「グル新」カテゴリーアーカイブ

【コラム】富樫鉄火のグル新 第251回 《ブリュッセル・レクイエム》

 今年も、東京都高等学校吹奏楽コンクール(いわゆる“都大会の予選”)のA組に4日間通って、全67団体の演奏をすべて聴いた(コンクール全体では、のべ286団体が出場)。
 今年のA組は、ベルト・アッペルモント作曲《ブリュッセル・レクイエム》が大人気だった。4団体が演奏し、そのうち3団体が代表金賞を獲得して、都大会(全国大会予選)に進んだ(東海大学菅生高校、駒澤大学高校、都立墨田川高校/念のため、都大会の高校の部には計12団体が出場する)。

 《ブリュッセル・レクイエム》は、ベルギーの人気作曲家、ベルト・アッペルモント(1973~)が、オーストリアのBrass Band Oberosterreichの委嘱で作曲した「ブラスバンド」曲が原曲である。2017年4月に全欧ブラスバンド選手権で初演された。その後、吹奏楽版やファンファーレ・バンド版も出版された。約16~17分の曲だ(日本のコンクールでは演奏時間規定がもっと短いので、7分前後で抜粋演奏される)。
 ブラスバンド曲の吹奏楽版は、難曲が多い。ピーター・グレイアムの《ハリソンの夢》《メトロポリス1927》、フィリップ・スパーク《ドラゴンの年》《オリエント急行》《陽はまた昇る》……すべてブラスバンド原曲である。全英/全欧ブラスバンド選手権などの最上級部門の課題曲や自由曲として作曲されたものも多い。

 曲のモチーフは、2016年3月22日に発生した、ブリュッセル連続テロ事件である。

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【コラム】富樫鉄火のグル新 第250回 佐伯茂樹さんと牛友カレー

 古楽器演奏家で、音楽評論・楽器研究家の佐伯茂樹さんが亡くなった(享年58)。
 
 佐伯さんとわたしは、ほぼ同年だった。雑司ヶ谷の居酒屋Nで、よく呑んだ。
 もう10年くらい前。呑んでいると、「ベートーヴェン《運命》冒頭のジャジャジャジャーンが、鳥の鳴き声だって、ご存知でしたか」という。さらに「《田園》は、死がモチーフの縁起悪い曲なんですよ」など、次々に独自の“解釈”を披露してくれる。
 あまりに面白かったので「その種の話を集めて新書にしよう」と盛り上がった。さっそく、ほかのネタもいくつか聞き出して、《名曲に秘められた暗号~《運命》は鳥の鳴き声だった!》と題して、仕事先の企画会議に提案し、GOサインが出た。
 ところが、やがて佐伯さんから原稿がとどきはじめると、少々、困ってしまった。確かに、酒場で聞いたような、面白い話もあった。ラヴェル《ボレロ》におけるトロンボーンやサクソフォンのソロの裏話など、目からウロコが落ちた。

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【コラム】富樫鉄火のグル新 第249回 映画『天気の子』

 明治生まれのわたしの祖母は、人気絶頂のピンクレディーやキャンディーズをTVで観ては、「みんな同じに見えて、どれがどの子だか、わからないよ」と、よく苦笑していた。
 当時、中高生だったわたしは、さすがに顔と名前の区別がついたが、先日、話題のアニメ映画『天気の子』(新海誠監督)を観て、祖母の戸惑いがわかるような気がした。わたしは、あのアニメの登場人物たちを見ていて、時折、区別がつかなくなった。みんなひょろ長い手足で、目が大きく、ジャコメッティの人物彫刻が薄皮をまとって動いているような、画一化されたキャラクターばかりである。
 わたしは、この監督の作品は、前作『君の名は。』を含めて2~3本しか観ていないのだが、すべて観てきた知人にいわせると、もともと新海誠作品にはキャラクター設定がゆるいというか、あまり入れ込まない傾向があり、今回は、それがさらに顕著なのだそうだ。

 ところが、それに反して、周囲の風景や設定は驚くほど具体的なのだ。
 たとえば、ヒロインの少女が住んでいるアパートは、田端駅南口から不動坂に至る先にある。この周辺は、

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【コラム】富樫鉄火のグル新 第248回 昭和の神三神[かみがみ](1)三崎神社通り

 わたしは中野の生まれ育ちだが、すでに、神保町・三崎町・神楽坂で過ごした期間のほうが、長くなってしまった。そこでの思い出を話すと、時折、たいへん興味をもってくれるひとがいる。果たして、面白いのかどうか、わたしには何ともいえないが、昭和が“ふたむかし前”になったいま、こういう雑話も、たまには、いいかもしれない。
 この三か所を、頭文字をとって、わたしは勝手に「神三神」(かみがみ)と呼んでいる。

