■吹奏楽曲でたどる世界史【第16回】イエス・キリスト(その3・・・イエスの苦悩) ~ロックオペラ≪ジーザス・クライスト・スーパースター≫(ウェバー)

Text:富樫鉄火

●原題:Jesus Christ Superstar
●作曲:アンドルー・ロイド=ウェバー Andrew Lloyd Webber(1948~)
●発表:1971年(舞台初演、ブロードウェイ)
●出版:数種あるが、入手しやすいのは、Hal Leonard版のメドレー(ヘンリー・マンシーニ編曲によるオーケストラ組曲を、モスが吹奏楽版にしたもの)。同社からは、3部構成のマーチング・ショー版も出ている。
●参考音源:各種あり。とりあえずBPショップでは、
「ベスト・オブ・ゴフ・リチャーズ」金管(Obrasso)、
http://item.rakuten.co.jp/bandpower/cd-0595/
「ボーン・トゥ・ビー・アライブ」金管(Bernaerts)、
http://item.rakuten.co.jp/bandpower/cd-0385/
「オーパス・ワン」(Obrasso)などある。
http://item.rakuten.co.jp/bandpower/cd-0451/
どれも一部曲の収録。上記Hal Leonard版の音源は未確認。全曲オリジナルCDは、ロンドン版やブロードウェイ版など、相当数がある。
「ミュージカル・コレクション」(Molenaar Edition)
http://item.rakuten.co.jp/bandpower/cd-3632/

●演奏時間:編曲によるが、おおむね6~8分が多い。
●編成上の特徴:どれもほぼ標準編成。
●グレード:編曲によるが、3~4程度が多い。

今回は、ミュージカル(ロックオペラ)である。吹奏楽版としては、さほど有名というわけでもない。ただ、なぜか近年になって、CDや楽譜で吹奏楽版が続々登場しており(BPショップでCD検索すると、3枚ヒットする)、さらにはマーチング・ショーのセット・スコアが出たりしているのだ。おそらく1999年に、誕生30周年を記念して、ブロードウェイでの、新演出・復活上演が話題になったので、その影響があるのかもしれない。

1971年に、この作品が登場した時の驚き、感動、そして世間の騒ぎっぷりを、私は如実に覚えている。

そもそもは、1969年、イギリスの2人の若者、作詞家のティム・ライス(当時25歳)と、作曲家アンドルー・ロイド=ウェバー(当時21歳)が、≪スーパースター≫というシングル・レコードを出したことからすべては始まった。

激しいロックビートに乗せて、イエス・キリストに向かって「いまでも理解ができない。あなたのやったことは、何だったんですか。紀元前4年頃のイスラエルじゃ、マスコミもなかったでしょう。天国ではブッダやマホメットとご一緒ですか」と問いかける不思議な歌だった。この問いかけをしている人物が、イエス十二使徒の1人だった「イスカリオテのユダ」である。イエスを裏切って逮捕のきっかけをつくり、のちに自殺した弟子だ。
この曲は、たちまち人気を呼んだ。2人は「いける!」と確信した。実はこの曲は、正味90分に及ぶ「ロック・アルバム」の中の1曲だったのだ。この曲だけを先にシングル・リリースしたのは、一種の「リサーチ」だったのである。

2人は、翌1970年、LP2枚組の箱入りロック・アルバムをリリースする。緑色の箱に、銀色の天使のイラスト……≪ジーザス・クライスト・スーパースター≫(以下≪JCS≫)の誕生である(日本盤は当初≪イエス・キリスト・スーパースター≫と表記されていた。ちなみに現在のCDでは、緑色ではなく白地にデザイン変更されている)。

この2枚組は、たちまちセンセーションを巻き起こした。「ロックオペラ」と銘打っていただけあって、最初から最後までセリフがなく、すべてが「曲」なのである。なのに、迫真の「物語」が展開していた。なぜなら、歌詞の多くが『新約聖書』の文言だったのだ。

