■吹奏楽曲でたどる世界【第64回】<補遺7>広島への原爆投下(1945年8月6日)その2 ~失わざるべき記憶 ~1945年8月6日~(原爆ドームにて)(飯島俊成作曲)

Text:富樫鉄火

●作曲:飯島俊成 Toshinari Iijima(1960~)
●発表:埼玉県立松山女子高校吹奏楽部の委嘱により作曲、2000年、同部定期演奏会で初演
●出版:ブレーン(レンタル)
●参考音源:CD 『響宴VI』(ブレーン) ※グラールウインドオーケストラ(佐川聖二指揮)の演奏。
http://item.rakuten.co.jp/bandpower/cd-0407/

●演奏時間:約12分
●編成上の特徴:ほぼ標準編成。ピッコロ/フルート1・2/オーボエ/バスーン1・2/クラリネット群…E♭、B♭1~3、アルト、バス/サクソフォーン群…標準4声/ホルン1~4/トランペット1~3/トロンボーン1~3/ユーフォニアム/テューバ/弦バス/ティンパニ/パーカッション4~5人
●グレード/4~5

長々と1年以上にわたってつづけてきたこの連載も、今回で終わりである。

最後は、再び、広島の原爆を題材にした吹奏楽曲で終わりにしたい。

広島の原爆投下については、【第46回】≪モーニング・アレルヤ~冬至のための≫(ロン・ネルソン作曲)が同じ題材であり、そこで詳しく述べたので、省く。以下は、【第46回】を再読した上でお読みいただければ幸いである。

今回は、「音楽」で、しかも「吹奏楽」で、社会的・歴史的な題材を描くことについて少しばかり考えてみたい。

今回ご紹介する≪失わざるべき記憶 ~1945年8月6日~(原爆ドームにて)≫を作曲した飯島俊成は、上記CDのライナーノーツ(初演時プログラムノートの採録)で、たいへん重要な問題に触れている。

飯島は、以前、存命中だった父親と議論をしたことがあるという。父親から「俊成は音楽を通じて何か社会の役に立つとか考えないのかい?」と聞かれた。これに対して飯島は「音楽は音楽のためにあればいいんだよ」と答えていた。

だがその後、飯島は<僕は間違っていました。音楽は思想や信条を表現するものではないかもしれません。でも、音楽は心を表現するものです…>との思いに至って、この曲を作ったようである。

つまり飯島の場合「音楽で社会的な題材を描き、何がしかの影響を与えようとする」ことに、最初は否定的だった。純粋に「音楽は音楽のためにあればいい」と思っていた。それが「変わった」というのである。

あるとき飯島は、修学旅行以来、二度目の原爆ドームへ行ったら、周辺は<川辺を散歩する人、なんとも日常的な、のどかな風景でした>。ところが、中へ入ると……<日陰になったドームの内部は……、そこには日常がまったく感じられない、山奥の廃屋にさえ存在する人間の気配がまったくない、異質な空間が広がっていました>。

さらに、思いはつづく……<鉄の融点よりはるかに高く、恒星の表面温度さえ越えてしまう高温の中で、そこにいた人はどのようにして死んだんだろうか、そう思った時に、人の気配のない異質な空間の意味がわかりました。そこにいた人は死んだのではない、消滅したのだと思い至ったのです>。

<愛する人を残して行く哀しみ、愛しむべき日常を断ち切られる哀しみ、残される側の哀しみ、せめてもう一度だけでも逢いたいと思いながら、でももう2度と逢うことがないと悟った時の絶望>

それは、まさに「不条理」である。何も悪いことをしていないのに、そんな目にあわなければならない、文字通り「条理」がない、「不条理」である。そして、飯島は、こう感じた……<そのことにすべての人が思いを巡らすことさえすれば>。

かくして、この曲が生まれた。

内容は、決して描写的ではない。抽象的な響きで始まる。途中、激しい部分もあるが、概して、作曲者の「思い」が、そのまま音楽になったような曲である。そして、全編が、たいへん美しい。「演奏する」こともさることながら、まずは、ぜひ多くの方々に聴いていただきたい音楽だ。

だが、それでは、飯島がかつて父親と議論したように、この曲によって、何かが変わっただろうか。実際に社会に影響を与えるとか、あるいは、核兵器がなくなったりしただろうか。

私は作曲家ではないし、音楽ライターとして勝手に言いたいことを述べているだけなので、軽々しいことは言えないが、これは、創作者の多くが常に自問自答している問題だと思う。

