■吹奏楽曲でたどる世界史【第24回】オランダ独立80年戦争(1567頃~1648) ~交響詩≪エグモント≫ (アッペルモント)

Text:富樫鉄火

●作曲:ベルト・アッペルモント Bert Appermont(1973~)
●原題:EGMONT~Symphonic Poem~
●発表:2004年初演
●出版:Beriato(ベルギー)
http://item.rakuten.co.jp/bandpower/set-8300/
●参考音源:
http://item.rakuten.co.jp/bandpower/cd-1843/
http://item.rakuten.co.jp/bandpower/cd-0624/
http://item.rakuten.co.jp/bandpower/cd-0981/
http://item.rakuten.co.jp/bandpower/cd-3674/

●演奏時間:約18分半(約3分+約4分半+約5分半+約5分半)
●編成上の特徴:イングリッシュホーンあり。スパニッシュギターあり(代用可)。
●グレード:5

「エグモント」と聞けば、ほとんどの音楽ファンが、ベートーヴェンの名曲≪エグモント序曲≫を思い出すだろう。

実は、この「エグモント」とは、オランダ独立戦争に名を残す、史実の英雄の名前なのである。

1500年代のネーデルラント(オランダ)は、スペインに支配されていた。当時のスペインといえば、カトリック・パワーを背景に、絶大な権力を誇示する超大国だった。

だが、その頃のオランダでは、同じキリスト教でも、カトリックではなく、新派であるプロテスタントが広まっていた。

それを抑え込み、オランダに対して圧制を強いたのが、スペイン選出の神聖ローマ帝国皇帝カール五世である。

このカール五世に仕えるオランダ貴族の中に、「エグモント伯ラモラル」(1522~1568)なる人がいた。これが、今回の主役、通称エグモント氏である。

(近年、都内にベルギー・ビールの呑めるバーが増えているが、そこによく「エグモント」とか「ラモラル」なる銘柄のビールがある。これ、みんな「エグモント伯ラモラル」にちなんだビールなのだ。ベルギーは、当時、オランダ南部の一部の州だった)

スペインでカール五世が退位し、その息子フェリペ二世が王位を継いだあとも、エグモントは引き続き仕えた。特に、フェリペ二世とイギリスのメアリー一世との結婚交渉に際しては、かなり尽力した。さらに、スペインの対フランス戦争でも活躍し、フランドルなどの総督を命じられている。絵に描いたような立身出世コースではないか。

ところが、先述のとおり、当時のオランダでは、プロテスタントが大流行だった。カトリック政治で抑え込みにかかるスペインに対して、市民階級の中に、不満の声が沸き上がる。

今までスペインに仕えてきたエグモントだったが、次第に心はプロテスタントに傾くようになり、ついには、ほかの貴族たちとともに反乱運動に参加するようになる。

しかし、すでに運動の主導役は一般市民に移っており、エグモントたち貴族は、市民たちから相手にされなくなっていた。

そんな様子を見てとった支配国スペインは、この反乱運動を一気に鎮圧すべく、1567年、アルバ公爵を送り込んだ。そして「血の法廷」と呼ばれる大粛清が展開され、数千人の反乱者が処刑された。その中に、エグモントも含まれていた。皮肉なことに、かつて懸命に仕えた君主サイドに処刑されたのだ。

オランダは、これをきっかけに、通称「80年戦争」と称される、本格的な独立戦争に突入するのである。

よって、よく、エグモントのことを「オランダ独立の英雄」と称している資料があるが、正確に言うと「独立戦争のきっかけとなった、悲劇の貴族」と呼んだ方がいいのかもしれない。

このエグモントの物語を戯曲(悲劇)『エグモント』に仕立てたのが、文豪ゲーテである。恋人クレールヒェンとの悲恋をからめながら、処刑されるまでを描いている。そのゲーテの戯曲に音楽を付けたのが、ベートーヴェン。いわば劇判音楽で、計10曲が作曲されたが、いまでは、ほとんど、有名な序曲のみが演奏されている。

そして幾星霜、21世紀になって、再びエグモントを音楽(吹奏楽曲)にしたのが、地元ベルギーのアッペルモントというわけ。本書では、すでに≪ジェリコ≫【第7回】の項で紹介している若手人気作曲家だ。彼の作品は、どれも映画音楽風で親しみやすい。しかも、まるで眼前で、その場面が現実に起きているような、抜群の描写力を示す。今回も、その例にもれず、素晴らしい吹奏楽曲になっている。

全体は4部構成で、<結婚><フェリペ二世とエグモント(対立)><処刑><スペインに立ち向かう(独立戦争)>から成っている。全曲通すと20分弱だから、吹奏楽曲としては大曲である。

曲は、なんとも、凄まじいド迫力だ。吹奏楽とは、文字通り管打楽器で構成されているものだが、その特徴を知り尽くし、かつ、最後の一瞬まで飽きさせないようなつくりになっている。

構成上、エグモント処刑後のオランダ独立戦争(第4部)に重点が置かれているところが、何ともうまい。つまり、エグモントの死が、決して無駄ではなく、以後の独立戦争に多大な影響を与えたことが、音楽で強調されているのだ。

4部構成ながら、各部はアタッカ(切れ目なし)でつながっており、全曲演奏するには、相当な体力が必要だが、かなり明確に分かれているので、抜粋演奏も不可能ではないだろう。

編成上、イングリッシュホーンがあるが、ほとんどオプション的な扱いなので、ナシでも演奏できる。また、第2部でスパニッシュ・ギターが登場するが、前半ヴィブラフォン、後半ユーフォニアムで代用できるように書かれている。ただ、打楽器類が、人数も楽器も多めなので、バンドによってはたいへんかもしれない。

なお、参考までに、例のベートーヴェンが作曲した≪エグモント序曲≫も、そう頻繁に演奏されるわけではないが、吹奏楽版の楽譜が数種類、発売されている。演奏し(聴き)比べてみるのも、一興であろう。
【おまけ解説】
このエグモントの物語を読んで、オペラ・ファンだったら、「あれ? どこかで聞いたことある話だな」と感じた人がいるかもしれない。

そう、ヴェルディの名作オペラ≪ドン・カルロ≫(1867年初演)が、このエグモントの悲劇の時代を、スペイン側から描いた物語なのである。正確に言うと、エグモント処刑後の、スペインとオランダの関係が物語の背景になっている。

つまり、主人公「ドン・カルロ」とは、エグモントが仕えたフェリペ二世の息子なのである。

オペラの中で、ドン・カルロが、父フェリペ二世に対して「フランドルから来た使者の訴えを聞いてやってください」と歌う場面があるが、これは、エグモント処刑後の反乱運動のことを指している。ドン・カルロは、オランダに対して同情的だったのだ。

そして、オペラのラストシーンに登場する「亡霊」こそ、エグモントが最初に仕えたカール五世である。

≪エグモント≫に対する≪ドン・カルロ≫…同一題材が、支配側(スペイン)と、被支配側(オランダ)から、それぞれ別の視点で描かれているわけで、エグモントの物語を理解する上で、必携の“副題材”といえよう。
<敬称略>

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