。

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