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■ポール・ロヴァット=クーパー(Paul Lovatt-Cooper) /作曲家、ブラックダイクバンド打楽器奏者

◎インタビュー&文:多田宏江
2010年8月ブラスバンドサマースクールinフラムリンガム

▲Paul Lovatt-Cooper
【ホームページ】http://www.plcmusic.com/(英語)
ビデオのページ(http://www.plcmusic.com/video/)から作品と演奏の様子が鑑賞できます。

 今回のゲストは、今や世界中のブラスバンド・シーンに欠かせない作曲家の一人となったポール・ロヴァット=クーパー 氏です。ブラックダイクバンドの打楽器奏者でありながら、ワードルハイスクールの音楽教員、また音楽教育責任者も務められ、プレイヤーとしても教育者としても忙しく活躍されています。

 日本には2009年6月東京シティ・コンサート・ブラス(TCCB)の招待で来日され、TCCB第19回定期演奏会にて「南極大陸」の日本初演に立ち会った他、自身もソロ・パーカッション奏者としてゲスト演奏されました。同年6月末には「ウィズイン・ブルー・エンパイヤーズ」がイングリッシュナショナルズ(※)課題曲として各バンドにより演奏され、8月にはブラック・ダイク・バンド、オーストラリア・ツアーにて、有名なシドニー・オペラハウスで演奏される忙しさ。いったいいつ作曲する時間があるのか?? 作曲家ポール・ロヴァット=クーパー氏の日常に迫ります!!

※イングリッシュ・ナショナルズ・ブラスバンド・チャンピオンシップス、レポート
http://www.bandpower.net/news/2009/07/02_bb/01.htm

■いつからブラスバンドで演奏をはじめたのですか?

ポール:12歳からです。両親がサルベーションアーミーのオフィサーだったので、私も幼い時、サルベーションアーミーに通っていました。初めはそこでコルネットを渡されたのですが、自分には合わず、パーカッションに移りました。その後、 “私がパーカッションを演奏していること” を、友人が学校の先生に話し、その先生から「学校のバンドでドラマーを探しているんだ。もし君がロックのリズムを演奏できるなら学校のバンドで演奏できるよ」と言われ、独学でドラムを叩けるようにしました。それからブラスバンドでの演奏がスタートしました。

■影響を受けた作曲家はいますか?

ポール:フィリップ・ウィルビー氏、フィリップ・スパーク氏、ピーター・グレイアム氏ですね。学生の頃から演奏したり、聴いたりして、この方々の作品に特に影響を受けました。一番大きな影響を受けたのは、ピーター・グレイアム氏です。

サルフォード大学に進学後、大学でピーター・グレイアム氏に作曲を習い始め、作曲を専攻して卒業しました。その時から、ピーター・グレイアム氏とは家族ぐるみで、今でもとてもよいお付き合いをさせていただいています。数年前、家族とホリデーでフロリダに出かけたのですが、その時同じ道を向こうからピーター・グレイアム氏が歩いてきたことがありました。偶然のことで信じられませんでした。同じ時間に同じ場所にいるんですから、不思議な縁です。

■ポール・ロヴァト・クーパー作品集CD「ウォーキング・ウィズ・ヒーローズ」のジャケットにも、影響を受けた3人の作曲家と、ニコラス・チャイルズ氏が写っていますね。

ポール:そうです。私の人生に大きな影響を与えた4人のヒーロー達と私が写っています。4人とも写真の使用を快く了承してくれて、とても嬉しかったですね。CDのタイトルは、このCDのオープニング曲「ウォーキング・ウィズ・ヒーローズ」から取っています。

▲ポール・ロヴァト・クーパー作品集CD「ウォーキング・ウィズ・ヒーローズ」、
演奏ブラックダイクバンド、指揮ニコラス・チャイルズ

BPショップにて間もなく発売予定 >>>
http://www.rakuten.ne.jp/gold/bandpower/index.html

■日本ではどんな体験をしましたか?

ポール:とても素晴らしい時間を過ごすことができました。日本へは、リチャード・エヴァンス氏の紹介によりTCCBのゲストとして来日しました。一週間の滞在中、宇都宮ブラスソサエティでも合奏指揮の他、マスタークラスも行い、私の作品も演奏しました。TCCBの演奏会では私の作品「南極大陸」を日本初演し、ソロイストとして演奏もしました。日本はとにかく素晴らしいところでした。

滞在中は、どんなものが食べたいかと聞かれて、みなさんが普段食べているものと同じものが食べたいと、なんでも食べました。食文化からも日本の文化に触れたかったためです。日本での食事は、私が普段イギリスで食べるものと全然違いましたが、全ておいしかった。また、日本酒もたくさん飲みました。

■今年1月のバトリンズ()課題曲「スリープレス・シティズ」のスコアにも、この曲は世界の国々を回ったその雰囲気を織り込んだと書かれていましたね。

ポール:スリープレス・シティズは、音楽のポストカードのような作品にしようと思いました。私が訪れた国々の、様々な文化や、街の雰囲気を音楽で表現しました。来日した際は、まだこの作品が完成していなかったので、日本の雰囲気も取り入れたつもりです。

英国ブラスバンド通信vol.4「バトリンズ・マインワーカーズ・ナショナル・オープン・ブラスバンド・フェスティバル」
http://www.bandpower.net/soundpark/03_bbn/bbn04-1.htm

■2008年3月ナショナルズ地区大会3rdセクション課題曲「ザ・ダークサイド・オブ・ザ・ムーン」、2009年の6月のイングリッシュナショナルズ課題曲「ウィズイン・ブルー・エンパイヤーズ」、2010年1月のボトリンズ課題曲「スリープレス・シティズ」と連続で、課題曲にあなたの作品が選ばれていることについてどう思われますか?

ポール:とても嬉しいことですよ。課題曲を作曲することはとても難しいことです。ただ書きたい曲を書くだけではなく、課題曲として奏者に課題を出し、指揮者への課題も作品に盛り込んでいます。それでいて、奏者の方々にも、観客の皆さんにも楽しんで頂ける曲を目指しています。

国内の大会の他、2009年7月のワールド・ブラスバンド・チャンピオンシップス1stセクション課題曲に「イーコィリブリアム(Equilibrium)」を作曲し、2008年のオランダのナショナルズ課題曲にも「ザ・ダークサイド・オブ・ザ・ムーン」が使用されました。

■作曲するときに、何か意識していることはありますか?

ポール:私が作曲する時は、自分も聴きたい音楽を書きたいと思っています。私は映画音楽のファンでもあり、ジョン・ウィリアムス、ハンス・ジマー、クラウト・バデルト、アラン・シルヴェストリ等の映画音楽作曲家が好きです。そのため映画音楽のスタイルで作曲することが多くあります。ですので、私の作品を聴いたときには、空を飛ぶシーンや、水の中に飛び込むアクション的なものをイメージしやすいのではないかと思います。

そして、私が聴きたい音楽、チューンフルな音楽を書きたいです。作曲活動をするなかで、私の作品に対してのいろいろな意見も聞きます。それは、コマーシャルな音楽だというような意見ですが、そういうことを言う人に限って難しい音楽を書く人が多く、では私はどうかというと、そういう音楽はあまり聴きたいとは思わないのです。私が作曲するときは、演奏しても楽しい、聴いていても楽しい、そういう音楽を目指しています。

■作曲のアイディアはどのようにうまれるのですか?

