■吹奏楽曲でたどる世界史【第18回】百年戦争(1337~1453)とジャンヌ・ダルク その1 ~吹奏楽のための叙事詩≪ジャンヌ・ダルク≫(坂井貴祐)

Text:富樫鉄火

●英語題:“Jeanne d’Arc” Lyric Poem for Wind Orchestra
●作曲:坂井貴祐 Takamasa Sakai (1977~)
●発表:2004年3月、航空自衛隊中部航空音楽隊の委嘱初演
●出版:ブレーン(レンタル)※第1・2部別扱い
●参考音源:
『写楽』(ブレーン/全編収録)、
http://item.rakuten.co.jp/bandpower/cd-0880/
『響宴Ⅶ』(ブレーン/第1部のみ収録)
http://item.rakuten.co.jp/bandpower/cd-0587/
●演奏時間:第1部:約10分+第2部:約9分
●編成上の特徴:標準編成
●グレード:4~5

1337年~1453年の長きにわたって、フランスの王位をめぐり、フランスとイングランドの間に交戦状態がつづいた。これを、俗に「百年戦争」と呼んでいる。

そもそもの発端は、フランス国王シャルル四世に直系男子がなく、親戚のフィリップ六世が王位を継承したことだった。もともと、イングランド王朝は、フランス国内に、フランス王よりも広大な領土を持っていた。だから、フランスは隣国ながら、気分は「イングランド領」だったのだ。イングランドにすれば「直系男子がいないなら、イングランドから王を出せばいいじゃないか。なのに、わが国を差し置いて、わざわざフランス国内の親戚に王位を継承者させるとは、面白くない」というわけだ。

特に、イングランド王エドワード三世が、自分の母方がフランス系であったことから、自分の王位を主張。些細なトラブルも後押しして、ついにイングランドが宣戦布告したのである。

この「百年戦争」は、終戦後、イギリスとフランスの国境線が確定したり、両国の国家体制が確立した戦争として知られているが、一般には、なんといってもジャンヌ・ダルク(1412~1431)が登場した戦争として有名である。

ジャンヌは、1412年、フランスの片田舎ドンレミ村の羊飼いの家に生れた。

当時すでに百年戦争は終盤にさしかかっており、イングランドが優勢だった。本来なら王位は、フランスのシャルル七世がつくべきところ、形式上イングランドのヘンリー六世がついていた。「形式上」というのは、ヘンリー六世はまだ幼かったので、ちゃんとした戴冠式が行なわれていなかったのだ。つまり、この頃のフランスの王位は、極めて宙ぶらりんの状態だったのだ。それだけに、フランス側にとって一発逆転のチャンスもなきにしもあらずだった。だが、正式に王位にもつけぬシャルルは、各地を流転しており、フランス中部シノンに落ちのびている有様だった。

この時、近くに住む16歳の少女ジャンヌは、突然「立ち上がれ、祖国を救え」との天使の声を聴く。そしてフランス軍守備隊長のもとを訪れ、交渉の末、数人の軍人や馬を貸リ入れ、シャルルのもとを訪れる。「天使の声に従っている」と語るジャンヌを、当初、シャルルたちは疑ったが、最終的に認められ、ジャンヌは「軍隊」を率いることになる。

すると、この軍隊は一気にイングランド軍を駆逐し、オルレアンを解放してしまう。勢いに乗ったフランス軍は、ジャンヌに導かれ連戦連勝、ランスでシャルルに戴冠まで実現させ、パリに向かう。

だが、シャルルに戴冠させただけで満足せず、パリを目指すジャンヌに対し、次第に冷たい視線が注がれ始めた。「ちょっとやり過ぎじゃないのか…」と思う者が続出した。

結局フランス軍内部の反乱者によってジャンヌは逮捕され、イングランド軍に売り渡される。挙句、異端者扱いされて宗教裁判にかけられ、1431年、火刑に処せられた(よく「魔女裁判」と言われるが、正式には「異端審問裁判」。当時「魔女」の存在概念は正式に成立していなかった)。若干19歳であった。ジャンヌのおかげで戴冠できたはずのシャルルは、いちはやく和平派に寝返っており、戦いをつづけようとする彼女に救いの手を差し伸べることはなかった。ジャンヌは、四面楚歌になって、誰にも助けてもらえなかったのだ。

「火刑」=火炙りというのは、極めて厳しい処刑方法で、要するに肉体を焼き尽くすことで灰にしてしまい、「遺体をなくす」ことが目的である。だが、彼女の内臓は、いくら火力を強くしてもなかなか焼けなかったらしい(最終的に「遺灰」となって、セーヌ川に撒いて捨てられた)。

彼女が活躍した時期は実質1年だったが、この間に戦況は大きく変化し、1453年、フランス軍優勢のまま和平が成立。ここに百年戦争は終りを告げたのである。

ちなみに、異端者として処刑されたジャンヌだったが、25年後に裁判の無効が決定している。だが、ローマ教皇によって正式な「聖女」に列せられたのは、なんと1920年のことであった。

このジャンヌの物語を、吹奏楽による音楽叙事詩に仕立て上げたのが、坂井貴祐である。主要モチーフが、「Jeanne d’Arc」のアルファベットから引用された「E・A・E・D・A・Cis」の6音によって構成されているという凝りようだ。

全体は2部構成で、第1部<ドンレミ村の情景、戦い>は、美しい田園風景の描写から始まり、神のお告げ~シャルルのもとへ~戦いと、息つく間もなく展開する。抜群のスケール感と美しさ、そして知的な描写力だ。決して「派手な映画音楽風」のみに終始することなく、品格もある。聴いても演奏しても感動できるはずだ。

第2部<裏切り、火刑、讃歌>は、深刻・陰鬱なムードで開始し、ジャンヌを襲う悲劇が描かれる。第1部が勇壮で開放的な要素が多かったのに比べると、かなりの緊迫感を強いられる。だが、ラストはレクイエムではなく、彼女を称える讃歌になる。この部分は、マーラーやブルックナーも顔負けの分厚い和音に、長い息を要求される。しかし、この高揚感と充足感は、まさに吹奏楽曲ならではのもので、比類なき感動のフィナーレが待っていると言っていい。

曲は2部構成だが、第1部のみでも演奏できるように書かれている。その場合は、第1部ラストのユーフォニアム・ソロの手前できっちり終わることになり、約9分で終了する。ただし、そうはいっても、やはり、後半を期待させるような終わり方であることは否めない。「To Be Continued」(つづく)みたいなムードがある。よって第1部のみの演奏だと、聴衆も演奏者も、少々“ヘビのナマ殺し”状態になる恐れがある。トライする以上、ぜひとも全曲演奏を前提にしていただきたい。特に、音楽上の構成力や描写力を身につけたいバンドには、格好のスコアであろう。

作曲者は、尚美学園短期大学(現・尚美学園大学)作曲専攻を経て、東京ミュージック&メディアアーツ尚美を卒業。JBA下谷賞も受賞している若き期待の星だ。近年では≪セレモニアル・マーチ≫が大人気となっている。
<敬称略>

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