■吹奏楽曲でたどる世界【第42回】第2次世界大戦(1939~1945)その3 ~キスカ島撤退作戦 キスカ・マーチ~映画『太平洋奇跡の作戦 キスカ』より(團伊玖麿作曲/福田滋編曲)

Text:富樫鉄火

●作曲:團伊玖麿(1923~2002)
●初出:映画公開1965年
●編曲:福田滋
●出版:ビムス・エディションズ
●参考音源:『ビムス・エディションズ・バンド・コレクション Vol.1』(ビムス・エディションズ)、『日本のマーチ・ベスト (戦後編) 祝典行進曲』(キング)など
http://item.rakuten.co.jp/bandpower/cd-1805/
●演奏時間:約4分半
●編成上の特徴:標準大型編成(と思われる)。
●グレード:3~4

太平洋戦争中、日本が侵略した外地の「島」では、玉砕が相次いだ。

「玉砕」とは、文字通り「玉」となって「砕け散る」。つまり、救出も応援もなく、最後まで戦って、そのまま全員死ぬことである(これに対して特攻隊の戦死を「散華」という)。

特に日本軍がアメリカに追い詰められた後期は、玉砕が相次いだ。1943年のアッツ島に始まり、サイパン、テニアン、グアム、そして、最近映画でも話題の硫黄島と、悲劇が絶えることがなかった。

物資と兵士に限度があり、かつ、制海・制空権を握られた日本軍に、外地の島へ応援部隊を送り込む余力は、もうなかったのだ。

だが、その中で、キスカ島だけは、約5000名の日本兵が、全員無傷で撤退した「奇跡の撤退」として知られている。

キスカ島とは、アリューシャン列島に連なるアメリカ・アラスカ州に属する島。ここを、日本軍はアッツ島とともに1942年に攻略した。

ところが、1943年5月、そのアッツ島は、アメリカ軍の総攻撃を受け、日本軍は玉砕。島はアメリカに奪還された。

当然、次はキスカ島だ。だが、周囲はすでにアメリカ軍が制海・制空権を握っており、容易に島に近づくことはできない。5000名の日本兵は、玉砕の名の下、アッツ島につづいて見殺しにされるのは確実だった。

だが大本営は、これ以上アリューシャン列島で悲惨な玉砕がつづいては士気の低下を招くと判断。不可能は承知の上で、救援作戦が開始された。

しかし……周囲をアメリカの船に囲まれた島から、5000名もの兵士を、どうやって助け出すのか。方法はただひとつ、この周囲の特徴的な気象条件「霧」を利用するしかなかった。濃霧の日を選んで、姿を隠して島に近づくのだ。

かくして木村昌福少将が率いる第5艦隊が救出に向かった。

だが、なかなかうまい気象条件の日は訪れない。アメリカ軍の空爆や魚雷攻撃もつづいた。寸前で引き返すことが繰り返された。島で救出を待つ兵士たちは、次第に諦めの境地に至る。

だが7月27日、ついに第5艦隊は、濃霧の中、正面を避け、こっそりと西側を回って島に近づいた。沖合いで停泊させ、小型艇を次々に派遣。ピストン方式で、あっという間に5000名の兵士全員を無傷で救出することに成功したのだ。まさに「奇跡の救出作戦」であった。

この救出劇を映画にしたのが、1965年の東宝映画『太平洋奇跡の作戦 キスカ』(丸山誠司監督)である。名優・三船敏郎が少将役を見事に演じている。モノクロながら東宝お得意の特撮を起用し(特技監督=円谷英二)、異色戦争映画に仕上がっていた。

無血撤退が成功するかどうか、その一点だけに絞った娯楽映画にしたことが成功の理由だった。こういうタイプの戦争映画は、あまり日本にはない。妙に説教色や反戦ムードもない、徹底した娯楽戦争映画なのだ。

特に、何度目かのチャンスでついに救出部隊が島に接近でき、次々と日本兵が小型艇で救出されていくシーンは、ハラハラするが何度見ても感動的だ。いまでは失われてしまった昔の日本人の美しさも見事に描かれている。DVD化されているので、ぜひご覧いただきたい。

この映画に音楽をつけたのが、日本を代表する作曲家・團伊玖麿である。さすが團は、単純な国威発揚音楽は書かなかった。勇ましさの中に、どこか品格と抒情が漂う、味のある映画音楽を書いた。

その中の、ラストの撤退シーンの音楽を中心とした曲≪キスカ・マーチ≫が、吹奏楽版になっている。映画公開の初日に、海上自衛隊の音楽隊により、映画館の前でナマ演奏されたそうだ。その時のスコアが発掘され、改訂編曲を経て、現在のスコアとなった。日本の戦争映画の音楽が、このような形で吹奏楽版になっている例は少ない。しかも、たいへん上質な音楽である。難易度もそれほど高くはないが、きれいに演奏するには、それなりの技術が必要な曲に思われる。現在、楽譜のレンタル開始が準備中のようなので、ぜひ今後、演奏されてほしい曲だ。

ちなみに、アメリカ軍は、かなりあとまで、キスカ島から日本兵が1人もいなくなっていることに気がつかなかった。

やがて、日本兵を「全滅」させようと勇んで上陸すると、もぬけのカラだった。いたのは残された犬のみ。米兵たちは、あちこちで出会う仲間を、てっきり隠れていた日本兵だと思い込み、相撃ちを始める始末だった。それどころか、日本軍の機転で、病院小屋に「ペスト患者隔離施設」のニセ看板を掲げていたため、米兵はパニックに陥った。本国に特効薬を送ってくれるよう、正式に依頼したりしている。

≪キスカ・マーチ≫は、そんな後日談さえも彷彿とさせるような、明るくて上品なマーチである。
<敬称略>

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