ポール:正直に言って、私もどこから曲のアイディアが来るのか良くわかりません。私の作曲の流れを大きく二つに分けると、最初は音楽がインスピレーションとして頭に流れて、次にそこから、机の前に座ってコードやメロディーを調整していきます。

その最初の段階、インスピレーションとして頭に流れる(=作曲する)のは、普段の生活の中。たとえばシャワー中や、ドライブ中、歩いているときに、メロディーが頭の中を流れます。それでそのメロディーがいいなと思ったら、そこからその音楽を膨らましていきます。

通常、携帯電話のボイスメモを使い、メロディーのメモを記録しておきます。浮かんだメロディーはすぐに消えてしまうので、メモをとっておかないとそのアイディアを失ってしまうのです。これまで使ってないメロディーのメモは約50あります。そして、依頼が来たら、その中からもう一度使うアイディアを選んで膨らまし、作品にしていきます。大体これが上手くいく方法ですね。

私は先ほど述べたように、毎日普段の生活の中で作曲し続けているので、そのアイディアをいつもためておくようにしています。そして頭の中に聴こえてきた音楽を、素晴らしい奏者たちがステージ上で演奏することを想像します。たとえば、リチャード・マーシャルや、デヴィッド・チャイルズが、その音楽を素晴らしい演奏でお客さんに届けているところを想像し、私はその舞台のテンションや、観客からの空気を感じながら、作品を完成させていきます。

■ワードルハイスクールでは、音楽教育責任者も務められていますよね。

ポール:はい、学校では重要な役職についています。私は音楽の授業を担当する他に、学校の全ての音楽活動の責任者でもあります。ワードルハイスクールでは、トレーニングバンド、ジュニアバンド、スクールバンド、ユースバンドの4つのブラスバンドが活動しているほか、ウィンドバンド(吹奏楽)、ビッグバンド、クワイヤー(合唱)、パーカッションアンサンブル、フォークグループの合計9つの団体が活動しています。

私は常に全ての活動が、問題なく円滑に進んでいるか、生徒の近くで活動を見て、必要な時はアドバイスを出します。音楽教員&音楽教育責任者を務め、その他、作曲活動&演奏活動の毎日、とても忙しいですね。

■サルフォード大学在学中は「ロイ・ニューサム指揮者賞(Roy Newsome Conductors Award)」を受賞され、ワードルハイスクールでもビックバンドの指揮をされていますよね。

ポール:はい、指揮も大好きです。今は演奏と作曲をメインに忙しく活動していますが、フリーランスの指揮者として、世界中で指揮しています。この夏は、リチャード・エヴァンス氏が指揮するナショナル・ユース・ブラスバンド・オブ・スコットランド(NYBBS)にエヴァンス氏が招待してくださり、彼とともにNYBBSを今後3年間指揮する契約を結びました。

▲ブラックダイクバンドで演奏するポール・ロヴァト・クーパー氏

■ブラックダイクバンドでの演奏活動について聞かせてください。

ポール:とても楽しいです。ブラックダイクバンドで演奏することは、プロ・フットボール(サッカー)でプレーすることと似ていると思います。フットボール・チームのメンバーは多くの時間を共に過ごします。同じくブラスバンドも、私は多くの時間をよい仲間と共有しながら、楽しい時を一緒に過ごしています。

私のモットーは「熱心に仕事し、熱心に演奏する」です。ブラックダイクバンドは年間60以上のコンサートで演奏し、その他たくさんのコンテスト、ツアーも行っています。いつも私たちのできる最高の演奏を目指し、コンサートではエンターティメントと共に音楽性の高さを大切にしています。同時に、演奏が終わればメンバーとともにたくさん笑い、ジョークを飛ばしたりしています。いい時間をいい仲間と過ごし、演奏も楽しんでいます。

■今後はどんな活動をする予定ですか?

ポール:これからは特に作曲活動において大事な時期を迎える予定です。最近、自分の会社「PLCミュージック」をスタートし、自分の作品を、自分の会社から出版、宣伝する活動を始めました。テレビや映画音楽の仕事も予定していて、これから12か月はとても大きなチャンスが待っていると思います。契約の関係もあり、今はまだこれ以上詳しくは話をすることができませんが、とても楽しみで、少し違う一年になると思います。

■バンドパワー読者に、メッセージ、アドバイス等お願いします。

ポール:みなさんにこの言葉を贈りたいと思います。

「老いたから遊ばなくなるのではない、遊ばなくなるから老いるのだ」
(We don’t stop playing because we grow old. We grow old because we stop playing)
byジョージ・バーナード・ショー

この言葉は「若い心を持ち続けていれば、いくつになっても遊び楽しむことができる」ということを思い出させてくれる、素晴らしい言葉です。(playは遊びと演奏と両方の意味を含んでいる)

また、私の曲を演奏してくださる皆さんへのアドバイスは、とにかく楽しんで演奏してください。私が作曲する時は、演奏者もお客さんも、みなさんがこの音楽を楽しんでほしいという願いを込めて作曲しています。だから、みなさんが私の曲を演奏する時は、演奏を楽しんで素晴らしい時間を過ごしてほしい。音楽とは楽しむこと、素晴らしい時間を過ごすこと、それが全てだと思います。


【ポール・ロヴァト・クーパー&ブラックダイクバンドのCD、DVD】

「ウォーキング・ウィズ・ヒーローズ」が収録されているCD
全英ブラスバンド選手権2007/The National Brass Band Championships of Great Britain 2007
http://item.rakuten.co.jp/bandpower/cd-1538/

「永遠の生命/Vitae Aeternum」が収録されているCD
エッセンシャル・ダイク Vol.8/Essential Dyke Vol.VIII/ブラック・ダイク・バンド
http://item.rakuten.co.jp/bandpower/cd-1593/

「鷲が歌うところ/Where Eagles Sing」が収録されているDVD
ヨーロピアン・ブラスバンド選手権2008/
Highlights from the European Brass Band Championships 2008【DVD2枚組】
http://item.rakuten.co.jp/bandpower/dvd-9328/

【youtube動画 ポール・ロヴァト・クーパー作品】

「永遠の生命/Vitae Aeternum」byブラックダイクバンド
http://www.youtube.com/watch?v=woH-rHaRlP4&feature=related

☆小学校の金管バンドにおすすめ☆
ナショナル・チルドレン・バンドのために作曲された「ドリームキャッチャーズ」byNCBB
http://www.youtube.com/watch?v=77qZEn1RQzM&feature=related

(「ドリームキャッチャーズ」byブラックダイクバンド)
http://www.youtube.com/watch?v=ORJ8kX6dvg4&feature=related 

「エンター・ザ・ギャラクシー」byコーリーバンド
http://www.youtube.com/watch?v=32K9xwE00G0&feature=related

■オーウェン・ファー(Owen Farr) /コーリー・バンド、ソロ・テナーホーン奏者

◎インタビュー&文:多田宏江
2010年8月ブラスバンド・サマースクールinフラムリンガム

▲Owen Farr(オーウェン・ファー)
【ホームページ】http://www.coryband.com/farr/

 今回のゲストは、ヨーロピアン・ブラスバンド・チャンピオンシップスで見事3年連続優勝のハットトリックを決めた絶好調のコーリー・バンドから、ソロ・テナーホーン奏者オーウェン・ファー氏です。とにかく、どこにいても人気者。指導熱心で飾らない人柄の彼を、サマースクールの参加者たちは逃がしません。練習熱心と噂のオーウェン氏ですが、様々な楽器奏者やその練習法を研究し、インタビュー中もインタビュー以外でも様々な人の名前が飛び出し、練習だけでなく大変研究熱心な方でした。

 日本には、2007年に東京シティコンサートブラス(TCCB)のゲスト奏者として来日され、関東でワークショップも行なったそうです。バンド&ソロで世界中を飛び回りながらも、ローカル・バンドでの指揮者、エミネンス・ブラス(金管4重奏)など、幅広く活動されているオーウェン・ファー氏。テナーホーンってどんな楽器? オーウェン・ファーってどんな人?

