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■ピーター・グレイアム(Peter Graham) /Professor of Composition at the University of Salford

◎インタビュー&文:多田宏江

2009年11月13日ソルフォード大学ピーター・グライアム研究室にてインタビュー

▲Peter Graham

 ピーター・グレイアム。バンドパワーでも何度もその名が登場するイギリスを代表する作曲家の1人。最近では、英国ブラスバンド通信第2号でお届けした、ブリティッシュオープンでワーシップフル・カンパニー・オブ・ミュージッシャンズ・アワードを受賞。第3号でお届けした、ナショナル・ブラスバンド・チャンピオンシップス・オブ・グレートブリテンでは、課題曲として彼の新曲が演奏されました。そんな大活躍のピーター・グレイアム。今は、彼の新しい作品集CDが発売される準備中だそうです。

新しいCD情報から、ナショナルズ課題曲「ザ・トーチべアラー」に込められた思い、さらには、どのように作曲家としてキャリアを積んでいかれたのか。レポーターが在学中のソルフォード大学内、ピーター・グレイアムの研究室へお邪魔してインタビューしてきました。

■どのように作曲活動をスタートされましたか?

ピーター:初めはピアノ、次にコルネットを習い始めて、コルネットをスコットランドのサルベーションアーミーで吹いていました。その時から、兄弟や友達で四重奏を組み、そのために曲を編曲したりしていました。

そんな時に、友人の一人が作曲のコンテストに作品を出しているのを見て、「彼に出来るなら私にも出来るかも」、そんな風に思い始めたんです。16、17歳の頃、夏のサルベーションアーミーのミュージックキャンプに事前にマーチを作曲したものを持って参加し、
その曲を演奏してもらいました。その曲を、サルベーションアーミーの有名な作曲家、レイ・ステドマン・アラン(Ray Steadman Allen)、レズリー・コンドン(Leslie Condon)に送り、どのように直したらいいかコメントをもらってレッスンを受けていました。

その後、スコットランドのサルベーションアーミーバンドの100年記念行事に、マーチを作曲する依頼を受けたんです。そのマーチは「New Generation」という曲で、何度かスコットランドのバンドによって演奏されましたが、自分でも、そんなに良い曲じゃないのかな?なんて思っていた時、突然、知人から「明日君の曲をインターナショナルスタッフバンドがロンドンのロイヤル・アルバート・ホールで演奏するそうだよ」と聴いたんです。当時私は19歳。スコットランドに住んでいましたから、残念ながらロンドンまでは聴きに行けませんでした。

その後、大学を卒業して作曲活動を続けているところに、ニューヨーク・スタッフバンドから作曲の依頼を受けました。「世界ツアーを行うから、私達のためにマーチを作曲をしてくれないか」と言われ、そのときに作曲した曲が「The Ambassadors」でした。この曲も準備中の新しいCDに収録予定ですよ。

私はニューヨーク・スタッフバンド編曲&作曲者として、またコルネット奏者として所属しました。その結果、ニューヨークには3年滞在しました。

※ピーター・グライアムの初めて出版された楽譜「New Generation」
その音源を↓のサイトから聴くことが出来ます。(協力:Ian Bartonさん)
http://www.regalzonophone.com/

■10月はオーストラリアの「オーストラジアン・オープン」で審査員を務められましたよね? オーストラリアの旅はいかがでしたか?

