■吹奏楽曲でたどる世界史【第35回】シャクルトン、南極からの奇跡の生還(1914~15年)~仲間たちへ ~シャクルトン、伝説の南極遠征(清水大輔)

Text:富樫鉄火

●作曲:清水大輔 Shimizu Daisuke
●英語題:To My Comrades~Shacleton’s Legendary Antartic Expedition~
●初出:2003年、大磯ウインドアンサンブル(神奈川県)の委嘱初演。
●参考音源:スピリット・オブ・セントルイス/清水大輔作品集 vol.1(Band Power)
http://item.rakuten.co.jp/bandpower/cd-1011/

●出版:バンドパワー(株式会社スペースコーポレーション)
http://item.rakuten.co.jp/bandpower/set-8374/
http://item.rakuten.co.jp/bandpower/set-0526/
●演奏時間:約8分
●編成上の特徴:ほぼ大型標準編成(バスーン、コントラバスクラリネットはオプション扱い)。ほかにピアノが加わるが演奏効果が高いので、カットは、できない。
●グレード:4~5

前回述べた、トルコによる二度目のアルメニア人虐殺が行なわれている頃、イギリスで、ある「大冒険」が話題になっていた。アイルランド生れの冒険家アーネスト・シャクルトン(1874~1922)による、人類初の「南極大陸横断旅行」である。近年、本や映画、ドラマ、ドキュメンタリーなどで、これほど再評価が高まっているエピソードはない。

1900年代初頭、人類初の南極点到達をめぐって、ノルウェーのアムンゼンと、イギリスのスコットが熾烈な争いを繰り広げていた。争いは、国家の威信をかけた代理戦争の様相を呈していた。

1902年、シャクルトンは、スコットが率いる第1回南極点到達隊に参加。だが直前で犬そりを失ったり、病人が発生したりして断念。

1909年、今度はシャクルトン自らが到達隊を組織し、再び南極点を目指す。だがこれも失敗(それでも、いままでで最も南極点に近い位置まで到達した)。

ところがその後、1911年にアムンゼン率いるノルウェー隊が先に南極点に到達してしまい、この代理戦争はノルウェーの勝利に終わる。イギリスは苦渋を呑まされる。

シャクルトンは、それでも諦めなかった。ノルウェーに先に越されたのを知ると、今度は目標を、「南極大陸横断」に変更。隊員募集を開始した。もはや執念以外のなにものでもなかった。

この時にシャクルトンが新聞に出した募集広告は、広告史に残る名コピーと言われている――「冒険隊の隊員募集。少しばかりの報酬。生命の保証なし。ただし成功の暁には多大の名誉を得る」

かくして27名の隊員が集まり、1914年、彼らはエンデュアランス号で出発した。

ところが、南極大陸目前で分厚い氷に阻まれ、身動きが取れなくなり、そのまま10ヶ月も、氷の中で足止めをくらう。

そのうち、氷の圧力で船が壊れ始める。シャクルトンは、船を放棄し、ボートによる脱出を決定。この時から、冒険の目的は「南極大陸横断」から、「27名全員の無事生還」に変更された。

(下記【注2】で紹介している、ランシング著の文庫本『エンデュアランス号漂流』の中に、船が沈没していく様子をとらえた写真が収録されている。手前で犬そりの犬たちが、呆然とその瞬間を見つめている……ように見える、何とも不思議な写真である)

この間、隊長シャクルトンは稀有なリーダーシップを発揮し、隊員たちを叱咤激励しながら、エレンファント島を経てサウス・ジョージア島へたどりつき、救助を求める。結果、1年8ヶ月もの漂流の果て、全員を無事生還させることに成功するのだ。

この出来事は「奇跡の生還」と賞賛されたばかりか、本来の目的であった「南極大陸横断」よりも困難な冒険を成功させた名リーダーとして、シャクルトンの名は一躍広まるのであった。【注1~3】

この奇跡の生還劇をモチーフにしたのが、清水大輔の≪仲間たちへ≫である。冒険への出発から、困難を乗り越えて生還するまでを圧縮し、見事に音楽化している。

清水大輔は、BP読者にはおなじみの、若き人気作曲家だが、この≪仲間たちへ≫は、1・2を争う人気曲だ。 【清水大輔に関しては、http://item.rakuten.co.jp/bandpower/cd-1011/ 参照】

大自然と闘う人間の姿を、たいへん分りやすく、かつドラマチックに表現した吹奏楽曲である。

タイトルの≪仲間たちへ≫とは、明日の生命をも知れない環境下、1年8ヶ月を生き抜いた27名の隊員たちへの、シャクルトンの熱い想いを意味すると考えていいだろう。あるいは、時には争いつつも助け合い、最後まで頑張りぬいた仲間同士の、励ましのメッセージかもしれない。

決して簡単に演奏できる曲ではないが、相応の練習次第で十分、形になるはずだ。演奏しても聴いても多大な感動を得るだろう。
<敬称略>

【注1】現在、月に「シャクルトン・クレーター」なる名前が付いているクレーターがある。もちろん、このアーネスト・シャクルトンにちなんで命名されたもの。将来、ここに月面基地を建設する計画があるらしい。

【注2】 彼の冒険は、多くの書籍にもなっている。あまりにたくさんあるのできりがないのだが、もし演奏するのであれば、彼自身の自伝『エンデュアランス号漂流記』(アーネスト・シャクルトン著、木村義昌・谷口善也訳/中公文庫BIBLIO)、または冒険の全貌をリアルに描いたノンフィクション『エンデュアランス号漂流』 (アルフレッド・ランシング著、山本光伸訳/新潮文庫)などは、ぜひ読んでおきたい。思い入れが格段に変わって、熱のこもった演奏になるはずだ。

【注3】彼の冒険譚が、本国イギリスで、ケネス・ブラナー主演で大型TVドラマになっている。以前、NHKで放映された際の邦題は『シャクルトン 南極海漂流からの生還』だったが、その後、DVD化されており、現在の邦題は『シャクルトン 南極海からの脱出』(ジェネオン・エンタテインメント)。TVドラマとは思えない、見所満載の2枚組である。

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