■吹奏楽曲でたどる世界史【第17回】十字軍(1096~1270年頃まで)<忠誠行進曲>~組曲≪十字軍の戦士シグール≫より(グリーグ)

Text:富樫鉄火

●原題:Hyldningsmarsj~Suite“Sigurd Jorsalfar” Op.56 ~
●作曲:エドヴァルド・グリーグ Edvard Hagerup Grieg(1843~1907)
●発表:原曲(劇付随音楽)初演1872年、組曲版1892年
●出版:吹奏楽版各種あり。Masters Music/Kalmus版(Schwittmann編曲)、Boosey & Hawkes版(Kreines編曲)あたりが有名か。
●参考音源:各種あり。
『シンフォニック・マーチ』(de haske)、
http://item.rakuten.co.jp/bandpower/cd-0076/
『クラシカル・マリネス』(MARKAP)などにあり。ただし、どちらも上記とは別編曲。
●演奏時間:原曲は約9分(編曲によって若干違う)。
●編成上の特徴:上記Boosey & Hawkes版の場合、標準編成を上回るパート…フルート1~3、オーボエ・バスーン各1~2、コントラバス・クラリネット、ハープあり。
●グレード:編曲によって違うが、おおむね「4」くらいか。

「十字軍」とは、ヨーロッパのキリスト教国家連合が、イスラム教に乗っ取られた(と解釈した)聖地「エルサレム」を奪還するべく派遣した戦闘軍団のことを指す。1096年から、およそ200年の間に、全部で8回にわたって派遣された(回数は研究者によって違う)。

現在、「エルサレム」は、ユダヤ教にとっては、ユダ王国の首都「聖地」。キリスト教にとっては、イエスが磔刑・埋葬された「聖地」。イスラム教にとっては、開祖ムハンマド(モハメッド)が神に会うために昇天した「聖地」。多くの宗教にとって、それぞれ重要な場所なのである。

西暦1000年初頭。東西に分裂したローマ帝国のうち、東ローマ帝国は、勢力を増していた、トルコ人のイスラム教王朝「セルジュク朝」に、多くの領土を奪われた。焦った東ローマ帝国は、すでに巨大権力となっていたカトリックのローマ教皇に救援を要請する。

この要請に応じたカトリック教会は、名目上「イスラム教徒に乗っ取られた聖地エルサレムを奪還せよ」とヨーロッパ各国に呼びかけ、巨大な軍隊が結成された。これが「十字軍」である。参加者には教会から「免罪符」が与えられ、罪が許される特典もあった。

かくして1096年、「十字軍」は中東に向かって突進し、エルサレムはキリスト教に奪還される。

だが、確かにキリスト教から見れば、エルサレムは「奪われた土地」であり、そこを奪還することは宗教上の使命でもあったろうが、実体は、とんでもない軍隊だったようだ。つまり、イスラム側から見れば、十字軍は、略奪、強奪、強姦、殺害、虐殺、蛮行……なんでもありの、暴徒軍団だったのだ。「免罪符」が与えられるとあって、前科者も多かったことだろう。エルサレム市内にいたイスラム教徒は、そのほぼすべてが虐殺されたようである。【注1】

ところが、一度はエルサレムを「奪われた」イスラム側も、再び勢力を増して、エルサレムを「取り戻す」。そしてまたも十字軍が派遣され……。

11世紀前半の中世ヨーロッパは、こんなことを200年間も繰り返していたのである。研究者の解釈によって様々なのだが、おおよそ1270年の「第8回十字軍」あたりが最後のようで、この時は疫病の流行などで、途中解散してしまったらしい。時には、周辺国をついでに攻めてしまうことさえあったし、子供ばかりで結成された「少年十字軍」まであった(この子供たちは、途中で奴隷として売り飛ばされたという。まことにひどい話だ)。

以後、エルサレムは長いことイスラムの支配下におさまるのだった(ただし、このあとも、小規模な十字軍は何回もあった)。第2次世界大戦後、エルサレムは、ユダヤ国家イスラエルの首都ということになっているが、パレスチナ(アラブ)も領土権を主張しており、西部地区がユダヤ人居住区、東部地区がアラブ人居住区となって、テロが頻発する一触即発の状態がつづいている。その遠因が、この「十字軍」にあるともいえるのだ。

さて、話は変わる。十字軍なんてものが始まったので、当時のヨーロッパはすべてがキリスト教国家になっていたように見えるが、実態はそうではなかった。特に北欧(現在のドイツ北部から、ノルウェー、デンマーク、フィンランド、スウェーデンあたり)には、なかなかキリスト教は入り込んでいかなかった。北欧は、イエスの死後1000年も、キリスト教が伝播しなかった最後のエリアだったのだ。それゆえ、古代ゲルマン神話や伝説が色濃く残ることになった。

しかし、さすがに11世紀あたりになってくると、そうもいかなくなり、北欧諸国も、徐々にキリスト教化され始める。十字軍は、そんな時期に開始されたのであった。

ノルウェーの場合は、全国統一が10世紀末あたりで、オラフ王(在位:西暦1000年前後)がキリスト教に改宗し、次のオラフ二世の時代に最大の繁栄を迎えた。その後、中期の十字軍に参加して功績をあげ、帰国後、王になったのがシグルドである。通称「十字軍王」とも呼ばれている。シグルド一世の統治が1110~1130年、そのあと2人の王の時代があり、シグルド二世の統治が1136~1155年となっている。

