■吹奏楽曲でたどる世界【第57回】アメリカ同時多発テロ(2001年9月11日) ~N.Y.2001/09/11(清水大輔作曲)

Text:富樫鉄火

●作曲:清水大輔(1980~)
●初出:2002年、清水大輔個展演奏会にてS.D.Virtuoso Symphonic Bandが初演。
●出版:ウィンドアート出版(レンタル)
●参考音源:『ナスカ――地上に描かれた遥かなる銀河』(ワコーレコード)
http://item.rakuten.co.jp/bandpower/cd-1084/

●演奏時間:約8分
●編成上の特徴:少々変わっている。上からすべてのパートを挙げると――ピッコロ/フルート1・2/オーボエ1・2/バスーン1・2/ソロB♭クラリネット1~4/バス・クラリネット/コントラバス・クラリネット/サクソフォーン…ソプラノ、アルト1・2、テナー、バリトン/ソロ・トランペット1・2/ホルン1~4/ソロ・トロンボーン1~3(3はバス)/ソロ・テューバ/弦バス/ピアノ/パーカッション1~4
※「ソロ」とあるのは、作曲者によれば「1本以上の意味」だそうだが、イメージとしては、あまり多くの数ではなく、なるべく「ソロ(1本)」に近い数で、と考えていいと思う。
●グレード:出版元のサイトでは「3.5」となっているが、実際は、ほぼ「5」ではなかろうか。

2001年9月11日朝8時46分(現地時間)、ニューヨーク南端にある世界貿易センタービル「ツイン・タワー」の北棟に、旅客機(アメリカン航空11便)が突っ込んだ。

当初、これは「事故」だと思われていた。

この一帯はWTC(ワールドトレードセンター・コンプレックス)と称される複合ビジネス・ビル地域だ。特に、2つの超高層ビル「ツイン・タワー」(415メートル)が有名で、観光名所にもなっていた。ここがオープンしてからは、自由の女神もエンパイアステート・ビルも、かすんでしまった。平日は5万人の人々が勤務し、1日20万人以上の人々が出入りする。

ニューヨークの朝は早い。8時46分といえば、ほとんどのオフィスは稼動していた。そこへ航空機が突っ込んだとすれば大惨事は免れ得ない。ビルからは朦々たる煙が上がり始めた。

何しろ高さ400メートルを超えるビルだ。マンハッタン中から見える。すぐに全TV局が、臨時ニュースに切り替え、カメラをツインタワーに向け、ナマ中継を始めた。

ところが、臨時ニュース開始直後、驚くべき映像が飛び込んできた。9時3分、もう一機の旅客機(ユナイテッド航空175便)が、今度は南棟に突っ込んだのだ。こうなると、明らかに「事故」とは思えなかった。何かの「意志」が働いているとしか考えられなかった。

その後、アメリカ国内各地から、恐るべきニュースが続々飛び込んできた。

9時38分、ワシントンの国防総省にアメリカン航空77便が突っ込んだ。

10時3分、ペンシルバニア州郊外にユナイテッド航空93便が墜落した(ホワイトハウスに突っ込む予定が、ハイジャック犯と乗客が機内で格闘を始め、迷走してここに墜落した)。【注1】

この時、ブッシュ大統領は、フロリダで小学校の授業見学中だった。1機目の突入時はまだ車中だった。連絡を受けたが「事故」の可能性が強いとの報告だったので、そのまま小学校で授業見学に入った。

ところが見学開始直後、2機目が突入したとの連絡が入った。その時、ボディガードは、大統領にこう耳打ちした――「合衆国が攻撃されています」

全米の空港が閉鎖され、アメリカ国内は「マヒ状態」に陥った。

ツインタワーは内部で大火災が発生し、9時59分に南棟が、10時28分に北棟が崩壊。跡形もなくなった(その後、同エリアの第7ビルも完全崩壊した)。この模様も、そのままナマ中継され、世界中の人々がTVの前で言葉を失っていた。日本では、夜の10時台で、NHKのアナウンサーが「これは現実の出来事、映像です」と口走ったのは有名な話だ。

WTCでは、1700人もの生命が失われた。国防総省では、77便の乗員乗客64名と、国防総省職員189名が亡くなった。もちろん、ペンシルバニア郊外に墜落した93便の乗員乗客44名も即死した。救出作業中の救急隊員も多くが亡くなった。事件全体で、3000名弱の生命が失われたといわれている。

2001年9月11日。この日を境に、世界は変わり始めたのだ。

本連載をお読みの方ならお分りのように、世界は、第2次世界大戦後、「東西冷戦」の時代が長くつづいた。それが終わると、今度は「宗教」と「民族」による対立の時代になった。そのことが、絶望的なまでに決定的になったのが、この日だった。

