■吹奏楽曲でたどる世界史【第10回】イスラエルを統一した英雄王ダヴィデ(紀元前998年頃)~春になって、王たちが戦いに出るにおよんで(ホルシンガー)

Text:富樫鉄火

●原題:In The Spring At The Time When Kings Go Off To War
●作曲:デヴィッド・R・ホルシンガー(アメリカ) David R. Holsinger(1945~)
●初出:全米学生友愛会などの委嘱により1986年初演。同年、オストワルド賞を受賞。
●出版:Southern Music
http://item.rakuten.co.jp/bandpower/set-9693/
●参考音源:「The Symphonic Wind Music of David R. Holsinger Volume2」(Mark Custom/TRN Music 海外盤)。「神話 MYTHOLOGY 1977-2002/出雲高等学校吹奏楽部」(ブレーン)ほか、コンクール・ライヴ盤が各種あるが、ほとんどが抜粋演奏。
ほか
http://item.rakuten.co.jp/bandpower/cd-0426/
http://item.rakuten.co.jp/bandpower/cd-1006/
http://item.rakuten.co.jp/bandpower/dvd-9011/
●演奏時間:約12分(スコアには「演奏時間10分」と書かれているので、作曲者は相当早い演奏をイメージしていたのかもしれない)
●編成上の特徴:コルネット1~3+トランペット1・2、ピアノ、ティンパニのほかにパーカッション1~7パートまであり。奏者たちの「声」がかなり重要。
●グレード:6超

「聖書」に、『旧約聖書』と『新約聖書』があることはご存知だと思う。

昔、「聖書を読むなら『新訳』に限る」なんて冗談があったが、いうまでもなく「旧訳/新訳」ではない。分りやすくいえば、神とイスラエル人との「旧(ふる)い契約」に基づく記録が『旧約聖書』。その神が救世主としてイエスを遣わして結ばれた「新しい契約」が『新約聖書』である。『旧約聖書』は、ユダヤ教、キリスト教、イスラム教の聖典とされているが、『新約聖書』を聖典にしているのはキリスト教だけだ。

で、これら『旧約/新約聖書』を、それぞれ「1冊の本」と思っている方がいるが、実際には「全集名」。つまり、複数の書物をひとまとめにして、『旧約/新約聖書』と呼んでいるのである。『旧約聖書』の場合、一般には、39の正典とそのほかの外典書による全集ということになっている。

どこの誰が書いたのかは分かっていないが、これだけたくさんの書物で同じイスラエルの歴史について記録しているわけだから、当然、ダブって書かれた部分もたくさんある。
たとえば「サムエル記」「列王紀」「歴代志」などに、共通してほぼ同じエピソードが描かれている人物がいる。それが今回の主役「ダヴィデ王」だ。主として「サムエル記」で描かれる、イスラエル王国を実質統一した英雄である。よく美術の教科書に出ている、ミケランジェロの彫刻「ダヴィデ像」(全裸の若者姿)、あの人だ。トランプの「スペードのキング」のモデルだとの説もある。

前回説明した「士師」たちの時代が過ぎて、ようやくイスラエルの民たちも「国家」らしき形態を作り始めた。初代王は「サウル」。だがサウル王は自信過剰で、神の命令にも背くようになった。神は、サウルに代わる王にダヴィデを指名する。だがダヴィデはすぐに王位に就かず、しばらくサウル王の下で仕えた。なかなか控えめな青年だったのだ。

ダヴィデは、巨人ゴリアテを倒し、一躍スターになる(その戦いに挑む直前の姿を描いたのが、前述ミケランジェロの像)。この功績でダヴィデはサウル王の娘と結婚するのだが、義父サウルは、次第にダヴィデに嫉妬するようになり、自分の王位を狙っていると思い込む。そして、ダヴィデ暗殺指令を発するのだが……。

ここから、まことに波乱万丈、泣かせる記録がつづくのだが、本稿は「聖書物語」ではないので、一気に省略させていただく。

……とにかくいろいろあって、戦死したサウル王に代わって、ようやくダヴィデが王になった。彼は南北に分裂していたイスラエルを統一し、周辺のペリシテ人を圧し、エルサレムを首都に定め、一大王国を作り上げた。

この過程で、ダヴィデは様々な戦闘に出ている。たとえば、『旧約聖書』の「歴代志」上巻第20章の、冒頭3詞章に、こういう記述があった(分りやすいように筆者が補足したので、聖書そのままの文言ではない)。