ピーター:4・5日間と、とても短い滞在期間でした。コンテスト参加団体数は7バンド。イギリスの大会に比べて団体数が少ない分、審査員には演奏の違いが比べやすいですが、そうは言っても、上位団体の演奏レベルの差は少ないですから優勝団体を決めるのは難しかったですね。どれを勝ちにするか・・・、ある団体は、音楽的に良くても技術的な失敗があったり、逆もあったり。

友人のデイビット・キング氏と一緒に仕事を出来たのもよかったですね。海のすぐ側の彼の家に泊めてもらってリラックスできました。コンテストの前日は、指揮者や演奏者を集めてデイビット・キング氏とセミナーも行いました。数日前にソルフォード大学でも行われた、審査員のセミナーと(実際に行われたコンテストの上位5団体の録音を聴きながら、受講者は審査員と同じように、スコアを見てコメントを書き順位を決める)や、オーストラジアン・オープン課題曲「ザ・トーチビアラー」の曲を解説するセミナーも行いました。

■10月のナショナル・ブラスバンド・チャンピオンシップス・オブ・グレートブリテンはどう思いましたか?

ピーター:とても楽しめました。色んな人達と話をして興味深かったのは、「どんな曲を課題曲にすべきか」ということでした。 種類分けすれば、今回の曲はオールドスタイルな曲だったんです。コンテストの運営者、フィリップ・モリス(Philip Morris)さんによれば「近年で最も多い集客だった」とのことで、彼も喜んでくれました。エリック・ボール・スタイルのオールドファッションな曲がお客さんの集客につながったという話でした。

特にロンドンのアルバート・ホールで行われる、このコンテストのお客さんは、お年寄りの方が多くいらっしゃるので、課題曲が現代的な曲だと、どうしてもお客さんが集まりにくい。しかしながら、若い才能のある作曲者の活躍の場として活かすべきでもあり、そうなると、現代曲的な課題曲になり、集客が難しい。このコンテストは特にそういう傾向が強いですね。

■「ザ・トーチべアラー」について聞かせてください。もとになったエリックボールの「トーチべアラーズ」は複数形の題名で、「ザ・トーチべアラー」は単数形ですが、この題名の意図は?

ピーター:サルベーションアーミーの牧師になる人たちを「トーチべアラーズ」と呼びます。エリック・ボールはその人たちを指して、このマーチを作曲しました。

トーチべアラーはたいまつを持つ人、先導者という意味を持つとともに、新しいことをやる人という意味があります。そういう意味で、エリック・ボールが作曲家として活躍した当時、彼はとてもモダンな曲を作曲する作曲者として、ブラスバンドの新しい時代の作品スタイルを切り開いていきました。彼に敬意を表して、また彼を指して「ザ・トーチべアラー」としました。

■日本の読者の皆さんは、この曲の吹奏楽編曲が出ないか待っていると思いますが、その予定はありますか?

ピーター:今のところ予定はありませんが、日本の方でどなたか出して欲しいという方がいらっしゃいましたらご連絡ください(笑)

■新しいCDの情報を教えて下さい。

ピーター:今までの私の作品を、ブラック・ダイク・バンドとインターナショナル・スタッフ・バンドという世界でもトップレベルのプレイヤーたちによって演奏し録音しました。2枚組みの内容盛りだくさんのCDになる予定です。日本でも演奏される機会の多い「ハリソンの夢」から、先ほど話に出てきたニューヨーク・スタッフ・バンドのために作曲した初期の作品「The Ambassadors」、そしてナショナルズ課題曲となった最新作「ザ・トーチベアラー」も初めてCDになる予定です。

■最後に、日本の読者のみなさまへメッセージをお願いします。

ピーター:2回ほど日本を訪れましたが、とても楽しかったです。日本のみなさん、日本でも私の曲を演奏してくれてありがとう。皆さんのご活躍を願っています。


 

【ピーター・グレイアムのCD】

◎ゲールフォース~ピーター・グレイアム作品集
http://item.rakuten.co.jp/bandpower/cd-0199/

◎ザ・レッド・マシーン~ピーター・グレイアム作品集
http://item.rakuten.co.jp/bandpower/cd-0720/

◎クロスオーヴァーノルウェー王国海軍バンド
http://item.rakuten.co.jp/bandpower/cd-0192/

◎ピーター・グレイアム ブラス・バンド作品集
http://item.rakuten.co.jp/bandpower/cd-0252/

◎コサックの叫び~ピーター・グレイアム ブラス・バンド作品集Vol.2
http://item.rakuten.co.jp/bandpower/cd-0265/

◎エピック・ブラスII~
ピーター・グレイアム50才記念ライヴ
ブラック・ダイク + インターナショナル・スタッフ・バンド
http://item.rakuten.co.jp/bandpower/dvd-9333/

