■吹奏楽曲でたどる世界【第53回】「プラハの春」弾圧事件(1968年) ~プラハ1968年のための音楽(カレル・フサ作曲)

Text:富樫鉄火

●作曲:カレル・フサ Karel Husa(1921~)旧チェコスロバキア→アメリカ
●原題:Music for Prague 1968
●初出:1969年1月31日、イサカ大学バンドの委嘱初演。
●出版:Associated Music Publishers(ニューヨーク)→Hal Leonard
http://item.rakuten.co.jp/bandpower/set-9678/

●参考音源:多数あり。最近の国内盤全曲録音は『シンフォニア・ハンガリカ/大阪市音楽団』(フォンテック)、『2006ジャパンバンドクリニック・コンサートセレクション』(カフア)など。コンクール・ライヴはすべて抜粋演奏。
http://item.rakuten.co.jp/bandpower/cd-2020/
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http://item.rakuten.co.jp/bandpower/cd-0278/
●演奏時間:4楽章計18~20分(詳細本文参照)。
●編成上の特徴:大型編成。標準編成を超える部分…フルート1・2のほかに、ピッコロがフルート持ち替え。オーボエ1・2。イングリッシュ・ホルン。バスーン1・2。コントラ・バスーン。B♭クラリネット1~3に各div.あり。コントラバス・クラリネット(オプション)。バス・サクソフォーン。トランペット1~4に各div.あり。ユーフォニアム、テューバに各div.あり。パーカッションはティンパニを含めて5人(配置に細かい指示あり)。
●グレード:5超

ここ数回「東西冷戦」にまつわる曲をつづけて紹介している。「東西冷戦」とは、第2次世界大戦後の世界を覆った、政治体制の対立だ。大雑把にいえば、「東」=ソ連(ソヴィエト社会主義共和国連邦=現ロシア)中心の共産・社会主義陣営、「西」=アメリカ中心の自由主義陣営――である。

戦後の1949年、ソ連を中心とする共産・社会主義国家の台頭に対抗する意味で、アメリカ、イギリス、フランスなどを中心に「北大西洋条約機構」(NATO)が締結され、共同防衛体制が組まれた。強大な軍隊も結成された。

これに対し、ソ連側は、1955年、東欧の共産・社会主義諸国を中心に「ワルシャワ条約機構」(WTO)を結成、これまた軍隊を設置する。

かくして世界は、東(WTO)と西(NATO)に分裂し、長い「一触即発の状態」、つまり「東西冷戦」時代に突入するのである。

この時代に様々な出来事が起きているが、典型的な事件が吹奏楽曲になっている。カレル・フサ作曲≪プラハ1968年のための音楽≫である【注1】。あまりに有名な曲なので「今さら……」の感もあるが、吹奏楽曲であるなしに関わらず20世紀を代表する楽曲の一つであり、音楽に関心を持つ以上、必ず知っておかなければならない重要な作品である。よって、少々長くなるが、詳しく取り上げておくことにした。

荒井由実時代のユーミンが作詞・作曲して、バンバンが歌った≪いちご白書をもう一度≫なる曲がある(1975年リリース)。この『いちご白書』とは、映画の題名である。1970年公開のアメリカ映画だ。

舞台は「1968年」のコロムビア大学。近くの遊園地が軍事施設に建て替えられることに反発する学生たちの闘いを描いたものだ。ラストでは、警察当局の一斉検挙によって学生たちのストライキが鎮圧させられる。パフィー・セント・メリーが歌った主題歌≪サークル・ゲーム≫は、いまでもアメリカン・フォークの名曲として愛されている。

この例で分かるように、「1968年」は、まさに「政治の季節」だった。アメリカでは黒人公民権運動の父・キング牧師が暗殺された。J・F・ケネディ大統領【第52回参照】の実弟で、司法長官をつとめていたロバート・ケネディも兄につづいて暗殺された。フランス全土では、学生を中心に1000万人がストライキに参加した「5月革命」が起きた。日本では、国際反戦デーで若者たちが新宿駅を占拠し、警察と大乱闘になった「新宿騒乱事件」が発生した。ベトナム戦争は泥沼化に突入しており【第4950回参照】、アメリカは、一時、北ベトナムへの爆撃を停止した。