 現在、水道橋駅東口からすぐ、「三崎神社通り」にある、その名も「三崎稲荷神社」の並びに、現代的な東京歯科大学の水道橋校舎新館が建っている(先日、この病院で、最後のオヤシラズを抜いてもらった)。
 その向かいに、わたしの母校である日本大学法学部のコート(フットサル場?)がある。ビル街のど真ん中に、なんとぜいたくな空間かと一瞬驚くが、ここは数年前まで日本大学法学部の3号館だった。おそらくオリンピックが終わったら、新しい校舎を建てるのかもしれない。いま建てたら、工事ラッシュで高くつく。日本大学だったら、それくらいのことは考えるだろう。
 ここは、戦前まで、芝居小屋「三崎座」だった。明治からあった老舗劇場で、東京で初めての女優専用、いわゆる“女芝居”小屋として知られていた。神楽坂あたりから流れてくる客が多かったが、戦時中の空襲で焼失した。
 近くには、川上音二郎が出る「川上座」や、歌舞伎小屋「東京座」もあり、あわせて「三崎三座」と呼ばれていた。このあたりは、明治時代、陸軍用地の払い下げを受けた三菱財閥が、“東洋のパリ”を目指して、再開発をおこなった(外濠や内堀が近かったので、水の都のつもりだったのか)。その結果、三崎町は、芝居の街になったのだ。いまでも、よく歴史探訪街歩きツアーが、このあたりでレクチャーをやっている。

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【コラム】富樫鉄火のグル新 第247回 エレニ・カラインドルーを聴く

 わたしが好きな現代作曲家のひとりに、エレニ・カラインドルー(1939~、ギリシャ)がいる。
 彼女は、長年、テオ・アンゲロプロス監督の映画に音楽を寄せていた。ギリシャや中東の響きをベースに、人生の酸いも甘いもすべて呑み込んで慰撫するような、独特な曲想は、あの長回しの画面にピッタリだった。
 だが、2012年1月、アンゲロプロスは交通事故で不慮の死を遂げる。以来、このコンビの新たな「映像+音楽」を観られなくなったのが、残念でならない。

 エレニは、劇音楽も多く書いている。もちろん、ギリシャやヨーロッパの舞台なので、わたしは、観たことがない。しかし、そのいくつかがCD化されている(舞台カンタータ《ダヴィデ王》などもある)。それらを聴きながら、どんな舞台だったのだろうと、想像するのは楽しい。
 たとえばギリシャ悲劇『メデア』や『トロイアの女たち』(これは傑作! ぜひ交響詩にまとめてほしい)、『セールスマンの死』、『ヴァージニア・ウルフなんかこわくない』……そして、テネシー・ウィリアムズ『ガラスの動物園』。

 エレニが『ガラスの動物園』のために書いた曲のうち、〈トムのテーマ〉と〈ローラのワルツ〉の2曲がCD化(コンサート・ライヴ)されている。演奏には、ノルウェー出身の著名なサクソフォン奏者、ヤン・ガルバレクと、ヴィオラ奏者のキム・カシュカシヤンが参加している。

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【コラム】富樫鉄火のグル新 第246回 ”音楽映画”『COLD WAR あの歌、2つの心』

 2013年、渋谷イメージ・フォーラムでの「ポーランド映画祭」で『イーダ』(パヴェウ・パヴリコフスキ監督、2013年)を観た。あまりに素晴らしかったので、映画祭中、2回観た。翌2014年に日本で一般公開され、また2回観た。2015年には米アカデミー賞で最優秀外国語映画賞を受賞した。

 これはポーランドの戦後史というか精神史のようなものを、ひとりの少女(見習い修道女)を軸に描く映画なのだが、その素材のひとつに、ジャズが使われていた。戦後、ソ連の支配下にあったポーランドでは、ジャズは禁止されていた。そんな“敵性音楽”に出会うことで少女におきる変化を、モノクロの静謐な映像で美しく描いていた。
 ラストで、バッハの《われ汝に呼ばわる、主イエス・キリストよ》BWV 639(ピアノ版。たぶんブゾーニ編曲)が流れるのも見事な音楽演出だった。これほどバッハが効果的に流れる映画は、『木靴の樹』(エルマンノ・オルミ監督、1978年)以来ではないかと思われた。

 この監督の新作『COLD WAR あの歌、2つの心』が公開されている。再びポーランド戦後史が題材なのだが、『イーダ』以上に、音楽要素が強くなっており、事実上の“音楽映画”となっていた。

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【コラム】富樫鉄火のグル新 第245回 映画『新聞記者』

 話題の映画『新聞記者』(藤井道人監督)を観た。
 東京新聞の望月衣塑子記者の同名著書(角川新書)が原案。これに、「伊藤詩織さん“準強姦”訴訟」「前川喜平氏“出会い系バー”騒動」らしき出来事をからませながら、「森友・加計学園問題」を思わせる事件に迫る女性新聞記者(日韓ハーフの帰国子女)と、彼女に協力する内閣調査室員(外務省からの出向)を描く、政治サスペンスである。
 脚本がよくできている。一介の社会部記者と内調室員がいかにして出会い、共同歩調に至るのか、映画ならではの展開で、それなりに説得力がある。