■どのようにテナーホーンを吹き始めましたか?

オーウェン:私の出身地、ポンティプール(Pontypool)のローカルバンド、ポンティプールバンドで吹き始めました。私が5才の時に兄がポンティプール・ビギナーズ・バンドで楽器を吹き始め、私も翌年6才でジョインし、初めはコルネットを吹きました。その時、一緒に通っていた仲の良い友人は、今もポンティプール・バンドでプリンシパル・トロンボーンを吹いていて、私はコーリーで演奏するとともにポンティプール・バンドの指揮者も務めています。

テナーホーンに移ったのはそれから半年後(7才になる直前ぐらい)、バンドでテナーホーン奏者が足りないから、誰か吹かないかと言われたのがきっかけです。近所の友人がテナーホーンを吹いていて、さらに彼はとても上手だったので、彼の隣に座ったら楽しそうだと思い、自分からテナーホーンに移ることにしました。

■お兄さんが先にバンドに入っていたということですが、ご家族は音楽一家だったのですか?

オーウェン:結局、楽器を続けたのは家族の中で私だけです。小さな頃は、兄と弟と私、3人そろって同じバンドで吹いていました。その後、2人とも別々の道に進み楽器は辞めてしまい、兄弟の中で私だけが音楽家の道に進みました。

■ポンティプール・バンドで吹きながら、ゴウェント・カゥンティ・ユース・ブラスバンド(Gwent County Youth Brass Band)、ナショナル・ユース・ブラスバンド・オブ・ウェールズにも参加されたそうですね。

オーウェン:はい、どちらも参加しました。ゴウェントは大きく5つのエリアに分かれていて、そのエリアの1つがポンティプールでした。毎年クリスマスの時期に、ゴウェント中から子どもたちが集まってゴウェント・カゥンティ・ユース・ブラスバンドのコースが開かれています。演奏会にはゲスト指揮者や、ゲスト・ソロ奏者を招いて行われ、仕組みはナショナル・ユース・ブラスバンドに似ています。

ナショナル・ユースは年に2回、イースター・ホリーデーとサマー・ホリデーにコースが開催されています。スコットランド人はNYBBS(ナショナル・ユース・ブラスバンド・オブ・スコットランド)、ウェールズ人はNYBBW(ナショナル・ユース・ブラスバンド・オブ・ウェールズ)、イングランド人はNYBB(ナショナル・ユース・ブラスバンド・オブ・グレードブリテン)に参加できて、ウェールズ人や、スコットランド人もNYBBに参加することができ、両方に所属することもできます。だいたい自分の国のナショナル・ユースに所属するのが一般的ですね。

■さらに学校のバンドでも演奏されていたのですか?

オーウェン:はい、学校でも仲の良い友人とともに演奏していました。

■小中学生の頃から、既にブラスバンドで大忙しだったのですね。

オーウェン:幼い頃の私たちにとって、ブラスバンドはとても楽しいものでした。それは非常に大切なことだと思います。演奏レベルも高かったけれど、何より楽しかった。子どもたちはブラスバンドをエンジョイしていました。この体験があったからこそ今の私がいると思います。

楽しくなかったら長続きしませんよね。もし、子どもの頃にサッカーをして、楽しくないと思ったら、きっとあなたは今サッカーをしたいとは思わない。子どもたちはシンプルです。もし、親が何かを子どもに押し付ければ、子どもたちはその時はやるにしても、最終的にはやめてしまいます。何か続けるのは彼らがそれを好きだから、続かないのは義務的にやらされたからではないでしょうか。

私の両親は一度も練習しなさいとは言いませんでした。私の先生も、やる気を出させるような工夫はしても、義務的に押し付けることはありませんでした。いつも、それいいね、うまくできたねと言った感じで、子どもにとってはそれが大切だと思います。

今、私はいつも練習しています。それは義務ではありません、人に押し付けられることもありません。うまくなりたいから、私が自分で選んで練習しています。それはロジャー・フェデラーがテニスをすることと同じです。彼も誰かに押し付けられることなく、世界一のテニス・プレイヤーになりたかったから練習した、それと一緒です。

■その頃、影響を受けた人がいたら教えてください。

オーウェン:私が最初に影響を受けたのは、私の最初の楽器の先生、アラン・ウィリアムス(Alum Williams)先生です。先ほども言いましたが、彼は「それじゃダメだ」とか、「もっと練習しなさい」とは一度も言いませんでした。彼は幼い私に音楽の楽しさを教えてくれました。

次に大きく影響を受けたプレイヤーは、私が11才か、12才の頃にゴウェント・ユース・ブラスバンドのゲスト奏者として演奏したロバート・チャイルズ氏です。彼の演奏は、私がそれまで聴いたことの無い衝撃的なものでした。とても高い音、とても低い音、凄く速い音の動きも、音量の幅も、それまで体験したことのない演奏でした。

ポンティプール・バンドでも、学校のバンドでも、私はいつも楽しく演奏していましたが、その時、初めて「私もこんな風に演奏してみたい、演奏できるようになりたい!」と思い、家で練習をしました。その時は、どんな練習をすればあんな演奏できるのかわからなかったけれど、自分の出来る限り考えて練習したのを覚えています。

■オーウェン・ファーさんと言えばコーリー・バンド!ですが、コーリーで演奏する感想を聞かせていただけますか?

オーウェン:世界的な名プレイヤーが揃ったコーリーで演奏できることは、本当に光栄なことです。首席奏者たちは、みな素晴らしいプレイヤーですし、私はそのような奏者に囲まれて、バンドの真ん中(※)に座っていますから、演奏している時はもちろん、自分が吹いていない時も、聴きながら楽しんでいます。(※ブラスバンドにおけるテナーホーンの座席位置)

現在、私はウェールズに住んでいます。家からバンドルームへは車で片道1時間半。1998年大学進学のためマンチェスターに移り、その間、ウィリアムズ・フェアリー・バンドに所属しました。その時も本当に幸せな時間を過ごすことが出来ましたが、大学を卒業し、ウェールズに帰る機会を得て、結婚もし、今はコーリーで演奏しています。素晴らしいバンドで、素晴らしい奏者たちに囲まれて演奏できることを、心から幸せに思います。

■コーリー・バンドで特に思い出深い出来事があったら教えてください。

オーウェン:バンドでの一つ一つの体験はどれも素晴らしいものです。特に昨年は、今まで過ごしたことがないと思うほど、素晴らしい1年でした。ウェリッシュ・オープン、ヨーロピアン・ブラスバンド・チャンピオンシップス、ブリティッシュ・オープン、ワールド・ブラスバンド・チャンピオンシップス、出場したコンテストのほとんどで優勝できたのです。

それはランキングの問題だけではなく、一度バンドが最高地点に達した時(コーリーがそうだったように)、その先バンドはどこへ向かうのか?ということです。頂上まで達すれば、後は下り坂が待っているはずですが、コーリーはそうではなく、頂点を維持し続けました。そこには、演奏面だけではなく精神的な努力がたくさんありました。

丸1年間もその状態を維持し続けるということは、バンド・メンバー全員にとって、とても体力のいることですし、それをやり遂げたということは、とにかく信じられないくらい凄いことです。本当に素晴らしい1年を過ごし、今年はヨーロピアン・チャンピオンシップスで、3年連続優勝のハットトリックも決めました。このまま3週間後のブリティッシュ・オープンでも優勝したいですね。

■今年のブリティッシュ・オープンの課題曲、ピーター・グレイアムの「巨人の肩にのって(On the Shoulders of Giants)」は、2009年のヨーロピアン・ブラスバンド・チャンピオンシップスでコーリーが自由曲として演奏するために委託された作品ですよね。その曲をブリティッシュ・オープンで演奏するのは楽しみですか?