「1968年」は、政治体制の抑圧に対する反発が、世界中で爆発していたのだ。

東欧のチェコスロバキアも例外ではなかった。この国は、1960年に社会主義共和国となって、ソ連を中心とするWTO陣営に組み込まれていた。だが、すべてを国家が管理する政治体制は、すぐにボロを見せ始める。

1968年初頭、この国で、ドプチェクがチェコ共産党第一書記に就任した。

ドプチェクは、経済成長の伸び悩みを解消するべく「人間の顔をした社会主義」を提唱する。何でもかんでも国家が決定・指示するのではなく、民衆の自主性を尊重し、市場経済を導入、言論活動の自由を認めた。

この民主化傾向を、通称「プラハの春」と呼ぶ(「プラハ」は、チェコスロバキアの首都名)。

しかし、WTO陣営を牛耳るソ連は「プラハの春」を許さなかった。「親を無視して勝手な行動をとる子供は許さない」というわけだ。もしもチェコスロバキアが自由主義国家になれば、まさに蟻の一穴、世界の東西バランスは崩れるかもしれない。ソ連は、次第に圧力を加えてくる。

元の暗黒国家に戻ることを憂慮した作家ヴァツリークは「2000字宣言」と題するアピールを発表し、ドプチェクたち改革派への支援を訴える。

だが、再三にわたる「勧告」を無視したチェコスロバキアに対し、ついに8月20日、ソ連軍を中心とするWTO軍が軍事介入。一夜にして全土は制圧・占領された。一般市民は戦車に襲われ、学生のヤン・バラフは抗議の焼身自殺を遂げる(いまでも現場には献花が絶えないという)。

この模様は、世界中に報道され、非難が殺到した。もう戦争も終わって20年以上たっているのに、またもこのような悲劇が繰り返されるのか。日本のソ連大使館にも抗議のデモ隊が押し寄せた。ドプチェクら改革派幹部はソ連に強制連行され、改革中止を確約させられる。こうして「プラハの春」は、半年ちょっとで消え去った。

この一連の出来事に対する思いを吹奏楽曲にしたのが≪プラハ1968年のための音楽≫である。

作曲者カレル・フサ【注2】は、母国チェコスロバキアのプラハ音楽院やフランスで、作曲・指揮を学んだ。1954年、アメリカのコーネル大学に招聘され、以後、音楽教授としてアメリカで過ごしていた。

そんなフサにとって、1968年夏に伝わってきた、母国の「プラハの春」弾圧事件は、衝撃以外のなにものでもなかったようだ。怒り、哀しみ、絶望……様々な思いがよぎったことだろう。複雑な感情を、ほぼ思いのままに音楽化した。

曲は全4楽章。中心となるのは≪フス教徒の賛歌≫である。15世紀に活躍し、反逆者として処刑されたボヘミアのカトリック改革者ヤン・フス(1369~1415)【注3】を信奉する一派によって歌われたコラールだ。スメタナの交響詩≪わが祖国≫の後半部にも使用されている、東欧方面では有名な「抵抗の旋律」である。

【第1楽章】Introduction and Fanfare(序奏とファンファーレ)…約5分
静寂と不安。これから襲い来る悲劇の予告。≪フス教徒の賛歌≫が、ピッコロ・ソロ(自由の象徴である鳥の鳴き声。ただし暗い)の陰で、ティンパニでとぎれとぎれに奏でられ、曲は始まる。そうと意識して聴かなければ、これが≪フス教徒の賛歌≫だとは、ちょっと気がつかない。これに対し、WTO軍の制圧をイメージさせるファンファーレが対応する。悲劇の始まりである。いわばこの楽章は、事件の全体像を凝縮しているのである。

【第2楽章】Aria(アリア)…約5分
「アリア」と聞くと、つい美しい流れるような旋律をイメージするが、とんでもない。なんとも重苦しいアリアである。WTO軍に襲われる直前の深夜の不安を描いているのではないだろうか。

【第3楽章】Interlude(間奏曲)…約3分
パーカッションだけで奏でられる、強烈な断章。プラハは塔が多く、鐘の音がよく町中に響く。それらを模倣しながら、ぼやけた輪郭が次第に鮮明になって、悪夢の現実に引き戻されていく。最後は、スネアドラムのロールが、クレシェンドのフェルマータで延々と奏でられるのだが、スコアには「pから始めて、ほとんど耐えられない(大きさ)までクレシェンドする」という、驚くべき指示がある。おそらくあらゆる打楽器が演奏する曲の中で、最も長く壮大なクレシェンドであろう。ここから曲はアタッカで、そのまま第4楽章に突入する。