◎グローリアス・ヴェンチャーズ/ピーター・グレイアム作品集
http://item.rakuten.co.jp/bandpower/cd-1079/

【ピーター・グレイアムの楽譜】
http://item.rakuten.co.jp/bandpower/c/0000000352/

※本文中に登場したボールの「トーチべアラーズ」が収録されたDVD
◎エリック・ボール生誕100周年コンサート
~セレブレーション・イン・ブラス/
http://item.rakuten.co.jp/bandpower/dvd-9014/

■ディビット・キング(David King)/ブリッグハウス&ラストリック・バンド・プロフェッショナル・コンダクター、コルネット奏者

◎インタビュー&文:多田宏江

2009年10月3日マン島でのマスタークラス期間中メールインタビュー
協力:Tim Hewitt (Yamaha Music UK Ltd Regional Manager)

▲David King

 デヴィッド・キング。バンズマンなら、その名を知らない人はいない、ブラスバンド界を代表する指揮・指導者&コルネット・プレイヤー。9月のブリティッシュオープンでは、ブリッグハウス&ラストリックバンドの指揮者として、デイビット・キングのオープン復活に注目が集まりました。

 そんなデヴィッド・キングは昨年、ブラック・ダイクを指揮し日本ツアーを行った1990年以来、18年ぶりに来日。世界中を忙しく飛び回るデヴィッドですが、今回はヤマハの仕事でマン島にいるところを、直撃メール・インタビュー。(マン島はアイリッシュ海北部のほぼ中心にある島で、オートバイの国際的ロードレース「ツーリスト・トロフィー」(マン島TTレース)の開催地としても有名です。またブラスバンドが盛んな地域でもあります)

YBS時代の思い出話から、現在のブリッグハウス&ラストリックバンドの話、また世界的な活動についてお聞きしました! デヴィッド・キングの今に迫ります。

■今回はヤマハのマスタークラスをマン島で行ったそうですが、どのようなマスタークラスでしたか?

デヴィッド:今回が私にとって初めてのマン島訪問になります。ヤマハの準備したマスタークラスと指揮&コルネットのセミナーを行いました。楽しいコンサートも開催され、マン島の熱意溢れる8つのバンドは素晴らしい演奏を披露してくれました。

■世界的にブラスバンドの指揮・指導をしてらっしゃいますが、今後はどのような活動を予定されていますか?

デヴィッド:昨年は岡本篤彦さんの招待を受けて日本に来日しました。来日は岡本さんのバンドである浜松ブラスバンドと大阪ハーモニーブラスとのお仕事でしたが、どちらのバンドともすばらしいバンドで音楽的なレベルも高かったです。岡本さんと、また仕事が出来てとてもうれしかったですね。
彼は何年も前にソルフォード大学に来て、私と一緒に勉強した、すばらしいコルネット奏者であり、とても才能のある指揮者です。今年(2009年)の11月19日~30日の間、再び浜松ブラスバンドと大阪ハーモニーブラスとの仕事のために来日する予定で、日本での仕事もとても楽しみにしています。

今後のスケジュールはヤマハ・ヨーロッパ、イギリス、オーストラレーシア(オーストラリア・ニュージーランドおよびその周辺の島々の総称)のアーティスト&コンサルタントとして国際的に仕事をする予定です。

 2010年2月からはノルウェー・チャンピオン、エイカンガーの指揮を2010年ヨーロピアン・チャンピオンシップス(開催地オーストリア、リンツ)に向けて開始すると同時に、ヨークシャーのブリッグハウス&ラストリックバンドとの仕事も続けていきます。

