■吹奏楽曲でたどる世界【第55回】オクラホマ連邦ビル爆破事件(1995年) ~闇の中のひとすじの光(ア・ライト・アントゥ・ザ・ダークネス)(デヴィッド・ギリングハム作曲)

Text:富樫鉄火

●作曲:デヴィッド・ギリングハム David R. Gillingham (1947~)アメリカ
●原題:A Light unto The Darkness
●初出:1997年、マウント・プリザント高校の委嘱初演。
●出版:C. ALAN/MCCLAREN PRODUCTIONS
http://item.rakuten.co.jp/bandpower/set-9656/

●参考音源:『ウィズ・ハート・アンド・ヴォイス~デヴィッド・ギリングハム作品集』(Mark Custom)、『子供の庭の夢 厚木西高等学校吹奏楽部』(CAFUA)、『心に宿る永遠の三日月 厚木西高等学校吹奏楽部』(CAFUA)など。
http://item.rakuten.co.jp/bandpower/cd-1098/

●演奏時間:約12分
●編成上の特徴:ほぼ標準編成。ただし、オーボエ1・2あり。イングリッシュ・ホーンあり。バスーン1・2あり。E♭クラリネットとアルト・クラリネットなし。コントラバス・クラリネット=オプション。トランペット1にフリューゲル・ホーン(またはミュート・トランペット)持ち替えあり。弦バス=オプション。ピアノあり。パーカッションはティンパニ以外に4人(ドラム・セットあり)。
●グレード:5

1991年に、東側(社会・共産主義)諸国を束ねていたワルシャワ条約機構が解散し、その中心的存在だった大国・ソヴィエト社会主義共和国連邦(ソ連=現ロシア)が崩壊すると、政治思想が対立する「東西冷戦」の時代は、完全に終わりを告げた。

これで世界は安定と平和の時代になる……かと思いきや、そうはいかなかった。どうやら人間は、常に「対立」「闘争」の中にいないとダメな生き物らしい。今度は、「宗教」「民族」対立などが理由となって、世界中が「テロ」の恐怖に脅える時代に突入したのである。

1995年4月19日、アメリカ・オクラホマ州の州都「オクラホマ・シティ」にある、9階建ての連邦政府ビルが爆破され、託児所の幼児19人を含む168人が死亡、数百人が負傷する大惨事が発生した。

この年は、日本でも1月に阪神・淡路大震災が発生、2~3月には、地下鉄サリン事件を含むオウム真理教関連の事件が立て続けに発生していた。その直後だけに、この事件は、私たち日本人が抱いていた不安感をさらに倍増させるニュースだった。

当初、捜査当局(FBI)は、イスラム系過激派の仕業とにらみ、周辺各地で、不審な中東系の男たちを次々に拘束した。捜査当局の中に、「犯人はイスラム系過激派であってほしい」との、先入観と差別に満ちた意識が潜んでいたとしか思えない。

だが、最終的に逮捕された犯人は、驚くべき人物だった。当時27歳、アメリカ陸軍兵として湾岸戦争で勲章まで授与した優秀な兵士、ティモシー・マクベイだったのだ。模範的な元アメリカ軍人がこのようなテロを引き起こしていた事実に、国中が愕然となった。同時に、イスラム系の人々は、先入観で犯人扱いされたことに、猛烈な怒り・抗議を示した。

しかし、なぜ、アメリカ市民であるマクベイは、このようなテロを引き起こしたのか。あまりに複雑怪奇なその内情を詳述する紙幅はないが、まず、陸軍を除隊後、次第に、高い税金や退役軍人に対する政府の措置に不満を持ち始めていたことが根底にある。

もうひとつ、指摘されているのが、犯行日(1995年4月19日)が、ブランチダヴィディアン事件(1993年4月19日)の2周年にあたっていた点だ。これは、カルト教団「ブランチダヴィディアン」を率いる教祖デヴィッド・コレシュが、テキサス州の教団施設に80名余の信者と立てこもり、FBIとの銃撃戦の果てに集団自殺した異様な事件である【注1】(教団には、児童虐待と銃火器不法所持の疑いがかけられていた)。

ところが、この事件後、「政府はやりすぎではないか」との世論が巻き起こった。というのも、一応、信者たちは「集団自殺」したことになっているのだが、実は、FBIの無理な突入攻撃が引き金になったのではないか、との説があるからだ。「宗教の自由に、政府は介入しすぎだ」との声も上がった。特にイスラム系の住民は、そう感じたことだろう。

この世論に、オクラホマ事件の犯人マクベイも、どうやら共感を覚えていたようである。現に、のちの公判で、マクベイは、動機のひとつに「ブランチダヴィディアンに対する政府の不当な弾圧への復讐だ」と述べているのである。

