■吹奏楽曲でたどる世界史【第12回】スパルタクスの反乱(紀元前73~71年頃)~交響詩≪スパルタクス≫(ヤン・ヴァンデルロースト)

Text:富樫鉄火

●原題:Spartacus―Symphonic Tone Poem
●作曲:ヤン・ヴァンデルロースト Jan Van der Roost (1956~)
●発表:1988年、ギィデ交響吹奏楽団(ベルギー)によって初演
●出版:de Haske
http://item.rakuten.co.jp/bandpower/set-8282/
●参考音源:
「交響詩スパルタクス」(フォンテック)、
http://item.rakuten.co.jp/bandpower/cd-0306/
「スパルタクス/東京佼成ウインドオーケストラ」(佼成出版社)ほか
http://item.rakuten.co.jp/bandpower/cd-0025/
●演奏時間:約14分
●編成上の特徴:おおむね標準編成だが、オーボエとバスーンは各2必要。2002年に作曲者自身が来日して大阪市音を指揮した際は、コントラバスクラリネット、コントラバスーン、バスサクソフォーン、ピアノ、チェレスタ、ハープが追加された(上記フォンテックCDにライヴ収録あり)
●グレード:6

時代は一気に下る(何しろ、聖書時代を題材にした曲は多いので、あまり細かくやっていると永久に連載が続きそうなので)。

古代ローマ帝国がイタリアをほぼ統一したのが、紀元前3世紀頃といわれている。そうなると次は「領土拡大」だ。南へ行ってアフリカでカルタゴ(現在のチュニジア)と戦争。ギリシャ方面へ行ってマケドニアと戦争。さらに東へ攻め込んでシリアと戦争。とにかく戦争に次ぐ戦争だった。

これだけ戦争ばっかりやっているわけだから、当然ながら「兵士不足」になる。ローマを中心に、平凡な農民が次々と徴兵された。となると、もう畑で農業なんてやってられない。だが農民がいなくなってしまえば食糧が生産されなくなる。そこで残された畑を、いつの間にか金持ちたちが乗っ取ってしまった。しかし、まさか彼らが自分で畑仕事などやるわけない。そこで、征服した周辺地から奴隷を買い入れて、畑仕事や鉱山採掘をやらせるようになった。

彼ら奴隷は、まともな人間の暮らしをさせてもらえなかった。中には、労働ではなく、金持ちどもの見世物として「剣闘士」をやらされる者もいた。しばしば反乱や内乱が発生し、奴隷制度のほころびが見え始めていた。

そんな折、古代ローマ帝国が征服した周辺領土「トラキア」(現在のギリシャ~トルコあたり)から連れて来られた奴隷の中に、「スパルタクス」なる男がいた。

当初は、畑仕事か鉱山採掘などをやらされていたようだが、そのうち剣闘士養成所に入れられる。たぶん、農業よりも、そちらの才能を認められたのであろう。

だが、剣闘士はあくまで見世物だ。いくら訓練して優秀な腕前になったとしても、戦いで勝つか負けるかしかない毎日が待っている。ライオンと闘わされることもあった。仲間が次々と負けて死んで行くのを見て、ついにスパルタクスの怒りは爆発。仲間を率いて養成所を脱走する。すぐに周辺の奴隷たちも合流し、仲間は一大軍団に膨れ上がった。もちろん、すぐにローマの鎮圧部隊が投入されたが、スパルタクス軍は見事に打ち破る。

反乱軍は、イタリア国内を、ある時は鎮圧部隊から逃れながら、ある時は戦いながら、あちこちを駆け巡った。反乱軍の奴隷数は、最盛時で7万人とも10万人とも言われている。

だが、最終的に大富豪クラッススが組織するローマ共和国軍の鎮圧部隊によって追い詰められ、殺される。反乱期間中、のべ20万人の奴隷が戦死したといわれている。最後まで抵抗した6000人の奴隷は、全員処刑となり、アッピア街道沿いに磔となった。

昔から、音楽や映画、演劇、絵画で何度となく描かれてきたこの題材を、ベルギーの人気作曲家ヴァンデルローストが、まことに迫力満点の吹奏楽曲の大作にしている。スコアの冒頭には「un omaggio a Ottrino Respighi(レスピーギへのオマージュ)」とイタリア語で記されている。題材の舞台がイタリアであることに加え、作曲者自身、レスピーギ的な色彩感を追究したものと思われる。

