■吹奏楽曲でたどる世界【第58回】<補遺1>チンギス・ハーン(13世紀初頭 ~大いなる約束の大地~チンギス・ハーン(鈴木英史作曲)

Text:富樫鉄火

●作曲:鈴木英史(1965~)
●初出:2007年4月、リヴィエール吹奏楽団と三重県上野高校が同時初演
●出版:ブレーン(レンタル)
●参考音源:
http://item.rakuten.co.jp/bandpower/cd-1858/

●演奏時間:約8分
●編成上の特徴:標準編成を超える部分…コントラバス・クラリネットあり。ソプラノ・サクソフォーンあり。フリューゲル・ホーン1・2あり(トランペット1~3別)。パーカッション1~6あり(ティンパニ別)。ハープ、ピアノあり。
※以上は、作曲時の編成であり、今後、出版の場合は一部改訂される可能性もある。
●グレード:4~5

今回から数回、いままでの連載で紹介できなかった作品を、年代順不同で「補遺」として掲載する

まず今回は、本連載中、最も新しい、できたてホヤホヤの新曲、鈴木英史作曲≪大いなる約束の大地 ~チンギス・ハーン≫。本年(2007年)4月に初演され、先日の全日本吹奏楽コンクール全国大会に登場したばかりの曲である。

タイトルからも分るとおり、これはモンゴルの英雄チンギス・ハーン(1162頃~1227)を題材にした曲だ。

「チンギス・ハーン」とは、13世紀の初めに、様々な遊牧民族に分かれていたモンゴルを統一し、現在の中国北部~アジア中央部~果ては西のイランあたりまでをも領土とする大王国を一代で築き上げた、モンゴル帝国の初代「ハーン」である。

「ハーン」とは「王」「皇帝」の意味で、「カーン」「カン」などとも発音するようだ。中国では「汗」(カン)の字をあてた。

つまり「チンギス・ハーン」なる名前は、「チンギス王」の意味なのだ。中国では「チンギス」に「成吉思」の漢字をあてて「成吉思汗」とした。昔の日本でもこの漢字でよく表記されていたし、荒っぽく「ジンギスカン」と称されていたこともある。昨今の日本では、現地の響きに即して「チンギス・ハーン」と称されることがほとんどだ。【1】

チンギスは、幼名を「テムジン」といった。のちにモンゴル帝国を起こし、初代ハーンとなった際に「チンギス」と名乗った。意味は正確には不明らしいが、アジア中央部からの外来語「海(テンギス)」が語源だとの説があるようだ。

チンギス・ハーンの最大の功績は、なんといっても多くの遊牧民族による部族に分かれていたモンゴルを統一させたことにある。遊牧民族とは、その名のとおり、牧畜を営みながら草原を往来する人たちなので、そもそも帰属意識が極めて低い。チンギス・ハーンは彼らを束ね、さらに、中央アジア各地に偏在する小国も従え、大モンゴル帝国に統一させたのだ。

チンギス・ハーンが征服し滅亡させた国には、たとえば「西夏」もあった。現在の中国中央北部にあったのだが、1200年代初頭、モンゴルによって包囲され投降、のちに滅亡している。この国に「敦煌」なる町があった。1900年代初頭、この町の外れの洞窟の中から、無数の巻物・書物・絵画が発見され「世紀の大発見」と大騒ぎになった。これは、かつて西夏国が敦煌の地を征服した際に、焚書【2】にされるのを避けるために、敦煌の文人たちが洞窟の中に隠したものだといわれている。で、この地が、さらにモンゴル帝国によって制圧されたため、書物類は人知れず洞窟の中で眠りつづけることになったのである。【3】