【1】年があらたまり、春になって、王たちが戦いに出るにおよんで、軍司令官ヨアブは、アンモン人の地を攻め、包囲した。しかしダヴィデ自身はエルサレムにとどまっていた。ヨアブは町を攻略し、破壊した。

【2】ダヴィデは、その地の王の冠を奪い取った。それは1キカルの金で作られ、宝石で飾られていた。これはダヴィデの頭を飾ることになった。ダヴィデがこの町から奪った戦利品はものすごい量になった。

【3】ダヴィデはその町の人々を殺さず、のこぎり・つるはし・斧などを持たせて働かせた。ほかの町々もすべてこのようにした。それからダヴィデと兵士たちはエルサレムに凱旋した。

この、たった3詞章を10数分で描いた吹奏楽曲が、今回ご紹介する≪春になって、王たちが戦いに出るにおよんで≫である。曲名は、上記の通り、「歴代志」第20章第1詞章の冒頭から取られた。別の邦訳もあるが、多分、日本では、この訳がいちばん浸透しているであろう。

『旧約聖書』には、ダヴィデ王を描いた本が多い。だが一般的には、ダヴィデ王に関する記述は「サムエル記」から引用されることがほとんどだ。なのにホルシンガーは、「サムエル記」ではなく、「歴代志」を参照した。なぜなら「歴代志」が『旧約聖書』に収録されたのが最後だったからで、そのため、細かい部分の記述が「サムエル記」よりも詳しかったからだ。どうも「歴代志」の筆者は、最初に書かれた「サムエル記」などの書物に不満があったらしい。そこで、不足分を補いながら、あらためてイスラエルの歴史を綴ったのが「歴代志」なのだ。いわば「増補改訂版」である。

だから、同じ文章がいくつか出てくる。たとえば<春になって王たちが戦いに出るにおよんで……>という文章も、すでに「サムエル記」下巻の第11章冒頭に出ている。だが、そのあとの戦いにまつわる記述が、「歴代志」の方が詳しかった。そこでホルシンガーは、「歴代志」のほうをもとに音楽化したようである。

全体は、バーバリズムとでもいうか、確かに初期文明の、まだ野性が人間性を支配していた時代の闘いを思わせる曲調である。奏者たちの「叫び声」もふんだんに使用される。その「声の出し方」も楽譜上にかなり具体的に指示されている。「女声」「男声」の別、音程が記された箇所もある。管打楽器も通常の奏法を逸脱し、効果音的に演奏する部分が多く、「図形楽譜」も出てくる。アドリブ奏法もある。とうていブレス不可能な長音を伸ばす部分には「staggaer breath」(適宜息継ぎせよ)とある。テンポ変更、リズム変更も、ものすごい頻度でつづく。

こういった様々な技法を駆使して、ダヴィデ軍が闘いに出て凱旋してくるまでが描かれる。戦闘場面は実に圧巻であり、概してダヴィデの英雄果敢ぶりを描写しているようであるが、要するにこれは、吹奏楽表現の限界に挑戦しているような、大変な曲なのである(一応、本稿ではグレードを「6超」としたが、そもそもグレードがどうのこうのというレベルの曲ではない)。ホルシンガー流とでもいうべきか、曲の最後は、クライマックスがいつまでもつづく。86年に初演され、オストワルド賞を受賞した名曲で、いまのところ、ホルシンガーの最高傑作と称して間違いないと思う。「ダヴィデ」の英語は「デヴィッド」である。まさに、ホルシンガーの名前だ。自らと同じ名前を持つ伝説の英雄を音楽化するにあたっては、格別の思い入れがあったのではなかろうか。

とにかくダヴィデ王の登場でイスラエルはついに統一国家となり、ここからまた、新たな歴史が始まるのである。

作曲者ホルシンガーは、現在、クリーヴランドにあるリー大学ウインドアンサンブルの音楽監督。宗教を題材にした曲からポップス手法を取り入れた曲まで、様々なタイプを書いている。近年では、≪スクーティン・オン・ハードロック!~3つの即興的ジャズ風舞曲~≫≪アメリカン・フェイス≫≪大空への挑戦≫などがよく演奏されている。

なお、作曲者名の発音は、日本では「ホルシンガー」「ホルジンガー」が混在しているので、検索などの際には、両方を試されたい(アメリカ人が発音しているのを聞いたことがあるが、「ホーズィンガー」みたいな感じで、「シ」のような「ジ(ズィ)」のような、微妙な感じだった)。
<敬称略>

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