「グル新」カテゴリーアーカイブ

【コラム】富樫鉄火のグル新 第226回 ひとことで言え、大河ドラマ

 NHK大河ドラマ『いだてん~東京オリムピック噺』が、凄まじい低視聴率である。
 第1回を観たとき、「ずいぶん、ややこしい話だな」とは思ったが、ツイッター上では絶賛の嵐だった。脚本の宮藤官九郎が大人気で、「さすが、クドカン」と、みな大喜びである。
 わたしのような初老には無理らしいが、今年の大河ドラマは幸先よさそうだ……と思った。

 ところが、ツイートの中に「史上最低視聴率は確実」といった主旨の投稿があって、ひときわ、異彩を放っていた。見れば、文芸評論家・作家の小谷野敦氏である。『大河ドラマ入門』(光文社新書)を著しているほどの専門家が、そこまでハッキリ言うとは……だが果たして、事態は、そのとおりとなった(同時に、ツイッター上の声は、世論大勢でないことがはっきりした)。

 低視聴率の原因は、あれこれと挙げられているが、二点だけ、わたしなりに気づいたことがある。

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【コラム】富樫鉄火のグル新 堺屋太一さんの「女子プロレス」と「N響」

 堺屋太一さんは、女子プロレスの大ファンだった。
 あるとき、半ば照れるように目を細めて(普段から細目だったが、さらに細くして)、「あなた、女子プロレス、お好きじゃないかな?」と訊かれた。

 正直いってあまり興味がなかったので「いや~、あんまり……」と口を濁して「先生は、お好きなんですか?」と返すと、はっきりした口調で「好きなんです。もう大好きなんですよ」とうれしそうに言った。これには驚いた。

 どうやら、女子プロレスの草創期からファンのような口調だった。時間を見つけては、リングサイドで観戦するのだという。この当時(1983~84年頃)は、クラッシュ・ギャルズ、ダンプ松本、ブル中野といった、わたしでも名前を知っている女子プロレスラーが大人気だった。小柄な体格で、難しい経済の話を立て板に水のように話す堺屋さんに、そんな趣味があるとは意外だった。高校生のころ、ボクシングをやっていたと聞いたので、もともと格闘技はお好きだったのかもしれない。

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【コラム】富樫鉄火のグル新 第224回 堺屋太一さんの「峠」

 1983年7月から、翌年9月まで、堺屋太一さんの週刊誌連載小説を担当した。まさに疾風怒濤の62週だった。

 堺屋さんは、その前年(1982年)、NHK大河ドラマ『峠の群像』の原作を書いていた。元禄時代を登り坂経済期と見て、その頂点(峠)を赤穂藩廃絶=企業倒産に見立てる。以後は一挙に下り坂。そんな峠の端境を「経済」の視点で描く、異色の忠臣蔵ものであった。

 わたしが担当した『俯き加減の男の肖像』は、その続編を思わせる小説である。

 吉良への報復に批判的で、討ち入りに参加しなかった赤穂の石野七郎次が、一介の商人に身分を変え、元禄以後の不景気の時代を「俯き」ながら生き抜いていく。

 当時、堺屋さんは「超」をいくつ付けても足りないほどの売れっ子で、主に東京と大阪を往復しながら、いつどこで原稿を書いていたのか、驚異的な忙しさだった。

 しかも当時は、まだ、ワープロもパソコンもメールもファクシミリもケータイもない時代だ。肉筆のナマ原稿を直接いただかなければならない。毎週、凄まじい原稿取りが展開した。全62回中、「締切日」に原稿をいただけたことは、1~2回だった。ほとんどは、校了(印刷に入る直前の状態)と同時、もしくは少し遅れての受け取りだった。

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【コラム】富樫鉄火のグル新 第223回《ワインダーク・シー》をめぐって