この「シグルド」は(「シグール」「シーグル」「シギュール」「シグル」「シグルス」などの読みもある)、ゲルマン神話の「ジークフリート」(ドイツ語読み)と同じ名前だ。ワーグナーのオペラ≪ニーベルングの指環≫にも登場する英雄の代名詞である(日本で言うと「太郎」みたいなものかもしれない)。シグルド本人のイメージが、のちに伝説のジークフリートに加味された部分もあっただろう。

このシグルド伝説を戯曲にしたのが、ノルウェーが誇る文学者ビョルンソン(1832~1910)である。ノルウェー国歌を作詩し、ノーベル文学賞も受賞した人だ。【注2】

戯曲のタイトルは『十字軍の兵士シグール』(または『十字軍の王シグール』)。実は、この戯曲の邦訳、もしくは詳しいあらすじなどを、かなり以前から探しているのだが、まだ見つけることができず、今回の執筆に間に合わなかった。どうも、初演後、すぐに忘れられたようで、邦訳の形跡も見当たらない。ただ、おおむね、十字軍に参加し、帰国した英雄シグールが王になるまでを、彼の弟や愛する女性をからめながら描く物語だったようである。

で、その戯曲に同国の大作曲家グリーグが、劇付随音楽(BGM)を書いた。それが、劇音楽≪十字軍の兵士シグール≫作品22で(1872年初演)、そこから3曲を抜粋したのが、同名の組曲版・作品56である。この組曲は、ほかにもピアノ・ソロや、ピアノ連弾用にも編曲されている。

この中の<忠誠行進曲>(第3幕への前奏曲)が、吹奏楽版にアレンジされて、しばしば演奏されている。【注3】

曲は「行進曲」となってはいるが、通常のコンサート・マーチとはかなり違う。グリーグといえば、すぐに思い浮かぶのが、劇音楽≪ペール・ギュント≫だと思うが、あの世界だと考えれば、当たらずとも遠からず。

冒頭は、トランペットの勇壮なファンファーレで始まるが、すぐに、北欧独特の、深い哀愁に満ちた旋律が、じっくりと奏でられる。そのうち、シンバルやスネアドラム、金管楽器が活躍し、いかにも「行進曲」風にもなるが、全般的に「じっくり」感に溢れた、実に美しい曲である。こういう味わいは、イタリアのような暖かい地方からは、絶対に生まれない。1年の多くを雪と氷に閉じ込められる国だからこそ、生まれた音楽といえる。

本来が弦楽器中心のオーケストラで演奏される曲である以上、吹奏楽版では、木管楽器に、極めて繊細な演奏技術が要求されると考えた方がいい。表現力を鍛える、いいテキスト曲かもしれない。コンサートのオープニングで演奏するには少々「哀愁に満ち」すぎており、大トリで演奏するには「じっくり」しすぎており、アンコールで演奏するには「落ち着き」すぎている。まさに、プログラムの2曲目、3曲目あたりに置くとピッタリきそうな曲である。

なお、劇音楽の原曲は全部で8曲あるが(当初は5曲で、のちに追加された。歌付きの曲もある)、組曲では抜粋されて3曲構成になっている。1曲目が前奏曲<王宮にて>、2曲目が<ボルグヒルの夢>(間奏曲)(どちらも3~4分の小曲)。最後が、この<忠誠行進曲>である。どれもたいへん品格のある曲だ。

ちなみにグリーグは、≪ペール・ギュント≫で大劇作家イプセン(1828~1906)を、≪ホルベルク組曲≫(ホルベアの時代から)でデンマークの大詩人ホルベア(1684~1754)を、それぞれ音楽化しているわけで、この≪十字軍の戦士シグール≫のビョルンセンとあわせて、ノルウェーの3大文学者を取り上げていることになる(ホルベアはデンマーク人だが、当時のノルウェーとデンマークは連合王国だった)。

イプセンは『人形の家』の作者として日本でも有名だが、かといって、そう頻繁に上演されているわけではない。ましてや、ホルベアやビョルンセンは、少なくとも日本では、誰でも知っている作家とはいえない。彼ら北欧の文学者の名前が、このようなコラムで俎上に上がるのは、まさにグリーグの偉大な音楽のおかげなのだ。
<敬称略>
【注1】「十字軍」の暴虐ぶりに関しては、歴史読物『アラブが見た十字軍』(アミン・マアルーフ著、牟田口義郎・新川雅子訳、ちくま学芸文庫)を、ぜひともお読みいただきたい。キリスト教社会で「正義の聖戦」として伝わっている史実が、「攻められた側」から見れば、いかにメチャクチャだったかが、たいへんよく分る。物事を一面のみから見ることの危険性を、これほど分りやすく教えてくれる本はない。
【注2】ビョルンソンの作品邦訳は、現在入手不可能。ただし、つい最近まで『アルネ』(岩波文庫)、『日向丘(ひなたがおか)の少女』(小学館)といった本が出ていたので、古書店や図書館などにあるかもしれない。

【注3】この邦題には、ほかに<凱旋行進曲><オマージュ(敬意)・マーチ>など、いくつかある。

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