だが、今度ばかりは、さすがに世論は味方につかなかった。何しろ、現場ビルの1階には託児所があり、爆弾を積んだトラックは、そのまん前に停まっていた。それゆえ、その託児所が最も強烈な被害を受け(瞬時に吹き飛んだ)、預けられていた19人の幼児も即死したのである。

……いま、こうやってオクラホマ連邦ビル爆破事件の背景説明を綴っていると、何とも気分が悪くなってくる。このコラムは、吹奏楽曲の解説・紹介が目的のはずだ。なのに、何で、こんな不愉快で不気味な話を書かなければならないのだろう。

しかし、とにかくこの事件の犠牲者に捧げられた曲があり、それが吹奏楽の名曲である以上、書かないわけにはいかない。デヴィッド・ギリングハム作曲≪闇の中のひとすじの光≫である。スコアには「1995年4月19日オクラホマ惨劇の犠牲者168人へのオマージュ」と書かれている。

高校バンドのために書かれたせいもあって、ギリングハムの曲としては、決して最高難度の内容ではない。だが、これを音楽として高い純度で完成させることは、容易ではない。

全体は3部構成。最初にオクラホマの日常が描かれる。ジャズや田園風景を思わせるフレーズなども登場する。のどかな雰囲気に感じられるが、時折、これから襲う悲劇をかすかに予想させるような響きが交じる。このあたり、ギリングハムのテクニックがうかがえる部分だ。

つづいて、悲劇の描写。打楽器群の即物的な響きがビルの爆破、崩壊を描写する。サイレンや、災害救助に行き交う人々を思わせる部分がつづく。この部分は、私たち日本人には理解しにくいかもしれない。やはり、1995年4月19日にアメリカにいて、このニュースに直接に接したアメリカ市民でないと、本物の衝撃としては、とらえられないだろう。もしかしたら、アメリカ人には、演奏すること自体、つらいのではなかろうか。【注2】

最終部分は、タイトルにもある「暗闇の中への光」が描かれる。哀しい旋律の中から、次第に光明が差し始める。悲劇で命を落とした168人への鎮魂歌である。たいへん美しい、感動的な音楽だ。ギリングハムは、決して犯人への怒りを描いてはいない。悲劇を乗り越えることの重要さ、尊さを描いているようだ。

この最終部分について、ギリングハム自身は、こうコメントしてる――「私たち全員が、“暗闇への光”でなければならない。悪魔の中に“善”を見出すのだ。美しい168人の魂は、我々に、注意をうながしている。彼らこそ“暗闇への光”なのだ」。

曲は、極めて静謐で神聖なムードのまま、そっと終わる。

ギリングハムは、この連載では【第49回】≪戦死・不明の英雄たちよ~ベトナム・メモリアル≫で、すでに紹介している。よくジャーナリスティックな題材を選んで吹奏楽にしている人気作曲家だ。たとえば≪心に宿る永遠の三日月≫は、1997年に亡くなった3人の人物――ダイアナ元妃、マザー・テレサ、指揮者ゲオルグ・ショルティをモチーフにした吹奏楽曲である。作風は、たいへん知的で、単なる描写音楽の枠を超えた作品が多い。近年の日本では≪ウィズ・ハート・アンド・ヴォイス≫が大人気だ。

この曲は、ほかのギリングハム作品同様、神奈川県立厚木西高校(中山鉄也・指揮)によって、1999年に日本初演された。最新海外作品を積極的に取り入れ、日本に紹介する団体として知られている。最上部で挙げたCAFUAの2つのCDも、彼らの演奏である。

ところで……犯人マクベイは、死刑判決を下され、2001年6月11日、薬物による死刑が執行された。被害者の遺族が死刑執行に立ち会えることになったが、その数は800名を越えていた。そこで、抽選で一部の遺族のみが立ち会えることになり、執行の模様はテレビを通じてナマ中継された(ただし正式な遺族しか見られないよう、スクランブルがかけられた)。

死刑執行直前、マクベイは「アメリカは、近々、再び大災害に襲われるであろう」と不気味な言葉を残していた。その言葉からちょうど3ヵ月後の2001年9月11日、アメリカに何が起きたかは、もう説明の要はないだろう。
<敬称略>

【注1】アメリカのTVドラマ『Xファイル』第4シーズンの一編「追憶」は、この事件をモデルにした物語。

【注2】このあたりは、天野正道≪おほなゐ~1995.1.17.阪神淡路大震災へのオマージュ≫に近い感覚かもしれない。この曲を被災地の人たちが演奏するには、それなりの覚悟が必要なはずだ。

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