 わたしの中学生時代、TBSラジオで、毎週日曜日の深夜、「深夜版ラジオマンガ」なるドラマ・シリーズがあった。小島一慶のナレーションに、水森亜土、野沢那智、白石冬美、内海賢治といったベテラン声優が出演していた。その中で、忘れられないのは、1973年の『望郷ロマン/明日は帰ろうオデッセイ』だ。いうまでもなく、ホメロスの叙事詩『オデュッセイア』のドラマ化だが、内容は換骨奪胎のドタバタ・コメディ。いつまでも家に戻れないオデッセイの旅を描くもので、バカバカしいお色気シーンが人気だった(「あ~ん、そこじゃなくて、もっと上よ~」……実は、背中をかいてもらっているだけ)。お笑いとはいえ、当時の中学生は、この番組で古代ギリシャの叙事詩を知ったのである。

 2月9日(土)の、シエナ・ウインド・オーケストラ第47回定期演奏会で、ジョン・マッキー作曲、吹奏楽のための交響詩《ワインダーク・シー》が、全曲演奏される(指揮:渡邊一正)。最近、抜粋がコンクールでよく取り上げられる人気曲だ。この曲も、原典は『オデュッセイア』である。

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【コラム】富樫鉄火のグル新 第222回 市原悦子さんの「声」

市原悦子さんが亡くなったが、「家政婦は見た!」と「まんが日本昔ばなし」の話題ばかりだ。まるでこの2つの仕事が市原さんの大半だったようで、あんまりだと思う。

 その中で、かつて俳優座で共演していた仲代達矢は、さすがに鋭いコメントを出している。

「やはり一番記憶に残っているのは、日生劇場で私がハムレットを、市原さんがオフィーリアを演じた時のことです。彼女は後輩で、まだ20代だったと思いますが、声のすばらしさに感動したのを覚えています。(略)演劇の役者にとってはやはり、声というものが猛烈に大事なんです。(略)姿かたちよりまず、俳優は声なのだと。彼女の声のすばらしさは日本の演劇界の宝でした。ただきれいというだけではなく、声の質をもって、ものを言うという才能。1500席の劇場で、マイクなしで己の声を通していく力を、彼女は先天的にもっていた」(朝日新聞1月15日付より)

この『ハムレット』とは、1964年、俳優座創立20周年記念公演として、日生劇場で上演された舞台のことだ(演出=千田是也)。

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【コラム】富樫鉄火のグル新 第221回 平成なんてあったのか

以前、本コラムの新年第一弾は「紅白雑感」と決まっていて、(ほんの数人だが)楽しみにしてくれている読者の方もいたのだが、結局、毎年、おなじことばかり書くハメになり(曲も歌手も大半は知らないとか、抱き合わせ企画ばかりで不愉快だとか)、しばらく、やめていた。

だが、今回は、少しばかり思うところがあるので、ひさしぶりに、書きとめておくことにした。

東京五輪の前年、1963(昭和38)年の紅白歌合戦で、白組のトリ(三波春夫)の前をつとめたのが植木等だった。

曲は《どうしてこんなにもてるんだろう》《ホンダラ行進曲》のメドレーで、クレージーのメンバーとともに、ドンチャン騒ぎを繰り広げた。

この年の平均視聴率は、89.8%(ニールセン)を記録した。まさに植木等は「昭和のお祭り男」であった。

その植木が、1990(平成2)年、リバイバル・ヒットで20数年ぶりに紅白に出場し、《スーダラ伝説》をうたった。そして、個人別視聴率でトップの56.6%を獲得した。
植木等は、昭和から平成に橋をかけた視聴率男でもあった。

昨年末の紅白歌合戦は、「平成最後」が強調されていた。
ところが、観終わって感じたのは「昭和の残響」だった。
いうまでもなく、ラストで大暴れした桑田佳祐(62)、ユーミン(64)のせいである。

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【コラム】富樫鉄火のグル新 第220回 驚愕の映画『私は、マリア・カラス』

20数年前、オペラCDブック全集の編集に携っていたことがある。付属CDのかなりが、マリア・カラス全盛期のライヴ音源だった。音質は悪かったが、どれも劇的な歌唱で、まさに「うたう大女優」といったイメージだった。

