■吹奏楽曲でたどる世界史【第13回】パクス・ロマーナ時代(紀元前27年~西暦180年頃)~行進曲≪パクス・ロマーナ≫(松尾善雄)

Text:富樫鉄火

●作曲 松尾善雄 Yoshio Matsuo (1946~)
●発表:2004年(2005年度全日本吹奏楽コンクール課題曲、第15回朝日作曲賞受賞)
●出版:(社)全日本吹奏楽連盟
●参考音源:連盟発行の参考CDほか、2005年コンクール・ライヴ盤など各種。
●演奏時間:約4分
●編成上の特徴:打楽器5パート(ティンパニ含む)。テューブラーベルズあり。
●グレード:3~4

前回述べたスパルタクスの反乱もおさまり、鎮圧したクラッススらによる三頭政治が始まって、古代ローマ帝国はようやく落ち着き始めた。

そして「パクス・ロマーナ」時代がやってくる。「Pax Romana」とは「ローマによる平和」の意味。いわば、古代ローマ帝国が、最もよかった時代のことだ。

始まりは、初代皇帝アウグストゥスの治世。「アウグストゥス」というのは称号で、本名は「オクタヴィアヌス」。あのカエサル(ジュリアス・シーザー)の養子である。彼は、養父カエサルが暗殺(紀元前44年)された後、エジプト女王クレオパトラと組んだアントニウスを破り、エジプトを手に入れる(紀元前31~30年)。

そして紀元前27年、元老院から「尊厳者(アウグストゥス)」の称号を贈られ、全権を掌握、帝政を敷いて初代皇帝となった。

彼は、野望に燃えていた養父カエサルを反面教師にした。主要軍隊を、帝国の外周ギリギリの辺境に重点配備し、外敵の侵入に備えるとともに、これ以上の領土拡大政策をストップさせた。前回述べたように、奴隷の反乱事件は、突き詰めればあまりの領土拡大が元凶だった。その反省があったのであろう。

これによって、ローマ帝国は、将棋でいう「穴熊」(=「王将」の周囲をほかの駒で固め、攻めようがない状態)になった。帝国中心部は堅牢な守りに囲まれ、持久戦のような状況になったのだ。

ここからの約200年間、ローマは、史上空前の繁栄と平和の時代がつづいた。商業活動も盛んになり、道路や水道などのインフラも整備された。それが「パクス・ロマーナ」である。

頂点だった時期は、西暦96~180年にかけての「五賢帝」時代。

ネルウァ、トラヤヌス、ハドリアヌス、アントニヌス・ピウス、マルクス・アウレリウスの五人の皇帝がつづけて治めた時代だが、最後のマルクス・アウレリウスのあたりから、財政悪化や周辺民族の侵入が始まり、事実上「パクス・ロマーナ」の時代は終りを告げる。

ちなみに、このマルクス・アウレリウスの実子で、次の皇帝になるコンモドゥスは、映画『グラディエイター』に登場した、あの敵役である。

さて、そんな時代を吹奏楽曲にしたのが、この≪パクス・ロマーナ≫である。2005年度の全日本吹奏楽コンクール課題曲として一般公募され、朝日作曲賞を受賞した作品だ。この年の課題曲要項は「行進曲」だったので、この曲もマーチである。つい最近の曲なので、読者の中にも「演奏した」「聴いた」人がまだたくさんおられることだろう。

特に具体的な描写があるわけではなく、作曲者自身も述べているように、「ローマ帝国軍団のビジュアル・イメージを、映画音楽風行進曲にしたもの」である。おそらく、実際のパクス・ロマーナ時代にも、こんな雰囲気の曲をバックに、ローマ軍が行進していたのだろう。歓声を送る大群衆の光景も自然と浮かんでくる。

そして、聴けばすぐに分るが、このマーチは、ミクロス・ローザ作曲の映画音楽『ベン・ハー』(1959)への明らかなオマージュである。作曲者自身も、そう述べているほどだ。

ミクロス・ローザ(1907~1995)は、映画『ベン・ハー』の音楽を依頼され、約2年間、舞台となったローマの別荘にこもって古代ローマ時代の音楽の研究調査を重ね、あの素晴らしい音楽を書き上げたのだ(アカデミー音楽賞受賞)。

こちらの曲は、コンクール課題曲のマーチだけあって、特殊技巧を要求されるものではないが、現代の我々がイメージするマーチとは、少々イメージが違う。演奏にあたっては、この映画『ベン・ハー』くらいは、観ておいた方がいい。独特な、飛び跳ねるようなリズムと、盛んに登場する三連符の処理がポイントになりそうだ。

作曲者は、吹奏楽の世界ではもうベテランといっていい。作曲集団「風の会」所属。コンクール課題曲には、1987年のマーチ≪ハロー! サンシャイン≫以来、2007年の課題曲≪ナジム・アラビー≫(Ⅴ=大職一のみ)も含めて7回登場している。

さあ、ついに「紀元前」の時代が終わった。いよいよキリストが登場して、本連載は、次回から「紀元後」=「西暦」の時代に入る。
(注)第6回で紹介した、行進曲≪ラメセス二世≫の作曲者・阿部勇一が、同じテーマで≪パックス・ロマーナ≫(1996)なる吹奏楽曲を書いているが、楽譜も音源も一般入手が容易でないので、今回は割愛した。この曲は、BMGファンハウス音楽出版が発売している教材セット『Allegro.1』の中に収録されている。CD15枚と楽譜・テキストがセットになったもので、学校直販のみの販売である。

<敬称略>

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