オーウェン:それはもう楽しみですよ。ブリティッシュ・オープンの会場、シンフォニーホールは最も優れたコンサートホールの1つですから、さらに楽しみです。

■奏者として、演奏するにあたって大事にしていることはありますか?

オーウェン:私の普段の練習は90パーセントが基礎練習、10パーセントが曲の練習です。しかし本番の時はどうか。テューバ奏者アーノルド・ジェイコブス氏の本「ソング・アンド・ウィンド」に、私が実践していることを表す言葉があります。

「演奏する時は、音楽のことを考え、息に仕事をさせる」
(When performing, you think about music and let wind do the work)

演奏に必要な要素を含む正しい練習をしていれば、それが習慣として演奏時に働きます。とても速いパッセージの曲など、フィガリング、舌の状態、その一つ一つを全てコントロールしようとしても、演奏中にそんな暇はありません。しかし、正しい基礎練習を積んでいれば“習慣が演奏を可能に”してくれます。演奏する時は、ただ、自分が出来る最高の演奏を目指して集中。深くしっかりと息を吸い、息を吐き出す。そして自分の描きたい音楽を描き出すのです。

それは、赤ちゃんの歩く練習と似ています。赤ちゃんは何度も転んだり立ったりを繰り返しながら、少しずつ歩くことを身につけます。今、大人の私たちが歩く時、歩くことを考えるでしょうか? 考えなくても自然に歩けるはずです。それは既に私たちの習慣として、体に身についているからです。私の練習はそれと同じなのです。全てが“考えなくても、習慣として出来るように”正しい習慣を練習中に身につけることを考えて練習しています。

私は自分のレベルをキープするためではなく、さらに上達するために練習しています。今、31才ですが、32才になった時には今より成長していたい。明日は今日よりも上手くなりたい。トランペット奏者のウィントン・マルサリスは世界的プレイヤーですが、彼もいつも成長を目指して練習しています。これは音楽の一つの特徴ですよね。練習に終わりはなく、はい!今、凄い奏者になった!というようなものではないと思います。音楽にゴールはない、終わりなく続いていくもので、だから楽しい。

▲オーウェン・ファーも参加する金管四重奏「エミネンス・ブラス」のCD
エミネンス・ブラスHP http://www.eminencebrass.com/(英語)

オーウェンとともに、コーリー・バンド、プリンシパル・ユーフォニアム奏者デヴィット・チャイルズ、
ロンドン交響楽団首席トランペット奏者フィリップ・コブ、
ブラックダイク、プリンシパル・コルネット奏者リチャード・マーシャルという豪華メンバー

※このCDは、BPショップでも間もなく発売予定です!

■2007年にはTCCBに招待されて来日されましたね。その時の日本の印象を教えていただけますか?

オーウェン:来日した時は、TCCB定期演奏会のゲスト演奏の他にも、個人レッスンや、バンド指導、学校や大学での指導など、様々なところでたくさんのプレイヤーに会うことができました。音楽的な視点で特に印象的だったのは、皆さんが、ただ音楽を楽しむだけではなく、上手くなりたいという熱心な気持を強く持っていることです。指導の時、私は英語で話しますので、言葉の問題もあるとは思いますが、それ以上に、皆さんとても慎重に私の話しを聞いていました。そして、たくさん質問をしてくれました。

音楽を楽しむこと。これはブラスバンドの特徴の一つでもあります。他の音楽形態と比べても、奏者も観客も音楽を楽しむ、この要素はブラスバンドにおいて、とても強いものです。日本でお会いした人たちからは、楽しむ他に「出来る限りベストを尽くすこと」、その気持ちをとても強く感じました。お会いした皆さんは受け身ではなく、強い気持ちを持っていましたので、素晴らしい姿勢だと思いました。

私はテナーホーン奏者として日本に行きましたが、私が日本に行く前に知っていたテナーホーン奏者はTCCBのひろこさんだけでした(ひろこさんはサマースクールの参加者の一人)。今は日本で多くのテナーホーン奏者にお会いできましたが、日本へ行く前は、テナーホーン奏者やブラスバンドはそんなに多くないだろうから、あまり興味を持ってもらえないのでは?と心配もしました。しかし日本に行ってみると、皆さんはテナーホーン奏者ということよりも音楽家としてとらえ、私は、どの楽器にも通用するアドバイスができたと思います。

間違いなく言えることは、10年後の日本のブラスバンドは大きく成長するだろうということです。昨日ひろこさんにも言いましたが、彼女は会うたびに、さら上達しています。初めてお会いしたのは約6年前ですが、彼女は今、素晴らしい音楽家です。たった6年という、この短い期間で彼女はとっても上達しました。

彼女のように、もし本当にうまくなろうと集中すれば、それは“ただ吹く”と“練習する”という二つの違いを生み出します。ただバンドに行って吹いてくるのと、上手くなるためにバンドに行く、上手くなるために練習する。そこから多くの違いが生れます。

また、リチャード・エヴァンズ(Richard Evans)氏がイギリスから東京に年に2回も指導に行っていること、これも大きな違いを生み出すことになるでしょう。彼は指揮・指導を通して“音楽の楽しみや喜び”と教育とのバランスを操るイギリスでもヨーロッパでも大人気の天才指揮者です。ただ楽しむ、もしくは、ただ厳しくする、のではなく、両方のバランスが絶対必要だと思います。そのような面で、彼はバンドの力を伸ばすための指導と同時に、バンドや音楽の楽しさを伝える世界的指揮者の一人です。

■今後はどんな活動をする予定ですか? またバンドパワーを読んでいるプレイヤーたちにアドバイスがあったら教えてください。

オーウェン:これからも自分の技術を磨きながら、世界中の人々にテナーホーンという楽器を紹介していきたいです。また、作曲家の人たちと連携しながら、テナーホーンのレパートリーを増やしていく活動も、今後とも続けていく予定です。テナーホーンはコルネットよりも大きく、高い音も低い音もコルネットより吹きやすい。またユーフォニアムより小さく、ユーフォニアムよりクリアな音が出ます。ソロ楽器として充分魅力ある楽器なのに、残念ながら知名度はまだ低い。世界中に、テナーホーンのソロ楽器としての魅力を伝えていきたいです。

