「グル新」カテゴリーアーカイブ

【コラム】富樫鉄火のグル新 第331回 マリヤ・ユージナとスターリン(3)

 フランスのダルゴー出版社は1936年設立の老舗で、主に女性読者を対象とする出版社だった。その後、多角化を目指して変貌をとげ、いまではヨーロッパ有数の「バンドデシネ」(BD)グループとして成功している。
 BD(ベデ=バンドデシネ)とは、主としてフランス・ベルギーを中心とするユーロマンガ(ヨーロッパ産の漫画)の呼称で、文字要素が多くストーリー性の強い、絵物語に近いマンガをそう呼ぶ。英語圏では「グラフィック・ノヴェル」などとも呼ばれる。アメコミ(バットマン、アイアンマンなどのヒーロー物)とは一線を画し、文学的要素のある作品が多い。

 そのダルゴー社が2014年に刊行したBDが、Fabien Nury 作、Thierry Robin画による『La Mort de Staline』(スターリンの死)である。
 タイトルから想像できるように、これは、ソ連の独裁者・スターリン書記長の死と、その後継をめぐるドタバタぶりを描いた政治サスペンスである。絵も構成も真摯だが、マンガならではのカリカチュア精神もあり、コメディすれすれの内容になっている。
 日本語版は、2018年7月に、小学館集英社プロダクションから、大西愛子の訳で刊行された。ただし邦題は、(のちに述べる)映画邦題に合わせ、『スターリンの葬送狂騒曲』となった(以下、ネームの引用は、日本語版の大西訳による)。

 物語は、〈1953年2月28日 モスクワ・人民ラジオ局〉のスタジオからはじまる。

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【コラム】富樫鉄火のグル新 第330回 マリヤ・ユージナとスターリン(2)

 ユージナがスターリンのために弾いたモーツァルトの協奏曲第23番は、CD26枚組ボックス・セット『The Art of Maria Yudina』(SCRIBENDUM)のCD4に収録されていた。アレクサンドル・ガウク指揮、モスクワ放送交響楽団の演奏で、「1948年」収録とクレジットされている。
 「あれ?」と思った。
 いままでのレコードやCD、ネット上の記述では、「1943年」「1944年」など、さまざまに書かれてきた。ユージナは、そうたくさんのレコードを残したひとではない。おなじ顔ぶれで、おなじ曲を、そう何回も録音はしなかっただろう。

 わたしが持っている、2019年にリリースされた「モスクワ音楽院」レーベル(Moscow Conservatory Records)のCD(上掲左)も、おなじ顔ぶれで、音源としてもおなじだと思うのだが、こちらは「1947年6月9日、モスクワにてスタジオ録音」と細かくクレジットされている。このレーベルは、モスクワ音楽院の自主製作盤で、同院ホールでのライヴや、同院に縁のあったアーティストの音源を発掘リリースしている(ユージナは同院の教授だった)。
 よって、情報も信頼できるはずなのだが、ライナーノーツではなぜかこの音源についてだけ、詳しく触れられていない。単に「CD2の最後は、ユージナの代表作、ピアノ協奏曲第23番イ長調KV488の伝説的な録音である」としか書かれていない。
 まあ「代表作」「伝説的録音」とあるのだから、たぶん、「事件」の該当音源なのだろうが。

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【コラム】富樫鉄火のグル新 第328回 ”タリバン映画”『神に誓って』

 アフガニスタンで、タリバン政権が復活した。アメリカ軍の撤退開始後のことで、世界中が「だから言わんこっちゃない」と呆れた。当初は無血開城だったので、タリバンも変容したかと思われたが、やはり、自爆テロや爆弾攻撃が発生し、ふたたびアフガニスタンは血に染まっている。

 過去、タリバンを題材にした映画は、いくつかあった。
 少女が男装してタリバン少年キャンプで生き抜く『アフガン零年』(セルディ・バルマク監督、アフガニスタン=日本ほか合作、2003年)。
 タリバン政権崩壊後もつづく女性差別の下、ロンドン五輪女子ボクシング出場を目指す女性を追ったドキュメント『ボクシング・フォー・フリーダム』(ホアン・アントニオ・モレノほか監督、アフガニスタン=スペイン合作、2015年)。
 タリバンに逮捕された父を探しに、髪を切って男に化ける少女を描くアニメーション『ブレッドウィナー』(ノラ・トゥーミー監督、アイルランドほか合作、2017年)。
 どれも、人間性どころか女性であることも否定するタリバンの恐ろしさと、それに抵抗する姿を描いて感動的だった。

 だが、わたしが寡聞ながら観てきたタリバンにまつわる映画で、次に紹介する以上の作品は、ないと思う。

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【コラム】富樫鉄火のグル新 第327回 名著とは、これ――『証言・昭和の俳句』増補新装版