そんなモンゴル統一の英雄をモチーフにした曲が、今回ご紹介する≪大いなる約束の大地 ~チンギス・ハーン≫である。

曲は、大きく3部に分かれている。

冒頭部は、フルートのソロが導く、草原の祭礼儀式を思わせるような序奏部。ほぼ全員で「シ~……」と発声(息を吐く)する。掛け声も登場する。同時に打楽器が賑やかに鳴り響き、野性的な管楽器の咆哮がつづく。この部分は、作曲者によると、「日本の長唄のイメージ」が重ね合わされているそうだ。というのも、長唄を中心とする日本の発声音楽のルーツは、モンゴルだとの説があるのだ。そういえば、モンゴルの発声は実に独特で「ホーミー」なる不思議な発声法(喉歌)もある。これは、声帯を緊張させ、舌を口内で独特の位置に置くことで、一種の「倍音」を同時に発声させるものだ。いわば、一人で二つの音(和音?)を出すのである。【4】

そんな独特なモンゴルの発声法が日本に伝わって、長唄などの、ああいう邦楽特有の声になったとの説があって、ここでは、それに基づいた序奏部が展開する。だから、確かに聴いていると、モンゴル特有の響きの中に、邦楽を思わせるようなムードが混じっている。なかなか知的な面白さが醸し出される部分だ。

ところが曲はその後、意外な展開を見せる。突如、曲想が変わり、パーカッションによるマーチ・リズムが演奏されるのだ。いったい何が始まるのかと思いきや、ピッコロが、モンゴルそのものとしか言いようのない現地民謡風の旋律を奏で始める。明らかに、大草原を騎馬が走っている風景が浮かんでくる。

やがて木管、金管などが徐々に加わり、同じ旋律で追いついてくる。まさに騎馬戦だ。楽器が次第に増え、旋律が入り乱れ、一種の壮大な「フーガ」となる。リズムは「マーチ」のままだ。この部分、あまりの意外さと面白さ、楽しさに、聴いているほうは、呆気にとられるであろう。この部分の旋律は、作曲者が実際に探した、モンゴル現地のものらしい。まるでチンギス・ハーンが次々と周辺地を征服し、帝国を築いて行くかのようである。モンゴル特有の「咆哮」(長唄の元祖?)も交じる。

この部分のクライマックスは、パッサカリアの頂点を思わせる。いままでのマーチ風メロディと、長唄風メロディが合体する。ブリテン≪青少年のための管弦楽入門≫クライマックスを思わせる感動の盛り上がりだ。

そして曲は第3部へ。またも不思議な展開を見せる。後半は、一種の幻想的な部分だ。モンゴルの大草原を、チンギス・ハーンの思いが駆け巡るような壮大な響きとなってクライマックスに突入する。彼は、大モンゴル帝国を世界規模に拡大させる野望を持っていた。しかし、志半ばで亡くなる。そんな彼を悼むかのようなクライマックスである。

作曲者・鈴木英史は、手塚治虫の漫画『火の鳥』をモチーフにした≪鳳凰~仁愛鳥譜≫や、≪光の祭典≫≪ソング・アンド・ダンス≫などで知られる気鋭の人気作曲家である。
だが、近年、特に吹奏楽コンクールの世界では、オペレッタを中心とする編曲者としても抜群の知名度を誇っている。≪こうもり≫≪ロシアの皇太子≫≪小鳥売り≫≪メリー・ウィドウ≫≪美しきエレーヌ≫≪微笑みの国≫……枚挙に暇がない。こういったオペレッタを次々と吹奏楽版にして、送り出している。いまや「鈴木英史編曲」のスコアが登場しないコンクール会場を探すほうが大変なのではあるまいか。

そんな人気作編曲家による、この≪大いなる約束の大地~チンギス・ハーン≫は、おそらく今後、鈴木オリジナル作品としてはかなりのヒット作になると思われる。それほど楽しく、面白く、演奏しがいもあれば、聴き映えもする、吹奏楽ならではの魅力にあふれた名曲である。

この曲は、昨年結成され、今年(2007年)4月に第1回定期演奏会が開催されたばかりの 一般市民バンド、リヴィエール吹奏楽団(東京)のために書かれ、同団がコンクール自由曲に採用。見事、初出場で全国大会まで駒を進め、佐川聖二指揮で銀賞を獲得した。本日現在、未出版だが、正式出版は時間の問題であろう。

大相撲の朝青龍騒動で注目を浴びたモンゴルだが、一時は世界征服を達成しかねない、 大帝国であった。そんな大事業を成し遂げたチンギス・ハーンに思いを馳せながら聴き、 演奏したい。
<敬称略>


