■吹奏楽曲でたどる世界史【第29回】フランス7月革命(1830年) ~民衆を導く自由の女神(樽屋雅徳)

Text:富樫鉄火

●英語題:Liberty Guiding the People
●作曲:樽屋雅徳 Masanori Taruya
●出版:CAFUA(レンタル)
●参考音源:
『スパイラル・ドリーミング/東海大学付属高輪台高等学校吹奏楽部 Vol.3』(カフア)など
http://item.rakuten.co.jp/bandpower/cdi-0046/
http://item.rakuten.co.jp/bandpower/cdi-0117/
http://item.rakuten.co.jp/bandpower/cd-2061/
●演奏時間:約8分
●編成上の特徴: 標準編成+ハープ、ピアノあり。
●グレード:4

今回は、音楽が歴史的事実を題材にしていると同時に、そのまま名画のタイトルでもあるので、まずは、その「絵画」をご覧いただきたい。パリのルーヴル美術館所蔵作品で、同館の目玉作品のひとつ『民衆を導く自由の女神』だ。

……といっても、すぐにパリまで行くわけにもいかない。画集か、ウェブ上で見るしかない。いろんなサイトに画像があるので、検索すれば簡単に見つかるが、せっかくだから、ルーヴル美術館の公式サイトで見よう。

実はルーヴルは、たいへん巨大なウェブサイトを運営しており、立派な「日本語版」がある。それだけ日本人来館者が多いのであろう。特に、小説・映画『ダ・ヴィンチ・コード』で殺人現場となって以来、空前の人気ぶりで、同館の案内係は、この小説を読んでガイド・テキストにするよう指示されたそうである。サイト内にも、ちゃんと日本語で「ダ・ヴィンチ・コード見学コース」がある。

たどり着き方だが、日本語版の入口 http://www.louvre.fr/llv/commun/home_flash.jspから、【作品】(プルダウンの「ヘッドライン」)→【絵画】と進むと、左下に「見学コース」がある。ここが現在「ドラクロワ」になっており、【詳細ページへ】と進むと、3枚の絵画が並んでいる。この中の真ん中が、名作、正式題『7月28日、民衆を導く自由の女神』である。ルーペ印をクリックすると拡大表示される。【注1】

……いかがですか。ご覧になりましたか。どこかで見たことあるでしょう。いわゆる「教科書に載っている」タイプの作品。ドラクロワが1831年に描いた作品だ。

ドラクロワ(1798~1863、フランス)は、19世紀のロマン派路線を代表する大画家である。1824年に発表した『キオス島の虐殺』で注目を浴びた(この絵も、ルーヴルのサイト内で見られる)。この作品は、1821年に起きたギリシャ独立戦争に際し、トルコがキオス島のギリシャ人を大量虐殺した史実を描いたもの。あまりにリアルでダイナミックな内容に、守旧派の評論家たちは「これは絵画の虐殺だ」と目をそむけたという。

だが、これこそがドラクロワの真骨頂だった。つまり彼は、実際に起きた出来事を取材し、咀嚼し、絵画芸術として再構築する、いわば「ジャーナリスト感覚を持つ画家」だったのだ。

だから、1830年に「フランス7月革命」が勃発した時も、じっとしていられなかった。フランス革命(1789~94)で「自由・平等・博愛」の国になったはずのフランスだったが、1815年、王政復古でルイ18世が王様となって以来、“王が支配する国”に逆戻りしてしまっていた。その後も弟シャルル10世が王位を継ぎ、昔ながらの古臭い“王国”ぶりに、ますます磨きがかかり始め、アルジェリアを侵略し始めたりした。

当然、市民階級を中心に不満が爆発する。シャルルは議会を強制解散させ、一部階級から選挙権を剥奪しようとした。7月27日から28日にかけて、市民の怒りは頂点に達し、パリ市内に集結、バリケードを築き、パリ市庁舎に向かい始めた。反乱軍を率いているのはラファイエット将軍と、オルレアン公ルイ・フィリップ。すでに王シャルルはビビッて郊外の城に逃げており、闘う意欲などなかった(その後、こっそりオーストリアに亡命する)。新政府の王にはルイ・フィリップが“国民王”として迎えられ、あっという間に立憲君主国になった。【注2】