 現在、ブリッグハウス&ラストリックのコルネット・セクションはヤマハ・ゼノ・コルネットを使用しています(ソロ・コルネット・セクションはイエローブラス、バックロウはゴールドブラス)。そこでヤマハの企画によるCDレコーディングをシェオナ・ホワイト(Sheona White、テナーホーン)、カトリーナ・マルゼラ(Katrina Marzella、バリトン)と言った、ヤマハ・アーティストのブラスバンド・プレイヤー達をソロイストに招いてブリッグハウス&ラストリックとレコーディングする予定です。

 オーストラリアでは、ナショナル・オーストラリア・ブラスと新曲の委託作品のためのコンサート、フェスティバルなどを年に3回予定しています。

 その他のヨーロッパでの仕事は、スウェーデンでヨーテボリのプロフェッショナル・ブラスバンド音楽家たちとの活動、新しいヤマハのテナーホーンを含む、ヤマハの新製品の宣伝も行います。新しいヤマハのテナーホーンはヤマハ・アーティストのシェオナ・ホワイトとヤマハが開発した楽器で、豊かな響きと素晴らしいレスポンス&プロジェクションをもった最高の楽器です。

 2010年後期にはスウェーデンでもマスタークラスと、指揮者講習会を行う予定です。

 2010年は私の恩師ロイ・ニューサム(Dr Roy Newsome)先生が80歳の誕生日を迎える年でもあります。私はロイ先生と奥様をオーストラリアに招待してお祝いします。その際、ロイ先生はナショナル・オーストラリア・ブラスとシドニーのセントメアリー・バンドのゲストとして私と一緒に仕事をする予定です。

■ロイ先生の話が出ましたが、ロイ先生以外に影響を受けた先生や指揮者、またコルネット&トランペット奏者はいますか?

デヴィッド:私が特に影響を受けたコルネット&トランペットの先生は、1.父、2.ケン・スミス(Ken Smith…1960年から1970年代に活躍したニュージーランドの伝説的トランペット&コルネとプレイヤー)、3.デヴィッド・ジェイムス(David James…私が1982年にイギリスに来た時のコルネットの先生)です。

 あとのほとんどは、自分の教え子達に習ってきたように思います。教え子達は常に私に新しいアイディアと、練習し続ける意欲を沸き立たせてくれます。

■そんな、あなたにとって、音楽とは何ですか?

デヴィッド:音楽が全てではありません。音楽は素晴らしい芸術表現形態であって、そのバランスを保つことが重要です。出来る出来ないで個人を評価するような誤った考えに、はまらないで欲しい。私達を「human doing’s」、何かをする機械のように捉えるのは、不健全な考え方で、私達は「human-‘beings’」人間なのです。音楽は、この全世界に共通する言葉を通して、人生の喜びを分かち合う存在であると思います。

■YBS(Yorkshire Building Society Band)時代の思い出を聞かせていただけますか?

デヴィッド:思い出話の一つ目は、YBSが課題曲も、自由曲も演奏順番1番を引いてしまった1996年のヨーロピアン・チャンピオンシップス(開催地:ノルウェー)のことですね。その年が若いYBSにとってのヨーロピアン初出場でした。観客のだれもがヨーロピアン初出場で勝てるとは思っていなかったし、さらには課題曲、自由曲とも演奏順番が1番となると、なおさら、このバンドが勝つことは不可能だと思われていました。

 しかし、若いYBSに負ける気はなく、精神を集中させ希望を持っていた。その希望は歴史に代わりました…ヨーロピアン・チャンピオンシップスで、演奏順1番で勝ったバンドは、このバンドが初めてでした。とても素晴らしい思い出です。

