「グル新」カテゴリーアーカイブ

【コラム】富樫鉄火のグル新 第199回 日本大学フェニックス

1976年7月、新宿にあった東京厚生年金会館大ホールで開催された、日本大学吹奏楽研究会の定期演奏会には度肝を抜かれた。

ステージ・マーチング・ショーに、日本大学フェニックス(アメリカンフットボール部)が賛助出演したのだ。「アメフトのハーフタイム・ショーに吹奏楽が登場」するのならわかるが、「吹奏楽のコンサートにアメフトが登場」したのである。

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【コラム】富樫鉄火のグル新 第198回 天狗界の楽器事情~『仙境異聞』

この3月以降、ツイッター上で、ある岩波文庫が、たいへんな話題となっている。

平田篤胤著(子安宣邦校注)『仙境異聞/勝五郎再生記聞』である。広島の書店員の推薦ツイートが最初だとか、熱心なファンのツイートが最初だとか諸説あるらしいが、とにかく「そんな面白い本が岩波文庫にあったのか」と火がつき、全国の店頭から瞬時に消えた。

岩波書店の本は、原則として買い切り制で、返品できないので、これは書店にとって僥倖だった。

ところが同書を求める声は一向におさまらず、アマゾンの中古価格は、一時、6万円台にまでエスカレートした。岩波書店は、おっかなびっくり、増刷をはじめた。

同書の校注監修者・子安宣邦氏(日本思想史家)は、文春オンラインのインタビューで、次のように述べている。

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【コラム】富樫鉄火のグル新 第197回 ヴィヴァルディ本、3題

ヴィヴァルディに関する解説を読むたびに、2つの点が気になっていた。

アントニオ・ヴィヴァルディ(1678~1741)は、ヴェネツィアのピエタ慈善院(捨て子女子の保護養育施設)の付属音楽院における、司祭(神父)兼音楽教師だった。ここの院生は、ハイレベルな合奏・合唱団を結成しており、附属教会などで、ヴィヴァルディの楽曲を次々と初演していた。

いまでこそ女性だけの合奏団は珍しくないが、この当時、大衆的な見世物ならいざしらず、教会の中で、協奏曲や宗教曲を「女子楽団」が演奏するとは、どういうことだったのだろうか。確か、教会では女性が歌うことは歓迎されず、だから男声ファルセットやカストラートが生まれたのではなかったのか。下世話な見方だが、宝塚歌劇団のような美少女がズラリと並んでヴィルトゥオーゾを披露するのを、男どもが好奇の目で眺める、そんな場面があったのだろうか。

もう一点は、ヴィヴァルディが再評価(再発見)されたのは、極めて最近のことだったらしい点である。バッハが再発見されたとき、その大量の楽譜の中に、「ヴィヴァルディ」なる人物の楽曲を編曲したものがあったのだ。

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【コラム】富樫鉄火のグル新 第196回 TVアニメ『赤毛のアン』

1980年代末から90年代前半にかけて、アニメ関係の仕事に携わっていた時期がある。その中に、TVアニメ『赤毛のアン』(1979年放映)のアニメブック編集があった。アニメの画面をコマの中にはめこんでネーム(フキダシ)を加え、マンガとして楽しむ本である。フィルムコミックなどとも呼ばれた。

いまのようなパソコンやデジタル技術のない時代だったから、たいへんな作業だった。製作会社に全回のプリントを焼いてもらい、VHSビデオと台本と原作本を照らし合わせながら、コマ割り構成を組み立て、必要なカットをハサミで切り出し、版下に指定し、ネーム(セリフ)を写植で貼りつけていった(この煩雑な現場を見事に統括してくださったのが、ホラー漫画の巨匠、日野日出志さんだった)。

わたしは、このとき、初めて、アニメ『赤毛のアン』を観たのだが、その構成や演出に、驚いてしまった(初回放映時は、わたしは大学生で、さすがに観ていなかった)。

脚本・演出は、さきごろ逝去された、高畑勲監督である。回によっては、共同脚本・演出だが、ほぼすべての回に高畑監督がかかわっていた。ちなみにシリーズ前半の場面設定は宮崎駿監督である。

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【コラム】富樫鉄火のグル新 第195回 普門館、1977年11月

 わたしは、東京・中野の鍋屋横町~中野新橋あたりで生まれ育ったので、近隣の立正佼成会一帯(杉並・和田)は、子どものころから身近だった。よく自転車でいって、半ば遊び場にしていたし、佼成病院(当時は、中野・弥生町にあった)にも何度もお世話になった(妹、およびわたしの娘は、佼成病院でとりあげていただいた)。

よって、同地で普門館の建設がはじまり、出来ていく様子は、如実に覚えている。落成は1970年4月。わたしは小学校6年生。日本中が、前月に開会した大阪万博で沸き返っていた。

最初は、なにやら「丸い」「巨大な」建物ができるのだと思って見ていた。だが、次第に形になってくると、「丸い」のではなく、「8」の字を太らせたような形状で、しかも外壁は、いくつかの大きな「板」で囲まれているようだった(この「外壁」が全部で28枚あり、それが法華経の経典28品[ぼん]に由来することは、おとなになってから知った)。