少々考えすぎかもしれないが、吹奏楽でもさかんに演奏される、レスピーギの組曲≪ローマの松≫最終曲<アッピア街道の松>は、古代ローマ軍がアッピア街道を大行進する幻想風景を描いた曲だ。この街道沿いに、えんえんと6000人もの奴隷が磔刑になって、遺体がさらされたのである。ヴァンデルローストの脳裏に、この曲のことがちらついたかもしれない。

曲は主に3部に分かれており、重厚な冒頭部では、剣闘士のムードが描かれる。一部に中東の香りが漂う部分もあるが、おそらくスパルタクスの出身地のトラキアのイメージであろう。

安らかな第2部では、一時の休息を思わせる。映画や物語でよく描かれる、女奴隷とスパルタクスの恋を描いているのかもしれない。

ラストは明らかに反乱の場面、鎮圧部隊との戦いを描いている。ただし、激しさのみに終始することなく、輝かしい場面も多い。明らかに作曲者は、スパルタクスを讃えている。単なる悲劇の英雄として描いてはいないのだ。現に、以後、奴隷に対する扱いは向上したそうなので、決して彼の反乱はムダではなかったのだ。クライマックスの盛り上がりはまことに感動的である。

さらにいえば、スパルタクスの反乱を鎮圧させた大富豪クラッススは、その功で執政官に就任し、のちに、カエサルやポンペイウスとともに「三頭政治」を行なって、古代ローマ帝国の安定を導くのである。スパルタクスVSローマ(クラッスス)の戦いは、お互い「敵ながらあっぱれ」状態だったのではなかろうか。

演奏は、技術面はいうまでもないが、体力勝負のような面もある。ドラマ性を十分に表現する必要もあり、奏者のみならず、指揮者にもかなりの力量が要求されよう。

作曲者ヴァンデルローストは、いまさら紹介の要もない、ベルギーの大人気作曲家。数年前、インタビューで会ったことがあるが、たいへん真摯な人柄で、日本の吹奏楽界を愛してやまない様子がひしひしと感じられた。世界中のバンドから委嘱の申し込みが相次いでおり、「作曲の方は、4年先まで埋まっており、いまは、1小節も書くことはできません」と苦笑していた。
(注1)「Spartacus」は、日本語表記では「スパルタクス」「スパルタカス」と2種類あるので、検索などの際には注意されたい。

(注2)作曲者Jan Van der Roostは、正確に日本語で表記すると「ヤン・ヴァン=デル=ロースト」で、姓が「ヴァン=デル=ロースト」、名が「ヤン」である。近年の日本では、姓が長いこともあって「=」を省略し、つなげて「ヴァンデルロースト」と表記されることが多いので、本稿もそれに従った。
【おまけ解説】
「スパルタクスの反乱」は、旧ソ連の作曲家ハチャトリアンがバレエ音楽にしており、そこから編まれた組曲≪スパルタクス≫として、吹奏楽版でよく演奏されている。ドナルド・ハンスバーガー編曲版と、仲田守編曲版があるようだ。

数年前、近年人気の歴史小説家・佐藤賢一が『剣闘士スパルタクス』(中央公論新社)を上梓している。演奏の際には、絶好のイメージつくりの参考書になるだろう。

また、『2001年宇宙の旅』(1968)で知られる異端の映画監督スタンリー・キューブリックが、この史実を『スパルタカス』(1960)と題して映画化している。もし、ヴァンデルローストの曲を演奏するのであれば、特にこの映画は必見である。

そもそもこの映画は、主役カーク・ダグラスが自ら出資・製作・出演したワンマン映画であった。当初はアンソニー・マン監督で撮影に入ったのだが、トラブルが続出し、彼は2週間で監督をクビになる。そこで急きょ呼ばれたピンチヒッターが、キューブリックだったのだ。

変わり者のキューブリックは、ブツブツ言いながらも、何とか完成させ、なかなかの出来になったのだが、自身は終生「あれは自分の映画ではない」と言い続けていた。一部に、前監督の撮影したフィルムが使われていた上、ハリウッド大作嫌いのキューブリックとしては、敵の言いなりになってしまったような屈辱感があったに違いない。

だが映画を見ると、なかなかどうして。さすがは異端監督、独特の味付けである。数千人の奴隷の反乱シーンも迫力満点だ。ここでキューブリックが描いたのは、単なる奴隷の反乱ではなく、「支配者」と「被支配者」の、普遍的な姿であった。そして、「被支配者」は、常に抵抗を続けることでこそ存在意義が際立つ、その哀しさと勇壮ぶりを見事に描いたのである。まさにキューブリックこそは、ハリウッドに抵抗し続けたスパルタカスだったのである <敬称略>

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