 2002年刊、『証言・昭和の俳句』上下(角川選書)は、長いことロングセラーとして親しまれてきた。
 これは月刊「俳句」の連載をまとめたもので、戦中派の俳人13名に、一世代下の俳人・黒田杏子がロングインタビューした、聞き書き集だった。各人ごと、年譜と自選五十句も収録されていた。戦中の暮らしぶりや、俳壇の内情が微に入り細に入り語られていた。
 「新興俳句弾圧事件」「京大俳句」「日野草城『ミヤコホテル』」「角川源義」「桑原武夫の俳句第二芸術論」「小堺昭三『密告』」といったキイワードに少しでも感度のあるひとにとっては、まさに垂涎の一冊であった。

 あれから20年、この上下2冊が合本となり、一部内容を刷新してよみがえった。『証言・昭和の俳句 増補新装版』(聞き手・編著=黒田杏子/コールサック社刊)である。
 わたしも40年余、編集の世界に生きているが、ひさびさに「名著とは、これだ」と断言できる本に出会えたような気がする。簡単にご紹介しておきたい。

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【コラム】富樫鉄火のグル新 第326回 本多劇場で歌舞伎!――松也自主公演『赤胴鈴之助』

 昨年8月から歌舞伎座公演が再開しているが、まだ本来の興行形態にはもどれていない。再開当初は4部制で、各部、1時間前後の一幕興行だった。その後、3部制になったが、どれも見取り(抜粋公演)ばかりだ。たまたま今月の第一部が『加賀見山再岩藤』一本で、ひさびさに通し上演かと思ったが、これとて、「岩藤怪異篇」と題した見取りである。

 そんななか、とうとう、「長編スペクタクル」の「通し上演」が登場した。それは、尾上松也の「自主公演」「新作初演」で、会場はなんと、“小演劇の聖地”下北沢の「本多劇場」である。
 これが、たいへん面白い内容だったので、大急ぎでご紹介しておきたい。

 演目は『赤胴鈴之助』(戸部和久:脚本/尾上菊之丞:振付・演出)。往年の漫画・TV・映画で一世を風靡した作品の歌舞伎化である。松也の父・六代目尾上松助は、かつてTVで赤胴鈴之助を演じていたので、父子二代にわたる鈴之助役者となった。

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【コラム】富樫鉄火のグル新 第325回 バッハ会長に見せたい映画

8月は、6日(広島)、9日(長崎)、15日(敗戦)と、日本人にとってたいせつな日がつづいている。だが今年は、五輪とコロナのおかげで、例年より少々注目度が低いような気がする。
 広島といえば、先日、IOCのバッハ会長が同地を訪問した。原爆慰霊碑に献花後、原爆資料館を見学し、「五輪は平和に貢献する」とスピーチした。広島側は、一瞬、「バッハ会長は被爆地・広島に心を寄せているのでは」と思ったかもしれない。
 しかし、核廃絶は最後まで公言しなかったし、広島側が、8月6日に選手たちの黙とうを呼びかけたが、これも実現しなかった。平和記念公園一帯は、一般立ち入りが規制されたが、その警備費は、IOCも組織委員会も負担を拒否。県と市が折半で負担することになった。
 いったいバッハ会長は、なんのために広島に行ったのか、「よほどノーベル平和賞がほしいらしい」などと揶揄されていた。

 そんなに広島に興味があるなら、ぜひバッハ会長に観てもらいたい映画がある。
 『その夜(よ)は忘れない』(吉村公三郎監督、1962年、大映)である。
 わたしの大好きな映画で、劇場(名画座)だけでも5~6回は観ている。DVD鑑賞も入れたら10回以上になるだろうか。

終戦から17年、東京五輪を2年後に控えた、昭和37年の夏。
 週刊ジャーナルの記者・田宮二郎は、終戦特集の取材で、広島を訪れる。「いまなお癒えない原爆の傷跡」を訪ねる企画だ。
 ところが・・・

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【コラム】富樫鉄火のグル新 第324回 閉会式の『東京物語

 五輪閉会式で少々驚いたのは、冒頭、日本国旗入場のバックに、映画『東京物語』(小津安二郎監督、昭和28年)のテーマ音楽(斎藤高順作曲)が流れたことだった。
 この映画は、広島・尾道に住む老夫婦が、東京で成功している(はずの)息子や娘たちを訪ねて、はるばる上京する話である。昭和28年当時、尾道から東京へ行くのは、いまでいえば海外旅行に行くようなものだった。
 だが、医者の長男も、パーマ屋の長女も、毎日の生活で精一杯、いまさら老いた両親の相手などしていられず、冷たくあしらう。
 老夫婦は淡々と尾道へもどり、母親は疲労のせいもあってか、急死する。
 要するにこの映画は、「あこがれの東京に裏切られる」話なのだ。
 それだけに、テーマ音楽も、どこか寂し気で、老夫婦を慰撫するようなムードがある。
 そんな音楽が、閉会式で、しかも国旗入場にあわせて流れたので、妙な違和感を覚えたのだ。