つまりこの2人は、『新約聖書』の中の「キリスト最後の7日間」部分を歌詞にしてロック曲をたくさん作り、ズラリと並べて「オペラ」にしたのだ。その「オペラ」が最初から「レコード」で登場したのである。

この手法に世間は仰天した。ロック版『新約聖書』LP2枚組というスケールにも驚いたし、そもそもイエスがこのような題材になるとは誰も予想しなかった。

だが世間が驚いたのは、この作品自体が、キリストを、当時の若者たちと同じ「悩める1人の青年」として描いていることだった。イエスのつぶやき「神は私を見捨てられたのだ」なども、『新約聖書』で文字として読むと冷静な言葉に思えたが、≪JCS≫でロックになると、凄絶な叫び、命乞いに聴こえるのだ。

ここで描かれたイエスの姿は、まさしく前回述べた、ニーチェやH.G.ウェルズが言うところの「本来のイエス・キリストの姿」のように思える。決して世界を制するような野望も欲望もなかったのに、いつの間にか周囲の熱狂で「全人類の罪を背負った殉教者」にさせられてしまう若者の苦悩……ニーチェが知ったら大絶賛したであろう。

さらに、イエスを裏切って官憲に居場所を密告するユダの悩みも、ロックだからこそ、リアルに迫ってきた。見方次第では、ユダはイエスに同性愛を感じているのだが、あまりの人気者(スーパースター)になってしまい、自分を相手にしてくれなくなった、そこで嫉妬のあまりイエスを官憲に売り渡した、だがあとで後悔の念に駆られ、自殺する……と読めなくもなかった。

このLP2枚組≪JCS≫は世界的ヒットとなり、全米縦断コンサート・ツアーが催された。そして1971年、ついに舞台化され、ニューヨーク・ブロードウェイのへリンジャー・シアターで初演された。

騒ぎはここからさらに大きくなる。世の守旧派が、「イエスを冒涜している」と劇場に詰めかけ、乱闘騒ぎが起きたのだ。翌72年には、母国ロンドンでも上演されたが、そこでも同様で、とにかく≪JCS≫が上演される劇場では、必ず暴動が発生するのである。

だが音楽の素晴らしさは、比類がなかった。冒頭から終曲まで「耳に残らない曲」は1曲もない。マグダラのマリアが歌うアリア≪私はイエスがわからない≫もシングル・カットされ、ヒットチャートを騒がせた。歌っていたハワイ出身の歌手イヴォンヌ・エリマンは、ほんとうのスーパースターになってしまった(もともと、エリック・クラプトンのバック歌手だった)。音楽の力は強い。すぐに反対派の騒ぎはおさまり、≪JCS≫はミュージカル史上不滅の作品となって、2人の作者までもがスーパースターになってしまうのだ。

その音楽は、いま聴いてもまことに迫力があり、ロックの本質が「反抗の音楽」であることをあらためて教えてくれる。5拍子で美しくスウィングする≪今宵やすらかに≫、腹黒い役人たちの醜い会話を見事に音楽化した≪ジーザス死すべし≫、高らかな大合唱≪ホザンナ≫、究極の名旋律≪私はイエスがわからない≫、のちに追加された素晴らしいデュエット曲≪やり直しはできないのですか≫、驚くべき緊張感をロックで表現した奇跡的な曲≪ピラトの裁判~39回の鞭打ち≫……どれも、まったく色褪せていない。リバイバルされたのも無理ないし、いまになって吹奏楽版が出るのも、遅きに失したとさえ感じる。

吹奏楽版は、現在、アメリカやヨーロッパで5~6種出ているが、映画音楽の巨匠ヘンリー・マンシーニがオーケストラ用に編曲したメドレーがあり、それを吹奏楽版に移植したスコアが出ている(Hal Leonard社版)。これが最もポピュラーだろう。演奏時間は約7分。意外と手強いアレンジで、グレードとしては「4」くらいありそうだ。収録曲は、≪スーパースター≫≪今宵やすらかに≫≪ヘロデ王の歌≫≪私はイエスがわからない≫の4曲構成。他社のスコアも、どれも4~6曲構成で、6~8分ほどの内容になっている。必ず入っている≪スーパースター≫の前奏を演奏したり聴いたりする時、背筋を何かが走らない者はいないであろう。文化祭や定期演奏会のポップス・ステージで演奏したら、盛り上がること必定である。