 もう一つは、今考えるだけでも笑ってしまうんだけれど、バーミンガムでのヨーロピアン・チャンピオンシップス(2000)のこと。課題曲はフィリップ・スパークの「タリス・ヴァリエーション」。YBSの演奏の出来はとてもよかった。しかし自由曲、フィリップ・ウィルビーの「ダブ・ディセンディング(舞いおりる鳩)」。本来ならばCDプレイヤーで鳥の鳴き声を流すはずだったんだけど、CDプレイヤーが壊れて鳴らない。だから私達は流さないで演奏したんだ。誰も気がつかなかったみたい、なぜならバンドはの演奏は、とにかく上手くいったからね。それでその後、とっても大事なところで、銅鑼が床に落ちてしまった。しかも、その銅鑼はパーカッションの前にあったマイク・スタンドを直撃、さらにはE♭ベースのベルを打った。ひどいことになってしまったけれど、バンドはとにかく演奏を続けた。今思い返すだけで面白すぎる。何であんなことになったかわからないけど、でも、私達は勝った!

(その時のライブ音源はコチラ http://item.rakuten.co.jp/bandpower/cd-0007/

■今のブリッグハウス&ラストリックについて聞かせてください。

デヴィッド:ブリッグハウス&ラストリックブラスバンド(Brighouse and Rastrick Brass Band)は、彼らの長い歴史とヨークシャーのブラスバンドの伝統を引き継いでいます。私のプロフェッショナル・コンダクターとしての第一印象は 、彼らが本当に新しいアイディアで成長を図りたいと思っていることと、未来に向けて卓越した高い音楽レベルを保持したいと強く思っていること。

 このバンドは先ほど話にも出たYBSとは全く違うバンドでした。ブリッグハウスはゴールを持っていて、彼らの未来に焦点を当てている。このことは、音楽を作る上での可能性を凝縮させ、音楽を作りやすくします。私のブリッグハウス&ラストリックとのデビューは2009年9月のブリティッシュ・オープンでした。私はこのデビューを楽しむことが出来、2010年への自信を感じました。個人的にも仕事としても、彼らとの一1年が良いものになるだろうと思っています。

■日本人の読者があなたのレッスンを受ける手段として、バイロン・ブラス・サマースクールがありますよね? 前回のサマー・スクールはいかがでしたか? また2010年のサマースクールはどうなりそうですか?

デヴィッド:2009年のサマー・スクールは大成功でした。幅広い年齢層の様々な演奏レベルの参加者に楽しんでいただけたと思います。すぐそばにビーチのある美しい環境でブラスバンドを楽しみ、ストレスから開放された新年をスタートできます。同時に技術の向上と音楽の新しいアイディアを得ることが出来、それが今後の意欲につながっていくはずです。
同じくブラスバンドを楽しみむ仲間を作って、音楽を学び、海のそばでの魔法のような数日を楽しむ。そんなサマー・スクールは若い音楽家にとって、素晴らしい経験になるでしょう。

 日本のブラスバンド・プレイヤーの皆さん、サマー・スクールへの参加はまだ遅くはないですよ。ただし、募集締め切りは近づいて来ていますのでお早めに。(詳しい内容はこちら www.byronbrass.com  から)

■最後に、日本のプレイヤーたちにメッセージをお願いします。

デヴィッド:皆さん、ぜひ「バイロン・ブラス・サマー・スクール」へお越しください。このサマー・スクールはオーストラレーシア全体におけるブラスバンドの新しい学びの場です。あなたに、学びのチャンスと、ブラスバンドの魔法を楽しむチャンスを提供してくれますよ。


 

【デヴィッド・キングの指揮によるレコーディングCD、DVD】

◎ハイランド讃歌ヨークシャー・ビルディング・ソサエティ・バンド
http://item.rakuten.co.jp/bandpower/cd-0226/

◎ケルトの叫び
ヨークシャー・ビルディング・ソサエティ・バンド
http://item.rakuten.co.jp/bandpower/cd-0019/

◎ヴィタエ・ルクス
ヨークシャー・ビルディング・ソサエティ・バンド
http://item.rakuten.co.jp/bandpower/cd-0197/

◎宇宙の音楽
ヨークシャー・ビルディング・ソサエティ・バンド
http://item.rakuten.co.jp/bandpower/cd-0700/

◎ウィンドウズ・オブ・ザ・ワールド
ヨークシャー・ビルディング・ソサエティ・バンド
http://item.rakuten.co.jp/bandpower/cd-0184/