その普門館に初めて入ったのは、1977年11月。しかも、4日(金)と16日(水)の2回、いっている。

11月4日(金)は、第25回全日本吹奏楽コンクール(全国大会)の初日で、夜、大学の部を聴きにいった(17時ころから開会式で、表彰式終了が21時過ぎだった)。あの《ディスコ・キッド》が課題曲だった年である。わたしは大学1年生になっていた。

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【コラム】富樫鉄火のグル新 第194回 東京アニメアワードフェスティバル2018

東京アニメアワードフェスティバル(3月9~12日)が、昨年から池袋の複数会場で開催されるようになった。共催には東京都が加わっている(最終日の授賞式には、小池百合子都知事も出席したらしい)。わたしは、若いころ、アニメ関係の仕事に少々携わっており、短編アニメや、ヨーロッパ作品が好きなので、海外作品のコンペ部門があるこういう映画祭はありがたい。

まず、3スロットにわかれた短編コンペティションの35本を観た。

ほとんどが3~10分前後の作品で、もっとも長いものでも20分だ。ただ、短編とはいえ1本の映画であることに変わりはなく、しかも音楽がべったり付いているので、目と耳がフル回転でクタクタになった(日本の「アニメ神」、90歳のクリヨウジさんは、かねてから「アニメは音楽で決まる」と断言している。だからクリ作品には、武満徹や一柳慧、オノ・ヨーコなど、錚々たるひとが音楽を付けていた)。

そのなかでは、日本の映像作家・大谷たらふが、エレクトロニカのSerph(さーふ)の曲《Feather》に寄せたミュージック・ビデオ(5分10秒)が、美しくて楽しかった。音楽にあわせて「線」が縦横無尽に動く、アニメ本来の姿を思い出させてくれた。

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【コラム】富樫鉄火のグル新 第193回〈古本書評〉後藤明生「マーラーの夜」

マーラーの交響曲のなかで、唯一、ナマ演奏で接したことがなかった、第7番(夜の歌)を、N響定期で聴いた(パーヴォ・ヤルヴィ指揮、2月11日、NHKホールにて)。これはとにかく分かりにくい曲で、若いころから何度となくフルスコアを眺め、いろんな音源を聴いてきたが、どうにも全体像がつめないまま、この歳になってしまった。それだけに、この機会を逃したら、もうチャンスはないかもしれないと思い、ええいままよ、と思い切って出かけてみた。

そうしたら、プログラム(月刊「フィルハーモニー」)に、以下のようなヤルヴィの言葉が載っていた。

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【コラム】富樫鉄火のグル新 第192回 耳嚢(みみぶくろ)

ジャン・アヌイ『アンチゴーヌ』の舞台を、たまたま、2つ、つづけて観た。

まず、日本大学芸術学部演劇学科の実習発表(2017年12月22日、日本大学芸術学部・北棟・中ホール)。ただし、演出はプロ(桐山知也)。スタッフ陣も学生だが、これらにもプロの指導が入った、学生演劇としてはかなりハイレベルの舞台である。

つぎが、PARCO制作による公演。主演:青井優、演出:栗山民也(1月16日、新国立劇場小劇場)。

翻訳が、前者は芥川也寸志、後者は岩切正一郎(新訳)で、セリフ回しはかなりちがう(芥川訳は1949年初演だが、全然古くない。いまでも十分、通用する)。
学生演劇とプロ公演を比べても意味がないのだが、それでもわたしは、前者の学生演劇のほうをずっと面白く観た。なぜなら、PARCO版は、舞台の半分近くが「見えなかった」のである。

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【コラム】富樫鉄火のグル新 第191回 映画『貴族の階段』

かねてから観たかった、映画『貴族の階段』(1959年、大映)をやっと観た(2月7日、池袋・新文芸坐にて)。

原作・武田泰淳、脚本・新藤兼人、音楽・黛敏郎、監督・吉村公三郎。

武田泰淳の魅力のひとつは、妙にとりとめのない展開にあるが(埴谷雄高は「悪文の名文」と呼んだ)、ここでは、その「とりとめのなさ」が、面白く物語化されていて、さすがは新藤兼人の脚本だと感心した。冒頭も、原作の有名な書き出し「今日は、陸軍大臣が、おとうさまのお部屋を出てから階段をころげおちた。あの階段はゆるやかで幅もひろいのに、よく人の落ちる階段である」そのままの場面から始まる。

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【コラム】富樫鉄火のグル新 第190回 富岡八幡宮のガムラン

ずいぶん前のことだが、深川の八幡さま(富岡八幡宮)へ行ったら、境内でガムランを演奏(練習)しているひとたちがいて、びっくりしたことがある。あの独特の金属音が、敷石の地面や周囲の建物、木々に反響して、すばらしい響きだった。

あとで聞いてみたら、「深川バロン?楽部」なる、アマチュアのガムラン演奏団体で、毎年、富岡八幡宮の夏の例大祭では、奉納演奏をしているのだという。確か、楽器類の倉庫も境内にあり、八幡宮が全面的にバックアップしてくれているというような話だった。

後日、その奉納演奏に行ってみたら、想像をはるかに上回るレベルと迫力で、またまたびっくりしてしまった。

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