音楽で何かを変える、影響を与える……もっとわかりやすくいえば、音楽で世の中に平和をもたらす、争いをストップさせる、二度と過ちを繰り返させない……そんなことができるのだろうか、と。

私は思う。そんなこと「できない」のだ。可能ならば、もうとっくに、この地球上から戦争はなくなっているはずだし、平和で満ち溢れているはずだ。だが、有史以来、そして、音楽が誕生して以来、この地球上に争いがなかった瞬間なんて、ないのだ。そのことは、この連載の題材を一覧していただくだけでも分ると思う。

なのに、それでも音楽家は、音楽で何かを訴えようとする。

アーノルドは、労働運動の惨劇を音楽にした【第28回】。

アルフォードは、第1次世界大戦の死者を追悼するマーチを作曲した【第36回】。

バーンズは、ノルマンディ上陸作戦の戦死者の姿を音楽にした【第43回】。

ギリングハムは、ベトナム戦争の戦死・不明者に捧げる曲を作曲した【第49回】。

フサは、ソ連による「プラハの春」弾圧や、環境破壊への怒りを音楽にした【第53、54回】。

ブロッセは、コソボ紛争の悲しみを音楽にした【第56回】。

清水大輔は、9・11テロを見つめなおす音楽を書いた【第57回】。

天野正道は、特攻で散華した兵士たちへのレクイエムを書いた【第63回】。

……この連載で取り上げた中のほんの一部、しかも「吹奏楽曲」だけで、これだけある。どれも、争いや不条理に対する怒りや悲しみを音楽にしたものである。ほかのジャンル、たとえばクラシック音楽とかポピュラー音楽にまで広げれば、とてもこんな量ではない。

しかし、戦争は終わらない。ブロッセの曲のおかげでコソボ紛争が平和解決したなんて話は聞かないし、清水大輔の曲がきっかけでイスラムとアメリカの対立が終わったなんてこともない。

では、彼らが生み出した音楽は、ムダなのだろうか。単なる徒労なのだろうか。

これもまた「そんなことはない」と私は思う。ほんの少しかもしれないが、何かが変わっているはずなのだ。それは、そう簡単に目に見えるものではないかもしれない。だが、まずは「知る」ことだけでも、たいへん重要なことだと思う。それには、とにかく誰かが言いつづけていかなければならない。それを「吹奏楽」がやっていることを、私たちは再認識するべきだと思う。コンクールだのアンコンだのもけっこうだが、もっと広い視野を持とうではないか。

特に吹奏楽は、中高生を含む若者たちが携わっているケースが多い。仮にいまの中学生が、清水大輔の≪N.Y.2001/09/11≫を聴いたり演奏したりすれば、自分が幼稚園か小学校低学年で、まだ世の中が分らなかった頃に何があったかを知ることになる。天野正道≪Alas de Hierro ~虚空に散った若き戦士たちへの鎮魂歌(レクイエム)~≫を知れば、終戦間際に何があったのかを知ることになる。

それだけでも、いいと思うのだ。「何があったか」を、まずは概要だけでもいいから「知る」、それは、とても大切なことだと思うのだ。

そして、それを、若者たちが接している「吹奏楽」が、貪欲なまでに行なっていることを、私は、素晴らしいことだと思っている。難しい現代音楽でもなければ、読み通すのに苦労するノンフィクションでもない、「吹奏楽」ならば、多くの人たちが演奏できるし、聴くことができる。そして、「何があったか」を知ることができる。

人間は、学習する動物である。それゆえに、悲劇も再発させてしまうが、「知る」「学習する」ことで、防げることだって、あるはずだ。

その後も、飯島は社会的な題材を吹奏楽曲にしている。イラク戦争に材を得た≪砂塵 ~Toward Embrace for Peace I ~≫、モスクワで発生したチェチェン武装勢力による劇場占拠事件に材を得た≪祈り~その時、彼女は何を想ったのか~ドゥブロフカ劇場(モスクワ)2002.10.26≫ など。もちろん、これらの曲で、イラクに平和が来たり、チェチェン紛争が解決するわけはない。しかし、少なくとも「知る」きっかけにはなる。まずは、そこがすべての始まりではないだろうか。

こういう音楽がどんどん生まれている吹奏楽の世界を、私たちは、もっと誇りに思おうではないか。
<敬称略>

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