この「7月革命」で、民衆が市中心部に向かって突き進む様子を絵画にしたのが、ドラクロワの『民衆を導く自由の女神』である。【注3】

もう一度、絵をご覧いただきたい。市民たちが武器を手に、市中心部(おそらくパリ市庁舎)へ向かって行くシーンだが、文字通り「自由の女神」が、みんなを先導している。
実は、この作品の題名は、直訳すると『民衆を導く“自由”』という。「女神」なんてコトバは入っていない。「自由の女神」とは、日本語にした際の“通称”なのだ。芸術分野において、「女性」はフランスを象徴する寓意イメージなのである。それは、「自由」「祖国」をあらわすもので、特に「乳房」がその象徴であるとされているのだ。「マリアンヌ」なる愛称もある。【注4】

だから、この絵画の中で民衆を先導しているマリアンヌは「自由」の精神そのものであり、胸をはだけて乳房を出しているのは、戦闘で破れたわけではなく、乳房そのものが「自由」の象徴なのである。別に、神話の女神が地上に降臨して民衆を導いているわけではないのだ。ちなみに左側で銃を持っているシルクハットの男は、ドラクロワ本人らしい(絵画の中に作者や依頼主を描きこむことは、昔からある手法)。

さらに、よく絵を見ると、民衆たちは、多くの死体の上を乗り越えて進もうとしている。これは、ドラクロワが、革命や改革には、多くの血の犠牲が必要であるという厳しい現実を描きこんだものだ。さすがに“ジャーナリスト画家”だけあって、それだけリアルでシビアな絵なのである。現にこの絵は、「一般市民を無闇に扇動しかねない」との理由で、その後しばらくは公開されなかったほどだ。

この絵画作品をモチーフに、フランス7月革命を描いた吹奏楽曲が、樽屋雅徳作曲《民衆を導く自由の女神》である。

曲は大きく6部に分かれており、「力強い民衆のテーマ」~「女神の神々しいテーマ」~「革命:蜂起」~「革命:喧噪、終結」~「女神のテーマ:再現」~「終結部:革命の成功」といった流れになっている。

さすがに《マゼランの未知なる大陸への挑戦》の作曲者だけあって描写力抜群、迫真の音楽である。前半部、「女神のテーマ」が次第に変形して革命の混沌になだれ込むあたりは見事だ。

ただし、本稿の解説でお分りのように「フランス7月革命」は、確かに血は流れたが、基本的に攻められる王たちは逃げ腰であり、長期間にわたって凄絶な大戦争となった革命劇ではない。この曲は、そのことをちゃんと表現している。つまり、戦争スペクタクル音楽ではないのだ。絵画に描かれた寓意像マリアンヌの、自由を求める「精神」を描写しているのである。だから、大序曲《1812年》のようなお祭り騒ぎ音楽を期待すると拍子抜けする。もっと落ち着いた世界が描かれているので、その点は知っておいた方がいい。難易度は決して最高レベルではないが、キチンとした音楽としてまとめるには、それなりの技術が必要と思われる。

また、ドラクロワの絵をよく見ると、光の表現方法が実に巧みである(ルーヴルのサイトでも、この点を強調した解説が載っている)。曲のほうも、おそらく、それらを音楽化したと思われる部分がいくつかある。よって、演奏する際には、サイト上や画集でもいいので、ドラクロワの絵を隅から隅までじっくり見ておく必要がある。

作曲者・樽屋雅徳は、本連載の【第22回】《マゼランの未知なる大陸への挑戦》ですでに紹介した人気作曲家である。特に《マゼラン~》は、昨年のコンクールでもトップレベルの演奏頻度だった。3月21日(水)にNHK‐FMで12時間にわたってナマ放送された「今日は一日吹奏楽三昧」でも、上位に食い込む大量のリクエストが寄せられていた。
<敬称略>