バンドパワー読者の皆さんへのアドバイスは、今やっていることを続けてください。若い時の私もそうでしたが、たくさんの人たちの意見を聞きすぎると混乱し、自分のスタイルを見失うことがあります。音楽を楽しんで、練習も楽しんで、身になる練習を心がけましょう(たとえば、休憩をちゃんと取って口の筋肉を休める=つけることだとか)。練習は質より量、理論より実践! 心配しすぎずに、間違ってないか考えることよりも、まずは音楽を楽しんでください。

■オーウェン・ファー&コーリー・バンドのCD、DVD
http://item.rakuten.co.jp/bandpower/cd-1237/

■今年のブリティッシュ・オープン課題曲、ピーター・グライアム作曲「On the Shoulders of Giants」ウィニングパフォーマンスが収録されていDVD
http://item.rakuten.co.jp/bandpower/dvd-9378/

■コーリー、歴史的ハットトリックの始まり!
http://item.rakuten.co.jp/bandpower/dvd-9328/

■コーリー・バンドのCD
http://item.rakuten.co.jp/bandpower/c/0000000868/

■ベンジャミン・リシェトン(Benjamin Richeton) /グライムソープ・コリアリーバンド、コルネット奏者

◎インタビュー&文:多田宏江
2010年3月 Salford大学にて

▲Benjamin Richeton(ベンジャミン・リシェトン)

 今回のゲストは、今年のBBCラジオ2 ヤング・ブラス・ソロイスト2010の(BBC Radio2 Young Brass Soloist 2010)ファイナリストであり、グライムソープ・コリアリーバンド、コルネット奏者のベンジャミン・リシェトンです。

 フランス人であるベンジャミンは、現在サルフォード大学に在学中です。大学のサブバンド「アデルフィ・バンド」で指揮者を務め、大学バンドではプリンシパル(首席)奏者を務めています。学外のグライムソープ・コリアリーバンド以外にも、フランスのナショナル・ユース・吹奏楽団(ONHJ/選抜ユースバンド)で首席トランペット奏者、ヨーロピアン・ユース・ブラスバンド(EYBB)2007プリンシパル・コルネット、ヨーロピアン・ユース・ブラスバンド2008、2009ソプラノ・コルネット、ナショナル・ユース・ブラスバンド・オブ・スイス(NJBBS)のゲスト・ソプラノ・プレイヤーとして参加するなど、母国フランス、在学中のイギリスにだけにとどまらず幅広く活躍しています。

 今回はフランスのブラスバンド事情や、ヨーロピアン・ユース・ブラスバンドでの体験、そしてヤング・ブラス・ソロイスト2010出場について聞いてみました。

■日本にもパリ・ギャルド吹奏楽団が来日するなど、フランスではオーケストラや吹奏楽が盛んなイメージがありますが、ブラスバンドも盛んですか?

ベンジャミン:フランスのブラスバンドの数は40団体ぐらいだと思います。フランスでもブラスバンドが流行り始めてきて、バンド数も増え、最近ではイギリスのブラスバンドで活躍する指揮者を招待してのマスタークラスも開催されるようになりました。

■イギリスのバンドが「フレンチ・オープン・ブラスバンド・チャンピオンシップス」に参加した話しをよく聞きます。どんな大会ですか? またフランスのブラスバンドの大会について教えてください。

ベンジャミン:フレンチ・オープンに参加するバンドは、課題曲、20分のエンターテインメント・コンサート、野外でのマーチ演奏の3部門に出場します。フレンチ・オープンの他に、ヨーロピアン・ブラスバンド・チャンピオンシップスの予選大会にあたる「ナショナル・フレンチ・ブラスバンド・チャンピオンシップス」という大会もあります。この大会と比べると、フレンチ・オープンはフェスティバルの要素が強いコンテストですね。

ナショナルズ(ナショナル・フレンチ・ブラスバンド・チャンピオンシップス)は、ここ2年「Brass Band Nord-pas-de-Calais」が優勝し、指揮者もイギリスからフランク・レントンを呼ぶなど、よりブラスバンドらしい音になってきたと思います。それまでは「Aeolus」というプロ奏者によるバンドが優勝していましたが、コルネットもトランペットのような音だったり、ブラスバンドではなく、金管アンサンブルのような音色でした。フランスでもブラスバンドの形態が活きるブラスバンドのサウンドを出せるバンドが出てきていることはとても良い傾向だと思います。

■吹奏楽が盛んなフランスで、なぜブラスバンドで楽器を吹き始めたのですか?

ベンジャミン:自分で選んだというわけではなく、通っていた地元グレー(Gray)のミュージック・スクールでコルネットを習い始め、そのままミュージック・スクールのブラスバンドに参加しました。ブラスバンドを始める前には想像もつかない楽しさで大好きになりました。サルフォード大学に来る前の1年間、グレーの近くの都市、ディジョン(Dijon)で音楽を学んでいましたが、ディジョンはオーケストラ楽器の傾向が強く、グレーとは対照的でした。

ミュージック・スクールにはブラスバンドの他に、吹奏楽もありましたが金管楽器を習っている生徒が多くいたのでブラスバンドをつくったようです。グレーのミュージック・スクールで金管楽器を習っている人は、楽器をはじめて2年ぐらいでほとんどの生徒がブラスバンドに参加します。私は、ヨーロピアン・ユース・ブラスバンドに参加した初めてのフランス人プレイヤーだと思うのですが、その時もう一人、同じくグレー出身の女の子もフランス代表として一緒に参加しました。

■ヨーロピアン・ユース・ブラスバンドには2007年から3年連続参加されていますね。初参加からプリンシパル(首席)だったのですか?

ベンジャミン:はい。オーディション後「プリンシパル」と言われ、思ってもいなかったのでびっくりしました。2007年はイングランドのバーミンガムが会場で、指揮者はイアン・ポートハウスでした。ヨーロピアン・ユース・ブラスバンドは、事前に席が決まっているわけではなく、ヨーロッパ各地からプレイヤーが集まって、全員が揃う初日に、指揮者によるオーディションが行われ、そこで席が決まります。2008年はノルウェーのスタバンガー(Stavanger)、2009年はベルギーが開催地で、2008年と2009年はソプラノ(E♭コルネット)を担当しました。

■フランス人初参加者にして、初回からプリンシパルとは凄いですね。日本にはヨーロピアン・ユース・ブラスバンド参加のシステムがないのですが、フランスのファデレーション(フランスの吹連)から代表に選ばれて参加したのですか?

ベンジャミン: 参加した3回とも、フランスのファデレーションから、フランス代表として選ばれ、全費用(食費、宿泊滞在費、飛行機代など)をファデレーションが負担してくれました。

■ファデレーションのサポート体制も整っていて素晴らしいですね。3回連続で参加してみてどうでしたか?