 それでも、わたしは、観終わった後、あと味の悪さを感ぜずにはいられなかった。
 国家に対抗する新聞記者が主人公なのだから、当然、政権は「悪」に描かれている。それどころか、この映画によれば、内閣は陰謀の巣窟で、まるでナチスの再来である。
 だが、そういう点が不満だったのではない(そもそも、わたしは、安倍政権があまり好きではない)。
 製作側に、どこか、腰が引けた姿勢が見受けられるのだ。
 確かにSNS上は「よくぞここまで描いた」といった主旨の投稿だらけで、絶賛の嵐である。

 だが、

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【コラム】富樫鉄火のグル新 第244回 タッド、佼成、シエナ

 6月14日(金)夜、タッド・ウインドシンフォニーの第26回定期演奏会(鈴木孝佳指揮/杉並公会堂)。前半のトリが、ヴァン=デル=ロースト《高山の印象》、後半はチェザリーニの交響曲第2番《江戸の情景》全5楽章(公式日本初演)。
 前者は岐阜の高山祭がモチーフ。後者は広重の浮世絵「名所江戸百景」がモチーフ。つまり、どちらもヨーロッパの作曲家が日本古来の題材にアプローチした曲で、うまい構成だった。前者は「和」風のピッコロで始まる(いかにも日本の祭りの笛)。祝典序曲のような曲だった。後者は、さすがチェザリーニといいたくなる熟練の響きで、なるほど、浮世絵はこんなイメージなのかと思いながら楽しんだ。第2楽章〈市中繁栄七夕祭〉など、《八木節》のようで、微笑ましかった。
 そういえば、ジュリー・ジルーの交響曲 第4番《ブックマークス・フロム・ジャパン》も、北斎や広重が題材だった。古くはドビュッシーの交響詩《海》も、また、真島俊夫《Mont Fuji》も、北斎の「神奈川沖浪裏」がヒントだったわけで、いまや浮世絵は、作曲の恰好のネタみたいだ。
 なお、チェザリーニの《江戸の情景》については、樋口幸弘氏が「BandPower」で密着レポートを発表しておられるので、お読みいただきたい。

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【コラム】富樫鉄火のグル新 岩波ホールの50年(下)

(前回よりつづく)
 岩波ホールは、いまでは、文芸作品の封切り劇場として定着しているが、1968年の開設当初は、多目的ホールだった(だからスクリーンが「舞台」の奥にある)。
 映画専用劇場になったのは1974年で、その第一弾は、『大地のうた』(サタジット・レイ監督/1959/インド)だった。
 この「映画館」は、ちょっとした話題になった。日本で初めての「完全入れ替え制」「定員制」だったからである。立ち見もダメ。いまでは当たり前となったこの興行形態は、岩波ホールによって定着したのだ(当時、どこかの雑誌で「遠方から行って満席で入れなかったら、どうしてくれるのか」といった主旨のコラムを読んだ記憶がある)。

 わたしが初めて岩波ホールに入ったのは、1977年。大学生だった。番組は『惑星ソラリス』(アンドレイ・タルコフスキー監督/1972/ソ連)。
 大学が近くだったせいもあり、かっこよさそうなSFだと思って気軽に出かけたのだが、あまりのわけのわからなさに、かえってビックリした。なぜか日本の高速道路なども出てくる。どうやら、惑星ソラリスの「海」自体が生命体で、こいつのせいで、幻覚を見たりするらしい……それくらいしか、理解できなかった。
 たしか平日の昼間だったが、8割がた埋まっており、こんな映画を昼間から、満席寸前になるほどのひとたちが観に来ていることにも、驚いてしまった。

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【コラム】富樫鉄火のグル新 第242回 岩波ホールの50年(上)

 今年、創立50周年を迎えた岩波ホールで『ニューヨーク公共図書館 エクス・リブリス』が上映されている。ドキュメンタリ映画の巨匠、フレデリック・ワイズマン(今年、89歳)が、ニューヨーク公共図書館(NYPL)の活動を記録したものだ。

 ただし、一筋縄でいく映画ではない。
 宣伝文に「世界で最も有名な図書館のひとつ、その舞台裏へ」とあるが、物理的な「図書館の裏側」は、ほんの少ししか出てこない。それどころか「本」そのものが、ほとんど登場しないのだ。
 全3時間半(休憩10分)中、大半を占めるのが、NYPLの「啓蒙活動」の様子である。

 とにかく、その多彩さに、驚かされる。
 講演、著者トーク、読書会、コンサート、就職支援、障害者のための住宅支援、デジタル機器の貸し出し、中国系市民のためのパソコン教室、黒人文化研究、手話指導、子ども読み聞かせ、ダンス教室、点字・録音本作成……本館のほか、88もある分館と4つの専門図書館すべてで、この種のイベントが連日開催されており、まるで巨大カルチャーセンター状態である。

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