◎エッセンス・オブ・タイムThe Essence of Time
ジョン・フォスター・ブラック・ダイク・ミルズ・バンド
http://item.rakuten.co.jp/bandpower/cd-0210/

その他、ヨークシャー・ビルディング・ソサエティ・バンドのCD、DVD >>>

■マーク・ウィルキンソン(Mark Wilkinson)/フォーデンス・バンド、プリンシパル・コルネット奏者

◎インタビュー&文:多田宏江


2009年9月5日、グレート・ノーザン・ブラス・アーツ・フェスティバルが行われたブリッジウォーターホール(マンチェスター)の出演者楽屋にて。
協力:フォーデンス・バンド、プリンシパルバリトン奏者、稲葉奈摘さん
写真協力:イアン・クルーズ(Ian Clowes)
http://www.pbase.com/troonly/09_sep_bridgewater

 吹奏楽でも、ブラスバンドでも人気の高いフィリップ・スパークの「ドラゴンの年」。「ドラゴンの年」のCDと言えば、この1枚!とも言われる、1992年のヨーロピアンチャンピオンシップスのライブCD。92年のヨーロピアンで優勝し、今や伝説となったこの「ドラゴンの年」を演奏したブリタニア・ビルディング・ソサエティ・バンド(現フォーデンス・バンド)のプリンシパル・コルネット奏者は、この時20才だった! 彼は今も同じバンドで、プリンシパルの席を守り続けています。その張本人、フォーデンス・バンド、プリンシパル・コルネット奏者のマーク・ウィルキンソンさんに、ブラスバンド通信第一1号のインタビューをしてきました。

▲マーク・ウィルキンソン(左)とレポーター多田(右)

■いつからどのようにコルネットを始めましたか?

マーク:6才からローカルバンド(Ellenbrook and Boothstown Band)でバンドのメンバーからレッスンを受け、コルネットを吹きはじめました。4年後、ウォークデン・バンド(Walkden Band)というセカンド・セクションのバンドに移り、13才でベッシーズ・ボーイズ(Besses Boys Band)へプリンシパル・コルネット奏者として移籍し、18才まで在籍しました。

18才になってから、ウィンゲーツ(Wingates)で1992年の1月までプリンシパル・コルネットを吹き、92年1月、当時20才で現在のフォーデンスのプリンシパルの席に着きました。現在38才なので、もうすぐ在籍18年になります。

■ユースバンドでは吹かなかったんですか?

マーク:ベッシーズ・ボーイズは18才までのユースバンドでした。しかし、大会はユース部門ではなく、大人の部門に混ざって出場し、フォース・セクションから勝ち抜いてセカンド・セクションにまで上がりました。1ヶ月のオーストラリア・ツアーも成功して、18才になり卒業し、ウィンゲーツに移りました。

■ベッシーズ・ボーイズ卒業後、他のプレイヤー達はどんな活動をしていましたか?

マーク:軍楽隊でプロ活動を続ける人が多くいました。トロンボーン・セクションは、BBCフィルハーモニーオーケストラ・スコットランドや、リバプール・フィルハーモニー・オーケストラ・プレイヤーとして、今もプロ奏者として演奏を続けていますね。

■バンド活動と平行して、ナショナル・ユース・ブラス・バンドにも参加しましたよね?

マーク:16才からソロ・コルネットで参加し、17才、18才とプリンシパルを務めました。2000年からはナショナル・ユースのコルネット講師としてバンドに戻って9年になります。同じく、ナショナル・チルドレン・ブラス・バンドの講師もしています。

■日本人の読者があなたのレッスンを受ける手段として、サマースクールがありますよね?

