■吹奏楽曲でたどる世界史【第19回】百年戦争(1337~1453)とジャンヌ・ダルク その2 ~ジャンヌ・ダルク(ジェリー・グラステイル)

Text:富樫鉄火

●英語題:Joan of Arc for 8 Percussion Instruments Group
●作曲:ジェリー・グラステイル Jerry Grasstail
●発表:2004~2005年アンサンブルコンテスト(熊本県立盲学校アンサンブル部)
●出版:ビムズ・エディションズ
●参考音源:一般市販CDはなし。アンサンブル・コンテストのライヴ盤あり。
●演奏時間:約5分弱
●編成上の特徴:打楽器のみ8パート(延べ23種類の打楽器が必要。本文参照)
●グレード:5

今回の曲は、正確に言うと「吹奏楽曲」ではない。「打楽器アンサンブル曲」である。だが、近年、これほど話題になった曲(演奏)はなく、事実上の初演の舞台となった「全日本アンサンブル・コンテスト」も、全日本吹奏楽連盟の主催である。おそらく、全国の吹奏楽部や、一般・職場バンドでも、コンクールと並んで、この催しに挑んでいる人たちも多いと思う。しかも、前回につづいて、世界史上の人気ヒロインであるジャンヌ・ダルクを描いているので、少々異例ながら、取り上げておくことにした。

この曲が、「盲学校」の学生によって演奏されたことを知った時、驚いたのは、私だけではないはずだ。その過程は、昨年出版された『息を聴け 熊本盲学校アンサンブルの挑戦』(冨田篤著、新潮社刊)につぶさに描かれているし、TV熊本制作のドキュメント番組や、フジTV「奇跡体験 アンビリバボー」などでも紹介されたので、それらで知っている方々も多いだろう。噂では、映画化やTV化の話もあるそうだから、今後、さらに脚光を浴びるかもしれない。

視覚障害者に打楽器奏法を指導することがいかに難しいかは、説明の要はないだろう。全員が、全盲もしくは強度の弱視なので、楽譜を「読む」ことは、ほぼできない。鍵盤楽器は、叩く箇所を「カン」で把握しなければならない。それよりも、出だしの合図をどうするのか。まさか本番ステージ上で、誰かが「せ~の」なんて掛け声をかけるわけにもいかない。

彼らは、打楽器奏者・冨田篤先生の指導で、ともに悩み、考え、様々な工夫を開拓して、それらハードルを、一つ一つ乗り越えていった。たとえば、曲の出だしは、誰か一人の、息を吸い込む音や「気配」を感じて揃えることになった。

かくして、熊本県大会、九州大会を「金賞・代表」で勝ち抜き、全国大会でも、見事、金賞を射止めるのである。

その彼らが演奏した曲が、この、8つの打楽器群のための≪ジャンヌ・ダルク≫である。作曲者ジェリー・グラステイルについては、あえてここでは触れない(上記『息を聴け』に詳述されている)。

演奏者はタイトルどおり8人必要で、かなりたくさんの楽器を必要とする。

【Ⅰ】シロフォン、クロテイル(高音)、グロッケン
【Ⅱ】ヴィブラフォン、クロテイル(低音)
【Ⅲ】マリンバ
【Ⅳ】トムトム、大太鼓、ティンパニ、サスペンド・シンバル
【Ⅴ】サスペンド・シンバル、ボンゴ、ティンパニ、レイン・スティック
【Ⅵ】チャイム、ドラ、サスペンド・シンバル
【Ⅶ】ティンパニ、ハイハット・シンバル、トーン・チャイム(E)
【Ⅷ】ティンパニ、コンガ、ウィンド・チャイム
(クロテイル→グロッケン、トーン・チャイム→トライアングル、レイン・スティック→オーシャン・ドラムに、それぞれ変更可能)