【注1】この絵のあるページのURLがあまりに長いので、ベタ貼りせずに、最初の頁からの入り方を掲げたが、右上の検索窓に作品名を打ち込んでも到達できる。とにかくルーヴルは、ニューヨークのメトロポリタン美術館と並んで、想像を絶する巨大さである。殺人がおきてもまったくおかしくない。ウェブサイトが巨大になるのも当然といえよう。参考までに、これから行く方には、とんぼの本『一日で鑑賞するルーヴル美術館』(小池寿子・芸術新潮編集部編/新潮社刊)がたいへん便利なので、お薦めしておく。
【注2】このルイ・フィリップ“国民王”、新政府で最初はうまくいっていたのだが、その後、1848年の2月革命で追われ、イギリスに亡命した。以後、フランスに王政が蘇ることはなかったので、この人が“フランス史上、最後の王様”となったわけだ。
【注3】フランス7月革命からは、有名なピアノ曲も生まれている。ショパンの《革命のエチュード》だ。フランス7月革命はヨーロッパ各国に影響を与えており、彼の故国ポーランドでも、同時に革命が発生したのだが、同国を支配しようとするロシアによって無理やり鎮圧させられた。その怒りを音楽にしたのが、《革命のエチュード》だったのである。この過程を、手塚治虫が『虹のプレリュード』と題して漫画作品にしているので、ぜひお読みいただきたい。
【注4】ニューヨークの沖合いに立つ銅像も「自由の女神」だが、これも正式名称は「世界を照らす“自由”」。アメリカ独立100年を記念して、1886年にフランスから送られた、女性=自由の寓意像である。オリジナルはパリにあり、ニューヨークのほかには、東京・お台場、青森県おいらせ町にも公式レプリカがある。東京・吉祥寺の某ラブホテルの屋上にもあって、昔は中央線からよく見えていたのだが、いまは手前にビルが建ってほとんど見えない。もちろんこれは公式レプリカにあらず。


【ちなみに余談のおまけの蛇足】

NHK特集『ルーブル美術館』の音楽

1985~86年、NHKで毎月1本ずつ、全13回で『NHK特集/ルーブル美術館』が放映された。
これは、NHKとフランス・テレビ1との国際共同制作で、撮影に足かけ2年をかけてルーヴル美術館内の名品を映像におさめ、TV画面でじっくり見せるという、当時としては画期的な大型番組であった。もちろん『民衆を導く自由の女神』も登場した。ナビゲーターにジャンヌ・モローを始めとするヨーロッパの一流俳優が次々登場し、驚かせた。

バックの音楽は、モーツァルトやヴィヴァルディなどのクラシック名曲が使われたが、テーマ曲を始め、いくつかの音楽に、どう聴いてもクラシックではない、それでいてたいへん美しい品のある曲が流れていた。時折、画面上の美術品などどうでもよく、音楽だけで涙が出そうになることさえあった。

実は、これらはエンニオ・モリコーネの音楽だったのである。NHK大河ドラマ『武蔵』の音楽を書く、はるか以前の話である。

ところが、その音楽はすべてが「流用」。つまり、以前にモリコーネが書いていた古い映画音楽を、そのまま持ってきて、当てはめたものだったのだ。

この事実を知った時、私は愕然となった。どう聴いたって、画面上の美術品に、これ以上ないほどピッタリ合っているのだ。こんなことってあるだろうか。

たとえば、テーマ曲《永遠のモナリザ》は、もともと1971年のロミー・シュナイダー主演『ラ・カリファ』の愛のテーマなのだという。どんな映画か知らないが、どうもメロドラマらしい。

《ヴェネツィアの祝祭》なる曲なんか、ヴィヴァルディよりいいんじゃないか。これは、1972年ジーン・セバーグ主演『Questa Specie d’Amore』のテーマ曲なんだという。《太陽王とヴェルサイユ》も、同じ映画からの流用だという。

やはり、あまりに有名な音楽だとイメージが出来上がってしまっているので、日本未公開、もしくは“知る人ぞ知る映画音楽”が多く使用されたようだが、しかし、あの品格と音楽性の高さは、驚くべきものだった。モーツァルトが20世紀に降臨して新たに作曲したかのようだった。

「ルーヴル美術館」の名を聞くたびに、これらモリコーネの流用映画音楽が思い出される。特に昔のサントラCDのジャケットに『民衆を導く自由の女神』が使用されていたので、今回、原稿を書くにあたって、それらを頭から追い払うのが大変だった。

ちなみにそのサントラCDは、90年代初頭にいまはなきSLCレーベルから出て、その後長いこと廃盤だったが、近年、ジェネオンから復刻されている。モリコーネ・ファンにとってはたまらない1枚である。

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