ベンジャミン:素晴らしい体験でした。面白いのは、毎回バンドのメンバーの輪が、とても早く強くつながっていくことです。はじめはみんな吹くだけ。そこから話し始めてうちとけて、最後には離れたくない、みんなずっと一緒にいたい、このメンバーでこのバンドをずっと続けたいと思うようになるまで仲良くなるんです。

3回とも別々の開催地で、開催地がイギリス以外の国でもイギリスでも、みんな英語で会話しました。16カ国からの参加者は、イギリス人には母国語だけれど、頑張って英語を使ってコミュニケーションする。それがさらに音楽のつながりを強くしたと思います。イングランドに来て、大きな大会で一緒に参加したメンバーに再会できたのもうれしかったですね。

▲Benjamin Richeton(ベンジャミン・リシェトン)

■BBC ラジオ2ヤング・ブラス・ソロイスト2010には、どのようなきっかけで出場したのですか? また、出場してみての感想を教えてください。

ベンジャミン:父が参加者募集の知らせを見つけてすすめてくれました。同じ時期に大学でリサイタルをしていたので、その録音をBBCに送ってみました。

正直に言うと、私自身はあまりコンペティション(competition/競争・コンテスト)が好きではありません。コンペティションはスポーツのイメージで、音楽はアート。私の考えでは、アートは感情表現や叙情的なものであって、それを競争することはできないと思うのです。

初めからそんな姿勢だったので、予選通過も想像していませんでした。1次予選通過の知らせから3週間後に、フォーデンス・バンドとの録音が待っていました。出場はしましたが、毎回の演奏時には、音楽会だと思って、コンテストとは思わずに演奏しました。二次予選通過も全く予想していませんでした。

■二次予選はフォーデンス・バンドをバックに、決勝戦ではブラック・ダイク・バンドをバックに演奏されましたが、トップ・バンドと一緒にソロで演奏してみてどうでしたか?

ベンジャミン:レコーディングの前に、事前にフォーデンスとブラック・ダイク・バンドのバンド・ルームへ行ってバンドと一緒にリハーサルしました。どちらのバンドのバンド・ルームも、そのバンドの歴史や、イングランドのブラスバンドの歴史を感じました。

ブラック・ダイクのバンドルームに行った時は、知り合いのメンバーの方が、木製の譜面台に刻まれた、歴代のプリンシパル・コルネット奏者のサインを見せてくれて、フィリップ・マッキャンやロジャー・ウェブスターのサインを見つけたりしました。

トップ・バンドと吹くとなると、戦うような、張りあうようなイメージがあるかもしれないですが、そんなことは全くなく、雰囲気良くサポートしてくれて、リラックスして楽しんで演奏することが出来ました。

■現在グライムソープ・コリアリーバンドに所属されていますが、どんなバンドですか?

ベンジャミン:素晴らしいバンドです。全てのコンサートをいつも楽しんで演奏することが出来て、いつも演奏会が楽しみです。そんな思いになるバンドは人生で初めて所属しました。指揮者のジェームズ・ガーレイの指揮も司会も、演奏も姿勢も素晴らしいです。演奏も全然緊張することはないですね。なぜなら、失敗するわけがない、楽しくないわけがない、そんな夢みたいな環境だからです。メンバーもとても仲が良いです。

■グライムソープ・コリアーリーバンドのメンバーとして、1月は「アラン・ティッチマーシュ・ショー/Alan Titchmarsh Show」、3月は「ア・バンド・フォー・ブリテン/A Band for Britain」 と、コンテスト、コンサートの他に、今年に入ってテレビの出演も多いですよね。他にも出演しましたか?

ベンジャミン:CD「The Music Lives On Now The Mines Have Gone」の宣伝にTVのニュースにも出演しました。 毎週末は土日どちらか、もしくは両方本番があって、大学の課題も、リサイタルもコンダクティングも、とっても忙しい日々ですが、どれも逃したくないぐらい充実しています。

■今年もナショナル・ユース・ブラスバンド・オブ・スイス(NJBBS)のゲスト・ソプラノ・プレイヤーとして招待されているそうですが、前回参加してみてどうでしたか?

ベンジャミン:よく飲んで(笑)、一日平均3・4時間ぐらいしか睡眠をとらずにリハーサル&本番と、10日間があっと言う間に過ぎてしまうイベントでした。期間が終わる頃には、また来年も行きたくなります。毎年7月の上旬に開催され、講師陣もヨーロッパのトップ・バンドが集まる充実したナショナル・ユースです。一例をあげると、今年の講師陣はコルネットが、クリストファー・ターナー(コーリー・バンド)、ユーフォニアムがスティーブン・ミード、ベースがレズ・ニーシュ(フォーデンス)などです。指揮者は、去年はギャリー・カット、今年はジェームズ・ガーレイです。

■尊敬するプレイヤーや音楽家がいたら教えてください。また、大学を卒業後はどんな活動をする予定ですか?

ベンジャミン:モーリス・アンドレはヒーローですよね。人柄も、音楽・音色も最高で、彼の演奏を聴くだけで夢を見ているような気持ちにさせてくれます。彼の出身地は、フランス北部でその地域はフランスでも特に吹奏楽が盛んな地域です。それは、イングランド北部でブラスバンドが盛んなのと似ているようにも思います。指揮者はディビット・キング、アラン・ウィズィントン(Alan Withington)の2人ですね。2人ともサルフォード大学出身です。コルネット奏者はロジャー・ウェブスターとディビット・キングです。

今後は、もう少しイングランドで活動を続けて行きたいと思っています。フランスの家族や友達にも会いたいですが、楽器指導のトレーニングをイングランドで受けたいです。また、いつか日本にも行ってみたいです。今までいろんな国の人に会ってきましたが、今まで出会った日本人の人たちはとても親切な人たちばかりでした。

■グライムソープ・コリアリーバンド
http://www.grimethorpeband.com/

■「アラン・ティッチマーシュ・ショー/Alan Titchmarsh Show」の動画(Youtube)
http://www.youtube.com/watch?v=_T3z-OGAESY

■「ア・バンド・フォー・ブリテン/A Band for Britain」の動画(Youtube)
http://www.youtube.com/watch?v=TJcc4dh3qI4&feature=related

■CD「The Music Lives On Now The Mines Have Gone」のCM(Youtube)
http://www.youtube.com/watch?v=yKBwHuCLUGU&feature=related

■フィリップ・ハーパー(Philip Harper) /レイランド指揮者・作曲家・Brass Band World編集者

◎インタビュー&文:多田宏江
2010年1月24日 Butlins Contest 会場にて


 6月から名門バンド、レイランドの指揮者に就任することになったフィリップ・ハーパー氏。彼は日本に約2年住んだこともある、イギリス・ブラスバンド界の親日家の一人です。

 今年(2010年)のナショナルズ地区大会では彼の作曲した「Kingdom of Dragons」が2ndセクションの課題曲として選ばれ、全国の2ndセクション・バンドがこの曲を演奏します。指揮者、作曲家として大人気のフィリップ・ハーパー氏は、ブラスバンドの有名雑誌ブラスバンド・ワールド(BBW)の編集者としても活躍されています。そんな彼の指揮で1月、コンテストに出場しました。ここはインタビューのチャンス! コンテストの合間にインタビューをさせていただきました。

■どのようにテナーホーンを吹き始めましたか?

フィリップ:私はイングランド南部で育ちました。南部はブラスバンドの文化的伝統がランカシャーやヨークシャーほど強くない地域でしたが、実家の近所でローカルバンドの代表をされている方がいて、その方の家にバンドの宣伝チラシが貼ってありました。

当時7歳ぐらいだったと思いますが、母に趣味をみつけるように勧められ、その近所の方に連絡してバンドに入ることになりました。楽器はバンドの人から渡され、自分で選んだ記憶はなく、その楽器がテナーホーンだった、という感じでテナーホーンを吹き始めました(笑)。

■そのローカル・バンドはどんなバンドでしたか?