 その後、選手入場では、昭和39年の東京五輪入場行進曲《オリンピック・マーチ》(古関裕而作曲)が流れたが、「どこかちがう」ように感じたひとが多かったのでは。
 あそこで流れたのは、「管弦楽版」に編曲されたヴァージョンである。
 古関裕而は、あの曲を「吹奏楽」のために書いたのだ。当然、吹奏楽ならではのパワフルな響きは失われる(会場での生演奏ではなかったせいもあるかもしれない)。
 さらに、後段になると、同曲をサンバやポップス風に編曲した、「醜い」音楽に変貌していた。古関裕而も天上で苦笑していたのではないか。

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【コラム】富樫鉄火のグル新 第323回 五輪とオルテガ

 五輪開会式の2日後、産経新聞に載った女性読者の投稿エッセイに、こんな一節があった。
〈このコロナ禍での開催。/ついこの間まで、子供の運動会は延期なのに、オリンピックはやるのね、なんて言っていた自分を撤回します〉
 あの開会式と、その後の日本選手の活躍ぶりを見て、おそらく、かなりの日本人が、おなじ境地に至ったと思われる。「やっぱ、始まっちゃえば、盛り上がるよねえ」と。

 開会式翌日(24日)の毎日新聞には、こんな記事もあった。
〈六本木ヒルズにある高層階の職場から国立競技場の様子を見ていたという男性会社員(41)は、「五輪には否定的だったが、『ドローンで作られた地球』を見て、日本の技術力はすごいと思った。実際に始まると応援しようという気持ちになった」と興奮した様子だ〉
 この男性は、完全に骨抜きされている。
 前回に綴ったように、あのドローン・ショーは米インテル社製で、日本の技術ではない。
 あのように大量のドローンをLEDで光らせて形状をつくるショーは、インテル社とディズニー社が共同で特許を所有しているそうだ。日本は、これだけディズニー文化に蹂躙され、そのうえまだ大金を支払っている。アメリカの占領が、まだつづいているとしか思えない。

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【コラム】富樫鉄火のグル新 第322回「おとな」不在の開会式

 東京五輪の開会式当日、23日(金)の東京新聞・朝刊に、看過できない記事が載った。
 見出しは〈有力者から来る「〇〇案件」に翻弄/開会式関係者が証言/五輪の闇 想像以上/演出人事説明「全部ウソ」〉と、すごい迫力だ。一種の内部告発である。
 こんな記事を開会式当日に載せられるのは、東京新聞だけだろう。同紙は、ほかの新聞社とちがって、五輪のスポンサーでもパートナーでもないのだ(よって、同紙を読んでいるかいないかで、五輪の内幕に関する認識は、おおきく変わる)。

 その記事によれば――開会式の演目の流れと出演者を固めるたびに〈組織委や都の有力な関係者やJOCサイドから、唐突に有名人などの主演依頼が下りてくる。部内では有力者ごとに「〇〇案件」とささやかれた〉。
 告発者は〈有力者が便宜を図った依頼は絶対。その度、無理やり演目のストーリーをいじって当てはめた〉と語る。
 いままで、演出担当は最初の野村萬斎を筆頭に、何人も変わってきた。そのたびに組織委は交代理由を説明してきたが、これも全部ウソだという。実際には、かなり早い時点から、(女性タレントを豚に見立てて引責辞任する)大手代理店出身のSディレクターが入り込んで仕切っていた。その間、本来の演出家たちには(事実上、馘首されたことが)何も知らされず、あまりの不信感に振付師のM氏などは自ら辞任したという。
 この告発者は〈罪悪感にかられ続け〉た挙句〈社会と矛盾することばかりしている。五輪がもう嫌いになった〉と嘆いている。

 これでおわかりだろう、あの開会式が、関連性のない、ぶつ切り演目の寄せ集めになった理由が。

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【コラム】富樫鉄火のグル新 第321回 どうしても五輪をやるなら

 オリンピック開会式の楽曲担当だとかいう作曲家が辞退したが、こんなひと、いままで、見たことも聞いたこともなかった。

 もう、どうにでもなればよいが、どうしても強行するなら、開会式オープニングは、昭和39年に使用された、今井光也作曲《オリンピック東京大会ファンファーレ》で十分である。
 入場行進曲も、昭和39年に使用された、古関裕而作曲《オリンピック・マーチ》で十分である。

 演奏は、日本3大プロ吹奏楽団(東京佼成ウインドオーケストラ、シエナ・ウインド・オーケストラ、Osaka Shion Wind Orchestra)と、日本3大自衛隊音楽隊(陸上自衛隊中央音楽隊、航空自衛隊航空中央音楽隊、海上自衛隊東京音楽隊)の合同演奏でお願いしたい。指揮は佐渡裕さんしか、いない。

 余興のようなものが必要なら、後半の指揮はアキラさん(宮川彬良)にかわってもらい、松平健の歌唱、花柳糸之社中の踊りで、アキラさんの代表曲《マツケン・サンバⅡ》を演奏すればよい。
 最後は、つづけて・・・

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