もし、マーチング・ショーもやるバンドだったら、同じHal Leonard社から出ているMurtha & McIntosh編によるドリル3部作が出ている。なかなかうまいアレンジと構成で、全部で15~20分、ド迫力ステージを再現することができるので、検討をお薦めする。

なお、本来が「舞台作品」なので、演奏する際は、何が何でもヴィジュアルを見ておかなければ話にならない。理想的なのは、ロンドンかブロードウェイ、もしくは劇団四季による日本版のナマ舞台を観るのが理想だが、なかなかそうもいかないだろう(どこも、≪JCS≫を1年中やっているわけではないのだから)。【注】

そこでDVDに登場していただく。1999年にブロードウェイで再演されたステージを、映画風に収録した全編映像版がある(ユニバーサル/ただしそろそろ品切れか)。何と舞台を古代エルサレムから現代のニューヨークと思しき大都会に移した演出で、最初から最後まで度肝を抜くヴィジュアルが連発する。マグダラのマリア役が少々存在感が薄いのを除けば、ほぼ完璧と言っていい出来だ。特にクライマックスで、十字架を背負って磔刑に向かうジーザスの前に、自殺したユダが天国から戻ってきて問いかける≪スーパースター≫には唖然となる。何とユダがレポーターに扮し、カメラや芸能記者を従え、瀕死のジーザスにナマ・インタビューを敢行するのだ。そのカメラ映像がそのまま舞台上の大型モニターに映し出される迫真感は、まさにこの作品が「ステージ・ライヴ」であることを再認識させてくれるだろう。

1973年には、鬼才ノーマン・ジュイソン監督によって映画になっている。荒野の砂漠に劇団がやってきて、突然物語を演じ始めるプロローグには仰天させられたものだ。この映画には、初演当時の歌手が多く出ており、特にイヴォンヌ・エリマンの個性的な容姿とハスキーな歌声は忘れられない。ユダを黒人歌手が演じており、これによって人種差別問題を暗示させる構成にもなっていた。

ただしこの映画は、VHSビデオでは発売されたが、その後、DVD化されていない。噂では、音楽著作権の処理が難航しているとのことだが、初演当時の熱気をスクリーンに封じ込めた傑作であり、ぜひとも早々にDVD化していただきたいものだ。

ちなみに、≪JCS≫を生み出した2人は、つづいて≪エビータ≫を生み、これも大ヒット。その後2人はコンビを解消し、ウェバーは≪キャッツ≫≪オペラ座の怪人≫といった超ウルトラ級のヒット・ミュージカルを連発して、無名だった妻のサラ・ブライトマンを世界的スター歌手に育て上げた(その後、離婚)。一説には、世界中の劇場からの印税収入が「日収」数千万円だそうで、「現代のモーツァルト」とさえ称されている。
<敬称略>
【注】余談だが、劇団四季による≪JCS≫日本版は、1973年、東京・中野サンプラザのこけら落とし公演の一環として初演された。この頃の顔ぶれを知ったら、今の若い諸君は驚くのではないか。鹿賀丈史(ジーザス)、滝田栄(ユダ/3演~)、市村正親(ヘロデ王)、もんたよしのり(アンナス)、そして音楽監督が、いまや大指揮者の若杉弘だったのだ!
【おまけ解説】
第14回で述べたように、キリストを題材にした吹奏楽曲は、たいへん多い。そのすべてを紹介していたのでは、連載が終わってしまうので、今回で終えるが、そのほか、近年知られている曲に限れば……

≪黙示録による幻想≫(ギリングハム)
≪第七の封印≫(マクベス)
≪終りの日(アルマゲドン)≫(メルテンス)
(以上、『新約聖書/ヨハネ黙示録』より)

≪十字架への道≫(エレビー)

……などがある。

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