フィリップ:私の育ったローカルバンドには、ビギナーズバンド、ユースバンド、Bバンド、Aバンド(4thセクション)とあり、私はビギナーズバンドからスタートしました。ある程度吹けるようになるとユースバンド、さらにBバンド、最後にはAバンドというように全部合わせて10年はいたと思います。若い人たちから、年配の方までたくさんの人たちが活発に活動しているバンドでした。

■ナショナル・ユース・ブラスバンド・オブ・グレードブリテンではプリンシパル(首席)テナーホーン奏者にもなられたそうですね。その時のことについて教えていただけますか?

フィリップ:私の先生の勧めでオーディションを受けて入りました。有名な指揮者やソロ・プレイヤーと出会い、一気に人脈が広がりました。ブラスバンドが活発なランカシャーやヨークシャーの文化的伝統をナショナル・ユースで感じたように思います。ここから私の多くのドアが開いたと思います。

■さらに、BBCヤング・ミュージッシャン・オブ・ザ・イヤー1991年では、ファイナリスト(決勝戦)まで進まれましたとお聞きしました。その時の経験について教えてください。

フィリップ:良い経験になりましたね。同じ年のファイナリストには、ブラック・ダイク・バンドのソロ・トロンボーン奏者のブレッド・ベーカーさんやフォーデンスのソプラノ奏者だったトレイシー・レッドフォードさんがいました。このコンテストにテナーホーンでファイナリスに残ったのは私が初めてだったと記憶しています。

■その後、ブリストルの大学を卒業されて、日本に行かれましたよね。日本での体験を教えていただけますか?

フィリップ:それまで海外旅行に行ったことはあっても、2週間以上海外にいるような体験は日本が初めてでした。JETプログラムのALT(外国語指導助手)の先生として埼玉県の中学校で2年間働きました。はじめの契約は1年でしたが、もう一年契約を延長したぐらい充実した楽しい日々でした。

当時の家は東武東上線の駅に近く、池袋にも出やすかったので東京にもよく行きました。東京ブラスコンコードで井上先生の指揮で演奏したほか、ブラスバンドのソロ奏者として、当時日本にあったほとんどのブラスバンドにゲスト演奏しました。毎週、朝霞市民吹奏楽団の練習に参加するなど地域の吹奏楽団にも所属し、日本では吹奏楽人口がものすごく多いのに対して、ブラスバンド人口が少ないことも知りました。

私の妻は日本人です。なぜ日本に行くことを決めたかといったら、彼女との出会いが大きく影響していますが、世界を見たいという気持ちが強かったからです。日本に行き、日本の文化、エチケットが身近になり、歴史を学び、人脈が広がる中で自分の世界観を大きく広げることができました。イギリスだけに住んでいた22歳ぐらいまでは、世界にある、たくさんの国々が、それぞれの生活・文化を持っているということを本当の意味ではわからなかった。だから、日本を知ることができたとともに、そこから世界中に視野が広がりました。それぞれ違う国の人々の、それぞれの生き方があるということを知りました。

あとは、体格の違いもおもしろかったですね。

■背が高いですよね! 身長はどのくらいですか?

フィリップ:198cmあります。 日本人の平均身長は私よりもちょっと小さいので、普段の生活で難しいこともありました。すべてが私には小さすぎました。住んでいた家でも、体を屈めてドアをくぐっていましたね。おもしろかったですよ。

街に出る時も私の身長は、人ごみの中で抜きん出てしまっていました。日本語がわかるようになってくると、道を歩いている人たちの会話も理解できるようになってきて、街の人たちによく噂され(身長が高いこと)、それも聞き取れるようになりましたね(笑)。

旅行もしました。古いお寺や建物を訪ねたり、歴史を調べたり、素晴らしい友達もできました。最近は仕事が忙しくて、日本に行きたいと思ってもなかなか行けませんでしたが、この夏、5年ぶりに日本を訪れます。とても楽しみにしています。

■日本からイングランドに戻り、本格的に指揮者としてキャリアをスタートされましたが、何かきっかけはあったのですか? 影響を受けた指揮者はいますか?

フィリップ:日本でソロイストや、演奏をいっぱいしてイングランドに戻ると、私にとって、全てが人生の再スタートでした。特に影響を受けた指揮者はいませんが、自分の中で自然に指揮をしたいと思うようになり、フラワーズバンドでは8年指揮をしました。

■6月から正式にレイランドの指揮者に就任されますよね。そのことについてお聞かせください。

フィリップ:イングランドのトップバンドの一つ「レイランド」で指揮を振れることは、大変光栄なことです。ブラスバンドの新しい可能性に挑戦しようというイノベーション意識を、私もレイランドも共通に持っています。考えた方がオープンで、これから色々なプロジェクトも待っています。イングランドのブラスバンド人気は減少傾向にありますが、そこをこのバンドと一緒に押し上げていきたいです。

■あなたにとって音楽はどんなものですか?

フィリップ:音楽は、形のある目に見えるものではないですよね(Music is no tangible things)。ほら、ここに音楽があるよ、とは言えない。人の心、感情と切っても切り離せないものだと思います。指揮者として音楽から、その感情を最大限引き出したいですね。いろんなところでいろんな人が、日々音楽から影響を受けている。そして世界中の人々の生活の中に必ず音楽があるはず。ユニバーサルなとてもパワフルな力を持ったものだと思います。

http://item.rakuten.co.jp/bandpower/cdi-0113/


■アスピレーションズ/ASPIRATIONS
外囿祥一郎&フラワーズ・バンド
指揮:フィリップ・ハーパー

【収録曲】
1. ユーフォニアム協奏曲/フィリップ・スパーク
2. プーランクの墓/天野正道
3. 協奏曲 作品114a/デリック・ブルジョア

http://item.rakuten.co.jp/bandpower/cdi-0113/

■ラッセル・グレイ(Russell Gray) /指揮者、YAMAHA artist

◎インタビュー&文:多田宏江
2009年11月18日 Salford大学Peel Hallにて

▲Russell Gray
【プロフィール】
 http://uk.yamaha.com/en/artists/brass_woodwinds/russell_gray/(英語)

 金管奏者なら一度はお世話になったことのある、バイブル的教本「アーバン金管教則本」。その「アーバン教則本」に載っているソロ曲を、アーバンの持っていたコルネットで吹くというユニークなCDを出した人、その人がラッセル・グレイです。

▲アーバン・コレクション/The Arban Collection/
ラッセル・グレイ【コルネット】
http://item.rakuten.co.jp/bandpower/cd-0444/

 彼はコルネット、トランペット奏者としても有名ですが、イギリスのブラスバンド情報サイト「4バーズレスト」、コンダクター・オブ・ザ・イヤー2002にも輝いたブラスバンド界では世界的に有名な指揮者です。2009年の1年間だけで、指揮をしたコンテストは18コンテスト、という驚異的な数。ブラスバンドだけでなく、吹奏楽、オーケストラの指揮者として、世界中からひっぱりだこな彼が、私の学ぶ大学に来たー!ということでインタビューをしてきました。

▲ラッセル・グレイとSalford大学バンド(photo by Kanae Tauchi)

■どのようにをトランペット&コルネットをスタートされましたか?