【1】よく、羊肉を焼く鍋料理「ジンギスカン」の名称の由来が、「チンギス・ハーンが好んだ料理だ」とか、「チンギス・ハーンが兜を鍋の代用にしたのがルーツだ」とか言われているが、すべて俗説。これは日本で生まれた純粋な「日本料理」である。戦前戦後の食糧難の時代、日本人がほとんど食べなかった羊肉を消費させるために、主に北海道で開発された料理。たまたまモンゴルでは羊肉が好んで食べられていたので、無理やり「ジンギスカン」などという名称を付けたのだといわれている。

【2】国が国を征服し、滅ぼす際、よく行われたのが「焚書」(ふんしょ)――つまり、書物類をすべて焼き払っていままでの文字を否定させる行為である。文明を滅亡させ、征服者に従わせるには、まず「文字」を失わせることが常道だったのだ。日本は、この「焚書」行為のなかった世界的にもたいへん珍しい国で(火災で書庫が焼けてしまうことはよくあったが)、だからこそ「世界最古の印刷物」(8世紀=奈良時代)である『百万塔陀羅尼』だの、平安時代の写本だのがきれいに残っていて、いまでも平然と古書店で売りに出されたりしているのである。ちなみに焚書の恐怖と愚かさを描いたSF小説の名作に『華氏451』(レイ・ブラッドベリ)がある。フランソワ・トリュフォーによる映画化(1966年)も有名。「華氏451」とは、本(紙)が自然発火する温度のこと。

【3】この出来事を、想像を交えた歴史ロマン小説にしたのが、井上靖の名作『敦煌』である。

【4】半ば笑い話だが、亡くなった漫才師の鳳啓助の声が、ホーミー発声に近いそうである。

【チンギス・ハーン余話】

現在、東京・岩波ホールで上映されている中国(内モンゴル自治区)映画『白い馬の季節』は、遊牧騎馬生活をつづけている現代モンゴルの家族が、遊牧生活を捨てて町に住むか否かで悩み、苦しむ物語。特にチンギス・ハーンを題材にした映画ではないが、羊や馬とともに暮らすモンゴル人の気質がたいへん伝わってくる名作である。ぜひご覧いただきたい。

チンギス・ハーンを描いた小説には、多くの作品があるが、なんと言っても井上靖『蒼き狼』(新潮文庫)が名作。

最近では、堺屋太一『世界を創った男 チンギス・ハン』1~3(日本経済新聞社)も話題になっている。

昨年公開された、反町隆史主演の映画『蒼き狼 地果て海尽きるまで』は、壮大なモンゴル現地ロケが話題になった。 一見、上記・井上靖の小説の映画化に見えるが、こちらの原作は、森村誠一『地果て海尽きるまで 小説チンギス汗』(ハルキ文庫)である。

なお「チンギス・ハーン」(ジンギスカン)といえば、ある世代以上には、ディスコ・ダンス・ミュージックとして脳裏にこびりついていると思う。ドイツの「ジンギスカン」なる名前のユニットが歌った同名曲≪ジンギスカン≫である。1979年のユーロビジョン・ソング・コンテストで発表され、「ミュンヘン・サウンド」の代表格としてヨーロッパを中心に世界中で大ヒットした曲だ。

いまでも、あのサビ「♪ジン、ジン、ジンギスカ~ン」や、曲中の掛け声「ウッ! ハァッ!」を口ずさめる人は多いと思う。モーニング娘。が歌って大ヒットした≪恋のダンスサイト≫の元ネタ曲でもある。最近では、幼稚園や保育園でお遊戯のBGMにさえなっているようで、現に私の子供も、昔、保育園で「ウッ! ハァッ!」と踊っていた。

ちなみに、そのディスコ版≪ジンギスカン≫も、ミュージックエイトから吹奏楽版スコアが発売されている。定期演奏会のサビで、鈴木英史≪大いなる約束の大地~チンギス・ハーン≫を演奏し、アンコール2曲目あたりで追い出し曲にディスコ版≪ジンギスカン≫を演奏したら、大うけすると思う。

コメントを残す