マーク:ブロムスグローブでのサマースクール(The Brass Band Summer School staged at Bromsgrove School)でアラン・モリソンの後を継いで、コルネット講師を来年の夏から引き受けます。

▲photo by Ian Clowes

■1992年のヨーロピアン・チャンピオンシップスの「ドラゴンの年」を演奏された側のとしての感想をお聞かせください。

マーク:課題曲は「ウェールズの庭の5つの花」(ギャレス・ウッド)(FIVE BLOOMS IN A WELSH GARDEN /Gareth Wood)で、自由曲として「ドラゴンの年」を演奏しました。イギリスでのブラスバンド史上最高のコンテスト・パフォーマンスの1つと言ってもいいでしょう。テンポもサウンドもエキサイティングで、演奏が終わった後のお客さんの拍手歓声もすごかった。

■20才でプリンシパル、しかもヨーロピアンという大きな舞台。緊張はしませんでしたか?

マーク:緊張しましたよ。なぜなら1月にバンドを移籍して、それまでのプリンシパル・コルネット奏者、マーティン・ウィンターから引き継いだ直後でしたからね。3月のエリア(イギリスの地区大会)が移籍後初めてのコンテスト、その後が5月のヨーロピアンでした。20歳の私にとって、ブリタニアのプリンシパルは大きな席でした。マーティンはBBCフィルハーモニー・オーケストラでのトランペットの仕事が忙しく、ソプラノに移動しました。マーティンは私の後ろのソプラノの席で、私は彼の前で吹いていました。
他のプレイヤーはユーフォニアムが現ブラック・ダイク指揮者のニコラス・チャイルズ、2楽章の大きなトロンボーン・ソロはニック・ハドソンと素晴らしいメンバーに囲まれて演奏しました。

■指揮者のハワード・スネルはどんな方でしたか?

マーク:彼が私にフォーデンスでプリンシパルを吹く機会をくれました、彼が呼んでくれたおかげで、今までの素晴らしい体験があり感謝しています。音楽指導者としても素晴しいし、奏者のやる気を引き出す指導者でした。バンドは初見にものすごく強くて、難曲も初見で吹けていました。ハワードもそのように指導していました。

▲photo by Ian Clowes

■現在のフォーデンスで吹いていてどうですか?

マーク:フォーデンスでプリンシパルを吹かせてもらって楽しいですね。初めてこのバンドへ移籍したときから、その気持ちは変わりません。忙しい仕事の中でも、バンドが生きがいです。
今のバンドは、バンド全体のレベルも個人の基礎力も高い。最近はメンバーの変更が少なくメンバーが固定化したことが、サウンドの安定感につながっていると思います。特にプリンシパル・プレイヤーたちは、長く在籍しているメンバーが多く、ユーフォニアムのグリン・ウィリアムスと、トロンボーンのジョン・バーバーが1995年に移籍し約15年。ソプラノのアラン・ウィッチェリー、フリューゲルのヘレン・ウィリアムスも2000年から9年目になります。

■日本の読者達もあなたの音を聴きたいと思いますが、CDを作る予定などは?

マーク:作る予定は前々からあり、作ろう作ろうとしていますが、仕事とバンドの忙しさで長引いてしまっていますね。スタンダードの作品よりも、委嘱作品を演奏してCDにしたいと思っています。

■日本のプレイヤー達にアドバイスをお願いします。

マーク:苦手なところを練習しないと、それはいつまでも上達しません。苦手なところを練習することによって、それが逆に強みになります。弱点を強みに変えましょう。コルネット・プレイヤーの方は、よく、他のコルネット・プレイヤーのCDや演奏を聴くことが多いと思います。それによって、スタイルをコピーしたり、違うアイディアを得る事ができると思いますが、全てをコピーするというよりも、自分のしたいことをすればいいと私は思います。