その際、監修者のオペラ研究家・永竹由幸さん(1938~2012)がよく口にしていた話が、忘れられない。

「カラスのライヴ音源や映像は、ほぼ出尽くしてるんだけど、××歌劇場や、△△座あたりには、記録用のテープや映像フィルムが、まだあるはずなんだよね」

永竹さんは、奥様がイタリア人で、ミラノやサルデニア島にも自宅や事務所を持っておられた。

イタリア各地の歌劇場関係者や、カラス全盛期のコンビ、ジュゼッペ・ディ・ステーファノ(1921~2008)とも親しく、アングラ・レベルまで含めて、かなりの情報を持っていた。それだけに、相応の信憑性を感じさせる話だった。

現在公開中のドキュメント映画『私は、マリア・カラス』は、そんな“永竹情報”を裏打ちする、驚愕の映像集である。

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【コラム】富樫鉄火のグル新 第219回 松平頼曉のオペラ

松平頼曉(1931~)のオペラ《The Provocators~挑発者たち》初演を観た。すでにかなりの部分が2008年にはできていたものの、なかなか初演の機会がなかったのを、音楽批評・プロデューサーの石塚潤一氏をはじめとする企画グループ「TRANSIENT」が舞台に乗せた。

歌手は5人(女声2、男声3。指揮:杉山洋一)。ただし、ピアノ・リダクション版(本来は、小管弦楽版。編曲:小内將人)、コンサート形式である。それでも、舞台上にはイメージ静止画と字幕が投影され、歌手は簡単な動きを伴って小道具も使用する。英語歌詞、台本も作曲者自身。

わたしは、松平頼曉作品は、数えるほどしか聴いたことがないので、このオペラが、松平作品の系譜のなかで、どのような位置をしめるのか、また、どのような意義があるのか、たいしたことはいえない。なのに、なぜ行ったのかというと、拙い経験ながら、松平音楽は、なにかを「表現」しているとか、「あらわしている」とか、そういうこととは無縁の、無機質な、「様式」が先行する、孤高の音世界だと思っており(そもそもご本人は生物物理学者、理学博士である)、そういう音楽を書いてきたひとが、情感や物語表現が基盤になるはずの「オペラ」を書くとは夢にも思わず、いったいどうなるのか、たいへん興味があったからである。

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【コラム】富樫鉄火のグル新 第218回 打楽器コンサートの日々

2018年秋から冬にかけて、まったく偶然ながら、打楽器のコンサートにたてつづけに通った。どれも珍しい内容だったので、簡単にご紹介しておく。

◆アレクセイ・ゲラシメス:パーカッション・リサイタル/11月4日(日)、彩の国さいたま芸術劇場小ホール
ゲラシメス(1987~)は、ドイツの打楽器奏者で作曲家。打楽器をやっている方ならご存知、《アスヴェンチュラス》の作曲者である。ソロ・コンテストやリサイタルで、よく演奏される人気曲だ。本人演奏のYouTube映像は、再生回数20万回を突破している。
自作のほか、クセナキスの、これも大人気曲《ルボンB》なども。たいへんスピーディーな演奏で、ほとんどスポーツを見ているようであった。
終演後、簡単なティーチ・インが開催され、若い打楽器奏者たちが、スティックの持ち方や奏法などについて、細かく質問していた。

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【コラム】富樫鉄火のグル新 第217回 書評『ベートーヴェン捏造 名プロデューサーは嘘をつく』

すでにかなりの絶賛書評が出ているうえ、増刷にもなっているようなので、いまさらの感もあるのだが、やはり、小欄でもご紹介しておきたい。

ベートーヴェンの弟子・秘書に、ヴァオリニストでもあったアントン・シンドラー(1795~1864)なる男がいたことは、ご存知の方も多いと思う。世界初の楽聖の伝記を著したことでも有名だ。後年のひとびとが知るベートーヴェン像の多くは、彼の証言によるところが大きい。

だが、いまでは、その多くが信用できず、かなりの問題人物だったということになっている。彼が記した、「運命はこのように扉をたたくのだ」(交響曲第5番の冒頭部について)、「シェイクスピアの『テンペスト』を読みたまえ」(ピアノ・ソナタ第17番について)などの楽聖の発言は創作だったらしい。メイナード・ソロモンの大著『ベートーヴェン』でも、こっぴどく書かれていた記憶がある。

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