アメリカ側の捜査は素早かった。そもそも、ハイジャック犯が機内でアラビア語を話しており、そのことは、ハイジャック直後に管制官に伝えられていた。彼らの座席や航空券購入時のさまざまな情報から、実行犯はすぐに特定された。

その結果、アメリカ政府は、国際テロ組織「アルカイダ」の犯行と断定。彼らを匿っているアフガニスタンのイスラム原理主義政権「タリバン」に対し、リーダーのウサマ・ビンラディンらの引渡しを要求した。

だが、タリバンはそれに応じなかった。アメリカは報復措置として、10月7日、アフガニスタンに対する空爆を開始する。アメリカ側の自称「不朽の自由作戦」、通称「アフガン侵攻」である。「民族」「宗教」の対立は、ついに「戦争」に発展したのだ。

アルカイダは、反米・反ユダヤを標榜するイスラム系の過激派国際テロ組織だが、実は、もともとはアメリカによって生み出されたとの説もある。1979年、当時の旧ソ連がアフガニスタンに侵攻した際、アメリカのCIAによって対抗組織として結成されたというのだ。

また、彼らを匿ったアフガニスタンのタリバン政権も、一時はアメリカと「連携関係」にあった。アメリカとしては、タリバンを援助することで、アフガニスタンの石油パイプラインを確保しておきたかったのだ。【注2】

もし、それらが本当だとすれば、まさにアメリカは「飼い犬に手を噛まれた」ことになる。

ところがこのアフガン侵攻で、ビンラディンは捕縛できなかったものの、一挙にアメリカ世論は保守化し、イスラムやアラブに対する憎しみが国内に充満した。何の関係もない、一般の中東系市民までが、いじめられたり、差別にあったりした。【注3】

ブッシュ大統領は、その機運を見逃さなかった。突如「この世界には悪の枢軸国がいくつかある」と言い出し、その中のイラクが「大量破壊兵器を保持している」と決めつけ、今度はイラクを攻撃し始めたのだ。フセイン大統領は逮捕され、シーア派住民殺害の罪で処刑された。だが、問題の「大量破壊兵器」が出てこなかったことは、すでにご存知のとおり。

アルカイダはそのまま。ビンラディンは見つからない。イラクの大量破壊兵器も出てこない。ではいったい、2001年以後、アメリカがやってきたことは何だったのか。確かにテロは恐ろしい行為だし、許されるべきことではない。だがどうも、ブッシュ政権のアメリカは、それを口実に、結局、イスラムやアラブを駆逐したいのではないか――世界中が、次第に、そんな感慨を持ち始めた。

今回、この連載の(年代順掲載の)最終回として取り上げるのが、この同時多発テロを題材にした、清水大輔の≪N.Y.2001/09/11≫である。

最上段のデータ欄に記したように、これは少々変わった編成の吹奏楽曲である。B♭クラリネット1~4、トランペット1・2、トロンボーン1~3(3はバス)、テューバはすべて「ソロ」と指定されている。複数で演奏してもいいらしいが、作曲者の理想イメージとしては「ソロ(1本)」らしい。E♭クラリネットやアルト・クラリネット、ユーフォニアム、ティンパニは指定されていない。

よってこれは33~34人の中編成で演奏される曲なのである。未曾有の大惨事を題材にしている割には、たいへんこじんまりした編成の曲だ。ただし、これは勝手な私見だが、ある程度楽器を加えて本来の大型編成で演奏しても、曲の本意は失われないような気もする。

作曲者・清水大輔は、ニュースで見た同時多発テロの様相から感じたことを、フリーなイメージで音楽にしたという。

清水大輔については【第35回】【第38回】【第52回】ですでに登場している。作風としては、描写性の強い、明るい曲調が多いので、そのイメージで接すると面食らうであろう。これは、ひとことで言ってしまえば、いわゆる「前衛音楽」もしくは「現代音楽」である。特に前半部は、無調の響き、不協和音などで、テロに対する不安感が描かれる。

だが後半部になると、音楽は調性とリズム・メロディをようやく取り戻し、トランペット・ソロに導かれてお待たせ清水ブシが登場する。ここは、事件後に開催された追悼式典などのイメージだという。讃歌を思わせる旋律がトゥッティで壮大に繰り返され、クライマックスを迎える。ラストでは、ピッコロとピアノのユニゾンが鳥のさえずりのようなパッセージ(平和への願いか)を奏でるが、最後の静かな全奏の和音には、かすかな不安も混じる。考えようによっては、9・11以後もつづく悲劇(イラク侵攻など)に対する予感を思わせる。

この曲は、出版元のサイトによれば、グレードは「3.5」となっているが、これはちょっとありえないと思う。コンクール全国大会常連レベルのバンドにとっては「3.5」かもしれないが、一般的なレベルのバンドには、どう聴いても(スコアを見ても)「5」はある。特に前半部を、単なる音の洪水にせず、きちんと整理して演奏するのも、なかなか大変そうだ。