バンドによっては、これだけたくさんの打楽器を揃えるのは、楽ではなかろう。だが、それでも挑戦し甲斐のある、なかなか歯応えのあるアンサンブル曲である。

曲は、ジャンヌが天使のお告げを聴いて戦いに出て、フランス軍を勝利に導き、やがて逮捕されて火刑となり、魂が天に昇るまでを、コンパクトに描いている。

鍵盤楽器が使用されてはいるが、特にキャッチーなメロディがあるわけではなく、全般的に「リズム」主体の曲になっている(奏者が「叫び声」をあげる部分もある)。印象としては「野生」的な雰囲気が濃厚である。前記『息を聴け』の巻末にフルスコアが掲載されているが(細かいフキダシ解説が付いている)、これを見ると、かなり難易度の高い曲であることが分る。「フェルマータ休止」から、突如「トゥッティ」になる部分も多く、こんな曲を、よくぞ、視覚障害者8人で演奏できたものだと、驚かされる。

特徴的なのは、ジャンヌが「処刑」されたあとの描写部分。前回の坂井貴祐版では、ここが壮大な「讃歌」になっていたが、こちらは、ひたすら静謐で、ジャンヌが天国へのドアを開け、静かに昇天して行く様子で終わっている。楽器編成が違うといってしまえばそれまでなのだが、同じ題材を描いていながら、これほどの違いがあるのも面白いことだ。

私たちは、あくまで音楽のみを奏で、あるいは聴けばいいのであって、初演の演奏者が視覚障害者だったとかなかったとか、そういうことはあくまで付随的要素にすぎない。しかし、それでもなお、この曲が、盲学校の生徒たちによって演奏された事実は、私たちを感動させずにはおかない(しかも、出場したのは大学の部だったが、演奏者の中には、中学・高校生もいたのだ)。

その後、アンコンで中高生がよく取り上げているようだが、機会があれば、ぜひ聴くか、演奏していただきたい曲だ。

【おまけ解説】
とりあえずジャンヌ・ダルクについての基礎知識を得るには、『ジャンヌ・ダルク――歴史を生き続ける「聖女」』(高山一彦、岩波新書)がお薦め。ジャンヌ研究一筋の碩学による、分りやすくコンパクトな本だ。特に、ナマの裁判記録を徹底的に調べており、大昔の話なのに、実にリアルなジャンヌの姿が伝わってくる。

映画研究家・三木宮彦による『ジャンヌを旅する』(未知谷)は、組み立て自転車を抱えて、ジャンヌの関係地すべてをバス・電車も駆使しながら回った労作紀行文。交通手段や宿、市街地図なども完璧なまでに細かく案内されており、旅行ガイドとしてもよくできている。旅をしながらジャンヌや百年戦争についての知識が身につく知的なガイドブックである。

ジャンヌ・ダルクは、言うまでもなく数え切れないほど、映画にもなっている。長いこと、イングリッド・バーグマンが演じたアメリカ映画『ジャンヌ・ダーク』(ヴィクター・フレミング監督、1948年)が有名だったが、いまでは、ミラ・ジョヴォヴィッチの『ジャンヌ・ダルク』(リュック・ベンソン監督、1999年)が決定版だろう。

音楽では、前回・今回で紹介した吹奏楽曲のほかに多くがある。最も有名なのは、オネゲル作曲の劇的オラトリオ≪火刑台上のジャンヌ・ダルク≫ 。オラトリオのわりには、ほとんどオペラと呼んでもいいドラマティックな超名曲である(実際、オペラとして上演されることもある)。

シラーの書いた有名な戯曲『オルレアンの処女(おとめ)』もジャンヌ・ダルクを描いたものだが、ヴェルディが≪ジョヴァンナ・ダルコ≫と題してオペラにしている。ただしソレーラによる台本があまりにひどく、いまではめったに上演されない(それでも初演はミラノ・スカラ座だった)。

あのチャイコフスキーも、同じ戯曲をオペラ化しており、タイトルは原作どおり≪オルレアンの処女(乙女)≫。音楽はきれいなのだが、これも台本(チャイコフスキー自身による)がうまくないため、オペラとしてはイマイチである。

どうもジャンヌは、オペラの世界では生き残れなかったようである。

なお、昨年(2006年)に、スペインの作曲家フェルレル・フェルランが、そのものズバリ≪ジャンヌ・ダルク≫なる、13分ほどの吹奏楽曲を発表している(原題は、スペイン語で≪Juana de Arco≫)。すでにCD『エコ・ドゥ・ラ・モンターニュ~フェルレル・フェルラン作品集』などにも収録されており、さすがにフェルランと思わせる曲だが、筆者自身、まだスコアなどを細かくチェックできていないので、今回は割愛した。 <敬称略>

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