【第4楽章】Toccata and Chorale(トッカータとコラール)…約6分
激しい全奏は、まさにWTO軍によって蹂躙される様子を描いているかのようだ。複雑なリズムが交錯し、音楽は頂点に向かう。クライマックス、「フス教徒の賛歌」が雄大に流れる。この部分を「民衆の勝利」と解釈する解説もよくあるが、果たしてそう聴こえるだろうか。こんなにむなしい「勝利」があるだろうか。フサは、怒り→反感→抵抗→失意→絶望→あきらめ……の果てに襲ってくる人間の感情を音楽にしたとしか、私には思えないのだが。

これほど深刻で真摯、絶望に満ちた吹奏楽曲は、いままでなかった。本来、明るさや力強さを売り物とする吹奏楽で、このような表現が達成されたことに、誰もが驚いた。全編が、いままでの吹奏楽曲には見られなかった新しい響きに満ちており、前衛的な手法も随所に使用されている。サウンド・クラスター(音型の自由な組み合わせ)もあるし、ラスト近くでは「この音型を12~16秒間、繰り返す」なんて指示も登場する。にもかかわらず、曲全体が描写性に満ちている点は、たいへん新鮮で、現代音楽になじみのない者でも、十分受け入れることができた。

そんな曲を、全日本吹奏楽コンクール(全国大会)で初演したのは、なんと「中学生」だった。1978年、岡山県の総社市総社東中学である(第4楽章)。惜しくも銀賞だったが、いま考えても、なぜ、こんな難曲を当時の中学生が演奏できたのか、信じられない思いだ。

その後この曲は、愛知工業大学名電高校が、事実上のテーマ曲のようにして何度も演奏しつづけた。1983年、85年、87年、92年と、この曲で全国大会に進出し、85年と87年では、見事、金賞を受賞している。この曲で金賞を獲得することがいかに至難か、曲をご存知の方には十分理解できるであろう【注4】。まさに≪プラハ~≫は、名電高校によって日本の吹奏楽界に定着したといっても過言ではないのだ。作曲者自身が来日し、名電の定期演奏会で指揮したこともあった。

また、この曲を聴いて感動した名指揮者ジョージ・セル(1897~1970)が、フサに管弦楽版への編曲を依頼し(1970年初演)、現在では、オーケストラ曲としても知られている。セルはハンガリー系なので、同じ東欧系の人間として、感じるものがあったのであろう。2004年に下野竜也の指揮で札幌交響楽団が日本初演している。

ところで、チェコスロバキアのその後だが――。

1989年、WTO加盟国を含む東欧諸国で、いっせいに「東欧革命」と称される民主化革命が続出した。ソ連も弱体化しており、その傘下にいる意味もなくなってきた。チェコスロバキアでも、あのドプチェクが議長にカムバック。今度はソ連もそれを抑えることはできなかった。もう「東西冷戦」だの「社会主義」だのの時代ではなくなっていた。フサは、この年、故国を訪れて≪プラハ~≫チェコ初演を実現させる。つづいて91年、ついにWTO(ワルシャワ条約機構)解散。同年末、ソ連崩壊。92年、ドプチェクは交通事故が原因で死去。その後、93年、チェコスロバキアは連邦を解体し、「チェコ共和国」と「スロバキア」に分離した。≪プラハ1968年のための音楽≫から四半世紀がたっていた。プラハは現在、「チェコ共和国」の首都である。「チェコスロバキア」なる国は、もうない。
<敬称略>
【注1】この曲の邦題は≪プラハのための音楽1968≫が多い。だがスコアに記された原題は≪Music for Prague 1968≫であり、≪Music for Prague:1968≫ではない。「プラハ(で)1968年(に起きた出来事)のための音楽」というニュアンスが強い。よって、本稿では≪プラハ1968年のための音楽≫と記す。
【注2】なにぶんチェコの名前なので、発音が難しい。英語風に「カレール・フーサ」などと発音・表記されることもある。
【注3】ドボルザークにも、序曲≪フス教徒≫なる管弦楽曲がある。この中の旋律に似た動機が、彼の交響曲第7番に使用されていることで知られている。
【注4】現に、名電の2回以外に、この曲で全国大会金賞を獲得した団体は、1988年の東海大学第四高校(北海道)だけである。

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