作曲者本人がNYにいて、テロの現場に接して生み出された作品ではないが、それでもこの曲には、悲劇と平和に対する、若者らしい真摯な思いが十二分に込められている。あざといところがない、たいへん素直な音楽だ。初中級バンドが、少し時間をかけて現代音楽的な新しいジャンルに挑んでみようとするには、最良のスコアだと思う。前半こそ前衛音楽のムードだが、後半では壮大なコラールのカタルシスもちゃんと登場するので、定期演奏会はもちろん、それこそ文化祭ででも通用すると思う。

ところで――ここで、この連載の【第15回】≪ローマの権力とキリスト教徒の心≫(グレインジャー)の項を思い出していただきたい。

ここで私は、哲学者ニーチェ晩年の問題作『アンチクリスト』(1888年)を、こんなふうに紹介した。

<ニーチェはキリスト教が、この世界をダメにしたと考えた……そもそもイエスは、あんな激しいことを言っておらず、真面目で大人しい、ユダヤ教の改革提唱者だった。ところが、イエスの死後、野望を持った男パウロがあらわれた。彼は、当初、キリスト教徒を迫害する側にいた。ところが、見たことも会ったこともないはずの「イエスの死」を利用して、伝説を創り上げてカリスマ化し、人々を従わせれば、ローマをも征服できると考えた。そこで、ありもしない「処女懐胎」だの「復活」だのをでっち上げ、『新約聖書』を作った。結局、素晴らしいローマ文明は、この「キリスト教」によって骨抜きにされ、滅んでしまった>

そして、グレインジャーの曲には、この思想に近いものが感じられるとして、こう綴った。

<もしそうだとしたら、この曲は「21世紀」を予言していることになる。現代の地球上は、キリスト教とそれ以外の宗教(特にイスラム教)との対立が明確になっている。そして、「巨大権力」キリスト教社会の象徴(とイスラム社会の一部が考えた)ニューヨークの世界貿易センタービルは、いとも簡単に破壊されてしまった。あの9・11テロの瞬間だけは、間違いなく、イスラム教がキリスト教にとって代わったのだ。かつてキリスト教がローマに勝利した、その裏返しが起きたのである。いったい「迫害する側・される側」の線引きは、どこにあるのだろうか。静謐ながら混沌と進行するグレインジャーの≪ローマの権力とキリスト教徒の心≫は、そんなことを描いている曲ではないのだろうか>

人間の歴史を「吹奏楽曲」をモチーフにしながら綴ってきて、私が言いたいのは、このことである。地球上には、様々な人種、民族、宗教、国家、思想がある。そのすべてが私たちの歴史であり、私たちの世界なのだ。そして、吹奏楽は、そのことをたいへん分かりやすく、身近で説明してくれているのである。
<敬称略>。

【注1】この機内で起きた出来事は、『ユナイテッド93』(2006年、アメリカ)と題して映画化された。

【注2】それだけに、同時多発テロは、アメリカの自作自演だという「トンデモ説」がいまだに絶えない。これに近い視点でつくられたドキュメント映画が『華氏911』(マイケル・ムーア監督、2004年)。ブッシュ大統領の父は、石油ビジネスでサウジの大富豪ラディン一族とベタベタだったとか、テロ発生直後、全米が「封鎖」されたはずなのに、アラブ富豪の留学生や怪しい連中が、平然と出国しているとか、確かに「う~む」と考えさせられる内容ではあった。

【注3】9・11以後に出たアメリカン・コミックスの古典『キャプテン・アメリカ』新作に、こんなのがある――すでにヒーローを引退して、一般市民として生活していたスティーヴ・ロジャーズ(キャプテン・アメリカ)が、ある夜、9・11後の町中を歩いていると、中東系の若者が白人たちに襲われ、ボコボコにされていた。若者は、通りかかったロジャーズを見てキャプテン・アメリカであると気がつき「なぜ、私たちはこんな目にあわなければならないのか」と嘆く。この言葉にいたく考えさせられたロジャーズは、再びヒーロー・スーツを着てキャプテン・アメリカとしてカムバックする――という内容である。

【参考】アメリカ同時多発テロを題材にした吹奏楽曲には、ベン・ハームホウトス作曲≪11th of September(イレブンス・オブ・セプテンバー=9月11日)≫もある。演奏時間約9分。こちらこそはグレード「3.5」~「4」くらいと思われる。標準編成。全編が追悼コラールのようなゆったりした曲で、現代の賛美歌とでもいったイメージの曲だ。長い息を要求される部分が多いので、初中級バンドには、一種のロングトーン的な練習にもなるだろう。CD『バミューダ・ミステリー』(Beriato)に収録されている。出版もBeriatoから。

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