ラッセル:私の通っていたスコットランドの小学校にはスクールオーケストラがありました。私の父が、私の生まれる前にトランペットを吹いていたという話は聞いていて、オーケストラもトランペットも、もともと興味がありました。

9歳のとき、小学校のオーケストラのトランペットの席に空きが出て、実家の物置から、父のトランペットを発見し、初めて吹きました。2日目にはオクターブが吹けて、1ヶ月後には、スクールオーケストラをバックにソロを吹けるようになっていました。

12歳になった頃にはグレードブリテン・ソロチャンピオン(コルネット)になり、ある程度楽器は吹けていたので、中学校の音楽のレッスンは、スコットランドのプロオーケストラのトロンボーン奏者の先生2人と、よくデュエットしていました。とてもいい勉強になりましたね。小学校でも中学校でも、よき先生に恵まれました。

同時にその間、2008年に来日したNYBBSのプリンシパル(首席)コルネットを7年務めていたんですよ。

■どのように指揮を始めたんですか?

ラッセル:ヨークシャーのハデスフィールド大学で、大学生の頃から副専攻として指揮を学んでいました。当時はメジャー・ピーター・パークス、ジェフリー・ブランド、リチャード・エバンスなどイギリスのブラスバンド界の大御所指揮者達の指揮を見て育ってきました。

現在は、指揮が自分のメインの仕事になっています。そのきっかけとなったのが、今から約10年前に、ノルウェーのスタバンガーバンドに指揮者として招待され、2年間指揮をしたことです。

キャリアの初めは、特にコンテストの成績がその後の仕事を左右します。2000年イングランドのラムサムバンドに指揮者として呼ばれ、すぐさまナショナル・ファイナルズ2位に輝き、1位のコーリーバンド(ウェールズ代表)に続き、イングランド代表としてヨーロピアン選手権に出場しました。この成績をキッカケにイギリスのバンドで指揮をする機会が増ました。フォーデンスで指揮をしていたときは、5回出たコンテストのうち優勝3回、準優勝2回という好成績を残すことが出来ました。

今ブラスバンドでは、カートンメインバンドに席を置いていますが、ずっとバンドに付きっ切りというわけではなく、フリーランス・コンダクターとして、ブラスバンドに限らず、オーケストラ、吹奏楽の指揮もしています。

吹奏楽はロンドンのコーストリングガード、オーストラリア・ブリスベンのアーミーバンド、シドニーのネイビーバンド、ノルウェーの軍楽隊、オーストラリアのスクールバンドで指揮を振っています。

グラスゴーのロイヤルアカデミーで大学院オーケストラコンダクティリングを取っているので、オーケストラでは、ブリスベンのチェンバーオケストラ、ノースウェールズのカンブリアフィルハーモニーオーケストラなどでも指揮者をしています。今はどの分野でも指揮がふれるという自信があり、これからも指揮の活動を広げていきたいですね。

■指揮者として、そんなに忙しいのに、今でもソロイストとしての活動を続けていらっしゃるんですよね?

ラッセル:ヤマハアーティストとして、世界各国で演奏活動をする機会があります。特にオーストラリアと強いコネクションがあります。スペインでマスタークラスなどもしていますね。

■指揮者、ソロイスト、さらにはクリニシャンとしても活動されていますよね?

ラッセル:コルネットやトランペットだけではなくて、どんな楽器にも通じる一般的なアプローチを心がけてクリニックしていますね。どんな人にも私のクリニックから、何かプラスになること、ヒントを得られるように心がけて活動しています。

▲レポーター多田(左)と、ラッセル・グレイ(右)(photo by Kanae Tauchi)

■今日はSalford大学バンドのゲストとして演奏していただきましたが、本番前に、いつインタビューするか話していた時、私が「今はリラックスしていただいて、本番後にお願いします」と言ったのに対して「私はいつもリラックスしてるので大丈夫ですよ」と言ってくださいましたよね? その言葉から、ラッセルさんの本番でのリラックスした姿勢は、普段の生活にあるように感じたのですが、どう思われますか?

ラッセル:まったくその通りですね。普段の生活から、リラックスしてナチュラルでいることはとても大切なことだと思います。 緊張をした状態で、楽器を持つと、そのまま楽器・音楽を通して間違ったメッセージが観客に伝わってしまう。

毎日を楽しむことも大切だと思います。音楽から楽しみをとったら何が残るの?と思うんですよね。リラックスが大事なのは指揮を振る時も同じです。指揮をするとき、たとえ心の中は忙しくても、外からはリラックスして見えるようにして、奏者に間違ったメッセージを伝えないようにしていますね。

■前日の大学でのクリニックで話されていた、目標となるパフォーマーのイメージと、アレクサンダー・テクニックの話にとても興味をもったのですが、ラッセルさんはどんなパフォーマーをイメージされているんですか? また、アレクサンダー・テクニックのことを意識するようになったきっかけを教えていだだけますか?

ラッセル: クリニックでは音楽に限らず、パフォーマンスとして目標になる人を3人イメージするという話をしました。このテクニックは私が若いころに自分がどんなパフォーマーでありたいか、見つけるのに役立ちました。

パフォーマーとして、お客さんの前に立つ時、自分の目標となるパフォーマーをイメージするんです。そして、そこから自分らしさを表現していくんですね。結果的にあなた自身のパフォーマンスをするんですが、そのパフォーマンスの入り口に、このテクニックが助けとなると思います。

私がどんな人を目標にしてたかというと、1人目は俳優の「ロビン・ウィリアムズ」。彼のパフォーマンス・エネルギーは、音楽や演技という分野を超えて、スケールの大きなパフォーマーとして目標の人ですね。2人目はトランペットプレイヤーの「ウィントン・マルサリス」。彼はいつ見ても聞いても、素晴らしい演奏ですよね。3人目はテナー歌手の「パバロッティ」。彼は常に私のリストにある尊敬するパフォーマーです。

アレクサンダー・テクニックは「動き」「姿勢」「力を抜くこと」を基本としてとらえています。ある時期に、首の筋肉を痛めた時期があって、その原因が、気付かないうちにしっかりと楽器を握っていた左手の力だったことがわかったんです。

ある時、誰かが、実際どのくらい楽器を持つのに力が必要なのか? そこまで握る必要があるのか?と聞かれてわかったんですけど、それから、左手も握りすぎないように、右手の指が集まりすぎないように意識するようになりました。右手は楽器とは関係なしに、一番楽な状態で添えるようになったんですが、その話をしたらピアノ奏者の方にも共感してもらって、どの楽器にも共通することだなぁと思いました。

■今後の予定や、目標などを教えていただけますか?

ラッセル:今活動しているように、吹奏楽、オーケストラ、ブラスバンドなど、1つの分野だけではなく指揮の活動を広げていきたいですね。吹奏楽はブラスバンドより世界的シェアが大きく、吹奏楽の指揮もいっぱいしてみたい。

オーストラリアで頻繁に活動しているんですが、日本を経由する形で日本で仕事をいっぱいしてみたいと思っています。

■最後に、音楽にとって一番大切なことはなんだと思いますか。
音楽の哲学はお持ちですか?

ラッセル:指揮者のジェフリー・ブランドが「音楽は音符と休符の感情の反響(Music is an emotional response to sound and space )」と言っていましたが、私はこの言葉をいつも忘れずに音楽をつくっています。音楽からどんな気持ちを感じ取り、表現するかによって奏者も観客の気持も変わります。休符だって感動的な間の取り方を表現することもできる。この言葉はとっても深い内容だと思います。

【ラッセル・グレイ連絡先】
rusgray@btinternet.com